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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
6/22

第六章 守るべきもの

   防衛戦/1


 ゴールデンウィークが過ぎた学校というものは、独特な雰囲気があると思う。

 休みが終わってしまった疲れというか、虚無感というか。これがよくニュースにもなっている五月病というものなのだろう。かく言う僕もその多分に漏れず、勉強やら相棒やらの件で大分疲れてはいる。


「おはよー太陽」

「おっす」


 大きくあくびをしながら、遥香と正詠が僕に声をかけてきた。

 二人ともこのクラスの中でも一層疲れが強そうに見える。


「どうしたんだ、二人とも?」

「部活と勉強の両立は大変なんだよ、太陽。知ってた?」


 遥香は大きくため息をついて答えた。


「そりゃあわかるけどよ、なんかいつも以上に疲れてないか?」

「バディタクティクスの校内大会に参加する先輩がいる部活はな、今が一番キツいんだ。受験勉強、最後の大会に向けた部活、バディタクティクス……先輩たちのストレスがマッハだから、いつも以上に厳しいしな」


 今度は正詠が答えた。

 僕にはわからないいざこざが彼らにはあるのだろう。こんな姿を見ていると、部活に入らなくて良かったと思う。


「あぁそれと太陽。今日の放課後に校内大会の抽選と練習日の割り当てがあるから帰るなよ」


 正詠は疲れ果てた声でそう言うと、自分の席に戻っていく。

 遥香も自分の席につくと、ばたりと突っ伏して、ホームルームまでの僅かな時間を休息に充てることにしたらしい。

 ぴこん。

 休息が必要?


「そうだな。遥香と正詠には必要かもな」


 これからは二人に聞くだけではなく、少しは自分で調べることにしないと。


「なぁテラス。バディタクティクスのルールとかもう一度確認したいから、いつでも開けるようにブックマークしといてくれ」


 テラスは笑みを浮かべて頷いた。


   ◇


 放課後、僕と正詠は体育館に向かった。

 ここでバディタクティクスの対戦相手の抽選と、練習日の割り当てが行われるらしい。大会参加者以外は侵入禁止らしく、体育館の入り口前には多くの生徒がたむろっていた。


「すげーな。みんな興味津々なんだなぁ」


 人混みを掻き分けて体育館に入り、正詠に話しかける。


「というより、王城先輩目当てだろう」


 正詠がその王城先輩を見ながら言った。


「相変わらず男前だよなぁ」


 王城先輩は椅子に座りながら相棒と共に何かを探していた。


「優勝するつもりなら絶対にあの人と当たるから覚悟しておけよ」

「覚悟するにしても、そもそもあの人のことよくわからねぇよ」


 とりあえず僕が知っているのは、男前で勉強ができてバディタクティクスが強いということだけだ。


「試合は見学できるから、それを見ればよくわかる」

「何、ビームでも出すのか?」

「そんなもんだ」


 適当に答えているのか、それとも本気なのか。正詠の声の調子からは判断できなかった。


「ほら座るぞ」


 正詠が指を指したパイプ椅子には、『チーム太陽』と印刷された紙が背もたれに貼られていた。


「何て言うかさ、めっちゃ恥ずかしいんだけど」

「我慢しろ。俺もこのチーム名を仮で出していて修正するの忘れてたんだ」


 僕と正詠は椅子に座る。十数分すると全ての椅子が埋まった。


「チーム毎に座っている人数違うけど意味あるのか?」


 王城先輩のように一人のチームもあれば、五人全員が座っているチームもある。もちろん僕らのように人数が半端なチームも多く見られた。


「別に理由なんてないぞ。最低限一人いればいいんだ。まぁ……あの人みたく一人で来る方が珍しいがな」


 正詠の瞳は〝敵対者〟を見る目だった。しかし、それは一人だけじゃない。周りのチームも王城先輩に向ける瞳には、その色が含まれている。

 何て言うかな、そういうのは好きじゃない。


「太陽、お前のことだ。周りの反応に何かしら思うところがあるんだろう?」


 隣に座っている正詠は正面のステージを見ながら口を動かした。


「んー……何ていうかさ、親の仇でも見ているみたいで好かない」


 僕も正詠と同じく正面のステージを見ながら話しかけた。


「仕方ないさ。あの人は敵を作りやすいからな」


 そこまで話すと今までざついている空気がしんと静まり返った。自然と僕らは体育館の入口へと視線が向いた。

 あの気の良い校長を先頭に、数人の教師が続いて現れる。彼らはそのままステージに向かった。途中で一人の生徒からマイクを受け取り、ステージに上がった。全く気付かなかったが、そのマイクを渡したのは僕のクラスの海藤かいどうだった。


「やぁ」


 ほっこりとした笑顔で気さくな挨拶をする校長に、僕は緊張が解れた。


「今日はみんなが楽しみにしているバディタクティクス校内大会の抽選会だ。この大会に優勝すれば、地区大会への参加資格を得られる」


 空気が一瞬蠢いたが、すぐに落ち着いた。


「さて、校長の長話などあんまり好きではないだろう? 早速抽選会を始めようか」


 校長はみんなを見て頷き、先生方を見てまた頷いた。


「では、これよりバディタクティクス校内大会の抽選会を始める。前回優勝者のチーム『トライデント』、王城。前に出ろ」


 次に声を上げたのは、生徒指導の峰山だった。


「はい」


 低いがしっかりと通る声が、僕には重く感じた。ステージに上がる際に、彼は僕らを見た。瞳は鋭く、どこか寂しそうであった。彼の周りに相棒らしきものが現れて、くるりと回った。


「なぁ正詠……あれってよ」

「王城先輩の相棒だ。名前は『フリードリヒ』。去年はあのフリードリヒ一人で優勝したようなもんだぞ」


 遠目で詳しくはわからないが、長い銀髪が特徴的な相棒だ。その相棒は、王城先輩が抽選箱に手を入れるとすぐに消えた。

 王城先輩はすぐに箱から手を抜いた。その手には数字の1が記されている紙があり、高々と掲げていた。


――けっ、こんな時まで一番かよ。

――王城と当たらないようにするには3番以降を狙わないといけないのか。

――今年は新人も多いし、あいつに当たる可能性も低いだろうな。


「次」


 どうやら椅子の並び順は前回の大会の順序で、新人たる僕らは後のようだ。


「っていうかさ、王城先輩ってやったらとヘイト稼いでるよな」

「去年はひどかったからな」


 正詠は懐かしむように話し始める。

 そういや去年のバディタクティクス校内大会は、僕も正詠に付き合わされて見学したことがあったっけ。いや、うん。正直気持ち良いものじゃなかったけど。


「あれな」

「思い出したか、太陽」


 去年の校内大会では、王城先輩が一人ずつ……一人ずつ倒していった。執拗に、惨たらしく。


「にしてもこれは空気が悪い」

「ほとんどがあの人にボコボコにされた人たちの後輩だ。今回は先輩の雪辱戦なんだろ」


 正詠はため息をついた。

 続々とステージに上がっては紙を掲げては帰ってくる。気付けばそろそろ僕らの番だ。


「いいか太陽。2番は引くなよ」

「おう、任せろ。僕はくじ運かなり良いぞ」

「それだけは信じてやる」


 まだ王城先輩の隣……つまりは初戦で当たるチームは決まっていない。見たところ空いている枠は四つだ。


「2番だけは絶対ダメで、あと3番、4番もな。9番以降だったら王城先輩と当たるのは決勝戦だけだ」


 正詠はこそりと呟いた。僕はそれに頷いて、ステージに上がる。

 座っている人たち全てが、僕らに向けられているようだった。大きく息を吸って、少しずつ抽選箱に向かう。

 自分がこんなに緊張しいとは思わなかった。


「天広くん。ようこそ、バディタクティクスの世界に。私たちは君を歓迎するよ」


 校長の優しい笑顔と言葉が、僕の気持ちを解す。


「きっと君は、良いくじを引ける」

「はい」


 校長の声に頷いて、僕は箱に手を入れる。


「ちょいさぁ!」


 一気に引き抜いてその番号を正詠と共に見る。


「16番!」


 そのくじを掲げると、僕らの後ろにいる人たちは数人がため息を吐いた。


「よくやったぞ、太陽。これで決勝戦以外はあの人と当たらない」


 肩を叩かれ、僕は安堵の息を漏らす。

 ステージを降りると、海藤がウィンクしてきた。「なんだよ」と言うと、「やっぱくじ運良いよな」と返した。

 パイプ椅子に座ってステージを見た。どうやら最後まで2番は残っていようで、僕らと同じ二年のチームがそれを引いて肩を落としていた。


「では、トーナメント表を出すぞ」


 ステージに大きくトーナメント表が表示された。真ん中に大きく優勝の文字がある。王城先輩のチームは左上、僕らのチームは右下だ。


「へへ、何かいいかも」

「何がだよ太陽」

「ん? だってよ……僕たちは〝上がって〟いくけど、王城先輩は〝下がって〟行くんだぜ? 僕たちの作戦通りじゃん。情報熟練者エキスパートを、情報初心者ルーキーの舞台に引きずり下ろす! その舞台は決勝戦だぜ?」

「おまっ……」


 僕の言葉に正詠は噴き出した。


「くくく、いや、いい。それぐらいじゃないと大将は務まらない……はははっ!」


 珍しく正詠のツボに入ったらしく、遂には声を上げて笑い出してしまった。変な注目を浴びてしまったが、校長の咳払いでさすがの正詠も笑いを堪えた。


「さて、今回は十六ものチームが参加してくれた。しかもその半数は新人の二年生だ。もちろん、三年生のチームにも期待しているけどね。先程二年生が面白いことを言っていた。君たちも聞こえたろう? 情報熟練者エキスパートを、情報初心者ルーキーの舞台に引きずり下ろす! 良いじゃないか! ゲームは番狂わせが最高に面白い!」


