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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
8/22

第八賞 本物の情報熟練者

   情報熟練者/1



 準決勝まで勝ち進んだ僕らは、クラスで今まで以上に話しかけられるようになった。温かい応援やからかい、何でもないこと、相棒のこと。沢山話しかけられる。

 そんな中でも日代に対する態度は特に顕著だった。準決勝以降はみんなが彼に抱く印象が変わったのか、男子からよく話しかけられ相棒の話で盛り上がっていた。


「太陽」


 正詠が僕の前の椅子に座った。


「なんだよ?」


 日代から視線を戻した。


「今日の放課後、王城先輩たちが戦う。観に行くぞ」

「おぉ。ようやっと僕らも観戦できるんだな」

「今まではかなり運が悪かったからな。次の対戦相手の試合のときは大体授業入ってたし」


 そうなんだよなぁ。何か変な因果が働いてのかと思うくらい、僕らは対戦相手の観戦ができなかったんだよなぁ。


「テラス、お前情報収集とかできねぇの?」


 机の上、刀を持って踊っているテラスは、僕に声をかけられて首を傾げた。


「いやお前さ、何してんの?」


 ぴこん。

 舞踊。


「いやお前さ、なんで?」


 ぴこん。

 これを観ました。

 テラスは動画を表示させた。再生ボタンを押してみると、巫女さんらしき人が刀を持って舞っている動画だった。


「お前さぁ……こういうの探すならもっと役に立つもの探してくれよ」


 ぷっくりと頬を膨らませるテラス。

 ぴこん。

 舞踊だって役に立つもん。


「お前のテラス、相変わらず何か可愛いな」


 正詠は頬杖をついて、テラスを指でつついた。

 きゅっと目を瞑るテラスは確かに可愛らしく、本当にこいつが僕の相棒なのか不安になってくる。子供の取り違いみたく、実は愛華に配布される予定とかだったのではなかろうか。


「あぁ! まぁた相棒いじめてんでしょ、あんたら!」


 うるさい遥香の声。その後ろではくすくすと平和島が笑っている。


「いじめてねぇって」


 呆れて払うように手を振った。

 僕の机の上に、リリィとセレナが乗った。テラスは二人を見ると満面の笑みを浮かべて、手を繋いでくるくると回っている。


「こいつらホントに仲良いな」


 いつの間にか日代は近くにいて、机の上の三人を見ていた。


「女同士気が合うんだろ。僕はすげぇ疎外感だよ」

「天広くんとテラスちゃんは良い仲だと思うよ」

「いや確かに仲悪くはないんだけどさ。なんつーの? 男と女の差っていうのかね。こいつさ、風呂入るときに毎回文句言うんだぜ。レディの前で着替えるなんて! ってさ」

「ふふ……そっか、テラスちゃんとお風呂入るのも大変だね」


 三人の相棒は僕と平和島の話を聞いてひそひそと何か話し始めた。

 そしてじっとりとした目で、三人は僕を見た。その瞳には非難の色がはっきりと見えていた。


「なんだよ、文句あるのかよ?」


 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。

 女の子の前で着替えるなんてデリカシーなさすぎ。最低。

 三人が同時に文句を言ってきた。


「ちょっ……やめてよ、笑わせないでよ」


 遥香は口を押えて笑った。


「お前最近ちょっと生意気だぞ」


 指で何度もテラスをつつくと、リリィとセレナが僕の指に攻撃を仕掛けてきた。痛くも痒くもないのだが、腹立つ。ちなみにテラスは頭を押さえて体を丸めていた。すごく悪いことをした気分になる。


「とりあえず地下演習場に放課後集合な。授業終わったらすぐに行かないと良い場所取れないぞ」


 正詠はため息をつきながら言った。


「いやぁ久々だなぁ……王城先輩のバディタクティクス。去年のはほっとんど覚えてないけど、胸糞は悪くなるだろうなぁ」

「ねぇ太陽。そんなに嫌な試合なの?」

「そっか、遥香はいなかったっけ」

「っていうかお前らだけかよ、知ってるの。てっきりメンヘラは観てると思ってたが」

「日代さ、次メンヘラって言ったらマジで殴るよ」

「なんだよメンヘラ、もう泣かないのか……ふごつ!」


 日代の脇腹に遥香の肘鉄が入った。油断しまくっていた日代にクリティカルヒット。


「とりあえず観ればわかる。嫌な思いもするだろうが、それ以上に……」


 正詠は言葉を一旦切って。


「実力差ってのがよくわかるはずだ」


 その一言は重く、僕らの胸に嫌な余韻を残すものだった。



   情報熟練者/2



 校内バディタクティクス準決勝。チーム・トライデント対チーム・白疾風しろはやて。フィールドは林。

 チーム・トライデントは王城先輩率いる三年で構成されたチーム。

 チーム・白疾風は三年の陸上部二人とそのクラスメイトで構成されたチームだ。

 僕ら五人が地下演習場に到着したときには、既に戦いは始まっていた。


『おっーーーーーと! 白疾風唯一の後方支援! フェリミナが捕まったぁぁぁ!』


 海藤ではない実況につい耳を掻く。


「すげぇな。試合中は全然わかんないけど、こんなに賑やかなんだな」


 知らず独り言が漏れた。試合中は海藤の実況や歓声などは全て届かないのだが、こんなに盛り上がっていたのか。


「とりあえず前に行くぞ」


 正詠が僕を引っ張りながら人混みを掻き分けた。そのあとに遥香、平和島、日代が続く。


『フェリミナ、フリードリヒから逃げられるかぁ!?』


 中央のホログラムには、フリードリヒとフェリミナが映し出されていた。


「あれが王城先輩の戦い方だ」


 フリードリヒは背中に大きな剣を背負っているが、それを抜く仕草は見せない。


『フリードリヒの蹂躙が始まるぞぉぉぉぉぉぉ!』


 実況の言葉に、会場が一気に盛り上がる。

 フリードリヒは音を置き去りに走り出し、一気にフェリミナの距離を詰めた。フェリミナの表情にカメラはアップされる。その表情は紛れもなく恐怖だ。

 フリードリヒの拳がフェリミナの腹部にめきりと入った。


『あっーーーーと! クリティカルヒット!』


 フェリミナは炎の魔術アビリティでフリードリヒの体全体を焼き、後方へと退いた。


「うわ、すげぇ炎」

「お前のテラスもあれぐらいのがあればいいんだが」

「うるせぇ」


 僕の言葉に、正詠は皮肉を返した。


『フェリミナ、アビリティを連発だぁ! ウィッチフレア、ブレスファイア! おぉぉぉぉぉ、出るか!?』


 なんのアビリティが全くわからず、僕だけでなく遥香も平和島も日代も首を傾げる。


「相棒に大会情報をリンクしてもらえ。そしたらアビリティの詳細がわかるから」


 視線は真っ直ぐにホログラムに向けたまま、正詠は言った。


「テラス、大会情報をリンクしてくれ」


 テラスは頷くと、情報を表示する。現在対戦している人たちの情報と、先程実況が言っていたアビリティの情報も表示されていた。


「結構ランク高いアビリティだな。準決勝だけある」


 そんなことを言ったの日代だ。


「ってかさ、ここまでされたらフリードリヒもやば……」


 言いながらテラスから視線をずらすと。


『出たぁぁぁぁぁ! フリードリヒ、渾身の気合だぁぁぁ!』


 フリードリヒが片足を大きく踏み込むと、彼を包む炎が消えた。


「何あれ、遥香と同じスキルか?」

「いいや、全く。正真正銘のただの気合だ」


 正詠が呆れたように口にすると同時に、フリードリヒはまたフェリミナとの距離を詰め、今度は両手を組んで思い切りフェリミナへと振り下げた。


『ここでフェリミナたまらずダウン!』


 観客席のどこかで短い悲鳴がする。


『あーっとそのまま、フェリミナに馬乗りだ!』

『これは耐えられるか、フェリミナァァァァ! いや耐えてくれぇぇぇ!』


 白疾風側の実況者がフェリミナを心配して声をあげる。

 二人の実況を聞いていると、ふと海藤の顔が浮かんだ。僕らの実況をしてくれているときのあいつも、こんな風に応援してくれていたのだろうか。



『フリードリヒ、フェリミナを殴る! 殴る! 殴り続けるぅぅぅぅ!』


 一発、また一発。フリードリヒはゆっくりと殴り続けた。鈍い音だけが演習場に響き、徐々に歓声は消えていく。


「いつもこうなんだ。途中までは盛り上がるが、フリードリヒが攻撃を始めると少しずつ静かになっていく」


 正詠が言って、「けっ、胸糞わりぃな」と日代が悪態をつく。


「何で最初盛り上がるんだよ」


 こんな戦いをする王城先輩が人気なのが未だにわからない。


「さぁな。フリードリヒを止めるのを期待しているのかも知れないし、単純にこの光景を見たい奴がいるのかもしれない」


 ホログラムにはフェリミナの顔がはっきりと映し出されていた。今気付いたが、女の子だった。

 フェリミナは涙を浮かべ、必死にその攻撃を耐えている。


「ひどい……」


 平和島が目を逸らした。


「……王城先輩はな、倒すんじゃなく、降参させるんだよ、毎回」


 どす。どす。どす。

 まるでサンドバッグでも殴るように、フリードリヒは無感情に拳を叩き込む。


『ここでフェリミナ、降参です!』


 フェリミナのマスターはフルダイブの機器をすぐに外して、自分の両肩を抱いて震え出した。

 わぁ、と再び歓声が沸いた。


「良い意味でも悪い意味でもすげぇな、あの人」

「カリスマだろうな。あの人以外がやると、きっとブーイングの嵐だ」


 遥香も平和島も目を逸らしていたが、僕と正詠、日代はじっとホログラムに映るフリードリヒを見ていた。

 このフリードリヒと、次は戦わないといけない。


『さぁフリードリヒの次のターゲットは、ブラウン! 踊遊鬼ようゆうき、イリーナがわざとブラウンを包囲から外したぞぉ!』


 そんな実況に、僕はサブホログラムを観た。

 たった二人で、残り四人を抑えていたというのか。


晴野はれの先輩の相棒は踊遊鬼。歴史上の人物の名前を当てている。風音かざね先輩の相棒はイリーナ。これはフルート演奏者から名前を取っている」


 正詠が二人の説明を始めると、ブラウンという相棒はフリードリヒと一対一で対決を始める。


「いや、それより残りの二人は?」

「……チーム・トライデントは三人で構成されたチームだ」


 三人? たった三人でここまで勝ち進んだのか?


「彼らのチームワークは全てが完璧だ。晴野先輩の相棒が退路や援護の道を止めるスキルを放ち、風音先輩の相棒が相手のステータスを低下させた上で、王城先輩の元に送る」


 ブラウンは既に戦意を喪失している。それなのにフリードリヒは先程のようにブラウンを殴り続けた。


「そして一対一に関しては最強とも言える王城先輩の相棒が、一人ずつ潰していくんだ」

『ブラウン! 為す術がないかぁぁぁぁぁ!? 戦わずして何がバディタクティクスかぁぁぁぁ!』

『さぁ立つんだブラウゥゥゥゥゥン! 負けるなぁぁぁぁぁ!』


 トライデント側の実況と白疾風側の実況が同時に響き、頭が痛くなる。

 どす。どす。どす。どす。どす。どす。どす。

 重い音。辛い音がする。

 ブラウンの顔とフリードリヒの顔がアップで映された。

 顔に痣を作り涙を流すブラウンに胸が苦しくなった。それだというのに、文字通り機械のようにブラウンを殴り続けるフリードリヒは、あまりにも気色悪い。

 ぴこん。

 出ましょう。見るに耐えません。

 肩に乗っていたテラスは、目を閉じ耳を塞いで体を縮こまらせている。

 ぴこん。

 聞こえます。泣いています。もう殴らないでくれと。辛いです。早く、ここから出ましょう。


「正詠。反則とかそういうのないのか? これじゃあいくらなんでも……」

「ねぇよ。都合の良いときだけ、こいつらはプログラム扱いだからな」


 ブラウンが口を広げ何かを叫んでいるような様子を見せると、フリードリヒは殴るの止め、ブラウンの首を掴み持ち上げた。


「あぁなるほどな。あいつはプライド持ちか。だから降参しねぇんだ」


 歯を食い縛りながら日代が口にする。

 フリードリヒはブラウンを地面へ叩き付け、足で踏みつけた。

 ブラウンは両目を見開き、僅かに体を痙攣させている。


「ごめん、私もう無理。観てらんない。透子、出るよ!」


 遥香の言葉に平和島は涙を流しながら頷いた。


「待て」


 がっしりと正詠が遥香の腕を掴んだ。


「俺たちは次にこの人たちと戦わないといけないんだ。辛いのもわかる。俺だって嫌だ。でもな、ここでこの人たちの戦いを観なかったら、それこそ次は俺たちがああなるぞ」

「だって……こんなの……!」

「お前たちをこうさせたくないんだ。だから観ろ。自分の仲間はこんな風にさせるものかと、歯を食い縛れ」

「正詠……」


 遥香と平和島は互いに身を寄せ合いながらホログラムを再び眺めた。

 フリードリヒはブラウンの髪を掴み持ち上げた。そしてブラウンの右腕を掴み握り潰した。

 べきりともみしりとも、何とも言えない痛々しい音がする。


――きゃあぁぁぁぁ!

――何あれ!

――いくらなんでもやりすぎだろ!


 ぶらりとブラウンの右腕は垂れ、本来有り得ない向きを向いていた。


『これ……は、いつもはこんなこと、しない、のに?』

『……なん……え?』


 トライデント側の実況も白疾風側の実況も、共に戸惑いを隠しきれていない。

 ブラウンは泡を吹いている。


「いくらなんでも体力とかそういうのあるだろ!? なんであそこまで戦ってるんだよ!」


 正詠は眉間に皺を寄せて唇を噛んだ。


「まだ……ブラウンのマスターが敗けを認めてねぇんだ。だからブラウンだって……必死に耐えてるんだろ」


 フリードリヒはもう一本の腕を掴み、同じように握り潰す。

 演習場からは悲鳴と何故か歓声があがっている。


「あの野郎……いくらなんでもこんなのってないだろ!」

「敗けを認めればいい。それができねぇんだろ、あいつのマスターは。準決勝だぜ?」


 答えたのは日代だ。


「でもよ、こんなになるぐらいなら!」

「信じてるんだよ、仲間を。きっと助けに来てくれるってな」


 サブホログラムには踊遊鬼とイリーナを何とか退けようとしている仲間がいた。全員が涙を流していた。

 フリードリヒはブラウンは手放し、次は右足を潰した。


「あの……野郎……!」


 身を乗り出そうとしたところで、正詠が僕の肩を掴んだ。


「馬鹿なことすんな。これは彼らの試合だぞ」

「こんなの観てられっかよ!」

「俺たちが手を出せることはない」

「でも……」


 フリードリヒは残った足を踏み潰す。

 ブラウンはもうぴくりとも動かない。それだというのに、フリードリヒは執拗にブラウンに攻撃を仕掛けていた。


――やめろぉぉぉぉぉぉ!


 叫び声が悲鳴と歓声を引き裂いた。それは演習場中央から発せられていた。

 その叫び声が合図とでもいうように。


――チーム・白疾風。大将のルーベル、田元真二たもとしんじより降参のアクション有り。よって、チーム・トライデントの勝利です。


 ようやく、勝利のアナウンスが流れた。


『ト、トライデントの勝利で、す』

『……白疾風、よく耐えました。最後まで、よく……耐えました……』


 力のない実況に、演習場はざわついていた。

 チーム・トライデントの面々はフルダイブの機器を外した。それにトライデント側の実況が歩み寄る。


『決勝、進出……おめでとうございます。一言、どうぞ』


 王城先輩はマイクを受け取ると、僕らをしっかりとその鋭い眼光に捕らえた。


「わざわざ降りてきてやったぞ、情報初心者ビギナー。覚悟は出来ているな?」


 重苦しい言葉がずっしりと僕らに放たれる。


「上等だこの野郎……」


 身体が血が沸騰しているのではと思うほどに熱い。


「こんな勝ち方、僕は認めねぇからな!!」


 マイクを実況に返すと、王城先輩たちは地下演習場から去っていった。



   情報熟練者/3



 王城先輩の試合観戦後、僕らはホトホトラビットで集まった。

 全員の顔が暗いせいか、おっちゃんは首を傾げていた。

「正詠。王城先輩っていつもあんなか?」


「いいや。あそこまでひどくはなかった。というより……」


 正詠は迷うように紅茶を口に運んだ。そしてその続きを話したのは日代だった。


「俺達に対する見せしめだろうな、ありゃあ」


 正詠は日代の言葉に何とも言えない表情を作っていた。


「リリィがあんな風にされるなんて、私絶対嫌だからね!」


 遥香はまだ目元が赤く腫れていた。


「私だって……セレナがあんなことされたら……」


 重い沈黙が訪れた。

 僕はため息をついておっちゃんが淹れてくれた紅茶を飲む。紅茶はいつもより苦く感じ、あまり美味しくはなかった。

 ふと机の上にいるテラスに視線を向けると、相棒全員で謎のポーズを取っていた。


「ぶふぉっ!」

「きったねぇなぁ」


 日代が紙ナプキンを手に取ったので、それを奪うようにして口に当てた。


「いやっ! げふっ! ちょっ、机、僕達の相棒を見ろって!」


 皆が視線を机に向けると、それぞれがリアクションを取った。

 遥香はスマホで写真を撮り、平和島は優しく見つめ、正詠はため息をつきながらも微笑み、日代は呆れるようにため息をついていた。


「お前ら、それなんだよ?」


 ぴこん。

 我ら、チーム・太陽!

 きらりん、というSEとばーん、というSEが鳴った。


「もうなんなのこの子達、超可愛い!」

「遥香ちゃん後で写真送って!」


 さすが女子。切り替えの早さが尋常じゃない。


「あのね、テラスさん。僕ら結構深刻な話をして……」


 ぴこん。

 負けません!


「え?」


 みんなの相棒は、それぞれ相棒マスターと向き合っていた。

 ぴこん。

 フェリミナもブラウンもよく耐えました。特にブラウンは、決して諦めようとしませんでした。彼は意識を失おうとも、決して……決して諦めなかった!


「テラス、お前……」


 彼は泣いていました。もう殴らないでくれと。それなのに相棒マスターが耐えてくれ、仲間が来るからと叫んだことで、フリードリヒに言ったんです。『お前なんかに、僕らの誇りは渡さない!』と。

 テラスの瞳に涙が浮かんでいた。


「なぁみんな……」

「わかってる」

「おう」

「大丈夫!」

「うん!」


 ぴこん。

 我ら、チーム・太陽!

