第七章 乗り越えるべき試練
試練/1
木々のさざめきが、僅かな足音を消していた。しかし、獣のような息遣いははっきりと聞こえる矛盾。
『いいか太陽。お前は出来る限り目立って逃げろ』
小枝を踏んで、周りを探る動作は大げさに音を立てながら。泥濘を歩き軌跡を残し、出来うる限り敵を誘う。
『攻撃を仕掛けられたら、スキルを使え。そうすれば俺たちの勝ちだ』
ただ幼馴染の言葉を信じて。
僕とテラスは大げさに逃走劇を演じていた。
ぴりぴりとした殺気が漂っているのに、〝敵〟は一切攻撃を仕掛けてこない不気味。何度も大きな隙を見せているのに、何故誰も攻撃を仕掛けない? 何故張り詰めた殺気を放っているのに、〝仕掛けてこない〟?
慎重か? 恐怖か? それとも驕りか?
そのどれでもない。どの殺気を放つ者も、今か今かと機会を伺っている。武器を掴み、あと僅かなきっかけで全員が一斉に襲い掛かってくるというのに。
それなのに、彼らは一切〝仕掛けてこない”。来る、と思った瞬間でも……仕留められるその瞬間でも、絶対に仕掛けてこない。逆に緊張しすぎで吐き出しそうになる。
「テラス、耐えられるか?」
何度目かの殺気を感じ取り、僕はテラスに話しかける。テラスは細く息を吐きながら、彼女は笑みを向けた。
大丈夫。
その笑みは、相手を気遣う優しい笑みだ。
この笑顔は知っている。自分の気持ちも何もかもを包み隠して向ける笑みだ。
「テラス。頼むからその顔はやめてくれないか」
辛くなるんだ。悲しくて、苦しくて……愛しすぎて胸が苦しくなるから。
テラスは不思議そうに首を傾げたが、少しして無理矢理納得したのか首を縦に振った。
「良い子だ」
がさり。
何度目かの相手の行動。しかし、今までとは違う。
――スキル、応援。ランクAが発動しました。リーダー・トウマの攻撃力を上昇させます。
――スキル、応援。ランクBが発動しました。リーダー・トウマの攻撃力を上昇させます。
――スキル、応援。ランクCが発動しました。リーダー・トウマの攻撃力を上昇させます。
――スキル、先手必勝。ランクAが発動しました。初手をトウマから仕掛けたことで、トウマの攻撃力が上昇し、防御力が低下します。
――スキル、一騎当千。ランクCが発動しました。スキル発動者以外が攻撃をしていないため攻撃力を上昇します。
「取ったりぃぃぃぃぃ! チーム太陽!」
『攻撃を仕掛けられたら、スキルを使え。そうすれば俺たちの勝ちだ』
正詠の作戦を遂行しなくて何が仲間か!
「テラス、招集!」
――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。
我らチーム太陽のメンバー全員が揃う。
「セレナ、ガートアップ!」
平和島の援護アビリティがノクトのス テータスを上昇させる。
「ノクト、守れ!」
――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。
ノクトは僕のテラスに向けられた攻撃を受け止めて、相手をぎろりと睨み付けた。
「こんなもんかよ、柔道部大将?」
がっしりと攻撃を受け止めたノクトは、返しの刃で相手に斬り付けた。
「ノクト、バスター!」
日代の攻撃に続き、全員で勝負を仕掛ける。
「ロビン、ブロークン!」
「リリィ、臥王拳!」
「テラス、一刀!」
「セレナ、アクアブラスト!」
日代の攻撃が当たったことで相手の態勢が崩れる。その隙に、前回も大活躍したアビリティを打ち込んでいった。
――トウマ、戦闘不能。よって、チーム・太陽の勝利です。
あまりにもあっさりと、勝負はついた。
「本当に勝っちまった……」
フルダイブから戻り、ヘルメットを外した。
正詠を見ると緊張がまだ残る笑みを僕に向けている。
『準決勝に駒を進めたのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 渾身の情報初心者チーム……太陽ぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
わぁっと歓声が沸いた。
試練/2
そしていつものホトホトラビットの角席。今日もおっちゃんから僕らは紅茶とケーキを奢ってもらっていた。
「いくらなんでもあっさりと勝ちすぎて怖いんだけど……」
二回戦の相手は柔道部の五人だった。正詠の読み通り、大将が最初の一撃を仕掛けてきて、それを僕らは迎え撃っただけだ。アビリティも初戦で見せただけのものだし、スキルも招集と守護だけ。二回戦というには、かなり上出来な勝利だ。
「ああいう脳筋は一回上手くいった作戦を二回、三回と使えると勘違いしてくれるから楽なんだよ」
正詠はニヒルな笑みを浮かべながら紅茶を口に運んだ。正詠の肩には全く同じ笑みを浮かべている。そんな彼をテーブルの上で女性陣三人、テラス、リリィ、セレナがポンポンを持って眺めていた。その中でもテラスは『ニヒリスト』と書かれた鉢巻を巻いており、更には『日本で五本指ぐらい』という旗を背中に挿していた。こいつ、実はかなり馬鹿にしているのでは。
「まぁ今回は優等生に感謝してやる」
前とは逆で、日代が素直に正詠に感謝を示す。
「素行不良にしては殊勝な心掛けだ。その感謝は素直に受け取っておこう」
二人はいつものような掛け合いを始めた。それに見かねて、僕は声をかける。
「っていうかさ、そろそろ……な?」
僕が左腕を出すと、みんな首を傾げた。
「何してんの、太陽。急に遊びたくなったの? 思いっきり叩いてあげようか?」
あまりにも的外れな遥香の言葉。
「ちげーよ馬鹿! 日代と平和島とはまだ同志宣誓してないだろ!」
ぽんと手を叩いた遥香と、「そういえばそうだったな」と改めて頷く正詠。
「日代大先生。さすがに恥ずかしいだろうがもう仲間なんだし……まぁ覚悟を決めろ」
正詠はからかいの笑みを向けて日代に言った。
「同志宣誓ってあのくっさいやつだろ? マジでやらないといけないのかよ?」
「いいじゃない、蓮ちゃん」
にっこりと笑みを向ける平和島に、日代は目元をひくつかせた。
「あぁもう……」
まさに鶴の一声。明らかに嫌がっていた日代だが、平和島の笑顔にはやはり弱いらしい。
「そんじゃ大将、口上はあんたに任せるからさ!」
何となくそんな風になる気はしていたが、遥香が僕にこんなことを言わなければもしかしたら正詠が言ってくれると期待していた自分がいたことは否定しない。
こいつは暴力的だけじゃなく、空気まで読めないようだ。
「おい馬鹿太陽。あんた今絶対私の悪口考えたろ」
空気は読めなくても心は読めるとかこいつ実は最強なんじゃね。
「えーこほん。天広 太陽は誓う。日代 蓮と平和島 透子を仲間として……これからも助け合い、支え合うことを」
平和島は何度か目をぱちくりさせて、やがて慈しむように笑みを浮かべ口上を口にする。
「平和島 透子は誓います。天広 太陽、高遠 正詠、日代 蓮を仲間として、これからも慈しみ合い、励まし合い、共に進むことを」
平和島の口上を聞いて、日代は大きくため息をついた。
「日代 蓮は誓う。天広 太陽、那須 遥香、高遠 正詠、平和島 透子を……その、なんだ……と、友として、仲間として、こ、ここ、これからも助けることを」
らしくない日代に言葉に、全員が声にはしなかったが笑っていた。
「高遠 正詠は誓う。平和島 透子、日代 蓮を友として、共に戦い、共に支え、共に信じ、共に進むことを」
「那須 遥香は誓う。日代 蓮を友として、これからもずっと支え合い、どのような苦境も乗り越えることを」
全員が顔を見合わせて。
「「「「「同志、宣誓!」」」」」
各々の相棒の体が僅かに光った。
やがてその光は消え、五人の相棒をテーブルの上で手を繋いで微笑んでいた。
「もうホント……こういう姿可愛すぎ」
頬杖をついて、遥香はそんなことを口にした。
「さて、相棒の愛らしい姿を鑑賞するのはそこそこにして、次の戦いの作戦会議だ」
正詠は机にノートを広げた。彼の顔には、いつもよりも余裕が見られなかった。
――……
正詠が話している内容を聞いて、僕らは全員が口を噤んだ。
それも仕方ないと言えば仕方ない。早くも校内大会は準決勝。しかも相手は、前回の準優勝チーム。チーム名は『一騎当千』。剣道部と空手部が合同となって作られているチームだ。相棒の平均レベルは四十五で、校内大会では高い方だ。、
「しかもこの中には全国を経験した人が二人もいる」
重い空気の中、正詠が口を開いた。だが、それにすかさずツッコミを入れる。
「いやいやいや。前回は王城さんのチームが優勝したんだろ? なんでこの中から出るんだよ」
「校内大会の優勝者はな、二人まで準優勝チームから借りられるんだ。公式大会では五人と補欠の二人が必須だからな」
正詠はノートに書かれている二人の名前を指で叩いた。
