自業自得。
学校から帰って来た俺は、自室に荷物を置き、部屋着に着替えるとリビングへ向かい、ソファーの上にドスンと音を立てて寝っ転がった。我が家で一番寝心地いいのだこのソファは。気持ち良くて、ぐでー……と、全体重をソファに預ける。
……さて、大体察してるだろうが俺は今めっちゃ疲れている。
その理由は三つある。少し長いがご静聴願いたい。
まず一つ目。
新学期早々、斗亜と遼にデートのことをからかわれ、精神がだいぶすり減った。まさかあの場に斗亜がいたなんて誰が気づくだろうか。おはようと爽やかに声をかけてきた斗亜の顔には獲物を見つけた肉食獣のような真っ黒な笑みが浮かんでいて……、それはそれは恐ろしくて、体温が莉音並みに下がり、背筋が凍った。遼も遼で、その話を聞くなり便乗して俺をからかってくるから面倒くさい。
二つ目。
新学期が始まったばかりなのに体育館裏に呼び出され、告白された。もちろん秒で断った。断ったんだが……、その後が面倒だった。泣かれて騒がれて最終的に何故か俺が悪者みたいになった。解せない。
三つ目。
そう、新学期。すなわち今日から晴れて受験生になった。
『受験生としての自覚を持って生活していきましょう』。
この言葉、今日だけで何回聞いただろうか。先生たちからの地味に痛い攻撃。その名も『現実見ろアタック』。ていうか、誰が受験なんてもの作ったのだろう。受験勉強しなければならないし、部活は引退だし、ゲームも制限されるだろうし。あー、最悪。
…………。
「よし、ゲームするか」
「待ちなさい。このバカ息子」
ひと通り今日の一人反省会が終わったため、スマホを取り出すといつの間にか目の前で仁王立ちしていた母さんが、サッと俺のスマホを掻っ攫った。
「何すんだ母さん。返せ」
「現実逃避するバカ息子に返せるわけないでしょう」
ギンッと冷たい眼差しをこちらに送ってくる母さん。俺に対する態度と莉音に対する態度は塩と砂糖くらい違うが、どちらが本物でどちらが偽物というわけではない。どっちも母さんの素の対応なのだと思う。
「バカバカうるせーよ。受験勉強くらいちゃんとする」
「テストあるたびに赤点取ってくるあなたのそんな言葉信じられると思う?」
…………。
「なら、受験勉強は莉音ちゃんに見てもらったら?」
思考も会話もピタリと止まった俺を見た母さんは、とんでもないことを言ってきた。俺は名案だと得意顔になった母さんをジロリと見返す。
「嫌だ。あいつタダでは動かないぞ。これから受験までずっととなれば賄賂どんだけ用意すればいいんだよ。俺の財布が破産する」
「あなたの財布の事情なんて知らないわよ。それより進路よ。土下座でも説得でもなんでもして家庭教師になってもらいなさい」
「待て。俺のプライドは?」
「どうでもいいわ」
無茶苦茶な事を言う母さんにペースを持って行かれ苦戦してるが、ここで折れる訳にはいかない。
「……あいつだって受験生だろ。俺を見る余裕なんてないんじゃないのか?」
「知ってる?あの子いつも成績の順位、学年のトップ10に入ってるのよ。前に行きたい大学聞いたけど、あの子の成績なら余裕で入れるんじゃないかしら。流石よねぇ?」
そう言って自分のことのようにドヤ顔になった。このババア、本当にウザいくらいに姪を褒め讃えやがる……。
俺は顔が引きつりながらも反撃の言葉を探した。
「…………万が一ってこともあるだろ」
俺のせいで落ちてしまったらたまったものじゃない。しかし母さんはその言葉を待っていたとでも言うようにニヤリと微笑んだ。
「よく聞くでしょ?人に教えることによって自分も復習できるの。あなた莉音ちゃんのスキルアップに貢献できるのよ?こんなに光栄なことはないでしょう」
「あいつは女王か⁉︎」
「何言ってるの?あなたの彼女でしょう」
こ、このクソババア……。ああ言えばこう返しやがる。
「面白いことしてるね、二人とも」
「うわっ⁉︎姉貴⁉︎」
どこからともなくひょっこり出てくる某芸人のごとく現れた姉貴が参戦してきた。どうやらこっそり今までの一部始終を聞いていたようだ。
姉貴は母さんの隣にテクテク歩いて行く。
わかっていたが、彼女は母さんの味方だ。
「直生くーん。素直になりなよ!それに、この状況を打破できるような頭脳なんて君は持ってないんだから抵抗するだけ無駄無駄〜」
「そうね。諦めなさい。女の2人対男の1人で勝てると思っている方がおかしいわよ」
名前忘れたが、二人ともアレみたいだ。おっかない顔したどっかの寺にある巨大な2体の像。そんなおっかない二人相手では確かに確実に負ける。俺は誰か味方になってくれる奴がいないか辺りを見渡した。
あ、祖父ちゃん発見。あ……目、逸らされた。
あ、祖母ちゃんもいた……が、ただにこにこ笑って傍観している。……二人とも孫を見捨てやがった。
「これが……四面楚歌」
「あら、よく知ってたわね。その四字熟語」
「直生えらい!」
すっかりライフがゼロになった俺に二人はパチパチと拍手。どうやら俺は何がなんでもあの女王様に賄賂持って土下座しなければならないようだ。
今日は月曜日。
気が重いけど、あいつが来る金曜日までにさっさと準備しなきゃな。
俺はとりあえず残金がどれほどか確認しに行くため、ソファから重い腰を上げて自室へ向かった。