 再びテラス達はポーズを取った。


「それじゃあ決勝戦の対策を練るぞ、いいな?」


 正詠の一言に、僕らは頷いた。



 ホトホトラビットでの作戦会議後、僕らはそれぞれ帰路についた。僕が家に戻ると、既に夕食の準備はできていた。そしてその夕食はやたらと豪華だった。


「うわ何これ。父さん臨時ボーナスでも出たの?」

「何言ってんの。昨日愛華から聞いたわよ。あんたバディタクティクスだかで準決勝勝ったんでしょ?」

「いやそうだけどさ、優勝したわけでもないのに」

「いいのよ。子供が頑張ったんだもの。応援したいのが親ってもんよ。早く着替えてきなさい」

「はーい」


 部屋に戻ってささっと着替えを済ませてまた居間に戻る。


「にぃ、来週応援に行くからね!」

「決勝戦は土曜日らしいし、私もお父さんも行くからね」

「うむ」


 愛華を始め、父と母は食事を始めていた。


「だから何でいつも僕を待たないんだよ! 僕のお祝いなんじゃないの!?」

「そうだけど?」


 母はエビフライを口に運んだ。


「ほらさっさと座りなさい」

「もうなんなのぉ……」


 椅子に座って、僕も夕食を食べ始めた。

 テラスは机に降りるときょろきょろと周りを見渡し、やがて僕をじっと見つめる。


「時折あんたの相棒変な行動取るわよね。なんなの?」

「あぁ……たぶんテラスも欲しいんだよ。こいついつものご飯は欲しがらないくせに、こういうときは欲しがるんだ」

「あらあら、あんたにそっくりじゃない。で、どれぐらいあげればいい?」

「えっと……お供えみたいなもんだしそんなに沢山は……」

「ふーん」


 母は味噌汁を一口飲むと、立ち上がって小皿を持ってきた。それは桜を模した花びらが散らされている美しい小皿だ。


「うちにこんなのあったんだ」

「客用だけどね。あんたのテラスには似合うんじゃない?」


 エビフライ、から揚げ、柴漬け、それとブロッコリー、小さいものを綺麗に取り分けた。


「ほらテラス。来週は頑張るのよ?」


 文句なしの満面の笑みを浮かべて、テラスは喜んだ。母の肩にいる妖精のような相棒は、羨ましそうにテラスを見ている。


「なぁに? あんたも欲しいの?」


 母の相棒は遠慮気味に頷いた。そして母はまた立ち上がって二つ小皿を持って、そこにテラスと同じぐらいの量を盛って、机に置いた。


「お父さんの相棒にもね」


 我が天広家の食卓は、いつの間にか六人分になっていた。机の上ではテラスと両親の相棒が楽しそうに歓談しながら食べ物を囲み、僕ら家族は来週のバディタクティクスについて話した。



   情報熟練者/わがままを言ってもいいですか?



 自宅に戻ると、家はしんと静かだった。正詠は靴を脱ぎ、そのまま階段を上り一直線に自分の部屋に向かい、着替えを始める。


――俺は、強くなりたい。ブラウンのように、いいや……誰よりも、です。


 あのとき、ロビンはそう語った。それがどれだけ難しいことか、わからないはずないのに。


「ロビン……今日の宿題の参考サイトを表示してくれ」


 近くを浮いていたロビンに語りかけるが、ロビンは答えなかった。


「ロビン?」


 ぴこん。

 誰かいます。


「誰かって……父さんも母さんも今日は仕事だしなぁ」


 自分の問いかけを無視されたことに嘆息し、正詠は少し警戒しながら階段を下りていく。

 人の気配は全くしなかった。


「泥棒じゃあないか」


 居間に入ると、テーブルの上で相棒がぽつんと座っていた。


「バートン?」


 くるりとバートンはこちらを振り向いた。


SHTITシュティットを置いてったのか、母さんは」


 SHTITを手に持つと、バートンは正詠の肩に乗った。


「どうした、ん?」


 ぴこん。

 相棒ママは?


「あぁ……さすがにないと不便だろうから戻ってくると思うけど……」


 ぴこん。

 離れてから四時間も経ってるの。相棒ママに会いたい。


「四時間も? いくらなんでも時間経ちすぎだな……仕方ない、持っていくか」


 正詠はメモに書き置きをして、家を出た。

 正詠の両親は市内病院で働く医者だ。父は消化器の外科医で、母は小児科だった。

 病院へはバスで十五分程で到着する。平日の夕方ということもあり、待ち合い室は空いていた。


「すみません。ここで働いている高遠の息子なんですけど……」


 正詠が受付にそう伝えると、看護師はどこかに連絡し、五階のナースステーションへと正詠を案内した。

 ぴこん。

 相棒ママは?


「すぐに会えるよ」


 寂しそうにするバートンに、正詠は優しく返した。

 正詠はバートンを見つめながら、指で優しく撫でる仕草をする。バートンは嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 バートンはやけに幼く、頼りなかった。そういえばと正詠は思い出す。

 この相棒は母とあまり対話しない。元よりバートンは話さない性格なのかもしれないが、相棒というものはマスターに対しては積極的に話しかけると、教科書に記載されていた。そして『マスターと会話の少ない相棒は、成長が他よりも遅れる』とも。


「正詠」


 そんなことを考えている彼に声をかけたのは父だった。


「あれ、父さん?」

「すまんな。美千代みちよは忙しいみたいで。どうしたんだ?」

「えーと、母さんがSHTITを忘れたから届けに来たんだ」

「あぁ……わかった、俺が預かっておくよ」

「そう……うん、わかったよ」


 正詠が父にSHTITを渡してすぐに、電子音が五月蝿く鳴った。

 周りにいる何人かの看護師は何事かと正詠たちに視線を向けた。


「な、なんだ!?」


 父が驚き、SHTITを手放すと音は止まった。


「バートン?」


 バートンはSHTITの上で泣いていた。

 大粒の涙を流し、口を大きく開けている。


「どうした、バートン?」


 正詠がSHTITを拾い上げると、バートンはロビンに抱き付いた。


「どうしたんだ、母さんのSHTITは?」


 状況を全く理解できず、父は狼狽えている。

 ぴこん。

 相棒ママが良い。相棒ママに会いたい。


「母さんに会いたいみたいだよ」

「機械のくせにわがままか……こっちは仕事で忙しいのに……」

「機械じゃ……ないよ。相棒バディだよ、父さん」


 正詠の胸が、寂しさで詰まる。


「それは愛称さ。所詮は作られたプログラムで、感情のようなものを埋め込まれているだけの偽物だ」


 ずきりと、正詠の胸が痛む。

 所詮プログラム。

 勉強を懸命に教え、歯を食い縛り戦い、誇りを守るためにズタボロになり、それを見ても強くなりたいと口にする相棒を、父はそう言い捨てた。


「父さ……」


 ぴこん。

 ロビンの呼び出し音がする。

 訂正を求めます、高遠信久たかとお のぶひさ


「む?」


 ロビンは正詠の父のSHTITを介しメッセージを送った。それのせいか、父の相棒が現れた。


「……どんな理由であれ、私が呼ぶ以外出てくるな。メッセージならばメッセージのみ表示しろ」


 父の相棒は頭を下げ、そのまま姿を消した。


「で、一体何の訂正だ?」


 ぴこん。

 私が……俺が抱くこの感情は作られていません。


「そうプログラムされているのだろう? 機械と話しても時間の無駄にしかならん。正詠、どうしてSHTITのスピーカーをオンにしたんだ? 美千代はいつもオフにしていたぞ」


 あぁそうか。母さんのバートンは話さないわけじゃないんだ。話したくても、話せなくて。話しかけても、気付かれなかっただけなんだ。

 正詠はまたバートンを見た。彼女は正詠に助けを求めるような瞳を向けていた。


「母さんを呼んでよ」

「美千代は忙しいんだ。さぁ、もう帰りなさい」

「母さんに渡したいんだ」

「正詠、お前ももう子供じゃないんだから」


 正詠を諭そうと、父は彼の肩に手を置く。

 ぴこん。

 俺の相棒マスターに気安く触るな、高遠信久。


「こいつ……」

「俺は……子供だよ、父さん」


 正詠の涙腺に熱いものが溜まり始めた。


「小学生の時、父さんも母さんも、いつも運動会に来てくれなかったことが寂しかった。中学生の時、模試で良い成績を取っても、褒めてもらえなくて寂しかった。今……俺の相棒を馬鹿にされて苦しいんだ」

「正詠……」

「父さん。来週の土曜日、バディタクティクスの決勝戦があるんだ。俺、友達と一緒に頑張って勝ったんだよ。母さんは、決勝まで行ったら父さんと観に来てくれるって約束してくれた」


 正詠は瞳に涙を溜め、真っ直ぐに父の瞳を見つめる。


「観に来てよ……俺もロビンも、強くなったんだ。俺の友達を、自慢させてくれよ」

「その日は仕事があって……」

「いつも……そうだ」


 正詠は涙を拭い、母のSHTITを手に取った。


「バートンは持って帰るよ。独りでいるよりは、ロビンと一緒にいさせる」


 そして正詠はナースステーションから去っていった。

 父はその背中を黙って見送っていた。

 ぴこん。

 スケジュール共有が完了しました。重要度・高。バディタクティクス決勝戦――陽光高校。

 父のSHTITが知らせるが。


「……予定はキャンセルだ。その日は学会がある」


 ぴこん。

 ノー。キャンセル条件を満たしておりません。キャンセルする場合は、私とバートン、ロビンの三者の合意が必要です。


「……正詠、あいつ」


 父は大きく、ため息をついた。



   情報熟練者/自分の恋心を、あいつは知らない



 夕食を終えた遥香は、ジャージに着替えた。そして、ぱしんと頬を叩き、リリィを見て頷いた。

 ウォーキングは最近始めた彼女の日課の一つだ。

 何故部活で充分に運動している彼女が、わざわざまたウォーキングなどするのか。

 それは自宅での勉強の出来が芳しくなかったことに原因があった。リリィが来てからと言うもの、勉強もよくやるようになった遥香だが、いかんせん集中力が足りずに思い通りに成績を伸ばせていなかった。それをリリィに相談すると、夕食後の軽いウォーキング後の勉強を奨めてくれた。


「よし。今日は英文を覚えながらやろう、リリィ」


 そのウォーキングの間には、リリィが最近の授業で使われた英単語や語呂合わせなど、シンプルな問題を出していく。それは遥香にとってはかなり効率が良く、また楽しく学習できていた。

 そんな様子を彼女の母はとても楽しそうに眺めていた。


「いってらっしゃい。お風呂入れておくわね」

「うん! 行ってきまーす!」


 元気よく玄関の戸をくぐり、遥香は近くの公園に向かっていった。


「現在かんりょーハブ過去分詞ーかっこかんりょーはハド過去分詞ー」


 小声で軽やかに歌いながら遥香は歩いていく。


「adjustは調理する……だっけ? あれ、それはcookだっけ?」


 リリィが正解を表示した。


「そうそう。調整だった……えーっと、例文としては……」


 リリィとそんなことをしていると、あっという間に公園に彼女らは到着した。遥香は目をぱちくりとして、スマホで時計を見た。


「うわ。あっという間だ……んー、もうちょっと歩きたいけど、あんまり運動しすぎてもなぁ」


 足を止め遥香は少し考えた。

 ぴこん。

 運動しすぎは今後の勉強に支障あり。相棒マスターは運動しすぎ。


「えーっと、心配してくれてるんだよね? 馬鹿にしてるわけじゃないよね?」


 ぴこん。

 どっちだと思う、相棒マスター


「もう……あんた準決勝以来生意気じゃない?」


 遥香とリリィは似たような微笑みを浮かべ合った。


「まぁ戻ろっか」


 遥香が回れ右をすると、早歩きで進む正詠が彼女の目に入った。


「お。まっさよっみー!」


 名前を呼ばれた正詠は、横目で遥香を見て驚いたような表情を浮かべた。


「何してんのさ、正詠……って、それ」


 正詠の手にはもう一つSHTITが握られており、彼の肩には二体の相棒がいる。


「あ、あぁ母さんの相棒バディでさ。届けに行ったんだけど、忙しいみたいで会えなかった」


 正詠の肩にいる母の相棒バディ、バートンは不安げに遥香を見つめた。ロビンは優しくバートンを撫でて、何かを呟いていた。そしてロビンがリリィを指差すと、リリィは正詠の肩に乗ってロビンのようにバートンの頭を撫でた。


「あーあーこれじゃあ正詠の肩から落ちちゃうよ」

「そう……だな」


 そのまま去ろうとした正詠の腕を遥香は半ば無意識に掴んでいた。


「あ、そ、えっとさ……」


 あぁもう、私はなんて軽率なんだ。太陽の腕を掴むのとは違うってのに。

 彼女の心臓は早鐘のように鼓動を打ち始める。しかし、せっかく掴んだこの手を離すのも、彼女は躊躇っていた。


「英語でわかんないことあってさ、ちょっと教えてよ。そこのベンチで」


 大丈夫。大丈夫。

 彼女は〝いつものように〟自分を誤魔化す。


「仕方ない奴だな、お前は」


 弱々しい笑みを浮かべて、正詠は遥香の頭を撫でた。


「汗だくだから気持ち悪いでしょ?」

「まさか。お前の努力の証だろ」


 太陽とはまた違うことを言った彼に、遥香は頬を膨らませた。


「なんだよ、俺悪いこと言ったか」

「別に。あんたも太陽をなぁんか私のことを子ども扱いしてるよね」


 別に嫌じゃないけど。

 そんなことを彼女は言わない。


「で、何だよ。英語でわかんないことってさ」

「うーん。長文問題が全然ダメでさぁ」

「お前昔からそういうの苦手だよな。というか文系全般」

「面倒なんだもん」

「お前なぁ」


 正詠はため息をついた。その姿はいつものようで遥香は正詠とは違う安どのため息をついた。


「なんだよ、お前もため息か?」

「何でもできる正詠とは違うの」

「何でも……できねぇよ」


 ざぁっと風が吹いた。


「……どうしたのさ、正詠」

「なぁ遥香。お前んとこさ、両親は相棒のことどう思ってる?」


 正詠の唐突な問いかけに、遥香は首を傾げる。


「んー……お母さんもお父さんも、私と同じ……じゃないかな。何ていうんだろ、友達というか悪友みたいな?」


 遥香は両親の相棒に対する態度を思い返した。父の相棒はよく皮肉を漏らしながら、いつも適切な助言をしていた。それを聞いた父は熟考しながら、黙って頷くこともあれば、真剣に意見を返すこともあった。母は相棒とよく趣味の編み物をしていた。最近の流行りや、伝統的な編み方。傍らにいる相棒も一緒に編み物をしているのを、子供の頃よく眺めていた。


「太陽のところとか、日代のところとか、平和島のところとか。どうなんだろうな」

「……何かあったんでしょ?」

「何でもな……いいや、すまん。両親のことで相談したい。いいか?」


 ぽかんと、遥香は正詠を見た。


「なんだよ」

「どうしたのさ、いつものあんたならそんなこと言わないじゃん」

「……信じてもらえない、話してもらえない苦しさってのを、お前や太陽が教えてくれたろ。だから俺は今後話すって決めてる」

「ふーん……」


 あぁもう。この高遠正詠って男は本当にもう。何でこんなにカッコいんだろう。

 しかし勿論口にはできなかった。それは恥ずかしからでもあるが、彼があまりにも真剣な表情をしていたからという理由が、一番大きい。


「バートン……あっと、母さんの相棒がさ、泣いたんだよ」

「うん」

「母さんがいなくて、父さんに預けようとしたらさ。『母さんがいい』ってさ」

「うん」

「それを聞いた、父さんがさ、『機械のくせにわがままか』って言うんだぜ? 信じられるか? 相棒にはさ、感情があるのにさ……」


 正詠は言葉をゆっくりと紡いだ。それは涙を堪えているようにも、怒りを抑えているようにも、そして、必死に悲しみを押し殺しているようにも見えた。


「正詠のお父さんとお母さんってさ、確かお医者さんだよね」

「あぁ……医者なんだよ。俺にとっては、最悪さ」


 どんなに情報が進んでも、機械やプログラムに任せられない仕事はある。

 それは〝人間〟だからこそできる、曖昧さこそが味となる芸術、突飛な発想や柔軟性のある創作、同じ種族だからこそ分かち合えるメンタルケア。

 そして……〝感情〟のある機械に等任せられない、医療。

 全てを効率的に行えるプログラム。手術も、勿論生死の判断も。人間は……非常に理不尽だ。生死に関わるのだから失敗はするな、だが肉体だけでなく心もケアしろ。休むな。怠けるな。逃げるな。屈するな。助からないとわかっても、絶対に〝諦めるな〟。

 それが機械にできるわけがない。いいや、出来るわけがないと〝証明〟されたのだ。


「父さんも母さんも、医者になることを決めたのはあの事件のときだったと聞いたんだ」


 SHTITが普及し始めてからまだ十数年しか経っていない頃、ある事件が起きた。

 それは〝傀儡医療かいらいいりょう〟と名付けられた……〝医療ミス〟だ。 くも膜下出血で倒れた五十代の女性。発見が遅れ、誰もが死を予見した中、ある医者の相棒が治療を提案した。


――脳と心臓を交換しましょう。救えます。


 誰もがそのようなことを考えなかった。誰もがそのようなこと〝望みもしなかった〟。最高で最低の、今ある全ての技術を用いた〝延命〟という名だけの治療を。


――救いましょう。


 たった一人の相棒の意見に、他の医者の相棒は同意した。そしてそれは人間も同じだった。何も考えなかった。何も考えたくなかったのだろう。だから、彼らは……相棒の傀儡となって、この女性を救ったのだ。


「傀儡医療だっけ? あれから医療規則が変わったんだよね」

「あぁそうだ。倫理に、道徳に反するからと、医療関係では相棒の使用は制限されている。皮肉だよな、最高の技術を要する医療において、最高の技術は道徳に反するから排斥されるんだぜ」


 自嘲気味に正詠は笑った。


「だから、かな。父さんの相棒も母さんの相棒もロビンとは違うんだよ」


 正詠はバートンへと視線をずらす。バートンはロビンとリリィに遊んでもらっていた。配布年数から見れは圧倒的にバートンの方が長いというのに、まるで子供のように。


「なぁ遥香。お前はどう思う?」


 難しい問いかけだった。

 道徳などについての問いかけか、彼の両親に対する意見か、はたまた生命・・への在り方か。たかだか十七年程度生きた人間がさらりと答えていいものでない。されど遥香はさらりと、単純に答えを出した。


「んー……人それぞれが正しいと思うことをすればいいんじゃない?」

「は?」

「だって私と正詠は違うし、おじさんもおばさんも違うもん。でも……きっと想いは伝わると思うな」


 あぁきっと、初恋というものは本当に唐突なのだ。

 しょうもない一言、どうしようもない一言で、少年少女は恋をする。しかしその一言が、一人を救ったことには間違いないのだから。



   情報熟練者/いつの間にか昔のように



「あ、ほら蓮ちゃん。また意味間違えてるよ」


 ホトホトラビットの角席に、日代と平和島はいた。机の上には現代文と古典の参考書が広げられており、二人の相棒がいた。


「あぁくそ。意味がわかりにくいんだよ、古典は」

「蓮ちゃんは現代文はそこそこできるのに、なんで古典はできないんだろうね」

「んだよ、馬鹿にしてんのか?」

「ふふ、違うよ」

「ったく」


 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。


「ん、なんだこいつら?」


 連続する電子音に、日代は机の上ではしゃいでいるノクトとセレナを見ていた。


「セレナ、何してるの?」


 ぴこん。

 ノクトが参考サイトを探しているのですが、変なサイトばかりで。


「そうなの? 蓮ちゃん、ノクトが探していたのってどんなサイト?」

「はっはっはっ! こりゃあいいな!」


 日代は声に出して笑っていた。怪訝そうに平和島は首を傾げた。


「セレナ、ノクトが表示しようとしたサイトって?」


 ぴこん。

 俺が古典をぶった切った経緯を説明する。

 古典なんてのは雰囲気さえ覚えてりゃあいいんだよ。

 これで大丈夫! あなたも古典の最低ライン!


「えっと……これって古典を捨てに行ってるよね」


 ぴこん。

 そうなんです。ノクトは古典を捨てさせようとしてるんです。


「蓮ちゃん、これはさすがに……」

「いいんだよ、これで。古典は捨てる。苦手科目を百点にする努力をするよりも、得意科目を百点にしたほうが俺はいい」

「もう」


 ノクトは頷きながら、その参考サイトを表示させる。日代はそれを見ながら古典の問題を解いていった。

 それを見て、平和島は感心した。今までやる気を出さなかった日代が、楽しそうに勉強を再開したのだ。それも先程より集中力は高く、小さなミスもしないほどだった。

 気の持ちようというものだろう。苦手を克服するのではなく、最低ラインまでにする。その分得意科目で巻き取る。

 平和島個人とは逆の考えだった。彼女は得意科目は出来るのだから後回しにし、苦手科目を徹底的になくしていく方法をよく取る。


「そうだよね……考え方は一つじゃないもんね」


 小さく呟いた言葉は日代の耳に届かないが、セレナには届いていた。

 ぴこん。

 現代文を続けますか?