「まず、大将の進藤 剣。相棒名はツルギ。去年時点で確認できたスキルは、『一騎打ちB』、『文武両道C』、『逆上A』。次に副将の藤堂 奏。相棒名はエルレ。スキルは『守護A』、『一騎打ちB』、『静寂A』だな。」
正詠は平和島に視線を向ける。
「一騎打ちは指定した相手と強制的に一対一の戦いを強制できます。この間敵味方からの援護効果は得られません。文武両道は自動発動スキルで攻撃と魔力を上昇させます。逆上は敵から攻撃を受けると確率で全ステータスが上昇した状態で反撃が行えます。静寂は……なんだろ?」
平和島ってもしかしてゲームとか好きなのかな。
「静寂は敵味方のアビリティを無効化して一定時間使用不可能にする。この二人だけでも太陽とは相性最悪だ」
そう、その通り。これまではテラスが単独で動いていも招集でみんなを呼んで一人をタコ殴りにすれば勝てていた。でも今回はそうはいかない。例えみんなを呼んでも、一騎打ちを使われてしまっては結果的に一対一に持ち込まれる。
自慢じゃあないが、テラスは単独での戦闘性能が物凄く低い。そりゃあもう僕の学力と同じぐらい低い。
「少なくとも去年時点で、だからな。色々情報収集はしてるけど、今回の大会で今言ったスキル以外使われていない」
日代は正詠のノートをじっと見つめながら口を開く。
「基本ツーマンセル。初手でまず天広が招集を使って、俺と天広の二人で行動する。那須は単独だとまぁまぁな動きをするが防御がクソだから、透子と組んで行動しろ。優等生は単独で二チームの援護だ」
ぽかんとしていたのは僕だけではない。意外すぎるほどのアドバイスは、的確で全員が納得できるものだった。
「全く……」
正詠は深くため息をついた。
このため息は、知っている。
期待が、諦めに変わったときのため息だ。
「お前の才能……別の方向に伸ばせたろうに……」
一度伸び始めた根というものは、後戻りはできない。日代が伸ばしてしまった才能は簡単に修正できないのだから。
「じゃあ次のプライド・プレイヤーは日代にすんの?」
「んなわけねぇだろ、馬鹿か夏野菜」
「……ねぇ日代、夏野菜って私のことかしら?」
「てめェ以外誰がいるんだ、不人気夏野菜」
「正詠。こいつ一回殴っていい?」
何故か正詠に確認を取った遥香に、正詠は軽く笑った。
「一回ぐらい殴ってみるといい。こいつはきっと女を殴らないぞ」
「へぇ……殴っていい、日代?」
頭を振った日代に代わり、平和島が笑った。
「殴るな。それよりも今俺たちのスキルで何かできるか考えろ」
日代のもっともな意見に、僕はテラスのスキルを思い出す。
招集、他力本願、共に規格外と言われているEX。二つとも役には立つが、決して戦闘向けではない。
「なぁテラス。お前何か新しいスキル覚えてないの?」
ぱぁっと、輝かしい笑顔をテラスは浮かべた。
よくぞ聞いてくれました!
彼女はそう言っているようだった。
「……テラス、スキルを見せてくれないか」
ふふんと、胸を張ってテラスはスキル以外も表示した。頼んでもないのに、こいつと来たら。
テラス:レベル25
所持スキル:招集EX、他力本願EX、天運C
特に『天運』が太文字で赤く点滅している。
「テラス、天運の詳細を表示」
天運C。スキル保持者に、時折良いことが起きる。
「ふぐぅ!」
招集、他力本願はまだ良い。人に頼るスキルなのだから。
遂にテラスは……いや、僕は、天にまで自分の命運を任せるというのか。どんだけ自分に自信がないんだ、僕もテラスも!
「何でこんなスキルばっかり……」
「うわ……あんた、またそんなスキルって……」
「うるせぇな。遥香はどうなんだよ」
「っていうかさ、みんなのスキル見せ合おうよ。リリィも結構レベル上がったし、正詠も全部は確認してないでしょ? で、そのあとに日代殴ろうよ」
遥香の暴力的な発言は置いといて、正詠は遥香の発言に賛成した。
「ロビン、スキルをみんなに見せてくれ」
テーブルにいたロビンは頷いて、僕たちにも見えるように自分のレベルとスキルを表示した。
ロビン:レベル30
所持スキル:速攻A、天賦の才B、努力C
正詠のロビンは高水準にまとまったステータスを、更に上昇させるスキル。
「ノクト、見せてやれ」
ノクト:レベル27
所持スキル:守護C、怒涛A
日代のノクトは高い攻撃の割に、日代の性格らしく〝親しい者〟を守るスキル。
「リリィ、お願い」
リリィ:レベル23
所持スキル:気合C、根性A、リズム感C+
遥香のリリィのスキルは、性格通り攻撃というか……もうこいつバディタクティクスで前線で立つために誕生した感が半端ない。
「セレナ、お願いね」
セレナ:レベル29
所持スキル:博識B+、戦況分析B
平和島のセレナは、見た目にそぐわぬ後衛スキル。これでいてレイピアを振り回すのだから、もしかしたら平和島には裏の顔というものがあるのかもしれない。
「次も俺がプライド・プレイヤー……かな。でもそれだと三回連続、か。悩むな」
眉間に皺を寄せて考える正詠。そんな姿を見て日代は鼻で笑った。
「俺たちのチームはいつでもギャンブルだろ? 三回連続でお前をプライド・プレイヤーにするなんて〝普通〟は有り得ない。だったら〝やる〟のが俺たちだ。ここまで来たら、〝勝ち〟に行くべきだろ」
テーブルの上でノクトが剣を抜き、その切っ先を正詠に向けた。すぐにノクトの足元に矢が二本刺さった。ノクトは正詠から視線をずらし、ロビンを見た。ロビンは余裕の笑みを浮かべながら、ノクトを睨み付けていた。
僕と遥香、平和島はそんな二人の相棒の様子に驚いた。だがいつもの言い合いの延長であることがわかると胸を撫で下ろした。
「俺にあんなだっせー同志宣誓なんてさせたんだ。次も生き延びてみろよ優等生」
今日の日代はいつもと違うように感じる。素直というか、何というか……。
嫌味は言っているのだが、それは全然嫌味のように感じない。もしかしたら、これが日代にとっての信頼の表れなのかもしれないと、僕は内心ふっと思った。
「仕方ない、か。ただ二手……というか三手に分かれるなら、遥香のことは任せたからな平和島」
「へっ?」
ショートケーキのイチゴをまさに今口に運ぼうとしていた平和島が、とぼけた声を上げた。
「言っておくが、俺はお前も作戦参謀だと思ってるからな」
「わ、私にはそんなの無理だよ!」
「いや、大丈夫だ」
正詠は紅茶を一口飲んだ。
「日代、お前の案を使う。三手に分かれて行動する」
「おう」
「……頼んだからな」
「となると、だ。僕はどうすればいいですかね?」
話を聞く限り、進藤さんと藤堂さんとは戦わない方がいいし、だからと言って残り三人にも勝てる気がしない。何せレベルが違いすぎるし。
「……お前は大将なんだから、どんと構えてろ。逃げ腰にはなるなよ、日代が闘う姿を見てろ」
正詠の目の色が変わった。
ぴりと空気が張り詰めるのがわかる。
「どういうことだ、正詠?」
「いいから、約束しろ」
平和島が「あ」と声を上げて、すぐにその口にイチゴを放り込んで彼女は黙った。
「だからもっと具体的に教えて……」
「日代が闘う姿を見てろ。前に出るな、だけど逃げるな。闘うな、それでも目を逸らすな。〝勝ちたい〟なら、それを守ってくれ。それができなきゃ負ける」
そして正詠はその目のまま、平和島を見た。
「平和島、お前はもうわかってるだろうが、お前もだからな」
「……う、うん」
「だぁかぁらぁ、そういう含みのある言い方やめろって。はっきりと……」
紅茶を飲み終えて、正詠はテーブルへと視線を落とした。テーブルの上では、ロビンが正詠を見上げていた。二人の視線が合うと、ロビンはゆっくりと頷いた。
試練/3
普段の校内大会は参加チームも決して多くない。その理由は相棒をもらったばかりの二年生と、一年間のアドバンテージのある三年生とでは、戦いにならないことがほとんどだからだ。だから、一回戦を見学に来る生徒などほとんどいない。
だが、準決勝ともなると観戦をする〝生徒〟は物凄く増える。
来年は自分が、来年こそは自分がと情報初心者たちは学びに来る。どうすればあのアビリティが手に入るんだ、どうすればあのスキルに対抗できるんだ、どうすれば、どうすれば……バディタクティクスは勝てるのだ、と。
そんな情報初心者が多い中、僕は去年正詠に連れられて見学していた。それなのに、ほとんど覚えていない。朧気に思い出せるのは……王城先輩が一人ひとりねちねちと。確実に敵を倒していたことだけだ。
弱い相棒を、強い相棒が。大人が子供を虐待するように。
ねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねち。
頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。
「どうした、太陽」
煩い……煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!
