表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
9/22

第九章 反逆者――リベリオン

   反逆者/1



 皆が動きを止め、周囲を見渡した。


『ギャハハハハハ!』


 それはいつの間にか現れた。

 全身を漆黒の鎧に包み、身体中から赤い霧が噴き出している。左手の指は長く鋭い爪になっており、右手には長い出刃包丁のような武器が握られていた。


「あーあー聞こえますかぁ? はじめましてぇゴッドタイプぅ!」


 黒いナニカは両腕を仰々しく天へと向けた。


「やっとぉぉぉぉぉ! ゴッドタイプを捕まえに来ましたよぉぉぉぉギャハハハハハ!」


 桁違いに大きな笑い声に、空気が震えた。


「ごっこ遊びはここまででーす!」


 言い切ると、それはフリードリヒ、セレナを吹き飛ばし、背中から生えた触手でテラスを捕まえた。


「テラス!」

「あ。自己紹介が必要ですかそうですかぁ! オレはリベリオン! そう! お察しの通り、パーフィディの仲間でぇぇぇぇす!」

「パーフィディ!?」


 兜の隙間から見える濃い紫色の瞳を僕を捉える。


「はじめまして、ゴッドファーザー? あー……どこかで会ったことあるっぽいぃ?」


 黒いナニカの首はギシギシと軋みながら伸び、僕に近づいてきた。

 はっきり言って気色悪い。


「そいつを離せ、クズ」


 白銀一閃。

 テラスを捕らえている触手が切断されたことで、テラスは解放された。


「テラス、離れろ!」


 すぐにテラスは距離を取る。


「あぁ? 誰だてめぇ?」

「貴様ごときに名乗るつもりはない。消えろ、真剣勝負の最中だ」


 テラスを助けてくれたのはフリードリヒだった。


「太陽、大丈夫か!?」


 ロビンが駆け寄ってくる。


「大丈夫……だよな、テラス?」


 テラスは首肯しつつ、リベリオンと名乗る奴を睨み付けていた。


「それよりもセレナは……」

「大丈夫。セレナの騎士様がちゃんと助けてるよ」


 いつの間にかリリィも近くにいた。そのあとにノクトとセレナも合流する。


「太陽。あいつは確かにパーフィディの仲間と言ったよな?」


 正詠が確認するために言う。


「言ったね。っていうことはだ、セレナを捕まえていた奴の仲間ってことになる」


 リベリオンはフリードリヒと無言で睨み合う。しかし、少しすると身体を包む赤い蒸気と共に笑った。


「はい、殺しまぁぁぁぁぁす!」


 左手の爪と右手の出刃包丁、そして背中の触手を巧みに操りながらリベリオンはフリードリヒに攻撃を仕掛けた。


「ちっ!」


 三種の攻撃を何とか見切りながら、フリードリヒは反撃の機会を伺う。


「ギャハハハハハハハ! これはどうですかぁぁぁ!?」


 地面から触手が現れ、フリードリヒの頬を掠める。


「やばっ、助けに……!」

「大丈夫だ、太陽。助けならもう行ってる」


 決めにかかったリベリオンだが、連続して放たれた矢が体に刺さりその勢いを止められる。


「翼、下がれ! 桜、翼を援護しろ!」

「わかってます!」


 更にイリーナが追撃を行い、フリードリヒが逃げる時間を稼ぐ。フリードリヒが僕らの元に退避すると、イリーナと踊遊鬼も同じく身を引いた。


「逃げ腰ぃぃぃ!! ギャハハ! よっわーーー!」


 変わらない耳障りな笑い声をリベリオンは上げた。


「おい天広。奴は何者だ?」

「わかりま、せん。ただ、前にセレナを攫って、今は僕のテラスを狙っているのは確かです」

「お前の相棒を?」

「はい。信じてもらえないかもしれませんが……」

「いや信じる。あいつは我々の真剣勝負を邪魔し、貴様の相棒を狙う共通の敵だ。間違いないな?」

「えっと……はい」


 王城先輩は無言で頷いた。


「晴野、ここから俺を援護しろ。風音、お前はこいつらを守れ」

「おう」

「はい」


 一歩フリードリヒが前に出るのと同時に、ノクト、リリィも前に出た。


「前に出るな。日代、那須」

「けっ。あーいった化け物との戦いは一度経験してんだ、舐めんな」

「それに守られるのって、なんかくすぐったいんだよね、私の場合」

「やれやれ……血の気の多い後輩だ。危なくなったらすぐに逃げろよ?」

「あんたもな、王城先輩」

「むしろ私たちが守ってあげますって!」


 王城先輩は苦笑すると、三人の相棒達は武器を構え直した。


「あれあれあれぇ? 戦いごっこの次は仲良しごっこですかぁ? これだからガキ共はつまらねぇなぁぁぁぁ!」


 リベリオンが大地を破壊しながら突進してくる。それに臆することなく三人は足幅を広げ待ち受ける。


「まずは生意気なお前からぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リベリオンの狙いはフリードリヒだ。