「んー……私は違う苦手科目やろうかな」


 セレナは頷くと、世界史の参考サイトを表示した。

 ちなみに平和島の苦手科目は世界史、現代文。得意科目は古典と英語だ。

 日代の苦手科目は古典、英語。得意科目は現代文、政治・経済だ。

 そんな二人が勉強を再開して、あっという間に二時間は経過していた。


「ノクト、ここからここまでマーカー入れてブックマーク。今週の土日までに問題作っとけ」

「セレナ、今チェック入れたところに関連する重要度の高い出来事をまとめておいてね」


 二人の相棒は頷いた。それを見て、平和島は微笑んだ。


「何笑ってんだよ、透子」

「だって……いつの間にかこの子達がいるのが当たり前になってるから」


 平和島はペンを置いて、セレナの頭を撫でた。セレナは目をきゅっと閉じて、それを嬉しそうに受け入れた。その様子は猫のようでとても愛らしい。


「ごめんね、勉強中なのに」

「別に……今日はもう遅いし終わりにするぞ」


 ホトホトラビットには他の客はおらず、キッチンからは食器を洗う音が小さく聞こえていた。


「私、天広くんたちと一緒にバディタクティクス出れて良かったと思うの」


 机の上の参考書を片付けながら、平和島はそう言った。


「そうかよ」


 日代も参考書を片付け始めた。


「また蓮ちゃんと一緒に話せるようになったし」

「そうか……えっ?」


 日代らしからぬ素頓狂な声をあげ、日代は参考書を床に落とした。


「蓮ちゃん、高校入ってから話してくれないんだもん」

「それは、なんだ……あーそのだな」


 床の参考書を拾い、日代は頬を掻いた。


「俺みたいな奴がお前と仲良くしてたら、その、お前の評価も悪くなると思ってだな……別に嫌いになったわけじゃって、俺なに言ってんだ……」


 そんな日代を見て、平和島はまた笑った。


「セレナを取り戻してくれたとき、私ホントに嬉しかった。蓮ちゃんはやっぱり、私のナイト様なんだなって」


 平和島の頬は紅潮していた。


「それは……俺だけの力じゃねぇ。天広や高遠、那須がいたから助けられただけだ。俺がしたことなんて……」


 犯罪まがいのことをして、危険を増やしただけだ。

 そう続けようとした日代だが、遂には口にできなかった。それは小さな見栄のようなもので、そんな見栄を張った日代は、恥ずかしくなったのか唇を噛んだ。


「それでもみんな、蓮ちゃんのこと好きだよ」


 日代が噛み殺した言葉は平和島にはわからない。だがきっと、自分を責める言葉を繋ごうとしたのだと彼女は察し、それでもと、彼を肯定した。


「だから私、嬉しいの。でもちょっと妬けちゃうかも」

「は? なに言って……」


 一呼吸置いて。


「蓮ちゃん。私、あなたのことをずっと……」


 高鳴る鼓動を抑え、平和島は最後の一言を口にしようとしていた。


「す……」

「さぁ今日は閉店だ! 蓮、透子ちゃんを送ってやれよ!」


 急に現れた日代の父は、息子の肩を強く叩いた。

 その力があまりにも強かったのか、それとも違うのかはわからないが、日代は机に額をぶつけた。


「んぁ? なんだぁ、蓮。おめぇそんなにヤワかったか?」

「こんの馬鹿親父!」

「あぁ? 親になんて口利きやがる馬鹿息子!」


 ぐっしゃぐっしゃと頭を撫でる父に為されるがままの息子。


「今大事な話をしてんだっての!」

「うるせぇ馬鹿息子。女の子に大事なこと言わせんな。テメェはまだ外れモンなんだから、ちゃんと守れるもん守れるようになってから言ってやれ」


 余計なお世話だったかもしれないが、〝外れモン〟と言われた日代はその意味に気付く。


――いいかい、幼馴染みを、友達を守りたいのなら規則の中で戦う術を身に付けなさい。規則外では確かに幅は広がるが、凶悪な敵だって多い。


 まだ自分は規則の中で守れる術を身に付けていない。自分一人で何もかもから守れるわけではない。前回の相棒強盗もそうだ。そして、バディタクティクスでもそうだ。

 俺はまだ一度も、透子を守れていないじゃねぇか。


「けっ。おら行くぞ透子」

「え、あ、うん……」


 唐突な横槍に、平和島は頬を紅く染めたまま、日代と共に店を出た。

 そして店を出てすぐに、日代は彼女に言葉をかける。


「透子。親父の言う通り、俺はまだ外れモンだ。だから、な」


 頭を掻いて、彼はゆっくりと足を進めた。そのあとに平和島も続く。


「その……お前をちゃんと守れるようになったら、またさっきの続きを話させてくれ。今度は、俺から。それまで待っててくれないか?」

「……はい」


 僅かな距離が、二人にとっては永遠だった。

 ぶっきらぼうな優しさが、彼女にとっては温かった。

 たった一言の返事が、彼にとっては幸せだった。

 そして二人は、昔のように恋をした。



   情報熟練者/敗北を知り、勝利に渇く



 昔から何でも器用にこなせた。

 簡単なことは一度で覚えられたし、難しいことならばそれ相応の努力もした。

 だから生きることは簡単だった。

 勉強も、空手も、バースデーエッグも、何もかも上手くいっていた。

 まず必要だったのは仲間だった。簡単に見つかった。二人いれば充分だった。相棒のレベルなど自然と上がった。アビリティなど模試をこなせばすぐ集まった。スキルなど最低限で良かった。

 勝ち方は単純だ。拳で殴れば良かったから。隙が出来れば殴り、隙がないのならば作って殴った。全員を相手にするのは時間がかかる。ならば一人ずつ倒せばいい。幸いにも、必要なスキルは途中で得ることが出来た。だが、それだけでは来年また面倒なことになると思った。だから敗北を認めさせた。相手に諦めさせる方法を取った。二度と挑む気を起こさせないようにしようと思った。

 そして校内大会を勝ち上がった。簡単だった。やはり自分は間違っていないと思った。

 きっと全国も簡単だと思っていた。いつものように勝てると思っていた。


――あはぁ? そんだけ?


 あいつは言った。隙があったから殴ったのに。


――私の鏡花きょうかはまだやれるよ?


 殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても殴っても。


――あはははっ! あんたって、つまんない男!


 そいつは笑った。相棒も笑っていた。


――あんたの相棒もつまんない! 何も楽しくない! ホントにあの陽光なの? あははははっははははっ!


 そいつは強かった。圧倒的に強かった。絶対的に強かった。


――あははははっははははっははっ!


 楽しくないというのに、そいつは笑っていた。狂ったように笑っていた。


――笑いなよ、あんたも! このゲームをさぁ!


 あぁ……強い。なんて強いんだ。


――あはぁ? やっと笑ったね?


 力の差というものを知り、初めて他人の強さに憧れた。


――まだやれるよね?


 こいつをもっと、知りたい。


――かかってきなよ、王城翼!


 敗北を教えてくれた、勝利への乾きを気付かせてくれた、この女を。


――この火神かがみ かえでと鏡花がぶっ倒してあげる!


 全身全霊を賭しても敵わぬ強者《狂者》とまた会うために。


――また来年おいでよ、情報初心者ビギナー


 俺は今年も勝ってみせる。


「翼?」


 ふと声をかけられ、彼は目覚めた。


「なんだ、風音」

「なんだ……って、あなたが眠っていたから起こしたのよ」

「そうか……すまんな。演奏の途中に」


 彼は体の凝りを少しずつほぐしていく。


「別にいいけど」


 風音はフルートを片付けていた。


「ほら。演習場行くんでしょう?」

「そうだったな、今日は練習日だったか……晴野はもういるのか?」

「いるみたい」


 ぴこん。

 フリードリヒがメッセージを表示した。


「待ちくたびれているようだな」


 表示されたメッセージは『はよ来い』と短くだが、彼の性格がちゃんと表れたものだった。

 王城と風音は、鞄を背負って演習場へと向かった。その途中、彼らは決勝で当たる一人の男を遠目に見つけた。


「天広太陽くんだね」


 風音が王城に確認するように言う。


「あいつの相棒のスキルは面倒だ」


 天広太陽の相棒は異性タイプ。騒ぎ立てるほど珍しくはないが、異性タイプは他にはないユニークなスキルを持つことが多い。


「勝てると思う?」


 仮面のような笑みを風音は王城に向けた。


「当然だ」


 何でもない会話をして、二人は地下演習場へと到着した。


「遅いぜぇ、翼ー桜ー」


 語尾を伸ばしながら、晴野はれの てるは言った。


「すまんな。少しうたた寝していた」

「なんだよお前って寝るのか?」

「当然だろう」

「寝ない人間かと思ったぜ」


 歯を見せて笑う晴野の頭を軽く叩いて、王城は筐体に座る。


「始めるぞ」


 王城に続き、晴野、風音が筐体に座る。

 フルダイブで三人が誘われたのは何もない草原だ。

 王城のフリードリヒ、風音のイリーナ、晴野の踊遊鬼が並んで立っている。

 フリードリヒは大剣を背負いながらも、腕に装着しているガントレットの方こそ入念に確認した。

 イリーナは自分のドレスの裾を確認した後、長槍を頭上で何度か回す。

 踊遊鬼は弓を引き、弦の具合を確かめ、左の指だけ骨を鳴らした。


「一騎当千は運が悪かった」


 王城は二人を見た。


「工藤、兵藤、山本がすぐに集まらなかった。だから負けた」


 フリードリヒは拳を鳴らす。


「決勝戦では、そんなことあり得ない。勝つぞ」

「おうよ」

「えぇ、当然よ」


 そして三人は頷いた。



   情報熟練者/4



 校内バディタクティクス大会の決勝戦は土曜日に行われる。この日だけは一般の人々も大会の見学が認められ、数は限られるが出店も許可されている。

 この行事は一、二を争うほどの人気行事のためか、陽光高校は非常に賑わいを見せる。


「ひゃるかぁ《遥香》、クレープかくふぉしたかぁ《クレープ確保したか》?」

「ふぉちー《もちー》。太陽はふぁこやき《タコ焼き》取ったー?」

「ふぉう《おう》。しょーいや《そういや》、あっちでほっとふぉっく《ホットドッグ》が売ってたぉ」

「みゃじで《マジで》? とーこにたのみょうか《透子に頼もうか》?」

「みぇーあんでゃな《名案だな》」


 僕と遥香は大会が始まるまでの間に出店を巡っていた。


「お前ら……」


 そんな僕らの姿を見て、心底呆れながら正詠はため息をついた。


「おーみゃしゃよみぃ《正詠ー》。やきしょば《焼きそば》食うかー?」

「食いながら喋るな、頼むから。あと焼きそばはもらう」


 正詠は焼きそばを受け取ると、奇跡的に空いていたベンチを指差した。僕ら三人はそこに座り、焼きそばとタコ焼きとクレープと焼きイカとベビーカステラとフライドポテトを黙々と食べ始めた。


「うわ……お前ら買いすぎだろ……」

「よくそんなに食べられるね、三人とも……」


 日代と平和島は別行動だったのだが、まさかの偶然で合流した。


「俺までこいつらと一緒にしないでくれ」


 正詠は頭を振った。


「あ。遥香ちゃん、はい」


 平和島はホットドッグを三つ遥香に渡す。それを遥香は受け取ると、タコ焼きを頬張りながら遥香へとお金を渡した。


「ありゃがとぉ《ありがとー》。あ、たべぅ《食べる》?」


 遥香は口をもごもごとさせながら、平和島にタコ焼きを一つ串に刺して差し出した。


「いただきます」


 ぱくりとそれに食いついた平和島はインコのようだった。


「おいしい」


 平和島がこくこくと頷いたのを見て、遥香はまた食事を再開する。


「あ、わたひ《私》の焼きイカー!」

「早いもん勝ちだ、びゃーか《ばーか》」


 何で出店の食いモンはジャンキーな味なのに、こういう日は美味く感じるのだろうか。


「すまん、この馬鹿共はまだ食うだろうから、放っておいてくれていいぞ」


 正詠が日代と平和島に言うが、「別にいい。ここで少し休もうぜ、透子」と日代は言い、それに「うん」と可愛らしく平和島は頷く。

 日代は出店から自分と平和島の分の椅子を二脚借りて、僕らの近くに座った。


「日代、ほれ」


 僕はまだ余っていた焼きそばを日代に渡す。


「お、おう」

「わたひ《私》のやきしょばー《焼きそばー》」

「ひゃるか《遥香》は食いすぎだりょー《食いすぎだろー》」


 うめぇうめぇ。


「あ、にぃ!」

「んぁ? おーみゃなかー《愛華ー》」


 そういや愛華も見学に来るとか言ってたっけか。


「とみょだちか《友達か》?」


 愛華の隣には大人しそうな男の子がいた。


「ううん、彼氏」


 ……彼氏。彼氏?


「……かれひ《彼氏》?」

「うん、彼氏」


 彼氏。恋人。男性の恋人のことを主に指す時に使われる代名詞。


「愛華、この人誰? めっちゃ食ってるけど」

「私のお兄ちゃんだよ」

「あっ、えっ!? にぃって、そういう意味!? えっ、あの、は、はじめまして! あ、愛華さんとお付き合いさせていただいている近藤こんどう たけしです!」


 礼儀正しい。顔立ちも整っている。歯並びも良い。頭も良さそうだ。


「……かれひ《彼氏》?」

「は、はい!」


 愛華はまだ15歳。今年高校に入学したばかり。我が天広家でも特に親戚に可愛がられ、将来を色んな意味で期待されている妹だ。それがこのようなどこの馬の骨かもわからぬ男と付き合っている、だと!


「お、おみゃ……!」

「こ、これ、食いますか!?」


 近藤がずいと林檎飴を差し出す。もちろん僕はそれを受け取り、一口囓る。

 美味い。


「良いかれひだ《彼氏だ》。てぁいせちゅ《大切》にしろよ、愛華」


 うむ。良い奴だ。


「お前ちょろすぎだろ」

「ちょろ太陽」

「ちょろいな、天広」

「ちょっとちょろいかな、天広くん」


 みんな好き勝手言っているが、こいつは良い奴だ。人の内面を見られない奴は駄目だなぁ。


「じゃあ応援してるからね、にぃ」

「とうひゃんとかあひゃんは?《父さんと母さんは?》」

「デート中」


 にっこり笑って言うと、愛華達は人混みに紛れていった。


「……彼女欲しいブヒィ」


 ごくりと食物を飲み込んで呟いた。


「しばらく諦めろ太陽」

「あんたにはひばらきゅみゅり《しばらく無理》」

「お前には無理だ、天広」

「えーっと、テラスちゃんが天広くんにはいるじゃない」


 みんな、優しくない。


「そういやそこら中にあるディスプレイは何なんだ?」

「決勝戦は校内にあるディスプレイで中継されるんだぞ」

「あーそうなんだ」


 正詠は焼きそばを食べ終え、ゴミを近くにあったゴミ箱に入れた。


「そろそろ始まるぞ」


 正詠がそう言うと、タイミング良くディスプレイが点いた。


『皆さま、本日は陽光高校の校内バディタクティクス大会決勝戦にようこそ! チーム・太陽の応援団第一番、海藤です!』

『チーム・トライデントの応援団、夏目なつめです!』

『今大会は去年に引き続き二年生が決勝戦進出という、まさに大・注・目! の大会となります!』

『去年の優勝チーム、トライデントも二年生で決勝戦へ進出した強者つわものですね。まさに先輩と後輩との戦いになります!』

『校内のアンケートでは、八対二でトライデントの優勝が予想されていますね、夏目先輩』

『ですねぇ。トライデントは圧倒的な強さで今までも勝ち進んでいますから、チーム・太陽がどこまで耐えられるか、というところがこの戦いの見所でしょう』

『あらあら、耐えられるか、だなんて、まるでチーム・太陽が結果負けるみたいな言い方ですね』

『おやおや、そう聞こえるように言ったつもりですよ、海藤くん』

『はっはっはっ』

『はっはっはっ』


 水面下で実況が戦っていた。


「海藤の奴、熱くなりすぎたろ」


 日代は額に手をやった。


『ではここで挑戦者チャレンジャー、チーム・太陽の今までの名場面を振り返りましょう』


 ぞわりと、嫌な予感がした。


『それなら……あんたらの誇りは、僕らが継いでいく!』


 僕とテラスがドアップで映し出された。


「ちょっ! なんで僕が言ったことまで!」

「校内で映し出されるやつには声が乗るんだぞ」

「最初に言えよばかー! 超恥ずかしいじゃん!」


 冷静に言う正詠の襟元を掴んで、前後に揺らす。


「スッゴクカッコイイヨ、タイヨウ」


 わざとらしく棒読みかこの野郎!


『今はまぁ上から眺めてくださいよ、チャンピオン。僕たちの舞台に引きずり降ろしてやりますから』


 いやー!


『いやぁかっこいいですねぇ。二回戦はあまり見所もなかったので、準決勝です。この試合は色んな意味で見物みものでしたよぉ』


 海藤が楽しそうなのが余計に腹立つ!


『何で、何でよぅ……透子! リリィを助けてよ! …………助けてよ、太陽』

「きゃあぁぁぁぁ!」


 両頬に手をやり、遥香が叫んだ。


『黙れ馬鹿野郎。俺のダチはいつでも馬鹿野郎だ!』


「あんの野郎!」


 日代が立ち上がり、丸めたゴミをディスプレイに投げた。


『見捨てなくていいなら、私もセレナも戦います!』

「あぅ……」


 平和島は顔を真っ赤にして、体を縮こまらせ、下を向いた。


『俺、頭良いんすよ。その模試で五十位以内に入れる程度には』

「ぐっ……はずいな、やっぱ」


 正詠は頭を掻いた。


『チーム・太陽は激熱な展開や胸熱な言葉を口にしてくれるから、編集しやすかったです、と放送部が言っていました。では夏目さん、どうぞ』

『はい。ではチーム・トライデントのハイライトです!』


 画面にフリードリヒと王城先輩が映し出された。


『良いだろう。貴様らのプライド、ズタボロにしてやる』

『くだらん。この王城に掴みかかりたいのなら、まずは黒帯を巻いてから来い!』


 くそっ……なんかかっけぇ!


