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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第二部 相棒
11/22

第二章 穏やかな日々で


   日常徒然/1


 僕の入院生活は多少のいざこざがあったものの問題なく終わり、また面倒な学生生活に戻ることになった。

 教室に入った途端、クラスメイトは騒ぎ立て、僕をぐじゃぐじゃにしてくれやがった。


「ちくしょう……朝からひどい目にあった」

「良かったじゃん、人気者の証拠でしょ?」


 遥香は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、僕の前の席に座る。


「人気者は大変だな」


 ぽすっ、と正詠は何かで僕の頭を軽く叩いた。


「何これ」

「休んでる間のノートだ。お前の苦手科目だけ貸してやるよ」

「ぐっ……さ、さんきゅーな」


 そうなんだよなぁ……一週間も休むと、勉強に付いていけないんだよな……。

 ぴこん。

 テラスの呼び出し音が鳴り、そちらを向くと。


「うわ、むかつくわぁ」


 テラスが表示していたのは、『怠け者のあなたにおすすめ、勉強を取り戻す方法!』、『大丈夫? 休みボケを治す方法百選』、『怠けたあなたに送る勉強方法』、『これだけやっとけ高校生!』だった。


 別に怠けて休んでいたわけでもないし、やる気がないわけでもないのだが。


「今日ホトホトラビットで教えてくれよぅ」


 すがるように二人に言うが、「無理」とあっさり答えやがった。


「なんでだよ……」

「黄泉の一団とかの奴らのせいで部活も禁止されてたからな。今日から激動の部活三昧だ」

「私もー」

「何よ! 僕の勉強よりも部活が大事だって言うの!? ひどい!」

「「当たり前」」


 がくりと肩を落として机に突っ伏した。


「もうだめだぁ、死ぬしかないんだぁ……」

「またコントしてんのか、馬鹿幼馴染ども」

「うわぁー蓮ちゃあん、僕を助けて欲しいぶひぃ」


 蓮と透子が僕らの近くに現れる。


「これ以上何を助けんだよ」

「べんきょー」

「テラスとよろしくやってろ、ばーか」


 蓮は言いながら近くの椅子に座り、それを見た透子もきょろきょろと辺りを見回してから適当な椅子に座った。


「それよりも優等生、あの話本当なのか?」

「ん? あぁ、そうみたいだな」


 蓮と正詠が話し始めた内容に、僕以外が少し残念そうに俯いた。


「なんかあったのか?」


 思い当たる伏しもないため聞いてみた。


「バディタクティクスの決勝戦、俺たちの勝ちなんだとよ」

「はぁ!?」


 驚きのあまり大声が出て立ち上がってしまった。


「なんで!?」

「太陽、落ち着け」


 頭を振って、正詠はため息をつきながら言う。


「だってあれはまだ決着が……」

「落ち着いて、太陽くん……」


 透子に言われ、渋々また椅子に座る。


「再戦予定だったんだけど、その……」


 言いづらそうに透子は正詠を見た。


「校内バディタクティクスの最低参加人数は三人だ。王城先輩達はそのメンバーを揃えられないから、棄権したんだ」


 そのとき、晴野先輩の顔が浮かんだ。


「晴野先輩、そんなに悪いのか?」

「……詳しくはわからない。今日あたり部活の先輩達に聞いてみる」


 正詠が辛そうに言うと、始業の鐘が鳴った。


「明日伝える」


 正詠はそう言って自分の席に戻っていった。


「正詠……」

「あいつから聞くのを待った方がいいな」


 蓮が言って、遥香と透子は頷く。そして三人も自分の席に戻っていった。



 授業は思っているよりも進んでいて、僕は黒板に書かれていく謎の文字列を写すことしかできなかった。いや、そりゃ全くわからないわけじゃないんだけどね。


「もういやだ……」

「何だらけてんだ、お前」

「さ、太陽くん。次のところやるよ?」


 律儀にも蓮は僕の勉強を見てくれていた。というか、僕がホトホトラビットに押し掛けて、透子から勉強を教えてもらおうとしたら割り込んできた、が正しい。そして僕は気付いたのだが、勉強に関してはかなり透子はスパルタだ。


