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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
3/22

第三章 電子遭難

   電子遭難/1



 七時ぴったりにテラスは起こしてくれた。

 それはもうやかましいことこの上なく、ガラスを引っ搔くような音や、フライパンを何度も叩くような音、鶏の鳴き声、それと普通の目覚ましの電子音。最初は電子音で挑戦して、起きなかったらバリエーションを増やしていくという考えはなかったのですかね、超高性能教育情報端末さん。まぁ起きることができたから良いんですけど。

 バスに乗り遅れることもなかったし、勿論遅刻することもなかった。ただしあの目覚ましのせいで、昨日と違った頭痛が襲ってきている。


「あぁだるい」


 靴を履き替えて教室に向かう。二年三組にいつも通り進んでいたのだが、どこかで道を間違ってしまったのかもしれない。無駄に人だかりができていた。

 その人だかりの奥からは誰かが声を荒げて何かを喋っている。


「なぁなしたの、あれ?」


 僕は一番身近にいた日代ひしろに話しかけた。


「けっ。興味があんなら自分で見にいけばいいだろうが」


 悪態をついて日代は教室へ入っていった。

 そういやあいつって一応不良の類だっけか。悪いことしたなぁ……僕みたいな凡人が話しかけたら彼の不良の格みたいなのが下がるかも。たぶん悪い奴じゃあないと思うんだけどな。

 しかし興味か……まぁあるし行ってみるか。


「よっと、通してねっと」


 人だかりを掻き分けて前に進んでいく。

 その途中で何人かが「お、ナマコの太陽」とか「ヌメヌメしてるか」とかかくもひどいことを言われ始めた。もうナマコのことは忘れてくれよ。

 先頭まで来ると、クラスメイトの平和島へいわじま 透子とうこと僕ら二年三組の担任だった。どうやら彼らがこの人混みの中心のようだ。「とりあえず職員室に来なさい。事情はそこで聞こう」


「はい……」


 二人はその場から去っていった。


「何だったんだ、一体」


 状況は何もわからないまま、クラスメイトは話しながら教室へと入っていった。それに僕も続いて自分の席に着いた。

 テラスは机の上に現れて、こちらを不安そうに見つめている。


――ねぇ聞いた? 平和島さんの相棒が電子遭難サイバーディストレスしたんだって。

――うっわ。貰ってからまだ少ししか経ってないのに、可哀想。

――電子遭難した場合って、実質在学中に再配布なしでしょ?

――成績は良いのに、もったいない。


 なるほどね。様子見に行くよりも噂話に聞き耳立ててた方が良かったな、こりゃあ。


「おい太陽」

「おっす正詠」


 正詠はこちらの挨拶は無視した。それも当然だろうな。


「聞いたか?」

「少し」

「電子遭難だってな。さすがに……知っているよな?」

「ニュースはそれなりに観てるからなぁ」


 電子遭難。相棒がネット接続中にはぐれてしまうことだ。現在、電子遭難した相棒は戻ってきたためしはない。


「こりゃあ遥香が荒れるぞ」

「遥香は平和島と仲が良いからなぁ」


 と、そこまで話すと大きな音と共に一つの机が教室の最前列まで吹っ飛んだ


「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」


 正詠の顔が見るからに不機嫌になった。どうもああいう不良っぽい類と正詠は相性が悪い。


「ちょっと文句言ってくる」

「正詠、ストップ。あれはあいつの優しさだよ」

「どういう……ってあぁなるほどな」


 いつの間にかクラスでは平和島の話ではなく、素行不良の日代の話に変わっていた。


「くだらねぇ」


 そう言うと日代は教室から出て行った。

 やっぱり悪い奴じゃなさそうだな、あいつ。もっとしっかりと話す機会があれば仲良くなれそうなんだが。


「とはいえ、遥香ならきっと……」


 そんなことを不安に思う朝だった。


   ◇


 で、昼休み。僕と正詠と遥香は屋上で昼食を食べていた。つもなら人気スポットなのだが、今日は静かで僕らしかいなかった。昼食を終えた後、朝の不安は的中。もう予言者になれるんじゃねぇかってくらいに超的中。


