ある土曜日のお昼。
土曜日のお昼。私は台所に立っていた。
「さて、何作ろうかな」
近くの棚に置いてあるレシピ帳をパラパラとめくった。土曜日のお昼は私が作る。そういう決まりではないがそう定着していった。
「パスタにしようかな。ミートソースの。えーと、棚の下から二番目の右から三番目の引き出しにパスタがある……」
「あんた何その宝の地図的なレシピ帳は」
ひょこっと台所を見に来たお母さんが私の手元のレシピ帳を覗き込んできた。
「いや探す手間が省けるかなと思って」
「書く手間が物凄くかかってるわね」
お母さんは呆れたように言うが、この家の台所めっちゃ広いんだよ?これくらい書かないとどこに何があるかわかんないしご飯を作る時間もかかるからね。
お母さんは「じゃ、ご飯楽しみにしてるわよー」と出て行った。手伝ってくれないのですか、そうですか。
「……えーと、ひき肉はー」
材料を全て揃え、調理を始めた。ちゃんとミートソースから作るミートソースパスタだ。
ミートソースを作っているうちにパスタを茹でる。茹でたパスタに出来立てのミートソースをかけると、湯気がもくもくと立って匂いが台所に充満した。
「よし、できた」
時計を見るとちょうど12時。そろそろリビングにみんなが来るだろう。皿に盛り付けテーブルに置いていく。皿の数は五枚。
孝おじいちゃん、紗凪おばあちゃん、花奈おばさん、お母さん、それに私。
優おじさんは仕事。華南ちゃんとお兄ちゃんと直生は学校。サークルなり部活なり忙しいようだ。私は帰宅部なので見ての通り暇人だが。
「あら、いい匂いね」
「ほんと」
リビングに現れた花奈おばさんとお母さんが席に座りながら言った。
飲み物は何がいいかと聞き、台所に戻り、また帰ってくると孝おじいちゃんと紗凪おばあちゃんがいた。二人はお昼は緑茶しか飲まないので緑茶を淹れに行く。
やっと用意が終わり、私も席に着いた。
「では、いただきましょうか」
おばあちゃんの声に手を合わせ口々に挨拶をした。
「うーん、おいしいわぁ莉音ちゃん」
「本当においしいよ」
おばあちゃんとおじいちゃんがにっこにこで褒めてくれたが、「別にこんなの茹でてかけただけだし……」と返してしまった。自分でも可愛げないと思う。反省していると今度は花奈おばさんとお母さんが話し始めた。
「華南や直生や大輝くんにも食べさせてやりたいけどね。部活やらサークルやらあるからねぇ」
「明日はみんないるし食べさせてやれるわよ」
普通に明日も私が作ることに決まった。いつもは土曜だけなのに。まぁ、いっか。
「花奈おばさん。優おじさんには?」
さりげなく抜けていた人物を上げると花奈おばさんは気まずそうに目をそらした。
そんなおばさんに代わってお母さんが口を開いた。
「ちょっとね、喧嘩しちゃったようなのよ」
「え、そうなの?」
意外だ。おばさんとおじさんはいつもほのぼの夫婦で喧嘩とは無縁に見えたのだが、そうでもなかったのか。
「……あの人、のんびり過ぎるでしょ?そのことでちょっと、言い合いになって……」
俯きながら花奈おばさんは言った。優おじさんの父と母であるおじいちゃんとおばあちゃんがいるところでこういった夫婦の話をするのはかなり気まずいことだろう。悪いこと聞いちゃったな……。
しかし、その心配はなかったようだ。二人は優しい目で花奈おばさんを見ていた。
「喧嘩するほど仲が良いってものだよ、花奈ちゃん」
「そうそう。あなた達ならすぐに和解できるはずだわ」
「お義父さん、お義母さん……」
包容力のある笑顔で言われ、おばさんは泣きそうな顔で「ありがとうございます」と呟いた。可愛いな、花奈おばさん。二人ともラブラブだし仲直りできるよ、きっと。
「ほらお前たち。早く食べなきゃ冷めちゃうよ」
「あら、大変。せっかく莉音ちゃんが作ってくれたのに」
食べる手が止まっていたが、私達は慌ててまた再開した。
その日の夜、ベッドの中でなぜかお昼の可愛いらしい花奈おばさんを思い出してしまい、にやけてしまうのを無理矢理堪えていたら、直生に不細工と言われたのでベッドから突き落とした。
これは喧嘩ではない。
誰がどう見ても私が被害者でした。