あぁ……くそ。なんて僕は無力なんだ。
「太陽。行こう」
誰だ。僕に……僕に触るな……。
「太陽! 試合だ、行くぞ!」
正詠。
「ほら馬鹿太陽! ぼけっとしないで!」
遥香。
二人の、〝二人だけ〟の幼馴染。
「あぁ頭痛い」
ずきりとした激しい痛みは余韻を残しながら徐々に失せていく。
ぴこん。
棄権しますか?
「それこそないって。ここで退くぐらいなら参加していない。すまない、行こう」
ようやく足を動かし、僕は階段を降り始めた。
演習場に続く階段の前には先生が二人立っていて、選手以外が通れなく見張っていた。
だからだろう。地下演習場までの道は、いつも以上に静かだった。
そして、これから季節は夏になるというのに、地下演習場までの道はとても寒かった。
腕をさすると、その寒さはより強く感じられた。
ぴこん。
寒気がありますか? 風邪ではないですか?
「大丈夫、大丈夫だから」
テラスは鬱陶しく僕の周りをくるくると回り続けていた。
地下演習場の扉の前には、海藤がいた。
「よっ」
彼の右手には、『太陽応援団』という書かれていた旗があった。
あぁ、こいつはテラスと仲良くなれるだろうなと思った。たぶん思考回路似てるし。
「今回は俺がお前たちの案内役だ」
「実況ってそういうこともすんのかよ、海藤」
「今回は校長の粋な計らいってやつだ。だから、実況が好きなチームを応援していいんだってよ」
「でも贔屓しちゃあ……」
「今日は実況が二人いるし気にするな」
「うわ、うるせぇ……」
「へへへ、俺お前たちのファンになっちまったし、今日はかなり熱くやってやるぜ!」
気恥ずかしそうに笑った海藤は、すぐに表情を作り直した。
「じゃあ行こうぜ、期待の情報初心者」
海藤は地下演習場の扉を開けた。
相変わらずの眩しすぎるスポットライトと大歓声。それがやはり僕らを出迎えた。
前と違うのは、あの大きな実況の声が聞こえないことだ。
「何か変な感じ……」
遥香がぼそりと零した言葉は歓声にかき消された……と思ったがそれをしっかりと海藤は拾った。
「準決勝からはこうなんだぜ? お前は知らないだろうけど、太陽と高遠は知ってるよな?」
僕は正詠を見た。
「すまんな、俺も太陽もあんま覚えてないんだ」
正詠は嘘を吐いた。
誰が見てもわかってしまうような下手くそな嘘だった。
「何だよ、らしくないじゃん。高遠も……お前たちもさ」
少しだけつまらなそうに海藤は言った。
「ほら、先輩たちはもういるぜ。楽しませてくれよ、太陽と愉快な仲間たち」
そして海藤は観衆に手を振って実況席に向かった。
彼が実況席に座ると、一瞬場は静寂に包まれた。
『よっしゃぁぁぁぁああぁぁ! 準決勝、始まるぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
きぃんと耳鳴りがする。
『チーム太陽の応援団第一号、海藤 功でっす!』
『そして私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! チーム一騎当千の実況応援団! 沖田 香でっす!」
海藤とはまた違う煩さだ。女性らしい高い声で、アイドルのコンサートで叫んでいるようだった。
『チーム太陽はこの二回で平均レベルを5上げての27! 四捨五入です!』
『チーム一騎当千は平均レベルの変化は少ないですが2上昇! 47です!』
『いやぁ沖田先輩、好きです、付き合ってください』
『そういうのはいらないので、チーム太陽の見所を教えてください』
『はい、今回もフラれた僕が、チーム太陽を紹介しますよ!』
大爆笑の渦の中、海藤は僕たちの紹介を始めた。
正直、海藤の気持ちに涙を流しそうになるほどの胸の締め付けがあったが、僕は黙って彼の言葉に耳を傾けることにした。
『チーム太陽。大将は天広太陽。特異なスキルで初参加でありながら二回の戦いを勝利してきました! その勝利の背景には、高遠正詠の作戦、那須遥香の前向きさ、日代蓮の献身性、平和島透子の温和! それら全てがケミストリー的ななんか良い感じに混ざり合って良い感じにたぶんチームワークが嚙み合って勝利してきましたぁ! さぁ沖田先輩! 一騎当千のご紹介をお願い……しまっす!』
『はいさ! チーム一騎当千! このチーム名は剣道部を主軸とした者たちに継がれる歴史ある名前! チームチェックメイトと、歴史は同じく非常にぃぃぃぃいぃいぃぃぃぃ長い! しっかし! それは歴史と共に積まれた来た勇者の重み! それを継ぐ今回の一騎当千は、むしろ……一騎、当万!』
わぁっと、会場が盛り上がる。僕たちの説明の時にはこんなことなかったのに……。
『大将の進藤剣と藤堂奏は去年バディタクティクス全国大会進出チーム、トライデントに勧誘された有能さ! さらにチームメンバーの工藤久、山本新八、兵藤司! 彼ら三名は剣道の全国大会に進出した強者だぁぁぁぁぁぁ!』
また歓声が響く。歴史が深いということはそれだけ人気が長いということなのだろう。
ふと、今先程紹介された先輩たちに視線を向ける。
緊張している様子は全く見られず、この中でも五人は談笑している。
「兵藤って女だったんだな」
日代が漏らした独り言は僕にも聞こえ、それに頷いた。藤堂さんは別だが、他のメンバーは全員が男だと思っていた。
『さぁ皆さん、フルダイブの準備をお願いします!』
海藤のアナウンスに、心臓がどきりと大きく鳴いた。
「行こう、みんな」
全員の顔を見ると、僕らは同時に頷いた。
試練/4
――チーム・太陽。〝プライド・プレイヤー〟を設定してください。
聞き慣れたアナウンスだ。
「僕たちはプライド・プレイヤーをロビンに設定する」
――承知いたしました。チーム・太陽、プライド・プレイヤーをロビンに設定。ロビンの全スキル効果が一時的に上昇します。
――フィールドは廃墟。これより転送いたします。
「太陽、まずは招集だ。いいな?」
「おう」
正詠と一言二言の対話をすると、僕とテラスは廃屋の屋根の上に飛ばされていた。
――制限時間は三十分。三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、プライド・プレイヤー同士の戦いを行うことになります。
細く息を吐く。
――試合……開始!
