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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
2/22

第二章 日常

   日常/1


 さて、我らが二年三組の担任が教えてくれた相棒バディのことを、至極簡単。にまとめるとこうなる。


 一、相棒は自身(つまり僕)の努力によって成長する。

 二、相棒は自身の鏡である。節度のある生活を心掛けるように。

 三、相棒は進学、就職で見られる重要要素。それを念頭に置いて、育てるように。

 四、相棒ゲームにハマりすぎないように。学生の本分は勉学である。


 の四つだ。他にも色々言っていたが、まぁ長くなるし割愛。


「いくらなんでも長かった……そして辛い一日だった」


 一限だけかと思ったら、二限までぶっ通しだ。すげぇ疲れた。

 しかもそのあとが体育、英語。昼休みを挟んで数学Ⅱ、ヒアリング英語。死ぬかと思った。今日が金曜日じゃなかったら発狂している。


「にぃの相棒可愛いねぇ」


 僕がリビングのソファで突っ伏してる中、愛華はテラスと遊んでいた。といっても直接触れ合えるわけでもないので、ノートの上に丸を複数書いてけんけんぱで遊ばせている、が正しい。


「愛華はもっと可愛いのが出るよ」


 体を起こして愛華を見た。


「でも女の子の相棒が出るなんて珍しいね」


 そういえばクラス中の奴等にそう言われたな。


「そんな珍しいのか? 母さんのだって女の子だし、遥香だって女の子だったぞ」

「相棒って、普通は同性のが出るんだって」


 テラスが一つの丸を飛べずに転んだ。


「異性の相棒が出るのは一割未満って聞いたことあるよ」

「へぇ。ま、僕としてはありがたいよ。ナマコじゃないし」


 そんなことを言うと、テラスが僕を見て頬を膨らませた。


「あはは! ぷくーってなってる。可愛いねぇ」


 愛華はテラスへ人差し指を伸ばし、撫でる仕草をした。テラスは両目をきゅっと閉じて、それを嬉しそうに受け入れる。

 可愛いことは認めるが、こいつ本当に勉強の役に立つのか。


「ほらほらあんたら、そろそろお父さんが帰ってくるんだから、テーブルの上でも片付けてよ」


 母からの指示に、僕らは従いテーブルの上を拭いたり食器を用意する。


「あ、そうだ母さん。今日正詠と遥香が泊まりに来ていい?」

「あら、良いけど……二人とも明日は部活ないの?」

「ないってさ。相棒について色々教えてくれるらしいよ」


 母は僕を見てため息をついた。


「あんたゲームとか漫画とかアニメ好きなのに、なんで相棒にそんな無頓着なのかしらね」

「それな」


 はぁ、と母はさっきよりも大きなため息をついた。


「それとなんだけど、お猪口貸してよ。こいつにサイダーあげないと」


 テラスが物凄く嬉しそうにくるくると回った。少し鬱陶しい。


「え。飲めないわよ」

「いや、まぁ……こう神棚に捧げる感じでいけるかなと」

「あんたがそうしたいならいいんだけど……変な子ね」


 母は再三ため息をついた。


   ◇


 食事を終えて風呂から上がると、丁度二人が訪ねてきた。二人は両親と軽く話すと、僕の部屋へと来た。僕は冷蔵庫からサイダーと母からお猪口を借りた。


「何するんだ、太陽?」


 正詠が首を傾げながら聞いてくる。「お祝いだよ、お祝い」彼の顔を見ずに言うと、お猪口にサイダーを注いで机に置く。


「ほら、これがサイダーだ」


 テラスは今までの中で最上の笑顔を浮かべ、それを見つめた。


「飲めないわよ、相棒は」


 遥香が母と同じことを言った。


「知ってるって。でも昨日あげるって言ったし、神棚に捧げる感じだ」


 自分は自分で同じように遥香へ返す。


「変なところは相棒思いね、あんた」

「うるせぇ」


 とは言うものの、遥香のリリィや正詠みのロビンも興味津々のようで、お猪口の回りに集まっていた。


「んでさ、相棒ゲームってどうやんの?」


 正詠に聞くが、彼は「その前に」と言いつつ左手を前に出す。


「なんぞ?」

