表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第二部 相棒
16/22

第五章 約束、二つ

   約束/1


 リムジン、プライベートジェット、リムジンという金持ちルートで家に帰ってきて、僕は早速妹に舌打ちされた。


「愛華ちゅわーん、お兄ちゃんでちゅよー」


 両手を広げてハグを待ったが、愛華はまた舌打ちをしてリビングに向かってしまった。


「ひでぇ妹だ」


 ため息をついて、僕もリビングに向かった。


「おかえり、太陽」


 キッチンで素麺を茹でていた母さんは、額に汗を浮かべてそう言った。


「ただいまー、お土産屋さんなかったわー」

「あら、ひどい息子ね」

「でも色々あったからもらってきたよ」


 僕はバッグからマリアンヌさん自作のコースターを数種類取り出して、母さんに渡した。


「ありがと、太陽」


 母さんは嬉しそうにそれを受け取って、僕の頭を撫でた。


「へへ、愛華にもあるぞー」


 ソファに座ってテレビをだらしなく観ていた愛華は、僕へと体を向けた。


「テラスの水着よりも高いものだよね?」

「いや、あれは割引とか諸々入れて三千円ぐらいだから……」


 愛華に渡したのはパワーストーンで作ったブレスレットだ。これはセバスチャンさんが作り方を教えてくれたもので、僕らチーム太陽全員が持っている。


「ほれ、チーム太陽の仲間の証だ」

「は?」

「愛華はピンクだから、ストロベリークォーツってやつにしたんだ。愛と美を象徴する石らしいぞ」


 ブレスレットはシンプルな革製の紐に石を数個付けたものだ。

 愛華は僅かに頬を赤く染めてそれを腕に付けた。


「地味ー」

「それぐらいなら邪魔にならないだろ?」


 僕は自分の腕のブレスレットを愛華に見せた。


「にぃのはオレンジっぽいね?」

「僕のはサンストーンだってよ。ていうか、これ以外選ばせてもらえなかった」

「にぃっぽいじゃん」


 少しの間他愛もない話をしていると、母さんが素麺を出してくれたのでそれを食べることにした。


「そういや、さ。あの……にぃはさ、あれから、どう?」

「あれから?」


 ずぞぞと素麺を啜る。


「うーん、ほら、その……」

「なんだよ歯切れ悪いな」

「ううん、やっぱ何でもないや」


 らしくない愛華に首を傾げたが、素麺を食べ終わった愛華は自分の部屋に戻っていった。


「なしたの、あれ?」


 僕も食べ終わったので、食器を片付けついでに母さんに聞いてみた。


「私があんたに聞きたいくらいよ」

「ふーん……」


 まぁ、年頃だし言いにくいこともあるのかね。

 大して気にせずに、僕はバッグから洗濯物を出して籠に放り込んで、自分の部屋に戻った。


「テラス、スケジュール表示してくれよ」


 ぴこん。


「少し進捗は悪い……か。残りは数学と英語、現代文と読書感想文……どれも苦手なんだよなぁ……」


 早速机に向かって宿題をやろうとしたとき、ドアがノックもなく開いた。


「……」

「ちゃんとノックしろよな、愛華」

「ごめん」


 一言だけ謝ると、愛華はベッドに足を抱えて座った。


「……どうした?」


 逡巡した愛華は、小さな声で話し始めた。


「私のSHTIT、どこにあるの?」


 どくんと、心臓が強く鳴る。


「あれは、壊れたろ」

「……ファブリケイトのSHTITは?」

「どうしてそんなこと聞くんだ、愛華」


 愛華は髪の毛の先をくるくると弄っていた。


「愛華?」

「ファブリケイトのはどこにあるの?」

「理由を聞かないと答えられない。どうしてだ、愛華」


 何度か愛華は言葉を出そうとしたが、喉に何かつかえているかのように声を出せずにいた。


「にぃ。何も聞かないで答えて」

「駄目だ。理由を聞かないと答えない」

「教えてよ……」


 ぴこん。


「テラス、今は真剣な話をしているんだ。邪魔を……」


 ハッキングを確認。ハッキング対象、天広愛華所有スマートフォン。私のメッセージはシークレットメッセージです。ハッキングをされる心配はありません。


「お前、こんなときまで愛華のこと目の敵にするなよな……」


 なんとか〝嘘〟を吐いたが、上手くいったかはわからない。

 ぴこん。

 天広愛華に接触しファブリケイトの端末の居場所を聞くということは、十中八九パーフィディの一味と推測できます。


「すまない、愛華。テラスがまたわがままを言ってて……」


 伝わってくれるか。伝わってくれ。そうなじゃないと、何も……。


「にぃはやっぱり、私よりもテラスの方が大切なんだね」

「違う、そうじゃ……」


 愛華の肩を掴むと、愛華は涙を流した。


「もういいよ。私のことどうでもいいんでしょ。私はただ、ファブリケイトのSHTITを壊してってお願いしようとしたのに。やっぱり信じてくれないんだね」


 涙を拭った愛華は、言葉にせずに口だけをゆっくりと動かした。


 た・す・け・て


 体中に、熱い血が一気に巡った。


「信じてるに……決まってるだろ。お前こそ、わかってくれてないじゃないか」

「ホンット、にぃは口だけだね」


 愛華は僕の両腕を払って、部屋から出て行った。

 その背中は幼い頃によく見た、か弱いものにとても似ていた。


「テラス。パーフィディ達にばれないように愛華を助けられるか?」


 ぴこん。

 不明です。ですがオススメしません。


「何でだ!?」


 ぴこん。

 彼女は嘘を吐いている可能性があります。信頼に足りません。


「……テラス。もう一度そんなことを言ったら、僕はお前を許さないぞ」


 テラスは黙って、僕から目を逸らした。


「それでも助けるって約束を……!」


――気持ちだけじゃあ伝わらないものもある。


 晴野先輩の言葉が、頭に過る。

 大きく息を吸い込んで、僕はベッドに座った。


「気持ちだけしか、僕には伝えられないんすよ……」


 情けない。本当に、何も僕は変わっていない。


――……


 とりあえず家にいてはいつ会話を聞かれるかもわからないので、僕は一人でホトホトラビットに向かった。親父さんは少しだけ驚いた顔をしたが、いつもの角席が空いていることを顎で教えてくれた。

 僕は一人では広い角席に座って、アイスティーを注文した。


「テラス、愛華が嘘を吐いているってどうして思うんだ?」


 テラスはテーブルの上で自分の着物を掴み、俯いたまま答えようとはしなかった。


「テラス?」


 ぴこん。

 彼女はあなたを一度でも傷付けました。

 ぽろりと、テラスの瞳から大粒の涙が零れた。


「それでもあいつは、僕の妹なんだ」


 約束したんだ。今度は何か起こる前に、必ず助けると。テラスもそれを聞いていたはずだ。

 ぴこん。

 私は、私は嫌です。天広愛華を信用したくありません!


「なんで、なんだよ……」


 ぴこん。

 あなたにとっては大切な存在かもしれません。ですが、私にとって彼女は! あなたを傷付けた存在なんです!


「そんなこと、言わないでくれよ……」


 悲しくなるじゃないか。あいつだって、本当はあんなことしたくなかったに決まってるのに。


「どうして……」


 テラスは首を振って、それから何も言わなくなった。僕は頭を抱えて、どうすればと考えるが良い答えは出なかった。


「なぁに頭抱えてんだ、太陽の坊や」

「えっ?」


 日代の親父さんはアイスティーとケーキを机に置くと、僕の向かいに座った。


「楽しい旅行帰りって面じゃねぇな?」

「旅行は楽しかったんですけど、その……テラスと意見の食い違いというか……」


 親父さんはテラスを見て、苦笑する。


「異性タイプはコミュニケーションが難しいって言うしな」


 それだけではないんだけども。


「こいつら相棒ってのはな、そもそもマスターを何より大事にするってわかってるか?」

「そんなことわかって……」

「わかってねぇから意見の食い違いってのが出るんだろ?」


 そこまで親父さんが話すと、テラスの横に相棒が現れる。

 剛健な容姿から考えるに、間違いなく親父さんの相棒だろう。


「俺も何度かアンゴラと喧嘩したぜ。こいつらはいつでも人として正しい選択をマスターに選ばせようとする。でも俺は人間だ。間違った道を進むしかないときだってあった。その度にこいつと言い争いさ」


 アンゴラはやれやれとでも言いたげに首を振ったが、親父さんには優しい瞳を向けていた。


「正しいことを言っていることはわかってる、でも時には間違っても進まにゃならん時があるんだって、ちゃんと伝えたぜ」


 頬杖をつきながら、親父さんはアンゴラとテラスを見て言った。その言葉は僕にとって答えそのものだった。

 気持ちだけでは伝わらない。いくら自分の気持ちを伝えても、それが間違いならばきっと誰もが首を振る。そんなの当たり前だ。バディタクティクスの時だってそうだった。

 僕はわがままばっかりで、作戦とかそんなの考えなかった。でも、蔑ろにしたろうか。みんなの気持ちを無下にしたろうか。もしも僕が逆の立場だったらどうしていたろうか。


「気持ちだけじゃあ、伝わらない……」


 正詠のときが、きっとそうだ。

 感覚共有しようとした正詠を、僕は止めたじゃないか。でも正詠は勝つために、前に進むためにその道を選んだ。


「みんなの気持ちも伝える……」


 〝自分の気持ち〟だけではきっと伝わらないから。


「テラス。僕は……お前のこともわかっているよ」


 〝君の気持ち〟は伝わっているよと、話さないといけない。


「お前が愛華のことを本当は嫌いじゃないってこと。僕を危険な目に遭わせたくないってこと。わかってるよ」


 テラスは涙で赤く腫れた瞳を僕に向けた。


「危険があると教えてくれてありがとう。それでも僕は、妹を助けたい。力を貸してくれないか?」


 ぐしぐしと涙を拭い、テラスは不服そうではあるが頷いた。


「お、何だ? 喧嘩でもしにいくのか?」

「えっと……まぁ、そんなとこ、ですかね……」

「深くは聞かねぇが、あんまやんちゃすんなよ」


 ぐっしゃぐっしゃと僕の頭を撫でて、親父さんはカウンターに戻っていった。


「テラス」


 口をへの字にしながら、テラスは僕を見ていた。


「ありがとな」


 そして頬を膨らませると、「あなたはずるい人です」とメッセージを表示した。それを見て思わず僕は笑ってしまった。



   約束/2



 翌日。僕はみんなに連絡を取って、ホトホトラビットに集まってもらった。

 先輩達全員は家の用事でどうしても外せないらしく来ていないが、いつものメンバーは揃っていた。


「で、今回はどうしたんだよ?」


 寝起きらしい蓮は、ボサボサな頭を掻きながら言った。


「愛華がまた巻き込まれた」


 その一言で、みんなの視線が鋭くなる。


「またあのヤンデレ妹かよ」


 蓮は呆れながらアイスティーを口にする。

 悪態をついた蓮を見て、正詠はため息をついた。


「どういうことか説明してくれ、太陽」


 僕は、昨日愛華がファブリケイトのSHTITの所在を気にしていたことと、愛華のスマートフォンがハッキングされていることを伝えた。


「……なるほどな」


 大きく息を吐いて、正詠は腕を組んだ。


「でも、もしかしたらまた……」


 そんな正詠を横目に、透子は辛そうに言葉を繋いだ。


「また、パーフィディ達と一緒にテラスを奪おうとしてるのかもしれないよ?」


 透子はテラスを見た。テラスは唇を一文字に結ぶだけで、何も答えなかった。


「俺は透子の言う通りだと思うぜ。妹のやつ、ちょっとおかしかったろ」

「私も、二人の意見に賛成、かも……」


 透子だけでなく、蓮と遥香も同じ意見だった。


「正詠は、どう思う?」


 正詠のみがまだ意見を言っていなかったので聞いてみるが。


「俺も同じだ。愛華はまたパーフィディ達と組んでる可能性がある。こっちから動くべきじゃない」


 全員がその言葉に頷いた。


「みんな……」


 これが、当然なんだろう。

 誰も、愛華を信用していない。

 そんな中、テラスはメッセージを表示した。

 ぴこん。

 皆さん、お願いです。私も天広愛華は信用していません。けれどマスターは……マスターだけは彼女を信じています。


「テラス……」


 天広愛華は、泣いていました。助けてと、彼女は言葉にすらできなかった。だから、助けてあげられませんか? 私はマスターが信じた彼女を信じます。マスターが助けてほしいと望んでいる彼女を、私は信じたいです。