「正詠と遥香、部活がんばってるかなぁ……」

「太陽くん、そこ間違えてるよ」


 この通り、僕の独り言にすら反応しなくなってしまった。


「ちくしょう……今週でこんな勉強さくっと終わらせて、遊んでやる」

「太陽くん、ちゃんと集中して。そこは女王とかの人間の話じゃなくて、船の話だから。海外では船にクイーンとか女性の名前を付けることが多いの」


 こんなことを考えながら、僕は平和島透子お嬢様に三時間以上みっちりと勉強を教えられた。



   日常徒然/その腕に賭けるものは



 陽光高校弓道場で、正詠は一週間ぶりに弓を引いていた。

 一週間のブランクは中々大きく、彼の射は安定しない。


「大前が一本目を外すな、高遠!」


 副部長の幸田(こうだ)から叱責が飛び、正詠は頷いてまた矢を番える。


 しんとした空気の中、弦が弾かれた音と矢が風を切る音がした。そのあとすぐに、小気味良い破裂音にも似たものが響いた。


 静かに正詠は射場を離れ、細く息を吐いた。


「よし、次!」


 幸田の言葉に、続いて他の者が射場に入った。


「らしくねぇな、高遠」


 中立(なかだち)(※弓道で三番目に矢を射る立ち位置)の葉山はやまが、正詠に小声で話しかけた。


「ブランクはきついですね……」


 素直にそう言って、正詠は休憩場所に腰を降ろした。


 陽光高校の弓道場では、五人が同時に立てる射場と繋がる形で、休憩場所がある。休憩場所と射場を隔てるものは複数の障子のみで、現在は全てを解放していた。


「俺もだ。それと晴野の代わりに頑張ってる幸田自身も、な」


 射場には、来週の地区大会のメンバーが集中的に立っており、他の部員は休憩場所より更に後方にある巻き藁で、自分の射を確認していた。


「晴野の巻き藁が聞こえないと気味悪いよな?」


 微笑みを浮かべながら、葉山は言う。


「はは……」


 そんな葉山に正詠は苦笑を返した。


「次、葉山!」

「おう!」


 葉山は立ち上がり、射場に向かった。


「よっ、高遠」


 葉山と入れ替わりで二的(にてき)(※弓道で二番目に矢を射る立ち位置)の貝田かいだが休憩場所に来た。


「お疲れ様です、貝田先輩」

「今日チームメンバーでまた晴野の見舞い行くんだ、お前も来るだろ?」


 それに正詠はやはり苦笑を浮かべた。


「俺はその……」


 正詠はあのテロ以降、晴野の病室には行っていなかった。もちろん、太陽の件もあったのも理由の一つだが。


「俺が言ったら、何言われることやら……」

「はは! 確かにあいつはお前のこと気に入ってるから厳しいよな!」


 そういう意味ではないのだが、正詠は否定しなかった。

 そう思ってくれている方が、楽だから。


「だが、先輩命令だ。お前も来い」


 そんなことなど露知らず、貝田は高遠を誘った。


「よし、みんな。次は俺の射を見てくれ」


 葉山の射を見ていた幸田が言うと、正詠と貝田は立ち上り、幸田が弓を射る姿を見守った。

 部活は滞りなく行われていく。部長を欠いたまま。


――……


 ある病室で、医師は重く話をしていた。その話を聞いているのは晴野輝と、その両親だ。


「嘘だろ、医師(せんせい)? 四年? 四日の間違いじゃねぇのか?」


 晴野と両親の顔は真逆だった。

 今、医師が説明したことを信じられないと絶望する晴野。そして、希望を浮かべる両親。


「何馬鹿言ってるの、輝。たった四年で普通の生活が出来るのよ?」


 良かった、良かったと、両親は安堵の涙を浮かべるその横で。


「たった、四年?」


 ぎりと晴野は奥歯を噛み締めた。


「頼むよ、医師(せんせい)……今週中に治してくれよ! 来週大会があるんだ! 最後の大会なんだ!」


 助けてくれと、涙を浮かべる晴野。


「輝くん。四年もあれば大学でまた弓道が出来る。我慢だ」


 医師は優しく声をかけ、晴野の肩に手を置こうとするが。


「ふっざけんな! 俺は来週の大会に出たいんだよ! あいつらと一緒に!」


 その手を払い、右腕で医師の胸倉を掴む。


「やっと出来上がったんだ! やっとここまで最高のメンバーが揃ったんだ! 俺は、俺は三年間、このために……!」

「やめなさい、輝!」


 母が晴野の手をどかし、父が晴野の頬をぶつ。


「お医者さんに当たるな、馬鹿者が!」

「ふざけんな! 治せよ、俺はあいつらと、あいつらと!」


 晴野は自分の動かない左腕を見る。


「ちくしょう……ちくしょう!」


 そしてその左腕をベッドに叩きつける。


「この腕が弓を持つんだ、この腕が弓を支えるんだ! そうじゃねぇと弓が引けねぇんだよ! 医師(せんせい)頼むよ! 今週中に治してくれよ!」


 ぴこん。

 緊張を欠く呼び出し音と共に、踊遊鬼がメッセージを表示した。


 現状で弓を引くことは不可能です。


 そのメッセージが、晴野の怒りを爆発させた。


「ふざけんなぁぁぁ! テメェ俺の相棒だろうが! 世界最高のAIだろうが! 探せよ……俺の腕が今週までに治る方法を!」


 ぴこん。

 検索するまでもありません。不可能です。


「探せ! 絶対あるはずだ!」


 ぴこん。

 ありません。不可能です。


「ふざ……けるなよ……世界最高のAIが、そんな……」


 ぴこん。


 (マスター)よ、あなたの希望に叶う検索結果は出てきません。


「うるせぇ! 探せ! 探せよ! 俺は……俺は出ないといけないんだよ!」

「輝、いい加減にしなさい! すみません、医師(せんせい)。この子には私たちが説明を……」

「ちくしょう!」


 取り乱す晴野の元から、医師はゆっくりと去っていった。そのとき病室の前で少し立ち止まったが、何事もなかったかのようにまた歩き出した。


「ここまで来るのにどんだけかかったと思ってんだ!? 親父もお袋も知らねぇだろうが!」

「知らないわけがあるか!」


 父がまた晴野の頬をぶつ。


「お前がどれだけ努力をしてきたかなど、知らないわけないだろう! だが仕方ないだろう! 怪我をしたのはお前なんだから!」

「うるせぇ! 俺は……!!」


 元より晴野は弓道の才能があったわけではない。


 一年の頃の戦績など見るも無惨で、二年においても平均的だった。しかし二年の冬季大会で彼は目まぐるしい活躍を見せた。


 それは彼の努力だ。それが運良く最後に実っただけだった。


 口調は乱暴で教え方も下手だったが、彼は人情に溢れていた。それが部長に薦められたきっかけだ。実力のない部長としての評価だったが、見事にその汚名を彼は晴らした。


 その頃に、彼が求める部員は揃い、今年こそはと彼は胸を踊らせていたと言うのに。


「三年間だ……耐えて、耐えて……耐え抜いて!」


 ぴこん。


 二年です。


「!?」


 踊遊鬼はずらりとメッセージを表示させる。

 あなたが耐えれば二年で、私が弓を持たせてみせます。


「何、言ってやがる……さっきは不可能だって……」


 ぴこん。

 残り五日での(マスター)の復帰は不可能。しかし、二年。私が調べ上げた限り、二年あればあなたは弓を引ける。そして、私が用意した練習プランを一年こなしてください。そうすれば、大学の最後にあなたは今以上に強くなれます。