「何とかしたい」


 遥香の一言。

 色々言葉が抜けているが、まぁあれだ。平和島の相棒が電子遭難したから、それを助けたいってことだ。


「遥香、無理だ諦めろ」


 正詠は紙パックの牛乳を飲みながら答える。


「何でよ!」

「電子遭難ってのはそんな簡単じゃねぇんだ。お前は太平洋に落ちた砂粒を探せるか?」

「無理だけど今回は砂粒じゃないじゃん。相棒じゃん」

「もう一度言うぞ。無理だ。俺たちの自宅のネット環境じゃ探している間にこっちも電子遭難だ。お前ネット舐めすぎ」


 牛乳を飲み終えて、正詠はそれを袋に詰め込む。


「むぅ……」


 遥香が頬を膨らませながら、正詠を睨み付けている。


「正詠、何で無理なんだ?」


 きっと自分である程度調べていたのだろう。僕たちがこういったことを言い出すのも知っていたはずだ。それでもまだ正詠は策を練ろうと、顎に手をやり考える仕草をしたが、すぐに頭を振った。


「やっぱり無理だ。探すにしても環境が悪すぎる。一般家庭のネットは浮動不確定座標だ。最低条件として、完全絶対座標のネット環境が必要だ」

「その心は?」

「完全絶対座標があれば、こいつらが電子遭難する可能性はないから安心して探せる」


 正詠はロビンを見て微笑む。


「だが、その完全絶対座標ってのは特定の許可申請を国に出す必要がある。その申請は簡単に通らないし、普通の施設じゃあまず無理だ」


 正詠は立ち上がる。それを見て、僕と遥香も立ち上がり彼と一緒に教室に戻ろうとしたが、それをドスの利いた声が制止した。


「完全絶対座標があればやんのか、お前ら?」


 ペントハウスの屋根から、日代が僕らを見下ろしていた。


「日代……」


 正詠の表情が険しくなる。相変わらず嫌いなんだなぁ、こういうタイプ。


「おい、やんのかよ」


 日代はペントハウスから降りて、正詠を挑発気味な瞳を向けた。


「お前に関係ないだろ、日代」

「いいや、ある」


 日代の周りを、黒い外套に身を包む白髪の相棒が現れる。


「やるんだったら、俺にも一枚噛ませろ」


 日代は不敵な笑みを僕らに向けた。



   電子遭難/2



 正詠と日代が睨み合っている。

 遥香は怪訝そうに日代を見ており、少しのきっかけで喧嘩になりそうだった。


「やったとしてもお前と一緒にってのはごめんだ」

「完全絶対座標なら俺が用意してやる。だから協力しろ」

「……」


 日代は完全絶対座標の施設に関しては自信があるようだ。というか、普通の固定IPとの違いをわかって話しているのだろうか。


「なぁ日代。完全絶対座標の意味、本当にわかってるか?」


 確認のために日代に話しかける。


「当たり前だろうが。そもそも浮動も完全も、こいつらのためのネット環境だろうが」


 浮動不確定座標は、相棒自身に振られるIP。相棒が通常ネット接続している状況で、各家庭や各施設が契約しているプロバイダが適当に振るIPのことをこう呼ぶ。つまりは普通のネットと何も変わらない。

 そして完全絶対座標は、相棒と施設両方に振られる特殊な数値を含んだ固定IPだ。それは通常のIPとは違う数値の為、それを見ることで〝どこから〟アクセスし、〝どこへ〟アクセスしたのか、理論上永遠に、そして確実に追跡可能となる。


「那須、テメーはやるよな?」

「私、は……」


 遥香は僕を見る。今までの意気はどこに言ったのかというほど、その瞳は非常に不安そうだった。対して日代の瞳は自信に満ち溢れていた。断るわけがない、と思っているのだろう。


