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19話【因縁】

3回表 花緑学院対小田原北条 1-0

 2番高坂がストレートを捉える。弱弱しい打球ながら三遊間のいいところに転がるが、サード岡崎の好守に阻まれる。この回は柏木が先頭打者の葉山にすっぽ抜けたナックルカーブを当ててしまい、早々にランナーを出してしまうが結局は無得点に終わる。


++

3回表 平和学園対花緑学院 0-2

 追い込まれてからの5球目平和学園の5番打者は三塁線上に鋭い打球を飛ばす。危うく長打というコースと打球速度だったが、サード大津はなんとかダイレクトで捌く。

 大津はほっと一息ついた。ここ最近の練習試合で大津はほとんど打てていない。さらにはエラーもあった。

 一方でチームのなかでは1年生の山本が台頭しているのは大津も感じていた。この前の試合でも大津は山本と途中交代され、山本は結果を残した。守備はまだまだだが、あのバッティングセンスは大津にはないものだった。


 平沢監督は満足気に顎を触る。手元の手帳には76と記されている。ここまでの赤沢の投球数だった。

――今のは完全に捉えてたねえ。そろそろ球威がなくなってきたのかな。さあどうしますか、大石さん? そろそろ代え時を考えておかないと、あのときの二の舞になってしまいますよ。

 平沢率いる平和学園が大石率いる花緑学院と対戦するのははじめてのことではなかった。去年の夏の県大会で対戦しており、そのときは平和学園の快勝に終わっている。

 あのときは先発した当時1年の赤沢を引っ張り過ぎたのが花緑学院の敗着だったと平沢は分析している。

 当時甲子園出場実績もある強豪平和学園にまともに力で対抗できるピッチャーは赤沢一人だっただろう。しかし所詮は経験の少ない1年生、県下随一の策士である平沢にとってはその体力を削るのは造作もないことだった。

 当時の平和学園打線は塁にランナーがいないときは待球、カット、バントの構え、塁に出てはあえてリードを大きく取ってみたりと体力神経の両面から赤沢をすり減らした。

 と言っても赤沢は4回までをなんとか無失点で抑えていた。平沢であればあの時点で限界だと感じて、力不足感は否めないものの2、3年生を投入していただろう。しかし大石は代え時を誤り、結局花緑学院は5回に6失点を喫すことになった。

 花緑学院の打線は当時もかなりの攻撃力だった、あそこで赤沢を降板させていれば勝負はわからなかっただろう。当時花緑学院と平和学園が当たったのは3回戦。

 ともなれば平沢もそれまでの花緑学院の戦いぶりはそれなりに研究したが、大石の弱点は采配周りの決断力のなさだ。とりわけ投手起用にはそれが見られる。少しでもいいピッチングをした投手は引っ張り気味だし、慌てて変えようとするあまり回の途中や打席の途中でほとんど準備していない投手を当番させることも見られた。

――もっとも、私だって最初からそれができてたわけじゃあないけどね。まあそこは勉強だよ、大石さん。

 ちなみに大石と平沢の因縁はもっと前から始まっている。平沢は当時東京のとある野球部の監督をしていたが、ある年そのチームは過去10年のなかでも屈指ともいえるぐらいの力を蓄えており、西東京大会の優勝候補筆頭だった。

 しかしそんな平沢率いるチームが西東京大会の準々決勝で姿を消すことになった要因が当時相手チームの4番を務めていた大石のサヨナラスリーランだった。大石の方は平沢のことなど覚えていないだろうが、平沢にとっては忘れたくても忘れることができない出来事の1つである。

 また先ほど大石には采配をする上での度胸が足りないと評した平沢だったが、中学では有名だった選手ばかりではないにもかかわらず強力なチームを作ってくるだけの力はあると考えていた。おそらくコーチング能力、あるいはスカウンティング能力のいずれかに優れているのだろう。

――大石君、ぜひ君がフリーならうちのスカウトかヘッドコーチをお任せしたいところだよ。監督は私の元でじっくりそのイロハを学んでからでいい。この勝負、君の進退がかかっているらしいが、もし君がフリーになるならばぜひ私が声をかけよう。


++

3回裏 花緑学院対小田原北条

 マウンド上、先発の徳山が悔しそうに土を蹴った。8番先頭打者の岸名が四球で出塁する。岸名は打撃はからっきしだが中堅手を務めているだけあり、足はなかなかのものだ。巡ってきたチャンスに小田原北条のベンチが色めき立つ。

 ネクストサークルに座る1番打者明坂だけは別のことを考えていた。明坂はその選球眼と俊足を買われ小田原北条の一番打者を務めているが捕手でもある。当然攻撃中に攻撃以外のことを考えているとしたら守備のことである。

 先の回あたりからだろうか花緑学院の打者は露骨にストレートを狙っている。決め球はともかく追い込むまでのほとんどの球はストレートに頼っている。ナックルカーブの割合を多くするか。しかしナックルカーブでは見送られたときにカウントを悪くする。

――となるとナックルカーブを習得して以降はあまり使用していないが、カーブとスライダーを軸にカウントを整えていくか。

 そんなことを考えている間に岸名が2塁を盗んだ。打席に立つ9番打者がバントを試みると、やや打球を殺し過ぎた嫌いがあったがなんとか1死3塁の絶好機を作ることに成功する。

 明坂は頭を切り替えて打席に立つ。監督からのサインはなかった。こちらからスクイズを提案しようかとも思ったが、スクイズはヒットを打つ確率よりは成功する確率が高いだろうが失敗したときのリスクも大きい。特にこういうストレートに威力のある投手の球はバントしづらい。

 3球目。甘いコースのストレート。確実に捉えたと明坂は感じるが、一瞬あとには腕に鈍い衝撃が走るだけだった。1打席目にも似たような感覚を覚えたことを明坂は思い出す。結果打球はセカンドゴロとなるが、その間に3塁ランナーの岸名が生還し、同点となる。

――結果オーライ。勝負にゃ負けたが、試合に勝ったってやつだぜ。まだ勝ってないけど。


++

4回表 花緑学院対小田原北条 1-1

 カーブが左中間に弾き返される。ヒットを打ったのはまたも4番打者山本だった。1塁ランナーの徳山が本塁に生還し、1点を追加する。これで2-1だ。

 明坂は呆然とする。狙い澄ましたかのようなスイングだった。先頭の3番打者徳山にストレートを捉えられ、花緑打線のストレート狙いを確信した明坂はカーブとスライダーでカウントを取る配球へとシフトすることにした。

 相手にとってはチャンスのこの場面で途端に配球を変えるというのは意表を突く意味でも有効だと考えたのだが。


 そんな明坂とは裏腹に花緑ベンチでほくそ笑むのは常木だった。

「常木先生今のは」と宮道が質問する。

「ストレートを狙い打たれていることに気づけばカーブかスライダーが増えのではないかと思っていたんですよ。ナックルカーブの持ち味はストレートと途中まで軌道が似ていることですからね。ストレートが来ないとわかっていれば追い込まれでもしていない限りナックルカーブを見送るのは難しくない。

 あとは柏木君のカーブとスライダーは変化も制度もそこまで優れたものではありませんから彼ら(4・5・6番)ならなんとかすると思った次第です。もっともきっちり自分のところで仕留める辺り流石山本君といったところですが」

 なるほど、と宮道は感心する。つまりストレート狙いのフリ(ナックルカーブより狙い安いのは確かなのでそれで打ててしまえば結果オーライなのだろう)をしてストレートを封印し、カーブとスライダーを誘い出したというわけか。

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