第五章 みんなの戦い
戦い/1
ホトホトラビットで校内バディタクティクス大会に出場になることになった僕たちは、早速その週の土曜日に作戦会議をすることになった。というより、作戦会議というよりは正詠大先生の説明会だった。
バディタクティクスに出場するために最低限必要なことは、参加者は五人、全員の相棒のレベルが10以上。一応僕含め全員のレベルは10以上になっているが、レベル差がかなり激しかった。
「いやさ、これひどすぎね?」
ホトホトラビットの角の席で、みんなが相棒のステータスを見せ合っていたのだが、みんなのレベル差がかなり開いていた。
「正詠のロビンが25、遥香のリリィが19、日代のノクトが19、平和島のセレナが21……僕のテラスが15、だと?」
っていうかさ、相棒のレベルを上げるのって勉強とかだよね。なんでテラスのレベルこんな低いの? 結構勉強しているはずだよ、僕。
「なぁ太陽。お前平日勉強してんの?」
正詠ががっかりしたように僕に言ってくる。
平日って勉強するもんなの? なに君達勉強マニア? それとも部活とかの後に勉強するほどのドMなの?
「日代! 何でお前僕より相棒のレベル高いの! お前不良じゃないの!」
「俺は不良じゃねぇ。それに部活やってねぇから帰ってきたら復習してんだよ、暇だから」
哀れむように日代はため息をついた。
「そうだな。日代はただの素行不良だもんな」
「うるせーぞ成績優秀馬鹿」
なんだその矛盾した罵倒の言葉は。お前ら実は仲良いだろ。
「俺からしたら太陽、テラスのスキルの方がおかしいと思うぞ」
「何がだよ?」
「いや、スキルレベルがEXって、おかしいぞお前」
テラスが最初から所持しているスキルは、招集、他力本願ともにレベルEXとなっていた。正詠が言うにはEXというレベルは、普通あり得ないとのことだ。世界的にスキルレベルEXを所持しているのは、本当に世の中を変えるほどの人物に限るらしいが……。
「いやまぁ確かにおかしいかもしれないど、こんなこともあるんじゃね?」
僕の反論に、正詠はため息をついて言葉を繋ぐ。
「まぁいい。総合的に見て、リーダーは確実に太陽にしたほうがいいな。テラスのスキルは前衛、中衛には向かない。リーダーになって後衛で構えている方が良い」
正詠はノートにペンを走らせた。
正詠はかなり本気でバディタクティクスの戦い方を考えているらしく、僕ら四人のスキルをどういう風に使うかを既に想定してノートに記していた。
「正詠、バディタクティクスそんなに好きなんだな?」
ホトホトラビットのマスターからおごってもらった紅茶を一口飲んだ。
「……あぁ。子供の頃から、夢……だったからな」
正詠は辛そうに目を伏せた。
「すまない、正詠。なんか傷付けること言ったか?」
「なぁに言ってんだ。別に傷付けられてねっての。さってと……とりあえず、役割分担の話をするぞ」
急に道化の仮面を被って、正詠は笑った。こいつにこんな笑顔は似合わないのだけど、傷付けたかもしれない僕本人から、そんなことを言えるわけなかった。
「前衛が二人、中衛が二人、後衛が一人? どゆことなの正詠?」
遥香はそのノートを一番に見て、それを僕らに回した。
「えっと……今の話からすると、太陽くんは後衛だから、残りを決めるんだよね?」
「そう、その通りだ平和島」
正詠はノートを手に取って、また何かを書き始めた。
「とりあえず太陽の話だけするぞ。こいつのスキルは調べた限りじゃあはっきり言って戦闘向きじゃない。招集、他力本願のスキルの二つはどっちも援護スキルだ。招集は自分の周りに味方を集めるスキル。他力本願はバディタクティクスに参加している敵味方のスキルやアビリティをランクアップして使用するスキル。しかも他力本願敵で相手のスキルとアビリティを使用するのなら、その詳細を把握していないとダメだ」
ここまで話して、正詠は細く息を吐く。
「ただし……」
正詠はにやりと笑みを作った。
「こいつのスキルは一発逆転に向いている。だから後衛で俺たちのリーダーであるべきだ」
更に正詠はペンを走らせる。
「いいか。俺たちはかなり相性が良い。日代、遥香、お前達は前衛向きのスキルが揃っている。そして俺と平和島は中衛だ。前衛二人が守り切れなかった奴を狩るのに向いている。そして平和島、お前のスキル『博識』は敵のスキルの詳細を把握できる可能性があるスキルだ」
はは! と日代は笑った。彼らしい狂暴な笑みだった。
「いいなそりゃあ! 気に入ったぜ優等生!」
遂には日代は膝を叩いて笑い出した。
「俺たちの大将は、弱点であって最大の武器ってことだよな! そういうギャンブルは嫌いじゃないぜ!