同志宣誓コムレイド・オースだ」

「だからなんぞ、それは?」


 正詠は項垂れた。


「ごめん、私もわかんない」

「遥香は仕方ないにしても。太陽、お前本当になんも知らないんだな」

「うるせー。興味なかったんだから仕方ねぇだろ」

「同志宣誓ってのは……まぁ、簡単に言えばSNSの友達申請だ。同志宣誓しとくと、今後連絡や相棒ゲームでの意志疎通が楽になるんだよ」


 顔を上げた正詠は少しだけ照れ臭そうだった。


「何だよ、そんなことか。当然やるに決まってんじゃん」


 正詠に倣って左手を伸ばす。


「もち私も」


 遥香も手を伸ばす。


「少し気恥ずかしいけど口上を言うのが習わしらしいから、言うぞ」


 ごほんと咳払いをする正詠。


「高遠 正詠は誓う。天広 太陽と那須 遥香を友として、共に戦い、共に支え、共に信じ、共に進むことを」


 ロビンが今までいた机から、正詠の左手へと移動する。

 ちらりと正詠が遥香を見た。


「同じく言うの?」

「お前の言葉で言えばいい」

「えーっと……那須 遥香は誓います。天広 太陽と高遠 正詠を友として、これからもずっと……三人で支え合い、どのような苦境も乗り越えることを」


 リリィがロビンと同じように彼女の左手へと移動した。

 正詠と遥香が僕を見た。


「はっずいなぁ……天広 太陽は誓う。高遠 正詠と那須 遥香を友として。僕たち三人の絆は、えーっと、どのような壁にも屈しないことを」


 テラスが僕の手の上へ現れる。


「せーので同志宣誓って言うんだぞ?」

「おけ」

「うん!」


 正詠は一呼吸置く。


「せーの……」

「「「同志宣誓!」」」


 カッと三人の端末が光った。その光は細い糸となり僕たち三人を繋ぐ輪となる。


「おぉ……なんか、なんか、うん。特に変わりないな」


 本当に変わりない。僕が首を傾げると、テラスが両手を広げた。


「ん……これ、って?」


 テラスの前に何かが表示された。


 ・高遠 正詠

 ・那須 遥香

                                      共に至近距離。


 うわ、すげーいらねぇ情報じゃん。近くにいることを知ったところでどうしようもねぇじゃん。


「この情報……いる?」

「相棒ゲームのときにはもっとちゃんとした情報出るから。お前ホント相棒のことになると後ろ向きだなぁ」

「だからその相棒ゲームのこと教えてよ、正詠」


 正詠は頭を振った。


「ロビン。相棒ゲーム、プラクティス。リリィとテラスだ」


 ロビンはこくり頷いて、リリィとテラスを見た。二人は頷いて、僕らを見た。


「ほら、やるぞ」


 正詠は手をグーに握っている。

 この動作は知っている。どこからどう見てもじゃんけんを始めようとしている。相棒ゲームっていうのは、確かシミュレーションゲームじゃなかったけ。何、これ。じゃんけんをシミュレーションするの、馬鹿なの?


「じゃんけんだよな、その動作」


 間違えてはいないと思うが、間違えていることを期待して聞いてみる。

 意外と冗談を言う正詠だ。「ははは、まさか」と言ってくれるはずだ。


「じゃんけんだ。練習にちょうどいいだろ」

「……マジかよ」

「マジだ」


 遥香を見てみると、別に気にしていないようだった。

 まぁこいつはあんまりゲームとか興味ないし、じゃんけんぐらいのほうがわかりやすいしいいんだろうな。


「よし、いくぞ」

「おう」

「うん」


 一呼吸おいて。


「「「じゃーんけーん、ぽん……!」」」


 三人が同時に手を下ろす。僕と遥香がグーで正詠がパーだった。

 ピピピ、という電子音が聞こえる。そしてロビンからパンパカパーンと気の抜けるような音がした。


「ロビンのレベルが上がったな」

「っておまっ!」

「安心しろ、練習だからな。レベルが上がったように見えるだけだ」

「え?」

「相棒ゲームってのは、有名なシミュレーションゲームだけじゃないんだぞ。今みたいなじゃんけんだって相棒ゲームに分類されているし、チェスや将棋、トランプにだって相棒ゲームってのは存在するんだ」