「待ってくれよ、日代。その前に、なんで君がそんなことを言い出すのか知りたい」


 何故、僕らの話に乗ろうとしているのか。

 何故、危険を犯してまで平和島の相棒を救おうとしているのか。

 その理由がないのならば、いくら何でも協力できない。


「あ? 平和島の相棒を助けようとしてんだろ?」

「んーまぁ、今のところは」

「面白そうだから手伝わせろ」

「それじゃあ駄目だ、日代」


 なるだけちゃんとした笑顔を作ったつもりだが、日代の表情を見る限りどうやら僕の作戦は失敗したようだ。


「反吐が出る顔をするんじゃねぇ、天広」

「嘘を吐いている奴に協力するつもりはないよ。たとえ日代が完全絶対座標を知っていてもな」


 正詠の肩を叩いて、遥香の背中を叩く。


「平和島は……俺の幼馴染だ。だから助ける。それの何が悪い」


 さて戻ろうかというところで、日代はようやっと本音を言ってくれたようだ。


「だってさ、正詠。君も僕の相棒がいなくなったら探すのを手伝ってくれるよな?」


 正詠にそう言うと、困ったような表情を返す。


「放課後、また集まろう。日代、お前もだ。いいな?」

「けっ」


 悪態をついた日代の顔は、普段とは違ってどこか照れ臭そうだった。


   ◇


 放課後になっても、平和島は教室には戻ってこなかった。遥香から聞くと、彼女は早退したらしい。チャットで多少やり取りはしていたみたいだが、やはり平和島に元気はなかったとのことだ。

 その話を聞いた日代は「けっ」とまた悪態をついた。それを見た正詠はあれやれとでも言うようにため息を漏らす。


「で、日代。完全絶対座標を用意できると聞いたか、実際どうするんだ」


 放課後、僕らはまた屋上で話し合っていた。


「〝ここ〟にあるだろうが、優等生」



 日代は床を叩きながら言う。

「お前……まさか勝手に高校を使うつもりか?」

「そうだ。何かありゃあ俺のせいにすればいい。俺は〝素行不良〟の生徒だからな。お前たちは俺に脅されたって言えばいいだけだ」


 そこまで言って日代は制服の内ポケットから煙草を取り出して火を点けた。それを何も言わずに正詠は奪い取って火を消した。少し二人は無言で睨み合って、互いにため息をついた。

 ぴこん。

 テラスを見ると、ディスプレイに『喧嘩?』と表示されている。


「喧嘩じゃあないと思うよ、テラス。こういうことから育つ友情もあるんだ」


 二人に聞こえないように、テラスに呟いた。


「俺は場所を用意する。で、優等生はどうやってあいつの相棒を探すつもりだ」

「……平和島の家からのアクセス全てをハックし、そこからあいつの相棒を探す」

「はっ、ずいぶんと気の遠くなる話だな」

「俺たちが電子遭難しない可能性が出来たのなら、これが一番確実だ」

「ま、お前の言う通りだな。じゃあ平和島の家のアドレスは俺に任せろ」

「幼馴染が本当なら、調べられるだろうしな。任せる」


 あれ、そういえば……。


「なぁ正詠」

「なんだよ、太陽」

「そもそもさ、自宅じゃフルダイブできないよな」

「まぁな」

「じゃあどうやって平和島の相棒は電子遭難したんだ?」


 フルダイブとは、大規模のVR機器を使用してネットへ侵入し、体全てを使って感覚的に情報を探しやすくする方法だ。いちいちキーボードを叩かなくてもいいし、感覚で情報を知覚するから文字だけの情報に騙されにくい。