けたたましいブザー音がフィールド全体に響く。
「テラス、まずはここから降りるぞ」
テラスは頷くと、廃屋から降りた。
廃屋の中は所々に穴が開いていて、光が神秘的に差し込んでいる。
「招集」
――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。
みんなが集まり、何を言わずに頷いた。
作戦通り、僕らは三手に分かれた。
テラスとノクトは慎重に周囲を探索しながら、隠れられる場所を探していた。
「なぁ日代。今回の戦いって、やっぱキツいと思うか」
僕の言葉に、ノクトは足を止め振り向いた。
「キツくねぇ。余裕だ、ばーか」
日代の顔もノクトの顔も、非常に不愉快そうに見えた。
僕と遥香だけが気付けていないことがあるのに、それを正詠も、平和島も、日代も教えてくれない。
きっと信頼していないからじゃあない。話せない理由があるんだ。それを無理に聞き出すべきではないとわかってはいる。それでも、僕はちゃんと聞きたいと思ってしまう。
「なぁ日代、話してくれないと僕も遥香も……」
「構えろ馬鹿!」
風が走る。鋭い風だ。それも辺り一面を斬り付ける、狂暴な。
「あぁくそ!」
――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。
ノクトはテラスの前に立ち、その鋭い風を受け止めた。
「へえ、やるじゃん。ほとんどノーダメだし」
「藤堂奏!」
「せ・ん・ぱ・い、を付けなさいよ、情報初心者」
藤堂先輩の相棒は、長い金髪を靡かせるその姿は女性ロックシンガーだ。両手にはダガーを持っており、器用に弄んでいた。
「エルレ、スーパーノヴァ!」
エルレは瞬間で距離を詰めて、ノクトへと連撃を浴びせる。致命傷は避けているものの、ノクトの武器ではあの相棒の攻撃は防ぎきることはできない。
「テラス、援護を!」
「天広ぉ!」
日代の怒号に、テラスがびくりと体を震わせ、攻撃の手を止めた。
「テメーもう高遠に言われたこと忘れたのか!」
そんな日代へ、藤堂先輩は「はは」と短い笑みを浮かべた。
「なぁに? 私と遊びたいの、あんた。でも残念。私は大将狙いなんだよね!」
「けっ。どいつもこいつもキングやクイーンばっかり狙いやがってつまらねぇ!」
ノクトは体を捻りながら大剣を振り回した。わずかながらも剣圧を含んだその攻撃は、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
「かかってこいよ、情報熟練者。この馬鹿を取りたいなら、まずは俺を潰してからにしろブス」
ぶっちんと、何かが切れたような音がした。
「お望み通りあんたからぶっ潰してあげるよ、ブサイク」
エルレと藤堂先輩は全く同じ顔をしていた。
「やっとやる気になったか」
そんな藤堂先輩に対し、日代はしてやったりと笑みを作っていた。
◇◇◇
太陽と日代、二人とは違う方角へと、遥香と平和島ペア(リリィとセレナ)はのんびりと歩を進めていた。そんな折、朽ちてしまった廃屋を眺めながら遥香はらしくもない表情を浮かべていた。
「ねぇ透子。〝信頼〟しているから話さない。それでいいよね?」
遥香は平和島へ唐突に問いかける。
「どうしたの、遥香ちゃん。急にそんなこと……」
「繕うのはやめて」
リリィが足を止めると、遥香は平和島を強く睨み付けていた。しかしそれは敵意からくるものではない。彼女はただ辛いのだ。
私はそんなに信頼に足りないのか。
私はそんなに弱く見えるのか。
私はそんなに友達甲斐がないのか。
言葉にはできなかった。それを口にしてしまうのは、あまりにも情けなく、そして子供っぽい。
「うん。それで……いい」
そんな遥香に、平和島は煮え切らない態度で答えた。
「透子も、正詠も、日代もさ。頭良い奴らって、なんで大事なこと言わないの? 慣れてるからいいけど、それって私らにとっちゃあすっごく辛いんだよ」
平和島は黙って遥香の言葉を聞いていた。それが更に遥香をイラつかせた。
「あんたは……!」
声を荒げた遥香だが、ぐらりと倒れるリリィを見て言葉を失った。
「あらら、手加減すんなって、ツルギ」
倒れる寸前に片足で踏ん張ったリリィを見て、進藤は楽しそうに笑って言った。
「やぁレディお二人さん。今日はナイトもいないご様子。私と踊りませんか?」
小さくなった進藤と相棒のツルギは恭しく二人に頭を下げる。
それは強者の余裕からだろう。
「別にいいけどさ、私すんごく苛立ってるの。ちょっと乱暴になるけどいいよね!」
唾を吐いて、リリィは拳を固く握る。
「激しいのがお望みかい? オーケー、お嬢さん」
ツルギは細く息を吐きながら、刀を構えた。
空気がしんと静まり返ったように、遥香と平和島は錯覚する。しかしそれは決して錯覚ではない。ツルギが、進藤が臨戦態勢に入ったことで、この場の空気が張り詰めたのだ。
「那須遥香と平和島透子。プライド・プレイヤーでもないお前たちの相手するのは無駄なんだけどな」
「言ってくれんじゃん、チャラ男」
「はは、図星か。となると、残るは高遠と日代か。まぁ高遠だろうな」
遥香は舌打ちして、進藤を睨み付けた。
「おー怖い怖い。那須がそんな目をするのは予想通りだけど、平和島がそんな目をするのは予想外だ」
進藤の言葉に、遥香は平和島を見た。
確かに彼女は進藤を睨み付けている。だがそれは遥香が思っているようなものではない。
運悪く〝ハズレ〟を引いた。そんな瞳を平和島は進藤に向けていた。
「平和島のスキルは面倒だしな、ここで潰しておけば奏も楽だろう」
「何なの、あんたらも透子や正詠、日代のことばっかり! リリィ、面倒だから殴って!」
ひゅっと短く息を吐いて、リリィは地を蹴り突進する。だが、その突進を僅かに体を逸らし、ツルギは避ける。
「はは、お前みたいな奴、ちょろいから嫌いじゃないぜ」
体勢を崩したリリィへとツルギが武器を振り上げる……が、それを水の槍が走り防ぐ。
「やるじゃん、平和島透子」
「遥香ちゃん! 喧嘩はあとでしましょう! 今は……!」
――テラス、ノクトが戦闘を開始しました。
遥香と平和島の視界の端で、メッセージが表示される。
「わかってる! 行くよ、リリィ!」
準決勝の戦いは、遂に幕を開けるのだ。
試練/5/女子の友情
ゲームにおいてレベル差というものは絶対だ。
それはステータスの差ということでもあり、文字通り経験値の差でもある。勿論、今までも彼女らと相手とのレベル差はあった。だが、今回の相手の経験値は今までの相手とは違う。
「はは、どうした那須遥香! そんなんじゃあ当たらないぞ!」
校内大会準優勝。そしてその実力からの全国進出への選抜。彼女ら情報初心者が今までのように、小手先の作戦で勝てる相手であるはずがない。
「リリィ、臥王拳!」
リリィは拳を大きく振りかぶってアビリティを仕掛ける、が。
「だから今までと一緒にすんなって!」
元より命中が低い攻撃。
それを余裕を持って回避し、ツルギは的確に攻撃を重ねていく。致命傷は避けているリリィではあるが、徐々にダメージが蓄積されていく。
「ちょこまかと!」
「ちょろいなぁ!」
言葉ではかなり挑発している進藤ではあるが、決めの一手前で平和島からの攻撃が入り、勝負をつけられずにいた。
しかし、それすらも楽しんでいる進藤。反対に遥香は苛立ちを募らせるだけだった。
「あぁもう!」
その苛立ちがリリィに伝わっているのか、彼女らの攻撃は徐々に粗雑になっていた。その隙を逃すような進藤とツルギではない。的確に、確実に彼らの攻撃はリリィの体力を削っていく。
「はははっ! 楽しくなってきたなぁ!」
ツルギの周りにいる進藤が一際大きく笑った。その声に反応するように、ツルギは刀を頭上で振り回した。
「魅せてやろうぜ、ツルギ」
――スキル、剣聖の境地。ランクCが発動しました。剣を使用した攻撃が強化されます。
「お前らの全力はそんなもんか、那須、平和島。俺のツルギはまだまだやれるぜ」
刀の切っ先をツルギはリリィへと向けて、余った手で挑発する。
「リリィ! 風塵拳!」
レベルに見合った攻撃アビリティ。
威力は低いが命中した相手を大幅に吹き飛ばすことができる。
「ツルギ、受けろ」
回避の姿勢を既に取っていたツルギは、進藤の命令にぐっと耐えてリリィを睨み付けた。
「しっかり当てろよ、情報初心者」
変わらぬ余裕の笑みを浮かべる進藤。ぎりと歯軋りをする遥香。二人はやはり、対照的だ。
「リリィ!」
頷いて、リリィは拳をツルギの腹へと叩き込んだ。
「ぶっ飛べ!」
激しい衝突音と共に風圧が発生した。そのあまりの勢いに、平和島は吹き飛びそうになりセレナにしがみついた。
――リリィのアビリティがクリティカルヒットしました。
確実なクリティカルヒット。そんな攻撃を受けたツルギは僅かに体を浮かせただけだった。
「で、それで終わりか?」
今までの軽い笑みとは全く違う、狂暴な笑みを進藤とツルギは浮かべる。
――スキル、逆上。ランクAが発動しました。全ステータスが上昇し、反撃を行います。
ツルギは刀を持たぬ手でリリィの首を鷲掴みにし、地面へと激しく叩き付けた。その威力は凄まじく、大地は彼女を中心に割れた。しかしそれでも勢いは消えず、リリィはゴムボールのように弾んだ。
そんなリリィを、ツルギは器用にも再度鷲掴みにした。
「しっかり気張れよ、リリィ!」
進藤はそう言ってリリィを蹴り飛ばした。
「リリィ!」
遥香の悲痛な呼び声も虚しく、ごろりごろりと転がって、リリィは倒れた。
「やっぱり、な」
ツルギは真っ直ぐにリリィを見ていたが、進藤は平和島とセレナに視線を向けた。
「やっぱりお前は、こいつを〝助けない〟」
その言葉は、ツルギが持つ刀よりも……いいや、どのような〝刃物〟よりも、遥香を斬り付けた。
「お前たち情報初心者が勝ち進む条件ってのは、二つのパターンがある」
ツルギはリリィがしばらく立てないことを察すると、平和島とセレナへと視線をずらした。
「一つ、運だけで勝ち上がる。一つ、作戦で勝ち上がる」
一歩、ツルギがセレナへと踏み出した。
「だから俺たちは簡単にお前たちの作戦を読むことができる。低レベルの奴らが勝つための方法なんて大将、もしくはプライド・プレイヤーを素早く倒す短期決戦ぐらいだろ。じゃあ狙われるのは二人だけ。ならその二人だけ守りを固めればいい」
「それだけじゃ、ないとしたら……?」
平和島は震える声で、ようやっと強がりを口にした。
「ははっ! はったりってのはもっと上手くやらないと逆効果だぜ、平和島!」
セレナは剣をかまえ、ツルギを睨み付けた。
「やめとけって平和島。お前のスキルやアビリティじゃあ勝てないって!」
「なら、リリィならどうなのよ!」
油断していたツルギの右頬に、リリィの拳がしっかりと入る。だがツルギは体勢を崩すことはなかった。そのまま、瞳だけをリリィへと向けた。
「なぁいい加減わかれって。レベル差ってのがあるんだよ。今までの奴らとは経験値が違うんだって!」
ツルギはリリィの拳を掴み、自分の方へと引き寄せて腹部へと膝蹴りを入れる。めきりと鈍い音がした。
「しっかしタフだな、お前」
〝ステータス〟ではリリィの体力基本値はAランク。
そしてこの〝ゲーム〟は現実と類比している。
負けたくない、負けられない、負けるもんか。
気持ちが挫けなければ、ステータスなど簡単に超越してしまう。しかしそれは、裏を返せば……。
「まぁ立ち上がるなら倒すだけなんだが……よっと!」
ツルギの斬撃がリリィを襲う。
――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。
裏を返せば、気持ち次第でどのような高ステータスも無駄になるということだ。
「弱いものいじめは嫌いなんだぜ、俺もツルギもさ!」
リリィを蹴り上げ、ツルギは再び斬り付ける。
――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。
「リリィ、攻撃して!」
歯を食い縛り、リリィはツルギへと拳を振るう。確かに攻撃は当たっている。しかしツルギがダメージを受けている様子は見られない。
「何で……?」
攻撃は確かに当たっている。
それなのに、それなのにダメージは通らない。
レベル差というものだけではない。
そんなもの、今までの戦いにだってあったのだから。
「何で、何でよぅ……」
殴り続けるリリィに、遥香は哀れみを抱いていた。
何故、こんなにも私の相棒は弱いのだ。このまま戦わせて、良いのだろうか。
「透子! リリィを助けてよ!」
平和島に助けを求める遥香だが、彼女は目を逸らした。
その様子を見た遥香は、涙腺が熱くなるのを感じた。
誰も、助けてくれないの?