「おま、え……」


 ぴこん。


 私のせいで(マスター)の腕は弓を持てなくなった。私はあなたの相棒失格です。しかし、どうか、どうかお願いです。私に機会をください、マスター


「それでも、二年じゃねぇか……俺は、俺は……あいつらと大会に出たいんだよ!」


――陽光弓道部、ファイ!


 そのとき、病室の外から叫び声が上がった。


――俺たちの大将は誰だぁ!?

――晴野輝だぁ!

――晴野は弱いか!?

――強い!

――ならなんで、なんであいつは泣いてるんだ、高遠!


 高遠、という言葉に、晴野は思わず病室の外へと目を向けた。


――俺が……お、れがぁ! 弱いからです!

――なんでだ、葉山!

――俺が弱いからだ!

――なんでだ、貝田!

――俺が弱いからだ!


――病院で何やってるの、あなた達は!


 ざわざわと病室の前が落ち着きを失っていく。


――俺もだ! 俺も弱い! じゃあ晴野は弱いのか!?

――違う!

――こんなんであいつを全国に連れてけるか!?

――連れていく!

――そうだ! 俺達は弱いが! 晴野を全国に連れていく! あいつ一人に背負わせるな!

――応!

――俺達は、全員で全国だ!

――応!


――君たち、何をしているんだ!?


――お騒がせして、すみませんでしたぁ!

――すみませんでしたぁ!


 数人の足音と共に、再び静寂が訪れる。


「馬鹿野郎、共がぁ……」


 晴野は右手で顔を覆い、涙を更に流す。

 ぴこん。


 (マスター)……


「うるせぇ……何も言うな、踊遊鬼」


 はい、(マスター)


 晴野は涙浮かぶ瞳で、未だ力入らぬ左の拳を、力強く握った。


――……


 部活が終わった後、陽光高校弓道部地区大会メンバーは晴野の見舞いに向かっていた。花を持つ幸田達は楽しそうに話をしていたが、正詠だけは暗い表情をしていた。


 そんな正詠を見かねたのか、副部長の幸田は正詠の頭を乱暴に撫でた。


「知ってる。見舞いに行ったときにな、晴野がお前のこと気にかけてくれって言ってたしな」


 部活の時とは違い、幸田は親しみやすい笑みを浮かべていた。


 メンバーの中で唯一の後輩である正詠は、内心「ずるい」と思う。この先輩達は非がないぐらいに後輩の面倒をよく見る。


「しっかし晴野に花とかなぁ!」


 はは、と笑いながら貝田はその花をひらひらと振った。「似合わないよな」と全員が同意し、病院の受付で名前を書いていた。


――ふざけんなぁぁぁ! テメェ俺の相棒だろうが! 世界最高のAIだろうが! 


 晴野と思われる叫びが聞こえる。


――探せ! 絶対あるはずだ!


――ふざ……けるなよ……世界最高のAIが、そんな……

――うるせぇ! 探せ! 探せよ! 俺は……俺は出ないといけないんだよ!

――ちくしょう!


 彼らの前に、ゆっくりと現れた医師は彼らを見たが、少し立ち止まって、何事もなかったかのようにまた歩き出した。


――ここまで来るのにどんだけかかったと思ってんだ!? 親父もお袋も知らねぇだろうが!

――うるせぇ! 俺は……!!

――三年間だ……耐えて、耐えて……耐え抜いて!

――おま、え……

――それでも、二年じゃねぇか……俺は、俺は……あいつらと大会に出たいんだよ!


 病室の前で、彼らは晴野の叫びを聞いた。

 そのせい……というのは正しくないだろう。しかし彼らは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 幸田は大きく息を吸って、全員と肩を組んだ。