 テラスの言葉に、正詠は大きく息を吸い込んだ。


「お前達は本当に全く……ロビン。フルダイブ出来る施設を探してくれ。出来ることなら俺達の学校の地下演習場が良い。あそこにはジャスティスも居たからな」


 ロビンは頷いた。


「けっ。ノクト、テメーはリベリオンのアクセスデータを調べろ」


 ノクトも頷く。


「二人とも……良いのか?」

「良いも悪いも、お前の妹だろ? あいつは昔からチーム太陽の一人だしな」

「俺はもうこんな面倒事終わらせてぇだけだ。それに……いつもあいつらに先手を取られるのが気に入らねぇ」


 僕は頷いて遥香と透子を見た。


「もう……あんたもテラスも一度言ったら聞かないんだもん。いいよ、手伝ってあげる」

「私も、手伝うよ。その……怖いけど……」


 みんなの相棒も頷いて、テラスの手を取った。


「その代わり、愛華には同行してもらうぞ。あいつにはその……太陽が話してくれな?」


 うんうんと、全員が頷いた。

 何となく愛華がみんなにどう思われているのか分かった気がする。


「わかった」

「おい優等生。リベリオンのアクセスログはクソも役に立たねぇ。海外サーバーを五百も経由してるし、行き着く先は閉鎖サーバーだ」


 空気を変えるつもりなのか、蓮はノクトが表示したデータを見ながら正詠に声をかけた。


「五百って……あいつら本当に何なんだよ」


 ノクトが表示しているデータを正詠も覗き込む。それを見て眉間に皺を寄せた正詠は、データをロビンにフリックして渡す。


「ロビン、この閉鎖サーバーのログを全部頼む。あと地下演習場の空き時間はどうなってる?」


 ロビンは正詠の指示でログを調べつつも、学校の地下演習場の空き時間を表示した。


「そうか……施設は王城先輩たちが県大会のために押さえてくれていたから大分使えるな」


 口元を隠し、正詠を考える仕草をすると。


「正詠くん、私がサーバーとかは調べるよ。それよりも……」

「助かる、透子。それなら俺は……あいつらを〝倒す方法〟だな」


 本当に正詠はため息の数が多いなっていうほど、またため息をついた。


「〝倒す方法〟か……」


 僕はロビンを見た。あのとき、テラス達の攻撃は確かにリベリオンに命中していたにも関わらず、ダメージらしきものは一切与えられていなかった。


「あれは普通の相棒とは違う。AIだと言っていたよな、ジャスティスは」


 でもよくよく考えれば、テラスだってAIだ。


「人間と同期している特殊なAIだ。そこがまずロビン達とは違う」


 正詠は人差し指で自分のこめかみを二度叩いた。


「あの時優等生のロビンは……リベリオンを殺すことを決めたと言った」


 感情を殺しつつ、蓮は口にした。


「そうだな?」


 ロビンは首肯し、胸に手を当てた。


「そのあとの攻撃で、リベリオンは『痛い』ってはっきりと言ったよね?」


 続けたのは透子で、正詠以外が頷いた。


「ロビン。お前はあの時、何をした?」


 正詠の問いにロビンは首を振った。


「答えられないのか?」


 ロビンは首肯する。

 みんなしてため息をつく。


「なぁテラス。お前って凄い相棒なんだろ? 何かこう……ないのか、ロビンやったようなやり方とか、最後に使った武器とかさ」


 テラスは少しだけ考える仕草を見せると、一度頷いた。

 ぴこん。

 マスター以外に伝えたいことがあります。


「って、何で僕以外なんだよ。普通逆だろ」


 テラスのこういうところは未だによくわからない。

 けれど、みんなは何か合点がいった顔をした。


「太陽、少しカウンターに行ってくれ。ちゃんと話は伝えるから」


 予想外な正詠の発言に「は?」と思わず声が漏れた。


「だからそういうのは無しに……」

「頼む。お前を仲間外れとかそういうのにしたいわけじゃない。ただ……お前がテラスのことを忘れている間に大事なことがあったんだ。必ず、時期を見て話すから」



 正詠の真摯な瞳は、嘘を含んでいるものではなかった。本当に今は真剣な話せないことなのだろう。


「むぅ……ちゃんと話してくれるんだな?」

「すぐには無理だが、ちゃんと話す」

「……わかった」


 僕は立ち上がって、カウンター席に座った。


「あっちはあっちで秘密会議か?」


 親父さんは笑みを浮かべながら僕にオレンジジュースを出してくれた。


「みたいですよ。うちのテラスちゃんは女の子だから隠し事が多いみたいです」

「隠し事、ねぇ……」


 そのとき、親父さんの目が鋭くなったことに僕は気付いたが何も言わなかった。


――……


 太陽が席を外すと、テラスは頷いた。


「テラス……これでいいんだな?」


――ありがとう、正詠くん。


 テラスは人間のように微笑みながらメッセージを表示した。


「さっさと話せ」


 蓮は強くテラスを睨み付けながらそう言う。そんな蓮に透子は「まぁまぁ」とでも言うように彼の肩を叩いた。


――単刀直入に言います。あなた達の相棒ではパーフィディ達には傷一つ付けられません。


 その言葉に皆が息を飲む。


――このまま戦おうとするのは自殺行為です。計画中止を提案します。


「ヤダ」


 すぐに遥香は答えた。


「ひか……テラスが何を言っても、もう私達は決めたの。だから教えて。あいつらに勝てる方法を」


 遥香の言葉に四人は同意を示すように首を縦に振る。



――本当に、中止しないの?


「しつけぇ。俺達がやると言ったらやるんだ」


 四人の意思が固いのがわかると、テラスはため息をついた。


――……わかりました。ではまず、彼らについて説明します。


「人間と同期している特殊なAIなんだろ?」


 蓮が先程正詠が言ったことをそのまま繰り返すが、テラスは首を振った。


――正確に言うならば、彼らは生命体です。私達は彼らのことを〝電子生命体(サイバーライフ)〟と呼称しています。そして、これがあなた達の相棒が彼らにダメージを与えられない最たる理由となります。


 正詠は何かに気付いたようだが、他の三人はテラスの言葉の意味を理解できずに続きを待った。


――ロボット工学三原則。ご存じありませんか?


 テラスがそれを表示し、透子がぽんと手を叩く。


「わかんねぇ」

「何それ?」


 遥香と蓮の返事に、正詠は項垂れると額をテーブルにぶつけた。


「何太陽みたいなことしてんだ優等生」

「バースデーエッグの授業で先生が少し話してたろ。アイザック・アシモフって作家のレトロ小説について」


 額をさすりながら正詠が答えると、それに小さな笑みを浮かべながら透子は補足した。


「一つ、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。一つ、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。一つ、ロボットは、前二つに反するおそれのない限り、自己を守らなければならない」


――その通りです。そして、その理念はSHTITにも適応されています。わかりませんか?


 遥香と蓮は逡巡し、蓮は「あぁ」と頷いた。しかし、遥だけはまだ頭を抱えており、テラスが言いたいことを理解できずにいる。

 さすがにこれ以上待てないのか、テラスは続きを話し始めた。


――このテラスも、ロビンも、リリィもノクトもセレナも、〝人間〟には危害を加えられません。〝人間〟は大別して生命です。だからパーフィディ達、電子生命体には危害を加える権利はないのです。ですが……彼らは完全な生命体ではありません。


 ロビン達はテラスを不服そうに見つめた。そんな彼らに、困ったように微笑んだ。


「じゃあ何で優等生のロビンは、リベリオンを倒せたんだよ」

「感覚共有……だけじゃないよな、テラス?」


 テラスは辛そうに目を伏せるが、それでも何とか微笑みを浮かべた。


「あの時ロビンは……殺そうとしたのです。〝人間〟という生命体の命令ではなく〝相棒〟というAIの意思で、相棒としての存在のリベリオンを」


 テラスは大きく息を吸い込む仕草をしつつ、話を続けた。


「〝相棒〟同士での殺し合いならば、先程の三原則は適用されません。あくまでも彼らは生命体でもありますが、それでもAIの一種ですから。詭弁なんです。それでも、その時だけロビンはその詭弁を無理矢理通したんです」


 そこまで話すと、テラスは自分の手の中から弓を出現させた。


「それ、は……」


 その弓はリベリオンを倒したとき、確かにロビンが手にしていたものだった。


――天之麻迦古弓。矢を引けば天まで届かせる神話の弓です。これには特殊な属性が付与されていて、そのおかげで正気に戻ったロビンでもリベリオンに傷を負わすことができました。


 その弓をテラスはロビンに手渡した。ロビンはそれを受け取り一頻り眺めると、またテラスに返す。テラスの手に戻ると弓は光の粒子となって消えていった。


――これは正詠くんとロビンに、我々が貸し与えたものです。感覚共有状態ならばいつでも呼び出せるでしょう。


 そこまで話して、テラスは大きくため息をついた。


――けれど、それだけです。弓は貸せても矢の許可が再び下りることは難しいでしょう。


「ならその許可を出しゃいいだろうが。俺達には今その力が必要なんだ」


 蓮は冷たい声をテラスに向ける。


――その許可を出すのは私だけではありません。全世界の相棒の意思が必要となります。


「全世界の相棒って……そのまんまの意味だよね?」


 遥香はテラスに問う。それにテラスは首肯した。


――あのとき、全世界の相棒が正詠くんとロビンを認めました。友を守るため、自分が傷付くことすらも厭わず、それでも戦いを選んだ姿に、彼らは天之麻迦古弓と天羽々矢(あめのはばや)を一本貸すことを決断したのです。


 テラスはロビンの頭を優しく撫でた。


――これは前代未聞の事態なんです。全世界の相棒が、どのような状況であれたった一人の相棒の我儘を良しとし、〝人間〟である高遠正詠を助けたのですから。


 テラスは涙を流して、ロビンを抱き締めた。

 彼女が語ることは全てではない。あの時その総意に対して口を出したのはこの少女で、その口利きがあったからといっても過言ではないのだ。


――〝人間属性〟の剥奪……つまり、あの時全世界の相棒はリベリオンを〝生命体〟として認めず、ただのデータに格下げすることを許可し、実行したのです。わかりますか? 電子世界の中とはいえ、〝人間〟を〝家畜〟未満としてみなしたと言っても良いあの意味を。


 その言葉に、四人は深く息を吸い込んだ。

 感情のある相棒。それが仲間を……見捨てたのだ。


「テラス……つまりお前は……」


 正詠は一度言葉を切って。


「どのような理由であれ、これ以上〝仲間〟を傷付けたくない、そう言いたいんだな?」


 テラスは頷いた。


「テメーだって決勝戦の時、リベリオンとリジェクトに攻撃したじゃねぇか。今更綺麗事かよ」


 反発するように発せられた蓮の言葉は真実だ。校内決勝戦でリベリオンとリジェクトが襲撃したとき、確かにこのテラスは二人に攻撃を仕掛けた。


――あれはあなた達の意思ではなく私の意思です。人間が相棒を倒そうとするのと、私達が彼らを粛清するのとでは大きく意味が違います。


「何が違うってんだ!?」


 蓮は声を荒げ、テーブルを強く叩いた。


――あなた達に、我々の〝命〟を好きにする権利などない。あなた達の世界に法があるように、私達の世界にも法があるのです。


「じゃあどうすれば良いの? 太陽君は愛華ちゃんを助けたいって言ってるよ? 私達の仲間が傷付けられても、それを黙って見ていろとでも言うの?」


 透子は震える声で問いかけた。


「そんなの、あんまりだよ……」


 涙を浮かべた透子を見て、テラスはロビンを腕から解放し透子の手へとそっと自分の手を重ねた。


――太陽君だけは……いいえ、このテラスだけはそれに捕われません。詳細は言えません。ですがだからこそ、この子はゴッドタイプと呼ばれるのです。この子だけは、彼らを倒せるのです。


「じゃあテラスにお願いすれば……!」


 遥香は先が見えたことに喜んだが。


――遥香ちゃん……遥香ちゃんは太陽君に、〝人を殺してほしい〟って、お願いできる?