 フルダイブをしているときは、相棒がネット上に文字通り体ごと潜るため、フルダイブと呼ばれるのだが……それ以外では今みたく〝外〟で情報取得をするのが普通だ。


「だからおかしいんだよ、太陽」

「え?」

「どうやって電子遭難すると思う?」

「いや、わからないから聞いたんだけど……」

「十中八九、強盗されたのさ。外から平和島の相棒に不正アクセスして奪い取ったんだ」


 正詠は不機嫌そうに僕に返した。心なしか彼の肩に乗っているロビンも、正詠と同じように見える。柳原も言っていたが、本当に感情があるのだろう。


「普通強盗されるのは、自宅のセキュリティが弱いということだからな。どうしても、盗まれるほう〝も〟悪いと言われるんだ。理不尽だが、それにも一理ある」

 確かに、正詠の言っていることはわかるが、盗まれるほうも悪いなんて理屈そんなの通らない。盗むほうが悪いに決まっている。

「うん! じゃあ何がなんでも今日中に見つけよう!」


 今まで沈黙していた遥香だったが、正詠や日代の話が大分現実味を帯びてきて希望が見えたのだろう。二人と比べて遥香の顔は明るい。


「じゃあ今日の夜十時に裏門に来い。ここのことに関しては全部俺に任せろ」

「……そうだな。不安だがお前に任せる。それと共有宣誓シェア・オースしておくぞ。一時的に、だからな」


 正詠は確認しながら、日代に左腕を伸ばした。


「お、同志宣誓みたいなやつ?」


 僕も正詠に倣って左腕を伸ばす。さらにそれに倣って、遥香も左腕を伸ばした。僕らの相棒は全員が手の上に現れる。


「同志宣誓が友達申請なら、これは知り合い申請だ。口上も何も必要ない。ロビン、日代を共有宣誓する」


 ぴろりん。

 気の抜けるような音がした。それだけで正詠は腕を下ろした。


「え、そんだけ?」

「そんなもんだ」

「えーっと、テラス。日代を共有宣誓する」

「リリィ、日代を共有宣誓」


 ぴろりん。

 ぴろりん。

 同志宣誓のときとは全く違って、随分とあっさりしている。


「こいつはノクトだ。一時的だが、まぁよろしくな」

 よろしく、という割には、日代も彼の相棒のノクトもかなり不愛想だった。



   電子遭難/3



 夜十時ちょうどに全員が集まる。


「なぁ、少し不謹慎なこと言うけど許してくれ」


 テラスは僕の気持ちを汲んでいるのか、楽し気に瞳を輝かせている。


「夜の校舎に忍び込むことにわくわくしている」


 正詠と遥香、日代が呆れたようにため息をつく。いやまぁそういう反応されるってわかってたけどさ。確かに不謹慎です、ごめんなさい。


「おら、行くぞ」


 裏門の前で日代は言うが、そうは言っても……。


「いやあのさ、日代。ここのセキュリティ大丈夫なのか?」


 日代はにやりと笑うと、ノクトが現れた。ノクトの手にはアイスピックやらドライバーやら何に使うかわからない機器が沢山持たれていた。いや、何に使うかわからないというのは違うか。明らかにピッキングっぽい雰囲気。


「大丈夫だ、行くぞ」


 門をよじ登って日代は学校内へと侵入した。警報は確かに鳴らない。


「そんじゃあ次は僕が行くかな」


 日代を真似て登ろうとしたが、中々そうはいかなかった。これが筋肉量ってやつか。これが帰宅部と不良(仮)の違いってやつか。なんて人生は理不尽なんだ。


「何やってんだ、早くしろっての」


 正詠に尻を押されて校舎の中に。着地は大失敗。正詠と遥香は日代のようにひょいと乗り越えた。そうだな、うん。少し運動をしよう。少なくともこの校門を飛び越えられるぐらいには。


「行くぞ」


 日代の声に余計な感情はなかった。急いでいるわけではないのだろうが、ここで変に時間をかけたくないのだろう。日代はドアやら窓やらをさくさくっと開けて、どんどん校舎の奥へと侵入していく。