」
僕と遥香は、揃って日代へと怪訝な視線を向けた。しかし、正詠と平和島、そして日代は、僕らを見て楽しそうな笑みを向けている。
「んだよ、那須も天広もまだわかんねぇのか?」
日代は今までに見たことないほど楽しそうに笑っている。
「詳細を求めますぜ、正詠大先生」
正詠は楽しそうに僕の質問に答えた。
「いいか、俺たちは情報初心者だ。だから情報熟練者の力を借りようってことだ」
答えを途中で切って、その続きを平和島が語る。
「情報熟練者の人たちを、私たち情報初心者の舞台に引きずり下ろす……ってことだよね?」
平和島に似合わない楽しそうな笑み。
「そっか。強いスキルを使っちゃったら太陽に使われちゃうから……」
遥香が手を叩きながらそう言った。
「同じ舞台に立たせりゃああとは純粋な殴り合いか騙し合いだ。んだよ、つまんねーゲームと思ってたが、存外面白そうじゃねぇか」
日代は指の骨を鳴らした。
……なるほど、ね。それなら僕たちにも勝ち目はあるかもしれない。
「相手はどうしてもスキルの使用に制限がかかる。だからこそ、僕たちには可能性が産まれる……」
正詠が肩を竦める。
「That's Right」
そして正詠はにっこりと笑った。
「というわけで、バディタクティクス校内大会で優勝するための作戦会議を始めるぞ」
そんなこいつの言葉に、僕たちは一斉に頷いた。
戦い/2
紅茶のおかわりを日代が持って来て、正詠は僕らに今後の基本となる作戦を説明しだした。
「いいか、この校内大会に参加しているほとんどが三年生で、確実に俺たちの相棒よりもレベルが高い。だから先手必勝だけはしない。それはわかれよ、日代と太陽」
うん。確かに正詠が言っていることは正しい。僕たちの相棒のレベルはあんまり高くないし、高レベルかもしれない相手にいきなり特攻を仕掛けても勝てるわけがない。それよりも気になるのが、何故僕と日代にだけそんなことを言うのか、だ。
「俺はともかく天広は大将だ。テメーは気を付けろよ。ルール上お前が倒されたら終わりなんだからな」
これはあれか。僕だけが不憫な子というか、ダメな子扱いなのか。
「正詠大先生、バディタクティクスのルールを頼むわ」
僕に対する罵倒への文句は後で全部言うとして、まずはルールとかそういったものを確認したい。正直僕は何も知らない。
「少しも調べてないのか?」
「当たり前だろ、正詠。っていうかな、きっと遥香も平和島も日代も知らないに決まってる」
自信たっぷりに言う、が。
「私は少し調べてるよ」
「普通は調べるだろ」
「遥香と一緒に調べたから大丈夫だよ」
……ははーん。僕をはめるつもりかこいつら。そんなに僕をダメな子に仕立て上げたいのかなぁ?
「簡単に言えば相棒を使ったサバゲーだ。前に……あの化け物とやったのと似たようなもんだ。敵がいて、それを相棒のスキルやアビリティを使って倒す」
……アビリティ?
「お前、その顔……アビリティを知らないんだな?」
「知らない!」
正詠はがっくりと項垂れて、大きくため息をついた。
「えーっと、そうだな……ゲームの魔法とか技とか思ってくれ」
「それってスキルじゃないのか?」
正詠はぐしゃぐしゃと頭を掻いた。遥香も日代も平和島も、とても優しい表情で正詠を見ている。その表情も意味はわからないが、がんばれ正詠。
「んー……そうだな、スキルは相棒が持っている固有のものだ。これは勝手に増やせないし、減らすこともできない。アビリティは各相棒に十個まで自由に付けられるんだ。このアビリティとスキルの組み合わせがまたバディタクティクスを面白くさせる一因でもある」
今度は僕が頭を掻く番だった。
「スキルはテラスだけが使えるもの、アビリティは誰でも使えるもの!」
簡単にだ! 簡単に考えればいいんだ!
「そうだ太陽、それでいい。簡単に考えればいいんだ。それでなんだが、みんなのアビリティを確認したい」
「えっとそれはスキルみたく表示できるのか?」
「太陽、お前は最後だ。みんなは表示できるか?」
僕以外は頷いて、各々の相棒がデータを表示させた。
「遥香は風、日代は雷、平和島は水、か。俺が氷だし、今のところ属性は被ってないな。スキルを考えて一手目は……ってそれは相手に合わせないといけないよな」
正詠は思考の迷路に迷い込み、独り言をぼそぼそと漏らしだした。その独り言にみんなは何だかんだと意見を出している。
「なぁテラス。僕って役立たずかね?」
机の上で手鞠をしていたテラスにぽそりと声をかけてみた。
ぴこん。
何が?
テラスはテラスで、他の相棒が作戦会議に参加していたため、暇そうだった。
「お前は気楽だなぁ……ぶっちゃけお前もハブかれてるようなもんだぞ」
テラスは首を傾げたが、手鞠の方が楽しいのかすぐに手鞠で遊び始めた。
僕はそんなテラスに呆れながらも、また歌を口ずさんだ。
「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」
テラスは歌に合わせて手鞠を繰り、にっこりと微笑んだ。
「太陽、あんた……思い出したの?」
遥香の声は僅かに震えていた。
「思い出したも何も、知ってるもんは知ってるし」
テラスの頭を撫でてみた。きゅっと目を瞑って気持ち良さそうにしている。
「そうじゃなくて、それ■■ちゃんが歌って……」
ノイズ。
大事な……大事な所だけ、靄がかかったように、ノイズが走る。
「遥香……誰が、この歌を……?」
あぁくそ。頭が痛い。
「だから■■ちゃんが……」
「遥香、やめてやれ」
正詠は遥香の頭に手を乗せた。
――どうしたの、太陽くん?
あの笑顔は儚くて。
――私、これからも生きていたいの。あなたと一緒に。
手を伸ばそうとすると、壊れそうな。
――それまでは、私にそうしてくれたみたいに……他の人を笑顔にしてね。
君は……誰だっけ?
――きっと、会えるから。
大切な……大切な。
――やっとだ! 最高のAIが! 望んだSHTITが! 世界を変える相棒が! あはははっははははははははっははははははっ! 神が、神がようやっと誕生するんだ!
「太陽、大丈夫か?」
誰かに名前を呼ばれる。男の声だ。あの子の声じゃない。落ち着け、大丈夫だ。僕は……僕は何も、〝忘れちゃいない″。
「大丈夫なのか?」
正詠の声だ。〝あいつ〟の声じゃあない。大丈夫、大丈夫だ。
「ん? あ、あぁ大丈夫大丈夫。何だっけ、手鞠の話だっけか?」
頭痛の名残はまだあるが、話を変える
「手鞠じゃなくて相棒のアビリティの話だ」
「そうそうそれだ。で、どうすりゃいいんだっけ?」
今はいいから。今は〝まだ〟いいから。とにかく、今はこっちの話だ。
「……まずはパッチを当てるんだ」
パッチ……パッチ?
