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ショウ・マスト・ゴー・オン  作者: 浜田山 松
5/26

5 企画

「失礼します」

 小橋は杉並警察署署長室に入った。署長は大きなデスクにもたれ掛け書類に目を通していた。

 小橋はこの部屋が嫌いだ。部屋というよりも警察のお偉方が嫌いなのだ。それは近付いてくる者全てが小橋ではなく、その後ろにいる父親の存在に目が向いているからだ。

「これはどうも、どうも」

 署長は書類を置いて歩み寄ってきた。

「この間提出された企画書ですね。面白そうだからやってみればいい」

「ありがとうございます」

「実に斬新的なアイデアですね」

「ありがとうございます」

 小橋は心の中で眉に唾を付けた。

「交通課には私から伝えておくから」

「よろしくお願いします。自分はこれで」

 小橋はさっさと話を切り上げたかった。一礼し、すぐターンして部屋を出ようとした。

「あっ、ちょっと待って」

 小橋は振り返った。

「お父さんにはよろしくと伝えておいてください」

 署長の作り笑いはなんとも気持ち悪く思えたが、表情を変えずに小橋は答えた。

「わかりました」

 そして部屋を出た。

 小橋が提出した企画書とは、銀行強盗の演習で実践さながらにして警察の方も演習を兼ねようというものだった。

 しかしこの企画、表向きは銀行や警察のための演習であるが、本当の所は劇団の為に小橋が企画したものであった。小橋がこの間浩次達と居酒屋で話している時に考え付いたのだった。もちろんこれは小橋の胸の内だけの秘密である。

 小橋のシナリオはこうだった。

 まず犯人役が銀行へ押し入り逃亡する。警察は銀行からの通報とともに捜索を開始し、本番さながらに追跡する。

 タイムリミットは午後5時。その間犯人役が逃げ切れたら勝ち、という企画である。

 演習とはよく馴れ合いの中で行われることが多いので、犯人役には俳優の卵を起用してリアルさを出す。

 犯人には懸命に逃げてもらうために警察側は人参をぶら下げる事にした。逃げ切れたときにボーナスを用意するのだ。俳優の卵は劇団から来てもらうので、ボーナスは劇団の次回公演のチケットを購入することで支払うとしたのである。もちろん犯人役をするのは劇団『トーテンポール』の人間である。

「小橋!」

 廊下の奥の方で男が手を挙げてこちらに向かってきた。捜査二課の課長佐伯だった。小橋と一緒のキャリア組で2年先輩だ。

「何でも面白い企画を企んでいるそうじゃないか」

 佐伯は持っていた書類で小橋の胸を叩きながら言った。

「今署長の許可を貰ったところです」

「まあ。お前には親父さんというブランドがあるから何をしても許されるよな」

 小橋は失礼なやつだと思ったが、先輩ということもあり、顔には出さなかった。

「そこで相談なんだけど」

 佐伯は小橋の耳元で小声で言った。小橋は袖を引っ張られ廊下の外れに連れて行かれた。

「その企画の場所をこっちで決めさせてくれ」

「どうしてです?」

「細かい話は言いっこ無しだ。俺とお前の仲じゃないか」

 そんなに親しい間柄でもないと思いつつも、これ以上絡まれるのもごめんだと思い「いいですよ」と小橋はOKした。

「サンキュウ、セッティングとか面倒くさい事とかはこっちでやっとくから。ところでこの事を知っているのは極限られた人間だろ?」

「はい」

「だったらうちも当日まで知らなかったということで頼むな」

 佐伯は小橋の肩を叩いて去っていた。

 小橋はかなり胡散臭いなと思いつつも、とりあえずこちらにはまだ不都合が無さそうだからと自分を納得させた。この借しは劇団のチケットで返してもらおうと算盤を弾いた。


 JR中野駅北口に降り立った小橋は、アーケード街サンモールの真ん中付近の横道を入った。その先に古びた喫茶店があった。

 年季の入ったドアを開けるとその外観以上に中は古びていた。BGMはクラッシックが流れていた。

 入って行くと奥に藤原が座っていた。藤原は練習までの時間いつもここでアイディアを練っているのだった。低いテーブルにノートを置いて上を向いて考え込んでいた。その端正な顔立ちは周りの雰囲気にマッチして、黙っていればとても絵になる。

 小橋は黙って向かいのイスに座った。小橋のお尻が予想以上に沈んだ。さらにイスの劣化が進んでいた。

 しばらくして藤原がゆっくりこちらを見た。ボサボサ頭に無精髭もう藤原は公演モードに入っているんだなと小橋は思った。

「おー、小橋。お前はいつも連絡無しに現れるな。俺を尾行しているのか?」

「そんな訳無いじゃなですか。いつもここじゃないですか」

「そうかぁ、俺ってそんな単純な男か」

 そう言って藤原は決めのポーズを作って見せた。それはチラシ載せている写真と同じポーズであった。話し出すとオヤジ丸出しになる。

「それで?」

 小橋がリアクションを取らないので少しつまらなそうに藤原は話を進めた。古い付き合いだから機嫌など取る必要も無い。

 警察官になってこういうのが幸せなのだと初めて気付かされた。署内では有名人の小橋、四六時中誰かしらが、すり寄ってくる。その一人一人に話を合わしているとそれだけで疲れてくる。

