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ショウ・マスト・ゴー・オン  作者: 浜田山 松
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7 オートバイの男

 出入り口付近で待機していた翔。そこは全体を見渡せる位置であった。舞台に例えると客席の一番後ろ。藤原がゲネプロの時にいつもそこからチェックする。翔もその隣で見る時もあった。それと同じ感覚だ。

あたかも自分が本当の銀行強盗に遭遇しているかのように錯覚して見入ってしまった。

 それほど浩次達の演技は素晴らしかった。それを目の当たりにした翔は動揺して自分の仕事を忘れそうになった。動揺したのは二人の演技を自分に置き換えたらと考えてしまったから。

 ――果たして今の自分にあれほどの演技が出来るのだろうか?

 全く自信がなかった。先日の稽古での失敗が頭を過ぎる。

翔は顔を1発張った。

 ――気持ちを切り替えろ。

 ――今自分の出来る事に全力を傾けろ。

 それもみな劇団のため、この計画は絶対に成功させなくてはならない。

 翔は自分の仕事を全うすることに集中した。

 女性行員が一杯に膨れあがったスポーツバックを持って来て浩次に渡した。それを腕ごと引ったくるように奪い取った浩次。すぐに浩次から翔へ合図が送られた。翔は頷いて車へ走った。今は逃亡を成功することに全神経を傾けようと誓った。距離は短かったが全力疾走して、体に気合いをたたき込んだ。

 運転席に着いてエンジンを掛けた。回したキーが翔の心のスイッチも切り替えた。ここからが自分の本番。気持ちが完全に入った。

 その時だった。


 一台のオートバイがワゴン車の前に停まった。


 翔はとても嫌な感じがした。オートバイにまたがった男はライダースーツを着て一見普通のバイカーのようだが、翔には男が自分達に危険をもたらす様な人物に思えた。理由は無かったがとにかくそう感じた。翔のように極度の緊張状態に入っていると気配、特に危険に関しての感度は研ぎ澄まされる。野生動物が広大な草原に潜む敵を気配だけで察知するようなものだった。

 翔は浩次達のことも当然気になったが、それ以上にこの男の行動からも目が離せられなくなった。

 男はオートバイから降りたが、エンジンも切らずにフルフェイスのヘルメットも外さずに銀行へと向かった。ヘルメットの下はサングラスと念の入れようで、表情はおろか肌の色さえもわからなかった。体格からして男であるだろうとしかわからなかった。背中に背負っていたデイパックを外して左手に持ちながら歩いた。

 男の行動は普通ではなかった。翔の予感は的中した。

 翔は迷った。男に対して自分が何らかのアクションを起こさなくてはならないのではと。しかしワゴン車の中にいる翔は男にアプローチを掛けるには障害が多かった。

 男が入り口へと差し掛かった。二重ドアの手前に立ちデイパックに右手を入れた。ドアが開いた瞬間、そのデイパックから右手を抜いた。出て来たのは拳銃だった。

「ヤバイ、あれは本物だ」

 ずっと男の行動を追っていた翔は直感した。そして瞬時に浩次達の危険を察知した。すぐにでも行かなくてはと思ったが、翔と銀行までの距離は三、四メートル。しかしそれは遠かった。ワゴン車がとてつもなく邪魔だった。

 ドアが開いた時、明と鉢合わせになった。その後ろには浩次もいた。

 二人に一瞬の間が生じた。

 先に動いたのは明だった。

 ――やめろ!

 明がモデルガンを男に向けた瞬間、轟音が鳴り響いた。

 翔は瞬時に絶望感を味わった。

 火を噴いたのはもちろん男のほうの拳銃だった。

「浩次さん!」

 翔は最初どちらが撃たれたのかわからなかった。明が右肩を押さえた。男は明の胸元を蹴り飛ばした。撃たれたのは明だった。明は後ろの浩次にぶつかって、二人とも尻餅をついた。浩次が持っていたスポーツバックが投げ出された。男はそれを拾い中身を見た。そして走ってオートバイに向かった。

 浩次達は二重ドアの中にいた。開いたり閉じたりするドアの向こうで、明は浩次に抱き抱えられていた。必死に明に話し掛ける浩次。明も意識はある様で頷いていた。

「明!」

 翔はもう一度叫んだ。

「追うんだ!」

 浩次が男を指差して怒鳴った。翔は迷った。

「大丈夫……」

 その明の言葉に翔のスイッチが入った。翔はワゴン車から出て男を取り押さえようと思ったが、男はもうオートバイに跨がっていたので断念した。そして無我夢中でハンドルを握った。

 男のオートバイが発車した。

「逃がすか!」

 翔は腹の底から声を出した。出すことで自分に冷静さを取り戻そうとした。翔はアクセルを踏んだ。



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