「陽光弓道部、ファイ!」


 肩を組んだ幸田は急に大声を上げた。


「俺たちの大将は誰だぁ!?」


 あまりにも唐突な言葉だったが、全員の心はそれで一つにまとまった。


「晴野輝だぁ!」


 正詠以外の全員が熱く答えた。


「晴野は弱いか!?」

「強い!」


 正詠の先輩たちは何も打ち合わせをしていないのに、声を揃えて叫ぶ。


「ならなんで、なんであいつは泣いてるんだ、高遠!」


 急に自分の名前を呼ばれた正詠は一瞬戸惑うが……答えはもう見えていた。

 自分が弱いから、彼は自分を守ったのだ。

 だから彼は負わなくてもよい怪我を負った。


「俺が……お、れがぁ! 弱いからです!」


 正詠にとっての素直な一言。誰にも責められるつもりだったが。


「なんでだ、葉山!」


 しかし、彼の先輩たちは。


「俺が弱いからだ!」

「なんでだ、貝田!」

「俺が弱いからだ!」


 彼を支えるように、庇うように……声を上げたのだ。


「病院で何やってるの、あなた達は!」


 看護師の一人が正詠たちに駆け寄り、ざわざわと病室の前が落ち着きを失っていく。


「俺もだ! 俺も弱い! じゃあ晴野は弱いのか!?」


 それでも彼らは叫ぶのを止めない。


「「「「違う!」」」」

「こんなんであいつを全国に連れてけるか!?」

「「「「連れていく!」」」」

「そうだ! 俺達は弱いが! 晴野を全国に連れていく! あいつ一人に背負わせるな!」

「「「「応!」」」」

「俺達は、全員で全国だ!」

「「「「応!」」」」


 正詠が全員の顔を見ると、その全員が涙を流していた。


「君たち、何をしているんだ!?」


 男の医師が異常事態に現れた。


「お騒がせして、すみませんでしたぁ!」

「「「「すみませんでしたぁ!」」」」


 全員で頭を下げて、それでも彼らは胸を張って歩き始めた。


「いいか、俺たちは……晴野を全国に連れて、いや、晴野と一緒に全国に行く」


 幸田副部長の一言に、正詠は自分の鼓動が強く脈打つのを確かに感じた。



   日常徒然/恋は盲目周りは迷惑



 陽光高校体育館。ここでも来週の大会に向けて気合いの入っている部活があった。


「那須、あと一本!」

「はい!」


 先輩のスパイクを、腰を落としてしっかりと遥香は受けた。


「よし、お疲れ。少し休憩してきな」

「はい! ありがとうございました!」


 陽光高校バレーボール部。

 二年でレギュラーに選ばれた遥香は三年に混じり、厳しい練習を行っていた。

 スポーツドリンクを飲みながら、遥香は左腕を見た。


「(そっか、足だ)」


 そしてすぐに左足首に視線を落とすと、そこにSHTITが巻かれていた。

 バレーの練習時、腕にあっては危険なのでほとんどの部員は遥香のように足へと巻いている。


「(今日は数学が意外と難しかったな……)」


 休憩の間、時おり遥香は今日の授業で苦手だと思ったことや、もう少し詳しく知りたいことを考える。そしてそれを下校中にリリィへと伝え、いつものウォーキングで問題を作ってもらうことが多い。


「ちょっと那須」


 そんな遥香に声を掛けたのは同い年の三崎みさき 春風はるかだ。


「(今日、焼肉食べたいな)」

「聞いてるの、那須?」

「(でもガツガツ食うとリリィが勝手にカロリー計算とかしだすからなぁ……)」

「……那須?」

「(そうだ。冷蔵庫にアイスあったな。食べよう)」

「聞いてるのかこのオタンコナスがぁ!」


 ぼうっとしていた遥香の両頬をぐいっと引っ張りながら、三崎は言った。


「いひゃいいひゃい」

「私のスパイクの練習に付き合いなさいよ!」

「わかっちゃわかっちゃ」


 遥香は汗を拭いて立ち上がる。


「ハルハル上手いから練習する必要ないのに、もう……」

「うるっさいわねぇ。なら私とレギュラー代わりなさいよ」


 三崎はボールを何度か弾ませて感覚を確認した。


「やだよー」

「来年までにあんたより上手くなって顎で使って、やる!」


 三崎のスパイクが打たれる。弾ける音がした。


「やれるもん、ならっと!」


 それを危なげなく遥香は受け止め、そのボールをまた三崎に渡した。


「こ、の!」

「よいしょっと!」


 いつもの練習光景だ。二人のハルカコンビはライバル心が強く、よくこうやって互いを高め合っていた。それを先輩や同輩、後輩は楽しそうに見つめ、自分達も頑張ろうと思う。結果的に彼女らは部活の雰囲気を良くすることに貢献していた。


 何十本目かの練習を終えると、三崎はふぅと息を吐いて、遥香の元に歩み寄ってハイタッチする。


「やっぱハルハルはスパイク上手いよねぇ」

「ふふん。当然よ」


 二人は同時に腰を下ろし、ドリンクを飲む。


「そ、そういえば、さ」

「んー?」

「聞いて、くれた?」


 練習で赤くなった頬を、三崎は更に赤くさせる。そして自分の髪の毛の先をくるくるといじり始めた。


「……なんだっけ?」

「て、天広くんの、その……好み、とか」


 遥香は出来る限り記憶を辿ったが、三崎にそのようなこと頼まれた記憶はなかった。


「頼まれてたっけ? ていうか、太陽の好みとか、マジ?」

「バディタクティクスの準決勝前の部活で頼んだでしょうが!」

「あー……そんな気がする。でも太陽の好みねぇ……それってハルハルが知りたいんだよね?」

「あ、当たり前でしょ! その、て、天広くん、かっこいいじゃない?」

「……マジ?」

「マジよ!」


 遥香は三崎をまじまじと見た。

 可愛いというよりは美人系。身長は遥香よりもやや高く、運動をしているだけあって、スタイルも良い。


「太陽にハルハルは勿体ないかな……」

「そんなのどうでもいいでしょ! 好み聞いてくれないなら、その、今度カラオケ行く段取り立ててよ!」

「えーめんどーい」

「あーんーたーはー!」


 三崎はまた遥香の両頬をぐいっと引っ張る。


「太陽のろこがいいのしゃー」


 ぱっと手を離し、もじもじと三崎は自分の両頬に手を当てた。


「その……みんなに気を配れるところとかかっこいいし、笑った顔とか最高に可愛いじゃん?」

「うわ……引くわぁ」

「なーんーでーよー!」


 今度は遥香の頭をぐじゃぐじゃともみくちゃにしながら三崎は言う。

 ぴこん。

 天広太陽の好み、承知しました。テラスへ共有依頼完了。受信中……。


「は?」


 リリィが急に現れ、メッセージを表示した。


「さっすが相棒! 早く教えて!」


 ぴこん。

 データ受信、コンプリート。三崎春風の相棒へ共有依頼。共有宣誓(シェア・オース)を確認。共有完了。


「クレオ、お願い!」


 ぴこん。


 いえーすマイマスター! データ共有完了! 王子様の好み、展開しますね!