嗚咽を漏らしそうになった遥香は、それを何とか飲み込んだ。
「たかがゲームにそんな熱くなるなって」
進藤は急に冷めたように言い放った。
「そんなの……!」
たかがゲーム。たかがゲームだ。
でも……誰にも信じてもらえない。誰にも助けてもらえない。近くに友達がいるのに、仲間がいるのに。信頼されていないことが、こんなにも耐え難いことなのだと、遥香は初めて気付いてしまった。
「助けて……よ」
ぼそりと、彼女が小さく呟いた。
その時には、リリィはぼろぼろでもう立てる気力も残っていなかった。
「さすがにこれで終わりにしようぜ。俺もツルギも、少し辛くなってきた」
倒れているリリィに、ツルギは刀を向けていた。
「助けて……太陽……」
来るはずがない幼馴染に、遥香は助けを求めた。
「来年に期待してるぜ、情報初心者」
ツルギが刀を振り上げた、その刹那。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 来てやったぞこの野郎!」
ツルギとリリィの間に、来るはずがないテラスとノクトが現れた。
そして遥香は涙を一筋、はらりと流した。
試練/6
泣いていた。
遥香も、その相棒のリリィも。遥香は必死に涙を隠そうとしているが、それは意味がなかった。挙げ句、遥香は顔を隠した。それでも、指の隙間からは涙がぽろぽろと零れていた。
「遥香……?」
「見ないでよ、馬鹿……」
僅かに漏れる嗚咽が、僕の胸を強く締め付けた。
「テラァァァァァス!」
精一杯に声を張って、自分の相棒の名前を呼んだ。
「ぶっ倒すぞ!」
テラスは強く頷いて、ツルギへと刀の切っ先を向けた。
「大将のお出ましか? 都合が良い、ここで……」
進藤先輩が話し終わるよりも先に、テラスは武器を振るっていた。
「情報初心者はせっかちだなっ!」
「テメェ遥香を泣かせたな!!」
強い奴だ。負けそうになったから泣くなんて有り得ない。むしろどんな状況でも勝ち筋を探して、それに賭ける。勝っても負けても、そのあとに泣くのが遥香だ。
不安だからと泣くような奴でもない。不安ならそれを噛み締めて、自分を奮い立たせるはずだ。ましてや、後ろに平和島がいる状況でこんな風に泣き崩れるわけがない。
「オレの幼馴染みを泣かせやがったなこの野郎!!」
じゃあ答えは一つだ。こいつが何かしやがった。こいつが遥香を傷付けたに決まってる。
「ぶん殴って、勝って、遥香に謝らせてやるからな!」
「ははっ! 粋がるなよ天広! このレベル差じゃあ勝てないっての!」
「テラス、紅蓮!」
ツルギと距離を取り、テラスは刀を力強く振り上げると、ちりとツルギの足元で爆ぜる。
「は?」
素っ頓狂な声を発したのは進藤先輩だ。明らかに初級のアビリティ。それだというのに、回避せねばと思わせる脅威をそれは感じさせた。たまらずツルギは身を転がしその場から逃げた。
重厚な発火音と共に、初級のアビリティとは思えない威力の火柱が、今までツルギがいた足元から舞い上がる。
「お前、まさかチートを……」
「するか馬鹿野郎! オレにはそんなことできる頭も器用さもねぇんだよ!」
体勢を崩したツルギにテラスが斬りつけにかかるが、それをツルギは受け止めた。
「じゃあその面倒なスキルの効果か。まぁ構いはしねぇ……!」
ツルギはテラスの刀を上方へと弾き飛ばす。
「武器がなくなりゃあ大した……」
「他力本願、セット! 臥王拳!」
油断したツルギの襟元を掴み、テラスは拳を固く握った。
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。
――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中確率で大威力の通常攻撃を行います。
「しまっ……!」
「歯ぁ食いしばれよこの野郎!」
テラスの拳はツルギに右頬に入り、吹き飛ばした。そしてテラスは頭上で回転していた刀をぱしりと受け取めた。
――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。
「さっさとかかってこいよ、情報熟練者! 殴り足りねぇ!」
――スキル、逆上。ランクAが発動しました。全ステータスが上昇し、反撃を行います。
土煙の中から物凄い勢いでツルギは突進し、刀を振るう。
「調子に乗るなよ、天広!」
「他力本願、セット! リズム感!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキルリズム感C+がランクアップし、リズム感A+になります。
――スキル、リズム感A+。攻撃を回避後、次の攻撃も回避しやすくなります。また、ランクA以上の場合、通常の回避確率も上昇します。
ひらりとテラスは攻撃を躱した。
「他力本願、セット! 臥王拳!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。
――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中確率で大威力の通常攻撃を行います。
「おらぁもう一発だこの野郎!!」
――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。
再度テラスの攻撃がクリティカルヒットし、今度はツルギを地面へと叩き付けた。
「天広くん! 逆上Aは相手から攻撃を受けたときにステータスを上昇させて、高確率で反撃を行うスキルです!」
「ナイスだ、透子! 他力本願、セット! 逆上!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル逆上Aがランクアップし、逆上EXになります。
――スキル、逆上EX。全ステータスが上昇し、反撃を行います。ランクA以上の場合、更にステータスを上昇します。
テラスが吠え、ツルギへと拳を降り下ろそうとしたその瞬間。
「調子に乗るなって、言ってるだろうがぁぁぁぁ!」
――スキル、逆上。オーバーロード。スキル、激昂Bへと変化します。スキル、激昂。ランクBが発動します。攻撃が上昇し、相手の攻撃を耐えた上で反撃を行います。
進藤先輩の感情が一気に爆発して、スキルの進化が行われる。でも今はそんなもの!
「テラス!」
テラスの攻撃でツルギは一瞬ぐらつくが、しかし闘志は消えず反撃の刃がテラスを襲う。
「受け止めろ!」
激しい金属音が響いた。
「本当に面倒なスキルだな!」
「早く謝れよ、遥香に!」
「泣かせたのは俺じゃねぇ、お前の仲間だよバーカ!」
「そんなことどうでもいいんだよ! テメェが泣かす理由を作ったんだろ、どうせ!」
「それでも泣かせたのはお前の仲間だ馬鹿野郎!」
そんな問答の最中、ツルギの背中に立つ黒い影。
「黙れ馬鹿野郎。俺のダチはいつでも馬鹿野郎だ!」
ノクトはその大剣を充分に力を溜めて降り下ろした。
――ノクトの攻撃がクリティカルヒットしました。
背後からの攻撃に力が抜け、前方からのテラスの一撃も、ツルギは受けてしまった。
――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。
「ちっ! 数が多すぎるか……! 退くぞ、ツルギ!」
歯軋りするツルギは逃げの道筋を見つめるが、その先にいくつもの矢が降り注いだ。
「あぁくそっ! これだから情報初心者は!」
「正詠! テメーこそこそ隠れてないで出てこい!」
遥香の涙を見ていた正詠に腹が立って叫んでいた。
「全く……せっかくの作戦がぱぁだ」
姿を現した正詠のその一言に、一気に僕の頭は沸騰したように熱くなった。
「遥香が泣いてるってのにそんなこと言ってる場合か!!」
正詠の胸倉を掴み、怒鳴り散らす。
「オレ達の幼馴染みが! 仲間が泣いてんだぞ!! 次そんなこと言ってみろ! ぶん殴ってやる!」
「……すまなかった、な」
素直に謝る正詠をこれ以上責める気にはならない。こいつよりも、まずは文句を言わなきゃいけないやつがいる。
「透子! 進藤先輩が言ってるのは本当なのか!?」
びくりと体を震わせる透子と、唇を一文字に結ぶセレナ。
「……うん」
「……!」
弾ける音が二つ重なる。
それはテラスがセレナを、僕が透子へと平手を打った音だ。
「テメェ天広!」
後ろからテラスの肩をがっしりと掴むノクトを気になどしなかった。
「どんな状況でも仲間を見捨てるようなことをするな! ゲームだから良いってもんじゃねぇんだぞ!」
そして、最後は……!