「おい。相棒の改造って犯罪だろ、大丈夫なのかよ」
「SHTIT仮想人権付与法には触れていないから安心しろ」
正詠はさらりと答えて、ロビンが表示しているデータを僕のテラスに渡した。テラスは不安そうに僕を見ていた。
正詠を信頼はしているが、やはり不安は拭えない。
「本当に……本当に大丈夫なんだよな?」
SHTIT仮想人権付与法。SHTITが配布されてから数年で取り入れられた法の一つで、一定以上の改造を相棒に施した者には重罪が課せられる法律だ。この法が取り入れられる前、データだからという簡単な理由で改竄され、無残な姿になった相棒が多く見られ始めた頃があった。それは多くの人の心を痛めた。〝命〟でなくとも、それは〝生きている〟。その気持ちが国に届いた結果、この法律は生まれたと歴史の教科書には書かれていた。
「だから安心しろって。そもそもこのパッチは国家が提供してるんだぞ」
「いやいや、うちの国何してるんだよ」
「細かいことは追々、な」
「お、おう。テラス、インストールしてみてくれよ」
戸惑いながらもテラスは頷いて、インストール画面を表示させた。
「そっか。僕が決定ボタン押さないとダメなのか。ぽちっと」
表示されたボタンを押すと、みんながにっこりと笑ってこっちを見ていた。
「なんだよ?」
「びっくりするよ、太陽」
遥香の悪戯な笑み。
「え、そうなの?」
テラスはその場でくるくると回ると、きらきらと光を纏っていく。さながら、魔法少女の変身シーンのようで、心がわくわくしてくる。
「脱ぐのか!」
期待を胸に叫ぶが。
「「「「脱がない!」」」」
四人からの総ツッコミを受けた。「別にいいじゃん。期待したってさ」呟いてテラスの変化を見守った。
少ししてテラスを包む光が一瞬強くなると、テラスの姿がはっきりと現れた。以前と一切変わらないテラスの姿で。
「何にも変わってないけども」
「ね、驚いたでしょ?」
「確かに驚くわ……」
頬を膨らませて、テラスは鞘に納められたままの刀の先をこっちに向けている。抗議しているのだろう。
「パッチはちゃんと当たったな。テラス、属性を教えてくれないか?」
正詠がそう言うと、テラスはじろりと彼を見た。
「なんだこいつ生意気な目しやがって」
「蓮ちゃんってば……」
さらにテラスは頬を膨らませ、刀を掲げた。するとそこから炎が出てきて、花火のようにぽんと弾けて消えた。
「炎か……よし、これで全員の属性もわかったし、作戦の立て甲斐もあるな」
正詠をペンを回して、またノートに何かを書き始めた。
「ロビン、マルチウィンドウで俺たち全員の属性で取得可能なアビリティ一覧を出してくれ。あぁっと、それとここ二週間以内での模試、ネット模試の賞品も頼む」
待て。今模試とか不穏な単語が出なかったか?
「準備ができたってことはこれから模試狩りってやつか」
面倒くさそうに日代はため息をつき、それに平和島は微笑みを向けた。
「あぁ……パッチ探してるときにそんなんあったね。相棒が配布されるこの時期って、アビリティ目当てで色んな人が模試を受けるから、〝模試狩り〟って言われてるんだっけ」
遥香はリリィと共にネットで探し物を始めた。
いやいや、こいつら何言ってるのかわかってるのか? 模試だぞ、模試。勉強しないとダメなんだよ、わかってんの?
「えっと……天広くん、話付いて来れてる?」
「大丈夫だ、大問題だ」
「えーっと……」
「なんでアビリティだかを手に入れるのに勉強しないとダメなんだよぉ」
「天広くんってもしかして、一回も模試受けたことない?」
「自慢だけど一回もない」
平和島は苦笑して頬を掻いた。
「最近の模試って、大体アビリティを賞品として出してるんだよ。そうすると受験率が上がるから。それでね……」
「あぁ平和島。太陽には説明しなくていい。とりあえずスキルとアビリティの違いさえ理解できていれば、それでいいから」
正詠がそういうと、ロビンがみんなの相棒に何かを手渡し始めた。
「今日はここまでにしよう。みんなにアビリティ取得できる模試とかのデータを渡しておいたから、その中から少しでも多く手に入れておいてくれ」
相棒たちはこくりと頷いたが、テラスだけは首を傾げていた。それを見た相棒たちは、困ったような笑みを浮かべながらテラスの頭を撫でている。
テラスは頬を膨らませながら、瞳には涙を浮かべている。
「はは! 持ち主が持ち主だけにテラスも可哀想だな!」
日代が笑った。それがトドメになったのか、テラスの瞳からは涙が零れて、大口を開けて泣き始めた。
「蓮ちゃん、そんなこと言ったらダメだよ」
平和島の言葉を聞いて、テラスは泣き喚いた。やっぱりこいつらの声が聞こえなくてよかったと思う。
「テラスちゃん、落ち着いて……」