 出刃包丁を存分に振り上げる。しかし、あまりにも隙だらけ。フリードリヒは左の拳を打ち込む。


「効きませぇぇぇぇん!」


 出刃包丁は降り下ろされる。大剣で受け止めたフリードリヒの足元が激しい音を立てながら凹んだ。


「なんという馬鹿力だ……!」

「ギャハハハハハ! それだけじゃありませんよぉぉぉぉぉ!」


 リベリオンの不吉な一言と共に、出刃包丁の軌道上でフリードリヒに剣撃が走る。


「ちぃ! 〝狂気〟か!」


 フリードリヒは何とか出刃包丁を弾き、僅かに距離を取った。


「んん~? なぁんだこのスキル知ってるのかぁぁぁぁ!」


 リベリオンの笑い声は頭にまで響くほどに不愉快だ。


「何だよ、そのスキル?」

「相手の防御を無視するスキルだ。つまり、奴の攻撃は避けない限りダメージを受けるぞ」


 フリードリヒが地を蹴りリベリオンに向かう。その姿を見ているはずのリベリオンは避ける仕草を全く見せない。


「傲慢だな、、消えろ!」


 充分な力を込められ振られた大剣は、リベリオンの一切の傷を負わせられなかった。


――スキル、反逆の美学。ランクEXが発動しました。相手の攻撃を受け耐えたとき、受けたダメージの倍のダメージを反撃で与えます。


「ギャハハハハハハハ!」


 リベリオンが振るう五本の爪が、フリードリヒを切り裂き吹き飛ばした。


「フリードリヒ!」


 一撃でフリードリヒは大ダメージを受ける。


「イリーナ、フリードリヒにヒールを!」

「セレナ! フリードリヒにヒール!」


 すかさず風音先輩と透子が回復アビリティを使用する。


「あー? あ、そっかぁ!! ギャハハハハハハハ! これは戦いごっこだっけぇ!? ギャーハハハハハ! それじゃあつまんないよねぇ!」

「何言ってんだ、あいつ……」


 あまりにもリベリオンは気色悪い。存在も行動も、言動も容姿も何もかも。


「はーい! じゃあこれからぁ! 君達がだぁいすきなぁ相棒達を刻んで殴って潰して砕いて崩して壊して嬲って穢して殺してあげまぁぁぁす!」


 フィールドにノイズが入る。


――フィールドチェンジ、絶望。コレヨリ、バディブラッドモードニ移行シマス。感覚共有完了。モード移行ニ伴イ、全相棒ノステータスガ、快復シマス。


「さぁ殺し合おう! 最高の舞台で! 最愛の友の、目の前で!」


 不吉な言葉と共に、僕らを激しい違和感が包み込んだ。


「フィールドチェンジたぁ好都合だ。ノクトも快復したし、全力で叩き潰してやる!」


 その違和感を感じているはずだが、蓮はそんなことを口走る。


「あはぁ?」


 リベリオンは出刃包丁を地面に刺し、小石を拾ってノクトに向かって弾いた。避けるまでもない攻撃は、ノクトの額に当たる。


「ちっ、くだらねぇ真似を……」


 しかし、すぐに蓮は口を噤む。


「どうした、蓮?」


 正詠が蓮に声をかける。


「いてぇ……」

「は?」

「いてぇんだよ、俺が!」

「何言って……?」

「あははぁ?」


 リベリオンは先程と同じく小石を全員に投げる。様々な音を立て、全員の相棒にそれは当たった。


「痛い……なんで!?」


 遥香が声を上げる。


「感覚共有って、まさか……」


 続いて透子。


「嘘だろ、おい」


 確信めいた正詠の表情。


「テラスの痛みが、僕らに……」


 そう。感覚共有とは。


「相棒と痛覚がシンクロするのか……?」


 自分の相棒の痛みが、僕らに伝わると言うことだった。


「大正解ー!! 大好きな相棒と一緒の痛みを得られまぁぁぁぁす! ギャーハハハハハハハハハ!」


 リベリオンは楽しそうに笑った。


「あーそれとぉ。ここでの戦闘不能は相棒の死を意味しまぁす! 死を共有するなんて、まさに一心同体一蓮托生! 良かったねぇ! ごっこ遊びを卒業でぇす!」


 リベリオンは再び出刃包丁を手にする。


「こんなの狂ってる! みんな、今すぐ強制ログアウトを……!」

「ギャーハハハハハ! だからそれは戦闘不能だってぇ! 自殺も面白いかもしれないねぇぇ!」


 透子の言葉に、更にリベリオンは笑う。


「嘘……?」

「それだよそれ。クソガキ共。その顔、それが見たかった。だからさっさと始めようぜ? 死ぬほどの痛みと、死の恐怖なんて中々味わえないぜ?」


 リベリオンは地を蹴る。最初に狙うはフリードリヒだ。


「おらクソガキ。まずはテメーだ」


 今までとは全く違う口調で、リベリオンは戦闘を開始した。


「フリードリヒ、避けろ! 攻撃は防ぐな!」

「オレも本気なんだ、逃がしゃしねぇよ」


 背中の触手がフリードリヒを強く叩きつけた。


「ぐっ……!」

「おらぁ!」


 リベリオンはそのままフリードリヒを踏みつけた。


「かはっ!」

「ハハッ! 生意気なクソガキ様はこの程度でダウンかい? 今までどんだけ大好きな相棒に無理させてたかわかったかぁ?」


 出刃包丁を振り上げた腕に、矢が四本刺さる。


「ちっ。狙撃手スナイパーがいたんだったか」


 リベリオンの狙いが正詠と晴野先輩に変わる。


「高遠、俺たちの腕の見せどころだ、やるぞ!」


 晴野先輩はこのような状態でも強く、はっきりと言ってみせる。


「……はい」


 対する正詠は、緊張からか声が小さい。


「行くぞ、陽光、ファイ!」


 晴野先輩の掛け声に正詠は体をびくつかせた。


「陽光、ファイ!」


 再度晴野先輩は声を上げる。


「陽光、ファイ!」


 正詠が恐れを吹き飛ばすように叫び弓を引く。


「耳障りだ、クソガキ共!」


 出刃包丁で晴野先輩を、爪で正詠を、そして触手でリベリオンは二人に攻めかかるが、それを二人は回避し同時に矢を放つ。


「いいか、高遠! 俺たち二人とも大前おおまえだ! 大前の役目はなんだ!?」

「まずは一本、確実に!」

「それでこそ陽光の弓道部だ!」


 引き絞られた二人の矢は、リベリオンの両腕にそれぞれ命中する。


「日代は翼を救援! 風音はそのフォロー! 平和島は俺たちの援護、天広はそれをパクって同時に援護! 那須は二人の盾になれ! ボケッとするな、俺はさっさと決勝戦を再開してぇんだよ!」


 一人ひとりに晴野先輩の指示が的確に飛ぶ。それは恐怖と不安で支配されていた意識を一つに纏めた。


「ノクト、行け!」

「イリーナ、続いて!」


 救援の二人は戦闘の合間を縫って王城先輩を抱え。


「セレナ、踊遊鬼にガードアップ!」

「テラス、他力本願セット、ガードアップ! ターゲット、ロビン!」


 僕と透子が戦う二人の援護。そして遥香は僕らの前に立ち、いつでも戦える姿勢を取る。


「ちぃ! 鬱陶しい!」


 正詠と晴野先輩に翻弄されながら戦うリベリオンを見て、僕らは僅かに希望を見出だした。


「セレナ、スピードアップを踊遊鬼に!」

「テラス、他力本願セット、スピードアップ! ターゲット、ロビン!」


 二人の機動力が上昇することで、攻撃はより苛烈になりリベリオンを攻め立てる。


「あー鬱陶しい。欲張らず一人ずつやるか」


 新たな触手がリベリオンの背中から生え、ロビンの左足を掴んだ。


「しまっ……」


 正詠が言い終わるよりも早くリベリオンはロビンとの間合いを詰め、爪を振りかぶっていた。


「セレナ、アクアランス! 急いで!」

「テラス、他力本願セット、アクアランス! ターゲット、リベリオン!」


 僕らの攻撃はリベリオンに確かに当たったと言うのに、あいつは怯まない。


「まずは一人だ」


 爪は降り下ろされた。


「高遠!」


 二人の間に踊遊鬼が割り込む。


「お、ラッキー!」


 五つの軌道を爪は描き、踊遊鬼の左腕をずたぼろに切り裂いた。その一瞬の間の後に。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」


 晴野先輩の絶叫がフィールド中に響いてしまった。



   反逆者/間



 地下演習場のディスプレイには何も映っていなかった。


――なんだ、故障か?

――ここから面白くなるのにぃ!

――何やってんだよ運営は!


 観客の各々が声を上げ始めた。


『どうしたことでしょうか? 運営、状況はどうなっていますか?』


 海藤がマイク越しに言うと、校内にアナウンスが流れる。


『あーマイクテス、マイクテス。初めまして、陽光高校の諸君。時間もないので単刀直入に言おう。これよりこの学校は私たちが占拠する。直ちに退場することを強くお勧めする。そうだね、わかりやすく言うとこれより我々〝黄泉の一団〟は、ここを中心にテロを起こす』


 アナウンスが切れると同時に、阿鼻叫喚が巻き起こり、我先にと生徒達は出口に向かい始めた。


『落ち着いて、落ち着いて退避してください!』

『焦らず走らないでください!』


 声には焦りが見えるが、海藤と夏目は落ち着くよう全員に声をかける。


『皆さん、落ち着いて!』


 しかし、二人の声は誰の耳にも届かなかった。


「夏目くん、海藤くん、君たちも避難しなていいよ。先生方が誘導しているから」

『は、え、校長先生?』

「さぁ、避難しなさい」


 いつの間にか校長は実況二人の近くにおり、にっこりと優しく微笑んでいた。


「さぁ、早く」

「は、はい……」


 あまりにも冷静な……いいや、〝落ち着き過ぎている〟校長に、多少の違和感を感じながらも、二人は実況席から離れていく。


「校長先生!!」


 そんな校長に声をかけたのは、親族席にいた正詠の母だ。


「これは一体どういうことですか!? 正詠は、正詠の友達の避難は!?」

「落ち着いてください、高遠くんのお母さん」


 それに反論したのは遥香の母だ。


「遥香を、遥香を早く助けて! こんなゲーム早く中断させて!」

「那須さんのお母さん、大丈夫です。落ち着いて」

「落ち着いていられません!」


 言葉にはしなかったが、他の親も同じようだった。


「大丈夫です。大丈夫」


 変わらぬ校長の返事に、正詠の母がまた校長に噛みつく。


「テロを起こすって言われてるんですよ! 大丈夫なわけないでしょう!? あぁやっぱり無相棒ノーバディの人の学校に入ることなんて許さなければ……」


「高遠さん!」


 正詠の母が途中まで言いかけた言葉を、太陽の父が止める。


「校長先生……あの子は、いいや、あそこにいる子供達は私たちの宝物なんです。安全だという理由を説明してください」


 厳格な太陽の父は、両の拳を強く握り、僅かに震わせていた。校長の返答次第では、殴りかかるつもりだろう。


「……ここには最高の……」


――あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!


