どこもかしこもあっつい鍋パーティー。
「いっただっきまーす」
9人の声が重なり、鍋パーティーが始まった。
「はい、孝さん、あーん」
「あーん」
紗凪おばあちゃんは器によそった野菜をフーフーと冷まし、孝おじいちゃんの口へ持って行った。満更でもないおじいちゃんはパクッと食べる。
これぞバカップル。うちのNo. 1バカップルです。
白い目で見ていると横からつつかれた。
そして小声で耳打ちされる。
「大輝さんって、姉貴のこと狙ってんの?」
「……あー、うん、まぁ……自覚ないけど」
大輝さんとは私の実のお兄ちゃんのことだ。
高校ではラグビー部のエースだったせいか、いまだに筋肉は衰えてなく、ガッチリマッチョな人なのだ。
そして直生が聞いてきた通り、一個年上の華南ちゃんに恋をしている。
しかし、本人に自覚はない。
ただ今、ちゃぶ台の向こう側にいる華南ちゃんに熱視線を送っているのだが、送っている方も送られている方も自覚はないのだ。
鈍すぎてこっちがイライラするぜ。
なんで華南ちゃんにあんなに熱い視線を送っといてその歳で恋の自覚がないんだ?
脳みそまで筋肉で出来ているのか?
「莉音、莉音。顔に言葉が滲み出てるぞ。あ、このつみれ美味しい」
「おお、さすがだね直生。それ私が作った」
メイド服事件の後、急いで作ったのだ。
なかなかいい出来で私も満足。
「ふーん、また作ってくれよ」
「え?う、うん」
パクッとまたつみれを食べる直生。
……素直すぎて怖いんだけど。
そんな思いで直生を見てるとヒューヒューと孝おじいちゃんと直生のお父さんである優おじさんの声が聞こえた。
あー、始まった。
お酒が入るといつも私達をからかってくる。
「直生も幸せだなぁ!こんなかんっわいい娘と恋人になれて!」
「早く子ども見せておくれよー!」
やかましいわ、この酔っ払いどもめ!
恥ずかしさに震えていると隣から真剣な表情をした直生が。
え、な、何?
「10人欲しい」
「多いわ‼︎」
奴のほっぺをみょーんと引っ張った。
まぁまぁどうどうと周りから宥められる。
なにこれ私が悪いことしてるみたいじゃん。
「ちっくしょう、妹に先越される!早く恋人作らないと!」
「大輝くんにもきっと素敵な人だ見つかるよ!私が保証する!」
あちらではバカ兄と華南ちゃんが話している。
ツッコミたいことがありすぎて困ります。
言いたいことは色々あるが、一つだけ。
華南ちゃん、保証はいらないからお兄ちゃん持ってって。今ならなんとお兄ちゃんが一つもらえます。
これには誰も突っ込まないで。自分でも意味不明だけど、頭の中はこれでいっぱいだったんだから。
あ、でも一つ聞いておかねば。隣でまだ頰を摩る直生をつついた。
そして小声で耳打ち。
「……華南ちゃんって彼氏持ち?」
「いや、いねーけど……。たぶん大輝さんのこと好きなんじゃねーか?本人に自覚はないだろうけど」
「うわ、平行線」
華南ちゃんも華南ちゃんだ。
私達はキャッキャッと話す二人を食べ終えるまでずっとガン見しまくった。
夕食後、お母さんと二人で後片付けをしていた。
「あー、お腹いっぱー」
「もう、あんた達夫婦よね」
「は?」
言葉をぶった切られ、隣で皿を拭いていたお母さんが発した言葉に私は固まった。
「あんたと直生くん。絶対いい夫婦になるわ。私が羨むくらいの」
「……」
「幸せになりなさいね」
お母さんはそう言い、今まで見たことがないくらいに優しい笑顔で微笑んだ。
それが無性に悲しく思えた。
今夜、鍋を囲っていたのは、孝おじいちゃん、紗凪おばあちゃん、優おじさん、花奈おばさん、お母さん、お兄ちゃん、華南ちゃん、直生、そして私。
私の父は数年前に出て行った。
ギリギリまで私達に厳しく当たり、最後は見限っていなくなってしまったのだ。
その時は家族みんな、喪失感だけが残り、何をするにもうわの空だった。
しかし、それもやがて時間が経ち、直生と付き合うようになり喪失感は薄れ、ちゃんと生活できるようになっていった。
お兄ちゃんもしっかり前を向くようになった。
だけど、お母さんだけはこっそり毎日泣いている。
私はそれを知っている。
まだ、お父さんを想っているのだ。
私だって、きっと……。
「……私、まだお嫁に行く訳じゃないよ。まだ、お母さん達と一緒にいたい」
最後の方が震えてしまった。
お母さんのせいだ。こんなこと、滅多に言わないくせに。
よりによってなんで今なんだ。
泡が手に付いているから目元を拭えないじゃないか。
お母さんは何も言わず、私の頭を撫でた。