テラスはセレナとノクトへ鞘付きの刀を振るう。それにノクトが怒ったような仕草をして拳を振り上げるが、それを見たテラスが更に泣いた。テラスの前にリリィが立って、ノクトの頬を引っ叩く。ノクトはリリィの肩を押すと、リリィは尻餅をついた。
テーブルの上で、相棒たちの取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「あぁもう……とりあえず今日は解散だ。いいか、太陽。サボるなよ」
頭を振りながら、正詠は立ち上がった。
「やれやれ、だ。相棒とはいえまだ生まれたばかりのガキか。帰るぞ、ノクト」
正詠に続いて、日代も立ち上がる。
「蓮ちゃん……あ、ごめん。みんな、また来週ね」
平和島は日代を追いかけるように立ち上がった。
「んじゃあ私も帰るね。太陽、宿題やっときなさいよ」
遥香が僕の肩を叩いて席を立った。
一気に寂しくなったテーブルの上で、テラスはまだ泣いていた。
「どうしたんだよ、テラス。そんなに泣いて。容姿に変わりないって言ったこと怒ってんの?」
ふるふるとテラスは首を振った。
「みんなに馬鹿にされたから怒ってるのか?」
ふるふるとテラスは首を振って、僕に指差した。
「僕がお前のこと馬鹿にしたから怒ってんの?」
またテラスは首を振った。
「えっと……なんか僕がしたのか?」
首を振りながらテラスは地団駄を踏んだ。
「教えてくれよ、テラス」
ぴこん。
みんなが……あなたを馬鹿にしているようだったから。
「そっか……僕のために、あんなに怒ってくれたのか」
ぴこん。
あと、刀を持った変化に気付かなったから。
「あ、あぁ……はは、悪いな。やっぱ気にしてたのか」
テラスの頭を撫でようと指を伸ばすと、テラスはその指を掴んで頬ずりした。
「よし。少し見返してやろうぜ。お前のマスターはやればできるってとこ、見せてやるよ」
テラスは僕の言葉に涙をぴたりと止めて、満面の笑みで頷いた。
戦い/正詠の場合
途中まで正詠は遥香と帰った。会話はどれも他愛もないものだったが、二人はよく笑っていた。
自宅前に到着し、正詠が玄関のドアを引こうと手を伸ばすと、ドアは自然と開いた。
「おかえり、正詠」
正詠の母だった。
正詠と似た整った顔立ちをしているが、その印象は鋭くどこか冷たさを感じる。
「ただいま、母さん。出迎えてくれるなんて珍しいね」
「たまにはね」
正詠の背中から「おばさんお久しぶりでーす」と遥香が大きな声で手を振っている。その声に正詠は振り返ると、遥香とその母が穏和な笑顔をこちらに向けていた。
「久しぶりー! 相変わらず可愛いねぇ!」
正詠の母も大きな声で返して手を振った。
「ほらご飯出来てるよ」
「うん」
頷いて正詠は玄関を通る。自分の部屋には行かず、居間にそのまま向かうと、既に夕食の準備がされていた。皿は三人分用意されており、それを見て正詠は悟られないようにため息をついた。
「今日は豚のしょうが焼きよー。少し冷めちゃったから温め直すね」
「ありがとう、母さん」
二人分のおかずを持って正詠の母はキッチンに向かった。
テーブルの上には正詠の母の相棒がぽつんと座っている。
テラスよりも幼い容姿をしており、服装は人形のようなドレスを着ていた。
ロビンは正詠の肩からじっと彼女を見つめており、彼女はその視線に気付いてロビンを見た。
チン、とレンジから音がすると、母の相棒は視線をすぐに戻した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、母さん」
おかずと共にご飯と味噌汁も用意してくれたようで、正詠は黙々と夕食を口に運ぶ。
それを見た母は微笑んで、自分も食べ始める。
会話はなく、かちゃかちゃと食器と箸の音のみがしていた。
「ごちそうさま。食器は洗っておくよ」
「あら、悪いわね。じゃあお母さんまた仕事に行ってくるね」
母は鞄の中を確認しながら正詠に言う。
「うん……父さんは今日帰ってくる予定だったの?」
ぴたりと母の手が止まる。
「……全く、あの人も困った人よね」
そして母は悲しげな微笑みを正詠に向けた。
母の肩にいる相棒は、同じような表情を母に向けている。
「母さん」
「なぁに?」
「今度、太陽達とバディタクティクスの大会に出るつもりなんだ」
「あら、いいじゃない」
母は正詠の頭を撫でた。
「その……決勝まで行ったらさ、父さんと一緒に観に来てよ。その日だけ一般開放してるらしいから」
そこまで話して、正詠はきゅっと唇を一文字に結んだ。
「そう、ね。よし、わかった。お父さんも私も絶対行くからね」
母の言葉に、正詠は辛そうに微笑んだ。
「うん。約束、だからね」
「えぇ。じゃあ行ってくるね!」
早足で母は家を出て行った。そのときに、母の肩にいる相棒はこちらを見ながら手を振っていた。
「行ってらっしゃい、母さん」
もう何度目かもわからない約束を、正詠は心に刻んだ。
ぴこん。
スケジュール登録完了。相棒『バートン』と共有しますか?