 怖いくらいに、彼は〝慣れている〟。

 そして、今回の僕らの目的地である地下演習場への扉も、彼は簡単に開けてしまった。


「さて、ここでフルダイブするぞ。時間が惜しい」


 日代は地下演習場の電源を入れる。照明が点いたため、目が眩む。目が慣れると、そこにはゲームセンターにあるような筐体がずらりと並んでいた。


「適当に座れ。使い方は感覚でわかる」


 日代が早速筐体に座る。足、腕、首とリングのようなものを装着していた。最後にバイクのヘルメットに類似しているものをかぶろうとしていた時に、正詠が声をかけた。


「お前のその力、もっと別の方向に役立てられたろうに」


 正詠も同じように筐体に座り、機器を取り付けていく。


「はっ。綺麗な道を歩くだけじゃあ守れないものもあるんだ。覚えておけよ、優等生」


 日代と正詠はほとんど同時に、ヘルメットをかぶった。僕と遥香も彼らを真似てヘルメットをかぶる。


――同志宣誓、共有宣誓ヲ確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト。座標設定完了、フルダイブ準備完了。


 機械的なアナウンスの声が聞こえた。

 ヘルメットから見える風景は、青い線で区切られた黒い世界。イメージ通りの電脳世界だ。


――フルダイブ、行いますか?


「頼む」


 声で返事をすると、体が急にふわりと浮いたような錯覚と共に、体が落ちていく感覚が襲い掛かった。


「なん!」


 しかしそれは一瞬で、ふいに〝世界〟が広がった。

 視界全てに〝情報〟が押し寄せてくる。視覚だけでなく聴覚でも、触覚でも感じられる。それだけではない、匂いがする。食べ物とかそういったものではない。もっと直感的な匂い。これは〝数式〟の匂い。ぺろりと唇を舐めると、それは〝文字〟の味。五感全てで情報を感じられた。

 はっきり言って、情報が多すぎて気持ちが悪い。


「これは……」

「日代。早く平和島の家のアドレスをくれ。情報が多すぎて酔いそうだ」


 正詠の声が耳元ではっきりと聞こえた。


「ほら」


 ぴぴぴ、という短い連続した電子音と共に世界が変わった。

 先程よりも情報量は減っており、情報過多による不快感は減っていた。

 そして、ここでみんなの姿を確認できた。


「え?」


 みんなの相棒が人間サイズになっていた。

 そしてその周りに、相棒サイズになったみんながいた。


「どういうことだ、これ」


 体を動かすと、〝自分が想定していない体が動いた〟。


「お前フルダイブは知っているのに、こんなことも知らないのか。フルダイブ中はこいつらがメインなんだから、サイズが変わるんだぞ。で、俺らが普段のこいつらサイズになるんだ」