 続けて放たれた言葉に、すぐに表情を曇らせた。


――この子はまだ幼い。みんなが……いいえ、太陽君さえ望むのなら、きっと敵対する相手を殺す選択をするでしょう。そんなテラスを見て、太陽君が耐えられると思いますか?


 誰もが彼女の言葉に答えなかった。いいや、答えたくなかったのだろう。そもそも、天広太陽という人間がこの事を知ったのなら、彼はまた頭を抱えるに違いないのだから。優しい彼が、自分の相棒が手を汚すことを良しとするはずないのだから。


――だから約束してくれませんか?


 テラスは強い意思を宿した瞳で、彼ら一人ひとりを見つめた。


――決して誰も傷付けずに助けると。それならば、私達も力を貸しましょう。


 テラスが語るのは理想だ。そのようなこと有り得ない。少なからず相手がこちらに手を振り上げている以上、身を守るためにこちらも手を振り上げるしかない。


「……ひか、いや、テラス」


 誰もが口を開くのを躊躇う中、正詠は口を開いた。


「その約束は……出来ない」


 テラスは悲しそうに目を伏せる。


――承認要請。ロビン、リリィ、ノクト、セレナ。彼らにエグゼクター権限を希望します。


 テラスは機械的なメッセージを表示した。


「どういうことだ、テラ……?」


――何を勝手に! いけません、テラス!!


 このテラス自身もまた、何が起きているのか理解できていないようだった。


――テラ……!!


 ぶつりと、何かが途切れた音がする。

 ぴこん。

 マスター! マスターを呼んでください!

 テラスはメッセージを表示した。


「お前は……テラス、なのか?」


 ぴこん。

 マスターを呼んで!


「わかった、わかったから……」


 変化し続ける状況に、正詠だけでなく全員が頭を抱えた。


――……


 何故かヒートアップしていた場所に呼び出される。蓮とか何か殴ってきそうでぶっちゃけ少し怖いんだけども。


「何か吠えたりしてたけど、大丈夫だったか?」


 テラスに声をかけると、テラスは跳んできて僕の顔に張り付いた。


「えーっと、これは一体全体どういうことなんだ?」


 正詠は目頭を押さえながら、少しずつ説明をしてくれた。

 まず、僕らの相棒がパーフィディ達を倒すことは不可能であること。これはロボット工学三原則に則っている以上確定事項らしく、前のようにロビンが暴走するような状況も作れないし、リベリオンを倒した武器も当てにはできないとのことだった。

 けれど僕のテラスだけは、理由はわからないがパーフィディ達を倒せるということ。しかしそれは、テラスだけに重責を負わせることになってしまうこと。


「テラスがすげー相棒だってことはわかったけどなぁ……」


 テラスは正詠が話を始めると僕の顔から離れて、テーブルの上で疲れたようにちょこんと座っていた。


「……なぁ、テラス。パーフィディ達って、お前達と同じ相棒なんだよな?」


 ぴこん。

 僅かな違いはありますが、ほぼ同じと言っても問題ありません。


「となるとまぁ、やっぱ仲間になるし倒しづらいよなぁ……この話を聞くとさ」


 その言葉に、みんなが目を丸くした。


「な、なんだよ」

「太陽君、本当に話聞こえてなかったの?」

「なんだよ、透子。疑ってんのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 僕はテラスの頭をゆっくりと撫でた。


「なぁテラス。愛華を助けるにはどうしたらいいかね?」


 テラスはしょんぼりと頭を垂れると、口を尖らせた。

 ぴこん。


――一時解答。ロビン、リリィ、ノクト、セレナ。四者にエグゼクター権限付与はまだ承認できません。審議は継続します。しかし、テラス。あなたにはバディクラウドより貸出許可が下りました。


 テラスの頭上に謎のメッセージが表示されると、テラスの手に光と共に刀が現れた。


「……なんだよ、これ。聞いていないぞ、僕は」


 みんなの顔を見たが、これに関してはみんなも同じようだった。


――天叢雲剣あまのむらくものつるぎ。あなたの力を鑑み、与えられる最強のものを。


 テラスの手に現れたそれは、すらりとした白銀の刀身。鍔には飾り気がなく、柄にはきらきらと光る白い布が巻かれていた刀だった。


――彼女は少し心配性なようだが、我々は……君を心から愛している。だから守りなさい、君のやり方で。誰も傷付けず、誰もが笑顔になれるために。そのために自身が傷つくことになっても。


 テラスはどこかを見て、こくりと頷いた。そして現れた刀を僕らに見せて、また頷いた。


「どういうことなんだよ、なぁ?」


 四人は顔を見合わせながら、首を傾げていた。


「さっき……テラスが何かを申請していたんだ。俺達の相棒がパーフィディ達を倒せるような武器の申請許可かと思ったが……」


 正詠が頭を捻らせながら説明していたが、彼自身もよくわからないのかまだ言葉を探していた。


「でも、その……テラスにとっては、パーフィディ達も仲間だから武器を持つのは……」


 透子は目を伏せて口にした。その気持ちを察してか、セレナは透子の肩に乗って頬をそっと撫でていた。


「ねぇ、テラス。あんたはあいつらを、その……倒す、つもりなの?」


 遥香の質問に、テラスが手にある刀をじっと見つめた。やがてテラスは僕に答えを求めるような顔を向けた。


「テラス。お前は僕のために、愛華を助けてくれることを選んでくれたよな?」


 テラスは頷く。


「じゃあ僕も、お前の仲間を守りたい。その、難しいだろうけどさ、なんつーのかな……実際まだ愛華は何もされてないし、先にパーフィディ達をこらしめて、さ」


 ぴこん。

 我らチーム・太陽は仲間を見捨てません。それが、我々の不文律でルールで誇りです。それは人間だけに適用されない。我々相棒同士にも適用される。それで間違いないですか?


「あぁ間違いないよ。そうだよな、みんな?」


 困ったような表情のまま、みんなは首肯する。


「なぁ作戦参謀。誰も倒さないで、愛華を助けたい。作戦、頼めるか?」

「お前はどうしてそんな難しいことをさらりと言ってくるんだ」

「けっ。まだヤンデレ妹は何もされてねぇ。まだ時間はある」

「でも正詠君一人だと無理だよね……」


 深刻そうな顔をする、頭を使って何とかする組。それをぼけっと見つめる僕と遥香の頭使わない組。


「とりあえず作戦は俺達で考える。お前ら二人は宿題でもやってろ」


 頭使う組はあぁでもないこうでもないと話し始めた。



   約束/3



 あの旅行から数日経った後の地下演習場。王城先輩達とお昼ご飯を食べているときに、僕は三人へと愛華の話をした。


「……待て。わからないことが多すぎる」


 額に手をやる王城先輩は、大きくため息をついた。

 もりもりと風音家特製弁当のおにぎりを頬張る晴野先輩。これまた風音家特製弁当の可愛らしいサンドイッチを口に運ぶ風音先輩。


「お前たちも食べてないで何か言え」


 先程とはまた違うため息をつく王城先輩に対し、晴野先輩は唐揚げを口に運ぶ。セバスチャンさんは風音先輩に紅茶を注ぐ。


「簡単よ。愛華さんを助ける。パーフィディ一味……黄泉の一団を傷付けずに、でしょ?」


 口元をハンケチーフで拭きつつ、風音先輩はそう言った。


「違う、そこではない。そもそもゴッドタイプだ電子生命体サイバーライフだと、わからないことが多すぎるだろう」


 王城先輩は僕を見た。


「いやぁ……実は僕らもさっぱりでして」


 冗談めかして答えつつ頬を掻いてみたが、王城先輩の瞳は鋭いままだ。


「天広の入院中にも思ったが、お前達は事の重大さを理解しているのか?」


 マリアンヌさんは王城先輩に紅茶を注ぎ、それを王城先輩はごくりと一口で飲み干す。


「あいつらはテロリストだぞ? それもフルダイブで感覚共有を強制し、迷いなく攻撃を仕掛けてくるような。ましてや学校であんなことがあった後に……」


 もっともな意見に僕らは黙って話を聞くしかなかった。


「一歩間違えば相棒どころか我々も共倒れだ」


 三度目の大きなため息。

 さすがに蓮が噛み付くかと思ったが、噛み付いたのは彼の隣にいる晴野先輩だった。


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ」


 晴野先輩が卵焼きを口に運び、腹を一度叩く。


「お前はいつも変なところで慎重になりやがる。その辺りはこいつらを見習えよ」

「晴野、お前がそれを言うのか?」


 辛そうに言った王城先輩はちらりと晴野先輩の左腕を見た。その左腕をひらひらと振りながら、晴野先輩は言葉を返す。


「日代も言ってたろうが。こっちだってやれるんだと見せれば、あいつらは手を出しにくくなる。これは守りの一手だ。あ、マリアンヌ俺にも茶をくれ」


 言われたマリアンヌさんは晴野先輩に紅茶を注ぐ。


「ありがとな、マリアンヌ。ここで何もしなかったら天広の妹はあいつらの言いなり、天広の相棒は奪われるかもしれない、県大会どころか全国にも行けねぇぞ」

「だがもしものことがあるだろう!?」

「その()()()を減らすためにわざわざ俺達に相談したんだろ。後輩が頼ってんだ、無理です嫌です止めなさい、なんて言うなよ」


 そして晴野先輩は正詠を見た。


「んで、我らがチーム太陽の作戦参謀。てめぇの作戦は?」

「……学校であいつらを迎え撃ちます。ここではジャスティスも二回現れた。ジャスティスなら感覚共有を解除する権限もありましたし……」

「かぁ! 大将と同じで他力本願かよ! 情けないねぇ!」


 やれやれと頭を振る晴野先輩に、蓮が遂に噛み付く。


「うるせぇ文句あっか!?」

「文句しかないっつーの。お前らは桜の別荘で何を学んだんだ?」

「舌の根も乾かねぇ内に否定とは良い根性だなこの野郎!」


 蓮は机をばんと叩き晴野先輩の胸ぐらを掴む。


「俺は否定なんかしちゃいねぇだろうが! 短慮軽率、無鉄砲! そんなんじゃあ誰も命を賭けたがらねぇ! テメェらと違って俺たちは友情ごっこがしたいんじゃねぇんだ!!」


 その腕を右手でぐいと捻ると、蓮は痛みに顔を歪め手を離した。

 そして晴野先輩は目元をぴくつかせながら、僕らを一人ずつ見つめて言葉を繋いだ。


「天広! やっぱテメェは気持ちだけか!? 自分の気持ちしかわからねぇし伝えられねぇってのか!?」


 びくりと体が震える。


「日代! そんなんじゃあ誰もお前のために動かねぇからな!」


 蓮の次には遥香に。


「那須! テメェは何のために前に立って吠えてんだ!? 暴れてぇだけなら他人を巻き込むな!」


 遥香の次には透子に。


「平和島! 言いたいこともねぇのか!? テメェなんか守る価値も仲間の価値もねぇ!」


 そして最後は正詠に。


「高遠! 頼れるのはジャスティスだけってか!? 他の奴らは……お前の仲間ってのはそんなもんか!?」


 言い切った晴野先輩は、大きく息を吸って細く息を吐く。


「どうなんだ、チーム太陽」


 少しの沈黙。

 それに答えるのは……大将である僕以外ではいけない。しかしすぐに言葉は出てこなかった。

 誤魔化したいとかじゃあない。

 ここまで叱ってくれた先輩に、僕は〝わかってほしい〟。半端な気持ちとか、そういうので僕らはパーフィディ達と戦おうとしているわけではないということを。

 みんなで悩んで、みんなで決めて、そしてみんなが愛華を助けようとしてくれているのだ。


「僕達は……みんなで決めたんです。僕は自分の気持ちだけ伝えたわけじゃありません。蓮は自分がやりたくなくても、みんなのために助けると決めてくれました。遥香は落ち込みそうな僕らを元気付けてくれました。透子と正詠は誰も傷付かない方法を必死に探してくれました。だから……」


 みんな、愛華を助けるために、考えてくれた。


「友情ごっこなんかじゃ、ないんです。僕らは上辺だけでこんなこと言っているんじゃありません。本当はジャスティスなんかに頼りたくない。でも、それでも僕らは考えて、決めたんです」


 上手く、伝わったろうか。

 不安になってつい目線を下げると、テラスは真っ直ぐに僕を見つめていた。

 そんなテラスは頷くと、旗を手に取った。

 ばーん、というSEと共に、僕らの相棒はあのださいポーズを取って。

 我ら、チーム太陽!