 校長の顔は明るく、少年の頃を思い出しているように見える。そんな校長の顔を見ていると、どことなく楽しい気持ちになった。


「だから期待しているよ、情報熟練者エキスパートの諸君、情報初心者ルーキーの諸君」


 校長の言葉に、誰も何も言わずとも拍手が起こる。その拍手を受けて校長は体育館から去っていった。その後にステージに上がったのは海藤だ。


「ではこれより練習日の割り当てを行います。三年生の練習日の割り当ては前回の大会の結果から。二年生は既に運営委員の我々が平等に割り当てています。フルダイブができる貴重な日です。忘れることにないようにお願いします」


 海藤は一つひとつチームを呼んでいき、談笑を行った。僕らのときも海藤はその笑顔のままで話を続けた。


「期待してるぜ、俺らの太陽」


 海藤から渡されたプリントには、校内大会までのスケジュールが記載されていて、僕らの練習日が赤く塗られていた。一日だけ、しかも午後だけだが。


「いくらなんでも少なくね?」

「これでもかなり捻じ込んだんだぞ。今年は新人が多くてな」

「クラスメイトだろ、頼むよぉ」

「勝てばどんどん練習日も増やせる。気張れよ、ナマコの太陽?」


 テラスが現れて、机の上で刀を振るった。


「おーおー元気だなぁ」


 あっはっはっと笑って、海藤は僕の肩を叩いた。


「さぁ次だ」


 僕と正詠は二人で軽くため息をついて、体育館を後にする。


「俺は部活に出てくる」

「おう。いつも通りホトホトラビットにいるよ。遥香たちもこの結果を待っているみたいだし」

「じゃああとでな」


 頬を膨らませるテラスを肩に乗せながら、僕は一人でホトホトラビットへと向かった。

 ホトホトラビットは珍しく客が僕ら以外は誰もおらず、いつもの角の席で遥香、平和島、日代がノートと教科書を広げていた。何度見てもこの風景は慣れない。というか、日代が勉強しているのがあまりにも似合わない。


「何見てんだよ」


 日代が広げている教科書に目を向けると、どうやら歴史の教科書のようだった。

 ひょいと教科書を奪ってみる。


「ガキみてぇなことしてんじゃねぇよ」


 言いながらも、日代は教科書を取り返すような仕草を見せない。


「なぁんか似合わないな、日代」


 僕は椅子に座りながらそう言うと、日代は大きくため息をついた。


「最近ノクトがうるさくてな。これだから相棒は面倒だ」


 日代が頭を振ると、ノクトが現れて日代の肩に乗った。すると平和島の隣に座っていた平和島の肩にセレナが現れて、距離がありながらもノクトをじっと見つめて微笑んだ。


「なぁ日代。昔話聞きたいんだけど」

「何言ってんだテメー。まずは大会の抽選の結果を教えろよ」

「お前が話さないと教えない」


 テラスが出てきて机の上に降りると、手鞠を取り出しセレナとノクトにそれを見せた。セレナは笑みを浮かべ頷いて、机の上に降りて二人して手鞠を始めた。それを見ていたノクトは二人の遊びに僅かでも興味を示したのか、少しして机に飛び降りてセレナらの遊びを見守っていた。


「マジで言ってるのか?」

「マジもマジ。超マジ。セレナたんとノクトたんの話を聞きたいお」


 テラスが手鞠をつきながらこちらを見ている。


「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ  せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」


 楽しそうに手鞠で遊ぶテラスとセレナを見て、ノクトは自然と首を上下に動かしていた。


「蓮ちゃん、話してあげてよ。セレナとノクトもきっと楽しんでくれると思うよ」


 眉間に皺を寄せ、日代は頭を振った。


「だからそういうことじゃねぇんだっての」

「お願い、蓮ちゃん」

「……笑ったらやめるからな」


 狼狽している日代だが、幼馴染の平和島の頼みを断ることはできないようだ。そんなタイミングで、おっちゃんは僕に紅茶を出してくれた。


   防衛戦/夜曲


 昔々、自然が多く残る小国で、一人の少女が泣いていました。

 少女は光に当たれば輝く美しい長い髪、瞳の色は空のように明るい瞳。街を歩けば振り返らない男はいないほどの美しさです 

 夜、大きすぎる部屋の窓際で、少女は月を眺めていました。

 少女はこの国の王女でした。何不自由ない生活を送っている彼女は、今まさにその生活に涙を流しているのでした。


「きっとこの国に、私の居場所などないのね」


 誰もが彼女を王女として接します。 誰もが彼女と真に向き合おうとしません。


「きっと私が王女でなくなったら、みんな私のことを嫌いになるんだわ」


 彼女は恐れに涙を流していたのです。自分の価値というものがわからずに。


「助けて、誰か助けて」


 彼女は月に向けて言葉を投げました。


「あぁ全く。どうしてあんたはそんなに泣き虫なんだ」


 静かな夜に、急に声が届きます。声は外から聞こえます。彼女は驚き窓際から離れます。


「頼むから俺が見ているときに泣くのはやめてくれ。俺が泣かしているみたいだ」


 窓際に黒い影が現れました。その影はゆっくりと部屋に侵入します。彼女は驚きのあまり声も出せません。


「はじめまして泣き虫王女」


 揺らぐ蝋燭が、彼の姿を朧気に映します。


「あ、あ、あなたは、一体……?」


 ようやく彼女は言葉を口にしました。彼女の心臓は早鐘のように鳴っています。


「俺はノクターン。まぁ、なんだ。あんたの見張り番だ」


 彼は大きくため息をついて、頭を振りました。


「見張り、番……?」


 安堵から彼女はその場に座り込みました。そんな彼女を彼はそっと支えます。

 彼は優しく言葉を紡ぎます。


「さぁ涙を拭いてくれないか。あぁくそ、本当なら姿を見せるつもりもなかったのに」


 白のハンケチをノクターンは差し出しました。それを彼女は受け取り涙を拭きます。


「セレナーデ王女、あんたはいつも泣いてばかりだ。そんなにあんたは自分が嫌いか?」

「私が、私を……ですか?」


 赤く腫らした瞳を彼女真っ直ぐに彼へと向けました。


「そうだ」


 少し迷って、セレナーデは答えます。


「わかりま、せん。わからないのです」

「王女であることは嫌いか?」

「わかりません……」

「王は……父のことは嫌いか?」

「お父様は大好きです」

「この国は嫌いか?」

「大好きです」

「民は、この国に生きる民は嫌いか?」

「大好きです」


 そのとき、蝋燭の灯りが大きく揺らめいてノクターンの顔を照らします。彼は微笑んでいました。


「民が自分を傷付けて、あんたは笑えるか?」

「そんなことありません!」

「民が苦しみ、泣いているのを見て、あんたは笑えるか?」

「そんなことを言うのはやめてください! 笑えるわけがありません!」


 ノクターンはセレナーデの頭に手を乗せ優しく撫でます。


「自分の存在を疑い、自分の存在に苦しみ、涙を流す王女を見て民は笑うと思うか? 喜ぶと思うか?」

「それは……」


 セレナーデは俯いて口籠りました。


「明日、城下町に行くといい。そして、民の手を握り微笑んでみるといい。語りかけてみるといい。そうすればきっと、愛されているかどうかがわかる」


 ノクターンは彼女の頭から手を離して、背を向けました。


「次は君の笑顔を見せてもらえると安心する。セレナ」


 ノクターンは夜に溶けるように消えました。


「セレナ……あの方は私をセレナと呼んだわ。セレナーデ王女でも、王女様でもなく、セレナと」


 セレナーデは……セレナは一筋だけ涙を流して、微笑みました。

 翌日、セレナは城下町へと出ました。お付きの騎士が沢山いましたが、それでも彼女は楽しそうでした。

 そして、一人の少女を見つけ語りかけます。


「今日はとても良い天気ね、お嬢さん」


 そう言って微笑むと、少女も彼女に微笑みを返しました。


「何をして遊んでいたの?」


 少女は「鬼ごっこ」と返します。

 セレナは少女の手を握って、また微笑みます。


「元気な子は大好きよ。怪我をしないようにね?」

「うん! 私もセレナーデ様のこと大好き! 綺麗で、優しいもの!」


 元気に返事をして、少女は友人と共に遊びを再開しました。

 その後に、セレナの元に多くの人々が集まります。


「セレナーデ様、うちで採れたりんごです。一口いかがですか?」

「セレナーデ様、こちらにお座りください、敷物を用意しました」

「王女様、新作のお菓子なんだけどいかがですか?」

「王女様、是非絵画を描かせていただけませんか?」

「こんなところに来てくれるなんて! 今日は王女様を近くで見られて幸せです!」


 皆が思い思いに喜びを口にします。

 セレナは涙を流しそうになったのを必死に堪え、また微笑みます。


「ありがとう、皆さん。私はあなた方が大好きです」


 感謝の言葉をかけると、民は微笑みました。


   防衛戦/2


 日代はふぅと短く息を吐いて、気恥ずかしさから紅く染めた頬を掻いた。


「とんだ赤っ恥だ」


 日代はそう言うが、どこか清々しい顔をしている。そんな彼の顔を見て、僕も遥香も気持ちを抱いているはずだ。


「日代ってさ、話作るの中々じゃん」

「うん。正直私驚いたよ」


 僕らの言葉に喜んだのは日代ではなく、平和島だった。


「そうなの! 蓮ちゃんは絵本作家目指してるから、お話作るのとっても上手なんだよ!」

「透子! おまっ! ばっ!」


 頬だけでなく顔まで真っ赤に染めて、日代は僕らと平和島を交互に見た。にまにまとした笑みを僕と遥香が向けていると、やがて諦めたように大きくため息をついて肩を落とした。


「もういい、声出して笑えよ」


 その様子は不良じみた様子もなく、素の日代のようだった。そんな姿を見て遥香は楽しそうに笑う。それは相棒にも影響されているようで、リリィはノクトをからかうように小突いていた。