 ロビンがニヒルな笑みを浮かべて、肩を竦める。

 こいつ、でかくなると腹立つな。


「そうなのか……おーいテラス、顔を向けてみろ」


 と言っても動かない。


「テラスはお前が意識したように動いてくれるからもっとこう……直感的に命令してみろ」


 正詠のアドバイス通りにして(出来たかは不明だが)みる。すると、テラスがこっちを向いた。

 テラスは僕を見るとにっこりと微笑んだ。

 近くで見るとこいつやっぱり可愛いな。DNAの奇跡って、色々な次元を超えるんだなぁ……。


「ふざけてないで、ほら」


 正詠が言うと、テラスと自分の目の前に、リストが表示された。


「ここからおかしなデータを探せ。絶対に一つだけおかしいのがある」


 正詠と日代は既にリストの中を探し始めている。遥香は二人の様子を見ながらリストを探している。


「うーん。テラス、お前も超高性能教育情報端末なんだろ。すげー処理能力を見せてくれ」


 テラスはこくり頷くと、物凄い勢いでリストをチェックしていく。


「はは……さすがっすわ、超高性能教育情報端末」


 慣れない小さい体でリストを見ていくと、それはもうあっさりと、あまりにもおかしなIPへのアクセス、そして確実に日本ではないドメインがあった。


「いやー僕もさすがっすな」


 本当に、僕はこういうところで運は良い。


「おい、これじゃねぇの」


 リストの一行をマーキングして、指でフリックして正詠に渡した。

 正詠はそのリストを見て「本当にあったのかよ」とぼやいた。リストを確認すると、正詠は無言で頷いた。


「おい優等生。それえおよこせ、そこに飛ぶぞ」


 日代のノクトは鋭い視線をこちらに向けている。ゲームに登場するような暗殺者っぽい。


「待て素行不良。相棒強盗だ、何かあってからじゃあ遅い。まずはパスを開いて座標がちゃんと存在しているかを確認する」


 いつの間にか二人は変なあだ名を付けあっていた。

 何か作業をして、数分待つ。ロビンが何かを正詠に伝えている。


「海外サーバーをいくつも経由しているな……あった。よし、パスも存在も確認できる。運が良いぞ」


 ロビンと正詠は互いに満足気に微笑み合った。


「おし、行くぞ」


 正詠がみんなを見て、僕たち全員が頷いた。

 正詠が何かのボタンを押したと思った途端、世界が水飴のようにぬめりと動いた気がした。光が多少の余韻を残して止まった。


「着いた……のか?」


 急激な情報遷移で目と頭がちかちかする。二度、三度と頭を振ると、目の前の水を油に落としたような極彩色のような光景にまた頭が痛んだ。

 そんな世界で、気味の悪い化け物が一体佇んでいた。


「アンエクスペクティッド・イベント……応答を待ちます」


 黒い化け物が、青い髪の相棒を片腕で捕らえていた。

 黒い化け物は不自然なほどに筋骨隆々の人の体をしていた。鼻はないが大きな口があり、そこからは狂暴な乱杭歯が見えた。目はぎょろりと大きく猫のように瞳孔が細い。


「なんだ、お前……」


 あまりの気味悪さに声が漏れる。


「オーライ。伝達。エラーナンバー発見。エラーパターン、ナンバー0。異性パターンアンマッチ」


 のそりと、その化け物は動き出す。


――バディタクティクスモードニ移行シマス。


 急なアナウンス。

 バディタクティクス……?


「太陽! 一旦逃げるぞ! こんな化け物とバディタクティクスで戦えない!」


 何を言って……?


「逃げるぞ!」

「エラーパターン、ロックオン。相棒ネーム〝テラス〟。サンプルとして、捕獲開始します」


 化け物の体から触手が一本伸びて、腕にいた青い髪の相棒を掴んでにょろにょろと上へと延びていった。


「レベル解析完了。テラスのレベルは10。ノープロブレム。捕獲、開始します」

「テラス、逃げるぞ!」


 とにかくやばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!


