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14話【決着】

7回表 花緑学院対柊光学園 1-7

 来ない。チェンジアップを狙っていたにもかかわらず、思った以上のブレーキを発揮する柊光の3番手登戸のチェンジアップに石田のバットは空を切る。7回表花緑の先頭打者石田は2ストライク1ボールに追い込まれていた。

 石田は打席に立ちながら前の回の宮道のピッチングを想起する。宮道のピッチングはこの試合のなかで加速度的に進化している。5回からストレートの球質は格段によくなったし、6回には練習ではほとんど落ちなかったシンカーの感触を掴んだのか見事に身に着けたようだ。結果的にはシンカーを意識していたためカウントを稼ぐことができたが、有馬の3球目には全く落ちなかった。つまり今のところ3球に2球という割合か。本格的に使う上では物足りないが、練習時よりは格段によくなったのは間違いない。

――ピッチャーがこれだけ奮闘してるのにキャッチャーの俺があっさり凡退するわけにはいかないよな――

 4球目、内角へのストレート。石田は思い切り差し込まれるもののかろうじて流し打った打球はなんとかライト前に落ちる。続く7番打者中森は臀部に四球を受けて出塁するも、8番水野、9番宮道が2者連続三振に打ち取られ2死2塁。


++

 1番の野上は3球目のチェンジアップを前に何とかバットを止める。審判はボールを宣告した。再びバットを構えるとマネージャーの五十鈴のアドバイスを思い出していた。星の配球の特徴の話だ。星が登戸をリードする場合2球続けてチェンジアップを投げさせることはほとんどないという。

――だけどそれはクセというよりはセオリーだろ。それが緩急差が効いて有効だからだ。わかってたからって緩急は効く――

 赤沢よりは遅いでしょ、とも五十鈴は言っていた。それは確かだが、かといって野上が赤沢を打ち込んだことなど今まで1度足りたもない。

――赤沢は自称Max144で、こいつがMax141だったな。でもこいつのストレートが仮に130後半ぐらい今出てるとしたら、赤沢は普段から140後半ぐらいガンガン出してることになるんじゃないか。それぐらい2人の球速差はあるんじゃないか。赤沢が常時140後半を出してるなんてまずありえないとして、つまり登戸は本調子じゃない。よし、いける気がしてきたぜ。ストレートに的を絞る。ストライクだったらとにかく打つ――

 4球目のストレートは高めの甘いコースだった。野上はそれを思い切り叩くとセカンドの頭上を、超えていかなかった。

 センター前に抜けるかと思った打球はその場で高々と飛び上がった柘榴塚によってセカンドライナーに仕留められてしまう。


++

8回裏 2死

 その後は8回裏ツーアウトまで宮道、登戸ともに無失点で進む。宮道は6回表の森本以降全ての打者、つまり8者連続で凡退に抑えていた。あと1人で打者一巡をパーフェクトで抑えたことになる。

 打席には今日5巡目となる柘榴塚を迎えていた。柘榴塚は2球目のスライダーをセーフティバントで転がし、今日5度目となる出塁を果たした。森本に対しての2球の間にあっさりと3塁まで到達する。

 宮道は集中する。サードランナーを背負ったのは今日何度目だろうか。

――落ち着け。ツーアウトだ。バッター集中で問題ない――

 宮道は普通のフォームから今日何度目かのストレートを投げ込もうとする。リリースの瞬間、不自然なことに気が付いた。自分の遥か前方に、本来自分の真横にいるはずのサードランナー柘榴塚がいた。柘榴塚は猛然と本塁に向かって走っている。

 事の重大さに気付いた柘榴塚は普段より早くボールをリリースする。十分に腕を振り下ろせなかったためかストレートは高めに外れた。石田はボールを捕球すると、急ぎホームスチールを敢行する柘榴塚をタッチしにいく。

 柘榴塚のスパイクに砂が巻き上げられ、宮道の位置からは石田のタッチの成否は判断することができなかった。数秒後、主審は手を水平にすると、無情にもセーフ、そしてゲームセットを宣告した。7点差以降で7点差、コールドの成立だった。


++

 監督が今日の試合の総評を手短に述べている。柘榴塚は座りたくて仕方がなかった。疲労感で一杯だ。とりわけ足には随分乳酸が溜まっている。総評を述べ終えた監督からはクールダウンをして30分後にバスのところまで集合するようにと声がかかる。

 今日の結果は彼我の戦力差を考えると、上出来とは言えないものだったと柘榴塚は思う。そんなことを考えていると後ろから森本に話しかけられた。

「お前さっきのノーサインだったのな」

 柘榴塚は3盗まではグリーンライト――サインが出ていなくても選手が自分で判断して盗塁していいという指示――を与えられていたが本塁盗塁については許可されていなかった。そして最後の本塁盗塁はノーサイン、柘榴塚の独断だった。

「監督はああいうの嫌うからな。お前しばらく干されるかも。ていうかお前そういうの散々教えてやったろうに。つか俺も怒ってるからな。あの場面本塁盗塁しなきゃいけないぐらい俺の打撃が信用できなかったってわけか」

「すいません。……でも監督の判断より自分の判断が正しいと思ってるわけでも、森本さんの打撃が信用できないわけでもなくて。その前に牽制死させられてたんで、やりかえさずにはいられなかったというか。だって俺牽制死したの小学生ぶりなんですよ」

「ちっ、仕方ねえな。まあだからといって許さねえけどな。俺のサヨナラタイムリーで、応援に来てる娘たちのハートをゲットするつもりだったのに。一応あとで監督に謝りに行っとけよ、うまくいったからいいとかそういう問題じゃねえから」