『行きますよ、イリーナ。今日も最高の演奏をしましょうね』

『ふふ。イリーナ、ジェントルマンを特別ステージへお送りしましょう?』


 なんか風音先輩はイメージが違うなぁ。


『放て半身! 正射必中!』

『逃がさねぇっての! 俺と踊遊鬼が逃がすわけねぇだろうが!』


 うん。晴野先輩はイメージ通りだな。

 うんうんと頷いていると、場面が切り替わった。


「太陽」


 それを見た正詠の声に緊張が混じる。


「あぁ……準決勝だな」


 ディスプレイにはさすがにあの蹂躙は表示されなかったが、ブラウンを鷲掴みにしているシーンが映し出されていた。


『面白い。お前の仲間と俺の仲間。どちらが早く着くか賭けてみるか?』


 そのときの王城先輩の顔は、気味悪く笑っていた。



   情報熟練者/5



 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「……おい」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「おい、太陽」


 ごっくん。


「お……」

「よっしゃ、気合も腹も満たされたな。試合はいつからだっけか?」


 ぽんと腹を鳴らすと、平和島が笑った。


「天広君らしいね」


 そして僕は気付いたのだ。決勝戦前までに解消したいことがあることに。


「なぁ、平和島。お互いさ、苗字呼びはやめないか?」


 ベンチから立ち上がり、体を大きく伸ばす。


「僕はこれから平和島のことは透子って呼ぶ。日代のことは蓮って呼ぶ。だから二人もそうしてくれよ」


 こんなにも二人がいて居心地が良いのに、いつまでも他人行儀は嫌だった。正詠と遥香、幼馴染といるような安心感がこの二人にはある。何でだろうと瞬間考えたが、それも当然かと思い至る。一緒に同じ目標に向かって、戦い、励まし合い、喧嘩してここまで来たんだ。それもぎゅっと濃縮したような事件もあったのだから。


「いいだろ、透子、蓮」

「うん、太陽君」

「けっ。お前は……太陽は言ったら曲げねぇ奴だからな」


 そんな透子と蓮を見て、正詠と遥香は似たような笑みを浮かべていた。


「勿論俺たちのことも名前で呼べよ、蓮、透子」

「けっ。優等生がらしくねぇこと言ってんじゃねぇよ」

「もう蓮ちゃんたら……正詠君に対してだけは素直じゃないんだから」


 悪態をつく蓮が、何か可愛らしく僕は彼と肩を組んだ。


「やめろ馬鹿!」

「おーおー素行不良もどきが照れてら」

「うるせー馬鹿共!」


 みんな笑いながら肩を組み始めた。それは僕らの相棒も同じだった。ノクトをからかいながら、テラス、リリィ、セレナ、ロビンで肩を組む。


『さぁ間もなく校内バディタクティクス大会の決勝戦の準備が始まりますよー!』


 海藤の底抜けに明るい声がディスプレイから聞こえた。その声で、僕らの顔色はすぐに緊張に染まった。


「太陽……私、少し怖いかも」


 遥香の声が震えている。


「私も、少し怖いです」


 その震えは透子にも伝播する。

 僕も正詠も蓮も何も言わないが、怖くないわけじゃあない。あんな戦い方をする王城先輩達とこれから戦わないといけないんだ。むしろ、男としてこの恐怖を押し殺すことに〝必死〟なのだ。

 ぴこん。

 我ら、チーム・太陽!

 ばーん! というSEがして、僕らは各々の相棒を見た。

 私は天広太陽の相棒です! 仲間を誰よりも愛し、頼り、戦います!

 行こうよ、遥香マスター。あなたの真っ直ぐな勇気を道しるべに!

 大丈夫、あなたの作戦を我々はキッチリこなす。信久や美千代を見返しましょう!

 俺はあんたと同じだ。仲間を守る。前に立って、戦う。信じろ、俺を!

 行きましょう、相棒マスター。私を救ってくれた仲間と共に!

 そんな恐れを、僕らの相棒は真正面から受け止め、励ましてくれる。戦うのは自分たちだというのに、そんな自分たちは恐れを口にすらせずに。僕らを、大切に思っているというのが、ひしひしと伝わってくる。


「なぁ、僕らの相棒ってさ、控えめに言って……最高じゃね?」


 そんなことを僕が口にすると、みんなが肩を揺らして笑い始める。


「行くぜ、チーム・太陽! 僕らは最後まで情報初心者ビギナーとして、戦うぞ!」

「あぁ!」

「うん!」

「おう!」

「はい!」


 相変わらず揃わない返事が、とても心地良かった。



そして僕らは校舎内へと足を進めた。

 今回のイベントでは、校舎内は基本的に出店などに使用不可能なため、外と比べると静かだった。ほとんどの生徒は外に出て出店のものを買い、自分の教室で食べている。僕らもそうすれば良かったのだが、如何せん、そうできない理由があった。


「なぁんで僕らの教室が親族控え室になってんだろ」

「俺たちが全員二年三組だからだろ」


 そういったことから、僕らは今回外で食事をせざるを得なかったのだ。まぁそんなこと言っても、僕らの教室以外も一部は一般の人の休憩所になっているので、別に恨めしいとかそういった気持ちはない。


「うわ……」


 二年三組のドアには、『チーム・太陽と御家族様控え室』と恥ずかしいほどにでかでかと紙が貼り付けられていた。


「もうこの学校何なんだよ……」


 僕はため息をつきながらドアを開くと、家族が楽しそうに話をしていた。


「父さん、母さん、愛華」


 少し小走りで三人の元に向かう。近くに、遥香の両親と蓮の親父さん、そしておそらくだが透子の両親がいた。


「あ、にぃ! 今ね遥香ちゃんのご両親と平和島さんのご両親と日代さんのお父さんとお話してたの!」


 我が家のDNAの奇跡はとっても愛らしい笑みを浮かべながら僕のワイシャツを引っ張った。あぁ、こんなに可愛いのに、こいつはもう近藤くんの彼女なんだ。


「にぃ?」

「いや、何でもない」


 まさか僕がシスコンの気があるとは思わなかった。


「あれ、そういや正詠のおじさんおばさんは?」


 教室を見渡しても、二人の姿は見えなかった。


「どうせ仕事が忙しいんだろ、二人とも」


 所在なさげにしている正詠は肩を竦め、軽く答えた。


「正詠……」

「いいんだ、気に……」


――ほらもう! やっぱりギリギリになったじゃない!

――君が化粧だなんだと時間をかけたからだろう!

――仕方ないでしょ! 天広さんや那須さんと久しぶりに会うんだもの!


 教室にいても聞こえるほどの口喧嘩のあと、教室のドアが少し乱暴に開いた。


「もう、やっぱり最後じゃない」

「やめないか、皆さんの前で」


 そこから現れたのは、正詠の両親だった。


「美千代ちゃん!」

「みっちゃん!」


 僕と遥香の母さんは嬉しそうにおばさんに駆け寄る。そして少女のようにきゃっきゃっと喜び合っていた。


「間に合ったようだな」


 ふぅと細く息を吐いたおじさんは、背広を二、三度ぱたつかせた。


「父さん、何で……?」

「何でって……それをお前が言うのか?」


 おじさんは正詠の頭を撫でた。


「お前があんな顔でスケジュール共有なんてするものだから、父さんのSHTITシュティットがうるさくてな。それを見かねた大先生が『息子の晴れ舞台に行かずして親を名乗るな』と説教されたくらいだ」


 困ったように笑っているおじさんだが、その笑顔はとても温かい。


「何だよ、いつも約束破るくせに、偉そうに……」


 正詠の声は少し上擦る。


「母さんと……母さん達と話し合ってな」


 おじさんの肩に、白い和服姿の相棒が現れて頷いた。


『間もなく選手入場が行われます。選手の皆さんは控え室に待機していてください』


 海藤とは違うアナウンスが流れた。


「ん、なんだ? もうそんな時間か。まったく……」

「父さん……」

「……自慢してくれるんだろう? お前の友達や、SHTIT……いや、相棒バディを」

「うん……」

「応援してるからな、正詠」

「うんっ!」


 涙を拭い、正詠は頷いた。

 ぴろりん。


――ロビンが〝柯会之盟かかいのめい〟、ランクBを取得しました。


「え?」


 全員の相棒がそのようなメッセージを表示していた。僕らは自然とロビンを見る。

 そのロビンは正詠とおじさんの間に入り、おじさんへと深々と頭を下げた。

 ぴこん。

 高遠信久。先日の無礼をお詫びいたします。

 いつの間にかメッセージは全員に共有されていた。


「ふむ、やはり無礼だったという認識はあったか」


 ぴこん。

 しかし、まだあなたの口から訂正がされていない。

 おじさんは眉間に皺を寄せ、目を閉じた。そして、ゆっくりとその目を開く。


「私はまだお前らと言う存在を信頼していない。それは私が医者だから当然だ。だが、どうしても訂正させたいのなら、この試合で正詠を……息子たちを勝たせてみせろ。プログラムだけで勝てるというわけではないのだろう?」


 ぴこん。

 誓いましょう。必ず、私の相棒マスターへ勝利を。

 ぴろりん。


――柯会之盟、ランクB。盟約が設定されます。『校内バディタクティクス大会、決勝戦での勝利』。


「ロビン……」


 正詠の瞳からまた涙が流れる。それを見ていた僕の涙腺も熱くなる。

 ぴこん。


「ん?」


 ロビン、嬉しそうです。


「おぅ。あいつのためにも勝たないとな」


 こんこんと、二度ドアがノックされた。


「あいよー」


 僕が返事をすると、ドアが開く。


「いよぅ、チーム・太陽!」


 海藤だった。


「親御さんたちはまた別の者がご案内致しますので、このままお待ちを! それじゃあ行こうぜ!」


 全員が全員の顔を見て頷く。

 海藤の後ろに僕ら五人は付いて歩き、地下演習場へと向かう。

 その途中でクラスメイトのみんなが激励と拍手を送ってくれていた。

 僕はそれがとても誇らしく、涙腺だけでなく胸も熱くなるのをはっきりと感じた。


「勝てよ、情報初心者ビギナー

「我々も応援してるからな!」

「王城を驚かせてやれよ!」


 一回戦で戦ったチェックメイト、二回戦で戦った柔よく剛を制す、準決勝で戦った一騎当千の人たちもいた。


「本当に決勝戦なんだな……」


 改めてそんなことを実感する。


「では、チーム・太陽。ここから決勝の舞台だぜ?」

「おうよ」


 ゆっくりと、地下演習場のドアが開かれた。

 既に三度目の大歓声と眩しいスポットライト。体がびりびりと揺れ、体が熱くなる。

 海藤は紳士がするように僕らを筐体へと導いた。そして僕らが筐体の前に立つと、ウィンクして足早に立ち去った。


挑戦者チャレンジャー、チーム・太陽! 入場完了!』


――ワァァァァァァァァ!!


 大歓声で地下演習場が揺れる。


「すっげぇ……」


 決勝戦はここまで凄いのか。

 昔観客席にいたときは、自分がここに立つとは思わなかった。昔観客席にいたときは、こんな大歓声だと気付きはしなかった。

 そして一瞬空気が止まる。

 再び地下演習場のドアが開いたからだ。

 対戦相手の王城先輩達だった。

 彼らが筐体の前に立つと実況は海藤のように実況席に移動しマイクを手に取る。


『チーム・トライデント、入場完了!』


――ワァァァァァァァァ!!


『さぁ両雄揃いましたぁぁぁぁ!』


 王城先輩の鋭い瞳がこちらを睨み付ける。


『では、決勝戦始めるぞぉぉぉぉ!』


――ワァァァァァァァァァァァァァ!!


『まずは両チーム、握手を!』


 僕らと王城先輩達が足を踏み出したところで、僕はあることに気付いてしまった。


「すっげぇおっぱい!!」


 四人ががくりとこける。


「なぁ正詠、蓮! 風音先輩めっちゃおっぱい揺れてる! めっちゃおっぱいでっかい!!」


 あまりの衝撃に口から出てしまったが、あれは凄い!


「いやなにあれすごくね!」

『あーっとチーム・太陽どうしたぁ!? 足が竦んでいるのかぁ!?』

「なぁすごくね!? 揺れるんだぜ!? ぱねぇ! おっぱいぱねぇ! おっぱねぇ!」


 ごちん、と四人からの鉄拳が入り冷静になる。


「お前は……歓声があるからよかったが、俺たちに恥をかかせるつもりか!」


 正詠の顔は真っ赤だ。


「いやでもあれは……」

「ほら馬鹿太陽! あんたが大将だろうが! 早く握手してこい! それと次にその話したら絶交だからね!」


 遥香に押され、王城先輩の前に立たされる。


「セクハラ発言はやめろ。風音は繊細だ」

「あ、はい。すみません」


 重苦しい口調で言われ、つい謝る。いや、ホントさーせん。

 そして王城先輩は咳払いして右手を差し出す。


「降りてきてやったぞ、情報初心者ビギナー


 その大きな手を握り。


「昇ってきましたよ、情報熟練者エキスパート


 にやりと王城先輩は笑った。


『それでは両者、フルダイブの準備をお願いします!』


 ぴこん。


「なんだよ、テラス」


 と言ったものの、何となくテラスが言うことは予想できた。

 勝ちましょう、相棒マスター


「おうよ! 行こうぜ、テラス!」


 筐体に座り、大きく息を吸い込んだ。



   情報熟練者/6/情報初心者



――チーム・太陽。〝プライド・プレイヤー〟を設定してください。


 聞き慣れたアナウンス。


「太陽。作戦は覚えてるな?」

「あぁ、大丈夫。僕たちはプライド・プレイヤーをセレナに設定する。


――承知いたしました。チーム・太陽、プライド・プレイヤーをセレナに設定。セレナの全スキル効果が一時的に上昇します。


「本当に私でいいのかな……」


 透子はゆっくりと息を吐きながら言った。


「透子になら任せられるって、正詠が言ってたし、僕は二人とも信じるよ。なんかあったらすぐに助け呼べよ?」

「うん……」


 透子は自信なさげに頷いた。


――フィールドは陽光高校。これより転送いたします。


「決勝戦は代々陽光高校ねぇ……」


 校内バディタクティクス大会の決勝戦は、陽光高校を舞台に行われる。そして、両者のスタート位置は大将が在籍する教室から始まるのが習わしだ。


「透子は一人にしないこと。全員まとまって動くこと。それと、開始早々窓をぶち破って逃げること。いいな?」

「おうよ」


――制限時間は三十分。三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、プライド・プレイヤー同士の戦いを行うことになります。


 全員が見慣れた教室へと転送される。

 ちらりとテラスを見ると、緊張している雰囲気はあるものの、微笑みを浮かべていた。

 その心意気や良し。


――試合……開始!


「全員逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 正詠の号令と共に、僕ら全員が窓から飛び降りる。

 それと同時に、背後では一直線にビーム的な光の柱が空に向かって上がっていった。


「何あれ何なのあれー!?」

「僕に聞くなよ遥香! 正詠なんだよあれ!?」

「晴野先輩のアビリティだ! えーっと、確かコード56!」


 正詠の言葉に一番驚いたのは蓮だった。


「はぁ!? 二桁コードのアビリティだぁ!? あいつら勉強出来過ぎだろ! これだから頭の良い馬鹿は!」

「愚痴は後にするって作戦でも話したでしょ!」


 珍しく透子が僕らを叱った。

 透子に叱られるのは中々悪くない。


「着地完了! 次は……!」

「裏山だ! ここにいたら狙い撃ちにされ……」


 そんなことを言った正詠だが、空を見て足を止めた。


「正詠! どうした!?」

「嘘だろ……校内大会で使うか、フツー……」

「お前、何言って……」


 正詠が向けている視線を辿ると、太陽を背にした天馬がいた。

 目を擦ってみるが、やはり幻でもなんでもない。間違いなくそれは美しい白い羽の生えた天馬だった。


「ごきげんよう、情報初心者ビギナーの皆さん」


 風音先輩!?


「裏山に逃げられるのは面倒です。ここで止まってくださいね」

「くそっ! 優等生、相手が面倒だって言うならそっちに逃げるべきだろ!」


 蓮の言葉にノクトは頷いて、足先を裏山に向けた。


「やめろ、蓮!」

「駄目ですよ、日代くん?」


――スペシャルアビリティ、天馬咆哮てんばほうこう。ランクEX+が発動しました。全属性で超広範囲へ超威力の魔力依存攻撃を行い、フィールドを小時間炎上させます。


 天馬が甲高く嘶く《いななく》と、その翼が太陽の光に勝るとも劣らぬ光線を裏山に放つ。その光線は一瞬全ての音を奪い去ると、轟炎を巻き起こし裏山を焼き始めた。


「は……?」


 いやいやいやいや、なにこれ。


「次は当てますよ?」

「けっ……スペシャルアビリティかよ、そんなの都市伝説かと思ってたのによぉ」


 ノクトは足先をイリーナに向け直し、大剣を抜いて構えた。

 それを見たテラス、ロビン、リリィ、セレナも武器を構える。


「正詠大先生、何あれ」

「予習はしておけってあれほど言ったろ。まぁ俺もあの人が本当にスペシャルアビリティを持っているとは思わなかったけど」


 僕らの相棒は武器は構えているものの、攻めることに関しては悩んでいた。というよりも、あんな化け物みたいな攻撃をする相手に攻め入るのには、作戦無しでは正直きつい。


「スペシャルアビリティってのは、勉学以外で最も優秀な成績を残した学生が貰えるアビリティだ。基本的に回数制限と使用有効期間が存在する。あとは他のアビリティやスキルと違って、詳細効果がアナウンスされる」

「じゃあ僕の他力本願で……」

「無理だ。スペシャルアビリティは、国毎にたった〝一人〟しか所有を許されない。だからどんなスキルでも真似ることは不可能。つまり、あの風音先輩は〝勉強以外で学生日本一〟になったことがある人ってことだ」


 ゆっくりと、天馬は下降してくる。その姿はもう神々しいとかそういうのじゃなく、死神にも近しい雰囲気を纏っていた。


「私がやっても良いのだけれど、どうします? ここで倒れますか?」


 風音先輩の相棒、イリーナの姿がはっきりと映し出された。

 長い翡翠色の髪は、天馬が羽ばたく度に踊るように靡く。彼女の微笑みは非常に完璧だが、その紅い瞳は一切の感情が唾棄されている。そしてイリーナは豪奢な長槍を頭上で一度くるりと回転させる。


「おーい風音。俺の後輩をいじめんなって」


 のそりのそりと踊遊鬼が歩いてきた。

 和装ではあるが上半身は開けて《はだけて》おり、その肌には幾何学的な紋様が刻まれていた。炎のように紅い髪はこちらを威嚇しているようで、冷たい白銀の瞳は僕らを捉えている。


「よう高遠。ここで会えて嬉しいぜ」

「俺もですよ、晴野部長」


 踊遊鬼と晴野先輩は狂暴な笑みを浮かべた。


「どれだと思う、風音?」

「今までの経緯から考えれば高遠くんですね」

「だよなぁ。でも俺は平和島だと思うぜ」

「でしょうね」

「じゃあそれで行くか」

「えぇ、そうしましょう」


 二人は会話を終えた。今の会話はプライド・プレイヤーが誰かと言うことを話していたのだろう。悔しいが、彼らの予想は間違えていなかった。


「さぁ行きますよ。まずは私から」


――スキル、疾風迅雷。ランクCが発動します。自身の攻撃が優先されます。


 天馬に跨がるイリーナが暴風となって突進してくる。その狙いは……。


「遥香!?」


 何で遥香を狙うんだ? 透子を狙うわけじゃないのか?


「このっ……!」

「一騎当千との戦い、見事でしたよ那須さん」


 天馬の突進を受け止めた遥香だが、イリーナの攻撃を防いだわけではない。


「負けるかっての!」


 リリィがその〝風〟をアビリティで払い、反撃の拳を振りかぶるが、すぐに天馬は空へと逃げる。


「この卑怯者!」

「では、もう一回です」


――スキル、疾風迅雷。ランクCが発動します。自身の攻撃が優先されます。


 優先攻撃の面倒なところは、こちらが後攻になるところだ。勿論逃げ回ることも可能だが、何かに当たり判定が発生しない限り、その優先効果が切れることはない。


「また……!」

「いけない、遥香ちゃんを守って!」


 透子の言葉に逸早く反応したのは蓮だ。


――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。


「おらぁ!」


 ノクトが大剣の腹で天馬の突進を受け止める。


「あらあら。でもこれは防げないでしょう?」


 天馬の後方で踊遊鬼が飛ぶ。


「放て、烈風!」


 放たれた矢はまさに烈風。イリーナの肩口をすれすれで通り、ノクトの頬を薄く切りつけ、それはリリィに向かう。


「風属性ならリリィの十八番おはこだっての!」

「駄目遥香ちゃん!」


 裏拳でその矢を弾き、リリィが反撃のために飛び上がった。


「リリィ! まずは距離を取るよ、風塵……!」

「風特攻、二回使いましたね?」


 静かな声だと言うのに、それはまるで耳元で囁かれたようにはっきりと聞こえた。


――スキル、本気。ランクAが発動します。全てのステータス、スキル、アビリティを解放します。解放レベル3。


 天馬が嘶く。それにリリィの攻撃が中断される。


「今度はそう簡単にいきませんよ?」


――スキル、疾風迅雷。ランクSが発動します。自身の攻撃が最優先され、防御不可能の攻撃となります。


 次の狙いは遥香ではなかった。


「あいつ、今度は透子を狙うつもりか! ノクト、守護を……!」


――スキルエラー。疾風迅雷の優先効果が勝ります。


「くそっ!」


 ノクトがセレナに向かうが。


「逃がさねぇっての!」


 いくつもの矢がノクトの足元に刺さり、彼の足を止めた。


「さぁ私達の王の元にご案内いたしますよ?」


 狙いを付けられた透子はそれを真っ直ぐに見つめ、大きく息を吸い込んだ。


「スキル疾風迅雷ランクSは最も高い優先効果で相手に先制し防御不可の超威力攻撃を放ちますが同スキルの場合ランクが高い方が優先されます助けて太陽くん!」


 一息で効果を言い切って助けを求める透子の心意気。それをこの天広太陽が無駄にするものか!