「進藤先輩、あんただけはオレがぶっ倒すからな!」
「そのまま喧嘩してくれてたらありがたかったんだがなぁ……しゃあない」
――スキル、情報展開。ランクCが発動しました。味方に自分の現在位置を報せます。
「太陽、一旦下がるぞ。藤堂先輩を倒したわけじゃないんだろ?」
「正詠……いや、わりぃみんな。正直、ここで負けてもいいや」
心臓の音が、耳のすぐそこで聞こえる。それだけでなく、心臓の脈動と共に血管を血が巡る音すらもはっきりと聞こえる程に。
「負けてもいいから、全員こいつを一発ぶん殴るぞ!」
僕の一言で、進藤先輩とツルギに仲間全員の視線が注がれた。
「おーおー。さすがに仲間が全員揃うと強気になるねぇ」
進藤先輩は肩をすくめ、やれやれと頭を振った。
「でもよ、あと少ししたら俺の仲間も来る。その間ぐらいなら、全力で逃げ回れる自信あるぜ」
「けっ。逃げ回れる自信か。くだらねぇ」
日代が言うと、ツルギが刀を構えた。それが合図かのように、僕らの相棒も武器を構える。
「奏から逃げてきたお前がそんなこと言うのか、日代?」
「逃げたんじゃねぇ。うちの馬鹿が仲間を助けると言ったからそれに乗っただけだ」
そう。僕と日代は藤堂先輩と戦っていた。戦っていたのは基本日代だけで、僕は何もせず見ていただけだが。
藤堂先輩はかなり強かった。パワータイプのノクトとは対照的に、エルレは素早く削ぐように戦うスピードタイプ。相性は当然悪かったけど、それでも日代は善戦した。
「名案だったとは思うぜ。お前達と奏じゃ相性悪いだろうしなぁ」
のんびりした話し方ではあるが、彼はこちらの様子をじっくりと伺っている。
「もういいでしょう、進藤先輩。これ以上話を長引かせても、太陽も日代も話しませんよ」
正詠が話し始めると、ロビンが弓を引き絞る。
「〝どうやって藤堂先輩を振り切った〟のかなんて」
矢が一本、風切り音を伴いツルギへと放たれるが、ツルギはそれを一振りで弾いた。
「可愛くねぇ後輩だなっ!」
ツルギは大地を蹴り突進。
その目的は他でもない、僕のテラスだ。
「お前たちは短期決戦を望むべきじゃなかった。仲間を助けるべきじゃなかった。勝ちたかったのなら!」
「そうっすね! 勝ちに行くなら仲間は見捨てるべきでしたね!」
その攻撃を受け止め、テラスは反撃する。
「それでも見捨てたくなかった! このまま見捨てたら、僕は……絶対後悔してたし!」
こちらの気持ちに応えてくれるように、テラスは斬撃を重ねていく。
「じゃあ敗けて後悔する方を選んだわけだな、お前は!」
攻撃を凌いだツルギは刀を振り上げた。体勢を崩したテラスでは受けきれない。
「アクアブラスト!」
しかし、平和島の攻撃がそれを防ぐ。
「見捨てなくていいなら、私もセレナも戦います!」
「ははっ! やっぱり見捨てるつもりだったんだな、平和島!」
「……っ!」
平和島は進藤先輩の言葉に何も言わずに唇を噛んだ。
「テメーも藤堂のブスも随分と舌が回るなっ!」
大剣をノクトは振り下ろすが、それをひらりとツルギは躱す。
「逃がしませんよ、進藤先輩」
反撃を行う隙を与えぬようにロビンの矢が複数襲いかかるが、それすらもツルギは避けきった。
「おらおらどうしたよ、情報初心者! 当たらねぇぞ!」
舞うように戦うツルギに、次第に全員がペースを乱されていく。
「それでもあんたはそれが限界だ! 勝ちたきゃ使えよ、一騎討ちのスキルをさ!」
テラスの炎が舞い上がる。
「やる必要ないって……なぁ奏!」
ぞわりと背後からの殺気に寒気がする。
「テラス、回避!」
複数の斬撃がテラスに向け放たれた。
それをテラスはぎりぎりで躱した。
「ごめんね、剣。油断した」
「おーけーおーけー。俺も油断してた。こいつら、レベル低くてもここまで上がってきたってこと忘れててよ」
互いに背中を預け合うツルギとエルレ。
「そんじゃ魅せてやろっか、剣!」
「おうよ、奏!」
――スキル、風塵乱舞。ランクBが発動します。自身の回避率と攻撃命中率が上昇し、攻撃回数が上昇します。
エルレが体を回転させると、翡翠の粒子が風に乗って舞い上がる。
「さぁ行っくよー!」
その翡翠の風を纏い、エルレが攻撃を開始した。
「まずはあんたからだよ、ブサイク!」
藤堂先輩の狙いは日代だ。
先程の戦いの恨みもあるのだろうが、彼女の狙いは正しい。ノクトの体力と味方の守りは、正直相手にとっては邪魔に他ならないだろう。
「太陽、日代は俺が守る! お前は大将の進藤先輩を頼むぞ!」
ロビンの矢が複数エルレに放たれるが、それを翡翠の風が吹き飛ばす。
「ちっ! 投擲特防か!」
「優等生、お前は太陽を援護しろ! 那須!」
日代に名を呼ばれた遥香が、体をびくりと震わせた。
「いつまでもらしくねぇぞこの馬鹿女! メンヘラしてんじゃねぇ!」
大剣を振り下ろしたノクトが、横目でちらりとリリィを見た。
「俺をさっさと助けろ!」
そんな日代の一言に、リリィはゆっくりと立ち上がった。
「あんたらには、後でたっぷり文句言うんだから!」
拳を鳴らし、リリィは再び大地を蹴った。
試練/共に立つために
別に最初から嫌だった訳じゃない。
いつの間にか、少しずつ、少しずつ居心地が悪くなっていった。
私一人いなくても、こいつらはこいつらで楽しくやるんじゃないかなって、思っただけだ。
私はただ、いつもみたくみんなと楽しく話せれば良かったのに。いつもみたく勉強の話や、部活の話、友達の話をできれば良かっただけ。
それが相棒が来て、バディタクティクスに参加して変わってしまった。
太陽は口では面倒だなんだと言いながら、テラスを可愛がっていた。
正詠はバディタクティクスにのめり込んで、それでも勉強も部活でも手を抜くことなんてなかった。
透子は電子遭難しかけたセレナが戻ってから、昔よりも明るくなったし、強くなった。
日代は不良じゃなくて、本当は仲間を思いやるような優しい奴で、やるときはやる男だった。
私は……私はなんなの?
みんなが、いつの間にか新しい何かを見つけている。私にも何か新しい変化がほしかった。
だから、調べたもん。バディタクティクスについて。
私だって、頑張ったもん。リリィを強くするために。
私だって、みんなと一緒に新しい何かを見つけたかったの。
それなのに、なんで信じてくれないのさ。なんで頼ってくれないのさ。
こんなに調べたのに。
こんなに頑張ったのに。
リリィがテラスのようなスキルがないから?
リリィがロビンみたく強くないから?
リリィがノクトみたく守れないから?
リリィがセレナみたく支援できないから?
私の相棒が……私が、弱いから?
――嫌いじゃない。そんなあなたのことが。
ふと、リリィが言ってくれたことを思い出した。
違うよ……私は、あんたの相棒に相応しくない。あんたに好かれる価値なんて。
「優等生、お前は太陽を援護しろ! 那須!」
名前を呼ばれ体がびくつく。
「いつまでもらしくねぇぞこの馬鹿女! メンヘラしてんじゃねぇ!」
日代の強い瞳が私を威嚇する。
やめてよ、これ以上私を惨めにしないで。
――いつまでそうしてるつもり?
