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ショウ・マスト・ゴー・オン  作者: 浜田山 松
8/26

8 演技?

 スポーツバックを手に取って、裕子は金庫室へ向かった。その足取りは重かった。

「急げ!」

 浩次の怒号。反射的に走っていた自分に気付いて憤激した。

 ――演技で人はあれだけ変われるのだろうか?

 頭の中は浩次の変貌に違和感だらけだった。それを受け入れられずパニック状態だった。

 裕子は金庫室に入り、棚に詰まれた偽札の山をスポーツバックに詰め込んだ。その間もずっと裕子は浩次のショックを引きずっていた。

 久しぶりの再会を果たしたときの彼は、高校時代のまんま変わりはなく。あれから10年の年月を重ねただけだと思っていた。役者をやっていると聞いて驚いたけれど、らしいかなと納得出来た。応援してあげたかった。

 ――10年越しの告白

 そんな気持ちも芽生え始めていた。もしかしたら高校時代出来なかった思いを今ならぶつけられるかもしれない。

 しかしだ。

 ――役者とはみんなそうなのだろうか? 

 裕子の人生で初めて出会った職種だから免疫がないだけなのかもしれない。

 ――本当にあんなに人格を変えられるのであろうか? 

 ――あれが演技なのだろうか?

 ――本性ではないだろうか? 

 10年という年月は人を変えるのに十分過ぎる時間でもある。裕子の頭は負の連鎖で浩次の人格は崩れ落ちていた。

 店内に帰ると演習は続いていた。

「遅い!」

 裕子はまた反射的に小走りになった。その都度自分に苛立った。

 浩次の元に行きバックを差し出した。浩次の手がバックを掴んだ。あまりの強さに腕ごと持って行かれそうになった。

 バランスを崩しそうになったが浩次が裕子の手を取った。

 そのまま浩次は裕子の手を引いて出入り口に向かった。高校時代何度もあこがれたシチュエーションだったが今は拒絶以外何もない。

 入り口付近まで行き、その手が離れた直後だった。


 パーン


 それはとても乾いた音だった。裕子は最初、車がパンクした音だと思った。しかしその音は銀行内で起こった。というより中へ向けて起こった感じだった。だとしたら何だったんだろうか。

 考えつく間もなく浩次達が倒れてきた。開けた裕子の視界の先には黒のライダースーツの人物が拳銃を構えていた。火薬の匂いがこちらに漂ってきた。

 拳銃の発砲の音だった。しかしテレビや映画で耳にする音と実際の音がかけ離れていてなかなか脳が認識してくれない。

 ライダースーツの人物はスポーツバックを持って去って行った。

 浩次に抱きかかえられてもう一人の強盗役の明がぐったりしていた。よく見ると黒いスエットの袖口から血がどんどん滴り落ちていた。明が押さえていた肩口の手の隙間からも血が出ていていた。裕子は悲鳴を上げようにもうまく呼吸が出来ずに声が出なかった。

「追うんだ!」

 浩次が叫んだ。

 直後にオートバイのエンジン音がした。同時に裕子の視界の前を白いワゴン車が通過した。

「早く、救急車を呼んでくれ!」

 裕子の脳はようやく先ほどの音の正体を認識した。しかし何で今こうなっているのかはわからない。

「早くしてくれ!」

 その浩次の悲痛の言葉にようやく今やらなくてはならないことがわかった。

「どなたか電話をお持ちのお客様はいらしゃいませんか?」

 裕子はいつの間にか群がって来ていた野次馬達に声を掛けた。しかし誰も目の前の惨状に呆然と立ち尽くすだけだった。自分で動いた方が早いと察知した時だった。

 サイレンの音。

 銀行の前に普通の乗用車にサイレンだけを付けた車、いわゆる覆面パトカーが停まった。裕子は警察がすぐそばで待機していてくれたのだと思った。その車から二人の男が出てきた。

「大丈夫か?」

 若い方の男が浩次に尋ねた。

「どうします?」

 年配の男が若い男に尋ねた。おそらく若い方が上司なのだろう。しかし何をそんなわかりきったことを尋ねるのかと裕子は憤りを感じた。

「どうもこうも…… 怪我人の救出が先決だ。病院に運ぶぞ」

「はい。動けるか?」

 年配の方の男が明を抱きかかえて車に向かった。

「君も一緒に来てくれ」

 上司が浩次に言った。浩次は黙って頷いて車に向かった。

 4人を乗せた車は再び大きなサイレンを鳴らして行ってしまった。

 裕子が呆然としていると背後に人の気配を感じた。

 振り返ると呆然と立ち尽くす佐野の姿があった。

「広瀬君何が起こったの?」

 ――今までどこにいたんだよ!

 佐野を睨み付ける裕子。

「本物の強盗が来て発砲して逃亡したようです」

 説明している裕子が現状を理解出来ない。

「どうして?」

 佐野が裕子の前に出た。

「血!」

 佐野は大仰に後退りした。

「なんで?」

「だから本物の強盗……」

 裕子の言葉を佐野が手で遮った。

「そうだった……」

 そして佐野は挙動不審的に何度も頷いた。

「それで撃たれた人ってどうしたの?」

「今警察の方が病院へ連れて行きました」

「大丈夫そうなの?」

「とりあえず、意識はありました」

「そう……」

 その時駅前の交番から警察官が駆けつけた。

「状況の説明をお願いします。支店長の方ですか?」

 警察官の問いに裕子は佐野を見た。

「はい。この広瀬がいたします」

「え?」

 ――お前が支店長だろ!

 裕子の気持ちに呼応するかのように、警察官達の表情が曇った。それを察知したのか佐野は

「彼女の方が詳しいので……」

 そう言ってフラフラ去って行った。

「じゃあ、お願いします」

 仕方なく裕子は彼らに状況説明した。

 説明が終わった頃佐野が戻ってきた。

「広瀬君、君はなんてことをしてくれたんだ!」

 ――お前こそどこ行っていたのだ!

 裕子はうんざりした。

「ちょっとこっちに来たまえ」

 佐野はそういい残すといつものように一人でさっさと行ってしまった。

 ――まだ支店長としてやるべき事が沢山あるだろう。

 今にも裕子の口から不平が出そうだった。

 佐野が入った先は金庫室だった。

「広瀬君、君は間違って本物の現金を渡してしまったね」

「いいえ」

 何を言っているのか理解出来なかった。

「どちらの金庫のお札を詰めましたか?」 

「はい。言われたとおりこちらのお札を詰めました」

 裕子は右側の金庫室を手で指した。当然空である。

「ほら間違えた。私はこっちの左の方の金庫室だと言ったはずだ」

「いいえ、支店長は確かにこちらと言いました」

「だったら、こっちにあるお札は何?」

 裕子は積まれている札束のうちの一つを手に取った。心臓が止まるほどびっくりした。これは偽札である。裕子はあわてて他の札束も調べた。どれも偽札だった。



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