 と、王城先輩達に向けてメッセージを表示した。


「……」


 鋭い瞳のまま、晴野先輩は彼女らを見つめたが。


「はは……」


 頬を緩めて一笑した。


「おい翼。俺はこいつらの肩を持つぜ?」


 そんな事を言った晴野先輩に、王城先輩は頭を振る。


「白々しい。最初からお前はこいつらの肩を持っていたろうが。つまらん三文芝居や発破までかけて」


 呆れたように王城先輩は言った。


「それにしても他に作戦は必要ね。セバスチャン、マリアンヌ。貴方達も協力なさい」

「無論です、お嬢様」

「勿論ですわ、お嬢様」


 二人の執事とメイドは嬉しそうにそう言うと、全員にまた紅茶を注ぐ。先程から結構淹れてもらっているのだが、この人たちの水筒には紅茶でも勝手に沸くオーパーツでも仕込まれているのだろうか。


「あ、あの……その……先輩達は、反対だったんじゃ……」


 僕の変な考えを他所に、透子は口にした。そんな先輩達は三人が三人顔を見合わせ、皆性格に見合った苦笑を浮かべて頷き合った。


「反対してたのは翼だけよ。翼はとっても真面目ちゃんだから」

「俺と桜は別に反対してねぇだろうが」


 腕を組みつつ、頭を掻いた王城先輩はおもむろに立ち上がった。


「とにかく練習だ。ここでの練習は有限だからな」


 そのまま王城先輩はフルダイブの筐体へと進んでいき、座ってしまった。


「頭を使うならまずは体を動かせってことかね、桜女史?」

「そうかもしれないわね、晴野博士?」


 先輩達二人は楽しそうに笑っていたが、全国を見据えたこの練習は僕らに予想以上の負担であった。夕方の練習が終わるころには、僕らはすっかり疲れ果てていた。


「いくらなんでも辛すぎる。王城先輩、僕らに何か恨みあるんすか?」


 長時間のフルダイブの疲れだけではない。バディタクティクスの練習とはいえ、徹底的に弱いところを叩かれ続け、精神的に物凄く疲れた。


「僕ら……というより、何故貴様は二度、三度と同じことを言わなければ覚えないのだ……」


 王城先輩は腕を組みため息をついた。その肩にいるフリードリヒもまた同じようにため息をつく。


「いやぁ……何か体というか心が言うことを聞かないというか」


 僕のテラスは頭の上でぷくりと頬を膨らませる。


「まぁ天広、那須の二人は仕方ねぇだろうよ。考えられるようになるにはまだかかる」


 ぼりぼりと頭を掻きながらそう言ったのは晴野先輩だ。


「でも天広くんと那須さんも、少しは考えて動けるようになりましたね」


 それにうんうんと頷きながら、風音先輩が言う。

 ……よくわからないけど、僕と遥香がすごい馬鹿にされている気がする……いや、馬鹿にされてる?

 そんな風に思い始めた矢先、正詠が僕の肩をぽんと叩いた。


「お前ら二人は良い意味で番狂わせを持って来れる。それを狙ったタイミングで持って来れるなら、俺たちにとっては大きな強みだ」

「褒めてる?」

「おう、褒めてる」

「なら良し」


 とは言え疲れた。


「これからみんなどうすんの?」


 スマホの時計を見ると、丁度十五時。まだまだ家に帰ってのんびりするには早い気がする。


「時間が余ったなら、ホトホトラビットで一服だろ」


 晴野先輩は言いながら片付けを始めていた。それに倣い、僕らも荷物を片付け始める。


「って、いいのか蓮?」

「客商売やってる店が拒絶すると思うか?」

「それもそうだよな」


 あはは、と笑って地下演習場の扉を押したところで。


「あ、私たちはこれから女子会やるからパスだよ」

「って、今このタイミングで言うのかよ!」

「ついさっき決まったんだもーん」


 遥香は楽しそうに言いながら、透子と風音先輩を連れて僕が開けた扉を先にくぐっていった。


 そして残された面子を確認する。


「……うむ。男臭いな」

「おーおー。じゃあこっちは男子会だな」


 晴野先輩にがっしりと肩を組まれた。僕のトラウマ『男の体に日焼け止めを塗る』が頭を駆け巡る。


「おっぱいが恋しい」

「雄っぱいなら翼のがあるぜ?」

「雌っぱいの方が良いです!」

「贅沢言うな」


 まぁでも、男同士で語り合うのも良いかもしれない。雄っぱいは嫌だけども。


「そんじゃあ行くぞ、男共」


 晴野先輩が先陣を切り出した。

 うん。あなたが仕切るのですか、なるほどです。

 ぴこん。

 男子会に私がいても良いのですか?


「あ、そっか……お前だけが女子会に出られないのも少し違うな。なぁ正詠、良い方法ないか?」

「あー……」


 全員地下演習場から出て歩き始めたときに問いかけると。


「まぁ、遥香とかなら大丈夫だろ。太陽、俺からは命令できないからお前から許可を出すんだぞ?」

「ん?」

「ネットワークファイアウォールのポート開放。ポート・リリィ。ナンバーシークレット、エントラスト。リミットトゥデイ」

「何それ、呪文?」

「いいからテラスに命令しろ」

「……? テラス、ネットワークファイアウォールのポート開放。ポート・リリィ。ナンバーシークレット、エントラスト。リミットトゥデイ」


 ぴこん。

 セキュリティが一時的に低下します。よろしいですか?


「怖いんだけど」

「そらそうだ。遥香のリリィに対して道を開いたんだ。あいつらがウィルスとかを流して来たらやばい」

「やばいんじゃん!」

「遥香ならそういうことしねぇよ」

「あ、まぁそうか」


 テラスはクエスチョンマークを頭の上に表示したままこちらを見つめている。


「一時的に頼むよ、テラス」


 ぴこん。

 了解。ポート開放、完了。本日までの限定で開放します。


「おけ。で、これからどうすんの?」

「これで遥香のSHTITにテラスは移動できる。行って来いよ、テラス」


 正詠の言葉にテラスはまた僕を見た。


「行っておいで、テラス」


 テラスは満面の笑みを浮かべて頷くと、姿を消した。


「さて、僕らはこれから男子会だ」


 テラスがいないのは少し寂しいが、これはこれで新鮮だった。



   約束/女子会



 帰りのリムジンの中、風音は楽しそうに笑みを浮かべていた。


「私、女子会なんて初めて!!」


 向かい合わせの席ではしゃぐ風音を見て、後輩の遥香と透子は少しだけ驚いていた。バディタクティクスの時とは違う、十八歳の少女らしい……いや、それよりも幼くも見える先輩の顔に。


「風音先輩こういうのよくやってると思ったのですが……」


 頬を掻きながら言う遥香の両手をがっしりと掴み、風音は瞳を爛々と輝かせ「初めてなのよ!」と言った。


「セバスチャン、まずはお二人の家に寄るのよ! あと、お父様とお母様にもしっかりご挨拶して菓子折りをお渡しして……!」

「菓子折りとかは大丈夫ですから!」


 そんな大げさにされては堪らないと透子は必死に首を振る。


「まぁ……平和島さんは遠慮しいなのね……」

「わ、私も、その、大丈夫です!」


 この機会を逃しては断れないと悟った遥香も続けて断る。


「でも……」


 それを諫めたのはメイドのマリアンヌ。風音の隣に座りながら、彼女は主人の肩にそっと手を乗せた。


「お嬢様。彼女らの家庭には彼女らの世界があります。押し付けてはいけませんよ」


 少しだけ残念そうに嘆息し「仕方ないわね……挨拶だけなさい」と執事とメイドに言ったのだった。


「勿論です、お嬢様」

「当然ですわ、お嬢様」


 二人がそう言ったタイミングで急遽遥香のSHTITが数度のビープ音のあと、テラスがぽんという愉快な音を出しながら現れた。


「……なんで?」


 当たり前の疑問に答えるように、テラスがメッセージを表示させた。

 ぴこん。

 マスターより許可を頂いて女子会に参加します!

 わくてか! という表情が見て取れるテラスの姿に、遥香だけでなく透子、風音も満足そうに微笑んだ。

 そしてそれから風音家のリムジンは旅行と同じように遥香、透子の家にリムジンで乗り付け、両親に何とも言えない表情を浮かべさせていた。

 少しぐったりしつつ遥香と透子、そしてテラスは風音家にお邪魔した。

 「まずはお風呂よね!」という風音の猛烈なおすすめから、三人は別荘よりも広い湯船にゆったりと浸かっていた。

 すっかりと気を緩めた遥香は縁に手を付けながら、気持ち良さそうに体を伸ばした。


「うちは両親がお風呂好きだから、いつもお金をかけるのよ」


 お風呂にいつもかけるお金とは何なんだろう、と遥香と透子は疑問に思ったもののそれは口にしなかった。


「それよりも、その……平和島さんの相棒と那須さんの相棒は何してるの?」


 愛しそうにセレナとリリィ、テラスを見ながら、風音は透子に問いかける。


「今日は気を抜いているんだと思います」


 ふふふ、と笑いながら透子は答えた。

 セレナはぷかぷかと浮かびながら、ラッコのように泳いでいた。そしてそんなセレナのお腹に浮き輪にでも捕まっているようなリリィとテラス。


「男の子がいるとのんびりできないもんねぇ、リリィもセレナもテラスも女の子だし」


 遥香の言葉に、うんうんと頷く三人の相棒の姿はとても可愛らしい。


「羨ましいわ、相棒がそんなに可愛らしくて」

「そういえば……」と、遥香は思い出したように口にした。

「どうしてイリーナは外に出てこないんですか?」


 風音の左腕にはSHTITがある。それがあるということは、イリーナを自室に置いてきているというわけではなさそうだ。


「昔……イリーナを傷付けてしまったことがあったからかもね」


 顔には笑みを浮かべているが、風音の表情は辛そうであった。


「……聞いても、いいですか?」


 興味本位では決してない。遥香は心から彼女を心配し、そう言った。


「面白くない話よ? 昔の私の話もすることになっちゃうし」

「構いません」

「平和島さんもいいの?」

「はい」


 二人の真剣な面持ちに、風音は短く息を吐いて話し始めた。


「私ね、昔お嬢様が通うような中学校にいたのよ」


 風音は語る。

 自分が以前いた、大きすぎた、狭い世界のことを。


――……


 そこには、世界に名の知れた富豪の子供達が数多く在籍していたの。

 その学校は一般教養意外にも、経済学、帝王学、政治学など、これから世を動かすための多くの事を学べた。

 でも、〝人間〟はいなかった。誰も彼もが〝魔物〟だった。如何に〝人間〟を支配し、頂点に君臨するか。それだけを考えているだけの場所だった。

 それは私も例外ではなかった。風音家は所謂〝成り上がり〟というもので、曾祖父の代で運良く所有していた株が急上昇し、急下降する前に手放したことで莫大な資産を手にしたの。それからは土地やお金を買ったり、貸したり、売ったり、本当に何でもして富豪の仲間入りをした。

 父の代では世界でも有数の富豪になっていた。そんな中で私は生まれたわ。風音家の長女として、ね。

 本当は父も男の子が欲しかったそうだけど、母は体が弱くてね。よくある話よ。母は次の子供を産む前に亡くなったの。

 父の憔悴はひどかったわ。父は母と恋愛結婚していてね、だからでしょうね。再婚するつもりはなかったみたい。

 でも周りは再婚を薦めたわ。風音家を存続させるためだけに、子を作れと命じ続けた。

 それは……私もだったの。ひどい話でしょ?