「いや、共有しなくていい。忙しいから忘れるよ、いつもみたく」
ぴこん。
了解。
「さて、洗い物したら勉強するかな。今日は昨日からの続きを頼む、ロビン。それと今月末の模試対策がしたい」
ロビンは頷いた。
「そういや……テラスはサイダーが好きらしいけど、お前も飲んでみるか?」
正詠は立ち上がってシンクに向かいながら言う。それにロビンは満足そうに頷いて、正詠の肩に乗った。
「よし。じゃあジンジャエールをやるよ。サイダーよりは大人っぽいし、お前に似合ってる」
正詠は静かな笑みを作り、食器を洗い始めた。
ぴこん。
「ん? どうした、ロビン?」
正詠の目の前に、詩が表示された。
貴方が笑えば、世界は貴方と共に笑う。
貴方が泣くとき、貴方は一人で泣く。
「エラ・ウィーラー・ウィルコックス、Solitude、孤独」
ぴんぽん。
「慰めてくれてんのか?」
ぴんぽん。
「はは。ありがとな、ロビン」
正詠の顔から、寂しさは消えていた。
戦い/遥香の場合
「それでね、もうテーブルの上でリリィ達が喧嘩しちゃって大変だったんだよ!」
夕食を終えた遥香は両親と共に語り合っていた。語り合う、というよりは一方的に遥香が話し、それに両親が楽しく相槌を打っている、が正しい。
「太陽のテラスがホントに泣き虫で可愛いの! 太陽の相棒には勿体ないくらいに!」
笑いながら遥香はリリィを撫でた。
「ま、リリィほど可愛くはないけどねぇ」
リリィは照れ笑いを浮かべながら、その場でくるりと回った。
「太陽くんらしい良い相棒じゃない。大好きな太陽くんのために怒ったんでしょ、テラスちゃんて」
「えっ?」
ぱちくりとまばたきして、遥香は首を傾げた。
彼女の母は洗い物を終えて、椅子に座った。すると、母の相棒が遥香がしたようにリリィの頭を撫でる。
「みんなが太陽くんを馬鹿にしたって思ったのよ、きっと。本当はそんなことないのに」
母の相棒はリリィをぎゅっと抱き締めた。
「あなたはわかっていたんじゃないの、リリィ?」
リリィはちらりと遥香を見た。
「なによぉ、私だって……いやまぁ気付かなかったけどさ、あんたはテラスのことをからかったノクトに怒っただけでしょ?」
肩を竦めて首を振ったリリィは、どこかロビンのように見えた。表情や行動は似ているが、母の相棒がくっ付いているため、皮肉さが半減していて可愛らしく見える。これがロビンだったら、ただの女たらしにしか見えないが。
リリィと母の相棒はしばらくいちゃついていたが、やがて遥香が立ち上がるとそれを終えて遥香の頭の上に乗った。
「何で頭の上に乗るのさ」
「高みを目指してんのよ、あんたたちと一緒で。もしくは煙となんとか的な」
「お母さんうるさーい」
ぷいとそっぽを向いた背中を母は優しく見守っていた。ついでに父も。
部屋に戻ると、遥香は勉強机に向かって数学の参考書を開いた。
「何だかんだ言いながら勉強する私って偉いと思うの。そうでしょ、リリィ?」
二度頷いて、リリィは画面を表示する。
「えっと……先輩が微分積分はやっとけって言ってたけど、私でも出来そう?」
ぴこん。
優しい微分積分。ここから始めるあなたの可能性。
「……面白いタイトルだね」
ふふんと、リリィは胸を張った。遥香はリリィを褒めたわけでは決してないのだが、リリィは誇らしそうだ。確かに、遥香の相棒であろう。
「まぁやってみるかな。正詠からもアビリティ取っとけって言われたし」
遥香は参考書の例題をまずはノートに書き移し、リリィが表示している画面をじっと見ながらその問題を解き始める。
時折リリィはうるさくならない程度に音を鳴らして、ポイントを彼女に伝えた。ペンを止めたらいくつかの参考サイトを表示し、彼女を飽きさせないよう尽力していた。
その甲斐あって少しはコツを掴んだのか、簡単な問題は時間はかかれど自力で解答まで至ることができた。
「五問解くだけで一時間半かぁ……まぁバレーでもなんでも反復練習が大事だよね」
んーと大きく背伸びをした。休憩を入れることにしたらしい。
「なぁんか勉強してるとか、私らしくないかもね」
皮肉を口にしつつも、まだ学校でも習っていない範囲を解いたことに、彼女は達成感を感じていた。
ぴこん。
「ん? なぁに?」
嫌いじゃない。
「はい?」
ぴこん。
そんなあなたのことが。
「もう、あんたは人を乗せるのが上手いんだから。ちょっと休憩したら再開するし。あ、テラスみたくジュース飲む?」
リリィはその場でくるりと回って喜びを表現した。
戦い/透子の場合
ホトホトラビットを出て数分歩いた場所に、平和島の家はあった。見た目は立派な古民家であったが、数年前に内装をリフォームしたため、屋内は新しかった。玄関に石畳だけは以前からずっと変えられておらず、歴史がしっかりと感じられた。
「ただいま」
靴を揃えて居間へと向かうと、和装の父と母が二人で微笑んだ。
「おかえり、透子」
「おかえりなさい、透子」
平和島が座ったのを見ると、母は立ち上がってキッチンへと向かった。
大きな座卓の上には父と母の相棒二人が、仲睦まじく寄り添っていた。
「お父さんとお母さんの相棒は仲良いね」
「透子もすぐに良い人に会えるさ」
父は新聞を広げて顔を隠した。自分で言って照れ臭ったのか、それとも愛娘に恋人などと思っているのか、彼女にはわからなかった。しかし、きっと愛情深く言ったであろうということだけはわかっていた。
少しして母が夕食を用意し、食べ終わった後に平和島は風呂へと入った。
浴槽は立派な檜だった。父がとてもこだわっていて、リフォームされた中でも一番お金がかかったと自慢げに話していた。
浴槽に浸かりながら、平和島はふぅっと、息を吐いた。
「はふ」
肩まで浸かると、セレナが現れた。
セレナはドレスを脱いでおり、バスタオルを体に巻いて湯船に浮いている。
「ふふ。セレナはいつもそんな風に入るのね」
時折両手両足を動かすセレナは、普段とは違ってだらしがない。
セレナがこんな姿を見せるのは、平和島のみだ。それが彼女にとっては嬉しくあった。出会ってまだ長くもないのに、全幅の信頼を向けられることは正直非常に心地よい。
「あなたがいなくなった時、本当に不安だった……戻ってきてくれてありがとう」
そんな言葉を向けた平和島に、セレナは泳いで近付きにっこりと笑った。
「そうだ。今日は一年生のときの復習をしよっかな。太陽くん、あの調子だと一年生の範囲も苦手そうだし、ネット模試とかのために教えてあげた方がいいかも」
ぴこん。
テラスなら上手くやってますよ?