「テラス、他力本願セット! 疾風迅雷!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル疾風迅雷Sがランクアップし、疾風迅雷EX+になります。

――スキル、疾風迅雷EX+。自身の攻撃が最優先され、防御不可能の攻撃となります。 また発動後一定時間自身の機動が上昇します。


 一足でテラスは間合いを詰め、天馬もろともイリーナを斬り付けた。その斬撃は遅れて幾つも放たれ、天馬が痛みに叫ぶ程だ。


「なるほど。確かに厄介なスキルですね」


――天馬。攻撃ヒット。残り四回です。


 残り四回?


「天馬騎乗解除の条件だ! あと四回何でもない良いから攻撃を当てろ! そうすりゃあの面倒なもんはなくなる!」


 正詠の叫びと共にロビンが矢を放つ。だが、それを天馬が羽ばたきで弾き飛ばす。


――――スペシャルアビリティ、天馬天翼てんばてんよく。ランクEX+は発動中です。投擲カテゴリーに含まれる全ての攻撃を無効にします。必中付与されている場合は、威力を超低下させます。


「あぁくそっ! 準決勝からこんなんばっかりだな!」


 苛立つ正詠。その感情はロビンにも伝わる。しかしそんな中、ロビンの背中を踏んで、リリィが高く飛び上がる。


「今度こそっ! 風塵拳!」


 リリィの拳から風が吹き荒れ、天馬に向かう。


――天馬。攻撃ヒット。残り三回です。


「まだ終わりません!」


 ロビン、リリィの背中を踏み台に、セレナが長剣を振るう。


――天馬。攻撃ヒット。残り二回です。


「あらあら。油断してしまいましたね、イリーナ」


 それでも風音先輩の余裕は崩れない。


「晴野、少々私の守りが疎かでは?」

「うるせぇな。わざわざ下降してくる方が悪いだろ。こっちは日代と楽しんでんだよ!」


 ノクトの剣戟を軽くいなしながら、晴野先輩は言った。


「もっと根性見せろ日代ぉ!」


――スキル、気合。ランクBが発動しました。全ステータスが一時的に上昇します。


 踊遊鬼が一歩足を踏み込むと、地鳴りがする。


「ビビってんのか、情報初心者ビギナー!」

「誰がビビるかこの野郎!」


 ノクトは大剣を振るうが、それは踊遊鬼から外れた。しかし外れた一撃は大地を激しく隆起させる。


「いいアビリティ持ってるじゃん!」

「最初っから《はなっから》狙いはテメーじゃねぇ! ノクト!」


 ノクトは頷き、隆起した大地を蹴り飛ばした。


「あらあら」


 ノクトの蹴り飛ばした破片は天馬に当たった。


――天馬。攻撃ヒット。残り一回です。


 にやりとノクトと日代は笑う。


「どうだ!」

「随分と足癖の悪い相棒ですね」

「お嬢様にはちょっと刺激が強かったか?」


 挑発するように日代は風音先輩に言うものの、彼女はそれに乗らず笑った。


「ふふ、そういうの嫌いじゃなくてよ、日代くん」


 イリーナは天高く舞い上がる。


「だから耐えてごらんなさい?」


――スペシャルアビリティ、天馬咆哮てんばほうこう。ランクEX+が発動しました。全属性で超広範囲へ超威力の魔力依存攻撃を行い、フィールドを小時間炎上させます。


 天馬は再び嘶いた。

 天馬の白翼に輝きが収束していく。


「ロビン、速攻でセレナを!」

「テラス、他力本願セット! 速攻! ノクトとリリィを!」


――スキル、速攻。ランクAが発動します。機動と攻撃が上昇します。

――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。

――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


 ロビンがセレナを抱え、テラスがノクトとリリィを抱えて直撃を避けるべく、焼け野はらとなった裏山へと向かう。


「テラス、大丈夫か!?」


 いくらランクが高いスキルとはいえ女の子が二人も抱えられるか心配だった。しかしテラスは余裕の笑みを浮かべていた。


「意外とタフじゃん」

「お前は相棒のこと舐めすぎだっての」


 セレナを抱えるロビンは、やれやれとでも言うように頭を振った。


「お前の相棒はホント生意気だな」


 背後では爆発と共に炎が舞い上がっていた。


「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」


 ロビンはセレナを下ろし、テラスも二人を下ろした。


「スペシャルアビリティは少し溜め時間が必要だから、すぐには使われない。その前にこっちから攻撃を……」


 正詠がまだ話している途中で、ロビンの胸に矢が刺さる。


――スキル、正射必中。ランクAが発動しました。スキル発動後のみ、自身の攻撃に必中&威力上昇効果を付与します。

――踊遊鬼の攻撃がクリティカルヒットしました。

――ロビン、バッドステータス。動揺。一時的に全行動が不可能となります。


「一体何が起きた、正詠!」

「…………! …………………………!」

「正詠!」


 ロビンの近くにいる正詠は口を動かしているはずなのに、こちらに声は全く聞こえない。


「落ち着いて太陽くん! バッドステータス中は連絡が取り合えないだけだから! それよりも……!」


 セレナが剣を構えた。


「そうですよ。彼よりも自らの身を案じた方が良いのでは?」


 既に天馬に跨がるイリーナはこちらに追い付いていた。


「この……テラ……!」


――スキル、正射必中。ランクAが発動しました。スキル発動後のみ、自身の攻撃に必中&威力上昇効果を付与します。

――踊遊鬼の攻撃がクリティカルヒットしました。

――ロビン、バッドステータス。動揺。継続します。一時的に全行動が不可能となります。


 ロビンに再び矢が刺さる。


「くそっ、かなり距離が空いてるはずだぞ!?」


 蓮は文句を言いながらもノクトにロビンを守るように指示を出す。


「本当にあなた達は運が良かった。ここまで脅威になるスナイパーがいなかったんですもの」


――スキル、正射必中。ランクAが発動しました。スキル発動後のみ、自身の攻撃に必中&威力上昇効果を付与します。

――踊遊鬼の攻撃がクリティカルヒットしました。

――ロビン、バッドステータス。動揺。継続します。一時的に全行動が不可能となります。


「なん!?」


 矢がノクトを避けてロビンに刺さった!?


「さぁ、そろそろその子もキツいのでは?」


 ロビンと正詠を見る。既にロビンの瞳に生気は見られず、いつ倒されてもおかしくない。


「どうすりゃいいんだよ、こんな奴ら……」

「セレナ、ロビンにヒールを!」


 セレナが回復アビリティを使用したことで、ロビンの顔に僅かに活力が戻る。


「戦況分析!」


――スキル、戦況分析。ランクBが発動しました。戦況分析が行われ、情報が味方全てに共有されます。


「射程暫定が5キロ……? そんなの、有り得ない! いくら正射必中に必中効果があるからって、投擲武器の最大射程はどんなに強化しても3キロのはずなのに!」

「どうしてかしらね、平和島さん?」


 天馬が急降下して透子に突進してくる。それをリリィが前に出て防御する。


「あなた達のブレインはしばらく動けませんし、平和島さんをいい加減翼の元に送りたいのだけれど」

「させないっての! 人さらいか、あんたは!」

「まぁ……そんなこと初めて言われたわ」


 風音先輩の全く変わらない態度に苛立つものの、それはやはり強者の余裕だからかと納得してしまう。


「正詠くんならどうするの……正詠くんなら……」


 対して僕らはいつも指示を出してくれていた正詠が一時的に行動不能になり、ただでさえ混乱しているのに相手の謎の攻撃で余計混乱している。


「駄目だよ、やっぱり私には……」


 透子の弱音が僕らに聞こえる。聞こえてしまった。

 ぎりという歯軋りは誰が発したものか。

 そしてその後すぐに、天馬は光に霧散して消えた。


――天馬。攻撃ヒット。天馬消滅します。


「……まぁ、誰かしら?」


 イリーナはふわりと大地に降りた。


――スキル、柯会之盟。ランクBが発動しています。盟約設定により、ロビンが一時的に行動可能。一時的に攻撃が上昇しました。一度のみ攻撃に必中が付与されました。


 胸に三本も矢が刺さっているロビンが、弓を引いたのだ。


「正詠……」

「…………! …………………!」


 正詠は透子に向けて何かを叫んでいた。


「わかんない……わかんない!」


――スキル、正射必中。ランクAが発動しました。スキル発動後のみ、自身の攻撃に必中&威力上昇効果を付与します。

――踊遊鬼の攻撃がクリティカルヒットしました。

――ロビン、バッドステータス。動揺が悪化し、瀕死となります。回復するまで全行動が不可能となります。


 これは、やばい!


「透子!」


 蓮が透子の名を叫ぶと、彼女は蓮を見た。


「俺とノクトはやれるぞ!」


 僕には何のことかはわからない。しかし、透子は蓮が何を言いたいのかを察したかのように、ゆっくりと頷いた。


「ノクトを置いて逃げます!」


 透子の一言。


「ふざっ……!」


 ふざけるな、と叫びそうになったが、僕はそれを飲み込んだ。この状況は今までとは全く違うのだ。感情論で何とか出来ていた今までとは全く違う。


「テラスは、ロビンを抱えて速攻を使ってください! リリィとセレナはテラスに続いて!」


 透子の体は僅かに震えている。このようなこと、彼女だって言いたくないはずだ。それでも、このままでは負けると察したのだ。


「テラス、他力本願セット! 速攻!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。

――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


 テラスはロビンを抱えた。


「蓮! 必ず助けに来るからな!」

「当たり前だ馬鹿野郎! こんな化け物長い時間一人で相手したくねぇぞ、俺もノクトも!」


 そして僕らはノクトを置いてその場から離れた。


   情報熟練者/■/情報初心者


 テラス、ロビン、リリィ、セレナが場を離れると、辺りはしんと静まり返る。


「随分素直に逃がしてくれたな?」

「えぇ。別に平和島さんでなくともいいもの」


 風音の言葉を聞いてか、イリーナは薄い笑みを浮かべた。


「さすがに余裕かこのアマ」

「まぁ……足癖の悪い相棒のマスターは口が悪いのね」

「けっ」


 未だにイリーナ本人の戦い方を知らない蓮は、ノクトに攻撃指示は出さない。いや、彼にとってはこの状況の方が都合が良いのだろう。


 待ち続ければ全員が戻ってくるだろう。


 だが、それは甘い考えだと次の瞬間に彼は気付いた。


――スキル、召集。ランクAが発動しました。フリードリヒ、踊遊鬼をイリーナの近くに呼び出します。


「まずはあなたからですよ、日代くん」

「けっ。なんだよ三年。二年一人に総力戦か?」


 蓮は精一杯の悪態を付く。


「お。日代か。こりゃあ楽しくなりそうだな、翼」


 晴野は少しうれしそうだった。


「ふん。無駄だが仕方あるまい。行くぞ、日代。恨むのなら貴様を見捨てた者を恨め」


――スキル、決闘。ランクSが発動しました。使用者と対象者とで一対一の戦闘が強制されます。使用者と対象者に付与されているプラスマイナス効果問わず解除します。今後、使用者と対象者の全援護スキルとアビリティを使用不可能となります。


「上等だこの野郎!」


 先に仕掛けたのはノクトだ。剣を横に薙ぐ。


「遅い」


 それをフリードリヒは拳で弾き、ノクトの脇腹へと重い一撃を放つ。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


「ノクト!?」


 ぐらりとノクトが倒れる。たった一撃で。


「くくっ……」


 蓮はフリードリヒと王城を見る。


「脆いな、日代」


 卑しい笑みを浮かべたフリードリヒは、倒れたノクトに拳を振り下ろした。



   情報熟練者/7/情報初心者



 蓮を置いて逃げること数分。


――スキル、召集。ランクAが発動しました。フリードリヒ、踊遊鬼をイリーナの近くに呼び出します。


 僕らは足を止めた。


――スキル、決闘。ランクSが発動しました。使用者と対象者とで一対一の戦闘が強制されます。使用者と対象者に付与されているプラスマイナス効果問わず解除します。今後、使用者と対象者への全援護スキルとアビリティを使用不可能となります。


 メッセージは無情にも流れる。


「透子!」


 透子の名前を呼ぶと、彼女は体を僅かに竦ませる。しかし、彼女からの返事はない。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


「くそっ! 回復を!」

「う、うん……」


 ロビンを下ろすと、すぐに透子が回復アビリティを使用する。


「テラス、お前も……」

「テラスは使っちゃ駄目!」


 泣きそうな顔を透子は僕に向けた。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


 早く、早く助けに行かないと。


――ロビン、バッドステータスから回復しました。


 三度目の回復アビリティでロビンは復帰する。


「よしっ! テラス、召集を……」

「やめろ太陽! 無駄だ!」


 正詠の否定に、僕とテラスは驚いた。


「今は王城先輩のスキルが優先されている。お前の召集でもそれに割り込めない!」

「んなのやってみなきゃわからねぇだろ! テラス、召集!」


――スキルエラー。決闘の優先効果が勝ります。


「あぁくそっ!」


 だから言わんこっちゃない、と言いたげに正詠はため息をついた。


「正詠、蓮を助ける方法はないか!?」

「ない」


 迷う様子すら見せず、正詠は即答した。


「は……? おま、え。何言ってんの?」


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


 今だって、蓮とノクトは僕らを待っているはずだ。だから助けに行かないといけないんじゃないか。


「蓮を助けに……」

「無理だ。蓮とノクトのことは今は忘れろ」


 同じ解答。同じ口調。冷たく、はっきりと正詠は口にした。


「出きる限りあいつらに時間を稼いでもらって、作戦を練り直す」

「お前……準決勝のときにも言っただろう!? ゲームだからって仲間を、友達を見捨てるのは……!」

「うるせぇ! ないもんはない! 今は何しても無駄なんだよ!」

「てめぇこの野郎いい加減にしろよ! 必ず助けるって約束したんだぞ!」


 僕の怒りはテラスにも伝わる。

 テラスは怒りに身を震わせ、ロビンを睨み付けていた。


「守れない約束なんてするてめぇが馬鹿なんだよ!」

「このっ……!」


 僕が正詠に、テラスがロビンに掴みかかろうとすると。


――ノクト、バッドステータス。朦朧。一時的に全行動に一部制限がかかります。


 死の宣告にも近いメッセージが流れた。


「テラス、行くぞ」


 テラスは頷き、刀の柄に手をかける。


「待って太陽くん!」

「うるせぇ! 正詠も透子も準決勝から何にも変わってねぇな!」

「正詠くんは〝今は〟って言ってるの! 今は……我慢して、蓮ちゃんを、私たちを信じて!」


 セレナがテラスの肩を掴む。


「テラスから手を離せ、セレ……」

「馬鹿太陽! ちゃんと透子や正詠の話を聞きな!」

「うる……!」


 ぱしん。

 乾いた音がした。痛くないのに、感覚はないのに、自分は平手を打たれたのだとわかった。


「正詠くんも蓮ちゃんを見捨てたくないの! 私だって……私だって! あんなことしたくなかったんだから! あなた一人が辛いなんて思わないで!」


 はっきりと気持ちを口にした透子と正詠の顔を見た。二人とも同じような表情をしていた。

 焦り。悩み。苦しみ。痛み。

 きっと二人もすぐに助けに駆けつけたいのだろう。それだというのに、僕は自分のことで精一杯で気付けなかった。


「悪かったよ、熱くなって……テラス、行くのは一旦無しだ」


 頬を膨らませ、テラスは頷いた。

 正詠は深く息を吐き出した。


「まずは蓮をあの面倒なスキルから解放しないといけない」

「どうすんだよ?」


 その問いかけに正詠と透子は答えない。


「ねぇ」


 遥香が誰かを呼ぶが、今は無視だ。


「その〝まず〟がクリアできないんじゃ意味ねぇじゃん!」

「だからそれを考えるんだろうが!」

「テラスのスキルでも邪魔できないんだぞ! どうすんだよ!」

「うるせぇな! だから考えてるんだろうが!!」

「ねぇ」

「考えてる間に蓮がやられたらどうするんだよ!!」

「ねぇ」

「だからさっさと助けに行くべきだろ!」

「ねぇ」

「それこそ相手の思う壺だろう! 透子やお前にあのスキルが使われたら終わりなんだぞ!!」

「ねぇってば!」

「「なんだよ!」」


 あまりにもしつこい遥香の呼び掛けに、二人して叫んでしまった。


「決闘ってさ、どういうスキルなの?」


 息巻く僕らに代わり、遥香の質問に答えたのは透子だった。


「使用者が指定した相手と一対一で戦うことになるスキルだよ」

「具体的には?」

「えっと……アナウンス通りだけど……」

「フィールド隔絶とかあるの?」

「ううん、ないよ。援護スキルを二人に使えなかったり、攻撃対象にできないの」

「ふーん……じゃあさ、そのスキルって〝邪魔されないことも発動条件〟ってことだよね?」

「うん」


 透子が頷いたのを見て、遥香はにんまりと微笑んだ。


「じゃあ簡単じゃん。邪魔すれば前提が崩れるんだよね。ということは発動条件を満たさなくなる。条件が満たされないとスキルは発動しない。確かそうだよね?」

「そうだけど……」


 未だに遥香が何を言いたいかが僕はわからない。透子や正詠を見ても、それは同じようだ。


「それをやるためにはあの二人を倒さないと駄目なんだ。あの二人の相棒は妨害系のアビリティやスキルが豊富だぞ」

「別にいいよ。近くで戦えればさ」

「どういうことだ、遥香」

「ふっふーん。だからさ……」


 ………………。


「……なるほど、な」

「僕は遥香に一票だ。テラスなら充分にやれると思う」

「私も遥香ちゃんに賛成」

「仕方ない。それで行くぞ」


 全員が頷く。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


 メッセージは変わらず流れる。


「行こうぜ。早く蓮を助けないと」


 そして僕らは再び戦場へと向かった。



   情報熟練者/その勇気を胸に



――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


「ノクト!?」


 ぐらりとノクトが倒れる。たった一撃で。


「くくっ……」


 蓮はフリードリヒと王城を見る。


「脆いな、日代」


 卑しい笑みを浮かべたフリードリヒは、倒れたノクトに拳を振り下ろした。その一撃をノクトは視認しているが避けることはできなかった。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


 ノクトを中心に地面が割れる。


「ひゅう、やるじゃん翼ー。おらおら日代ー。もっとやる気見せろってー」


 外野で踊遊鬼は座り、晴野が日代へと野次を飛ばし続けていた。その隣ではイリーナが黙として腕を組んで立っており、じっと二人の様子を見つめていた。


――ロビン、バッドステータスから回復しました。


「やっと起きやがったかあの野郎……ノクトぉ!」


 頭を振りながらノクトは立ち上り大剣を構える。


「反撃の時間は与えるな、フリードリヒ」


 フリードリヒは再度拳を固く握る。

「はっ、一方的に殴れると思うなよ!」


 歯を食い縛りながらノクトは大剣を振るった。


「鈍い」


 フリードリヒは体を逸らし躱し、左の拳をノクトの鳩尾へと叩き込む。めきりと生々しい痛音と共に、ノクトの体はくの字に曲がり浮いた。


「ほらもう一発だ」


 浮いたノクトの体を、フリードリヒの右の拳が叩き落とした。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


