頑張れ、姉貴。
冬休み同様、山寺家がずっと泊まりに来ている春休みの中盤。
リビングに家族みんなが集まっていて、俺は莉音とコタツでゲームをしていた時だった。
「みんな!私ね、ドレスコーディネーターになるんだ!」
突然の姉貴のカミングアウトに思わずゲーム機のボタンを押す手を止めてしまった。あっという間に莉音の勝利。
みんなも驚いてピタリと今までしていた動作を止めたようだったが……。
父さんと母さんはわかるが、何故か莉音までも、一瞬まるで全て知っていたかのように、姉貴の言葉にまったく驚いたそぶりを見せなかった。
しかし次の瞬間は、もう驚いた顔を取り繕っていた。他の奴らにはバレてなさそうだが、俺にはバレバレだ。
「結婚式場で働くの⁉︎私知らなかったわよ⁉︎」
ばーちゃんがガシッと姉貴の肩を掴み勢いそのままで問いかけた。姉貴は腰に手を当ててドヤ顔。
「ううん、私はドレスショップで働くの」
「あれ?結婚式場じゃないの?」
莉音がそれにすぐさま聞き返し、母さんは気まずそうにスィーと目を逸らす。莉音は一瞬の間を置いて「しまった」とでも言うように青ざめた。
……この二人、何かあったな?
おそらく母さんが莉音に姉貴のことを話したが、知らないフリをするよう頼んだのだろう。
たぶん今ので姉貴と大輝さん以外は俺と同じことを考えているのだと思う。
二人以外、どこか悟った顔をしているから。
「違うよ?ドレスショップだよ」
「え、あ、そうなんだ」
きょとんとした顔の姉貴に引き攣った顔で莉音は頷いた。隠してるみたいだが、全然ダメだぞお前。
「それにしてもすごいよね、ドレス扱う仕事だなんて」
今度は顔には表さずに、あからさまな話題転換をする彼女に吹き出しそうになった。
こいつ頭いいのかバカなのかたまにわからなくなる。
「私、衣装とか好きだからいいなって思って……」
しかし姉貴はまんまと乗せられ、はにかみながら答えた。
弟の俺が言うのもなんだけど、先が思いやられる。単純過ぎるだろ……。
「莉音と直生の結婚式の時は私が担当できるように頑張るよ!」
そろそろ頭を抱えたくなった。大輝さんなんか涙目になってるし。
「まずは自分の結婚式でしょう、華南」
「え、それはもちろんだよ、ママ。いっぱい稼いでいつかプロポーズするよ?」
姉貴がする側かよ。
大輝さん瀕死状態なんだけど。この思いをどこにぶつければいいのか分からず、莉音に抱きつこうとして蹴飛ばされてる。不憫だ。
「大輝くん。私が幸せにするからね!」
「華南ちゃ……逞し……い……」
あ、大輝さん死んだ。目を開けたままパタリと倒れて動かなくなった。
そんな大輝さんに姉貴は慌てて駆け寄り抱きおこす。
「だ、大輝くん⁉︎大丈夫⁉︎」
「大丈夫だよー、その人死んでるだけだから」
莉音は冷えきった目で大輝さんを見下ろす。彼に抱きつかれそうになったことに相当苛立ってるようだ。
「とりあえずソファに寝かせるよ」
そう言った姉貴は、なんと軽々と大輝さんを抱き上げた。
眼球が飛び出そうなくらい俺ら全員目を見開く。確かに姉貴は力持ちだったが、ここまでとは……。
正直、俺らにとって姉貴の就職先告白よりも衝撃的だった。
あれだ、いわゆる姫様抱っこってやつ。莉音にやったことはあるがされたことはない。されたくもない。俺のプライドが許さない。
何か視線を感じそちらを向くと、莉音が期待の眼差しで俺を見てきていた。
だが断る。
「やめろ。骨折する」
「私ってそんなにひ弱?」
「もやしみたいな腕して何を言う」
「ひどい」
何を言われようが、俺を抱っこして骨折されるとかマジでシャレにならない。断固拒否だ。
「それはそうと、華南ちゃん。頑張りなさいね」
「応援してるよ」
ばーちゃんとじーちゃんが未だ大輝さんを介抱している姉貴に笑いかけ、励ました。
そうだった。姉貴、ドレスコーディネーターになるんだった。色々あって少し吹っ飛んでた。
「うん!私頑張るね!」
姉貴は両手で拳を作りニッと笑う。
好きな職業に就くとしても全てが楽しい訳ではない。そう何度も学校では教わった。それは姉貴の就職先とて同じなのだろう。
しかし、それでも弟として、姉貴が元気に楽しく仕事ができるのを願うのだった。