「そうなの? 同志宣誓していなくても、そういうのわかるものなの?」
ぴこん。
二人を見ていれば何となく。
「へぇ……じゃあ私が教えるなんて駄目だね。私はあなたのためにももっと勉強頑張らなくちゃだね」
紅潮する頬のまま、セレナは頷いた。
「あ、でもバディタクティクスについても調べておかないと。私、ゲームとか苦手だし」
ぴこん。
セレナはバディタクティクスのルールを表示する。
「ありがとう。でも、いきなりこれだけ見てもわからないから、そうだなぁ……もっと初心者用のデータってない?」
今度は電子音を鳴らさずに、セレナは新しいデータを表示した。それは女の子向けのサイトで、可愛らしいイラストを使ってわかりやすく解説しているものだった。
「これならわかりやすいかも。ありがとね、セレナ」
セレナは気を良くしたのか、もっと沢山のサイトを表示させた。
「えっと、あはは。ありがとね、セレナ」
セレナはまた仰向けになって湯船に浮かぶ。
「テラスちゃんとリリィちゃんって、お風呂に入るときどうしてるんだろ?」
同じ女の子の相棒だし、セレナみたくだらしなく入っているのだろうか。
「ねぇ。セレナはどう思う?」
ぷかぷかと浮かぶセレナを指で押しながら、彼女はそう問いかけた。しかしセレナは答えずにただぷかぷかと浮いていた。
「もう。あ、そうだ。太陽くんってね、相棒に飲み物をお供え? するらしいの。セレナもお風呂上りに牛乳飲んでみる?」
ぴこん。
音だけ鳴らして、やはりセレナはだらしく浮いていた。
「ホントにもう……」
呆れたように言った平和島だが、顔には笑みを浮かべていた。
友達/蓮の場合
ホトホトラビットのキッチン。日代は今日最後の注文であるケーキの盛り付けをしていた。
「親父! バナナパンケーキ出来たぞ!」
「おう!」
パンケーキを渡すと、日代は首の骨を鳴らした。
ぴこん。
お疲れ様です。
「まだ終わりじゃねぇ。これから片付けがあるんだ。何回見れば覚えるんだよ、超高性能教育情報端末さんよぉ」
彼には似合わないコックハットを脱ぐと、彼はまずコンロ周りから片付け始める。一度放っておくと焦げた油が黒くこびりつき、掃除が大変になる。彼がキッチンに立たないときは父が料理も作るのだが、父はコンロの周りには手を出さないため、結果的に一週間の汚れを日代が掃除していた。
「あのクソ親父め。ちゃんと掃除しろっての……毎週毎週なんで俺がこんなことを」
文句を言いながらも日代はしっかりと金たわしを使って落としていく。最後に汚れをふき取ると、彼は手を洗う。
「……あぁクソ。そういやイチゴとマンゴーがそろそろ無くなるな」
手を拭きながら、キッチンにあるホワイトボードに目を向ける。
納品予定のある食物が大体は書かれているのが、今日は真っ白だ。
「また書き忘れてやがんのか」
はぁ、と大きくため息をつくと、ノクトは何も言わずに何かのデータを表示した。
「ん……?」
納品データ、共有完了。イチゴ一箱、マンゴー一箱、小麦粉十キロ、米十キロ、ブラッドオレンジ(ドリンク)二リットル。
「……たまには役に立つじゃねぇか」
日代は素直にノクトを褒めなかった。
「しっかし、あの客少し長そうだな……」
キッチンの中から見える老夫婦を見て、日代は小さく言葉を漏らした。
「仕方ねぇ。皿も多くねぇし今のうちに片付けて、ついでに明日の仕込みでもしとくか」
ぴこん。
ホワイトソース、ミルクプリンの数が少なくなっています。平均的に考え、補充を推奨します。
「……今日は積極的に役に立つじゃねぇか」
日代は冷蔵庫から材料を取り出して、手際よくノクトが上げた二つを作り始めた。
ぴこん。
するとまたノクトの呼び出し音がなる。
「今度はなんだよ、しつけぇな」
あられもない、の意味は?
「あーっと、みっともない的な?」
ぶぶ。
正解は、ふさわしくない。
「けっ」
度しがたい、の意味は?
「さ、察しづらい」
ぶぶ。
正解は、まったく救いようがない
「テメーしばくぞ」
言語道断、の意味は?
「ありえねー、だろ?」
ぴぼん。
惜しい、もってのほかであること。日本語は正しく使いましょう。
「この……上等だ。かかってこい、この野郎。満点解答してやる」
1916年に締結され、特殊権益の相互擁護を確認したものは何か?
「何で急に歴史の問題なんだよ!」
正解は、第四次日露協約。
「あーったく。わかった、わかったっての。今日の仕事が終わるまでは付き合ってやるから、もっとやりやすい問題出せよ。そしたら褒美にアイスティーやるからよ」
がっちゃがっちゃとホワイトソースをかき混ぜながら、日代はノクトに言う。
ノクトは僅かに表情を綻ばせた。
戦い/4
まず何をすべきか。
バディタクティクスにおいて重要なのは、スキルとアビリティの組み合わせだ。自身のスキルにあったアビリティに選ぶのが何よりも大切だ。
例えば援護系のスキルが多い相棒には、それを更に伸ばすアビリティを選ぶのも良いし、生存率を上げるために防御を上げるアビリティも良い。
つまり少し自由度の高いRPGみたいなものだ。
そうなると、僕のテラスはスキルが攻撃にも援護にも回れる手前、結構幅は広い。だが、バディタクティクスでは大将が倒れると敗北になるので、結果的には生存率を上げることを優先させるべきだろう。
「テラス、正詠からもらったデータを見せてくれよ」
ベッドを背に座りながらテラスに言う。
表示されたデータにはアビリティが数種とそのアビリティを入手できるネット模試が記されていた。
「えっと、まずは炎系の魔法攻撃アビリティ二種と、回復系が二種?」
合計四種のアビリティにアンダーラインを引く。
「テラス。これからアンダーライン引いたやつで表を作ってくれ。名前と効果と模試で頼む」