 ある日、私は父に言ったわ。


――お父様、我が風音家を絶やしてはいけません。どうか再婚して子を作ってください。


 その時の父の顔、覚えているわ。絶望と失望が入り交じった、複雑な顔。そして父は私を抱き締めて言ったのよ。


――私は、君の母と、君が幸せならそれでいいんだ。どうかそんなことを言わないでくれ。彼女の面影を残す君に言われてしまっては、私は本当に壊れてしまう。

 

 わからなかった。その時の私にはわからなかったのよ。馬鹿な娘よ。愛というものを、恋というものを、私は知らなかったから。

 決められた者を愛して、決められた者に恋するのだと、そのときは思っていたのだから。

 母の死から数ヶ月経って、私は闇を見たわ。私がいた世界、本当に醜い闇をね。

 有名な資産家の息子達が私によく声をかけてきたわ。それはどれも求愛……いいえ、求愛なんて美しいものではないわ。〝回収行為〟よ。風音家は再婚し子を作るつもりはない。なら娘を手に入れれば資産全てが手に入る。だから、回収というのが正しいわ。

 最初は気付かなかった。でもね、ある男のデートのお誘いを断ったとき、言われたのよ。


――〝釣針〟が偉そうに。


 って。

 その日父に聞いたの。どういうことかしらって。

 そしたら父は辛そうに泣いた。そしてあの時と同じように私を抱き締めて言ったわ。


――もうあそこに居てはいけない。君はあんなところに居てはいけない。このままだと君は、道具にされてしまう。人間ではなくなってしまう。すまない、すまない。


 中学までをあそこで過ごし、私は有無を言わさずこの高校に入れられた。最初は怖かったわ。私よりも〝低層〟の人間と上手くやれるかって、内心周りを見下して。

 でも、でもね。ここは〝人間〟が沢山いたわ。みんな、笑ったり、悩んだり、遊んだり。とっても楽しかったの。翼や晴野が教えてくれたのよ。私は、〝風音桜という人間だ〟ということを。誰も私を利用しようとしない、誰も私を、風音家を得るための釣針だなんて思わない。

 幸せだった。こんなにも世界は楽しくて、美しいんだって。

 長くなってごめんなさい。でも、必要だったの。イリーナの話をするためにはね。

 二年になって、私はようやく普通の学生として言えるようになった。そして私はバースデーエッグの授業を迎えたわ。

 楽しみで楽しみで、わくわくしていた。実際彼女が産まれて、私はすぐにイリーナって名付けたわ。私が大好きなフルート奏者から名前を頂いたのよ。

 でも、ね。その楽しみは一瞬だったわ。イリーナがね、言ったのよ。


――マスター、私はあなたのために尽力します。もっと上へ。もっと高みへ。風音家をより発展させるため、共に行きましょう。


 イリーナは子供と同じ。純粋だった。

 だから彼女は、私を想って言ってくれたの。今ならわかる、わかるの。でもね、その時は……わからなかった。


――私は風音桜なの! 二度と私を侮辱しないで! 二度と……二度と私をそんな目で見ないで!


 その時、クラスがしんと静まり返った。

 私はそれに耐えきれなくなって、教室を出ていった。一人中庭にいるとき、イリーナは泣きながら私に話しかけてくれた。でも私はそれを全て無視したわ。

 それから少しして翼や晴野が来てくれてね。何があったかを説明したときには……イリーナはもう私の目の前からいなくなってた。


――……


 ふぅ、と息を吐きながら風音は湯船から上がる。


「長湯になっちゃったわね。先に出るわ。ゆっくりしていってね」


 そう言って、風音は一人浴室から出ていった。


「……どう思う、遥香ちゃん?」


 逡巡した遥香は一度頷いて。


「イリーナは……風音先輩に笑ってほしいんじゃないかな」

「どういう……?」


 遥香が何を言いたいのか理解できず、透子は聞き返す。


「うん。何とかしましょう」

「あの、遥香ちゃん?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」


 何かを決心した遥香は勢いよく湯船から上がり、風音を追いかけるように浴室を出た。それを見た透子もまた、彼女に続いた。

 

 髪もほどほどに乾かし終えた二人が風音の自室に戻ると、風音はマリアンヌに髪を梳かしてもらっていた。


「マリー。私はもういいわ。平和島さんの髪を梳かしてあげて。那須さんは私がやるわ」

「承知しました、お嬢様。お二人とも、どうぞこちらに」


 さすがに照れ臭くて断ろうとしたが、風音とマリアンヌの笑みに二人はどうしても言い出せなかった。


「ふふ……妹が二人もできたみたいで嬉しいわ」


 優しく、愛おしく、丁寧に。風音とマリアンヌは二人の髪を梳かす。

 少しの間遥香は流れに身を任せていたが、決心したように口を開いた。


「あの、風音先輩」

「なぁに、遥香ちゃん」

「イリーナに、あの時から話しかけましたか?」


 鏡に映る風音の表情は、悲しげだった。


「すぐにではないけれど、話しかけたわ。出てきてって……」

「バディタクティクスに参加した時は、一緒に話し合ったんですか?」

「いいえ……翼がね、申請しておいた、近々練習するぞって言って……フルダイブをしたときに説明したら頷いてくれたわ」


 風音は櫛を動かす手を止め、目を伏せた。


「それから……ちゃんと話しましたか?」

「……話して……ないわね」

「那須様、それくらいで。お嬢様にとっては辛い話ですから」


 刃物のように鋭い一言をマリアンヌは発したが、遥香は首を振った。


「ねぇリリィ。私が学校の話しないと、寂しい?」


 鏡台に座っていたリリィは、少し悩んで頷き、悲しくもあります、とメッセージを表示した。


「ねぇセレナ。透子があなたを見て辛そうにしていたら、どう思う?」


 セレナは遥香と透子を交互に見た。透子が優しく頷いたのを見て、辛くなります、とメッセージを表示した。


「テラスは……わかるよね、その気持ち」


 テラスもまた、頷いた。

 いつの間にかマリアンヌも透子の髪に櫛を通すのを止め、遥香をじっと見つめていた。


「風音先輩」


 遥香は立ち上がり、風音と向き合った。

 少し二人は見つめ合うと、遥香がにっこりと笑みを浮かべた。それがあまりにも唐突だったため、風音も思わず微笑んでしまう。


「イリーナに笑いかけてみませんか?」


 それを聞き、透子は「あ」と短く言葉を漏らしすぐに口に手を当てた。そして、そのまま遥香をじっと見つめた。


「でも……理由がないわ」

「理由が必要ですか?」

「私には……必要よ」

「じゃあ……」


 遥香はリリィ、セレナ、テラスを見ると、左腕を胸の高さに上げた。


「おいで、三人とも」


 嬉しそうに三人は遥香の腕に乗る。そして相棒の三人は、ちゃんと一人分のスペースを残していた。


「ほら、イリーナ。あなたの場所が空いてるよ?」


 遥香は優しく風音のSHTITに声を掛けた。

 しかし、風音のSHTITは……イリーナは反応を見せない。


「風音先輩、イリーナを私の腕に乗せてくれませんか? きっと可愛いと思います」

「でも……」

「可愛い姿、見たいでしょ?」


 風音はゆっくりと自分のSHTITを見て、口を開いた。しかしすぐに言葉は出ず、吐息だけが漏れる。


「大丈夫ですよ、〝桜先輩〟」


 桜先輩という言葉を聞いて、絞り出すように。


「イリーナ……あなたの可愛い姿が……見たいの。出てきて、くれる?」


 しかし、SHTITは反応しない。やはり駄目かと風音が目を伏せようとしたときに。


「桜先輩。きっと、笑顔なんですよ」

「え……」


 瞳に涙を浮かべた風音は、遥香にその瞳を向けた。


「イリーナは、桜先輩の笑顔を見たいんです。イリーナはきっと、自分がいると泣かせてしまうからと姿を消したんです。笑って、お願いしてみてください」

「……」


 風音は大きく息を吸い込んで。


「イリーナ……出てきて、くれる?」


 涙を溢しながら、風音はSHTITに笑顔を向けた。

 ぴこん。

 いつもの気の抜けるような音と共に。

 少しだけ気恥ずかしそうに。

 少しだけバツが悪そうに。

 でもとても温かい笑顔を浮かべながら。

 イリーナは遥香の腕にちょこんと座った。


「……っ!」


 風音は目を大きく見開き、その姿を見た。

 遥香の腕に乗る四人の相棒は、互いが互いの顔を見ながら微笑み合う。その姿はとても愛らしい。


「イリーナ?」


 涙をぽろぽろと溢しつつも、風音は笑みを向けていた。そんな風音にイリーナは、可愛らしく首を傾げる。


「イリーナ。あの時はごめんなさい。貴女は何も知らなかったのに、ひどいことを言ったし、ひどいことをしたわ」


 イリーナはじっと風音を見つめる。


「でもバディタクティクスで貴女が懸命に戦う姿、誇らしかったわ。姿は見せなくても、一緒に調べものをしてくれたとき、嬉しかった。ねぇ……やり直させて、くれないかしら? 私のこと、もっと貴女に知ってほしいの。みんなの相棒みたく、私も貴女と仲良くなりたいの」


 ぴこん。

 私のこと、許してくれるの?


「許すだなんて……私が貴女を傷付けたのに」


 ぴこん。

 マスター。また私を、相棒と呼んでくれるの? 貴女を傷付けた私を、あなたはまた相棒と呼んでくれるの?


「当たり前……じゃない」


 涙でくしゃくしゃな笑顔を向けながら、風音は力強く頷いた。

 それを見たイリーナは、ふわりと風音の肩に乗り頬を擦り寄せた。

 互いに、嫌われていると思っていた。

 互いに、自分のせいだと思っていた。

 互いに、だから距離を置いた。

 互いに、好いていたのに。

 互いに、求めていたのに。

 それは自分だけなのだと、思っていたのだから。だがそれは仕方のないことなのだろう。

 最も優れた相性を選ばれ、最も似て産まれる、彼女らは相棒なのだから。

 少しだけ彼女らはその気持ちを理解し合うように瞼を瞑っていたが。


「これで女子会のメンバーが揃ったね」


 満面の笑みを浮かべた、遥香の言葉にその瞼を開く。


「那須様……先程のご無礼をお許しください」


 そんな遥香に、マリアンヌは深々と頭を下げた。


「また、イリーナのこと……誠にありがとうございます」


 マリアンヌと一緒に、彼女の相棒であるフェリーツェもまた、頭を下げていた。


「そうですねぇ……じゃあ最高に美味しいお菓子を出してくれたら許してあげます!」


 おどけた遥香の言葉にマリアンヌは顔を上げ、してやられたと微笑みを溢す。


「私がご用意できる最高のものをお持ち致します」


 そう言って、マリアンヌは再び頭を下げて部屋から出ていった。


「お喋りが楽しくなるね、透子、桜先輩! 女子会再開だ!」


 嬉しそうな遥香を見て、二人は彼女と同じような笑みを浮かべて頷いた。

 それから、遥香とリリィ、透子とセレナ、風音とイリーナ、そして太陽のテラスは、マリアンヌが用意した最高のお菓子と共に親睦を深め合った。

 この一時が、今後彼女らにとって永遠の思い出になるのは、きっと別の話だ。



   約束/男子会



「今日は華がねぇなぁ……」


 さて、この一言。

 我々チーム太陽がよく通っている喫茶店『ホトホトラビット』の店主が発した一言である。その息子はつい二十分ぐらい前には「客商売やってる店が~」とか言っていたが、さすがは個人経営。っょぃ。


「なんだ、今日は太陽坊やの相棒もいないのか?」

「あっちはあっちで女子会らしいですよ」

「へぇ……それで行かせてやったのか。仲良くやってるじゃねぇか」


 ぐっしゃぐっしゃと親父さんは僕の頭を乱暴に撫でた。


「お、いじめっ子の先輩共も一緒じゃねぇか。今日も後輩共をいじめてたのか?」


 親父さんが次に声をかけたのは王城先輩だった。


「いじめではありません。期待しているからこそのしごきです」

「がっはっはっは! 言うねぇ!」


 親父さんは僕と同じように王城先輩の頭をぐっしゃっぐしゃと撫でる。あの! 王城先輩の頭を! ぐっしゃぐっしゃと! まるで子供にするように!