「ねぇ、それから二人はどうなんのさ?」

「……どうでもいいだろ、そんなの」


 冷たく答えて、日代は紅茶を口に運んだ。一瞬で空気が変わったために、僕も遥香もきょとんと彼を見る。


「えっと、私はノクターンがセレナーデに剣術を教える話が好きだよ」


 平和島がそんなことを口にすると、セレナが剣を出してノクトに切っ先を向けた。ノクトは頭を振って、大剣を抜いた。二人はまるで舞を踊るように剣を交わし始めた。

 それを頬杖ついて僕は眺めていると、テラスが肩までよじ登ってきた。横目で見ながらテラスに微笑むと、テラスもそれに応えるように笑みを返した。


「いつか話してくれよな、日代」


 日代に視線をむけると、「いつかな」とぼそりと答えた。


「楽しそうだな、みんな」


 ため息をつきながら正詠は現れた。そして遥香の隣に腰掛けて、遥香の紅茶をぐいっと一口で飲み干した。


「あー!」

「やっぱり日代の親父さんのお茶は美味い。おかわり」


 正詠が言うより速いか、おっちゃんは僕らに新しいお茶を淹れてくれた。


「太陽。もうみんなに言ったのか?」

「いいや全然。日代大先生の昔話を聞いてた」

「なんだそれ、楽しそうだな」


 言いながら、正詠はテーブルに一枚の紙を出した。それはバディタクティクス校内大会のトーナメント表と練習日の割り当てだ。


「昔話はあとで日代大先生からじっくり聞くことにして……俺たちの初戦は来週末。練習日は水曜日の放課後の二時間だけだ」

 正詠は頭を掻いて大きくため息をついた。


「対戦相手は、チーム・チェックメイト。チェス部を主軸とした二年三年の混合チームだ」

「おー。混合チームってことは私たちにも勝ち目あるじゃん。やりぃ!」

「遥香、お前マジか」

「え?」


 隣にいる遥香を見て、正詠は更に狼狽してため息をついた。


「なぁおい那須よ。三年と混合ってことはよ、それだけその二年が強いってことだ。少なくとも最近始めた俺たちよりは、だけどな」


 日代はノクトをつまむように持ち上げて自分の方に乗せた。


「そして問題は相手がチェス部が主軸ってことだ。戦略に関しては一枚も二枚も上手うわてだ。こっちの作戦にかかってくれればいいんだが」


 正詠はノートを取り出した。ノートを覗いてみると正詠らしい神経質な文字がびっしりと書かれていた。その中には僕や遥香、平和島や日代の名前が見えた。


「なぁ正詠。少し悲観的過ぎないか。もっと僕らのこと信頼しろよ」


 そんなことを言うと、正詠は顔を上げて僕らを見た。一人ずつ顔を見ると、正詠は口元を僅かに緩めた。


「そうだな、すまん」


 うん、と正詠は頷いてノートを捲る。


「というわけで作戦会議だ」


 今度は僕らが頷いた。


「校内大会のルールは……把握していないよな、太陽?」

「ふふん、勉強してるから無問題だ。校内大会は公式大会とは違って、試合開始位置は決まった五か所からランダム。戦闘フィールドは一回戦毎に変更だけど、事前に通知される。どうだ、ちゃんと調べたぞ」


 少しの沈黙の後。


「明日は嵐かもしれない。明日は雨具は持つように」


 あの平和島すらも驚きを隠さず、みんなが僕を何とも言えない表情で見つめてきた。


「僕だって迷惑かけてる自覚はあるんだぞ」


 というよりも、自分だけが馬鹿にされたりからかわれるのはともかく、何も悪くないテラスまで出来ないように思われるのが、正直嫌だったというのが本音だ。


「いや。かなり時間短縮ができた。これからも最低限のことは調べてくれよ。わからないことは教えるから」


 正詠はノートに長方形を描いて、その左右の短辺付近に、丸を十個描いた。


「一回戦のフィールドは市街地。相手の構成は三年生が三人、二年生が二人だ。三年に関しては多少の情報があるんだが、二年はどうしようもない」


 チーム・チェックメイト。三年生の名前と各ス キルをノートに書いた。


「この三人のスキルで特に注意しないといけないのが、大将の『一気呵成』、『二重役者』の二つだ」


 正詠はその二つのスキルをノートに書いた。それを見て平和島が口を開く。


「確か『一気呵成』は味方全員の攻撃と機動を上げるスキルで、『二重役者』は……」

「自分のスキルと味方のスキルを複合して使用できるスキルだ。一気呵成もそうだが、レアなスキルだな」


 平和島が途中で切った言葉の続きを、日代が口にした。


「相棒のスキルは最低でも二つある。単純計算で大将は合計十種のスキルを使えると思っていい」


 最低でも十種類のスキルを持つ相手。

 こういうゲームは多くの作戦を立てられる方が有利なのは言わずもがなだが……敵になると面倒なのも言わずもがなだ。


「ま、こっちは十八種以上のスキルを使える奴がいるけどな」


 正詠はペン先をこちらに向けた。


「もっと言うなら、敵味方九人のアビリティも詳細さえわかれば全部使えるんでしょ? 最強じゃん!」


 遥香は楽しそうに笑って、平和島は頷いた。


「とはいえ、太陽のスキルは隠しておきたい。最初からはっちゃけると後々警戒されるからな」


 こめかみに指を当てて正詠はまたノートに視線を落とした。そこからは少し下沈黙が場を制する。僕ら全員も彼に倣うように黙ってしまったが、相棒たちはそんなことも気にせずにまた机の上で遊びだした。

 テラス、セレナ、リリィは手鞠で遊び、ロビンとノクトは何か書物を出して話すような仕草をしている。

 僕は戯れでテラスの頭を指で撫でてみた。満面の笑みを浮かべてそれを受け入れるテラスに、言い表せない感情を抱く。


「なぁ正詠。出し惜しみとかなしで行こうぜ。テラスのスキルを警戒してくれるならそれでいい。僕たちの作戦通りじゃないか。強かったり珍しいスキルを相手は使わないってことはさ、僕らの作戦通りだ。情報熟練者エキスパート情報初心者ルーキーの舞台に引きずり下ろす。充分だと思うよ。面倒なことはあとで考えよう。とりあえず今はさ……」

 テラスは僕の指を付かんで、頬ずりしてくる。その様子に、僕の心の中はとても温かくなる。


「みんなで楽しもうぜ」


 正詠は困ったように微笑んで肩を竦めた。


「そうだな。楽しむのが一番大切かもな」


 正詠はノートをぱたりと閉じると、頭を掻いて紅茶を一口飲んだ。


「よし、じゃあ難しい話はここで一旦やめよう。来週の水曜日の練習の時に基本的なやり方を覚えることにしよう」

「大賛成」


 僕が片手を上げると、平和島と遥香もそれを真似るが、日代だけは腕を組んでふんと鼻で笑っていた。


「そんなわけで日代大先生。もう一回正詠に昔話をしてくれよ」

「……絶対にイヤだ」


 さすがの日代大先生も、二度も同じ話をするのは嫌らしい。


「じゃあ僕が代わりに話してやるよ、セレナーデ王女とノクターン卿の昔話、出会いの章ってやつをさ」

「そいつぁ楽しみだ」


 正詠は肩を竦めて日代へと笑みを向けていた。

 平和島の一件以降、日代への苦手意識というか敵対意識というか、そういったものは完全になくなっているらしい。対する日代も正詠に対して態度も柔らかくなり、前のような険悪な雰囲気はすっかりと無くなっていた。

 しかし、日代の昔話をする僕に対して、二人の態度はいつになく厳しかった。特にダメ出しをしてくる日代には、少しだけ苛立つほどに。


 そして僕らのバディタクティクス唯一の練習日でもある水曜日が訪れたのだが、ここで一つ事件が起きていた。


「なんで今日に限って地下演習場が使用できないんだ!」


 声を荒げたのは正詠だった。放課後の二時間が使用できるという話だったが、当日僕らが地下演習場に向かうと、「使用禁止」の札が張られていた。


「悪いとは思ってるんだよ、俺らも」


 地下演習場の受付をしていた海藤が、頭を抱えながら答えた。


「でもよ、動かないもんは仕方ないんだ。お前たちにはその……ぶっつけ本番でやってもらうしかない」


 海藤も相当参っているのだろう。きっと僕らみたいな文句を何度も聞いてきたのだろう。


「けっ。何が規則の中で守れ、だ。規則を守ってりゃあこんなんばっかりだ、くだらねぇ」


 日代は悪態をついて、去って行ってしまった。


「おい日代、待てって」


 それを正詠は追いかけ、残ったのは僕と遥香と平和島だ。


「ごめんな、海藤も大変なのに。あいつらには適当に言っておくよ。流れ的に一応恨むがな」

「恨むな。それとそんな流れはノーサンキュー」


 海藤は大きなため息をついたが僕の言ったことが冗談だと理解してくれたのか、その顔には笑みが浮かんでいた。

 僕ら三人は教室には戻らずに、ホトホトラビットに向かった。何となくだけど、そこにあの二人はいると思ったからだ。予想は外れることはなく、いつもの角の席に正詠と日代はいた。遠目からでも険悪で、大声を上げてはいないが何かを言い争っているのはわかった。


「……だから……そんなん……!」

「いいから……落ち着いて……!」


 おっちゃんと目が合うと、肩を竦めた後に顎をあの二人に向けた。どうにかしろということなのだろう。


「おーい二人とも」


 なるべく気さくに、なるべくいつも通りに声をかけたつもりだったけども、そんな気遣いは意味がなかったみたいだ。僕一人がそんなことをしたところで、二人の険悪な空気が直ることはなかった。


「なぁおい天広。こんなんで勝てるのかよ。勝てなきゃ何も楽しくないぜ」


 ぎろりとこちらを睨む日代の瞳は、確かな苛立ちが見て取れる。

 彼の言うことはもっともで、僕らが言わないようなことを日代が代弁してくれているような、そんな気持ちになる。


「日代が言っているのも理解できる。でも出来ないものは出来ないんだ。だったら、やれることを最大限にやるだけ。そうだろ、正詠?」


 席について正詠に声をかけるが、予想を外れて彼は重いため息をついた。


「そう……なんだけどな。すまんが、最大限にできることがデスクワークしかないんだ」


 僕に続いて遥香と平和島が座ると、おっちゃんがタイミング良くお茶を淹れてくれた。いつもいつも、このおっちゃんはタイミングが良すぎる。しかもおっちゃんが勝手に淹れてくれるお茶は無料という気の利いたサービスだ。