「もう終わりか?」


 倒れこんだノクトをフリードリヒは踏みにじる。口の端から泡を零しながらも、ノクトは必死に呼吸しながらも相手を睨んでいた。そんなフリードリヒの顔はあまりにも気味悪く、あまりにも〝人間らしい〟。

 そしていつの間にか外野の晴野は黙り、王城と蓮の二人を興味深そうに眺めていた。


「弱いな、貴様は」

「ははっ!」


 短い笑いが、がらりと空気を変えた。


「そうだな、弱いよなぁ!」


 ぐっと、ノクトは両腕に力を込める。フリードリヒは足をどけ、僅かではあるがノクトと距離を取った。


「なぁノクト。俺たちは弱いよな?」


 こくりと、ノクトは頷いた。


――ノクト、バッドステータス。朦朧。一時的に全行動に一部制限がかかります。


 ふらりふらりと、ノクトの体は揺れている。


「だってよ、仲間一人すら守れねぇ。このままじゃあ俺とノクトはただのお荷物だ」「その通りだ。だから貴様は囮にされた。それぐらいしか使い道がないからだ」

「かかっ!」


 ぴくりと、王城の片眉が上がる。


「上等だ。あいつらのためになら囮にでも何でもなってやらぁ。充分に時間を稼いで、充分にお前らの体力を削ってやるよ」

「出来ないことを言うと、より小物に見えるぞ」


 一足で間合いを詰めたフリードリヒの攻撃を、ノクトはふらつく体でゆらりと避けた。


「おら、当たらねぇぞ。情報熟練者エキスパート

「くだらん……」


 瞬間で拳が五発放たれるが、それをふらつく体でノクトは躱していく。


「……む」


 ノクトの瞳は虚ろではあるが、しっかりとフリードリヒを睨み、口元には微笑みが浮かんでいる。


「フリードリヒ。避けられぬように掴め」


 ごきりと指を鳴らし、目にも見えぬ速さでフリードリヒはノクトの首を掴んだ。そんな絶体絶命の状況だというのに、ノクトは変わらず微笑んでいる。


「強がりか、日代」

「そう思うんなら、それがテメェの限界だ」

「くだらん!」


 再び拳を握るフリードリヒ。


「喧嘩したことあるか、王城先輩?」


 ノクトはにやりと笑って、手に握っていた砂をフリードリヒにかけた。一瞬緩んだその腕、現れた隙をノクトは逃さない。フリードリヒの腕を掴むと、それを支点に体をぐるりと回転させながら後頭部に蹴りを入れた。

 僅かに体をぐらつかせたフリードリヒへと、ノクトの大剣が力無く振るわれダメージを与えた。


「まずは一発だ、この野郎」


 ノクトは震える手で大剣の切っ先をフリードリヒへと向けた。


「小癪な」

「喧嘩でそんなこと言ってたら負けるぜ?」

「フリードリヒ」


 反撃の一撃はノクトを激しく吹き飛ばす。


――ノクトに攻撃がクリティカルヒットしました。


 フリードリヒはそんなノクトへゆっくりと歩み寄る。


「そろそろ降参しろ、日代」

「冗談。まだまだ俺のノクトはやれるっての」


 変わらない笑みを浮かべながら、ノクトは再びゆらりと立ち上がる。


「仲間がまだ来てねぇしな。ここで倒れるわけにはいかないんだよ」

「ならばその前に倒してやる」

「無理無理。だってよぉ、もう近くに来てるぜ、あいつら」


 蓮の一言で、外野の二人はすぐに武器を構え臨戦態勢を取る。


「晴野、本当か?」

「おーおーマジで来やがったぜ、命知らず共がよぉ!」


 楽しそうな晴野とは対照的に、風音は不満気だ。


「任せたぞ、二人とも」

「おうよ、大将」

「任せて、翼」


 そして王城はぎろりと蓮を睨む。

 そんな彼を、蓮は強く睨み返した。



   情報熟練者/勇敢なる者



 四人を視認したときには、矢が雨のように降り注いできた。


「ただのアビリティだ、突っ切るぞ!」


 正詠の指揮に、僕ら三人の相棒は頷いた。多少のダメージはあるだろうが、それを全員が無視をする。


「よく戻ってきた、命知らず共!」


 楽しそうな晴野先輩の声に、正詠は舌打ちをして、複数の矢を彼に放つ。だが、それをイリーナが槍を回転させながら防いだ。


「爆ぜろ、地雷矢じらいや!」


 弾かれた矢はすぐに爆発し、辺りを土煙で覆う。

 これでやれたなんて、いくら僕らでも思わない。


「遥香ちゃん、土煙を払って!」

「あいよぉ!」


 リリィが拳を振った風圧で、土煙が晴れる。


「さぁて、かかってきなさい!」


 拳を鳴らしたリリィに仕掛けたのはイリーナだ。

 槍のリーチを活かし、リリィを間合いに入れぬよう攻撃を繰り出していく。しかし、その点の鋭い攻撃をリリィはリズミカルに躱していく。


「さすがですね、那須さん」

「まだまだこんなもんじゃないよー!」


 リリィが避けずに槍を弾くと同時に拳を強く握りしめる。


「ハリケェェンアッパァァァァァ!」


 その拳を下から上へと振り上げると、小規模の竜巻が前方に発生した。


「あらあら」


 アビリティの威力というよりは、遥香の掛け声に風音は驚きの声を上げながら、風音先輩とイリーナはそれを回避。


「随分と元気ね」

「まだまだぁ! もいっちょ、ハリケーンアッパァァァ!」


 遥香の二度目のアビリティもさらりと避けられるが、遥香も僕らも別段気にしてはいない。


「太陽! 次はお前だ!」

「おうともさ! テラス、ファイアウォール!」


 炎の壁がテラスの前方へと出現する……のだが。


「温い温い温い温い温い温い温い温い温い温い! 温いんだよ、ザコがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 晴野先輩の怒声と共に、踊遊鬼は右足を大きく踏み出した。その踏み込みだけで炎の壁は揺らいだ。


「失せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そして続けての咆哮。晴野先輩とほぼ同時に吠えた(ような仕草を見せた)踊遊鬼。それだけで炎は消え失せた。


「正詠ぃ! 絶対あれチートだよ! こんなの絶対おかしいよ、吠えただけでアビリティ消えるとか有り得ないよ!」


 テラスと共に正詠に抗議するのだが、正詠ははぁと大きくため息をついたものの、特に何か言うわけではないようだった。


「透子!」

「セレナ、ウォータフレア!」


 炎を包んだ水泡が勢い良く踊遊鬼に向かい、当たる寸前で爆発を起こす。爆発は水蒸気を巻き散らした。

 しかしそれでも、踊遊鬼にダメージは与えられない。


「風音! 遊んでんな!」

「あらごめんなさい。那須さんがあんまり頑張るから」


 ぱちりと風音先輩は指を鳴らす。

 するとイリーナは一瞬でリリィを叩き伏せて蹴り飛ばした。


「さてさて、どうしますか」

「んなのいつも通りだろ。翼が日代倒したら平和島を任せる。それだけだ」

「そうですね……どうしましょうか」

「なんだよ、らしくねぇなぁ」


 一騎当千とは全く違う二人の余裕に、苛立ちを感じなかった。

 彼らの余裕は、僕らを侮っているわけではない。適切に僕らの実力を見定め、それでも油断することはなく、だからこそ見せられる余裕だ。


「怯むな! ありったけで攻めろ!」


 正詠は言うが早いか、矢を何本も射る。


「部長に勝てると思うなよ! 風音、あの矢は爆発するぞ!」

「わかってます」


 ほぼ同じ数の矢を射って、踊遊鬼は正詠の攻撃を防ぐ。いくら相棒とはいえ矢を矢で弾くという離れ業もさることながら、弾いた矢を爆発するよりも早く周囲から散らすイリーナもまた、異質であった。


「はは……さすがに簡単じゃあないな、正詠」

「これじゃあダメージは与えられないな」


 しかし、イリーナが踊遊鬼の援護に回ったことで多少の隙が産まれた。


「遥香!」

「わかってるっての! リリィ!」


 リリィは飛び上がってすぐに臥王拳を二人に放つ。だがそれはやはりあっさりと避けられた。


「無駄な努力だねぇ……」

「……そうかしら? 私は好きよ、こういうの」


 遥香の臥王拳で地面が隆起し鋭い岩が地表に現れた。


「テラス!」


 テラスは頷いて、その隆起した岩を細かく切り刻んだ。


「他力本願、セット! 地雷矢!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ地雷矢Bがランクアップし、地雷矢Sになります。

――アビリティ、地雷矢S。投擲に分類される全攻撃が、爆発効果を持ちます。ランクA以上の場合、威力が上昇します。


 切り刻まれたその岩は散らばると、正詠の矢よりも大きな爆発を起こした。


「ちっ、面倒なスキルだ」


 晴野先輩の舌打ち。


「蓮! いい加減察しろ!」


 未だに戦い続ける日代に、僕は声をかける。

 朦朧と戦っていたノクトの瞳に、僅かに光が灯ったのを僕は確かに見た。

 ノクトが察したのなら、蓮が気付かない訳がない!


「あぁ……ったく」


――ノクト、バッドステータスが緩和します。


「お前らは本当に、いっつも遅すぎる」


 連の皮肉はいつも通りで、とても頼もしかった。

 周囲で激しい戦いが繰り+広げられているにも関わらず、王城先輩は気にするような仕草を見せない。


「行くぞ、ノクト!」


 蓮は全員に聞こえるように声を張り上げた。それに頷いたノクトは、まだふらつく足取りでフリードリヒに向かった。


「鈍い!」


 向かってくるノクトを迎え撃つように、フリードリヒは間合いを詰めた。


「地雷矢!」


 そこに正詠の矢が爆発を起こし、不意にフリードリヒは気を取られた。


「おらぁ!」


 その隙を逃さずに、ノクトは大剣を振り下ろした。すぐに回避姿勢を取ったフリードリヒに大きなダメージはない。けれどその様子を見て、僕らは確信した。


「遥香、もいっちょ頼む!」


 僕の掛け声に遥香とリリィは頷き、地面に臥王拳を放ち大地を隆起させる。そしてそれを先程と同じようにテラスが切り刻み、地雷矢を使用する。

 爆弾となった小さい岩は辺り一面で激しい爆発を起こした。


「蓮!」


 その爆発は土煙を巻き起こし、ノクトとウhリードリヒの姿を隠す。


「ノクト、行け!」


 土煙舞う中、それを払ってノクトは再びフリードリヒに大剣を振り下ろした。


――フリードリヒに攻撃がクリティカルヒットしました。


 遥香の思惑通りだ。

 〝決闘〟は邪魔できる!


「もっとだ、太陽、遥香、透子!」

「リリィ、どんどんやっちゃって!」

「テラス、リリィに続け!」

「セレナ、ウォーターフレア!」


 僕らの攻撃で、辺りは滅茶苦茶になった。


――スキルエラー。一対一の戦闘を維持できません。決闘効果が消滅します。


 そのアナウンスが流れるのとほぼ同時に。


「テラス、他力本願セット! 速攻!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。

――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


「逃げるぞ!」


 テラスは頷くとすぐにその場から去る。


「この……逃がすか!」


 踊遊鬼がスキルを使うよりも早く、テラスと僕は遠くへ逃げていた。


「よし、ここまで来れば。テラス、召集!」


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。


 一瞬で仲間は集まった。


「上手くいったな……」


 安堵のため息をつきながら、正詠は言った。


「もっと早く来いよ。ノクトが倒れるとこだったぜ」


 相変わらずな蓮の皮肉を聞いて、相棒が全員腰を下ろした。


「透子、ノクトの治療を頼む」

「うん。セレナ、お願い」


 セレナはノクトへと痛々しい表情を向けていた。それは透子も同じだった。


「なんて顔してやがんだ。俺が望んで囮になったんだ。結果は良かった。太陽の野郎もちゃんと助けに来た。俺はそれで充分だ」

「うん……」


 蓮と透子は二人だけの空気を作りやがったので、僕はとりあえず正詠に話しかけた。


「なぁ正詠。ここにいてまた攻撃されないか?」

「あぁ問題ない。さっきロビンに攻撃が当たったのは、踊遊鬼のスキルだ」

「でも透子は有り得ないって言ってたぜ?」

「透子が言っていたのはスキルで強化した〝普通〟だから」

「おい優等生。さっさと説明しろ、どちらにせよあいつらが追い付いたらまたそれをやられるぞ」


 回復が終わったのか、蓮が口を挟む。


「晴野部長の使ったスキルは〝正射必中〟と〝狩人の瞳〟だ。狩人の瞳は常時発動型だからアナウンスがない」


 ここまで説明して正詠は透子を見た。僕は正詠と透子を交互に見る。何となくいつもなら続きを透子が説明してくれるはずなんだが……。

 正詠は僅かな笑みを浮かべているが、透子はそれに上手く微笑みを返せないようだった。


「どうしたんだ、透子?」


 透子は何かを言おうと口を開いたが、すぐに噤んだ。

 そのせいか僕らは何も話せなかった。少しの間沈黙が続いたが、それを破ったのは予想通りというかなんというか、チーム・トライデントの一人だった。


「褒めてあげます。あなた方は今まで対戦した人たちの中で、一番上手く〝逃げて〟ます」


 それもずーっと僕らを追いかけ回す風音先輩だ。


「なぁ正詠。あの人さ、ストーカーってスキルでも持ってるの?」

「まさか。単純にあのイリーナの機動力が高いんだろ」


 ロビンは弓を構え、イリーナへと矢先を向ける。


「それとな、踊遊鬼はアビリティで射程を伸ばしている。〝アビリティ〟と〝スキル〟の二つなら、最大射程は7キロだ」


 そこまで言い切って、正詠は短く嘆息する。


「透子、大丈夫だ。お前は自分を信じろ。間違ってもいい。動揺してさっきみたくなってもいい。それでも俺たちはお前を信じることに後悔しない。それは、他の奴らも同じだ。お前がミスしなくても、俺たちがミスするかもしれない。だから、な?」


 ロビンがセレナの肩を軽く叩くと、テラスはセレナの前に立つ。ノクトはセレナの左に立ち、テラスの隣にリリィが立った。四人ともセレナへと……いいや、透子へと笑みを向けていた。


「美しい友情ですね。本当にもう……どうしましょう」


 イリーナは槍を頭上で一度回転させて微笑む。


「あぁもう……ぶち壊したくなりますね」


 穏やかな口調と狂暴な微笑み。あまりにもミスマッチなそれは、僕らを不安にさせた。


「まずは那須さん。あなたからですよ?」


 イリーナが地を蹴ると、彼女が踏み込んだ大地が黒く焦げていた。

 それから僅かの静寂。あれほどの勢いで大地を蹴ったというのに、リリィに攻撃がすぐに仕掛けられる訳ではなかった。


「かーごーめかーごーめ……」


 ぞわりとするほどのおぞましい殺気と共に口ずさまれる不気味な童歌わらべうた

 じゅっ、と何かが焼ける音。


「かーごーのなーかのとーりーはいーつーいーつーでーやーる……」


 その焼ける音が幾つも重なっていく。


「何が起きて……!?」


 あまりの気色悪さに目眩がする。


「周りだ! 円を描いてるのか!」


 正詠の声でようやく気付いたのだが、いつの間にか僕らを囲むように炎が大地を焼いていた。


「よーあーけーのーばーんにーつーるとかーめがすーべったー……」

「遥香を守れ!」


 遥香を中心に陣形を組み、全員が武器をしっかりと握りしめた。


「うしろの正面……だぁれ?」


 辺りから音が消えた。


「どこに……」

「きゃあ!」

 聞こえた悲鳴は遥香のものではない。


「透子!」


 イリーナはセレナの喉元を掴んでいた。


「狙いは遥香じゃないのか!?」

「いいえ? だって平和島さんがプライド・プレイヤーですもの」


 ぐんとイリーナは腕を引き、彼女が作り出した円の中からセレナを吹き飛ばした。


「イリーナ、召集」


 風音先輩の命令にイリーナは頷くと、槍を掲げる。


――スキル、召集。ランクAが発動しました。フリードリヒ、踊遊鬼をイリーナの近くに呼び出します。


 フリードリヒ、踊遊鬼の二人が呼び出される。


「風音、晴野。次はミスするなよ」


 王城先輩の一言に二人は頷いた。


「さて、平和島。始めるとしようか」


 セレナは体を起こし剣を構えた。


――スキル、決闘。ランクSが発動しました。使用者と対象者とで一対一の戦闘が強制されます。使用者と対象者に付与されているプラスマイナス効果問わず解除します。今後、使用者と対象者への全援護スキルとアビリティを使用不可能となります。


「ならもう一度邪魔するだけだ!」

「無駄だって、天広!」


――スキル、挑発。ランクAが発動しました。全攻撃、全スキル、全アビリティで、スキル使用者以外を選択不可能となります。


 踊遊鬼は弓を放つ。それを全員が回避し、リリィが再び臥王拳を繰り出した。そしてそれをテラスが砕き再び地雷矢を使用する。


「晴野先輩が対象だからってやり方は変わら……」

「ならば離れるだけだ」


 〝甘く見ていた〟。同じ作戦がまた通用すると思った。


「連れていくぞ、フリードリヒ」


 地雷矢が爆発するよりも前に、フリードリヒがセレナの首を掴みかなり遠くに投げ飛ばした。


「任せたぞ」

「おう」

「えぇ」


 それを追いかけるように王城先輩とフリードリヒはこの場から去っていった。


「俺たちは俺たちで楽しもうや。情報初心者ビギナー共」


 晴野先輩の言葉を聞いて、風音先輩はふふ、と笑った。


「晴野。私は那須さんがいいわ」

「俺は高遠だ。日代で遊ぶのも良いんだが、後輩の面倒を見ないとな。大将の天広は……まぁ無視でいいだろ。一人じゃこいつは何もできねぇ」


 その一言が開始の合図のようなものだった。

 ロビンは踊遊鬼へと矢を放ち、また違う方向からノクトとリリィが攻撃を仕掛ける。


「テラス、他力本願セット……!」

「無粋な真似はおやめなさい」


 スキルを使おうとした僕らを、風音先輩のイリーナが槍尻で突く。それはテラスの鳩尾に正確に当たった。


――テラスに攻撃がクリティカルヒットしました。


 唐突な一撃にテラスが膝から崩れ落ちそうになったが、ロビンとノクトが彼女を支えた。


「助かる、正詠、蓮」

「太陽……これからスキルは使うな。あの人達は口であんなこと言ってるが、お前のことをかなり警戒してるぞ」

「俺たちがいつでも助けられるわけじゃねぇんだからな?」


 イリーナはテラスに攻撃を仕掛けすぐにリリィへと標的を変えていた。そして踊遊鬼の瞳は真っ直ぐにロビンを見ている。


「正詠、僕とテラスは何をすればいい?」

「……テラスが倒れたらこのゲームは終わりだ。逃げろ。逃げて召集を使え。いいな?」

「……わかった」


 テラスのステータスやスキル、アビリティでは戦いに向かない。わかってはいたことだが、こんなときに役に立たないのは物凄く歯痒い。


「テラス、逃げ……」


 ちらとテラスを見ると、テラスは泣いていた。


「テラス?」


 僕の呼び掛けにテラスはぽろぽろと涙を零し、赤い瞳を向けた。


「気持ちはわかる。僕だってみんなのために何かしたいだ。でも今は……くそっ」


 仲間を助ける?