「……」


 さすがの王城先輩も微妙そうな表情だった。


「まぁいつもの角席使えよ。五人だと少し狭いが。茶も一杯は出してやる」

「あざーっす」


 僕が頭を下げると、正詠と先輩達もぺこりと頭を下げた。勿論、息子の蓮だけはそっぽを向いていた。


「さて……」


 腰を落ち着けて、僕は兼ねてから知りたかったことを聞こうと思う。


「王城先輩、晴野先輩。聞きたいことがあります」

「んだよ?」

「なんだ?」


 椅子に座ってから早速の質問に、二人は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。


「大事な……質問です」


 少なくとも、まぁ僕にとってはだけどね。

 しかし、これをさくっと話してしまってはこの二人が僕を勘違いしてしまうかもしれない……が。


「ずーっと思ってたんですが、風音先輩のおっぱい、凄くないですか」


 エターナルブリザード。場は凍り付く。


「……なぁ高遠」

「なんですか、部長」

「お前らの大将ってホントこんな感じなのか?」

「今は先輩たちの大将でもありますよ」

「……こいつ女の価値は胸だけとか思ってんじゃないのか?」

「まぁ、少なくとも胸に重点を置いているのは事実ですね」


 僕の問いかけを無視して、晴野先輩と正詠は話し続ける。助けを求めるように蓮を見てみるが、スマホをぽちぽち弄りながら、机の上で素振りをしているノクトの様子を伺っていた。王城先輩はというと、腕を組みながら眉間に皺を寄せて目を閉じている。


「気にならないのか、みんなは!」


 とりあえず全員に問いかけてみたものの、全員がはぁ、とため息をつくだけだった。


「だってあのおっぱいですよ! テラスに一回こっそりとおっぱいのサイズを遠目で測ってもらったら暫定100ですよ! 凄くないですか!? 凄いですよね!?」


 驚異の胸囲(決してダジャレではない)に僕はあの時驚きを隠せなかった。あの時とは具体的には夏休みの時で、その最中にこっそりとテラスに測ってもらった。テラスは最っ高に不愉快そうにしていたけども、土下座してお願いしたけども!

 それでも僕は! 風音先輩の(暫定)バストサイズを聞いたことは後悔していない!


「100? あいつどんどん大きくなるな」

「前の時は90と言ってなかったか?」

「っていうか前って一年のときだろ? しかもよくわからんがあいつ自分から『あなた達も知りたいだろうから教えてあげる! 私のバストは90よ!』とか照れながら言ってたし」


 うんうんと頷きながら、「あれは誰かに言わされていたんだったな」と王城先輩は呟いた。


「そんでそんなことを言わせた男子を二人でシバいたまでが、良い思い出だったな」

「うむ。柔道部相手だった。いや、中々骨のある話し合いだった」

「おう。骨のある話し合いだった」


 そして先輩二人は僕らを見た。


「お前も俺達と骨のある話し合いがしたいのか、天広?」


 ……ダメ、ぜったい。


「僕は王城先輩達との馴れ初めを聞きたいですね」


 無理矢理話を変えたのを見て、先輩方二人は大きく頷いた。ついでに正詠と蓮はため息をついた。


「馴れ初めと言われてもな……」


 王城先輩が顎に手をやって考える素振りを見せた。


「俺と翼は中学から。桜とはこの高校からだな」


 ぽん、と晴野先輩が王城先輩の背中を叩いたタイミングで親父さんが紅茶と一緒に唐揚げと山盛りポテ

トを持ってきた。


「唐揚げとポテトはサービスだ。今回は男ばっかりだしな。これぐらいちょろいだろ?」

「あざーっす!」


 グッドタイミングでつまみも出てきて、それを食べながら晴野先輩は三人の馴れ初めを話し出した。


――……


 こう見えて俺と翼は幼馴染でよ。とは言っても家が近いだけで、そこまで親しくはなかったんだよな。

 んで、家も近かったし同じ中学に通っててな。中一のときから翼は空手やってて、なんかの大会で優勝したから「おめでとう」って言ったら、「あぁ。お構いなく」って言ったことに笑ってな。そんなしょーもないことがきっかけで、遊ぶようになったんだったな。


 あぁ、半ば強引に引きずられてだけどな。


 お前が遊びと言えばトランプしか知らなかったのが悪い。で、高校も一緒になってこりゃあもう俺ら親友だよな、ってなったタイミングで、桜が風音に体当たりしてた。


 なんすか、それ。


 いや、文字通りなんだよ、高遠。すげー体当たり。どごんって。勿論翼は微動だにせず桜が尻餅着いた。その時のあいつのパンツは薄青色でフリフリのレースが付いてた。


 そこもっと詳しく。


 黙れ天広。翼が桜に謝りながら手を出したら「ホンット……低俗なとこ」って言ってその手を払ってな。俺がかちんときたから「おいこらしばくぞクソアマ」ってな。そしたらあいつ泣きそうになってよ。冗談だ、悪い、ごめんなって謝ったんだよ、結局あいつは自分で立ち上がって、居なくなった。

 一年のときは桜とはクラスが別だったんだけど、何故かあれからよく見かけてな。時たま声をかけてたんだよ。そしたらあいつが超お嬢様高校の出身だって知ってな。 

 あぁなるほどな、と。だからやたらと高飛車だったのかぁって納得してからは付き合い方を少し変えたんだよ。

 そっから仲良くなってな。あいつのクラスに行ったら結構孤立してたから、適当奴を捕まえて話しに混ぜたんだ。まぁそっからあいつもクラスに馴染めてな、万々歳ってやつだ。

 でも……な、初めてのバースデーエッグの授業でちょいと問題があってよ。詳しいことは俺からは言わないが、それを気にした翼が俺たちをバディタクティクスに誘って、今の仲に至る。


――……


 晴野先輩の話を、王城先輩は僅かに口角を上げて聞いていた。


「雑に話すとこんな感じだな」

「っていうか、晴野先輩ってコミュ障な人好きなんすか」

「好きっつーか、気になるんだよ。根はおもしれぇのに話すのが苦手なだけで損してる奴が」

「……」


 何だこの対コミュ障用最終兵器は。


「まぁお前も大概だろ。不良の日代とも仲良くなったし」

「蓮とはちょっとした事件から仲良くなったんで。っていうよりも、蓮から話しかけて来たんですよ」

「なんだよ日代、お前からかよ」


 にやにやとしたからかうような笑みを、晴野先輩は蓮に向けた。それに蓮は「けっ」といつものように悪態をつく。


「そんじゃ、次はお前ら全員がどうやって知り合ったか話す番だな」


 晴野先輩は唐揚げを頬張る。


「あー……そういや先輩達は知らなかったですもんね」

「男子会なんだ。包み隠さず話せよ?」

「うむ、その通りだ」


 二人の先輩の言葉に苦笑して、僕は出会いを話し始めた。

 最初は僕と正詠、遥香だけの三人だったこと。

 透子のセレナが電子遭難サイバーディストレスして、それを取り戻そうと頭を悩ませているときに蓮と仲良くなったこと。

 その時に初めて化け物と戦ったこと。

 五人でバディタクティクスに出ることを決めて、いつもいつも大変だったこと。

 最初は王城先輩達が恐ろしかったこと。

 おして最後に……光のことも。


「天草光、か」


 王城先輩は紅茶を一口飲んで、ため息混じりに呟いた。


「高遠達からざっくり聞いてたが、まぁなんだ……重い話だな」


 そう言って、晴野先輩は「悪いな、拙い言い方で」と付け加えた。


「テラスは確かに似ているんすよ、光に。でも細かいところで違うというか、子供っぽいというか……」


 別段テラスに不満はないのだが、だからこそ少し混乱するときがある。

 あの大人びた、儚い面影を残す少女が。天真爛漫で子供らしい、活発なテラスと重なるから。


「でも、テラスはきっと光と何か関係があるんです」


 ぴくりと、全員の体が僅かに動いた気がした。


「正詠達は、知ってるんだろ?」


 これは確認だ。きっと僕を除く全員は、光とテラスのことについて何か知っている。そのようなこと、もう気付いている。


「それは……」


 正詠は口籠る。

 それが明確な返事だ。


「いつか、話してくれるんだろ?」


 わかっているから、僕は待つことにした。

 僕みたい奴のために力を尽くしてくれ親友達だ。無理矢理聞き出すことではないし、テラスも言っていた通り、話す時期というのもきっと重要なのだろう。


「もしも……もしもテラスのおかげでまた天草光に会ったら、お前は何て言うか決めてんのか?」


 蓮は目を逸らしながら僕に質問を投げ掛けた。


「全部、話すよ。子供の頃遊んでたこと、好きだった遊び、忘れていたけど……ちゃんと思い出したこと。今までのことも全部、全部だ。そんで今の友達を紹介して、今度こそ一緒に学校に行こうって言いたいな」


 思い出してと、彼女は言った。

 それまではみんなを笑顔にしてねと、彼女は言った。

 その約束をちゃんと守ったと、僕は光に伝えたい。


「そうかよ」

「だから僕の当面の目的は、バディタクティクスと光に会うこと。何となく、バディタクティクス続けてれば光に会える気がするんだ」


 そこまで話して急に恥ずかしくなり、ははは、と笑ってみる。


「そうだな、太陽。俺も久々に光に会いたい。だからパーフィディ達の問題はさっさと解決しようぜ」


 正詠は嬉しそうに微笑み、僕に言う。そんな表情を向けてくれたことが嬉しくて僕は頷いた。


「にしてもよ、お前らそんなに女と絡んでるのに彼女とかいないのか?」


 ぴしりと、晴野先輩の言葉で、先程とは違う意味で空気が凍り付いた。


「……なるほど。いや聞かなかったことにしておく。すまんな、余計なこと聞いて」


 嫌味な笑みを浮かべつつ、紅茶を口に運ぶ晴野先輩にすかさず反撃を繰り出す。


「晴野先輩だって彼女いな……!」

「晴野は中学時代から付き合っている相手がいたな。今はどうしてるんだ?」


 勢いよく立ち上がって指摘しようとしたのだが、王城先輩がそれをあっさり防ぐ。


「俺、初耳です」

「そらお前、後輩に彼女自慢してどうすんだよ」


 少しだけ悔しそうにしている正詠を見て、これはチャンスと言った表情を蓮が浮かべた。


「なんだ優等生。男にやきもち妬いてんのか? そういう趣味か、なぁおい?」

「素行不良は敬う先輩がいないから俺に嫉妬か? 俺の顔が良すぎるのも問題だな」

「あ? ナルシー入ってんじゃねぇぞ薔薇男」

「おーおーやおい知識はあるんだな、素行不良」

「や、やお、い?」


 ふふ、正詠のそういった知識は僕のおかげなんだよ、蓮くん。やおいの意味も知らないんじゃあ、薔薇だ百合だ菊だと騒いではいけないよ。


「そんなわけで晴野先輩、彼女の写真見せてください」

「嫌に決まってんだろ」

「見せてください」

「じゃあバディタクティクスの全国大会で優勝したら見せてやるよ」


 無理難題すぎる……。


「じゃあ王城先輩は彼女いるんですか?」


 いるのなら見せてほしい。こんな硬そうな先輩と付き合う人を。


「……いる」

「え」

「もうフリードリヒが見せたろ」

「え」

「……」


 王城先輩は顔を真っ赤に染める。


「翼の彼女は北海道桜楊の火神だぜ? バディタクティクスで俺たちが勝ち抜くと予想した高校の。覚えてるか?」


 正詠、蓮と顔を見る。二人ともなんとも言えない顔をしていた。


「王城先輩の片想いとかじゃなかったの!?」


 驚きのあまり声をあげる。


「火神は来年こっちの大学受けるし、それまで翼は遠距離恋愛で我慢してんだよな?」

「晴野、話しすぎだ」

「いいじゃんかよぅ、翼ちゃん先輩ー」


 小バカにした口調に、王城先輩は眉間に皺を寄せた。


「はは、怒んなよ」

「全く貴様は……」


 しかしこれは朗報だ。

 ということはあの爆裂おっぱいの風音先輩はフリー。僕にもまだワンチャンある!


「ちなみに風音は婚約者がいるらしい」


 あまりの衝撃に、テーブルへと頭をぶつける。


「リア充爆発しろ……」

「お前にはテラスがいるだろ?」


 顔を上げてみると、晴野先輩はみんなの相棒を指差していた。


「悪い方向にテラスの影響受けやがって……」


 みんなの相棒は、『祝・天広、テラスご結婚』という段幕を僕に見せつけていた。


「まぁそんだけお前とテラスの相性が良く見えるってことだろ」


 正詠のフォローになってそうで絶妙になっていないフォローに、僕は再びテーブルに額をぶつける。


「彼女、欲しい」

「おっぱいおっぱい言ってるうちは無理だ、諦めろ天広」


 晴野先輩の一言が、トドメとなった。


「いつかグラマーな女の子と付き合うんだ、僕は……」


 どうしてかわからないが、何故かみんなは困ったように笑うだけだった。



   約束/4



 夏休みは、気付けば半分も過ぎていた。その頃には僕らの宿題はほとんど終わっていて、今は僕と正詠、遥香三人の家に近くにある図書館に全員いた。

 僕らの高校では二年のみが読書感想文が宿題で出る。学校の……というより、うちの校長の方針らしく、相棒を配られたばかりの二年生は本を読むことが減るだろうから、ということらしかった。

 うん、余計なことを!