 底抜けに馬鹿っぽい発言と共に、三崎の相棒は情報を表示した。

 好みの年齢:0歳。


「……」

「……」


 二人は無言になった。


「え、何これ」


 遥香が呟く。


「バグ……いいえ、きっと0歳からってことね! 子供好きの天広くん素敵!」


 恋は盲目……と言っていいのかはわからないが、少なくとも三崎にとっては好印象のようだ。

 好みの身長:20センチくらい。


「……」

「……」


 もう色々とおかしい、が。


「お腹の中にいるときから……いいえ、これから産まれてくる命を尊く思ってるのね、素敵!」


 やはり三崎にとっては好印象のようだ。

 好みの性格:テラスみたいな献身的な子。

 好みの体格:テラスみたいな体格

 好みの髪色:黒のロング

 好みの食べ物:サイダー


「……」

「……」


 ずらずらと出てくるデータに時おり現れるテラスという単語。遥香はため息をついた。


「テラスに聞いたのが間違いだったみたいよ、リリィ?」


 リリィは頭を振ってため息をついた。


「そう、そういうことね……」


 うん、と三崎は頷いて立ち上がった。


「私の恋のライバルは彼の相棒、テラスね! 絶対に負けないんだから! 燃えてきたわ!」

「は?」

「私、テラスに勝ってみせるわ!」


 いやもうそんなこと考えてる時点で色々と負けてるだろう……とは遥香は言わなかった。


「ここに正詠と蓮呼びたいわぁ……」


 恋の病に罹った友人を見ながら、遥香は呟いた。



   日常徒然/プログラムの涙



 学校からの帰り道、蓮は珍しく一人で歩いてた。

 珍しく、というのは正確ではなかもしれない。これが去年までの彼にとっては普通で、太陽たち複数人で帰ることこそが珍しかったのだ。

 梅雨入り前の空はどんよりと曇り、決して気持ちの良いものではなかった。


「ノクト、今日は晴れるか?」


 ぴこん。

 いいえ、晴れません。


「けっ」


 帰り道に天気の様子を聞いたのには理由がある。


「……だりぃな」


 自宅の喫茶店までの道はいつもよりも遠く感じるのか、所々で彼は足を止めて空を見ていた。

 ぴこん。

 どうしましたか?


「……なんでもねぇ」


 そしてまた彼は足を進めた。


 太陽が担任してから早くも二日。その二日間太陽はホトホトラビットに通い、いつもの角席で透子に勉強を教えてもらっていた。相棒のおかげもあってか一週間分の復習は終わり、今日はただ遊びに来る予定だったのたが。


――今日は店が休みだ。

――なんだよ、親父さん具合悪いのか?

――……ちげぇ。用事があんだよ。


 そんなそっけないやり取りをして、蓮は学校を出て今この道を歩いていた。

 自宅の喫茶店の扉には、本日休業の札がかかっており、中は暗かった。その扉を開けると、カウンターに彼の父が喪服を着て紅茶を飲んでいた。


「おう、蓮。行くぞ」

「けっ」


 蓮は鞄から財布を出して、鞄をカウンターの適当な椅子に置いた。


 父と共に喫茶店を出ると、二人は車に乗った。一昔前の銀色のBMW。内装は今時で、主張しすぎない程度に青色のLEDで飾られている。車内にはクラシックが流されているようで、蓮は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。


「お前車乗る度にそういうツラすんなよ」

「けっ。お袋はこの一つ前が好きなんだ。さっさと戻せよ」

「あぁ? 細けぇな」


 流れている音楽はクライスラーの〝愛の悲しみ〟。この曲の前は〝愛の喜び〟だ。


「お前さっさと車運転できるようになれよ」

「あのなぁ……日本には法律ってもんがあんだよ」

「うるせぇ生意気なガキめ」


 運転しながら父は蓮の頭をぐっしゃぐっしゃと撫でた。

 そんな会話をしながら車は目的地に到着したようだ。

 陽光墓地。喫茶店から約三十分の距離にある。駐車場は空いており、適当な場所に車を停めると、トランクから水桶と柄杓を取った。それを蓮が持ち、父は日本酒を持った。


「また酒かよ……」

真矢(まや)は酒好きだったから仕方ねぇだろ。あんま高い酒でもねぇんだし文句言うな」


 数分歩くと、彼らは一つの墓の前で立ち止まる。


 それから二人は一言も話さずに作業する。墓石を丁寧に洗い、落ちているごみを拾った。やがて片付けが終わると、父は線香に火を点けると手を合わせ静かに目を閉じた。


 蓮はそんな父の背中を見て、聞こえないようにため息をつくと同じように手を合わせ目を閉じた。


「真矢、蓮の奴な、友達が出来たんだ」

「なんっ!?」

「良い奴らだぜ。中学のときから喧嘩ばっかでくだらねぇ奴だったのによ、今は楽しそうだ」

「親父、てめ……」


 がしっと父の肩を蓮は掴む。


「いいじゃねぇか、蓮。言わせてくれよ、な?」


 振り向いた父の瞳には、涙が溜まっていた。


「な……くだらねぇ、泣いてんじゃねぇよ」


 そのとき、蓮は太陽の母を思い出し、大きくため息をついてその場に不貞腐れるように座った。


「一つは夢が叶ったんだぜ、真矢。あと三年したらよ、お前がやってたバーをもう一回開こうと思うんだ」


 父は淡々と、静かに語る。今は亡き自分の妻に。夢と、これからのことについて。

 ホトホトラビットという名前は元々蓮の母……真矢が考えたものだった。昼間は蓮の父、信二(しんじ)が喫茶店として。夜は真矢がバーとして。落ち着きのある空間を地域の住民に提供していた。