「よくわからん」


 正詠は自分の鞄からノートとペンを取り出して何かを書き始めた。そんな様子を見たテラスは身を乗り出して、正詠のノートをじっと見つめている。もしかしたらまたけんけんぱをすると勘違いしているのかもしれない。


「いいか、相棒ゲームってのは、相棒を使ったゲームの“総称”だ。さっきも言ったが、相棒ゲームには多くの種類がある。最も有名なのがVRバーチャルリアリティを用いたシミュレーションゲームだ。で、他にも相棒の特性を活かしたゲームは開拓され続けている。最近出来たので言えばテニスだな」


 正詠はノートに大きな丸を書いている。その中には相棒ゲームの種類が数個書かれていた。そしてその大きな丸の横には、小さい丸で例外とあった。


「例外って何なんだ?」

「あーこれは日本特有なんだが、武道に関しては相棒を使うことを一切禁じられている」


 あーなるほどね。武士道を重んじるのは日本人によくある特徴だもんな。


「はいはーい、質問でーす」

「なんだ、遥香」

「相棒ゲームってどこでもできるわけじゃないよね? じゃあどうやって今のロビンみたくレベル上げるの?」


 うんうん、その通りだ。自分を支えてくれる教育端末が弱いままではあまりにも頼りない。


「……あのな、そのために勉強して学力を上げるんだろ。相棒の手っ取り早い成長方法は学力を上げることだぞ」


 さもありなん。

 確かに担任もそんなことを言っていた。なんか色々納得いった。学力が上がれば自然と相棒はレベルも上がるし、色んなゲームやって更にレベルが高くなれば、多くの人と交流を持っていると見られる。

 なるほど。進学、就職に便利、か。相棒見れば今までの努力や趣味なんてすぐにわかるもんな。なるほどなるほど。

 それにしても……少し気になるところがあるからついでに聞いておこう。


「僕からもいいか?」

「おう」

「なぁんで勉強の機械にゲーム機能付けたんだ? 非効率だろ、遊ぶことになるし」


 うちの親父を見る限り、遊び心とか無さそうだし、公務員って。


「相棒が普及してすぐに天才がお遊びでプログラムを作ったら、爆発的に広がったらしいぞ」

「ん? じゃあこれって一般人が勝手に作ったのか」

「そうだ。そんであまりにも人気が出過ぎたから、国が丸ごと買い取ったんだ。まぁ、子供はゲームが好きだし、それと勉強とゲームを混ぜれば良い効果が得られると思ったんだろ」


 正詠はやれやれと肩を竦めた。内心その天才に感心しているに違いない。しかし、その後に小さくため息をついた。


「そしてここで悲報だ。これからの授業は今までと違ってさらりとやるらしいぜ。部活の先輩が言ってたけど、ほとんど解説なし、わからなかったら相棒に聞け、で終わりらしい」