「進んでますか?」

 小橋はテーブルの上に広げられたノートを指差した。

「……まあまあかな」

「内容は? サスペンスと聞きましたが?」

「銀行強盗の話にしようと思ってね。お前も協力よろしくな」

「もちろんです。大丈夫ですか? カラーも変わるでしょう」

「うん? だから浩次を主役の刑事にするつもりなんだ」

「いよいよですね」

 それを聞いた小橋のテンションは上がった。浩次にとって初の主演になる。これから浩次が劇団の顔になるのだなと小橋は思った。ルックスも良いし、演技力もついてきた。劇団がスッテップアップするには浩次の台頭が必要不可欠だ。

「だからこっちも慎重になりがちでね……」

 藤原の表情が曇った。なるほど浩次を生かすためのこの設定なんだと小橋は思った。確かにサスペンスは浩次の甘いマスクだけど、どこか影がありそうな感じ、そういった彼の魅力を引き立ててくれそうだ。

 藤原はまた上を向いてしまった。その様子で今回は今まで以上に難産だとわかった。無理も無い。色々なプレッシャーがのしかかっている。

 しばらく沈黙が続いたので小橋は話を切り替えた。

「団員を二人貸して下さい」

「バイト?」

 藤原は身を乗り出してきた。小橋の登場後初めて表情が和いた。小屋を広げたこと、脚本(ほん)が遅れていること、小橋が来たのは小言を言うためだと身構えていたに違いない。その通りだけどその話は後でと小橋は思った。

「はい」

「二人と言わずもっと連れて行ってくれよ」

「その日って公演モード初日なんですよ」

「そっか…… しょうがないな」

「小屋を広げるんですって?」

 それを聞いた藤原は乗り出した体を戻した。

「そう、話さなかったっけ?」

「話してませんよ!」

 小橋は不満げに言った。

「ノルマも上げたそうじゃないですか?」

「うん。俺だって努力したさ。スポンサーも探し出したし……」

「大丈夫なのですか?」

「十年だ。そろそろ勝負賭けないと」

「討ち死にはしないのですね」

「ノルマを上げると言っても誰も不満は言わなかったよ。それだけこの劇団を愛してくれているんだ。ありがたいことだ。絶対に潰さない」

「わかりました」

 その藤原の決意の表情に免じて小橋も承諾した。

「ところで何時?」

「あっ、6時回ってますよ」

「やべぇ、行かなきゃ」

 二人は急いで店から出た。しばらく二人は無言でサンモールを歩いた。サンモールを出たところの信号待ちの時、藤原が言った。

「ありがとうな」

 小橋は藤原を見た。優しい表情をしていた。普段はあまり見せない。稽古場では厳しい表情だし、打ち上げは終始ふざけている。

「浩次から聞いたよ。翔が弱気になっていたとき励ましてくれたんだって」

「俺は何も言ってないですよ」

「わかってる。でもありがとうな」

 小橋は嬉しかった。

「ノルマのせいじゃない……」

「わかってます」

 小橋は言葉を遮った。全てを言わなくてもわかっている。藤原は頷いた。

「あいつはきっといい役者になる」

 信号を渡りながら藤原が言った。

「浩次が入ってきた時そっくりです」

「そうだな。切っ掛けなんだ」

「今回がきっとそうなります」

 藤原は頷いた。

「自分もそう思います。あいつは良い役者になります」

「それまできっと、悩むに悩むだろうけどな」

 小橋もそう思った。そして自分が翔を影で支えて、翔の成長を見守っていけたらと思った。それが現役を離れた自分にとっての演劇に対しての生き甲斐であった。

 信号を渡ったところが稽古場だ。


「浩次」

 小橋は稽古のあと浩次を呼び止めた。

「バイトを頼みたいのだが」

「いいですよ」

「銀行を襲ってもらいたい」

「今練習中だから丁度良いです」

 浩次は笑った。

「そう、この間話していて思いついたんだ」

「あの日ですね」

 小橋は演習の内容と趣旨を説明した。

「チケット千枚?」

「どうだ」

 浩次の驚きの表情に小橋も嬉しくなった。

「絶対成功させます」

 浩次の鼻息が小橋まで伝わってくるようだ。今では団員の中でクールで通っている浩次だが根は熱い男である。役者を始めた頃からの付き合いの小橋にはわかっていた。その頃の感じに戻っていた。


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