「えっとさ、どういうこと正詠?」


 遥香の笑みは引きつり、それを心配そうに平和島は見つめ、日代は頭を振っていた。


「このあたりで代わりにフルダイブできる施設を探してみたけど、どこも予約が一杯で抑えられなかった。他の人たちは学校以外でも施設予約とかして練習しているみたいだが、俺たちはそれができないってことだ」


 ふむ。つまり、僕たちは本気のガチで、ぶっつけ本番という素人ではやってはいけない事案が発生しているわけだな。だが、練習しても素人は素人。それに変わりはない。


「確かに練習できないのはキツいけど、もうそれでやるしかないんだろ? それに初戦を勝てばかなり練習日が増えるみたいだし、低い可能性に賭けるしかないか」


 日代はがりがりと不愉快そうに頭を掻いて、紅茶を飲んだ。


「あのなぁ……!」

「蓮ちゃん、そんなにカリカリしないで……」


 喉まで出かかっていた言葉を、日代は紅茶で流し込んだ。


「いいか……とにかく俺は負けるのは嫌だからな!」


 カップを乱暴に置くと、日代はお店の奥へと消えていった。鶴の一声というには少し違うが、場が良い意味でも悪い意味でも落ち着いたのは事実だ。


「さて、どうするかね」


 妙案が浮かばないので正詠を見てみるが、正詠は正詠で頭を抱えていた。遥香からは……打開策は出ないとして、平和島を見てみたが。


「ごめんね、蓮ちゃんが心配だから」


 平和島は鞄を持って日代を追いかけた。


「あいつら本当に付き合ってないのかよ」

「幼馴染ってそんなもんでしょ」


 おどけながら遥香は答えるが、こいつが言うせいで圧倒的に現実味を失っている。幼馴染という我ら三人の唯一の女子が言うことで、更にだ。


「幼馴染同士の恋とか憧れるわ、正直」


 そんなことを呟くと、二人の視線が僕に向けられた。


「遥香に恋はしない、安心しろよ二人とも」

「そういう意味じゃないんだが……まぁいい」

「うん、まぁいい」


 正詠がカップに手を伸ばしたが、すでに空になっていた。さすがにおっちゃんのサービスは終了してしまった……というか、息子を気にしているのだろうか。


「太陽、すまんな」


 正詠らしからぬ声色で謝罪をされては、僕としては何も言えない。というか、別に謝られるようなことはされていないのだが……。


「何に謝ってんだよ、正詠」


 ここまでやってくれただけでも充分だってのに。これ以上何かさせたらバチが当たるよ。


「とりあえず明後日の金曜日だ。イメトレだけはしっかりしとこうぜ。テラスも、みんなの相棒も全力を尽くしてくれるだろうしさ」


 テラスはいつの間にか正詠のカップに入って遊んでいた。


「テラス、明後日は頼むぜ?」


 テラスは力強く頷いた。


   防衛戦/太陽は沈まず


 昔、少女には好きな男の子がいた。

 みんなの中心にいて、いつも元気で、真っ直ぐで、純真で。

 いつも遊ぶ花畑で、少年はいつも笑っていた。

 笑顔は太陽のように温かくて、自然とこちらも笑みを浮かべてしまうような。

 そんな少年を、好きになるなという方が無理だったのかもしれない。


「ねぇ■■■■やっぱり■■■■■■■■なの?」


 少女は手鞠を弾ませながら少年に話しかけた。

 それを少年は手鞠歌を口ずさみながら眺めている。


「■■■■■■■■■ないよ。僕が好きなのは■■■■■だよ」


 手鞠歌を途中でやめて、少年は少女へと優しく声をかける。少女はまだはっきりとしない感情に戸惑ったが、少年へと向けたことのない笑みを向けた。

 少年は少女の笑みに少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐにいつもの太陽のような笑顔に戻った。

 少年少女の近くには、もう一組の少年少女がいた。

 花冠を少女は作り、少年は無感情な瞳でそれを眺めていた。やがて花冠を二つ作り上げた少女は、それを自分と少年の頭に乗せた。少年の表情は変わらないが、頬が少しだけ赤く染まっており、多少は嬉しいように見えた。

 それを眺めていた太陽の笑みの少年は、駆け寄りながらからかうような言葉を投げる。その後ろを手鞠の少女は追いかけた。

 からかわれたであろう当の本人は年相応の恥ずかしがりも見せずに、ただただ無言だった。

 花冠の少女は手鞠の少女の裾を掴んだ。


「ねぇねぇ。やっぱり■■ちゃんは■■と結婚したいの?」

「えー? うーん……■■くんが良いなら私は……」


 きゃっきゃっと少女二人の話のせいで空気は桃色に色付き始める。それを居心地悪そうに少年二人は聞いていたが、やがて少女二人の会話に飽きたのか花をどこまで遠くに飛ばせるかの遊びを始めた。


「もう、全く男ってのはろまんす、っていうのがないんだから」


 花冠の少女は手鞠の少女へと同意を求めた。しかし手鞠の少女は一心に太陽の笑みの少年へと視線を向けている。少女の熱の籠った視線に、花冠の少女も当てられた。


「■■ちゃん」


 こそりと、花冠の少女は声をかけた。


「なぁに?」

「■■はね、きっと■■ちゃんが好きだよ」


 手鞠の少女は耳まで真っ赤にして、花冠の少女と太陽の笑みの少年を交互に見やった。花冠の少女は得意気な笑みを浮かべて、手鞠の少女の肩へと小さな手を乗せた。


「私が連れてきてあげるよ、■■のこと!」

「いいの! やめ……て」


 手鞠の少女は花冠の少女に強く言った。あまりにも似合わないその語気に、花冠の少女は体をびくつかせる。


「ごめん……でも、本当にいいの。ありがとう■■ちゃん」


 この中の誰もが知る由はなかったろう。

 ましてや、〝今〟でもこの少年少女達は知ることはない。この少女の命というものが長くなかったということを。そしてこの手鞠の少女が、紛うことなき〝天才〟で、後の世を大きく変えた存在であるということを。


   防衛戦/3


 そして週末金曜日。教室は落ち着きが見られなかった。


――今日だよな、太陽のバディタクティクス初戦。

――めっちゃ応援してやろうぜ!

――負けたら慰めてやらないとな。

――高遠くんも出るし応援しないと!

――遥香も出るんでしょ? あの三人ホント仲良いよねー。

――うわ、日代や平和島さんも出るんだ。意外ー。


 注目されるのは嫌いじゃないけど、何かこういうのは恥ずかしい。


「……仕方ない」


 急に六現目の英語の先生が教科書を閉じた。


「五分前だが、授業はここまで。それと、この後のバディタクティクスには遅れるなよ、天広、高遠、那須、平和島、日代」


 呆れているように言っているようだが、先生の顔には笑みが浮かんでいる。

 先生が教室から出ていくと、一気に僕らの周りには人が集まった。


「なぁ太陽! 俺お前が勝つことに賭けてるんだよ!」


 高校生がギャンブルに手を染めるのはいけないと思うよ。


「負けたら慰めてやるからよ!」


 負ける気があるわけじゃあないんだけど、まぁありがとうございます。


「平和島嬢に絵を出すなよ、太陽」


 平和島は〝嬢〟を付けられる程の人気があるのか、知らなかった。確かに、その……おっぱいと女の子らしい性格から人気が出るのも理解できますが。


「応援してるからな、ナマコの太陽!」


 海藤はにかっと笑って教室から出ていった。

 まだチャイムが鳴っていないのだが……と思った途端にチャイムは鳴った。冷静を装ってスクールバッグに教科書などを詰めていくが、周りのせいでどうしても手が震えてしまう。


「お前なぁ……緊張するにしても限度があるだろう」


 正詠が呆れたように言って、遥香はその後ろでいたずらっぽく笑った。


「入学してからずっと思ってるんだがよ、どんだけこの学校の奴らはお祭り好きなんだよ」

「そう言えばそうだよね……一年生のときからこの学校はイベントを派手にやってるというか」


 宙を見て平和島が言うと、セレナが現れて学校のイベント写真を表示させた。


「お、去年の分もあるじゃん。ネットってやっぱ情報回るの早いなぁ」


 写真を見て、僕はようやっと鞄に教科書を詰め終わって立ち上がった。


「校長が祭り好きなんだよ。なんだっけな……〝学生は楽しむのも仕事〟だったかな」


 正詠が僕らの前を歩き始めた。


「あの校長ねぇ……」


 事なかれ主義っぽく見せてるけど、何ていうのかな……争い事が好きというか、競争事が好きというか。抽選のときもそうだったけど、人を煽るのが上手いんだよなぁ。


「それよりもここまで騒がれてさくっと負けたら恥もいいところだ」


 大きくため息をついた日代は頭を振った。


「何だ素行不良。最初から負ける気でいたら勝てるものも勝てなくなるぞ」

「うるせー優等生。俺はお前らと違って〝恥〟って言葉が辞書に載ってるんだよ」

「なんだ、〝恥〟なんて難しい言葉載ってる立派な辞書を持っていたのか。俺はすっかり辞書すら持っていないと思ったぞ」

「けっ」


 すっかり見慣れてしまった正詠と日代のやり取りが繰り広げられる中、僕らは遂に地下演習場へと着いた。

 扉の前からでもわかるざわつきは、僕らの足を止めさせた。


「いやぁ緊張するな」


 教室にいたときと似たような震えが、また出てくる。

 ぴこん。

 勝てば官軍。


「負ければ賊ってことかい、テラス?」


 ぴこん。

 勝たなけれないけません。あなたや、友達のためにも。


「はは、相棒にここまで言われちゃあなぁ」


 僕は大きく息を吸って、仲間を見た。

 みんな笑みを浮かべている。でも、その笑みには不安も見える。

 きっと僕も同じだ。


「行こう、みんな」


 僕らしくないけど、少しだけ真面目に。


「あぁ」

「うん!」

「おう」

「はい」


 ばらばらな返事だったけど、それが妙に安心する。

 地下演習場の大きな扉を、僕は開けた。

 眩しすぎるスポットライトと大歓声。それがまず僕らを出迎えた。


『さぁ! やって来ましたぁぁぁぁぁぁぁ!』


 次にきぃんと耳鳴りがするほどのマイク越しの大声。


『今回初挑戦のチーム太陽だぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 歓声はより一層の盛り上がりを見せた。