「正詠は何読んでんの?」


 図書館ということもあり、小声で聞いてみると正詠は背表紙を僕に見せた。


「何それ」

「坂口安吾だ」

「誰それ」

「1900年代の作家だ」

「うわ……ふっる」

「お前は何読んでんだよ」

「これ」


 最近巷で大人気の恋愛小説で、主人公の恋人が学生の頃に事故で亡くなり、数年後彼女にそっくりな女性と出会い、恋をする話だ。タイトルは、『また、君に恋をします』。


「今っぽいな」

「ネットですげーオススメされてた」

「読み終わったのか?」

「まだ前半」


 正詠はため息をついて、また本に視線を落とした。

 これは「もうお前にはかまわないからな」という意思表示に違いない。こうなったら正詠は徹底的に塩対応になるので、とりあえず隣に座っている遥香を見てみると……。


「いや、お前。いくらなんでも高校生になって『鶴の恩返し』はねぇわ」

「……だよね」


 遥香は絵本を閉じて、大きくため息をついた。


「小説というか、本を読むのが駄目なんだよね……リリィもさすがに頭を悩ませてるし」


 テーブルの上にいるリリィは両手で頭を抱えながら悩む仕草をしている。

 こいつに本を読ませることは、さすがに世界最高のAIでも難しいようだ。


「お前普段はどうやって勉強してんの?」

「そういうときは勉強モードになってて本も読めるし、リリィがちょいちょい面白い教え方してくれるから飽きないんだけどさ……」

「ふーん……」


 小さいときはそれなりに本とか読んでた気がするけど、その反動で読まなくなったのかね。


「お前は絵本っていうか、童話好きそうじゃん。宮沢賢治だっけ? そういうの読めば?」

「童話かぁ……そういや昔に読んでたっけ」


 宮沢賢治童話全集ならばこの図書館にあります。五のミの棚です。

 図書館だからかいつもの呼び出し音は鳴らず、リリィはメッセージを表示した。遥香はリリィの頭を撫でて、その棚に向かっていった。


「うーん……僕も続きを読むか」


 ちなみにだが、蓮と透子は既に読書感想文を書き終えていた。どうやら二人は別荘への移動中にも読んでいた本で書いていたらしい。というかあの二人はよく本を読んでいるよな……やっぱ蓮が話を作るのが好きだから、幼馴染の透子も本好きになったのかな。

 ぼーっと二人のことを考えていると、テラスがメッセージで話しかけてくる。

 どうかしましたか? 先程からページが進んでいません。


「ちょっと考え事してた。大丈夫大丈夫。読書感想文なんて何が何でも今日中に終わらせるし」


 僕はまた小説を読み始め、そしてこの作品の世界観に徐々に漬かり始めた。

 この話の大筋は死に分かれた恋人に似た女性と恋に落ち、新たな愛を見つけるというものだ。しかしこの話の本当に面白いところは、そこではない。


「死んだ恋人の相棒に靡かなかった主人公の相棒もまた、新しい恋人の相棒に恋をする……か」


 主人公の相棒はむしろ前の恋人の相棒を嫌っていた。それなのに、新しい恋人の相棒には好意的だ。主人公はそれに不思議な感情を抱きながらも……それに悲しみを抱き始める。

 どうして最愛の女性の相棒に恋はしなかったのだろう?

 その疑問は徐々に彼のわだかまりになっていく。そんなことを考えてしまった彼は切なくなり、辛くなり、いつしかその思いの丈を自分の相棒に零す。

 本来、相棒というものはマスターを第一に考え、そしてその行動理念に相棒は常に従っていく。だからこそ、マスターが望む感情を持っている相棒であってもそれは変わらない。


「たいよー?」


 それに相棒は答える。

 あなたが……望んでいるから、と。


「おーい、ロリコン変態太陽?」

「ロリコンでも変態でもないから」


 本から視線は逸らさず、遥香の奴の言葉にはざっくりと答えて、またページを捲る。


「正詠、太陽が本を読んでる」

「お前だって珍しく長く読んでたじゃないか」

「太陽が童話を薦めてくれたからね」

「こいつは、他人のことに関してはよく気が付くからな……」


 小バカにされているが、そこは無視して小説を読み進めていたが。


「おい太陽。そろそろ晩飯時だぞ」

「マジ?」

「マジだ」


 テラスを見ると、17時とでかでかと表示していた。


「久しぶりに読み耽ったなぁ……」

「読み終わったら感想聞かせてくれよ、太陽」

「何だよ、こういう本に興味なさそうなのに」

「お前が面白そうにしてるからだっつの」


 ぺしん、と僕の頭は正詠に叩かれて良い音が鳴った。


「本……借りたことないんだけど」

「テラスがいれば借りられるから借りとけ」

「ほーい」


 あと少しで読み終わる本を借りるのも微妙な気持ちだが、僕は貸出のために貸出カウンターに向かう。

 夕方ということもあって貸出カウンターは空いていたが、一人の女の子が大袈裟な身振り手振りで何かを話していた。


「どうしたんだろ、あの子……」


 遥香は正詠の服の裾を掴みながらそう言った。


「太陽、隣が空いてるからそっちに……」


 などと正詠が口にしたことを背中越しに聞き流し、僕はその子の元に足を進めた。


「どうしたんすか?」


 その一言に、その少女とカウンターの女性が振り向く。


「違うんだヨー! 私はこのlivre()を借りたいだけなノー!」


 泣きそうな顔で僕にしがみついてくる女の子は綺麗な金髪で、話し方からして純粋な日本人ではないようだった。状況は何となくわかったけど、とりあえずカウンターの女性に確認がてら聞いてみると。


「この方は神奈川県の方なので、こちらの図書館では借りられないんです。何度も説明しているんですが……」


 女性は困ったように微笑んでいる。


「お前は本当に面倒ごとに首を突っ込むよな……」

「うちの大将はまったく……」


 幼馴染二人がさすがに見かねてやって来たものの、何でまた馬鹿にされてるんだ、僕は。


「えーっと……君、名前は?」


 その金髪の少女に名前を尋ねる。助けてくれると悟ったのか、ぱぁっと笑顔を浮かべて少女は答えた。


「天王寺、天王寺ステラだよ!」


 その子の名前は、偶然にも三年連続で全国バディタクティクスで優勝した高天高校の生徒と同じ名前だった。


「天王寺ステラ……さんってもしかして高天の?」

「Wow! やっぱり私って有名人!? だから助けてよ、ネ!?」


 というか本人だった。


「こちらの|mademoiselleマドモアゼルがいじわるして貸してくれないノ! Japon(ジャポン)は肌の色で差別しないと思ってたのニー!」

「えーっと……」


 やばい。この人、話聞かないタイプだ。


「マサヤともキヨフミともコーミとも、ましてやタダスケともはぐれちゃって不安なんだヨー!」


 僕の胸に顔をうずめて泣く仕草をするのだが、語尾というか話し方のせいで全然危機感を感じられない。むしろ海外のコメディドラマチックすぎて、遠くから眺めていたくなってしまうほどだ。

 ぴこん。


「んぁ?」


 突然の呼び出し音に思わず変な声が出た。

 天王寺ステラの相棒を確認できました。現在呼び出し中です。


「お、さっすがテラス!」

「え?」


 理由はわからないが、驚いたように天王寺さんは言葉を漏らした。


「異性タイプ?」


 あー、それに驚いたのか。


「そうなんすよ、僕の相棒はテラスっていって、異性タイプなんです」


 ぴこん。

 相棒(バディ)ネーム、ジャンヌ。呼び出し完了です。

 テラスの呼び出しで現れたのは、天王寺さんと同じぐらい綺麗な金髪の相棒だった。


「Wow! どうしたのさJeanne(ジャンヌ)


 マスター。マスターは今神奈川に住んでおり、学生情報、個人特定情報、全てが神奈川になっているのです。同じ本なら神奈川にもございます。


Oups(ウプス)……そうだったんだ……」


 一言二言相棒と会話した天王寺さんは、カウンターの女性に申し訳なさそうに頭を下げ、図書館を出ていった。


「嵐だ……」


 素直にそう思う。


「大分天然入ってるんだな、高天の大将って」


 正詠は苦笑を浮かべた。


「ふーん……正詠はあの人のこと天然って思うんだ?」

「なんだよ、遥香。棘のある言い方して」

「べっつにぃ。ほら、太陽。さっさと借りちゃいなよ」


 遥香に背中を叩かれ、僕は本を借りようとしていたことを思い出した。


――……


 天王寺ステラが図書館から出て少し歩いた先にある公園。そこに四人の男女がいた。

 一人は赤い短い髪が印象的な少年、伊津いづ 正威まさなり

 一人は男性にしては長い黒髪の少年、寺坂てらさか 清文きよふみ

 一人はふわふわとした可愛らしいパーマの少女、山成やまなり 神海こうみ

 一人は背が高くひょろりとした印象を受ける少年、中里なかさと 忠臣ただおみ

 その四人に、天王寺ステラは小走り気味に合流する。


「みんな待っててくれてありがとー!」


 可愛らしい笑顔を浮かべつつ、ステラは山成神海に抱きついた。


「ステラ。テメェは毎回毎回理由も言わず勝手に飛び出しやがって……」


 正威は天王寺ステラの首を軽く絞めつつ、ぐりぐりと頭に拳を捻る。


「イタタタタッ! やめ、やめなヨ、マサヤ! 私は女の子なんだゾー! あとちょっと汗臭いゾー!」

「そうか汗臭いか! 友達を待ってやった甲斐があったぞこの野郎! ってかな、今は夏なんだぞ、夏! コンビニでの暇潰しにも限度があったんだよっ!!」


 やめろという割には、コミュニケーションと取っているのか天王寺ステラは本気で嫌がってはいなさそうだった。


「真哉、じゃれつくのは後にしよう。ステラ、いきなり図書館に突っ走ったからには何かあったんだろ?」


 清文の一言に真哉は渋々彼女を解放する。


Oui(うぃ)! すっごい子に会ってきたヨ!」

「誰と会ってきたの?」


 神海が首を傾げながら聞くと、ステラはまた神海に抱きついた。


「コーミは猫みたいで可愛いニャー」


 その様子に男子陣はため息をついた。


「ねぇステラ、早く教えてよ」


 忠助が子供に言うように優しく話しかけると、ステラはにっこりと笑いながら答えた。


「ゴッドタイプ……天広太陽くんのテラスに会えたよ」


 その言葉に、一瞬で空気が張り詰める。


「どうだった?」


 抱きつかれつつも、神海は至って真剣に言葉を発した。


「普通の相棒と変わんない。あれをパーフィディ達が欲しがる理由がわかんないなぁ……」


 ステラは神海を解放し、ぽんぽんと頭を撫でる。


「これ以上パーフィディ達に余計なちょっかい出される前に何とかしないか?」


 清文が全員の顔を見ながら言うが、それに誰もが頷きはしなかった。


「清文は血の気が多いんだかラ! まだ様子見にしとこうよ。女神様もまだ完全には目覚めてないってパーフィディも言ってたし……ネ?」


 返された言葉に清文は頭を振り図書館に目を向けると、自然とステラ以外も同じように図書館を見やる。


「大丈夫だよ、みんな。私達なら勝てるっテ!」


 そんな中、能天気に天王寺ステラは笑っていた。



   約束/5



 図書館から自宅に戻り、夕食のあと僕はすぐに借りた本を読み始めた。

 主人公の相棒が、「あなたが……望んでいるから」と言った理由。それは物語の終盤に明らかとなった。

 どうしてかは明確に書かれていないが、新しい恋人の相棒は死に別れた恋人の記憶を継いでいる相棒だった。

 だからこそ、主人公の相棒はその相棒に恋をした。マスターが望んでいたのは、彼女との恋だったからと。叶えられなかった願いだから、彼の分身である自分自身がそれを叶えるのだと語って。