++

 クールダウン中、尿意を催した星はスタジアム内の小便で用を足した帰り、ちょうど柊光の1年生が2人そろって用具を運んでいるところに出くわす。向こうはまだこちらに気付いていないようだった。ユーモア溢れ尊敬される先輩を志す星は、1つおどかしてやるかと気付かれないよう忍び寄る。すると1年2人の会話が聞こえてきた。

「どう思うよ。柘榴塚の最後の盗塁?」

「いやぁ、なんつうの。目立ちたがりっていうか、スタンドプレーっていうか。日本代表とか経験しちゃうとああいう風になるのかね」

「だよな。つうかあの程度の相手にあそこまで盗塁しなくてもな。死体蹴りっていうか。ちょっとかわいそうだったぜ」

 星はため息を吐きながら、1年生たちに「おい」と呼びかける。1年生たちは慌てた

「くだらねえ話してんじゃねえぞ。柘榴塚が調子に乗ってるのは俺も同意する。でもなどんだけ大差が付こうが、うちが盗塁しないなんてことはねえぞ。心を折るんだよ。走って走りまくってこいつらには勝てねえって植え付けるんだ。そうしときゃ次の試合でも相手はウチに呑まれたまま試合することになるだろうが」

「……でも花緑にそこまでする必要ありますかね」

「俺たちは高校生だ。数か月後どうなるかなんかわかんねえんだよ。ましてや数年後なんて尚更だ。それに花緑のポテンシャルはあなどれねえ。4番の青木は強豪校のクリンナップと比べても遜色ねえし、捕手の石田ってやつは中学軟式の県大会でベストナイン取ったやつだ。140キロ越えの速球投手もいる。何よりあの宮道ってやつだ。今日だってファインプレーに助けられたが、場合によっちゃもう2,3点取られていてもおかしくなかった。それにあの宮道が先発で、しかも最初からあのレベルのピッチングをしていたらどうだ? ゾッとしねえだろ」

 息を呑んだ1年生はありがとうございますと言って、その場を後にした。

――まあ俺も丁度1年前の今頃灰さんに似たようなことで怒られたんだけどな。相手を舐めるのはいいが、同情するのはやめろ、だったか。手を抜くのはそれによって相手が精神的ダメージを受けるときやその後の試合に向けて体力や情報を出し惜しみしたいときだけにしろ、という意味らしい。いや、いまだに舐めるのもダメだろとは思っているけど――

 そんなことを考えていると後ろから背中を誰かにどつかれる。振り向くとそこにいたのは灰縄だった。一連のやり取りを見ていたのかにやにやと邪悪な薄ら笑いを浮かべている。

「お前もわかってきたじゃねーの」

「ホント、先輩のせいですよ。ぜってー怖い先輩だと思われたじゃないですか」

「はは、ざまーみろ。あー疲れた」「いや全然投げてないでしょ」「お前と林崎・登戸バッテリーがふがいなすぎて見てるだけで疲れたんだよ!」


++

 谷口は家に着くと、すぐに荷物を置いてランニングに出かけた。家を出るとすでに夜も大分深くなったところだった。谷口はひたすら全力で走った。ペース配分を考えない走りだった。800メートルほど走ったところで前につんのめるようにして転倒した。何もしていないととにかく悔しさで頭のなかがいっぱいになりそうだったのでとりあえず走ったのだが、こうして止まってしまうとまた胸の奥から悔しさが溢れてくるのを感じた。

今日の自分のピッチングの不甲斐なさを悔しく思った。しかし今思えば対戦した打者は2人とも左打者だった。どちらも変則の右投手の谷口にとっては不利な相手だった。そもそも打者2人に投げただけで投手の何がわかるというのだろう。

 谷口はあの場であっさりとマウンドを降りてしまった自分に憤っていた。さらに憤りを感じるのは、今日の自分を作った今までの自分に憤りを感じていた。赤沢が入部した時、その圧倒的な実力を前にして心のどこかでエースで居続けるのを諦めたし、練習にも手を抜くようになってしまった。

 それほどに自分と赤沢の差は絶対的だと考えていた。しかし今日対して球の速くない後輩が強豪相手に堂々たるピッチングをした。数字だけ見れば3回3失点だが、数字以上の価値があったのは間違いない。宮道の球速は谷口より少し早いが、自分も上から投げれば同じぐらいになるだろう。

 目の前で自分と同じぐらいの球速の後輩が活躍するのを見せられて、エースになりたい、チームの戦力になりたいという思いが再燃したのである。

――夏の予選まであと2か月やれるだけやってみよう――


++

 常木は自宅の部屋でウイスキーを煽りながら、マネージャーの五十鈴がつけてくれたスコアの写しを眺めていた。

 今日の試合では監督としての自分の不甲斐なさを痛感させられた。戦術面や精神面のアドバイスはできたとしても、技術的な面についてのアドバイスをするだけの能力が自身には欠けていると常木は考える。

 その戦術面も結局今日は選手を振り回してしまっただけのような気もする。盗塁無視作戦は実際どのぐらい効果があったかは定かではないが、谷口と赤沢を同時に起用する作戦は失敗だったと思われる。結果的に総合的な攻撃力・守備力を下げ、流動的な野手起用を妨げてしまったのではないだろうか。

――やはり何とかあの人に連絡を取らないと――

 氷が溶けてグラスの底に滑り落ちた。カランと音を立てる。

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