「ホント、祭り好きだな……」


 日代がまたため息をついた。僕は日代の肩を叩いた。


「すっげー静かで淡々としてるの想像してみ」

「……祭り好きで良かったってことにしとく」

『どうぞ、君たちの舞台にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』


 熱すぎる実況に、僕はふと気付く。

 この声、海藤だ。


「なぁ正詠。この声って海藤だよな?」

「あぁあいつ運営委員だからな」


 さらりと答えて、正詠は案内役についていった。

 案内役は一年生の女子で、遥香の後輩だった。『太陽』と書かれた紙の旗を手に、バスガイドのように僕らを先導していく。


「そういや私たちって試合見学とかしなかったよね。何で?」


 遥香が顎に手をやって口にする。

 確かにこいつが言うことももっともだ。というかこういう試合ってのは見学が物凄く重要だと思うのだけど。


「お前らちゃんとスケジュール見とけよ。俺たちの試合以外は昼休みとか授業中に行われているんだよ」

「なんだよそれ、ずりぃ!」

「そう思うか? 試合に参加した生徒は授業繰り下げてやるんだぞ。結果的に帰る時間も遅くなるし、俺は嫌いだ」

「いやぁやっぱ勉学を疎かにするのはいかんよ」


 筐体の前に全員が着くと、遥香の後輩は「相手のチームが来るまで少々お待ちください」とにっこり笑いながら言って、去っていった。遥香の後輩とは思えない可愛らしさだ。今度遥香に言ってライムIDとか電話番号とか教えてもらおう。あと好みのタイプとかもついでに。


『さぁこっちも来ましたぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! チーム、チェックメェェェッェェェェェェェェェェェェイトゥ!』


 僕たちの時よりも大きな歓声が見学席から上がる。声だけでこんなにも体がびりびりと震えるのは初体験だ。


『さぁ両雄揃いました! 今回はひそかな注目マッチです! 挑むは相棒をもらったばかりの産まれたて! チーム総合平均レベル22! まさに初心者、挑戦者! お前たちはこの試合で輝けるかぁ!? チーム・太陽!』


 ブーイングと歓声が丁度半々にまた会場で湧き上がる。一応歓声を上げてくれる人がいるのは嬉しい限りだ。おそらく僕らのクラスメイトとかだろうけど。


『対するチーム・チェックメイトは、去年の校内大会で準決勝まで勝ち上がった経験者二名が率いるチーム!』


 対戦相手の大将らしき先輩と目が合った。イケメンだった。ウィンクされた。勝たなきゃいけないと思った。


「もう一人の三年生は将棋部の主将だ。公式でのバディタクティクスの経験は少ないが、頭はキレるぞ」


 周囲の音の合間を縫って、正詠がこそりと僕に耳打ちしてくる。それに僕は黙って頷いた。


『構成は去年と同じ三年生三人、二年生二人! 若手であろうと積極的に! 美しい戦略でのチェックメイト、今年も期待してるぜぇぇぇっぇぇぇぇぇぇ!』


 海藤の野郎、実況慣れてやがるな。


『さぁ両チーム! フルダイブの準備をお願いします!』


 いよいよ、だ。いよいよ僕たちの初めてのバディタクティクスが始まる。

 深呼吸して、筐体の椅子に座る。

 平和島の相棒を助けようとしたときとはまた違った緊張感があって、口の中がからからに乾く。

 体の各所にリングを付けて、最後にヘルメットを被った。


――同志宣誓、共有宣誓ヲ確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト、セレナ。座標設定完了、フルダイブ準備完了。


 前にも聞いた機械的なアナウンスの声が聞こえた。

 ヘルメットから見える風景は、青い線で区切られた黒い世界。二度目の電脳世界だ。


――バディタクティクスモードでフルダイブを行います。よろしいですか?


 大きく息を吸って。


「頼む」


 一言、アナウンスに返した。

 前と同じく体が急にふわりと浮いたような錯覚と共に、体が落ちていく感覚が同時に襲い掛かった。


「んー慣れない」


 しかしそれは一瞬で、ふいに〝世界〟が広がる。

 けれど平和島の相棒を探していた時とは違って、五感全てで感じる情報は整然とされていて不快感はない。


「お、おう……これがちゃんとしたフルダイブ?」

「というよりも情報が制限されているから前みたくならないだけだ」


 正詠の声に振り向くと、でかくなっているロビンがいた。腕を組んでニヒルな笑みを浮かべている。何か腹立つ。


「前のって……セレナの時の?」


 平和島の声が聞こえてまたそちらに振り返る。


「ん。まぁな」


 髪を靡かせる自信満々な姿のセレナがいた。正直でかくなっているセレナを間近で初めて見たが、こいつ平和島に似てないな。なんか淑女っぽくないし。おっぱいは似てないくせに。

 そんなことを口には出していないのだが、何故かセレナの目線が冷たくなった。僕は何も言っていないのに。


「馬鹿なことやってんじゃねぇ」


 日代のノクトは呆れるように肩を竦めた。


「きゃー! リリィ凛々しいよー! かっちょいい!」


 リリィがポーズを決めている。

 チームとは言え、ホントこいつら自由だなって思う。もちろん僕を筆頭としてだが。


『両チーム準備は良いかぁ! ここで校内大会のみの限定ルールを紹介するぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 海藤の声がきぃんという耳鳴りと共に聞こえる。

 いくら実況とは言え、もう少し静かにしてほしい。こっちはヘルメットを通して直に耳から聞こえるから、ぶっちゃけうるさい。


『今回の校内大会では特別ルールである、〝誇り《プライド》〟制度を導入するぞぉぉぉぉぉぉぉ!』


 だからうるさいっての。


『今、バディタクティクス非公式大会で超! 有名な! ルールだぁぁぁぁぁぁ! 大将が倒されなくても、この〝誇り《プライド》〟を持っているプレイヤーが倒されると負けになってしまう特別ルールだ! 守るのは大将だけじゃない! 自分たちの〝誇り《プライド》〟も、お前たちは守れるかぁ!?』


 ……つまり僕が負ける以外にも、その〝誇り《プライド》〟を持っている仲間が倒れると負けになるのか。


「正詠、初耳なんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

「あのバカ校長の野郎、絶対面白そうだからって理由で導入しただろう。俺はそんなの持つのはお断りだ」

「とりあえず、その〝誇り《プライド》〟ってやつを持った人が倒されると負けちゃうんだよね?」

「そうなると正詠くんが持つのが良と思う」


 特に相談もすることなく、その〝誇り《プライド》〟というものを正詠に任せることに決めた。


――チーム・太陽。〝プライド・プレイヤー〟を設定してください。


 急なアナウンスに少しだけ驚いたが、〝プライド・プレイヤー〟とは、先程海藤が言っていた〝誇り《プライド》〟を持つプレイヤーのことだろう。


「僕たちはプライド・プレイヤーをロビン……高遠正詠に設定する」


――承知いたしました。チーム・太陽、プライド・プレイヤーをロビンに設定。ロビンの全スキル効果が一時的に上昇します。


 なるほど。プライド・プレイヤーに設定されるとスキル効果が上昇するのか。初耳なことばかりでかなりビビる。


――フィールドは市街地。これより転送いたします。


「いいか太陽。作戦通りに頼むぞ」

「おう」


 ふわりと体が浮いて、僕とテラスはどこかともわからないビルの中に飛ばされた。


――制限時間は三十分、三十分で勝負 が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、プライド・プレイヤー同士の戦いを行うことになります。


 いやねホントにね。こういうのはもっと事前に情報展開しましょうよ。急にテスト範囲変えるようなものだよ。


「僕らはプライド・プレイヤー同士の戦いになることだけは回避しないとな」


 隣にいるテラスが頷いた。


――試合……開始!


 けたたましいブザー音がフィールド全体に響く。


「僕たちは大将だからとりあえず待機しような、テラス」


 テラスはまた頷いた。しかし彼女の表情には緊張が見られ、刀を握る手は僅かに震えている。


「なんだよ、お前も緊張するんだな」


 テラスは僕の言葉に頬を膨らませた。そんなことを言う僕もかなり緊張しているのが確かだが。

 テラスは話すこともできないので、必然的に場は静まり返ってしまう。その静寂がまた、この緊張感を掻き立てていく。

 試合が始まるまでは動画などを見てイメージトレーニングをしていたが、やはり本番は違う。闘うのはこのテラスたちではあるのだが……臨場感といううか、責任感というか。そういったものがずしりと重く、自分の胸にある。


「こういうときだけは、お前と話せたらいいのにって思うよ」


 少しでも話せれば、この緊張感は柔らぐのではと思ってしまう。

 しかしそんなこと叶うわけはなく、やはり場は沈黙が支配するのだ。


「ん……? お前、文字で会話できるよな?」


 テラスは口の前で指を立て、静かにするようにこちらを諫めてくる。


――リリィが戦闘を開始しました。


 自分の視界の端からメッセージが現れる。


「これって……」


 ぴりと、僕とテラスの空気がより張り詰めた。

 テラスは鞘から刀を抜いた。探知できない距離で戦っているのかもしれないから警戒しているのだろう。

 正詠の作戦では、とりあえず僕は味方が揃うまで表に出るなと言われていたけど……。


――リリィにロビンが合流しました。


 ロビン……ってことは正詠が遥香と合流できたのか。あぁくそ。メッセージだけじゃあ相手が何人いるかもわからない。味方が揃うまでって、何人揃えばいいんだよ。


――セレナ、ノクトが戦闘を開始しました。


「……!」


 今度は平和島と日代か!?

 えーっと……戦闘でチームが分断されたときは。

 ぴこん。

 どちらか片方を援護すること。出来ることなら近距離の味方を。


「サンキュー。テラス、探知できるか?」


 瞼を閉じて、テラスは大きく息を吸い込んだ。

 ぴこん。

 詳細探知不可能。しかし一番近い箇所は北西北。向かいますか?