「エラーパターン、逃亡姿勢。エリア隔絶します」


 冷たい音と共に、僕らの逃げ道を塞がれる。


「任務遂行。捕獲後、他相棒は排除します」


 黒い化け物の二つの腕がより盛り上がる。


「おいおいマジっすか」


 今までにないぐらい、心臓がドキドキと脈打っている。


「おい優等生、何とかしろよ」


 日代が文句を正詠に言う。


「こういうのはテメーが向いているだろう、素行不良」


 正詠は日代に文句を言う。


「そんなこと言ってる場合じゃないじゃん! これってピンチでしょ!」


 四者四様の慌て方をしている僕らを前にしても、あの化け物に何も迷いは見られなかった。

 黒い化け物が突進してくる。

 狙いは何故かはわからないが、テラスだった。


「テラス、逃げろ!」


 突進をテラスは回避したものの、化け物はすぐにまたこちらを睨み付けた。


「まさか授業でやる前にバディタクティクスを経験することになるとはな……!」


 正詠が何かを調べているが、それをあの化け物が待ってくれるわけがない。というか、完全に他は無視して僕のことを狙ってやがる。


「正詠! バディタクティクスって、なんかこう……こっちも攻撃とかできるんじゃねぇの!」

「待ってろ! 今準備している!」


 黒い化け物はこっちの会話に割り込むように何度も突進を繰り返す。それをテラスは躱し続ける。


「にしても単調な動きなのは助かるな。プログラムか?」


 正詠は調べ物を続けながら、冷静 (なのかどうかはわからないが)に分析を述べた。


「回避パターン、オーケー。次で捕獲します」


 瞬間、黒い化け物と目が合った。と思うと、黒い化け物は目にも見えない速さで突進してきて、右腕でがっしりとテラスを握りしめていた。


「テラス!」

「捕獲完了。その他を排除します」


 その言葉と共に、左腕が伸びて一気に三人をなぎ倒していった。


「やめろ! テメー何してやがんだ! テラスを離して平和島の相棒も離せ!」


 僕の声を聞いてか、四方八方に首を動かしながら、黒い化け物はこちらを見た。そして、大きく口を広げる。


「正詠! テラスが捕まった!」

「言われなくてもわかっ……あった! 太陽、遥香、日代! 今からデータ送るからロングタップしろ! 説明はあとでする!」


 目の前のディスプレイに正詠から送信されたものが表示された。『刀』と表示されている。焦る気持ちを必死に抑えて正詠の言う通りにそれを長押しすると、テラスが右手に刀を持った。


「テラス、どこでもいいから斬り付けろ!」


 テラスは苦痛に顔を歪ませながら黒い化け物を斬り付けるが、ダメージらしきものは与えられていない。


「ロビン、連射しろ!」


 ロビンは矢を何本も射るが、化け物の体に弾かれる。


「リリィ、ぶん殴って!」


 勢いをつけてリリィが化け物を殴るが、やはりびくともしない。


「ノクト!」。


 自身と同じぐらい背丈のある大剣を振り下ろすが、それでも……それでも化け物には効いているようには見えない。


「オーライ。他相棒の排除を中止。帰還します」


 化け物の背後の空間が、文字通り割れた。

 割れた先には絵の具をぐちゃぐちゃにかしたような混沌が見える。

 何となくだが、わかる。

 完全絶対座標だろうとなんだろうと、あそこに入られたら……二度と見つからない。


「テラス! 逃げろ!」


 テラスは僕の声に手を伸ばした。顔は悲痛に歪んでいた。


「テラァァァァァァァァァス!」


 こちらも手を伸ばすが届かない。届くはずがない。

 徐々に、化け物と共にテラスと平和島の相棒が混沌に飲まれていく。

 ずきりと、激しく頭が痛む。

 あぁ、またかよ、畜生。

 また、僕は……。


 タケラレナイノカ。


――errorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerror大丈夫だよエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerror私がエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerror今度はエラーあなたのえらーERRORerrorエラーえらー笑顔をERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらーERRORerrorエラーえらー守るからERRORerrorエラーえらーERROR!


 けたたましい警告音をテラスが発した。


――スキルオーバーロードします。マスター天広 太陽。許可を。


 何が起きているのか全く理解できなかった。辛うじてわかるのは、あのテラスが喋っているということだけだ。


――マスター天広 太陽。応答なし。緊急のため、こちらの判断でスキルを発動します。スキル『他力本願』発動します。スキルレベルEXと確認。更にオーバーロード。処理完了。ネットワークから〝全て〟の相棒スキルを一時的に使用します。