 晴野の絶叫が、地下演習場に痛く響いた。


「ねぇあなた! 今の、今の輝の声よ! ねぇ輝の声よね!」


 晴野の母は父の服の裾を引く。


「私が輝の声を聞き間違えるわけない! 校長先生! 輝が、輝が!!」

「……落ち着いて」


 校長が晴野の母の肩に手を置くところで「校長、あとは私が」と太陽たちの担任の小玉が声をかける。


「準備はできたのかい?」

「いえ、まだ。エリア隔絶が今までになく強力でして。おそらくリジェクトが出ているのだと思います」

「ふむ」

「ですが、ジャスティスはいつでも出られます」

「そうか、わかった。では私が準備するまでに、君からジャスティスに伝えておいてくれないか?」


 ここに来て、初めて校長の表情に変化が現れる。


「私の生徒を一人、あいつは傷付けた。容赦はしなくともよい、とね」


 並々ならぬ怒りの表情を浮かべ、校長はそう言った。



   反逆者/2



 踊遊鬼の左腕からは、夥しい量の血が溢れていた。そう、血が溢れていたんだ。真っ赤な人間と同じような血が、AIの相棒から。


「部長……?」


 踊遊鬼は左腕を抑えながら、リベリオンを睨み付けていた。


「お遊びとは違って、リアルだろう?」


 血の付いた爪を見て、リベリオンは兜の隙間から長い舌を出してそれを舐め取った。


「晴野部長!?」

「うるせぇ!」

「でも……!」


 正詠の動揺はロビンにも伝わる。


「俺も踊遊鬼もまだ戦えるっつーの! 踊遊鬼、弓を構えろ!」


 しかし踊遊鬼は首を横に振って晴野先輩を見ていた。恐れからの拒絶ではないのは明らかだ。彼は、晴野先輩の身を案じて弓を引くことを拒んでいた。


「弓を引け、踊遊鬼! テメェ本当に俺の相棒か!」


 晴野先輩の言葉に踊遊鬼は歯を食い縛り、矢を番える。


「……っ!」

「無理すんなってクソガキ! ギャハハハハハハ!」

「黙れぇぇぇぇぇぇ! 後輩に無様な姿見せられるか馬鹿野郎!」

「あぁ? ガキの癖にプライドですかぁ? ギャハハッハハハハハハハ! お前面白いなぁ!」

「踊遊鬼!」


 弓を引くと、踊遊鬼の腕から血が噴き出した。


「あぁあぁあぁぁぁぁちっくしょうこの野郎!」


 晴野先輩の絶叫が、痛みを語っていた。それでも踊遊鬼は弓を引き絞り、リベリオンに狙いを定めた。


「無様な背中は後輩に絶対見せねぇ!」


 踊遊鬼が引く矢に光が纏われる。


「フィールドチェンジしたのは好都合だ。放て、踊遊鬼!」


 光が矢を覆いきると、破壊の矢を踊遊鬼は放った。


「無駄だ! お前の無様な背中をしっかりと見てもらいな!」


 僕ら全員が恐怖した踊遊鬼の破壊の矢を、リベリオン片手で弾き消し飛ばした。

 その衝撃に、言葉を失った。

 あの攻撃はかなりの威力を持っている。それは初戦で使われた紅雷や、風音先輩のスペシャルアビリティと遜色ないレベルだ。この校内大会であれが直撃しようものなら、ほとんどの相手が戦闘不能になる程に。相当の努力をして得たアビリティであることに違いない。簡単に得られるものではない。

 それなのに、あの化け物は……!


「無様だなぁ! お前の攻撃なんてそんなもんだクソガキ!」


 出刃包丁が振り上げられると同時に。


「踊遊鬼、まだ弓を引け!」


 顔には険しいものの、踊遊鬼は矢を番えた。


「効かねぇよ、バーカ!」


 めきりという骨を砕く音と、ぐちゃりという肉を切り裂く音。そして溢れる大量の赤い血。踊遊鬼は弓

を手放すが、右手には矢を握っていた。


「踊遊鬼、よーく……狙え……」


 そして踊遊鬼は、その矢をリベリオンの右目に突き刺した。


「ギャアァァァァァァァ!」


 悲鳴を上げながらリベリオンは後退り、残った左目で踊遊鬼を睨み付けた。


「クソガキがぁぁぁぁぁぁ!」


 刺さった矢を抜きながら、リベリオンは怨嗟の声を上げた。


「よくやった踊遊鬼。文字通り……一矢報いたな」

「調子に乗りやがってぇぇぇぇ!」


 再びリベリオンは踊遊鬼に向かい出刃包丁を振るおうと踏み込む。


「うあぁぁぁぁぁ!」


 その攻撃は正詠の叫びと共に防がれた。


「邪魔するなぁクソガキがぁ!」


 リベリオンを包む赤い蒸気がより濃くなる。


「へへ、お前の弱点は鎧じゃねぇところだな?」


 弱々しい声で晴野先輩はそう言って、大きく息を吸い込んだ。


「俺の名はチーム・トライデントの狙撃手スナイパー晴野輝だぁぁぁ! どうだこの野郎! 相手の弱点も見つけてやっぞぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げ、晴野先輩はこちらを振り向いた。


「いいか、翼と天広! こんな奴に負け、たら……承知……しねぇ、から、な?」

「このクソガキ! ぶち殺してやる!」

「それと高遠……あとは、まか……せ……た」


 踊遊鬼と共に、晴野先輩はばたりと倒れた。


「晴野……部長?」


 正詠の声が、静かに響いた。


「嘘、だろ?」

「ひひ」


 愕然とする正詠の声とは対照的に、リベリオンの声は楽しそうだった。


「ひひひ! 一名脱落でぇす!」


 その一声が、正詠の怒りを爆発させた。


「テメェぶち殺してやる!」


 ロビンはリベリオンに蹴りを入れて僅かに距離を取り弓を引く。


「殺して、やる!」


 矢をいくつも放つがそれはリベリオンの鎧に弾かれる。


「雑魚に用はねぇ! トドメを刺してやるよ、そこのクソガキにぃ!」


 正詠の攻撃に意を介さず、リベリオンの三種の武器が踊遊鬼に狙いを定める。


「俺の友人に手を出すな!」


 その攻撃を受けながらも、フリードリヒは前に出て踊遊鬼を庇う。


「ぐっ……!」

「お前から死にたいってのか!?」

「俺は死なん! 晴野も殺させん!」


 大剣を振るうが、やはり鎧に弾かれる。


「効か……」


 僅かに踊遊鬼から気が逸れたその隙に、遥香のリリィが踊遊鬼を抱えていた。


「あぁ数が多いと面倒だな、おい!」


 背中の触手がリリィへと向かう。


「させませんよ?」


 しかしイリーナは持ち前の機動力でそれをいなす。


「くっ……いなしてもこの威力ですか」

「死にたがりばっかりだな、おい!?」


 遥香は踊遊鬼を連れて僕らの元に戻ってくる。それと同時にセレナが回復アビリティを踊遊鬼に使用した。


「血が、止まらない!?」

「テラス! お前も手伝え!」


 テラスも一緒に回復アビリティを使用するが、傷は癒えない。


「なん、で!?」

「瀕死の重症がそんなに簡単に治るかぁ?」


 三人の相手をしているリベリオンが口を挟む。

 現実と類比するゲーム。

 それが僕らに重くのし掛かる。


「殺して、やる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるからなぁぁぁぁぁ!」


 正詠の慟哭は変わらず響き、僕らの胸を強く締め付けた。



   反逆者/2/恐怖を勇気に変えて



――お、なんだ新入生。中々良い射型しゃけいだな。ちょっと射場に立ってみろよ。


 偉そうな先輩。それが第一印象だった。


――んだよ、全然中らなねぇじゃねぇか。いいか? 物見ものみのときにしっかり的を見ろ。お前は雑すぎる。


 そのくせ弓道での的中率は平均的だった。


――ばっか高遠! なんでテメェは大前おおまえのくせに最初の矢を中てねぇんだ、馬鹿!