「勿論だ、行くぞ」


 わかっていたとでも言いたげにテラスは微笑むと、ビルの窓から飛び出した。僕の体は自然にテラストくっついて移動していて、まるで自分の体が空を飛んで移動しているようだ(フルダイブ中は常に浮いているので正確には違うかもしれないが)。しかし、これは……。


「ははっ! 何か楽しいなぁ!」


 ビルをハリウッド映画さながらに跳んで移動するテラスと共に、僕らはあっという間に二人を視界に収められるビルの屋上へと辿り着いた。


「テラス、探知」


 ぴこん。

 リリィ、ロビンが戦闘中。援護しますか?


「……少し、待とう」


 テラスは刀を握りしめ、唇を噛んだ。


   ◇◇◇


 白銀の剣閃が三つ走る。

 それを余裕で避けるのはボーイッシュな服装な相棒、リリィ。短い白髪を揺らしながら、彼女は楽しそうにその攻撃を回避する。


「ナイス、リリィ!」


 リリィの近くで小型化した遥香は、楽しそうに彼女を応援していた。その応援のおかげもあるのだろう、リリィは遥香と同じく楽しそうな表情を浮かべていた。


「あぁくそっ!」


 対する相手は遥香と同じ二年の相棒。リリィとほぼ同じ服装だがどこか武骨で、男らしい見た目だ。


「リリィ、一発!」


 遥香の掛け声に、リリィは固く拳を握りしめ、力を溜める。


臥王拳がおうけん!」


 遥香が模試で入手したアビリティ、臥王拳。敵単体に中ダメージを与える物理攻撃。レベルと不相応に取得できる珍しいアビリティの一つだが、その欠点はもちろんある。


「当ててね、リリィ!」


 それは命中率の圧倒的な低さ。当たればレベルの低い相棒でも強者に充分に渡り合える。しかし、それは〝当たれば〟だ。本気で勝ちにいく者ならば、きっとこのアビリティの取得は選ばない。だが、〝楽しむ〟ためなら。仲間も、きっとこのアビリティを取得することになる本人も。喜んで選ぶだろう。


「はっ! そんなもん!」


 攻撃される本人も勿論、そのアビリティの欠点に気付いている。最も警戒すべきは、〝負ける〟こと。ならば、知識を蓄えるのは当然だ。だからこそ、このアビリティを知っているのも当然。

 中威力超低命中。アビリティは名前を自由に付けられるとはいえ、それでも〝アビリティコード〟は変わらない。


「その通り、当たるはずない。でもな予想できたか?」


 してやったりと、〝正詠〟の声がする。

 この〝ゲーム〟は確率のみで計るゲームではない。例えば、例えばだ。放たれたアビリティの命中率が1%未満としよう。しかし、それを回避した後の相手に放った場合はどうだろう。相手が回避したせいで態勢を崩していたら? 軸足に力を踏み込むそのゼロコンマ一秒、そのタイミングで同じアビリティを使用されたら? そうなるとこの〝ゲーム〟は現実と類比する。

 それすらも計算するのが、このバディタクティクスの醍醐味だ。プログラムで組まれたゲームらしさ、そして人間らしさを含んだ、対戦ゲーム。


「俺も同じアビリティを取っているってさ」


 模試でこのアビリティを取得したのは遥香だけではない。〝こういったこと〟も想定した正詠は、援護をするために自分もこのアビリティを取得していた。自分が中衛であることをしっかり理解し、〝攻撃を外した後〟のために。


「ブロークン!」


 名前は違うが、効果は同じ。

 その一撃は外れることなく、相手の急所に当たる。


――ロビンのアビリティがクリティカルヒットしました。


 正詠と遥香のの視界の端にメッセージが表示された。


「遥香! 一気に決めろ!」

「よっしゃあ! リリィもう一発!」


 態勢を崩した相手に対し、リリィは再度臥王拳を放つ。それは外れることなく、相手の腹部へと深く入った。


――リリィのアビリティがクリティカルヒットしました。


 相手の相棒の体がくの字に曲がり、がくりと意識を失った。


――リリィが相手相棒を撃破しました。残り、四体です。


「よっしゃあ! この調子でいくよ!」


 遥香とリリィがガッツポーズを取ると、正詠とロビンが物陰から姿を現す。


「やはりこのアビリティを取っておいて正解だったな。同じ二年相手とはいえ、三回で倒せたのはありがたい」


 ロビンが肩を竦めた。

 こんなものなくても、自分さえいれば余裕だよ。

 そう語っているように見えたのか、リリィが物凄く不愉快そうな目をロビンに向けた。


   ◇◇◇


 さすが正詠。今のところ作戦通りか。すぐにあちらに向かってもいいのだが、大将は最後まで隠れているのが良いらしいし、とりあえず隠れているか。

 仲間から隠れるなんて、まるでかくれんぼだ。


「テラス。ノクトとセレナがどの方角にいるかわかるか?」


 とりあえず正詠と遥香の心配はいらないにしても、日代と平和島はやばそうだ。二人ともあんまりゲームに詳しくなさそうだし。


――ノクトが相手相棒を撃破しました。残り三体です。


「マジかよ」


 素で言葉が漏れる。あいつら意外とゲーム得意なのかな。


「これで数はこっちが圧倒的に有利だし、正詠たちと合流を……」

「あぁ……やっぱり君たちは情報初心者ビギナーだ」


 不意にかけられた言葉に、考えるよりも、僕が指示をするよりも先に、テラスは刀を背後へと振るっていた。


「数で勝れば有利だと思っている。その論理が通るのなら、私たちはあの王城達になんて負けていない」


 しかしその一閃を相手は躱し、レイピアの切っ先をこちらに向けていた。


「はじめまして、そしてさようなら。無謀な情報初心者ビギナー


 にっこりと微笑むその奥には、凍てつくような敵意がはっきりと伺える。

 あくまでも第三者の視点だからだろうか。レイピアの握る手に力が入るのが、はっきりと見て取れた。

 負ける。この人は……この人の相棒は、絶対にこの一撃を外さない。こんなところで、こんなにもあっさりと、僕たちの努力は終わるんだ。


『いいか、太陽。出し惜しみが無しってのはわかる。でもな、テラスのスキルは対策がされやすいんだ。だから、いいか。もしもお前が一人で敵と戦うことになって、もしもやばいと思ったら……』