音も何もなく、視界の端にメッセージが表示された。
――行くよ、相棒。
リリィを見た。
彼女は笑っていた。
「俺をさっさと助けろ!」
そんな日代の言葉に、リリィはゆっくりと立ち上がった。
――相棒。私が戦うための勇気をちょうだい。あなたの言葉で、もう一度戦える勇気を。
こんなにも、私はリリィを信頼できなかったのに。
それだというのに、リリィは……私の相棒は今もなお信頼してくれている。
あぁ、もう。
ださい。
私、超ださい。
自分がされて嫌だったことを、大切な相棒にするなんて。
「あんたらには、後でたっぷり文句言うんだから!」
うん。大丈夫。もう一度立てる。
リリィは拳を鳴らすと、大地を蹴ってエルレへと向かう。
「リリィ! まずは一発行こう! 当たらなくても気にしないでいいから!」
リリィは拳を振りかぶり、勢いを殺さずにエルレへと降り下ろした。
「当たらないって!」
エルレは躱すけど、それでいい!
「臥王拳!」
拳は大地へと降り下ろされ、激しく割った。
「嘘でしょ……?」
呆然と藤堂先輩はその様を見た。
「っしゃあ! まだまだやれる! ここから本気出してくよ、リリィ!」
遥香の言葉に、楽しそうにリリィは微笑んだ。
「工藤たちももうすぐ着く、気合入れろ、奏!」
「うん!」
進藤先輩と藤堂先輩が、互いを励まし合う様子がとても美しく感じた。
ちらりとリリィを見ると、リリィは首を振った。
「那須! 藤堂がプライド持ちだ! 増援が来る前にぶっ倒すぞ! 太陽、高遠、しっかりと足止めしとけ!」
声をかけてきたのは日代だ。
リリィが首を振った理由がわかった。
「わかってる! リリィ、三蓮華!」
威力は低いが三連撃を放てる初級アビリティ。
「はっ! そんな攻撃なんて……!」
風を纏うエルレが身を引いた。
「ちょっ、エルレ!?」
それもそのはず、リリィの攻撃はエルレの風を吹き飛ばしていた。
「よっしゃあ! 穴が空いたならそのまま特攻!」
リリィは空いた穴を潜り、エルレへと拳を振りかぶる。
「臥王拳!」
その一撃はエルレを後方へと吹き飛ばす。
――リリィの攻撃がクリティカルヒットしました。
「奏!」
「大丈夫! エルレもまだやれる!」
すぐに体勢を整えると、エルレはそのままリリィへと連撃を放つ。
「まさか風特攻持ちだったとは予想外だったよ!」
藤堂先輩は楽しそうに笑っていた。
風特攻アビリティ。初級で取れる珍しくもないアビリティ。相手の風属性の防御をランクに応じた回数分だけ、ランクに応じた分低下させられる。
正詠が、「風属性が風属性に負けるなんてださすぎるだろ?」といった理由で勧めてくれたアビリティだ。
リリィが持つ風特攻のランクはC。二回使用できる。一度の攻撃なら効果は薄い。しかし一度の攻撃が三回なら話は別だ。
三蓮華で纏う風に穴を空け、臥王拳で僅かな風耐性を打ち消した。
考えたわけじゃないけど、リリィなら出来ると確信していた。
「でもこれならどうよ!」
エルレは一旦距離を取ると、纏っていた風を球状に変化させた。
「こんな使い方もあるって知ってた、情報初心者?」
それをエルレはリリィへと向けて放った。
「風塵乱舞は攻守両方で使えるってさ!」
強大な旋風を圧縮したそれは、猛烈な勢いで向かってくる。
「ボールから逃げるバレーボール部がいるかっての! リリィ、レシーブ、構え!」
リリィは足を広げしっかりと踏ん張った。
「バレーならこの中で私が一番だっ!」
風の球をしっかりと受け止めるリリィ。
「セレナ! ガードアップをリリィに、特に手!」
リリィの手を中心にガードアップがかかった。
透子を見ると、彼女と目が合った。
「ナイス援護! でも後で喧嘩の続きだからね、透子!」
「うん!」
リリィは頭上に風の球を弾き上げた。
「呆れた……受け止めようなんて、非常識すぎ!」
「私はゲームの常識なんて知らない! でもね、最高のレシーブで上げた球ってのはさ……!」
リリィを見て、互いに頷くとリリィは高く飛び上がる。
「最高のスマッシュを決めるってのが、バレーの常識!」
リリィの高さも球の位置もバッチリ!
「風塵拳!」
風の球に対し更に風の力を加え、リリィは最高のスマッシュを相手に返す。
「奏! 逃げろ!」
「あぁくそっ! かっこいいじゃんか、那須遥香!」
風の球は藤堂先輩には当たらなかったが、それは大地を砕いて盛大な土煙を上げた。
リリィが着地すると、また私たちは互いに頷いて。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズを取った。
試練/12
遥香にらしさが戻り、また僕らの士気が上がったように思えた。
「やるじゃん、お前ら。見直したぜ」
進藤先輩の言葉に偽りの色は見られない。本当に彼は僕らに感心したのだろう。
「でもよ、こっちは情報熟練者でな。お前たちに敗けてられないんだよ」
土煙が三つの風で吹き飛ばされる。
「わりぃ、遅れた」
「遅いっての」
チーム一騎当千残りのメンバーが全員揃う。
剣道部らしく、全員武器が刀であった。
「奏、準備は整った」
一騎当千チーム全員が、こちらを睨み付ける。
「狙うは天広と高遠だ。他は無視していい。行くぞ!」
進藤先輩が刀の切っ先をこちらに向け言う。
「「「「応!」」」」
五人の情報熟練者達は二手に分かれこちらへ向かってきた。
「スキルとアビリティは使うなよ! 天広の相棒はスキルを盗むぞ!」
「盗むなんてとんでもない! 借りるだけだっつーの! 他力本願、セット! 速攻!」
――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。
――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。
正詠のスキルを使い、相手の攻撃から逃げ回る。
「ちっ、高遠のスキルか! 目標変更! 高遠を狙え! EXじゃなけりゃあ捕まえられる!」
テラスを倒すのが面倒とわかった途端、彼らは目標を変更した。
「ロビン! 回避!」
全員の攻撃を回避しつつも、ロビンは矢を放っていく。
「随分と寂しいこと言うじゃねぇか、無視しろなんてよぉ!」
日代の言葉と共に、強大な剣圧放たれた。
それを回避し、体勢を崩した兵藤先輩の相棒をリリィは逃さない。
「リリィ、ぶん殴って!」
リリィの攻撃がヒット。だが兵藤先輩の相棒は倒れない。
「軽い! 反撃しろ、鬼一!」
「させません、アクアランス!」
しかしその反撃も平和島の攻撃で防がれる。
「いいか、スキルとアビリティを惜しまず使え! あいつらは平和島がいる限り使わねぇ!」
正詠の叫び声に全員が頷き、相棒達は武器を強く握り直す。
攻防激しい戦いだった。
一騎当千は統制の取れたチームワークで戦い、僕と正詠、平和島を狙った。けれど狙いがわかるのなら僕らも守りやすい。間あいだで日代や遥香が援護に入り決めの一手を防ぎ続けた。
僕らのチームは隙が出来た相手を一人でも見つけると全員で攻めたが、進藤先輩の的確な指示が飛ぶことで大きなダメージを与えることが出来なかった。
そんな戦いが、長く続いた。
――残り五分です。
これは……やばい。
「作戦通りだ。よくやってくれたな、みんな」
進藤先輩の言葉と同時に、彼らは攻撃の手を止めた。そして、工藤先輩、山本先輩、兵藤先輩たちの後ろに、進藤先輩と藤堂先輩が立った。
「なぁ情報初心者。延長戦では体力、技力共に完全に回復することを知ってるか?」
じりと、ノクトが半歩足を擦ると、ばちりと雷が落ちた。
「なんでわざわざ大将とプライド・プレイヤーが勝負を挑んだと思う? 仲間が揃うまで待っていれば良いと思わないか? だけどそれは撒き餌みたいなもんなんだよ。那須にはさっきも言ったけどよ、お前たちは短期決戦を狙っているだろ。だったら、この二人を見逃すなんてことしないよな?」
一呼吸置いて。
「俺たちが最も注意しなければいけなかったのは、奏を平和島と戦わせないこと。だから俺が進んで那須と平和島と戦った。那須と平和島を俺を倒そうとする。まぁ天広と日代がこっちに来たのは予想外だったが……それでも俺たちの作戦通りだ」
――残り四分です。
進藤先輩と藤堂先輩の二人は武器をしまう。
「俺たちは確実に勝てる方法で勝つ。最初から俺たちの狙いは〝プライド・プレイヤー同士の戦い〟だ。高遠、お前が奏に勝てるわけないからな」