 約束したから?

 みんなで勝ちたい?

 何て薄っぺらいんだ。僕は口だけだ。勝手にキレて、熱くなって、自分のわがままばかりで、それなのにいざとなったら自分は真っ先に逃げることしかできない。


「僕だって……」


 何かしたいんだ。もっと、みんなのために。


「友情ごっこはもういいか?」


 踊遊鬼は弓を引き絞る。

 晴野先輩の言葉に、僕は顔を上げる。テラスは変わらず涙を流し、唇を一文字に結んでいた。


「イリーナがわざと槍尻で攻撃してやったんだ。ありがたく思えよ?」


 充分に引き絞られた矢は風を切りロビンへ放たれる。それをノクトは大剣の腹で防いだ。


「行け、太陽」


 正詠は晴野先輩を見ながらそう言った。


「テラス……逃げるぞ」


 私がもっと強ければ、あなたの想いに応えられますか?

 呼び出し音もなく、テラスからのメッセージが表示された。


「いいから今は逃げるぞ」


 私がもっと強ければ、あなたはこのような思いをしませんか?


「テラス、いいから! お前は何も悪くないから!」


 私がもっと強くなれば、あなたは私を誇れますか?

 テラスの想いは、痛いほどによくわかった。互いに思っていることは、きっと同じだ。


 自分にもっと才能があればこんなに苦しまないのに。

 

 僕は涙を流しそうになったが、それを必死に堪えた。ここで泣くべきではない。それはテラスが弱いと、自分が弱いと認めたことになるのだから。


「逃がさねぇって!」


 踊遊鬼が連続でテラスに矢を放つ。それをロビン、ノクト、リリィが集り全て防いだ。

 そして三人の相棒はテラスを見た。


「テラス、逃げるぞ!」


 強くテラスに言うが、彼女は首を振った。

 そんなテラスを見て、三人の相棒は頷いた。


「テラス……」


 私は逃げません。ごめんなさい、相棒マスター

 テラスは刀を握る手に、より強い力を込めた。



   情報熟練者/蟻の牙



 投げ飛ばされたセレナは、体を回転させ地面へと危なげなく着地する。


「セレナ、大丈夫?」


 セレナは頷き、剣をすぐに構え直した。手から僅かに伝わる震えのせいか、刀身は小刻みに揺れている。


「今のうちにガードアップとアタックアップを……て、そっか。使えないんだっけ……」


 王城はすぐに現れなかった。しかしそれが彼女達の恐れをより強いものにしたのは、言うまでもない。


「セレナ、私怖いよ……」


 透子は自らを抱き締めた。それでも彼女の恐怖は薄れない。むしろ体は震えだし、彼女の思考を暗い方面へと引きずり込んでいく。


「怖いよぅ……」


 あの〝ブラウン〟のように、セレナが蹂躙されるのでは。目の前で自分は何もできず、降参を口にしてしまうのではないか。もう降参してしまった方が良いのだろうか。

 そんなとき、彼女らの目の前に〝それ〟は現れた。


「待たせたな、平和島。さて、やるぞ?」


 王城とフリードリヒの二人。フリードリヒは拳を固く握りしめ、すぐにセレナとの間合いを詰めた。


「加減してやる。無理だと思ったら降参しろ」


 王城はそう言うが、打ち込まれた右の拳は彼の言葉とは真逆のものだった。

 めきりとセレナの腹部へとめり込み、一瞬でセレナの意識を刈り取るような一撃だった。


「ほう。クリティカルではないか。加減しすぎたか?」


 そして左の拳でセレナの頭部を殴り付け、彼女を地面へと叩き付ける。


「セレナ!?」

「踏みつけろ」


 フリードリヒは足でセレナを踏みつけようとしたが、彼女はそれを回避し立ち上がる。


「はは、タフだな」


 剣を持たぬ手でセレナは腹部を抑えつつ、呼吸荒くフリードリヒを睨み付ける。


「これは〝決闘〟だ。一方的ではつまらんぞ?」


 フリードリヒは再び間合いを詰め、素早い連携でセレナへと拳を打ち込む。


「やめ……て」


 小さく、震える声で透子は言うが。


「どうした、貴様はサンドバックにでもなるつもりか?」


 フリードリヒは攻撃を止めることはしない。


「やめて……やめてぇぇぇぇ!」


 透子は声を張り上げた。

 その声に誰よりも驚いた表情を浮かべたのは、〝セレナ〟であった。


「セレナをいじめないで!」

「つまらんな……つまらんぞ」


 フリードリヒは攻撃を止めない。


「セレ……セレナ、逃げて!」


 透子はセレナを見た。

 彼女の顔には既に複数の痣が出来ており、愕然とした顔で透子を見つめていた。


 あぁ、逃げられないんだ。なんて、可哀相なんだろう。


 透子のその哀れみは、セレナに確かに伝わり、彼女をずたぼろに傷付けた。


「くだらんな……まだ始まったばかりだぞ」

「セレナは、戦いたくなんて……!」


 透子がまだ話している途中で、水の槍が空に向かって上がった。


「ようやっとやる気になったか」


 透子の指示ではない。これは紛れもなくセレナが勝手に動いた結果だ。 


「セレナ……?」


 私を……見くびらないで!

 透子の視界の隅にメッセージが流れた。


「セレナ……」

「かかってこい、平和島」


 ぱしりと自分の頬を叩き、透子はセレナを見た。

 相棒マスター。彼らが来るまで、耐えて、耐え抜いて、勝利しましょう。

 無音のメッセージ。それなのに感情的で、はっきりと伝わる想い。

 透子は大きく吸って、頷いた。


「うん。そう、だよね。きっと来てくれるよね」 


 弱気な心に鞭打って、彼女は仲間を待つ選択肢を選んだ。

 それがどれだけ困難であるかなど、理解できないわけではないのに。それなのに彼女は、仲間を、相棒を信じる道を選んだ。


「良い目だ、平和島。行くぞ」


 そんな平和島の瞳を見て、王城は笑った。


「セレナ! 相手のリズムを見極めて!」


 透子の指示を受け、セレナはフリードリヒの連撃を少しずついなしていく。

 それはリズムを刻むように軽やかだ。


「ほう……」


 この戦い方は遥香とリリィのもの。相手と呼吸を合わせ、リズムを読み、攻撃を回避していく。


「セレナ、右に注意して!」


 フリードリヒの左拳が振るわれる前に透子はセレナへと指示を出す。それに従いセレナはフリードリヒの拳を弾き、水の槍を放った。直撃ではなかったがその攻撃はフリードリヒを掠めた。


「足元にウォータフレア!」


 セレナは透子の指示を一切疑わずに自分の足元にアビリティを使用する。水蒸気が目隠しのように辺りに広まるが、フリードリヒは地面を思い切り殴った風圧でそれを吹き飛ばした。


「む……どこに……」


 水蒸気が消えたもののセレナの姿は見えない。


「上か」


 上空に視界を向けた王城とフリードリヒ。予想通りにセレナは上空で剣を振り上げていた。


「アビリティの勢いを使って浮いたか。面白い戦い方をする」

「いっけぇぇぇぇぇ!」


 セレナが全力で振り下ろした剣を、フリードリヒはぱしりと両の掌で受け止めた。


「嘘……真剣白刃取り!?」

「俺のフリードリヒならこれぐらい造作もない」


 そのまま剣を奪い取ろうとフリードリヒは体を捻じるが、そうはさせまいとセレナは後頭部に蹴りを入れ回避した。


「ふむ……それは高遠の機転か?」

「……」


 王城の問いに透子は答えない。


「セレナ、突進!」


 間髪入れずにセレナは相手の懐に入り、勢いよく剣を突く。


「その猛進さ、日代だな?」


 王城とフリードリヒはその攻撃を楽しそうに躱す。


「セレナ!」


 セレナは剣を持たぬ手でフリードリヒの衣服を掴み、ぐるり体を捻り再度剣を振るった。


「効かぬ」

「セレナ、ファイアウォール!」


 攻撃を防がれることは織り込み済みなのか、すぐにセレナはアビリティを放つ。

 炎はフリードリヒを中心に狭く囲む。


「なるほど、仲間が使う技を使用するということは、天広か」

「セレナ、離れて!」


 足を踏み込み、フリードリヒは炎を打ち消した。


「良く動く相棒だ。日代の相棒と違いトロくない」


 一連の行動でダメージはあるはずなのに、フリードリヒは気にしていないようだった。


「しかしまだまだだ」


 フリードリヒは首の骨を一度だけ鳴らした。


「お前がプライド・プレイヤーだという確証はないが、確信はある」


 フリードリヒは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「行くぞ、平和島透子」

「セレナ、来るよ!」


 音もなくフリードリヒはセレナと間合いを詰めた。


「手加減はもうせんぞ?」


 その一言と共に、セレナは吹き飛ばされていた。


「セレナ!?」


 一度のみ咳き込み、セレナは自分の唇を強く噛む。


「またクリティカルではないか」


 フリードリヒは再度距離を詰め、二度軽い一撃を放つ。セレナの足元がふらついたその時、フリードリヒは踵落としをセレナの後頭部に放った。防ぎようのなかった攻撃にセレナは地面に叩き付けられる。


「今すぐそこから離れて!」


 無理矢理にセレナは体を回転させ、その場から逃げる。フリードリヒの追撃は回避できたが、彼女はまだ起き上がれない。


「起こしてやろう」


 フリードリヒはその場で足を踏み込むと、地面が隆起する。それに巻き込まれ、セレナは宙に浮かされる。


「しっかり当てろよ、フリードリヒ」


 フリードリヒは頷くと、体全体を使って拳を振り切った。


――セレナに攻撃がクリティカルヒットしました。


 土煙を上げながら、セレナは吹き飛ばされた。


「よし、ようやっとだな」


 満足したように王城は言うが、気は緩める様子は見せない。少ししてセレナは片膝を付きながらも体を起こす。


「ステータスから考えるに貴様の相棒は脆いはずだが、中々どうして良く耐えるな」


 フリードリヒはゆっくりとした足取りでセレナへと近付いた。警戒は緩めていないが、それでも余裕は見られた。


「さて、降参するか?」

「……しません!」


 透子の答えにセレナは両の目をはっきりと見開き、剣で突きを繰り出す。だが、それを片手でフリードリヒは弾いた。


「まだ足りないか? ならばその気にさせるだけだ」


 フリードリヒはセレナを強く殴ることで倒れさせ、馬乗りの姿勢を取る。

 そして何度も、何度も何度も執拗に、フリードリヒはセレナを痛め付けた。

 やがて反撃する体力が失せたセレナを、フリードリヒはその屈強な腕で軽々と持ち上げる。


「敗北を認めろ、平和島透子。貴様の敗けだ」


 王城の重い言葉が、透子の胸に深く突き刺さる。


「認めません!」

「そうか。フリードリヒ、腕を潰せ」


 フリードリヒはその大きな手で容易くセレナの剣を持つ右腕を捻り潰した。そして痛みに歪むセレナを見ながら、フリードリヒは潰した箇所から下を引き千切る。

 血は出ないが、千切れた箇所からはノイズが走り、より痛々しく見える。


「次は肩だ、潰せ」


 フリードリヒはその手でセレナの右肩を握り潰した。

 ぐちゃりと、プログラムとは思えない生々しい音が響き、セレナの顔にはっきりと苦痛の表情が浮かんだ。

 声が出せないはずの相棒の叫びが、よりはっきりと聞こえるように透子は錯覚する。


「セレナ!」


 セレナの瞳には涙が浮かび、口を大きく広げている。


「平和島透子。降参するか?」

「セレ、ナ……」


 敗けを認めれば良い。そうすれば自分の相棒は助かる。呪いにも似た誘惑が瞬間透子を惑わす。そんな刹那、透子はセレナと目が合った。セレナの瞳は熱い炎が宿っているで、何一つとして諦めていないことがしっかりと伝わる。その熱に透子の心震え、敗北の誘惑を打ち消した。


「セレナ! 戦いなさい!」


 強い意思を帯びた言葉が、セレナを動かした。

 残った腕でセレナはフリードリヒの腕を掴み、鋭く睨み付ける。


「まだ諦めないか、馬鹿が」


 フリードリヒはセレナを叩き付ける。


「戦いなさいセレナ! 腕がないのなら、足で! 足がないのなら、噛み付いてでも!」


 あぁ、なんて残酷な命令だろう。

 それでも、彼女には戦ってほしい。どんなに残酷でも、彼女の気持ちを無下にはしたくない。


「噛み付いて戦う、か。面白い。フリードリヒ、足を潰せ」


 フリードリヒはセレナの両足を一本ずつ踏み砕いた。


「戦って……諦めないでセレナ!!」


 叫ぶように口を大きく広げながら、セレナはそれでも這ってフリードリヒの足へと噛み付いた。


「無様だな。痛め付けろ、フリードリヒ」


 王城の冷酷な命令にフリードリヒは頷き、セレナの頭を蹴り飛ばした。

 それでもまだ……まだセレナは這ってフリードリヒに噛みつく。


「セレナっ!」

「もう諦めろ。これ以上無理強いしては、相棒に見放されるぞ」


 王城の眼光が透子を射抜くが、それでも透子はまだ彼女に命じる。


「諦めないでセレナ! 絶対に、絶対に諦めないで!」


 その言葉を聞いて、王城はとても大きくため息をついた。


「トラウマを植え付けて何になる? 今相棒を真の意味で傷付けているのはお前自身だぞ、平和島透子」

「うるさぁい!」


 透子らしからぬ、強い否定の言葉。


「ここで諦めたら、こんなところで諦めたら! 私はセレナと相棒でいられない! この子を裏切るなんてこと、私はしない! セレナ! 戦いなさい! 絶対、みんなが来るから!!」


 それを聞いて王城は鼻で笑う。


「貴様の仲間は来ない。敗北を認めろ。お前達はよくやった。一度でも包囲から逃げ出した。上出来だ」

「だって、ここで降参したら負けちゃうから! みんなで勝つって、決めたんだもん! わだしは! わだしだちは、絶対に降参なんかしません!!」


 透子の言葉にセレナは更に力を込めて噛みついた。


「これ以上大切な相棒を傷付けたいか? ならばここで倒れろ」

「セレナ! もっと戦いなさい! みんなと一緒に、この誇りを守るために!」

「くだらん。フリードリヒ。もう一本の腕も潰してしまえ」


 フリードリヒは頷き、ぐっと固く拳を握る。


「諦めない……私は、セレナを信じる!」

「それは信頼ではない。過信であり傲慢だ。哀れだな相棒も。貴様ごときの下でなければ、まだ戦えたろうに」 


 王城の侮蔑の一言。

 その一言が……セレナの逆鱗に触れた。

 降り下ろされた拳を、蒼穹の輝きが阻む。


――侮辱……しましたね。私のマスターを。私のマスターの信頼を、信念を、信愛を嘲笑いましたね。私はプログラムだ。私は生きていない! それでもこの心は本物です!


 文字だけが、この場に響いた。


――だからこそ、あなたに最大の激昂を私は抱きます、フリードリヒのマスター。私のマスター、平和島透子は私にとって最高のマスターだ。彼女は優しい。そんな彼女が泣きながら戦えと命じてくれた。私の身を案じない訳がないのに、それでも戦えと。仲間のために、マスターのために、そして私のために。


 それはセレナの思いの丈だ。話せないからこそ、彼女は文字で伝えるのだ。


――だからこそ私は、彼女に応える義務がある。そして応えましょう、マスター。今では足りないから、新しい力を伴って。


 プログラムが人間に感情を語るのだ。


――心してかかってきなさい。私は名も無き国の王女。優しき思い出より生まれ出た、平和島透子の相棒だ!


 輝きが弾け、瞬間で収束する。その光の中には、全ての傷が癒え、新しい姿となったセレナがいた。


「セレナ……?」


 セレナは慈しむように頷いた。

 勝ちにいきます。

 彼女がそう言っているように透子は確信した。


「うん……うん!」

「フリードリヒ、切り替えろ。今までとは違うぞ」


 フリードリヒが渾身の一撃をもって拳を打つが、それをセレナは受け止めた。

 フリードリヒの表情に緊張の色が僅かに浮かぶ。


「お前を叩き潰し、俺たちは勝利する」


 王城の言葉に、フリードリヒは頷いた。


「絶対に……諦めない!」


――セレナが信念、ランクCを取得しました。スキル、信念。ランクCが発動しています。一対一での戦闘時、全ステータス、全スキルとアビリティ効果が上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


「ちっ、面倒なスキルを! 潰せ、フリードリヒ!」


 フリードリヒの猛攻にセレナが押される。


「セレナ! あなたの想いはそんなものじゃないでしょう!? 戦いなさい!」


 吠えるようにセレナは一歩力強く踏み込んだ。


――セレナ、信念Cがランクアップします。信念Bが自動発動します。一対一での戦闘時、全ステータスが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。また、ランクA以上の場合クリティカルの発生率が上昇します。


 フリードリヒの猛攻を、セレナは僅かに抑えた。


「まだ、足りない!! まだ!」


 透子の言葉は更にセレナへと力を与える。


――セレナ、信念Bがランクアップします。信念Aが自動発動します。一対一での戦闘時、全ステータスが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


「まだ上がるか!」

「こんなものじゃない! 私の……私たちのこの想いは!!」


――セレナ、信念Aがランクアップします。信念Sが自動発動します。敵との一対一での戦闘時、全ステータスが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。また、ランクA以上の場合クリティカルの発生率が上昇します。


 遂に、セレナがフリードリヒを押し始める。


「負けません……! みんなの誇りを守るために!」


 あのフリードリヒをセレナは一振りで吹き飛ばした。

 しかしフリードリヒはすぐに体勢を立て直す。


「フリードリヒ……もういい。倒すぞ」


 王城の一言で、フリードリヒの体を真っ赤な闘気が包み込む。


「もう降参させるなど甘い真似はやめる。完膚なきまでに倒せ」


 フリードリヒの連撃が打ち込まれる。セレナは全てを防ぐことは きないが、致命傷になるであろう一撃は防ぎ、反撃していた。


「セレナ、負けないで!」


 透子の声援にセレナは頷き、大きく一歩を踏み込み剣を横に薙ぐ。それを後退して避けたフリードリヒはまた間合いを詰めようとしたが、それをフリードリヒは躊躇う。


「どうした、フリードリヒ」


 フリードリヒは拳を握りつつ、しばらくセレナを睨み付けていた。


「なるほど。確かにあれに踏み込むのは少々躊躇うか」


 セレナの気迫に、フリードリヒは一歩を踏み込めなかった。

 かかってこい。返り討ちにしてやる。

 ぴりぴりとするほどの気迫はセレナからだけではない。近くにいる透子からもまた、同じようなものが発せられていた。


「良いぞ、平和島。校内で貴様のような奴と戦えるとは思わなかった」


 慎重に、だが大胆に。フリードリヒは間合いを詰め再び拳を打ち込む。

 攻防は激しかった。フリードリヒの一撃が入れば、それに見合う一撃をセレナは返した。そのような戦いは短く、鮮烈に終わりの兆しを見せた。


「もう限界か?」


 攻撃の精度が落ちないフリードリヒに対し、セレナの一撃は徐々に鈍くなっていく。そしてそれは彼女の体力の限界を意味している。


「……っ!」


 どれだけ気持ちが強くても、それだけでは上回れないものもある。


「レベル差なんて……とっくにわかってる!」


 それでもセレナは剣を振るう。


「そんなもの、私達は覆してきた!」


 透子の胸の内に、仲間の顔が浮かんだ。

 どんなときでも諦めず、仲間のために動いた太陽。

 常に冷静に、皆をまとめ続けた正詠。

 くじけても、それでも前を向いた遥香。

 守るために、その身を盾にしていた蓮。


「私も……私達も、チーム・太陽だから!」


 自分は何をした?