テラスは頷いた。すると別画面には先ほどアンダーラインを引いた四種のアビリティ名と効果、ネット模試のアドレスが表示されている。
「さんきゅー。んで、あとは……」
正詠からのデータには、他にもコメントが書かれていた。そこにはネット模試の難易度や、問題内容の傾向などだ。よくここまであの短時間で調べたものだと思う。
「うわ。化学で炎魔法二つか。あと回復は生物……これは中学までの範囲なのか。あと必要なのは現代文と英語か。よし」
立ち上がって椅子に座る。
「そんなわけでテラス。今アンダーラインを引いたアビリティで、模試対策を頼むよ」
テラスは宙をぼーっと見る。相変わらずバカっぽい。少ししてテラスの頭の上に電球が現れて、ずらりとデータが並んだ。
「はは、多いな」
テラスはくるりと回って着替えをした。学ランを来て、さらしを巻いている。応援団のつもりなのだろう。
「そんじゃ化学からやるかぁ」
僕はノートを広げて、テラスが出してくる問題を解き始めた。
◇
というわけで、かれこれ三時間ぶっ通し。さすがに疲れたので休憩を挟むことにした。
「すいへーりーべー僕の船……祇園精舎の鐘が鳴る……接続完了ー……」
机に突っ伏して呟くが、それがどんな意味なのか混乱している。
「あーやばい。テラス、サイダー飲むよな?」
満面の笑みでテラスは頷いた。
サイダーを取りに行き、また部屋に戻る。部屋ではテラスが僕のノートを見て嬉しそうに眺めていた。
「どうした?」
サイダーをお猪口とグラスに注ぎながらテラスに聞いてみる。
ぴこん。
テラス:レベル18
「おーレベル上がったのか。よっしゃ」
テラスの頭を撫でる。きゅっと目を瞑る仕草が可愛らしい。
「そういやお前さ、どこで手鞠を覚えたんだ?」
テラスは首を傾げて、手鞠を取り出して遊びだした。
「いやだからどこで覚えたんだよ」
ぴこん。
覚えてないけどできるんだよなぁ。
「お前……それは前に僕が平和島に言った台詞だろ」
無邪気にテラスは笑って、手鞠を続けた。答えるつもりがないのか、ただの天然なのかはわからないが、これ以上聞こうとは思えなかった。
「ほら、休憩が終わったら勉強の続きするぞ。まだ夜の十時だし、もうちょっと遅くまでやれる」
テラスはすぐに手鞠をやめて先程の応援団のような服装に着替えた。現金な奴だな、ホント。
「今日中にネット模試の化学は終わらせておきたいところだな。さすがに日曜日まで苦手科目やりたくないし」
腕捲りをして勉強を再開しようとしたが、ふとネット模試をどうやるのか気になった。決して逃避ではなく、純粋な疑問として。いや、マジで。
「なぁテラス。ネット模試って、どうやって受けるんだ?」
テラスはすぐに僕が受ける予定のネット模試の受験要項を表示させた。
自宅で受けられるのは予想していたが、その方法は相棒を使ったものだった。相棒が受験者である僕らを監視することで不正などを防ぐらしく、不正をした時点でその模試は失格扱いとなるらしい。受験前には、彼らに机の上に余計なものを置いていないことを確認してもらい、他にもスマホの電源は切っているか、机の上に置いてあるものは規定内のものかどうかも確認してもらうらしい。ただし受験時間に関してはかなり融通が利くらしい。とは言っても制限時間を過ぎるのはNGではあるが、早く終わったらその旨を相棒に伝えて、ネット模試を終了できるようだ。
「今更だけど、科目を絞れるってのも便利だよなぁ」
普通の模試とは違い、一科目だけを受験することも可能で、苦手科目を徹底的にやりたいときにも、本番に近い状況で試験できるのは良いことだろう。
また、アビリティの取得条件に関してだが、これは点数によって決まるらしい。基本的には平均点よりどれぐらい多くとっているかで、賞品が変わるようだ。平均点と大差ない点数だと初級的なアビリティ、満点だと上級アビリティ等々……。
本当に良くできたシステムだと思う。相棒を強くしたいと思うのなら、勉強するしか手段はないのだ。
「ゲームの闘技場みたいな感じかな」
サイトの右上にバツ印を押して、画面を閉じた。
「さてテラス。とりあえず、化学だ」
僕が狙うの炎の魔法攻撃アビリティの単体攻撃用と全体攻撃用だ。正詠のコメントでは、特に全体攻撃だけは取っておくようにとあった。理由は、炎の全体攻撃は防御にも使えるからとのことらしい。
「ただレベルを上げればいいってわけじゃないのが、リアルの難しいところだよな」
勿論平均点は欲しいところだが、75点以上で取得できるアビリティも中々優秀だ。
「いやー……楽しくなってきたわ。やるぞーテラス!」
テラスは頷いて机の上で旗を振っていたが、鬱陶しかったがそれは無視することにした。
◇
それから僕らは四月の間、みんなが勉強に励んでいた。部活に入っていない僕と平和島、日代は学校が終わるとホトホトラビットで互いに苦手範囲を教え合い、部活が終わった正詠や遥香と合流して勉強を続けた。模試の申し込みは各々で行い、徐々に相棒のアビリティは充実していった。かくいう僕も、なんとか必要なアビリティを揃え、四月下旬には目標よりも多くのアビリティを手に入れることが出来た。
僕のアビリティが揃う前に正詠はバディタクティクス校内大会への申し込みを終えていた。
そして今は四月最終週金曜日、四月最終土曜日に行われる模試の決起会をホトホトラビットで行うことになった。
「えー本日はお日柄もよく、すっかり日も暮れましたが、明日の模試の決起会を行います!」
アイスティーを手に、何故か僕が挨拶を行うことになったのだが、何も考えていない。
「日代の親父さんも、息子の学力向上を喜ばしく思ってくださり、本日は料理をご用意してくださいました」
「前置きはいいから早く乾杯してよー、部活終わりで腹ペコだよー」