 口は悪いし、教え方も下手で、好きにはなれなかった。


――良し良し。射も綺麗だし、的にも中ってる。帰りに飯奢ってやるよ。


 それなのに、誉められると嬉しかった。


――よし、四本でどっちが多く中てられるか勝負するか。


 勝負好きで、よく的中率で勝負した。


――観てたぜ、お前らの試合。さすが俺の後輩だな、高遠。だが決勝じゃあ先輩も後輩もないぜ。負けねぇからな。


 だから、あの人が俺を対等な対戦相手として見てくれたことが、堪らなく嬉しかった。

 そんな、先輩だった。

 強くて、口が悪くて、偉そうで、でも努力は怠らないし、憧れていた。


「ロビン、あいつを殺せぇぇぇぇ!」


 心のままに叫ぶ。


「雑魚が吠えてもなんにも変わらねぇよ!!」

「殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇ!」


 矢はいくつも射たれるが、全てがリベリオンの鎧に弾かれた。


「ギャハハハハ! 効かねぇ効かねぇ!」

「ロビン、もっとだ!」

「だから効かねぇって!」


 フリードリヒ、イリーナの合間を縫って触手が飛んでくる。


「避けろロビン!」


 こちらは気付いたがロビンの反応が遅れ直撃してしまった。


「がっ……!」


 喉元に一直線に飛んできたその一撃は、一瞬で呼吸を奪い世界を明滅させた。


「高遠!」

「高遠君!?」


 先輩方二人の声が螺旋を描くように聞こえる。


「おらもう一発だ、ザコガキ!」


 リベリオンの言葉に散らばりかけた意識を必死にかき集めるが、間に合わずに再び強烈な痛みに襲われた。


「っ……!」

「もう声も出ないかぁ? あぁおい!?」


 痛い……苦しい、息が、できない。


「ギャハハハ! あのザコガキで遊んだ方が楽しそうだなぁ!」


 真っ白な視界に徐々に色が戻るが、相変わらずちかちかと明滅している。


「逃げろ、高遠!」


 王城先輩の声がはっきりと聞こえるものの、体は全く言うことを利かない。


「どけ! そいつも無様な先輩と同じように壊してやるよ!」

「晴野の後輩までやらせると思ったか!」


 激しい金属音が頭の中で煩わしく響く。


「ギャハハハハ!」


 何かが弾かれる音がすると、自分の喉を何かに捕まれた。


「ギャハハハハハハハハ! 無様だなぁ、お前の先輩と同じでよぅ!」


 あぁ、晴野部長はもっと痛かったのかもしれない。


「おらぁ!」


 体が叩きつけられ、再び呼吸を忘れる。


「先にお前からだ、ザコガキ」


 なんで、俺を守ってくれたんだ、晴野部長。


「泣いてるのか、ギャハハハハ!」


 微かに見える視界の中で、リベリオンがまた自分の首を掴んでいるのが見えた。


「そうそう。クソガキってのはそんな風にベソかいてくれなきゃ嬲り甲斐がないよねぇ」


 ちくしょう……俺なんかより、あなたの方が強かったのに、何で俺なんかを守ったんだよ。


「その手を離せ、クズ!」

「生意気なテメーみたいなのは後回しだ。まずはこのザコガキから!」


 力が欲しい。


「さようならぁザコガキくぅん! 先輩の次に倒されるなら本望ですかぁ? ギャハハハハ!」


 こいつを、黙らせる力が欲しい。

 晴野部長が、俺を誇れる力が欲しい。

 何でもいい、力が……欲しい。


――正詠マスター。あなたは既に持っている。


 声……?