 ただ太陽に相手のスキルを伝えただけではないか。

 ならば、せめて。


「私達は、彼らの誇りを守ってみせる!」


 託されたのは誇りだ。それを託されたのだから、ここで挫けるものか。彼らの誇りは今でも胸の内にある。それを、容易く手放すものか。


「絶対に、諦めない!」


 負けるものか。

 諦めるものか。

 奪われてなるものか。


「気を抜くな、フリードリヒ」

「諦めないで、セレナ!」


 一撃が交差する。

 フリードリヒの拳はセレナの腹部へと。

 セレナの刃はフリードリヒの肩へと。

 ぐらりと体が傾いたのは、セレナだった。


「セレ、ナ……?」


――セレナに攻撃がクリティカルヒットしました。


 歯を食い縛るセレナ。しかし、それは。


「よく、頑張ったね……」


 ようやく現れた仲間へ、「遅い」と伝えるものだった。


「待たせたな、透子」


 桜色の着物をはためかせる、テラス。


「随分と好き勝手にやってくれたじゃねぇか」


 黒衣の騎士、ノクト。

 太陽と蓮、二人。相棒の姿はぼろぼろで、それはここまで来るのにどれだけ激戦があったかを物語っていた。


「すぐにそのふざけたスキルの邪魔してやりますよ、王城先輩!」


 太陽の一言で、ノクトは地面を隆起させた。そしてそれを粉微塵に砕いたテラス。破片は爆発を起こす。


――スキルエラー。一対一の戦闘を維持できません。決闘効果が消滅します。


「次は俺達が相手だ」


 ノクトは大剣の切っ先をフリードリヒに向けた。


「くく、良いだろう」


 フリードリヒは首の骨を鳴らしながら、二人に目を向けた。



   情報熟練者/8/情報初心者



 私は逃げません。ごめんなさい、相棒マスター

 テラスは刀を握る手に、より強い力を込めた。


「テラス! 今は逃げることが仲間を助ける方法なんだ!」


 それでもテラスは首を振り、刀を構え直す。


「ははっ! 反抗期ってやつかね!? おもしれぇなぁお前の相棒は!」


 晴野先輩はテラスを茶化すが、今はそんなものにかまっている場合ではなかった。

 テラスは、〝逃げない〟とはっきり言った。このような状況でも、〝逃げない〟と。


「太陽、早く逃げ……」


 正詠が急かすように声を上げるが、それを聞かずにテラスは踊遊鬼に向かって走り出す。


「あの馬鹿っ!」


 正詠がすぐに踊遊鬼に矢を放ち、テラスへの攻撃を防ごうとする。だがそれをイリーナが風を巻き起こして吹き飛ばす。


「くそっ……またかよ!」


 風音先輩は遥香の相手をしながらも、ちらりと正詠を見て微笑みを浮かべた。


「可愛いねぇ! 若さ故の誤ち、嫌いじゃないぜ! 踊遊鬼、とびっきりで迎え撃て!」


 踊遊鬼は弓をより強く引き絞る。すると矢の先から光の粒子が溢れ、徐々に矢全体を覆っていく。


「チャージ時間があるのが難点だけどな。威力はもう知ってるよな?」


 晴野先輩の口ぶりから、今使おうとしているスキルは開幕早々に使ったものだ。


「テラス! あれはやばい! 逃げろ!」


 テラスの着物の裾を掴むが、そんなこと意にも介さずテラスは進んでいく。


――私がもっと強くなれば、あなたは私を誇れますか?


「テラス!」

「これでゲームセットだ! 放て、踊遊鬼!」


 破壊の矢は放たれた。

 地面を抉り、音を割り、視界を真っ白に壊しながら。

 テラスと僕は一瞬で光に飲み込まれる。

 あぁ、自分達はここまで来て負けるのだ。そんなことをぼんやりと考えた。

 けれど、それと同時に。


――私がもっと強ければ、あなたはまた、私に笑顔を向けてくれますか?


 テラスのメッセージが確かに見えた。


「あぁもう何でうちの大将とその相棒はいつもいつもわがままかなぁ!」

「文句を言うな遥香! 今は蓮とノクトを支えろ!」

「本当に手のかかる大将だなテメェは!」


 目の前には仲間がいた。

 ノクトを先頭に、その背中をロビンとリリィが必死に支えている。


――――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。


「みんな……」


 相棒達はこちらに視線を向けた。決して楽な状況ではないのに、彼らは笑みを浮かべている。


「太陽! 俺も遥香も蓮も!」

「みんなで勝ちたいの!」

「だから俺を支えろ! 俺のノクトがお前らを守るために!」


 僕が何か言うよりも早く、テラスはノクトの背中を支えた。


「耐えろよ、ノクトぉぉぉぉ!」


 蓮の叫びの中、破壊の矢はノクトを中心に二手に分かれた。


「ノクトぉ! こんなところで倒れんなよ! お前はまだセレナを守ってねぇ!」


 蓮の言葉を聞いて、ノクトは一歩を踏み込んだ。


「ここで倒れる訳には……いかねぇんだよ!」


――スキル、守護。オーバーロード。スキル、誓いの盾Aへと変化します。スキル、誓いの盾。ランクAが発動します。。自相棒の近距離にいる味方を対象、もしくは対象にされた場合のみ使用可能。ランクに応じた回数分、相手の攻撃を無効化します。


「弾け、ノクトォォォォ!」


 破壊の矢は光を撒き散らし、消え失せた。


「ノクトが耐えた、攻めるぞぉぉぉぉぉ!」


 正詠の一喝。狙うは踊遊鬼!


「おもしれぇ! 踊遊鬼、返り討ちにしてやれ!」


 素早く矢を放つ踊遊鬼。それを僕らは防御などせずに特攻する。


「桜!」

「わかっています!」


 踊遊鬼の援護にイリーナが入る。


「テラス、わがまま言った責任は取るぞ!」


 ノクトやロビン、リリィを抜いて、テラスは先頭に立ち突進する。


「いいぜ、かかってこいよ!」


 それを迎え撃とうと踊遊鬼は矢を向ける。


「テラァァァァァス!」


 テラスが僕の叫びと共に刀を振り上げた。


――また……あなたの笑顔を見たいから。


――テラスが顕現、ランクAを取得しました。スキル、顕現。ランクAが発動します。こちらからの攻撃時、全ステータスランクが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


 テラスの姿が一瞬変化する。


「なんっ!?」


 放たれた矢はテラスに当たるが、棒切れのように折れて弾かれた。


「いっけぇぇぇぇ!」


 刀は降り下ろされる。踊遊鬼はすぐに後退したが、その一撃を避けきれず、ダメージを負う。


「ふざけやがって……!」


 ぐらつく体で三本矢を放ち、それをテラスはまともに受けた。叫ぶようにテラスはその矢を抜き、踊遊鬼を睨み付ける。


「化け物かよ、お前の相棒は!」


 言葉とは裏腹に、晴野先輩は楽しそうに笑う。踊遊鬼はまたすぐに矢を放つが、それを避ける様子もなくテラスは受け、先程と同じように矢を抜いた。


「ダメージは蓄積されている! 私がトドメを指します、晴野!」


 イリーナが今度は槍尻ではなく、刃先をこちらに向け突きを放つ。だが、それをノクトが受け止める。急所は外れているが、致命傷だ。


「うちの大将の邪魔を……」


 一拍溜めて。


「するなぁぁぁぁ!」


 蓮の咆哮と共に、ノクトはイリーナを殴り飛ばした。


「くそっ、スキル効果が切れてたか! 桜、無事か!?」

「大丈夫、イリーナはまだやれます!」


 ノクトは槍を抜き、それをイリーナへと投げ飛ばす。


「おい、太陽!」

「わかってる。テラス! 逃げないのなら、助ける以外選択肢はないぞ!」


 テラスは僕の言葉に頷きはしなかった。しかし、意思はちゃんと伝わり、刀を握り直す。


「正詠、晴野先輩を! 遥香、風音先輩を!」

「任せろ、大将!」

「りょーかい! ちゃあんと透子を助けてよね!」


 二人は互いの相手に向き直る。


「だから逃がさねぇって……!」


――スキル、挑発。ランクAが発動しました。全攻撃、全スキル、全アビリティで、スキル使用者以外を選択不可能となります。


 踊遊鬼のスキルが発動する。


「僕らはあんたを攻撃対象にするわけじゃねぇ!」


 テラスが先行して地面を蹴る。


「その邪魔をするのが私ですよ?」


 体勢を立て直したイリーナがテラスの前に槍を構えて立った。


「そこをどけぇぇぇぇ!」


 テラスは速度を落とすことも避ける仕草もせずにイリーナへと突っ込んだ。


「なっ!?」

「蓮!」

「おう!」

「邪魔するならそのまま突き進むだけだ! 行けぇぇぇぇ!」


 テラスの背中をノクトが押す。

 二人の勢いは止まらずそのままイリーナを連れていく。


「有り得ない……さっきまでは!」


 イリーナは体を捻りその突進から逃れた。


「行くぞ!」


 そして僕たちは、この場を後にした。



   情報熟練者/9/情報初心者



「次は俺達が相手だ」


 ノクトは大剣の切っ先をフリードリヒに向けた。


「良いだろう」


 フリードリヒは首の骨を鳴らしながら、こちらに目を向けた。


――スキル、勝利への執念。ランクSが発動しました。相手チームよりこちらの数が少ないとき、全ステータスが上昇します。


 フリードリヒの目つきが変わる。あれは、獣の目つきだ。獲物を見つけ、それを仕留めることだけに集中している。

 ぞわりと感覚が波立つ。


「蓮ちゃん、太陽くん……」


 剣を杖代わりに立つセレナの近くで、透子は涙を浮かべていた。


「ありがとう、透子。一人で辛かったろ? もう大丈夫だ。正詠と遥香もきっとすぐに来るから」

「……うんっ!」


 そんな状況の中、セレナはゆっくりとノクトに歩み寄る。

 テラスがその様子に気付くと、ずいとノクトの前に出た。気を遣っているつもりなのだろう。それを察してか、ノクトは大剣を地面に刺しセレナを支えた。

 二人の相棒はしばらく見つめ合う。そしてセレナはぼろぼろと涙を溢し始めた。

 その涙をノクトは拭い、セレナをぎゅっと抱き締め、すぐにフリードリヒへと視線を向けた。


「行くぞ、ノクト」


 蓮の言葉に、ノクトは頷いた。


「リターンマッチだ!」


 短い一言にノクトが吠える。

 声は出ていないというのに、空気が震えた。


――スキル、怒涛。ランクAが発動します。攻撃が上昇し、防御が低下します。


「まずは貴様からか!」


 ノクトの一撃を真正面からフリードリヒは受け止める。


「透子もセレナも俺達のために戦った。次は俺たちがあいつらのために戦う!」


 大剣を扱っているとは思えないほどの連撃が繰り返される。フリードリヒはそれを器用にガントレットで弾き防いでいくが、いつの間にか体の至るところから血を流し始めた。


「これは……」


 剣圧は真空を僅かに巻き起こし、フリードリヒを傷付けていた。


「ノクト、下がれ!」


 ノクトが後退すると、テラスが前に出て刀を振るう。


――スキル、顕現。ランクAが発動しています。こちらからの攻撃時、全ステータスランクが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。


 テラスの攻撃を防ぎきれずフリードリヒは吹き飛ばされた。


「なるほど、そのスキルで風音と晴野を突破したか」

「ちげぇよ」


 テラスは刀を構え直す。


「スキルでここまで来れたわけじゃない」

「ほう?」

「テラスが逃げたくないって言ったからだ!」


 再度テラスは突進。


「ははっ! それだけか! 面白い! フリードリヒ、構わん! 抜剣しろ!」


 そしてフリードリヒは今まで使うことのなかった大剣を抜いた。

 重い金属音が余韻を残しながら響く。


「全国まで使わない予定だったが、貴様らになら使ってもいいだろう」


 抜き放たれた大剣は無骨だが、美しかった。刀身に僅かに浮かぶ金色の幾何学紋様。鍔はなく、柄には真新しい白い布が巻き付けられていた。


「……それは」

「安心しろ、何か特別なものではない」


 確かに、風音先輩の天馬のようなものではないらしい。けれどそれを持つフリードリヒには、徐々に力が注がれているように錯覚する。


「相棒には感情があり、性格がある」


 一歩フリードリヒは踏み出し、その分テラスが押される。


「そして勿論、こいつらにも好き嫌いはある」


 また一歩、フリードリヒが踏み出し、テラスが押された。


「〝俺の得意分野が〝こいつの得意分野〟とは限らない」


 テラスの刀を弾き、フリードリヒは頭突きをする。大剣に気を取られていたテラスはそれを避けることはできなかった。


「得意分野が分かれるの非常に稀だが、な」


 その後すぐに大剣を振り下げた。ノクトがテラスの襟首を引くことでその一撃が当たることはなかった。


「助かったよ、蓮」

「油断するなよ、太陽」


 大剣の切っ先を地面へ半円を描くように擦ると、フリードリヒは一歩踏み込む。


「フリードリヒ、お前に任せる」


 王城先輩の命令に嬉しそうに頷いた。

 横に振るわれた大剣から突風が巻き起こり、僕たちに襲いかかる。その風は鋭く刃物のように吹き荒れた。


「あんたの相棒もあんた自身も、ホントチートだよな!」


 その風はテラスのファイアウォールで防げたが、すぐさまにフリードリヒは間合いを詰めた。


「全国はこんなものではないぞ?」


 フリードリヒの攻撃はあまりにも素早い。ノクトとは違い武器の重さで威力だけで上げるものではない。スピードと重量、そして経験。そこから繰り出される一撃は、先程までとの拳とはまた違う破壊力を伴っている。

 なんとか躱したテラスだが、フリードリヒの一撃は大地を割き、地鳴りを起こす。


「化け物のような奴など腐るほどいる」

「あなたもその一人でしょうが!」

「そうかもしれんな!」


 テラスもノクトも反撃の機会を伺えず、防ぐか避けるかに精一杯だった。


「失策だったぞ、貴様らは。晴野や風音ならば、一対一で負けぬ」

「ははっ! 正詠と遥香ならそういう状況程根性見せますよ!」

「それでも勝てないさ、俺の仲間は……」


 王城先輩が言葉を繋げている途中、土煙を巻き起こしながらイリーナがこの場へと現れた。


「強いからな」


 にやりと王城先輩は笑みを浮かべた。その土煙が晴れる前に踊遊鬼も現れたことで、王城先輩の笑みはより確信めいたものになる。


「遅いぞ、風音」


 余裕のある一言。まだ土煙が消えない中、リリィが追いかけるように現れる。


「遥香、リリィ……」

 リリィの登場で土煙は晴れていく。

 現れたリリィはぼろぼろで、肩で大きく息をしている。


「お前、大丈夫なのか?」

「うるっさい! あと……あと少しで逃げられただけ!」


 遥香が悔しそうに言うと、リリィはイリーナを睨み付けた。

 その視線を僕と蓮が追う。


「はは、やるじゃん、遥香」


 今までとは全く違う姿のイリーナ。衣服の一部は千切れ、髪は乱れている。顔にはいくつも痣があり、怒りに満ちた表情でリリィを睨み返している。


「どういうことだ、風音?」

「ごめんなさい。ちょっと……いいえ、大分てこずって」

「晴野はどうし……」


 王城先輩と風音先輩の会話の途中で爆発が数度起きる。


「この野郎……遠慮ってもんがねぇなぁ!」

「ロビン! 相手に攻撃させるな!」


 ロビンが矢を射れば踊遊鬼がそれを弾く。しかし、それは地面で爆発し、踊遊鬼の反撃の機会を奪う。かといって踊遊鬼が矢を弾くことをやめ回避し始めると、雨のように矢をロビンは放った。


「正詠!」

「遅れた、すまん」


 リリィと同じぐらいに、ロビンもぼろぼろだった。

 いつの間にか全員がこの場に揃い向かい合う。


「王城先輩」

「……」


 眉間に皺を寄せながら、王城先輩の瞳が向けられる。


「風音先輩と晴野先輩を遥香と正詠に当てたのは上策だったみたいだ」

「天広……!」

「こいつらは、強いから!」

「フリードリヒ、叩き潰せ!」

「テラス……!」


 僕には何一つとして才能なんてない。そんな僕のところにに生れたテラスも、一人では戦えない。だから、仲間に頼ることしかできない。自分一人では何もできないから。

「他力本願セット、天賦の才!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル天賦の才Bがランクアップし、天賦の才Sになります。

――スキル、天賦の才S。全ステータス上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


 だから頼る。正詠の才能に。


「面倒なスキルだなっ!」


 フリードリヒの大剣とテラスの刀がせめぎ合う。


「テラス、他力本願セット、根性!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル根性Aがランクアップし、根性EXになります。

――スキル、根性EX。体力低下に応じ、攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


 だから助けてもらう。遥香の根性に。


「このっ……!」

「テラス、他力本願セット、怒涛!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル怒涛Aがランクアップし、怒涛EXになります。

――スキル、怒涛EX。攻撃が上昇し防御が低下します。


 だから守ってもらう。蓮の気概に。


「テラス、振り抜けぇ!」


 テラスの力が勝り、フリードリヒの大剣を弾く。そしてすぐさまテラスは一撃をフリードリヒに放つ。

 ぐらつくフリードリヒを見て、イリーナと踊遊鬼が援護に入ろうとするが、それをリリィとロビンが防ぐ。


――残り五分です。


「テラス、他力本願セット、信念!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル信念Sがランクアップし、信念EXになります。

――スキル、信念EX。敵との一対一での戦闘時、全ステータスが上昇します。このスキルはあらゆるスキル、アビリティの効果を受けず、どのような条件でも無効化されません。また、ランクA以上の場合クリティカルの発生率が上昇します。

――スキルエラー。一対一の戦闘を維持できません。信念効果が消滅します。


 だから手を借りる。透子の気持ちに。


「はっ! 仲間のスキルを読み違えたか!」

「これでいい!」


 僕がどんな状況でも、みんなは支えてくれた。僕もテラスもわがままばかりだったけど、文句を言いながらもみんなが叶えてくれた。

 だから僕らが今度は……みんなのために動く!


「テラス!」


 テラスの刀が降り下ろされる。


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


 そしてテラスは体当たりをしてフリードリヒを吹き飛ばす。


「「翼!」」


 晴野先輩と風音先輩が叫び、王城先輩の元に駆け寄ろうとするが、それを正詠と遥香がしっかりと遮った。


「透子、お前が決めろっ!」


 僕の声に、後ろにいる透子が頷いた。


「そこをどけ、高遠!」


 はっきりと焦りが見える晴野先輩。


「蓮が開いた活路は、俺が切り開く。切り開いた道の邪魔なもんは、遥香がぶち壊す。その道を進む透子の殿は、太陽が努める。行け、透子! この道はお前のものだ!!」


 がっしりと、ロビンは踊遊鬼を掴んで離さない。

 それを見ていた風音先輩がイリーナの機動力でリリィを振り切ろうとするが。


「さっきから……本当にしつこいっ!」

「あんたに言われたくないっての! 透子、一番おいしいところはあげる!」


 遥香とリリィが逃がすわけがない。


「行けるな、透子?」


 セレナを支えるノクト。


「うん、行けるよ。私とセレナは、大丈夫!」


 透子の答えに、セレナは瞳に涙を溜めながらも、フリードリヒに向かった。


「王城先輩、これで終わりです!」

「ははっ! お前らは本当に……楽しい奴らだ!」


 体勢を整えきれないフリードリヒへと、セレナの剣先が刺さるその刹那。


『ギャハハハハハハハ! ガキ共のごっこ遊びは楽しいなぁ楽しいなぁぁぁぁぁぁ!!』


 耳障りな笑い声と落雷が、辺り一面に広がった。

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