そんな二人とは対称的に、残りの三人は武器をしっかりと構え直している。
「延長戦ではまた決まったランダム位置からの戦闘だ。俺と奏は十五分全力で逃げ切るぜ? 逃げ回れる自信はあるからよ」
三人の壁から、進藤先輩の狂暴な笑みがはっきりと見えた。
「工藤、兵藤、山本。囮は任せた。負けてもいい。気楽にやってくれ。それと奏、もういいぞ」
「うん。じゃ、あんたら情報初心者とはここでバイバイだね」
――スキル、静寂。ランクAが発動しました。一定時間、敵味方含めスキルとアビリティが使用不可能となります。
勝利を確信した相手の笑み。
「あんたらさ、俺たち情報初心者のこと舐めすぎ」
しかし、その笑みは正詠も浮かべていたのだ。
「ロビン、あの余裕のツラを〝ぶち壊せ〟」
――残り三分です。
あと三分。
まだ僕も、他のみんなも、あいつ《進藤先輩》を殴ってない。
ロビンが僕らの前に立つと、指を一本立てる。
正詠の言葉に「ははっ!」と進藤先輩は短く笑った。
「お前らホントにはったりが下手だなぁ! 乗るかっての、そんなもんに! 退くぞ、奏!」
一歩、進藤先輩が足を踏み出した途端、爆発が起きた。
「は?」
それはもう一歩彼が進んでいたら、足元で爆発していたものだ。
「あと五十はあるかな?」
正詠の余裕の笑みは崩れない。
「アビリティ? でもアビリティは使えないはず!」
藤堂先輩が驚きの声を上げると、再び爆発が起きた。
「俺たち全員とあんたら全員がドンパチ始めた時点で、詰んでるんだよ、あんたら情報熟練者は」
また爆発が起きた。
相手は何が起きているかもわかっていないようだ。それはもちろん、僕たちもだ。
「安易に攻撃させすぎだって、俺たちに」
連続して爆発が起きる。
それは先程、進藤先輩の退路を絶った箇所だった。
「静寂は既に発動してるアビリティに効果はないですよね」
「設置型のアビリティか!」
「アビリティコード113。投擲武器のみ使用可能なレアアビリティだ。俺は地雷矢って命名してる」
「なっ……あり得ない! 二年三年合同の全国模試で成績上位者に配布されたアビリティだぞ!?」
「俺、頭良いんすよ。その模試で五十位以内に入れる程度には」
進藤先輩をコケにした正詠は僕を見て、頷いた。
「正詠が道を開いた! 行くぞぉぉぉぉぉ!」
僕ら全員が駆け出した。
――残り二分です。
「くそっ! あとたった二分だ! 耐えてくれ!」
チーム一騎当千は踏ん張り、武器を全員が構え直した、だが。
「狙いは一人だぁぁぁぁ!」
工藤先輩、山本先輩、兵藤先輩の足元には既に正詠が放った矢がある。それが爆発し、壁だった三人を吹き飛ばす。そして進藤先輩と藤堂先輩の間で爆発が起きた。
「そんじゃ、まずは俺が一発だ!」
ロビンがツルギを殴り。
「そんで俺だ!」
次にノクトがツルギを殴り。
「ごめんなさい!」
そしてセレナがツルギを殴る。
続いてテラスが拳を固く握るが。
「あとたった少し! 情報初心者なんかに負けるかぁ!」
何度かの爆発を掻い潜りながら、エルレが突進してきた。
「僕はもう殴ってるから結構っす」
くるりとテラスはエルレへと振り向いた。
「すまない、テラス。我慢してくれるか?」
険しい表情で頷いたテラスは、エルレの攻撃を防御せずに体で受け止める。
「はっ! 好都合! 大将が囮になってくれんの!?」
「遥香ぁ!」
ツルギを殴り終わった全員は、各々が一人ずつ相手を止めにかかっていた。遥香が、リリィが……最高の一撃を放てるように。
「殴ることに関しては、うちの遥香は仲間内で一番だぜ?」
「その前にあんたを倒せば!」
「無理だっての!」
テラスはがっしりとエルレを押さえつけ、これ以上の攻撃を防いでいた。
――残り一分です。
リリィがツルギの前で左足を軸にし、体を捻った。
「あと一分、お前ぐらいの攻撃耐えてやる!」
強がりではないだろう。彼の笑顔はまだ余裕がある。それはツルギも同じだ。気持ちが挫けなければ、相棒はそう易々と倒れない。
そんな彼らを前に、充分に力を溜めてリリィは拳を振りかぶる。
耐えてやるという強い意思を進藤先輩とツルギは瞳に宿し、その拳を睨んでいた。
「おらぁ!」
だが、その拳が降り下ろされることはなかった。
その代わり、リリィの右足が思い切りツルギの股間にヒットした。
――残り、三十秒です。
場が静まり返り、ぐらりとツルギが前のめりに倒れかけたそのときに、ようやくリリィの拳が降り下ろされる。
「遥香、南南東に蹴り飛ばせ!」
正詠の掛け声に、遥香とリリィは頷き、ツルギを蹴り飛ばす。
「さすがにあれで終わりじゃあんまりだ……」
ぼそりと正詠は呟くと、いくつかの爆発が起きた。
――ツルギ、戦闘不能。よって、チーム・太陽の勝利です。
アナウンスと共に僕らは現実に戻り、すぐに機器を外した。
『なんということでしょうか……あぁ、信じられない』
地下演習場はしんと静まり返り、海藤の声が異常なほどに響いている。
『なんと……終了三十秒前で準決勝を制したのは、準決勝を制したのはぁ……!』
少しの間のあと。
『今大会初出場、二年のみで構成された、渾身の情報初心者! チーム・太陽だぁぁぁぁぁぁ!』
海藤の叫び声と同時に、観客席から割れんばかりの歓声があがった。
『史上二度目の、二年生決勝進出ーーーーー!』
そんな歓声を受けながら、僕らは遥香の元へと駆けた。
「やったね、遥香ちゃん!」
遥香の手を掴み、喜ぶ二人を前に我ら男性陣はというと。
「よくやったが……いくらなんでも、なぁ?」
正詠が僕と日代を見て苦笑いを浮かべた。
「那須、お前おっかねぇ奴だな」
日代は言いながら頭を振った。
「お前……金的て……」
正詠の咄嗟の機転で、不名誉な敗北は避けられたのが救いだろう。
「お前らなぁ……」
いつの間にか、進藤先輩たちは僕らの背後に立っていた。
そしてツルギはというと、進藤先輩の肩で股間を押さえたままうずくまっていた。
わかる、わかるよツルギ。いくらAIでも男だもんな。痛苦しいよな、わかる。
「卑怯なんて言いませんよね?」
遥香が胸を張って言った。
「言わねぇっての、全く。負けたよ、那須遥香。それと、戦ってる最中にお前を傷つけるようなこと言って悪かったな」
「仕方ないから許してあげます」
はぁ、と大きくため息をついて進藤先輩は正詠を見た。
「高遠。最初から読み通りか?」
その一言で、他の先輩だけでなく、僕らも正詠を見た。
「正直言うと半々です。太陽と日代が作戦を無視するとは思っていなかった。最後まであなた方が五人揃わなかったのは嬉しい誤算で、遥香がメンヘラ入ったのは予想外。でも、最後は僕らが全員揃うだろうなとは何となく予想してましたし、太陽があの作戦に気付いてキレるのは予想できたし、地雷矢を使うことになるだろうとは思っていました。でもまぁ……」
正詠は僕らを見て、微笑んだ。
「最後は全員で大将を倒すことは予想してました」
その回答に、進藤先輩だけでなく全員が笑った。
「ったく、お前らに負けた奴らが〝生意気な情報初心者〟って言ってたのがよくわかるわ」
進藤先輩は楽しそうに笑いながら正詠の頭を撫でていた。
「次が一番しんどいよ」
藤堂先輩の言葉がそんな和やかな雰囲気を一気に引き締める。
「なんだよ、藤堂……先輩は心配してくれんのか?」
一瞬呼び捨てしそうになったが、日代は何とか先輩という言葉を付け加えた。
「あんた、ちゃんと先輩って言えるんだ」
「うるせぇ」
戦いが終われば日代もわざわざ極端な悪態を付かない。それはどうやら藤堂先輩も同じようで、バディタクティクスのときの凶暴さは感じられない。
「心配してるよ、そりゃあ。私たちに勝った後輩だもん」
進藤先輩とそっくりな笑みを浮かべて、藤堂先輩は日代を叩いた。
「勝ちなよ、特攻隊長」
「けっ」
一連の会話が終わると、街道がマイクを持ちながら僕らの前に現れた。
『さぁチーム太陽! 決勝戦の意気込みをどうぞ!』
マイクを受け取って、僕は全員と顔を見合わせて頷き合った。
「僕達は上がってきたぞぉぉぉぉぉぉぉ! どうだ情報熟練者!」
わぁっと、地下演習場は更に盛り上がる。
「決勝戦も魅せてやるぜ、僕らの快進撃をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そう。僕たちは、決勝に駒を進めたんだ。