 ぐぇ、職務怠慢じゃんそれ。


「というわけで、だ。今日出た数学の宿題と来週の英語の予習を行う」

「正詠、テメー……」

「あんた……」


 数学は遥香の苦手科目、英語は僕の苦手科目だ。


「あ、でも私ぃ勉強道具忘れたって言うかぁ」

「取ってこい」

「でも夜はきけ……」

「お前の家は斜め向かいだ、行け」

「……はい」


 肩を落として遥香は出て行った。


「ほらお前もだ。まずは数学から終わらせるぞ」

「へいへい」

 そして、相棒ゲームで遊ぶため、僕たちはまず相棒を強くする勉学に励むのだった。



   日常/2



 金曜夜からの正詠先生ドキドキ勉強会で、まさかここまで疲れるとは思わなかった。

 結局深夜近くまで行われた勉強会は、遥香の電池切れで幕を降ろした。とりあえず遥香をベッドで寝かせて、僕と正詠は床に布団を敷いて休んだ。

 朝は部活の朝練に慣れてる二人に起こされた。


「ねみぃよ……」

「おばさんがご飯出来てるってさ」

「ほら、早く立て」


 二人に引きずられるように階段を降りて居間に連れていかれた。


「あら、悪いわねぇ」

「いえ、当然のことです」


 正詠が僕の頭を一回引っ叩く。


「二人ともパンでいい?」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとーおばさん」

「一気に家族が増えたみたいだわー」


 本当の息子には向けない笑みを彼らに向け、母は上機嫌で朝食を準備し始める。といってもほとんど出来ているのかパンをトースターに入れて、スクランブルエッグと焼きソーセージを皿に載せて出すだけだ。


「おはようーお母さん」

「あら、愛華も起きたの? すぐにご飯食べる?」

「もうちょっとあとで食べるー。あ、正詠さんと遥香ちゃん、おはよー」

「おはよう」

「おはよー愛華ちゃん」


 トーストができると、僕らは無言でそれをもそもそと食べる。土曜の朝は特に面白いバラエティーはなく、ニュース番組をだらだらと見ていた。


「お、テニスの相棒ゲームだ」


 テレビには相棒と一緒にテニスをしている様子が映っていた。


「っておいおい。これ、玉が燃えてるぞ」

「VRだからな。多分玉もバーチャルだ。火に関してはどっちかの選手がスキルを使ったんだろ」


 まさに漫画の中の世界だった。玉が見るからに巨大化したり、地面に付いた瞬間爆発したり。

 そしてテニスプレイヤーの近くには常に空間ディスプレイが浮いていて、事あるごとにスキル名のようなものを叫んでいる。


「ああやって相棒のスキルを使いながら戦うんだ。ただスキルの使用回数は相棒の技力で決まる。ここぞというときに一気に使うもあり、少しずつ使ってペースを作るもよし、だ」