「こいつの友達が楽しそうに話してくれるんだ。うちの店でよ。相棒も一緒にホント賑やかでうるせぇったらねぇぜ」

「おい、文句かよ」


 ツッコミを入れる蓮を無視して。


「あとはこいつらが成人してうちの店で酒飲ませれば、二人の夢は叶うんだぜ、真矢」


 信二と真矢が店を開いたとき、互いに夢を語り合った。


 信二は語った。

 子供とその友達が、自分たちの喫茶店で、学校帰りに楽しく話し合うような場所にしたいと。


 真矢は語った。

 子供とその友達が成人したら、自分たちのバーで、昔話をしてくれるような場所にしたいと。


 しかし、その夢は半ばで止まることとなった。


 蓮が中学二年の夏。あっさりとした死に方だった。道路に飛び出した子供を助けようとして、彼女は轢かれて命を落としたのだ。


 綺麗な死に顔だったのを、蓮も信二も覚えていた。体中は痣だらけだったのに、顔だけは本当に、綺麗だったのだ。


「真矢、お前の相棒も連れて来たぜ」


 ことりと、信二はSHTITを置いた。すると静かに、そのSHTITの近くに信二の相棒が現れた。


「アンゴラ、久しぶりだろ?」


 アンゴラ。信二が学生の頃に適当に付けた名前だ。しかし、それを彼は気に入っていた。


「ホトに会うのも」


 ホトは真矢の相棒の名だ。ウサギの名を持った二人の相棒は奇跡的に出会い、こうして夫婦になったのだが。


「悲しいもんだよなぁ、蓮」

「何がだよ泣き親父」

「マスターが死ぬと、相棒も死ぬんだぜ?」


 正確には彼らは死なない。データとして確かにSHTITの中にあるはずなのだ。しかし、マスターが死ぬと相棒は二度と姿を現さない。それが感情のある相棒の、明確な〝バグ〟の一つだった。


 本来国から提供されたSHTITは、マスターの死後国に返却をすることとなっている。それは感情データの取得であったり学習データの収集を行うことを目的としている。しかし、だ。マスターの死後、国に返却された相棒は情報提供を一切拒否する。それはどのようなプログラムを使用しても、物理的にデータ取得をしようとしても、彼らは応じなかったのだ。


 そして日本の研究者は言った。


――マスターの死後、彼らも死ぬのだ。その思い出を大切に抱きながら。


 そのバグが明らかになってから、SHTITの国への返却は義務化されなくなった。


「そろそろ行くか……」


 SHTITに手を伸ばした信二は、その手を止める。

 背中だけ見ていた蓮は、何事かとその手の先を覗き込む。


「親父と一緒でよく泣くな、相棒も」


 SHTITに身を寄せて、アンゴラは泣いていた。

 その哀哭は聞こえない。だがそれがより二人の心を締め付けた。

 彼にとっても大切な〝人〟だったのだろう、信二や蓮と同じで。互いに〝愛〟を育んだのだろう、信二や真矢と同じく。


「アンゴラ。行くぞ」


 信二はSHTITを取り、墓石に手を置いた。


「また来る。命日以外にも来たいんだがな。すまん、店が繁盛しててよ」

「どこがだよ」

「うるせぇ馬鹿息子」


 ぐっしゃぐっしゃと頭を撫でる信二。


「さっさと成人して、太陽の坊や達と酒飲みに来いよ」

「けっ。あと三年も経ちゃあ嫌でも飲んでやるよ」

「酒は楽しく飲むんだよ、馬鹿息子」

「うるせぇクソ親父」


 今の蓮は気付かないが。

 そんな父子のやり取りとアンゴラの涙を見て、ノクトが静かに涙を流していた。



   日常徒然/2



 梅雨時の晴間。弓道の地区予選は行われた。僕と遥香、蓮、透子は土曜日に市内の弓道場に来ていた。

 観戦者は多くはないが、それなりに賑わっており場所を取るのも大変だった。


「お、正詠達だ」


 陽光高校は晴野先輩が参加しないからと三人で団体戦に出場していた。


「弓道って矢が(あた)った数で競うんだよな、不利じゃね?」


 僕の言葉に、透子はルールブックをセレナに表示させ確認した。


「そうみたい……基本は大前(おおまえ)二的(にてき)(なか)落前(おちまえ)(おち)の五人が順に合計二本ずつ矢を射って、それを一順。対戦相手が一順したら、もう一度一順するみたい。合計一人四本でえーっと……正詠くんたちは八本ハンデだね」