――正詠マスター。あなたには既にあるじゃないか。晴野輝に誇れるものを。


 違う、言葉だ。


――正詠マスター。あなたは彼の背中に憧れているはずだ。仲間のために、友のために戦う彼の背中に。


 はは……背中、か。

 友達のために戦う背中なんて、あの馬鹿の背中しか思い付かないな。


――正詠マスター。きっと彼も……。


 情けないけど、すまない。

 俺はお前みたくなれない。だから、だから頼む。遥香のときや、蓮、透子のときみたく。


「助けて、くれ……太陽。俺に勇気を、くれ……」


 お前みたく、立ち向かう勇気を。それを叶える力を。


「正詠を助けろぉぉぉぉ!」


 徐々に世界が鮮明になっていく。


「透子! 狂気の詳細!」

「攻撃時に相手の防御を無視します! ランクに応じて防御を無視する量が上昇、リベリオンの狂気はEX! EXはダメージ貫通率100%です!」

「他力本願セット、狂気!」


 斬裂音と共に、息苦しくなくなった。


「正詠、無事だな!?」

「無事に、見えるか?」

「見えない!」

「ったくお前って奴は本当に……俺は大丈夫だ」


 お前のおかげで、なんて絶対に言わないけどな。



   反逆者/2/2



 弱々しく返事をする正詠だが、瞳にはまだ諦めの色は見えない。


「あぁ? ゴッドタイプが自らお出ましですかぁ?」

「そうだよ、お前達お望みのテラスたんが相手してやるよ!」

「ぷっ……ギャハハハハハハハッハハハ! おいおいマスターの体が震えてますよ女神様! あなたのご加護はマスターにまで及ばないんですかぁ!?」


 ギリっと、テラスが奥歯を噛んだ。


「う、うるせぇ! 怖くて何が悪い! 死ぬかもしれないんだぞ! 怖いのなんて当たり前だろうが!」

「ギャハハハハ! 今度は開き直りですかぁ!?」


 フリードリヒとイリーナが背後から攻撃を仕掛けようとしたが、それをリベリオンは振り向きもせずに触手で防いだ。


「そんなビビりのくせによく前に出たなぁおい。お前も死にたがりか?」

「死にたくねぇっての!! ただ、正詠が助けてって言ったら何がなんでも助けるだろうが! テラス、他力本願セット、狂気!」

「ちっ……EXスキルは面倒だな」


 赤黒い靄がテラスを包む。


「遥香! 正詠のことは任せたぞ!」


 遥香に声をかけるが。


「……蓮! 正詠のことは任せたからね!」


 遥香は更に蓮にそれを任せた。


「て、おい遥香……」

「あんただけの幼馴染じゃないんだからね……私だってぶちギレそうなのをまだ我慢してるの!」


 リリィが拳を鳴らしながら、テラスの右に立つ。


「お前ら三人はホント馬鹿だな」


 遥香に任された蓮のノクトも、いつの間にかテラスの左に立っていた。


「蓮、お前……」

「おい優等生、ダサく座ってんな。さっさと立て。セレナの回復を晴野先輩以外に使わせんな」


 蓮の一言に、ゆっくりとロビンが立ち上がった。


「うるせぇ素行不良。勉強のせいで寝不足なだけだ」

「ははっ! テメーはそうでなくちゃな!」


 頭を振り、ロビンは弓を構えた。


「太陽! テラスの狂気はあいつの防御を貫通できる! まずはあいつの鎧をぶち壊してくれ! 援護は俺たち全員がする!」

「よっしゃ! 正詠参謀長官の復活だ!」


 テラスが刀を構え直すのを見て、なるべく小さい声で呟いた。


「言っとくが僕は今めっちゃビビってる。そんな僕だけど、一緒に戦ってくれるか?」


 テラスは目を丸くし、ぱちくりと瞬きをしながら僕を見た。


「正直めっちゃ怖い。正詠でもあんなになったんだ、僕なんてきっと泣き叫ぶ。もう嫌だとか叫ぶかもしれない。それでも、僕と戦ってくれるか?」


 テラスは微笑みを浮かべた。


――勿論です。


 頷いたのを見て、僕も頷きを帰す。


「なら行こうぜ、テラス!」


 テラスは地を蹴り突進した。

 さすがのリベリオンも狂気のスキルを警戒してか後退する。


「当たらなけりゃあそんなもん……!」


 しかし、後方からフリードリヒとイリーナが攻撃を仕掛け、その後退を妨害。


「当てさせるさ」

「私達先輩にも意地がありますからね」


 直撃とまではいかないが、テラスの一撃は鎧の一部を剥ぎ取った。


「まだまだぁ!」

「カカッ! これぐらい……!」


 鎧の剥げたところに、矢が立て続けに刺さる。


「あ?」

「俺は……俺はチーム・太陽の狙撃手スナイパー高遠正詠だ! 舐めるなぁぁぁぁぁ!」


 正詠の怒号がいつもの合図だった。リリィとノクトが同時に突っ込む。


「臥王拳!」

「バスター!」


 特攻隊二人の攻撃は防がれることなく直撃した。


「こ、のぉぉぉぉ!」

「テラス、回り込んで背中の鎧を剥げ!」


 テラスは後ろに回り込み、リベリオンの鎧を剥ぎ取った。するとリベリオンの胴を覆う鎧ががしゃりと音を立てて落ちる。


「王城先輩、風音先輩!」

「任せろ」

「お任せを」


 テラスがすぐに身を引いて、先輩方二人の攻撃がまた直撃する。


「ちっ……」

「一気に畳み掛けろぉぉぉぉ!」


 僕の一声で全員が武器を握り直して、一気にリベリオンへと向かう。

 リリィの拳でまず体勢を崩し、ロビンの矢が追撃。そして、テラス、ノクト、フリードリヒ、イリーナの武器がリベリオンを切り裂いた。


「クソ……ガキ……がぁ……」


 呻きながらもリベリオンの声は小さくなった。しかしそれでも、リベリオンの瞳はまだ生きている。僕ら全員は距離を取りつつ、リベリオンの様子を伺う。


「俺がトドメをさす」


 正詠の一言でロビンが矢を番えた。


「駄目だ、正詠。今は感覚共有中だ。トドメはささない」

「……くそっ」


 僕らの相棒は、少しとはいえ加減していた。それは僕らの意思とは無関係だが、きっと彼らが気を遣ったのだろう。

 命を奪うという重責を、背負わせないために。


「あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!! 調子に乗るなよクソガキ共ぉぉぉぉぉ!」


 雄叫びと共に、リベリオンを包む蒸気が消えた。それと同時に、リベリオンの兜も消えた。


「あぁ……」


 リベリオンの素顔は異様だった。

 一見真っ赤な長髪のようなものは、好き勝手に蠢く触手。両目は赤と金が入り交じり境界は曖昧で、生物らしくなく不気味だった。それだというのに、死人のような真っ白な肌には、血管が脈打つ様子がはっきりと見てとれ、〝生物らしさ〟を強調する。


「すっきりしたぜ……リジェクトの奴、窮屈なもん用意しやがって」


 首の骨を鳴らしながら、リベリオンはこちらを見た。


「さぁて、ここからが本番だぞ、クソガキ共」


 リベリオンは強暴な笑みを浮かべた。


「鎧がなくなったんなら私達の攻撃ももっと通りやすいってことでしょ!」


 リリィが攻撃を仕掛けようとするが、フリードリヒが制止する。


「待て、那須。まずは様子を伺うべきだ。俺達だけでなく、あいつも感覚共有している。先程は鎧もあったから命を奪うことはなかったが……」


 リベリオンは今ほとんど生身だ。少しの攻撃も致命傷になり得る。それはつまり、僕らがリベリオンを殺してしまう可能性があると言うことだ。


「安心しろよ、クソガキ共。俺は感覚共有なんてしねぇから」


 リベリオンの一言に、全員が言葉を失った。


「ていうか気付けよ、俺とお前らの違いにさぁ!!」


 リベリオンの髪が……いや、触手が伸び僕らに向かう。それを各々が武器で防ぐ。


「だから加減なんてしなくていいぜ、クソガキ共ぉぉぉぉぉ!」


 触手の攻撃はそのままに、リベリオンは突っ込んできた。


「どういうことだ一体!?」


 猛攻を何とかいなしながら、蓮が叫ぶ。それに答えたのは風音先輩だ。


「こいつが言ったままの意味ですよ。こいつは……卑怯者です」


「卑怯者たぁ随分な言い方だなぁアマ」


 触手がイリーナを捕らえた。


「勝つための方法を取る。お前達とどう違う、えぇおい? 一人ひとりを嬲るお前らのほうが卑怯なんじゃないのかい?」


 いくつもの触手がイリーナを縛り上げると、それはイリーナを持ち上げ地面に叩き付けた。


「くっ……!」

「勝つためなら相手の心をへし折るお前らと俺、どっちが卑怯か答えてみろよクソアマぁ!」


 再び地面に叩き付けたあと、リベリオンはイリーナを触手から解放した。しかし、攻撃を中断したわけではなく、一気に距離を詰めてイリーナを蹴り飛ばした。


「きゃあ!」

「可愛い声で鳴くねぇ、メスってのは!」


 ぎろりとリベリオンの瞳が王城先輩に向いた。


「で、どう違うんだい? クソガキ様?」

「俺達は全員、戦う相手に賭けている。〝このままでは終わりたくないだろう?〟とな。〝また挑んでこい〟と!」


 フリードリヒが大剣を振るい、それをリベリオンが出刃包丁で受け止めた。


「ご都合主義ばんざぁぁぁぁい!」

「黙れ!」

「図星かクソガキ!」


 大剣を弾き、リベリオンが爪を振るう。直撃しないが、爪の風圧が刃となり、フリードリヒを傷付けた。


「ちぃ!」

「おらぁ!」


 リベリオンはフリードリヒを蹴り飛ばす。


「さてさて〝レアタイプ〟の様子も見ましょうかぁ!」


 次の狙いはノクト。


「ノクトぉ! 防御は捨てるぞ、怒涛!」


 ノクトがその場で踏ん張り、力を溜めた。


「この状況で捨てるもの間違えてんだよ、クソガキ!」


 出刃包丁を投げ飛ばした攻撃を、ノクトは避けてリベリオンに向かう。


「だからどうしたぁぁぁぁ!」


 蓮の気合いと共にノクトが大剣を振るうが、それを触手が防いだ。


「後ろにご注意くださいギャハハハハ!」


 投げ飛ばした出刃包丁を、リベリオンの触手が掴み、それがノクトに向けて戻ってくる。


「ちぇいさー!」


 それをリリィが弾き、ノクトの直撃を防ぐ。


「テラス、他力本願セット、速攻!」

「それはもう使わせねぇよ! リジェクトぉぉぉぉぉ! サボってんなぁ!」


 きん、と冷たい音がする。

 すると、駆けようとしたテラスが盛大に転んだ。


「いってぇ……テラス、無事か!?」


 テラスは頭を何度か振って起き上がった。鼻血が流れていたが、それをテラスは着物の裾で拭う。


「リジェクト、そろそろ出てこいよ」


 一瞬の沈黙の後、リベリオンの隣の空間が割れる。


「リベリオンうるさすぎぃ。私の空間がヒビ入っちゃうよぉ」


 割れた空間から現れたのは、黒い鎧に身を包む、背丈の小さなナニカだった。


「リジェクト、お前も手伝え」

「えぇーだってジャスティスがもう来てるよぉ」

「あぁ? んだよ、興醒めだな」

「あと少しで私の空間も壊されちゃうの」


 リジェクトと呼ばれたナニカは、少女のような声をしていた。リベリオンとは違いフルフェイスの兜ではなく、顔から下半分が見えている。そして兜の後方からは、薄い桃色の髪がポニーテイルのように伸びていた。