 最終的には海外プレイヤーの猛烈なスマッシュ(というより雷みたいな早さのスマッシュ)が決まり、ゲームセットとなった。


「相棒ゲーム怖ぇー」

「シミュレーション……バディタクティクスってやつは、もっと凄いぞ。人間メインじゃなくて相棒メインだからな」

「まぁやることないから良いよ、別に」

「残念ながら授業でやるぞ。体育の時間にな」

「うちの学校にそんな施設あんのかよ」

「お前……それも知らないのか? うちはバディタクティクスじゃ常勝校だから、地下に二面位あるぞ、VR施設」


 全くもって存じ上げませんでした。

 それにしても正詠のやつ、随分と相棒に関して詳しいな。あんまりゲームとかやらないのに。


「正詠は相棒ゲーム好きなのか?」

「好きってお前……お前から誘ってきたんじゃないか、小さい頃に。いつか一緒にバディタクティクスで戦おうって」

「えーっと……」


 全然記憶にないな。


「ねぇ、にぃにぃ」


 急に愛華が話題に入ってきた。

 にぃにぃ、なんてまるで猫を呼ぶようだからやめてほしいなとも思ったが、可愛い妹だからそこは言わないでおいた。


「今日どこも行くとこないなら買い物付き合ってよ!」

「え、あぁ……って今は正詠と遥香もいるしなぁ」


 ちらりと二人を見る。


「行ってこいよ太陽。可愛い子とデートできるなんて、あと十年はないぞ」

「そうそう。そのためには早く準備しなさい。さっさとシャワー浴びなさい。さっさと引っ込みなさい」

「けっ。お前たちはどうするんだよ」

「俺らは片付け手伝っておいとまする」

「そっか。じゃあシャワー浴びるかー」


 ぼりぼりと頭を掻いて浴室へと足を向けた。



   日常/2/間



 太陽が居間から出るのを見届けると、正詠と遥香は細く息を吐いた。


「すまんな、愛華。まさかあそこまで忘れてるとは思わなかった」


 そんな言葉をかけられた愛華は冷たい瞳を彼に返す。


「いいんです。でも……なるべくにぃには近づかないでくださいね、二人とも」

「愛華ちゃん……」

「にぃがいないときにちゃん付けなんてやめてよ、気持ち悪い。仲良しのフリするのも疲れるんですから」


 今までの柔和な雰囲気などどこ吹く風か。愛華は性格が変わったのではないかというほど、辛辣な言葉を吐き散らす。


「愛華! 太陽の友達になんてこと言うの!」


 流石に母が口を出すが、それを鼻で笑い、愛華は自室へと戻っていった。


「ごめんなさいね。あなた達は何も悪くないのに」


 太陽の母は困ったような笑みを彼らに向けた。



   日常/3



 自分が浴室から出てくると、すでに正詠と遥香の姿はなかった。ついでに言うと愛華もいなかった。


「母さん、、愛華は?」

「愛華ならあんたとデートする準備してるんじゃない?」


 呆れたような口調に「なんだよ」と悪態をついて、自分の部屋に戻った。ドアを開けると、我が可愛らしい妹がいた。何故かベッドの下を漁っていた。こういったシチュエーションというものは、こう健全的な男子と母親との心温まる親子のコミュニケーションであるべきなのでは。


「よう、愛華」


 なるだけ平静を装って聞いてみる。愛華の表情に特に変化はない。道で野良猫に会ったような反応だ。こちらをじっと見つめるだけだ。僕の経験的にはもう少ししたらそろりそろりと逃げ出すはずだ。


「よ、にぃ」


 おっと、これは予想外ですよ。我が家のDNAの奇跡でもある妹の愛華さん、逃げも隠れもせず、漁ることを続行しておりますよ。この行為をやめさせた上で如何にいつも通りの関係に戻すかに、僕の兄貴力が関わってきます。