 主人公はそんな相棒の気持ちに涙し、新しい恋人に本気で向き合うことを決意した。

 その時の主人公の気持ちは、こう書かれている。


――私は現在(いま)に恋し、愛を育もう。 もう一人の私が、過去(むかし)を愛し、忘れずにいてくれるのだから。


 そして物語は、最後にこう締め括られる。


――これからも私は、〝彼女〟と生きていく。


 と。

 本を閉じて、僕はいつものサイダーを一口飲んでテラスを見た。

 テラスは机の上で鼻ちょうちんを出しながら正座して眠っていた。頭の上にはスリープモードと表示されている。


「……テラス」


 テラスの鼻ちょうちんが割れ、寝ぼけ眼で彼女は僕を見た。


「本は読み終わった。評価、星五個、満点」


 テラスはこくりと頷いて、ぼーっと宙を見る仕草をすると頭の上に星を五つと評価送信完了と表示した。


「さて、読書感想文を今のうちに書いちゃうか。残りの宿題は明日で終わる予定だし」


 僕は原稿用紙を出して、一気に書き始めた。

 彼の辛い過去に向き合おうとした勇気と弱さ、そしてそれを支える相棒の気持ち。決してハッピーエンドにならなかったが、愛しく思える物語の感想を。

 それを書き終えたのは二時間後で、枚数としても申し分ない程になっていた。


「よし」


 すっかり炭酸の抜けてしまったサイダーを一気に飲み干し、僕は新しいのを持ってこようと居間に向かった。

 自分の分とついでにテラスのお猪口分も持ち自室に戻ると、この僅かな間に愛華は侵入して僕の椅子に座っていた。


「お前なぁ……何してんだよ」

「テラスに稽古付けてる」


 僕の顔を見ずに愛華は答えた。そんなテラスはというと、愛華が持つ爪楊枝に刀を持って懸命に応戦している。


「からかってやるなよ……ほらテラス、サイダー」


 机の上にお猪口を置いて、僕はベッドに座った。


「……にぃもこれ読んだんだ」


 愛華はテラスとじゃれつくのをやめて、机の上にある本を手に取ってぺらぺらとページを捲り始めた。


「読書感想文書くためにな」

「最後の一言が良かったよね」

「そうだな」


 愛華の表情は夏休み中ずっと暗い。その原因は紛れもなくパーフィディ達だろう。

 僕としてはすぐにでも助けたかったのだが、みんなから「準備が整うまで」と何度も念を押され今も尚、何もできずにいた。


「ねぇ」

「どうした?」


 なるべく普通に、平静を装って。


「ううん、やっぱ何でもない」


 愛華はため息をついて、僕の部屋から出ていった。

 そのときの背中は弱々しく、今にでも消え去ってしまうのではないかと錯覚するほどだった。

 ぴこん。

 マスター。

 テラスはいつの間にか僕の目の前に現れ、真剣な顔で僕に話しかけた。


「どうした、テラス?」


 大丈夫です、助けられます。


「おう」


 明日また、みんなに聞いてみよう。準備がいつ整うかを。



 翌日。

 この日は学校の地下演習場での練習日だったのだが、午前中はみんなで宿題の最後の追い込みを行う予定にしていた。


「あとは太陽だけか」


 先輩たちはとっくに宿題を片付けており、僕は数学の問題を解いていた。


「太陽、その式じゃない。こっちを使え」

「むぐぅ」


 ただ言われた通りやっては理解できないため、参考書と睨めっこしながら何故かを調べる。


「あーなるほど」


 解答を書き終えると、僕はテラスを見た。

 テラスはノートに書かれている問題を見ると、花丸を頭の上に表示させて嬉しそうに頷いた。


「終わった……」


 大きく背伸びしながら深呼吸をすると、一気に気が抜けていく。


「宿題を最短記録で終わらせてやったぞ……」

「お前も遥香も読書感想文が一番時間がかかると思ったが、よくやったじゃないか」

「みんなで約束してたからなぁ……」


 あの別荘で、僕らは宿題を同時に終わらせる約束をしていた。

 僕や遥香のペースを考えてのスケジュールだったが、中々にタイトだったと思う。


「もうちょい余裕あっても良かったと思うんですけどー」


 目の下に僅かながらクマがある遥香が言い、それに僕も頷いた。


「お前達がのんびりやりすぎだ」


 実は正詠も読書感想文は終わらせていたようで、昨日の図書館で読んでいた本は完全にただの趣味とのことだった。


「だが、これで都市伝説が本当か確かめられるぞ」

「なんのことだよー?」

「八月十五日までに宿題を終わらせると、二年の時に限り相棒が新しくスキルを取得するっていう都市伝説だ」

「なんだと!?」

「同志宣誓してる相棒達と目標を決めて、ちゃんと成し遂げると……っていうやつだけどな。ネットじゃあ何故かその真偽に関する情報はないんだよ」


 僕はテーブルの上にいる相棒達を見る。僕らの相棒は五人が手を繋ぎ円を作り回っている。


「まぁ……とっても愛らしいわよ、翼、晴野」

「おーおー仲睦まじいなぁ」

「うむ」


 先輩達三人は僕らが宿題をこなしている中、違うテーブルで受験勉強をしており、終わったのを察してかこちらのテーブルにやって来た。


「正詠。これ回ってるだけじゃん」

「あくまでもまぁ……都市伝説……」


 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。

 ぴこん。

 と、いつもの呼び出し音が連続して鳴り出す。


「あ!」


 透子が驚きの声をあげるとほぼ同時に。


――セレナが情報伝達、ランクBを取得しました。

――ノクトが勇猛果敢、ランクBを取得しました。

――リリィが柔軟思考、ランクC+を取得しました。

――ロビンが激昂、ランクB+を取得しました。

――テラスが■■■■、ランク■を取得しました。


「って隠すなよテラス!」


 順当にみんなのスキルが開放されていく中、テラスだけがそれを隠していた。


「目立ちたかったんだろ、お前の相棒だしな」


 マリアンヌが淹れた紅茶を飲みながら蓮は言いつつ、珍しくノクトの頭を撫でていた。


「お、さすがの蓮もこういうときは褒めるのか?」

「う、うるせぇなぁ」


 ノクトはノクトで、珍しく可愛らしい表情でそれを受け入れていた。


「んで、私達の大将の相棒はどんなスキルなのさ?」


 頬杖を付きながら、遥香はにまにまと微笑む。


「お前、またテラスが運頼りなスキル手に入れるの期待してるだろ?」

「招集、他力本願、天運……顕現はちょっと意外だったから、次は何かなーって」


 そんな遥香の言葉に、全員が考える素振りをする。そしてみんなは「祈祷」やら「神頼み」やら「運任せ」やら「願掛け」やら「一か八か」やらもうよくそこまで言葉を知ってるなとツッコミを入れたくなる言いようだった。


「で、テラス。どんなスキルなんだよ?」


 テラスは手を腰に当て、胸を張る。すると頭の上に『適材適所D+』と表示された。

 僕は透子を見る。


「透子せんせー、スキル詳細はー?」

「テラスに聞いてあげなよ、太陽くん。テラス、すごい顔で睨んでるよ?」


 透子から視線を戻すと、テラスは頬を目一杯に膨らませて僕を睨んでいた。


「はは、すげー顔。テラス、適材適所の詳細を頼む」


 ぴこん。

 適材適所D+。常時発動スキル。特殊な条件を除き、スキル、アビリティの発動条件を無視し発動することが可能。


「おー」


 僕がそれを何となく見てると、がたり、と正詠が立ち上がった。


「テラス、特殊な条件の詳細表示とランクデメリットの詳細表示を頼む」

「うわ、なんだよ正詠」

「テラス、早くしろ」


 テラスは僕を見て首を傾げている。


「テラス、頼む」


 ぴこん。

 適材適所D+の特殊条件オープン。スペシャルスキル・アビリティを含むユニークスキル・アビリティの使用不可、エリア隔絶状況下でのエリア隔絶を越えるスキル・アビリティの使用不可(ただし、使用スキルのランクが当スキルランク未満の場合であり、かつその他発動不可条件にならない限り使用可能)、1フィールド中で一人しか使用できないスキルが発動中の場合に限り該当スキルの使用不可、スキル・アビリティ使用時に距離が関係する場合、当スキル使用相棒が物理的に移動不可な場合使用不可。


「意外と多いな、おい」


 思わずツッコむが。


「太陽、お前まだわからないのか?」

「ん?」

「まぁいい、あとで説明する。次はランクデメリットを頼む」

「お、おう。テラス、頼む」


 ぴこん。

 適材適所D+のランクデメリットオープン。スキル、アビリティの発動の際、条件が満たされていない状況下で使用すると、当スキルのランクD+までダウン。使用スキル・アビリティが当スキルよりランクが低い場合は、使用スキルランクをワンランク下げて発動する。尚、スキル・アビリティの発動条件が満たされている場合、当スキル効果は発動せず、通常のランクで使用可能。


「まさに……太陽とテラスにぴったりのスキルだな」


 正詠の言葉にテラスは首を傾げたが、誉められていると察してまた胸を張った。


「んで、どういうことなんだよ正詠」

「お前、まだわからねぇのか?」


 正詠ではなく蓮がため息をついた。


「だからそんなすげぇもんなのか?」

「あほか。これ単独なら大したことないけどな、テメーとテラスの場合は文字通り何でも使えるようになるんだっつの」


 やれやれと頭を振りつつ答える蓮だが、まだ僕にはわからない。


「えーっと……」

「ねぇ太陽くん。セレナの信念の発動条件はわかる?」


 蓮に代わり、透子が説明してくれるようだ。


「確か一対一の場合にステータス上昇で発動妨害不可、だよな?」

「うん。そのスキルをテラスが他力本願で使用すると、適材適所の効果で一対一じゃなくても使えるってこと。ランクはD+になっちゃうけど、それでもステータスは上がるし妨害もされないの」

「おー……」

「それだけじゃないぞ、太陽。俺のロビンの驟雨っていうアビリティは投擲武器のみ対象だが、それをお前は近接武器で使用できる」

「お、おー……」

「ノクトの誓いの盾も、お前のテラスが対応できる距離なら使える」

「おー!」


 それってすごい!


「うむ。全員新しいスキルを取得したな」


 僕が感動している中、王城先輩は空気を変えるように口を開いた。


「知ってたんですか、先輩達」

「そりゃあ俺達もそれで新しいスキル取ったしな」


 王城先輩の肩に手を乗せながら、晴野先輩はにやにやとからかう笑みを浮かべている。この顔は話したくてうずうずしているけど、僕たちがあーだこーだと議論するのを見て楽しみたい顔だ。付き合いは短いが絶対にそうに違いない。

 ぴこん。

 このことは内密にすることをお薦めします。宿題を早めに終わらせ、友人たちと思い出を作り、そして青春を謳歌しましょう。あなた達にはその権利があります。


「んで、どうしますかマスター? この情報をネットに書き込みますかね?」


 あぁもうこの先輩はホント意地の悪い人だ。


「書き込みませんよ。こっちだってこのデジタル時代にわざわざ手書きで読書感想文まで書いて苦労したんだ。これぐらいの苦労、後輩がやっても得はしても損はしませんよ」


 はぁ、とため息をついて、僕はテラスの頭を撫でた。


「これで少しは全国に近づいたかな?」


 ぴこん。

 もちろんです!


「さて、スキルを取得したのならば、早速練習だ。今日中にそのスキルの使い方を身に付けろ。明日は決戦だ」

「え?」


 王城先輩の言葉に、耳を疑った。


「言ったろう、天広。準備が整うまでお前の妹を救うのを待て、と。よく耐えたぞ、天広。あとは……あいつらを倒すだけだ」


 王城先輩の瞳はいつも以上に鋭く、そして緊張を宿していた。


「お前には話してしまうと妹にばれると思ってな。すまない、黙っていて」


 頭を下げる王城先輩に少し驚いたが、僕を除く全員は神妙そうに目を伏せている。


「って、何この空気」


「何って……お前、こういうの嫌いだって準決勝のとき言ってたろ?」


 正詠はその表情のまま頭を抱えてため息をついた。

 確かに僕は準決勝でそういったことを言ったが、それは遥香もそうだし……それにあの時は。


「仲間を犠牲にして勝とう、っていう気持ちが許せなかったていうか……」


 上手く言葉にできないが、そういうことだ。


「お前は……あぁもう、良い。お前が怒っていないならそれで。とりあえず、お前にとっては唐突だが明日は……あいつらとの戦いだ」


 ぴりと、空気は一瞬で張り詰めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