遥香から野次が飛ぶと、それが始まりとでも言うように全員から「早くしろ」とコールが飛んだ。
「とりあえず明日頑張るぞーかんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
一口飲んで、みんなが料理に手を伸ばした。
「ホトホトラビットのご飯ておしいんだよねぇー」
遥香は自分の皿に料理をひょいひょいと取っていき、ぺろりと一息で食べてしまった。
「遥香ちゃんは食いっぷりが気持ちいいねぇ」
おっちゃんはそう言いながら、小皿にかなり小さく盛られた料理がと一緒にミルクピッチャーを五個をテーブルに置いた。
「しっかしお前らもおかしな奴らだよなぁ。相棒の分も頼むって……」
おっちゃんはスプーンで紅茶をミルクピッチャーに淹れていく。
「テラスちゃんがあまりにも喜ぶから、なんかやってみたくなって」
平和島は皿に集まる相棒達を見ながら言うと、正詠が「俺も同じだ」と同意した。
「ていうかさ、テラスは異性タイプで良かったと思うよ。男同士だったら、太陽は絶対に仲良くなれないと思う」
食べながら話す遥香を見て、「食いながら話すなよ」と嫌そうな顔をする日代。テーブルの上では相棒達が料理を囲んで歓談している。何となくだけど、この賑やかさに心地よさを感じる。
そんな中で、僕とテラスは不意に目が合った。別に呼んだわけではないのに、テラスはわざわざ歩いて僕に近付き、テーブルに置かれていた僕の指に手を添えてきた。
「いや、なんだよ」
にこにこにこにこ。テラスは楽しそうだった。この笑顔を見ていると何をされても許してしまいそうだが、実際何かをされるといらっとするので許す許さないの問題ではない。
「何いちゃこいてんのよ、太陽」
ばりばりとエビフライを食べる遥香を見て、僕は少し悲しくなる。
あぁ、こいつは女の子という枠を少し外れているのだ。
目の保養のために平和島へと視線を移す。平和島はサンドイッチをリスのようにちまちまと口にしていた。
うむ。やはり女の子はこんな感じが良い。おっぱいが大きいのも良い。おっぱいが、その……胸暴なのがまた良い。ワイルドさとおしとやかさ。平和島は完璧に近い。あくまで近いだけで、完璧ではないのだが。
「えっと……なぁに、天広くん?」
「平和島ってさ、女の子だよな」
「えーっと……うん、私は女の子だよ」
「あぁ。良いと思うぜ。平和島は女の子で」
そんなやり取りを平和島としていると、日代から謎の圧力を感じたがあえて無視することにした。
大体二時間ぐらいだろうか。そんな楽しい時間は終わりに近付いていた。
「そろそろ帰るか」
正詠が皿を重ねてそう言った。僕らはそれに頷いて、空いた皿を洗い場に運んでいく。
「日代、洗い物は僕がやるよ」
「おう」
僕はキッチンへと向かう。テラスは僕の肩の上で楽しそうに微笑んでいた。
かちゃかちゃと洗い物をしていると、平和島がひょいと現れた。
「天広くん。洗い終わったものは後ろに置いておいて。私がしまうから」
「おっけー」
僕が洗い終わった皿やグラスを後ろに置くと、平和島は慣れた手つきでそれらをしまっていく。
「平和島ってさ、昔のこととか覚えてるか?」
「え?」
唐突な質問に平和島は首を傾げた。
「えーっと、例えば幼稚園とかのとき」
「んー……全部は覚えてないよ。でも、蓮ちゃんと遊んでたときのことはよく覚えてるよ」
「どんなことして遊んでたんだ?」
僕はまた洗い物を再開した。
「お人形遊びとか、ヒーローごっことか、お話ししたことかなぁ」
「日代がお人形遊びか……はは、どんなお人形遊びなんだ?」
洗い物を続けながら、平和島と話を続ける。時折平和島をちらりと見てみたが頬は僅かに紅潮していた。それが子供の時の話をしていたからなのか、別の何かなのかはあえて聞こうとは思わなかった。
「んー蓮ちゃんがハイパーマンの人形持って、私がビュティキュアを持ってね、いつも蓮ちゃんが助けてくれる遊びだったよ」
平和島の声には懐かしさだけでなく、慈愛が多分に含まれている。
「なぁ……普通さ、楽しい思い出ってさ、忘れないよ」
「人によると思うけど、そうかもしれないね」
ふふ、と平和島は女の子らしく笑った。
「そう、だよな」
どこか、どこか、だ。僕は何かを忘れている気がしていた。特に愛華が言っていた記憶に関して。自分がまだ幼く、友達と恐れを知らずに遊んでいた時のこと。それはとても尊いはずなのに。何故か記憶の空白は痛みを伴って、〝再生〟を拒んでいる。
「平和島はさ、日代に忘れられたらどう思う?」
僕は洗い物を続けるが、背中越しとはいえ平和島の動きが止まったことがわかる。
「教えてくれないか、平和島」
正詠でも、遥香でも、ましてや日代からでもない。僕は彼女から聞きたかったら聞いてみる。〝大切な人に忘れられる〟悲しみを。
「私はきっと、忘れてくれるなら、それで良いとも思えるかも」
あぁ、そうだよな。そうなんだよ。優しい子ならきっと、そう思うはずなんだ。でもさ、それはきっと……。
「残酷な、ことだよな」
平和島に聞こえないように、ぽそりと呟いた。
忘れた方はそれでいいかもしれない。だって覚えてないんだから。でも、忘れられる方はそうはいかないだろう。大切な思い出が、自分しか知らないなんて悲しすぎる。
「天広くん、何かあったの?」
「ん……いや、別になんでもない」
最後の皿を洗い終わって、平和島にそれらを食器洗浄機にかけた。
「来週のゴールデンウィークが終われば、いよいよバディタクティクスだろ。頑張ろうぜ、平和島」
手を上げてハイタッチの態勢を取ると、平和島はにっこりと笑って僕とハイタッチしてくれた。
「うん!」
とりあえず、今はまだ……このままでいいと僕は思っていた。