「エロ本ってここら辺?」

「あほか。今の情報時代でなんでそんなわかりやすいところに隠さなあかんのだ」


 とりあえず愛華の頭を引っ叩く。


「出かけるんじゃないのか、愛華」

「あ、そうだった。にぃが出てくるの遅いから忘れてた」


 愛華は既に出掛ける準備は出来ているようだった。はぁと嘆息して、クローゼットに手を伸ばした。

 あんまり変な恰好をしても愛華が可哀想だし、適度にこう……お洒落に見えた方がいいよな。


「ひゅーひゅー脱げ脱げー!」

「愛華、もう一度叩かれたくなかったら早く出ろ。すぐに行くから」

「はーい」


 舌をちろりと出して、愛華は退散していった。

 くそっ、DNAの奇跡は行動全てに可愛い補正プラスでもかかるの。有り得ない、不公平すぎる。

 なんて馬鹿なことを考えながらちゃちゃっと着替えて玄関へと向かった。


「行くか、愛華」

「ううん、私も今来たとこ」


 どうすればいいんだ。ちょっと見ない間になんかこいつおかしくなってないか。妹としての枠を外れてきている。なんか彼女みたいだ。


「今も何も同じ家なんだから待ったもへったくれもないだろ」

「こういう時は『それじゃ行こうか』ってイケメンの声で言うべきだよ、にぃ」

「ブヒィ! 愛華たん、行くブヒィィィィィィ」

「うわっ……引くわ」


  妹に引かれてしまった……どうしよう、このままじゃあ生きていけないかもしれない。


「るんるんポート行くけど、にぃは何か買うものある?」


 そして何事もなかったかのように言いながら、愛華は玄関のドアを開けた。僕もそれに続いて外に出た。

 良い天気だった。休みの日がここまで晴れると、それだけで得した気分になる。


「あーズボンかシャツが欲しいかな。今日は見るだけにしとくけど。愛華は?」

「私は帽子かなー。夏に向けてカンカン帽が欲しいの。ほら心をすませばのヒロイン被ってるようなの」

「確かに愛華に似合いそうだな」


 僕と愛華は駅までのんびり歩き電車に乗る。自宅の最寄り駅からるんるんポートのある駅まで二駅なので、すぐに着いた。ここに来る度に車が欲しいと思う。


「じゃあ僕はこっちだから」


 メンズとレディースのショップは離れているのでそちらに行こうとしたが、愛華にがっちりと腕を掴まれた。


「まずは下着を見ましょう。私の」

「え、いやそれは本当に気持ち悪いからやめて」

「私も実の兄に下着選ばれるとかキモイ」


 じゃあなんでそんなこと言うんだ。


「とにかく今日は私の買い物に付き合うって言ってくれたんだから、許可なくどこかに行かないでよ」

「あぁはいはい」


 そんなやり取りを繰り返しながら、我ら兄妹は帽子を吟味し始めた。帽子専門店もあるこのショッピングモールでは、愛華が新しい帽子を被っては「どう?」と聞いてきては、僕の微妙な反応に舌打ちをするという流れがかなりの数続いた。店員も最初こそあわあわとしていたが、次第に慣れてしまったのか何もリアクションを見せなくなっていた。よく教育された店員だなぁと思いながら、もう何回目かもわからない「どう?」に「あぁ」と適当に返事をしていた。


「うーん。二つまで絞れた」

「よくあんなに気移りして二つに絞れるな、お前」

「どっちがいい?」


 どっちもあんまり代わり映えしない。正直な気持ちはどうでもいい、なのだが僕の一言が鶴の一声になるかもしれないと思い、二つの帽子を見た。

 大きな違いと言えばリボンの色で、一つが水色、一つがピンク色だった。


「ピンク色の方」

「あーじゃあ逆のにするー」


 ……え、ウソですよね。


「じゃあ会計してくるね」


 ととと、と小走りでレジに向かう愛華。ウソでもなんでもなく、本気でレジでお金を払っていた。そしてまた小走りでこちらに戻ってきた。


「いい買い物でした」


 ほくほく顔でそういう愛華は、やっぱり可愛らしかった。


   ◇


 目的の帽子購入は終わったはずなのに、愛華は僕をとことん連れ回した。その挙句、ハンバーガーショップで奢らされた。この妹、強い。


「もうにぃったら、そんなんじゃあ彼女できたとき嫌われちゃうよ」

「いやお前、いくら何でも四時間はないわ」

「気付いたら時間が経っちゃっただけだよ」


 とりあえず彼女にするのなら買い物にあまり時間をかけない子にしようと、今日決めた。今のところ彼女ができる予定はないけども。

 はぁとため息をつくと、テラスが何かのメッセージを表示した。


 ・高遠 正詠

                           同建物内


 む。正詠の奴、もしかしたらデートでもしているのか。からかいにでも行ってやろうかな。


「どうしたの、にぃ」

「正詠がここにいるらしい。連絡してみようかなと」

「やめて」

「え」


 あまりにも冷たい声に、僕は驚きを隠しきれなかった。一瞬愛華の声に聞こえなかった。


「いや、別にいいじゃん」

「いいから」


 愛華の瞳は細い。明らかな不快を表している。こんな表情をすることがあるのかと、実の兄なのに初めて知った。


「……今日、おかしいぞお前。どうした?」


 一度目を大きく見開くと、愛華は一目でわかる作り笑いを浮かべた。


「話してくれないのか、愛華」

「……にぃはさ」


 その作り笑いをすぐに崩して、愛華は悲痛そうに顔を歪めた。


「小さいときのこと、覚えてる?」

「は?」


 なぜ急に思い出話になるんだ。


「いや、覚えてるも何も……いつ頃の話?」

「五歳ぐらいのとき」

「何してたっけか。その時って一日が長かったからなぁ。覚えてないわ」

「AI研究所の近くで遊んでた時は、覚えてる?」

「え?」


 AI研究所なんて近くにあったか。そもそも家の近くにそんな大層なものないはずだけど。

 いや……AI研究所? そんなの、存在しているのか。待て、存在するはずだ。僕が持ってるこの端末は、何も天から降ってきたわけじゃない。日本で開発されて世界に広まったんだ。必ず、それを研究する場所があるはずじゃないか。