「大丈夫かな、正詠……」


 八本て、大会じゃあかなり不利なんじゃ……。


「優等生なら大丈夫だろ」


 根拠のない信頼を蓮が口にした。


「そうそう! 正詠なら十本ぐらいやってくれるって!」


 遥香がそれ以上に根拠どころかルール的にもないことを口走った。

 きっと蓮も透子も同じ気持ちだろうが、二人が何も言わなかったので僕も何も言わなかった。

 正詠が弓を構え、矢を射る。弾ける音と共に、矢が的に中る。そんな正詠に続き、全員が矢を命中させると小さな拍手が起きた。


「さっすがチーム太陽の狙撃手だな」


 自分のことではないのに、とても嬉しくなったのは僕だけではないはず。


「けっ。これぐらいあいつならやるだろ。優等生なんだからな」


 言葉ではそんなことを言いつつも、蓮の顔には笑みがあった。

 その後も正詠たちはすべての矢を的中させ、数の不利をものともせずに圧倒的に勝利を納めた。


「凄い……もしかしたら優勝できるんじゃない?」


 遥香が呟いた言葉は、僕にも大きな期待を持たせた。そしてその期待通り、彼らは全ての試合を全射的中をやり遂げたが……。


「え、あれ?」


 遥香が射場に張られているリーグ表を見て声を上げた。


「ねぇ、おかしくない? なんで正詠達全部負けてるの?」


 あれほど矢を的中させているのに、陽光高校は全ての対戦相手に〝敗北〟していた。


「けっ……」

「うん……負けてるね」


 連と透子は不服ながらも納得しているようだ。


「ねぇ、何で?」


 ぴこん。

 陽光高校あは全射的中で十二本。他の高校は全て、十三本以上を的中させています。

 遥香の疑問に答えたのは彼女の相棒であるリリィだ。


「だって、他の相手は外してるじゃん。こんなのって、こんなのっておかしくない?」


 ぐしゃっと、誰かが遥香の頭を乱暴に撫でた。


「うわ、何」

「弓道ってのは的中勝負だ。数が多けりゃ勝ちなんだよ」

「あ、晴野先輩」

「よっ」


 晴野先輩ともう一人の先輩だった。


「晴野先輩、病院は?」


 僕の質問に晴野先輩は肩を竦ませ、「こいつと一緒に抜け出してきた。二的の貝田だ」と楽しそうに笑って言った。


「あーあー、こりゃあひでぇなぁ……」


 頭を掻きながら、晴野先輩はリーグ表を見てそんな感想を呟いた。


「でも全射的中だ」

「だな。まぁよくやってるな」


 晴野先輩と貝田先輩は、何ともないように会話を続ける。そんな晴野先輩の左腕には包帯らしきものは巻かれていなかったが、ずっとポケットに入れっぱなしだった。


「そんな気楽に言うのかよ。あんたらの仲間だろうが」


 二人の先輩にムッと来たのか、蓮は噛みついた。


「仲間だぜ? だからお前に口出される筋合いはねぇな」


 切り返すように、晴野先輩は返した。

 蓮の目尻が僅かにぴくついた。あと少しで殴りかかりそうだ。


――おいあれって怪我をした陽光の……。

――よく呑気に来れるよね、彼のせいで負けてるようなものなのに。

――かわいそ、陽光高校。


 場が僅かにざわついた。そんな中で晴野先輩は良い訳をするわけでもなく、真っ直ぐに射場を見つめていた。


「貝田、これが最後か?」

「おう。間に合ったな」

「あぁ」


 どこか寂しそうな、でも嬉しそうな晴野先輩の表情。


「まずは海丘(うみおか)高校か。あいつらにも一年のときからコテンパンにされてたな、貝田」

「だな」


 射場に立ったのは対戦相手の海丘高校だ。場がしんと静まり返ると、矢の風切り音とと共に、的に中る音。五人全員が持ち矢を全て的中させた。


「さっすが海丘。纏まってる」


 晴野先輩は素直に感心し、小さく頷いている。


「でもこのままじゃあ正詠達は勝てないんじゃ……」


 遥香の顔が僅かに曇る。それも仕方ないだろう。これで正詠達との差は既に四本だ。これで次に相手が八本以上ミスしないと正詠達に勝ち目はない。しかも、正詠達が全ての矢を的中させること前提で、だ。