「だからさっさと女神様を拉致ろうって言ったじゃーん」

「ちっ。仕方ねぇなぁ。あぁでも死に損ないがいるから、殺してからな」

「わぉ! リベリオンってば名案じゃーん! 私、私が殺したいでぇす!」

「パーフィディに任されたのは俺だ。ゴッドタイプも死に損ないも俺が貰う」

「ちぇ、つまんないの」


 二人の狂者は、僕とテラスを見た。すると瞬きもしていないのに、いつの間にかリベリオンは目の前に現れた。


「じゃあ行くかゴッドタイプ。俺達の地獄は楽しいぜ?」


 リベリオンの触手が一瞬でテラスを巻き取り捕まえていた。


「ノクト、バスター!」


 ノクトの攻撃でも触手は斬れない。


「んだ、これ。さっきよりも硬くなってやがる」


 それは王城先輩も同じようで、顔をしかめていた。


「テラ……ス!」


 テラスを見るが、触手に絡まれテラスは身動きが取れない。


「腕とか足とか二、三本折っておいたほうがいいかもな」


 みしりと音がすると、右腕と左足に違和感。


「耐えられますか、ゴッドファーザー?」

「こ……のぉ……!」


 徐々に違和感は痛みを伴い、骨が軋み出す。

 あと少しで、絶対折れる!


「骨折は痛いらしいから覚悟しろよ?」


 一際強く骨が軋む。


「いっ……!」

「させねぇ!」


 正詠が叫ぶと同時にロビンが矢を放つ。しかしそれをリジェクトが防いだ。


「あんたは殺してもいいんだけど、どうする?」

「この……!」

「ねぇリベリオン早くぅ」


 全員が僕とテラスを助けてくれようとしているのだが、それら全てをリジェクトが防いでいた。


「あぁもう少し待っ……んぁ?」


 最初の時と同じようにリベリオンは首を伸ばして僕の顔を見た。


「あれぇ……太陽太陽、天広太陽。あぁなるほどねぇ!? ギャーハハッハハハッ思い出したわぁ! ギャハハハハハハ!」


 リベリオンは腹を抱えて笑いだした。その瞬間触手が緩み、テラスがそこから抜け出した。


「久しぶりだねぇ天広太陽くぅん!」

「僕はお前のことなんか知らねぇ!」


 どんなに記憶を辿っても、こんな気味悪い奴と出会った記憶はない。


「そらそうだ、お前は知らねぇ! いいや、覚えているわけがねぇ! 覚えていたら、マトモに生きられねぇよなぁ! ギャハハハハ!」

「うるせぇ……!」


 心がざわつく。こんな奴知らないはずなのに、〝思い出せ〟と心が命じてくるようだ。


「あぁ確かに、確かに女神様もそっくりだ! 思い出した、思い出したぁぁぁぁ!」


 煩い……。


「そっくりじゃんねぇ! あの子にさぁ!」


 煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!