「痛っ……」


 ずきりと頭が痛む。

 なんだっけ、何を忘れているんだっけ。


 ――いつかまた、会えるよ。


「うる……せぇ」


 ずきりずきりと頭が痛む。耳の奥から悲鳴が聞こえる。人の声だ。


 ――また会おうね。太陽くん。


 ぴこん、と電子音がした。


「テラス……」


 テラスの顔は心配そうだった。泣く一歩手前にも見える。顔の周りをあたふたあたふたと動き回る。少し鬱陶しい。


「じょぶじょぶ大丈夫。心配すんなって」

「ほら、やっぱり覚えてないんじゃん」

「え、なんて?」

「ううん、何でもない。それよりもそろそろ帰る?」

「んーそれでいいか、愛華? 頭痛くなってきた。昨日の正詠さん勉強会のせいかな」

「にぃは勉強嫌いだもんねー」


 確かに勉強は好きじゃないけど。将来の夢はニートか主夫だけども。


「わりぃな、愛華」

「いいってことよ」


 愛華は〝いつも通り〟だ。

 まだ頭痛の余韻はあるが、電車に乗る頃にはそれは薄れていた。

 家に着いて早々、僕はベッドに倒れこんだ。起きたときには夕食時で、もそもそとその時間を流した。再度自室に戻ると、テラスが出てきて机の上で正座をしていた。服装もいつもと違った。