 化け物は進める足を止め、右腕に掴むテラスを見ていた。


――スキル『他力本願』発動します。天性の肉体S、万里の長城A、鉄壁の精神S、鋼鉄の願いC、逃亡S、救出A、剣技の極みS。


 白銀の一閃が幾つも走り、化け物の腕と触手を木っ端みじんに吹き飛ばした。


――相棒『セレナ』救出完了。スキル発動。緊急脱出Aを使用し、セレナをマスター『平和島 透子』の元に帰還させます。


 平和島の相棒は瞬時に転送されて消える。


――スキル『他力本願』発動します。戦況分析A。完了。マスター天広 太陽。現在の我々の実力では、敵性プログラム、仮称『アンノウン』の処理は非常に困難と断定。勝利確率、0.000000001%未満。脱出を推奨。試行、エリア隔絶を確認。再計算開始。処理完了。スキル『他力本願』を使用することで脱出が可能。成功確率、100%。追跡可能性、計算開始。ステップ数を56232踏むことで、追跡可能性を0.01%未満に設定可能。マスター天広 太陽、許可を。


 テラスがガラスのような瞳をこちらに向けて、小首を傾げた。

 テラスが言っていること全てが、しっかりと僕には聞こえている。彼女が言っていることが正しいだろうとも思う。しかし、それに許可を出すことには躊躇した。自分が今見ているテラスは、本当にあの天真爛漫なテラスなのだろうか。もしかしたら、違う何かではないかという不安が、頭によぎる。


「太陽! 俺にも状況はさっぱりだが、今はそいつに賭けろ! バグでも今は逃げることが最優先だ!」


 正詠の叫び声に、瞬間テラスから目を離し、また戻す。


――大丈夫だよ。今度は私が、あなたを守るから。


 今までの機械的な声とは違う、あまりにも人間らしい声に自分の不信が僅かに解れた。


「頼む」


――許可確認。アンノウンへ通達。次はありません。マスター天広 太陽に手を出すな。


 殺気を孕んだ言葉が、化け物に向けられた。


「オーライ。データ転送済みです。天広 太陽の相棒『テラス』をゴッドクラスと仮定。オーライ、伝言開始します」


 そんなテラスの言葉に反して、化け物は嬉しそうに大きな口を三日月形に開いた。


「ようやく見つけたぞ」


 その一言を告げると、化け物は両手を広げ笑い出した。


「ギャハハハハハッハハハハハハッハハ!」


――脱出します。


 体が光に包まれた。


――私はあなたを、必ず守り抜きます。


 小さいが、はっきりとした声だった。


   ◇


 光が消えたと思った瞬間に、体が戻ったように感じた。

 ヘルメットを外して、周りを見る。


「全員無事だよな!」


 最初に正詠がヘルメットを外し、僕を見て頷いた。それに続いて日代、遥香も無事のようだった。


「みんなの相棒は?」


 遥香が言うと、彼らの周りから相棒が現れた。


「テラス! テラス出てこい!」


 思わず叫んでいた。


「テラス!」


 ふよりとテラスは現れた。しかし、いつもの元気がない。


「大丈夫か!」


 ぴこん。

 テラスが表示されたディスプレイには『疲れた』と表示されていた。


「こいつ……」


 安堵のため息をつくと、みんながいつの間にか周りに集まっていた。


「今回はテラスに助けられたな……」


 正詠も僕と同じようにため息をついた。


「うんうん。テラス、良くやったよ!」


 遥香は能天気な笑顔を浮かべ、リリィはテラスの頭を撫でている。

 そして、全員が同時に深く息を吐いた。


「一体何だったんだ、あれ……」


 筐体から降りてそう漏らしたが、みんな答えることはなかった。


「とりあえずさっさと戻るぞ」


 日代が切り替えるようにそんなことを口にしたが、時既に遅し。

 僕ら以外いないはずなのに、地下演習場のドアが開いた。そこからは生徒指導の先生と、僕らの担任、そして校長先生が現れた。


「何をしている!」


 生徒指導の先生が、荒々しく声をあげる。


「いやぁ……ははは。こりゃあヤバイっすね」


 僕らは、もう何度目かもわからないため息をついた。

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