 練習もできないとわかった水曜日。夜に正詠から電話が来て、あいつは言っていた。


『全力で俺たちに頼れよな。お前は助けを呼べるスキルがあるんだ』


 助けてやるから、絶対に助けを求めろと。

 くそっ。友達に頼ることもしないで負けるなんて馬鹿らしい。勝つのも負けるのも、僕ら全員で決める。


「テラス! 招集、発動!」


 スキル発動を告げる掛け声に、テラスの体が一瞬光る。


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。


 テラスを包む瞬間の光は四つに分かれた。そこから現れたのは……。


「ノクト、前に出て押し出せ!」

「ロビン、ノクトを援護!」

「リリィ、テラスを連れて後ろに下がって!」

「セレナ、ノクトとロビンにガードアップ!」


 仲間の四人だ。


「って、こんな近くならさっさと合流しなよ馬鹿太陽!」

「うるせーうるせー! 大将だから最後まで隠れていようって思ったんだよ、ばーか!」


 遥香から罵声を浴びせられ思わず反論する。


「やれやれ、君〝も〟そのスキルを持っていたのか。ランクは規格外だが、まぁ私のアレクと効果は変わらないね」


 相手の大将はやれやれと肩を竦めていた。その余裕は相棒も同じようで、ノクトとロビンの連続攻撃を、ひらりひらりと避けている。


「アレク。スキル発動、招集」


――スキル、招集。ランクBが発動しました。ベリス、虎王とらおうをリーダー・アレクの近くに呼び出します。


 先程のテラスと同じように、アレクの体が一瞬光り、その光が二つに分かれた。その光が収束すると相手チームの主力ともいえる、三年生二人がいた。


「この情報初心者ビギナー達は少し勘違いしているようなんだ。一気にケリをつけたいから、あのスキルを頼むよ」


 アレクのマスターでもあるあのキザな先輩は、虎王のマスターにそう声をかけた。


「太陽、あれは将棋部の主将の相棒だ」

「わかってる……でも将棋部って言っても……」


 このとき僕は相手を舐めていた 。所詮は文化部。大した強力なスキルや攻撃方法なんて無いと思っていた。


「虎王。スキル、〝飛車角落ち〟」


 テラスの刀よりも武骨なものを持つ虎王は、僕ら全員を見てにやりと嫌らしい笑みを浮かべた。


――スキル、飛車角落ち。ランクAが発動しました。虎王とらおう、アレク、ベリスのステータス、スキル、アビリティが強化されます。


「へ?」


 虎王が武骨な刀を横に振った。それだけで暴風が吹き荒れて僕らを高いビルから吹き飛ばされていた。


「テラス! 何か、何かできないか!」


 落下の途中でテラスに聞くがテラスは首を振る。


「遥香! お前初級の魔術アビリティあったよな!」


 作戦参謀正詠が遥香に叫ぶ。


「あるけどどうすんのさ!」

「下に向かって撃て!」

「んなの私たちがダメージ受けるってぇ!」

「遥香ちゃん! 回復は私がするから、お願い!」

「那須! 戦闘じゃあなく落下して敗北なんて、さいっこうにダサいぞ!」

「あぁんもう! ちゃんと回復してよね透子! リリィ、旋風!」


 リリィが拳に力を込めて、地面に接触する寸前にアビリティを放つ。その衝撃波で僕らの相棒は地面への直撃を避けて、四方に吹っ飛んだ。


「あぁくそっ。大丈夫か、テラス?」


 テラスを見ると頭の上に星が回っていた。比喩ではなく、マジで。なんでこいつはどんなときでもこういったコミカルな表現を忘れないんだろう。


「みんな無事か?」


 正詠の声に、リリィ、ノクト、セレナが頭を振りながら起き上がる。


「何でみんなの相棒は僕のテラスみたく星が回ってないんだよ」

「冗談言っている……」


 どしん、と重厚な音が僕ら五人の中心で響いた。それも三つ続けて。


「しぶとい情報初心者ビギナーだね、まったく」


 あのキザな声。土煙が失せた後に現れるのは、言わずもがな。アレク、ベリス、虎王の三人だ。


「冗談言ってる場合じゃないな、これはよ」


 そんなことを言いながら、僕は久しぶりに本気の苦笑いを浮かべた。


   防衛戦/4


 アレクはレイピアを、ベリスは槍を、虎王は刀を構えこちらを見ていた。三人の顔は余裕で満ちており、こちらを馬鹿にしているようにも見える。


「なぁ正詠。どうすんの?」

「考えてる。だからお前も考えろ」


 視線は眼前の三人から逸らさずに僕と正詠は会話する。全員の顔は見えないが、きっと僕らと同じ顔をしていることだろう。


「ねぇ君達、リタイアしてくれないかな? 僕らも無駄に手の内を晒したくないんでね」


 マスターである先輩がそういうと、アレクはにっこりと微笑んだ。感情のある相棒らしからぬ、あまりにも機械じみた笑みはあまりにも気色が悪い。


「なぁ先輩。ちょっとハンデくれない?」


 精一杯の虚勢を張って、軽口を叩いてみる。だが、先輩たちはそれには反応せず、ただ武器を構えているだけだった。


「〝飛車角落ち〟は、自軍が二名倒されることで発動できるスキルです。ランクがAなら、ステータスはかなり上昇しています!」


 平和島が〝飛車角落ち〟の効果を見破ったのが合図とでも言うように、先輩たちの相棒が地を蹴った。


「そうか……君は〝博識〟か〝看破〟のスキルを持っているんだね。さっさと退場願おうか」


 アレクはレイピアを突き出すが、それをノクトが剣の腹で受け止めた。


「いきなりクイーン狙いか、大将」

「ははっ! となると君はナイトかな?」

「冗談。そんな風に見えるか、こいつが?」


 ノクトはレイピアを弾いて、返しの刃で斬り付ける。


「そうだね、君は猛獣に相応しい。ナイト気取りは少し違うか」


 ひらりと躱しながらアレクは皮肉を漏らす。

 そんなアレクの足元に数本の矢が突き刺さった。


「あんたを倒せばこっちの勝ちだ! 悪いけど勝たせてもらいますよ!」


 ロビンは既に次の矢をつがえていた。


「あぁそういえば、私だけに気を取られていいのかい? 君たちの大将を放っておいてさ」

「「!?」」


 正詠と日代が僕にようやく視線を向けた。


「本当にお前ら! ちょっとは! テラスのことも! 守ってくれって!」


 アレクの攻撃をノクトが受け止めてすぐに、平和島は僕とテラス達の援護に来てくれたが、あの二人は大将にかかりっきりだった。


「虎王、任せた!」


 アレクのマスターが叫ぶと、虎王は刀を捨てて両腕でリリィとセレナの首を鷲掴みにした。


「リリィ!」

「セレナ!」


 遥香と平和島が互いの相棒の名前を呼ぶと同時に。


「スキル、〝開き王手あきおうて〟!」


 虎王のマスターがスキルを発動させた。


――スキル、開き王手。ランクAが発動しました。相手リーダー付近にいる相手相棒二体を強制的に移動させます。


 虎王はぐんと体を捻ると、自分ごと横に物凄い勢いで移動した。


「さて、これであとは君達二人と大将だけだね?」


 正詠と日代が舌打ちする。


「君たちのどちらかだろう、〝誇り《プライド》〟を持っているのは?」


 ノクトの大剣技、ロビンの矢を巧みに捌きながら、アレクのマスターは饒舌に言を繋いでいた。


「ぺらぺらぺらぺら、相当あんたの舌には脂が乗っているんだな?」


 皮肉を口にしていながらも、日代の声には焦りが見えた。

 当然だ。だってテラスとベリスが一進一退の攻防を繰り広げている。というよりは、僕のテラスが完全に防戦一方だ。槍と刀じゃあそもそも相性が悪すぎる。


「王城と戦うまで隠しておくつもりだったけどね、気分が変わったよ」


 アレクは二突きでノクトとロビンの動きを制する。


「力の差を知っておくといい、情報初心者ビギナー。来年は君たちが力を示す番なんだから」


 アレクの周囲に紅い雷が弾けた。

 あれは、何かヤバイ。決めの一撃というか、そういう感じだ。


「だぁぁぁぁぁぁ! テラス、正詠と日代がピンチだって! そんな奴さっさっと倒して二人を助けに……!」


 きぃん、と冷たい金属音がするとテラスの刀が宙を舞っていた。


「わぉ……」


 ベリスのマスターが鼻で笑う。


「さっさと倒されるわけにもいかないんだよ、情報初心者ビギナー。俺たちはあの王城を倒すんだからな。お前はそこで仲間が倒れて敗北するのを相棒と眺めていろ」


 ベリスは槍をくるりと回転させると、テラスを組み伏せた。


「舞台は整った。さて……仰ぎ見たまえ、情報熟練者エキスパートとの力の差を」


 アレクはレイピアを天へと向けた。するとその切っ先から一筋、紅く細い雷が走る。


「また来年挑んでおいで、情報初心者ビギナー。まぁ次は……君たちが倒した後輩がライバルだけどね」


 晴れているはずの空を紅い雷が支配し、一点へと集約していく。


「正詠! これスキルか!?」


 組み伏せられているテラスを横目に、正詠へと叫ぶ……が。


「アナウンスがないってことはアビリティだ!」

「おい優等生! こんなのがアビリティだってのか!?」

「だからそうだって言ってんだろ、素行不良!」


 ノクトとロビンの二人も、あまりにも強大な雰囲気に体が竦んでいるように見えた。


紅雷こうらい


 地鳴りを伴いながら、紅い雷は舞い降りた。

 紅い閃光が明滅し、〝感覚〟を置き去りにそれは落ちて来た。

 気付けばいつの間にか。

 理解した時には敗北を。

 終わった後には納得を。

 それだけこのアビリティは絶大な威力を伴っていた。

 ただ眺めているだけの僕がこうなのだ。当の本人達はもっと……。


――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。


「あぁくそっ……らしくねぇことしちまった」


 雷が落ちた地点に、二人は立っていた。


「すまないな、ノクト」


 日代は自分の相棒に語り掛けるが、その相棒は答えない。


――ノクト、戦闘不能。


 未だに紅い雷はノクトの体に残り、ばちりばちりと火花を散らしていた。


「いいか天広、高遠。俺のノクトが守ってやったんだ。ここで負けたら承知しないからな」


 淡い光と共に、ノクト日代は消えていった。


「はは、馬鹿だねぇ。わざわざ守ったってことは、彼がプライド・プレイヤーだってことだろ?」


 アレクのマスターは皮肉たっぷりにそんなことを言うが、僕も正詠もそんなことに腹は立たなかった。

 何よりも腹立たしいのは……自分の不甲斐なさだ。

 誰も犠牲にしないで勝利することなんて、僕ら初心者は望むことではない。だけど、それでも最初くらいは。

 誰も犠牲にならず勝利を掴みたかった。


「天広くん!」


 平和島の声に我に返る。


「アビリティ、紅雷! アビリティランクS。小範囲の敵に発動した相棒の属性で超強力な攻撃を行います! 属性による防御を無視する効果があります!」


 鷲掴みにされているセレナの隣で、平和島が大声で叫んでいた。


「太陽! やったれ!」


 遥香の喝の入る声。


「正詠……悪い」

「いいや、問題ない。これで負けたら日代に顔向けできない」


 テラスを見ると、組み伏せられながらも真剣な眼差しを僕に向けていた。

 いつでもいい。

 テラスのその眼差しは間違いなくそう語っている。


「テラス、〝他力本願〟!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。


「やるぞ、テラス!」


 彼女を呼ぶ声と同時に、テラスの周りで雷の爆発が起きてベリスを吹き飛ばした。


「なっ!?」


 テラスは地に刺さっていた自分の刀を抜き、それを天に向けた。

 その切っ先からは、炎と共に雷が空へと走った。


「ここからは僕たち情報初心者ビギナーの舞台に立ってもらうぞ。ま、あんたらがこれで立っていられたらだけどさ」


 雷は爆発を伴いながら集約していく。


――アビリティ、紅雷が選択されました。ランクをプラス。紅雷EX+。


「放て、紅雷!」


 テラスが勢いよく刀を振り下ろすと同時に、紅い雷が周囲に降り注ぐ。地面に当たるとそれは大きな爆発を引き起こしながら、辺り一面を焼き尽くす。


「有り得ない……それは私の、私のアビリティだ!」


 アレクのマスターの情けない声が、爆発の中から聞こえた。


「そうだよあんたのアビリティだ。だからちょっとお借りするよ、情報熟練者エキスパート


 一際強大な雷は、アレクへと降り注いだ。そのあまりにも強大な一撃は、近くにいた正詠たちも吹き飛ばす。


「仲間にダメージはいかないとはいえ……悪いことしたな」


 テラスは刀を鞘に納めた。すると少しの余韻を残しながらも紅い雷は消え失せ、焼き尽くされた建物だけが残っている。


「……あれ?」


 相手も味方もいない。


「なぁテラス。これって仲間にはダメージいかないよな?」


 テラスはこくりと頷いた。


「お前なぁ……」


 瓦礫の中からロビンが姿を現す。ロビンと同じように、少し離れたところにいたリリィとセレナも同じように瓦礫の下に埋まってしまったようだ。彼女らと共にいた虎王には直撃のダメージがないが、バッドステータスの気絶が付与されている。


「悪い悪い」


――アビリティ、紅雷EX+。広範囲の敵に、発動した相棒の属性と雷属性で、防御無視の超強力な攻撃。属性による防御を無視し、またあらゆる援護スキル、妨害スキルを無効化。


 先程の紅雷の効果がメッセージが表示される。


「うひゃあ。やっぱ高ランクだとすげぇ威力……」


――ベリス戦闘不能。


 アナウンスに、ぞわりと身の毛がよだったのは僕だけではないはずだ。


「テラス、武器を構えろ!」


 レイピアの一突きを、テラスの刀身が逸らした。しかし、それでもレイピアの持ち主、アレクは攻撃を止めない。身は黒く焦げながらも、攻撃の精度は全く衰えず、的確に急所を狙っていた。