 白装束だ。ついでに白い鉢巻を巻いている。彼女の目の前には短刀が置かれていた。これはドラマとかでよく見るSEPPUKU《切腹》シーンだ。


「何してんの、お前」


 くっ、とその短刀を手に取り抜き放った。白刃がきらりと煌く。


「はいストップー」


 テラスはぴたりと手を止めた。


「何してんの」


 ぴこん、と電子音がする。彼女の目の前のディスプレイには、何処かから拾ったであろう文章が並んでいる。

 切腹:不始末が生じた場合にその責任を取る。


「テラスが何かしたのか?」


 ぴこん。

 健康管理。


「あぁ……ははは、なるほどな。あんときか。お前は悪くない。気にするな」


 しょんぼりと肩を落とすテラスを見て、自然と笑みが零れた。


「お、そういや英語でわかんないところあるから、昨日の予習の続き頼むよ」


 ぱぁっと笑顔に華を咲かせると、くるりと回って一瞬で容姿を元に戻した。そして、ディスプレイには構文やら間違えやすいような単語が羅列している。

 すぐに休みたかったが、自分で言ったことだ。やらざるを得ないだろう。

 そして僕は、あの頭痛の原因が〝バースデーエッグ・プログラム〟の根幹に関わることだということを、まだ忘れていた。



   日常/4



 土曜日は買い物から帰ったあと、だらだらと過ごした。

 そして日曜日は、勉強をして過ごすことにした。テラスを使った学習がどのようなものなのかをもう少し試してみたかったというのもある。

 いやはやしかし、昼前に起きてから夕方まで勉強するなんて久しぶりだ。こんなに長く勉強するなんて思ってもみなかった。父も母も妹も僕のそんな姿には驚いていた。

 ここまで勉強したのは受験のとき以来だ。あの時はランナーズハイで無理矢理詰め込んでいたなぁ。そんな昔のことじゃないのに懐かしい。


「お前レベル上がった?」


 テラスは自分のステータスを表示する。


 テラス LV:10


 あんまり上がってない気がする。うーむ。もっと効率よく勉強すればそれに比例してレベルも上がるんかな。

 そんな僕の様子を見て、テラスは首を傾げている。


「遥香や正詠はレベルどんくらいかわかるか?」


 テラスは宙を見てしばらくぼーっとしているような動作をした。


「……?」


 何か声をかけようとすると、頭に光の点いた電球が表示された(比喩とかではなく本当に電球が出た)。それとほぼ同時に、リリィとロビンのレベルが表示される。


 リリィ LV:8

 ロビン LV:12


 二つずつ差があるのか。

 大きく背伸びをして、ノートを閉じる。


「今日は疲れちまったわ」


 笑顔を浮かべながら、テラスは頷いた。そして、効率的な休憩方法や休む際の注意点などを表示する。


「サンキューな。その方法はまた今度試すよ。今は眠い……」


 大きくあくびをして、ベッドに寝転がった。春らしい気候のせいで僕はすぐに意識を失った。



   日常/夢



 夢を見た。意識ははっきりしており、明晰無だとわかった。飛んでみたりできないかなと期待してみたものの、この夢ではできないらしい。


「どうしたの、太陽くん?」


 少女らしい甘い声。何となくだがこの声の主を知っているように思う。


「別に、なんでもないよ」


 確かに今、自分が喋った。それなのに、それは自分ではないような妙な錯覚がある。


「太陽くんは、どんな子が好きなの?」


 声の主は僕の名前を知っている。声の調子から、親しい間柄のようだ。

 あぁ、これはきっと昔の夢を見ているのだろう。

 となると、この子は遥香かもしれない。あいつも小さい頃はそれなりに女の子をしていたはずだ。


「僕は■■■ちゃんみたいな子が好きだよ」


 ノイズ。


「■■■■■■■■■■■」


 ノイズノイズノイズ。


「きっと、また会おうね」


 ずきりと、頭がひどく傷んだ。



   日常/4/2



 あまりの頭痛に目が覚めると、目の前にはテラスがいた。心配そうに眉尻を下げている。もしかしたらうなされていて、それを心配しているのかもしれない。


「大丈夫だって。ちょっと頭が痛いんだ。勉強しすぎたかもな」


 頭痛はまだ治まらないが、笑顔を作る。それでもまだテラスの表情は晴れることはなかった。少しぎこちなかったかもしれない。


「ところで今何時?」


 テラスが時間を表示した。

 時刻は深夜の二時が映し出されていた。

 おーのー。

 僕は折角の休日を勉強に使ってしまったというのか。愛華の荷物持ちをした土曜日ならまだしも、日曜日にこのようなことをするなんて。学校が始まる。やばい。


「テラス。月曜日を消す方法を教えてくれ」


 テラスは宙を見てぼーっとする。どうやらこの間抜けな仕草は、テラスが情報を探している時にするようだ。少しするとまた電球が表示された(もう一度言うが比喩でもなんでもない)。


「あるのかよ……どれどれ」


 暗い部屋ではテラスが表示する情報は眩しかったために少し目を細めた。


 ・月曜日という漢字を紙に書いて消す

 ・カレンダーに記載されている月を消す

 ・世界を作り替える

               More…?


 違う……違うんだ、そうじゃないんだ我が超高性能教育情報端末、通称SHTITシュティット! そうじゃないんだけど、お笑いとしては及第点です!

 はぁとため息を吐いて、左腕で両目を覆う。

 すると、ぴこんぴこんぴこんと、控え目な音量の電子音が何回か聞こえた。腕をどかしてみると、テラスが慌てふためきながら何かの情報を表示されている。そこには、『喧嘩 仲直り方法』、『言葉で傷付けた 癒し神 助けて』、『相手がため息をついた 原因』等々、色々表示されていた。


「お前、もしかしてさ僕が怒ったりしてると思ってんの?」


 ダメだ……。


「あははっ……可愛いやつだな!」


 あーダメ。笑っちまう、こんなことされると。


「安心しろって。怒ってないから」


 それを聞いて、テラスは胸に手を当て、安心したように息を吐いた。

 本当に良くできたAIだ。まるで生きているようだ。


「とりあえずもう一回寝るから、七時に起こしてくれな」


 テラスは力なく頷いた。

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