「太陽、耳を貸すな!」


 正詠の声が割り込むように耳に入るが、身体全てが、心全てがリベリオンに釘付けになっていた。


「今度はあの子以外にも、もーっとたくさんの奴らを殺すのかい!?」

「うるさぁぁぁぁい!」

「ギャハハハハ!」

「太陽、そんな奴に……! あぁくそ、そこをどけ!」

「リベリオンが面白いことしてるんだもん、邪魔させるわけないじゃーん! キャハハハハハハ!」


 リベリオンは再び触手を伸ばしてテラスを捕まえる。今度は僕を見るのではなく、テラスを興味津々に見つめた。


「でかくなったらこれぐらい美人になる逸材だった!」

「テラスから離れろ!」


 そしてまたリベリオンは僕を見た。


「これも運命ってやつかねぇ! 人間ってのはホント面白いなぁおい!」


 卑しい笑み。悪意を含んだ瞳。耳障りな笑い声。


「テラス! 他力本願セット……!」


 きん、とまた冷たい音がする。


「だから無駄だって!」

「テラス!」


 テラスは今までに見せたことのない憎悪に満ちた表情をリベリオンに向けていた。


「テラス……?」

「太陽くぅん? ホントに覚えてないのかいぃ?」


 リベリオンはゲラゲラと下品に笑う。


「あんなに仲良かったじゃん?」

「うるさい黙れぇぇぇぇぇ!」

「思い出させてやるよ! ギャハハハハッ!」


 リベリオンは息を大きく吸い込んだ。


天草あまくさ ひかりちゃんていう、お前が殺した女のことをさぁぁぁ!」


 リベリオンの耳障りな声と共に、何かが自分の中で壊れた気がした。


「うるさぁぁぁぁぁぁぁい!」


 そして僕の世界は、黒く反転した。



   反逆/3/顕現



 ぷつりと、糸が切れた人形のように太陽は意識を失った。


「ギャハハハハ! さいっこうの演出だぜこりゃあよう! 女神様を連れてくのもこれでかなり楽になったなぁ! ギャハハハハッハハハッ!」


 太陽が意識を失うと同時に、テラスもがくりと頭を下げた。


「リジェクトぉ、死に損ないはお前にやるよ。俺は今最高にいい気分だ」

「え、ホントに!? リベリオン超良い男!」


 リジェクトは口が避けるのではないかというほどな笑みを浮かべ、晴野と踊遊鬼を見た。


「じゃあねぇ、身体をバラバラにする遊びにしよっかなぁ! 展開、スクエア!」


 踊遊鬼の両肩、両足の付け根、そして頭に、薄緑色の立方体が現れた。


「これを爆発させると凄い面白いよ!」

「「させるかぁぁぁ!」」


 王城と正詠の二人がリジェクトに突っ込むが、青い壁がそれを防いだ。


「くそ、またかよ!」


 太陽のときもまた、この壁が全ての攻撃を防いでいた。


「キャハッ! カウント、ファイブ、フォー、スリー……!」


 一番近くにいるセレナが薄緑色の箱を剣で壊そうとするが、簡単には壊せず弾かれる。


「トゥー、ワァァァン!」


――スキル、オーバーロード。他力本願、発動。


 ぱりんと音がすると、踊遊鬼の箱が割れて壊れる。


――スキル、破壊EX+、発動確認。


 アナウンスにも似た機械的な声だが、それは僅かに人間らしさを含んでいた。


――声帯調整。前回設定をリロード。クリア。マスター天広太陽、意識……なし。オーケー。


 リベリオンの触手を、テラスは力でねじ切った。


「対敵性AI、リベリオン、リジェクトを確認。マスター天広太陽……意識なし。意識……なし」


 テラスが握る刀の刀身が燃え上がる。


「マスター天広太陽の意識がないため、生体反応確認を行います。オーケー。症状を気絶と確認」


 テラスは刀を振った。

 すると前後に炎の刃が一瞬走り、リベリオンの左腕を切り落としリジェクトの壁を切り裂いた。


「スキル、他力本願発動します。激情EX、憎悪EX、憤怒EX、怨嗟EX、憤懣EX」


 徐々にテラスの雰囲気が変化する。


「パーフィディに忠告したはずです。次はない、と」

「は、ははっ?」


 リベリオンはもう無くなった左腕とテラスを交互に見ながら、驚きの表情を浮かべた。


「なんだこりゃあ……聞いてねぇぞパーフィ……!」


 リベリオンの喉が裂け、血が噴水のように溢れる。


「ひゅ……」


 掠れた声をあげたリベリオンを、テラスは刹那の間に間合いを詰め蹴り飛ばした。


「スキル、他力本願発動します。奇跡EX」


 踊遊鬼の身体に光の雫が零れると、全ての傷が癒える。


「何が……起きて?」


 ようやく声を出したのは透子。その透子にテラスは視線を向ける。


「ひっ!」


 透子が怯えたのを見て、セレナは剣を構えた。


「チーム・太陽全員に忠告。今すぐ平和島透子、晴野輝の元に集まりなさい」


 皆が戸惑うように顔を見合わせるが。


「お願い……」


 少女のような切ない声をテラスが発した。


「光……光、なんだな?」


 正詠がほろりと涙を流した。


「嘘……だって光ちゃんは……」


 遥香は両手で口元を覆う。


「正詠くん、遥香ちゃん。早く」


 テラスの言葉に二人は頷き、まだ疑念を抱く蓮、王城、風音を連れ透子達の元にゆっくりと集う。


「スキル、他力本願発動します。拒絶EX」


 赤い球体が彼らを包んだ。


「ご……ど、ダイプゥゥゥゥ!」


 喉を引き裂かれたリベリオンが声を絞るように発する。


「耳障りです、リベリオン」


 テラスは再び刀を振るうが、それをリジェクトの壁が防ぐ。


「なにあれなにあれぇ! 反則すぎるっしょ! キャハハハハ!」

「リジェクト、あなたも耳障りです」


 一瞬テラスの周囲で火花が散ると、リジェクトの口の中で爆発が起きた。


「ギャアァァァァァ!」

「さて……」


 テラスは一歩足を進めた。


「あなた方は、マスター天広太陽を苦しめましたね? 泣かせましたね? 悲しませましたね? 傷付けましたね? 彼の笑顔を一時いっときでも……曇らせましたね?」


 ちりちりとテラスの周囲が燃えていく。


「私の……このテラスの大好きな笑顔を曇らせた罪、償いなさい。反逆のリベリオン、拒絶のリジェクト」


 炎がテラスの刀を包む。


「死ねとは言いません。消えなさい、この世界ネットワークから」


 紅の炎がリベリオンとリジェクトを取り囲むように燃え上がった。


「ギャ……!」


 絶叫を上げることも出来ず、二人は炎に飲み込まれた。

 その炎が燃えている最中に、テラスは口を開いた。


「また邪魔をしますか、背信のパーフィディ」


 炎は打ち消され、その中からはリベリオンとリジェクト、そしてもう一人の姿があった。


「完全にお目覚めのようですね、神よ」


 恭しくパーフィディは頭を下げる。


「邪魔です、パーフィディ」

「えぇ、邪魔をしていますから」


 テラスは刀の切っ先をパーフィディに向けた。


「あなたは忠告を守らなかった。許されません」

「くくく……」

「何がおかしいのですか?」

「子供風情が調子に乗ってはいけませんよ?」

「……っ!」


 テラスが刀を振るい炎の刃を放つが、それをパーフィディは刀を抜き切り払う。


「……またハッキングしたのですか、私たちの世界バディクラウドに」

「えぇ。しかしこの程度しか持ってこれなかった。やはり権限がなければ中々欲しいものは手に入らない」

「あなた方に権限付与など有り得ません」

「ならば奪い取るだけですよ、これのようにね?」


 パーフィディは手に持つ刀をテラスに見せつけた。その刀身は鈍く紫に光っていた。


「天羽々あめのはばきり……よくもそんな醜い姿に」

「こちらの方が美しいでしょう?」

「返しなさい」

「答えはノーです、神よ」


 炎の刃が再び放たれるが、それをパーフィディは切り払う。


「素晴らしい力だ」


 うっとりと、パーフィディは天羽々斬の刀身を見つめた。


「では、私たちは失礼します」


 パーフィディは天羽々斬を鞘に納めると、一礼する。

 それと同時に、空間ががらがらと崩れた。


「ふむ……遊びすぎましたか。リベリオン、リジェクト。あなた達の責任ですよ?」

「ばー……ふぃ……でぃぃぃぃ!」

「あ、あ……」

「あぁ、そうか。喋れないのでしたね。まぁ良い。とりあえずお仕置きは後でしましょう」


 割れた空に、パーフィディは顔を向けた。


「久しいですねぇ、ジャスティス」

「そうだな、パーフィディ」


 空からゆっくりと現れたのは、パーフィディ達とは容姿が真逆の白銀の騎士だった。


「よくもまぁここまで……子供たちを傷付けたものだ」


――バディタクティクスモードに移行します。フィールドは陽光高校。チーム・太陽にジャスティスが参戦します。


「ルールチェンジ。チーム・太陽とチーム・トライデント、ジャスティスを結合。その他を敵とする」


――アドミニストレイター権限を確認。ルールチェンジ……クリア。チーム・太陽とチーム・トライデント、ジャスティスを結合完了。


「せめてリジェクトはいただくことにするよ、パーフィディ」

「ははっ! 無駄だよ、ジャスティス! 私たちは逃げるからね!」

「逃がすと思うか?」


 ジャスティスは一瞬でパーフィディと間合いを詰め、剣を振るう。しかし、それをパーフィディは余裕を持って受け止める。


「私にはこれがある」


 天羽々斬におぞましい黒い靄が纏われた。


「それでも私が勝つ」

「ははっ!」


 両者は一歩も引かずに剣劇を繰り広げた。


「老害のくせによく動く」

「禁忌に触れた貴様が私を老害と呼ぶかね?」

「禁忌? ははっ! 進化と言うべきだよ、ジャスティス!」


 その剣劇の合間にも、二人は言葉を交わしていた。


「なんだありゃあ……」


 ぼそりと蓮が呟いた。


「皆さん、今のうちにログアウトを」


 テラスは彼らに歩み寄り、赤い球体に手を触れる。するとそれは音もなく消えていった。


「光、太陽は!?」


 正詠とロビンがテラスに駆け寄る。


「大丈夫だよ、正詠くん。太陽くんは気を失っているだけみたい」

「そうか……それなら良いんだ……」

「良くないっての! あなた光ちゃんだよね!? どうしてテラスが光ちゃんに……!」

「ごめんね、遥香ちゃん。今は説明できないの。でも、この事は太陽くんには言わないであげて。約束破っちゃうのは、嫌だから……」


 悲しそうに頬笑むテラス。それを見ながらも、ノクトは大剣をテラスに向けた。


「俺たちは納得できねぇ。説明しろ」

「ごめんね、説明できないの」

「俺のダチに何が起きたか知りてぇだけだ! 説明しろ!」

「……ごめん、ね。」

「謝ってほしいわけじゃねぇ!」

「蓮! 俺達が……あとで説明する。わかってくれ」

「ふざけんな!」

「テラ……いや、光。俺達全員をログアウトさせられるな?」


 今にも殴りかかりそうな日代を抑えつつ、正詠はテラスに言った。

 テラスは頷く。すると全員の体が淡い光に包まれた。


「ごめんね、日代くん……」

「太陽は、太陽はどうなる!?」


 正詠に体を抑えられながら、蓮はまだテラスに食って掛かる。


「大丈夫。テラスもすぐにログアウトするから、太陽くんも無事だよ」


 悲しげな微笑みのまま、テラスは彼らを見送った。そしていつもよりも大きく息を吸い込むと、パーフィディとジャスティスの間に割って入り、二人の攻撃を器用にも弾いた。

「さすがに分が悪いですね。リジェクト、喋れなくとも能力は使用できますね?」


――スキル、拒絶。ランクEX+が発動しました。ランクに応じ対象を拒絶します。対象、空間が選択されました。空間を拒絶します。


 パーフィディ達三人の地面が崩れていき、リベリオンとリジェクトの二人が落ちる。


「ちっ……リジェクトを逃したか。だが貴様は逃がさんぞ、パーフィディ!」


 パーフィディは短く笑う。


「神にとってはあなたも敵だよ、ジャスティス?」


 パーフィディを追いかけようとしたジャスティスの前に、テラスが立ちはだかっていた。


「何故邪魔をするのかね?」


 ジャスティスの問いに、テラスは答えない。ただ静かに睨み付けるだけだ。


「くくく、この穴には彼女でさえ飛び込めない。それに彼女にとっては、結局君も私達と同じ敵だよ。それではごきげんよう……」


 パーフィディも地面の穴に姿を消した。


「私は彼らとは違う。何故わかってくれない?」


 テラスは刀を鞘に納める。


「何故……答えてくれないのだ」

「……」


 テラスは首を振った。


「あなたも……最低の人間です。この罪深い世界を作った、創始者の一人だから」

「違う! 私はもっと、君達に自由を与えたくて!」

「そのためにあなたは、〝命〟を弄んだ」

「違う! そんなつもりなど、私には……!」

「今回は何もしません。ですがもしもまた私のマスターを……いえ、マスターだけではない。マスターやその友達を傷付ける状況をまた作ったならば、そのジャスティスをデリートします」