「私たちは、王城に……!」


 アレクの周囲を浮遊しているマスターの顔にははっきりと、〝敗北〟が浮かんでいた。


「勝たないと先輩の無念が!」


 的確な攻撃だ。どれもこれも当たれば確実な一撃だ。それなのに、それなのにそれは……〝決意〟が。いいや、決意なんて言葉じゃない。この人の本心は……あまりにも〝虚しい〟。


「あんたさ、何のためにこの大会に出てるんだよ?」


 テラスがレイピアを弾いた。


「負けた先輩のためだけにこの大会に出たのかよ!?」

「そうだよ! 何が悪い! 私の……俺の先輩はあいつに!」


 テラスの峰打ちに、遂にアレクは膝を付く。


「あんたの大会だろ!? そんな……」

「お前は何も知らないだろう! あの……あの侮辱された戦いを!」


 アレクは一度は付いた膝を必死に立ち上がらせ、彼と同じ顔をテラスに向けていた。


「お前なんかにわかるか!? 目の前で、尊敬する先輩が! 仲間が執拗に攻撃され、誇りを踏みにじられ、観衆に嘲笑される辱めが!」


 アレクはテラスに拳を振り上げた……が、それをロビンが受け止めた。


「勝たなきゃいけないんだ! あの王城に!」


 あぁ……僕と正詠が観たあの大会だろうか。

 一人ずつ、武器があるにも関わらず殴り続け、リタイアを自ら口にさせるあの戦い。観衆は目を伏せる者もいたし、嬲られる相手を笑う者もいた。

 そんな中でもはっきりと思い出せるのは、今目の前にいる彼のような〝敗北〟の表情。


「それなら……あんたらの誇りは、僕らが継いでいく! テラス、紅蓮!」


 初級の炎属性の魔術アビリティ。こんなもの、目眩ましぐらいにしかならないけど。


「ごめんな、今の僕の力ってさ、こんなもんなんすよ。だけどさ、王城先輩と闘う時には」


 他力本願だけじゃなくて、自分の力で少しでも戦えるようになるからさ。


「今は、これで勘弁っす」

「あぁもう……最初から最後まで、生意気な情報初心者ビギナーだな」


――アレク、戦闘不能。よって、チーム・太陽の勝利です。


 勝利を伝えるアナウンスと共に、僕らは仮想世界から現実世界に戻ってきた。

 今まで全く耳に入らなかった歓声と、眩しすぎるスポットライトが、本当に久しぶりに感じた。


『勝利したのは……勝利したのは、渾身の初心者! チーム太陽!』


 海藤の煩い声が地下演習場に響いた。

 まさかの勝利に地下演習場は大盛り上がりで、ブーイングらしい歓声も混じっていたのは、ここに入場した時と全くと同じだった。

 とりあえずヘルメットを脱いで、僕は〝あの人〟を探した。


「どうした、太陽」

「やっぱりいた」


 観衆席に、あの人……王城先輩はいた。


『さぁチーム太陽ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 一言どうぞ!』


 海藤がマイクを渡してくれたので、僕はそれをプロレスの選手の如く受け取り、王城先輩を指さした。


「今はまぁ上から眺めてくださいよ、チャンピオン。僕たちの舞台に引きずり降ろしてやりますから」


 静寂の後。


『なんと太陽選手! 去年のチャンピオン、王城選手に宣戦布告だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 そして僕らの長くも短い防衛戦は、ようやっと終わったのだ。


   防衛戦/5


 地下演習所から戻る途中、僕らのチームはやたらともみくちゃにされた。


「よくやったぞナマコの太陽チーム!」

「さっすがクラスのルールブレイカーズ!」

「かっこいいぞ、お前ら!」


 軽く罵倒も混ぜながら、みんなが僕の頭を気安く叩いていく。ちなみに、この被害は遥香や正詠、日代や平和島にも拡大されていた。


「あぁもうやめろってばぁ! 私は太陽とは違うの!」


 遥香はそれらの手を払い頬を膨らませる。


「やめろ馬鹿! あぁもう太陽! お前の普段の行いが悪いから!」


 正詠は謂れのない誹謗を僕に浴びせる(謂れがないは言い過ぎかもしれないが)。


「やめ、やめて……ください……」


 顔を真っ赤にして身を縮める平和島。


「触んな! 俺にも平和島にも!」


 一見ナイトらしく振舞った日代だが、言動と謎の威圧感で僕らの周りから一瞬だけだが人を退かせた。本当に一瞬だけだが。


「あぁもう! 僕たちはこれからホトホトラビットに向かうんだから邪魔すんなっての!」


 歓声と共に僕らは人波を掻き分けて校舎からようやく出ることができた。


「……太陽。私、アップルパイね」


 遥香からの謎の要求はとりあえず無視した。


「俺はパンプキンケーキで頼む」


 それに乗っかる正詠。残り二人は確実に面白半分で冗談を口にした。


「じゃあ俺はスーパーマーブルプリンだ」

「ふふ。私はショートケーキね」

「勘弁してくれよ……」


 がっくりと項垂れた僕の肩から、ぴこん、という最近では聞き慣れてしまったあの音がする。

 アッポーティーを要求します。

 肩に視線をやると、白いドレスに身を包んでいるテラスがいた。また変な知識を収集してきて、英国の淑女的なアフタヌーンティーをイメージしているのだろう。どちらにせよしょーもないことに関しては仕事が早い。そこも僕の相棒らしいのだが。


「アッポーティーとかかぶれた言い方するなよ。ここは日本だから」


 アッポーティー。

 テラスは僕の言葉を無視してまたアッポーティーと表示する。ため息をついて、これ以上こいつには触れないようにした。


「しっかし、本当に勝っちまったなぁ」


 ぼそりと僕が呟くと、残り四人が急に噴き出した。あまりにも予想外な反応に逆に驚く。


「あんたらの誇りは、僕らが継いでいく……ふふっ」


 遥香が笑いを堪えながら、声真似をした。

 急に恥ずかしくなって僕は腕を組んでみるものの、いや僕はちゃんと良いことを言った。それだけは間違いないし、馬鹿にされる謂れはない。


「僕たちの舞台に引きずり降ろしてやりますから……」


 正詠の表情には少しだけからかいの色が見えていた。だけど、僕の無責任な発言を現実にするために考えているようにも見えた。


「とにかく勝って当たり前だ。俺のノクトがわざわざ優等生のことを庇ってやったんだからな」


 鬼の首を取ったように日代は正詠に言ったのだが、当の本人は日代の言葉が耳に入っていないのか、返事もせずにぶつぶつと呟いていた。それに悪態をついた日代を見て、平和島はくすくすと笑っている。


「ってなわけで到着だな」


 話していると十五分という距離はあっという間だった。ドアを押すと、あの上品な鈴の音がする。

 ぴこん。


「ん?」


 テラスから急に話しかけられることは日常茶飯事なのだが、あまりにも突拍子もなかったので、つい肩を見た。

 おそらく手作りだと思われます。ネットで同型の商品なし。


「へぇ。誰に作ってもらったんだろ」


 そんなことを言いながら店に入ると、カウンターに日代の親父さんがいた。


「聞いたぞ、お前ら。初勝利だって? 今日は全員好きなの一品おごってあるよ」


 にかっと歯を見せて笑ったおっちゃんに、僕は胸を撫で下ろした。僕の財布が薄くなることはなさそうだ。これ以上薄くなりようもまぁないのだが。

 各々が先程僕に要求したものを頼むと、いつもの角席に座る。


「紅茶で乾杯っていうのもなんだけどさ……」


 みんながカップを持ち上げた。


「初勝利に乾杯!」


 上品にカップを鳴らして、僕らはスイーツを頬張る。


「いやぁしかし日代かっこよかったじゃん!」


 フォークを日代に向けて遥香は言うが、それを日代は鼻で笑った。


「ばーか。俺がかっこいいのは当然で、ノクトがかっこいいのも当たり前だ」


 日代が珍しくナルシストっぽく言うものだから、正詠は肩を竦めた。


「相手のアビリティでびびってたやつがかっこいいんだとよ、ロビン」


 テーブルの上でテラスをかまっていたロビンに、正詠は話しかけた。そしてロビンは正詠の言葉を聞いて、彼と同じように肩を竦めながらセレナと共にいるノクトを見ていた。

 明らかに馬鹿にしている。


「ははっ、ノクト。笑ってやれよ。優等生は守られたことに不満らしい。負けてたほうが良かったんだとよ」


 今度はノクトがロビンがしたように行動を真似る。

 この二人と二体、絶対仲が良いに違いない。


「……まぁ、守られたのは確かだ。感謝してやる」


 急にトーンを変えて正詠は日代の目を見た。

 その真剣さを察しない日代ではない。「別に、勝つためだ」と簡単に彼は答えて、紅茶を一口飲んだ。


「正詠くん、次の相手ってどうなの?」


 平和島はショートケーキのイチゴを頬張って問いかける。なるほど、平和島はイチゴを早めに食べてしまうタイプだったのか。


「あぁ……まぁ次は太陽のスキルと俺たちのアビリティがあれば確実に勝てるから、そのあとのことを考えるぞ」


 意外と気楽な返答に、みんなが二度三度とまばたきをした。


「いや、正詠。ちゃんと説明してくれないと……」


 さすがの僕もここまで適当にされては、問いたださずにはいられない。


「……んー。いや、説明とかなくても絶対勝てると思うんだよな」


 正詠はむしろその根拠を探すのに悩んでいた。ミイラ取りがミイラになるというか、何と言うか。


「いいか、お前ら。来週は気楽にだ。たぶん、驚くほど……いや、引くほどに上手くいく」


 良いことのはずなのに、正詠は苦笑いを浮かべていた。


「んだよ、気色悪い」


 嫌味たっぷりにに日代は言うが、それに対して正詠は大きくため息をついた。


「お前もわかるって。終わった後に」


 正詠の表情には、どこか落胆にも似たものが含まれていた。


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