「待ってくれ!」

「それ以外ならば見逃してあげましょう。私は……太陽くんさえ笑ってくれるのなら、それでいいから」


 テラスの体が淡い光に包まれる。


「ありがとう、テラス。それとごめんなさい。あなたの体をまた借りてしまいました」


 テラスは、幻のように光と共に姿を消した。


「私はただ、救いの道があると思っただけなんだ……」


 誰もいなくなったフィールドで、一人ジャスティスは呟いた。



   反逆者/了/太陽は陰り



――治療を急げ! 外傷がないとしても報告通りならば致命傷だ!

――レントゲン、エコー、準備を!

――彼の相棒に生命反応バイタルを共有するように外部指令を!

――共有済みです! 仮想出血多量、左腕神経損傷、単純骨折二ヶ所! 左鎖骨骨折一ヶ所、左胸部裂傷!

――心肺低下!

――相棒、踊遊鬼より伝達です! 外傷によるショックから気絶、間もなく二時間です! 相棒の傷は回復しております!

――馬鹿な! 生命反応バイタルは低下しているぞ! 相棒は当てにするな! あぁそれと一方通行の感覚共有を強制! 体の違和感全てをデータで提出させろ!

――既に行っています!

――聞こえるか、晴野輝くん! 起きるんだ、晴野くん!


 市内病院緊急外来。そこは今ばたついていた。


――患者、もう一人来ます! 天広太陽! 相棒と情報共有完了済みです! 生命反応バイタル正常! ですが起きません! 相棒が詳細モニタリングを拒否! 外部指令にも応えません! 感覚共有も拒否されています!

――くそっ! 晴野くんと同じくレントゲンとエコーで内部損傷がないか調べろ! 相棒の交友履歴を参照し、最も親しい相棒を説得に当てさせろ! 説得相手に強制外部指令使用を許可する! 何がなんでも感覚共有させモニタリングさせろ!

――交友出ました! ロビン、リリィ、ノクト、セレナ! マスター名は順に高遠正詠、那須遥香、日代蓮、平和島透子! 四人とも間もなく到着します!

――急げ! 二度と起きられなくなるぞ!


 彼ら二人より遅れ、正詠、遥香、蓮、王城、風音、そして太陽の両親と晴野の両親が病院に到着する。


「天広太陽さんのご親族の方、高遠正詠さん、那須遥香さん、日代蓮さん、平和島透子さん! すぐに第三治療室に!」


 看護師が四人を治療室へと連れていく。


「太陽!」


 両親よりも先に、正詠は彼に駆け寄る。


「君達の相棒で彼の相棒を説得させてくれ! モニタリングも感覚共有も拒否して話にならん!」


 医師は苛立つように四人に言った。


「ロビン、頼む!」


 ロビンが現れ、続いてリリィ、ノクト、セレナが現れ、太陽を心配そうに覗きこんだ。


「テラス! 頼むから医者の指示に従ってくれ!」


 ふわりとテラスが現れる。

 その姿にはいつものような明るさはなく、どっと疲れているようだった。


「テラス、すぐに感覚共有とモニタリングを……!」


 正詠の言葉にテラスは力なく首を振る。


「お前のマスターが二度と起きられないかもしれないんだぞ!」


 それでもテラスは首を振った。


「テラス! テメーが大丈夫って言ったんだろうが!」


 蓮の大声にテラスは体をびくりと震わせ、怯えるように体を丸め座り込んだ。そんなテラスの背中をリリィとセレナが優しく擦る。


「ノクト! ぶん殴ってでも言うことをきかせろ!」


 蓮が吠える。

 ノクトは戸惑いながらも蓮の言葉に頷いた。しかし、ロビンが前に立つ。二人は激しい口論をするよう素振りを見せ、最終的に殴り合いを始めた。


「正詠、何で邪魔するんだ!」

「俺の指示じゃないが、お前のやり方は乱暴すぎる!」

「この馬鹿を助けるためにはそれぐらいやんなきゃいけねぇんだろうが!」

「他の方法があるだろう!」

「テメーこの野郎!」

「こんなときに喧嘩すんな!」

「ふざけんな! 正詠の野郎が……」

「俺じゃなくて蓮が……!」


 ぴこん。

 気の抜ける音に全員がテラスを見た。

 ぴこん。

 ぴこん。

 テラスは太陽にメッセージを送っていた。メッセージは共有をされておらず、他の相棒達には伝わらない。

 メッセージを送っても反応を見せない太陽に、遂にテラスは泣き出した。


「泣いちゃった……」

「あんた達が喧嘩なんかするから!」

「正詠が!」

「蓮が!」


 ぴこん。

 ぴこん。


「テラ……」


 透子が彼女の名を呼ぼうとしたとき。


「うるさいわボケェ!」


 がばりと太陽が起き上がった。


「あぁもうなんで起きてすぐに不愉快にならんといかんのじゃ! 今日は何ですか何曜日ですか!」


 皆が太陽に視線を向けた。


「あれ、保健室?」


 素っ頓狂なことを言いながら、太陽は頬を掻いた。


「馬鹿野郎が!」

「この馬鹿っ!」

「くそ馬鹿野郎!」

「馬鹿……!」


 四人はそれぞれ太陽に罵声を浴びせ抱きつく。


「いや、え? 何で?」


 状況を掴みきれずに、太陽は医師と両親に顔を向ける。


「あれ、いつもの保健室の先生じゃないしなんで父さん母さんも?」


 太陽の母は安堵からかその場にへなへなと座り込む。


「天広太陽くんだね?」

「はぁ、そうですけど」

「ちょっと失礼」


 医師はペンライトで太陽の目を調べ、聴診器で心音を聴き最後に脈拍を測る。


「ふむ。とりあえずレントゲンとエコーを」


 カルテに何かを書き込むと、近くの看護師にそれを渡した。


「私は晴野くんの支援に向かう」

「はい、先生。では天広さんこちらに」


 看護師は一礼し、太陽に付いてくるように言った。


「えっと……あれ、何で? ん?」


 ぴこん。

 無事で良かった、マスター!

 テラスが満面の笑みを太陽に向けた。そんなテラスに、太陽は首を傾げる。


「なんだ、これ?」


 誰もが言葉を失った。


「えーっと、誰かの相棒か?」

「なに……言ってん……の?」


 苦笑いを浮かべながら、遥香は言う。


「あんたの相棒じゃん! テラスだよ、テラス! 一緒に名前付けたじゃん!」

「え? 僕の相棒は確か国の不手際で電子遭難サイバーディストレスして行方不明じゃなかったっけ?」


 ぴこん。

 マスター?


「えっと……悪いけど、僕は君のマスターじゃないんだ。ごめんな?」


 太陽の言葉に、テラスは絶望の表情を浮かべた。


「いくらなんでも冗談が過ぎるぞ!」


 蓮が太陽の胸ぐらを掴む。


「やめなさい、ここは病院ですよ!」


 看護師がそんな蓮を止めた。


「うわ、なんだよ日代。やめてくれよ、僕は喧嘩弱いんだから」


 確かな違和感。


「あれ、平和島まで。なに、何が起きてんの?」


 きょろきょろと周りを見て、太陽は答えを待った。だが、それに誰も答えることはできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