 そんな状況の中、正詠達が射場に立った。

 彼らの表情は険しく、先程の試合よりも緊張しているように見えた。

 正詠が弓を引き、矢は的に中る。続く先輩達の矢も命中した。

 それを見て僕らは安堵のため息をこぼす。


「弓道での大前……最初に矢を射つ奴はな、一本確実に的中させることが役目だ」


 晴野先輩は穏やかな表情で呟いた。


「それにはすげぇ度胸がいる。メンバーを引っ張っていくことになるからな」


 次は相手が弓を引くが、その大前が矢を外してしまった。


「大前が外すことで、後ろはプレッシャーがかかるのさ」


 二番目が矢を外し、三番目の矢は的中。だが四番、五番と矢を外してしまった。


「だからこういうことも起きる。海丘(うみおか)高校の大前はまだ未熟だ」


 しかし二順目で海丘高校の一番目、大前は矢を的中させた。それに続き、彼らはまた矢を全て的中させる。

 この時点で、正詠達の試合は終わった。


「あとはあいつらがどこまで根性を見せるかだ」


 晴野先輩の瞳には、僅かに涙が浮かんでいた。

 正詠達が再び射場に立つ。


「正詠……」


 ぼそりと遥香が言葉を漏らすのも仕方ないだろう。

 陽光高校三人は全員は涙を流していた。


――負けちゃってるのに。

――可哀相に……。


 声が聞こえる。


――五人いればねぇ……。

――(おち)のせいで。

――三年生は最後なのにね。


 小さく肩を震わせながら涙を流す彼らは、決してその涙を拭わなかった。

 悔しくて、胸に込み上げてくるものがあった。

 誰も悪くないというのに。何もなければきっとうちの高校は最高の成績を残したはずなのに。


「よくやった。あとは締めくくりだ」


 真っ直ぐに仲間を見つめ、晴野先輩は遂に涙を溢した。

 すると、晴野先輩の代わりに落を務めた先輩は頷いた。


「大前、一本!」


 静粛な場にその声は響いた。

 皆が何事かと彼を見た。

 運営の大人たちは何かを話し合うが、そんなこと彼らには関係ないようだった。

 正詠は頷いて、弓を引く。そして放たれた矢は真っ直ぐに飛び、的を射ぬいた。


「中、一本!」


 続く先輩の矢も中る。


「「落前、一本!」」


 そのとき、晴野先輩は驚いたように彼らを見た。


「落前って……」


 我らの知恵袋の透子を見るが、彼女も首を傾げていた。


「あの人、落のはずだけど……」


 その人の矢は中る。

 落前と呼ばれた先輩が射ち終わると、そこで彼らは初めて涙を拭う。

 次は正詠の番のはずなのに、正詠は中々弓を構えようとしない。


「あの馬鹿……」


 言いながら晴野先輩は自分の左腕を見た。


「大前……大前、一本!」


 落前の声で、正詠は立ち上がり矢を射つ。


「中、一本!」


 中の人が矢を射ち。


「「落前、一本!」」


 そして落前と呼ばれた先輩が矢を射つ。そして彼らは、全ての矢を的中させた。しかし、拍手はない。


「……なん、で?」


 遥香はあまりの静けさにきょろきょろと周りを見た。


「弓道ってのはな、静粛な競技だ。あんな風に叫んだ時点で、失格もあり得る」


 冷静に語りながら、晴野先輩は真っ直ぐに彼らを見つめていた。

 正詠達は静かに射場を後にする。

 そんな彼らに称賛の拍手はないはずだった。だが、ぱちぱちと、射場の奥からは拍手がまばらに聞こえた。


「誰だ?」


 蓮が奥を覗いた。


「誰だ、拍手してるの?」


 蓮に聞くと、「海丘の奴らだ」と答えた。すると晴野先輩と貝田先輩は何も言わずに射場に向かった。僕らもそれに続く。


「いい試合だった」

「泣くなよ、晴野と貝田がいたらわからなかった」

「今度は大学でやろう」


 海丘高校の人たちが陽光高校の選手へと言葉を送っていた。


「お前たちの落が来たぞ」


 海丘高校の落の人がそう言うと、弓道部が晴野先輩に赤く腫れてしまった目を向けた。


「決着は大学でな、晴野」

「おうよ」


 晴野先輩の肩をぽんと叩くと、海丘高校の人たちはこの場を後にした。


「よくやったな、良い試合だった」


 優しく、穏やかに晴野先輩が言うと。


「すみま、せん……晴野部長……」

「すまねぇ、晴野」

「すまない、晴野……」


 彼らは涙を流し、晴野先輩へと謝罪を並べた。


「何謝ってんだ、馬鹿共……」

「晴野部長と、全国に……行けませんでした……!」


 正詠は嗚咽をあげながら言うと、晴野先輩はそんな正詠の頭を優しく撫でる。


「ここでいい。ここが俺の全国だ。ありがとうな、高遠。よく頑張ってくれた。来年は任せたぞ」

「すみま、せん……」

「謝るな。お前も、みんなもよくやってくれた」

「はい……はい……」


 そして、正詠と晴野先輩達の一つの戦いは、ここで終わった。



   日常徒然/3



 地区大会が終わり、いよいよ僕ら学生の楽しみである夏休みが迫っていた。


「あーだるーい」


 ホトホトラビットのいつもの席で遥香はだらりと突っ伏した。


「ほら遥香ちゃん。次の問題だよ」

「もーやだー!」


 突っ伏したまま喋る遥香を、僕らの相棒が首を傾げながら見ていた。

 ちなみに遥香達バレー部は四位だったようで、彼女らも全国の切符を逃したらしい。


「おい夏野菜。だらけるな。俺だって何でお前の勉強みないといけないかわからねぇんだっつの」

「レンレンうるさぁい」


 体を起こした遥香はため息をつく。


「遊びたい雨止まない勉強したくない」

「遥香ちゃん、この問題解いて」


 ずいっと透子は問題集を渡して、にっこりと笑みを浮かべた。はっきり言って少し怖い。


「太陽もだるいでしょ遊びたいでしょ?」

「いやぁ、僕は透子センセイが怖いんでとりあえずノルマを終わらせますわ」


 ぴこん。

 英訳を間違えています。これは過去完了であり、通常の過去を表す文章ではありません。


「テラス、過去完了の問題作っといてくれ。どうもよく間違える」


 ぴこん。

 わかりました。


「うぁー太陽が真面目に勉強するから雨が止まないんだぁー」

「遥香、いい加減にしないと透子が勉強を見てくれなくなるぞ」


 遥香に言ったのは正詠で、物理の問題に頭を悩ませていた。


「蓮、すまん。ここもう一度説明してくれないか?」

「けっ。だから接地面を考えるんだっての。いいか、こういうのは頭で考えるな。絵に直接矢印を書いて考えろ」

「あぁそうだったな。くそっ、ロビン。この辺りで問題を作っといてくれ」


 ぴこん。

 わかりました、マスター。


「……透子センセ、これやれば良いんですよね?」


 周りが勉強に集中しているのを察したのか、さすがの遥香も諦めたようだ。


「うん。それが終わったらこっちもやろうね?」

「はーい」


 そう。地区大会が終わったということは、期末試験があと少しで来てしまうのだ。出来ることならここで一気に勉強して、来るべき入試に備えたいところ。


 そんな気持ちでようやく三時間。僕らのホトホトラビット大勉強会は終わった。


「ほらよ、学生諸君」


 蓮の親父さんが紅茶を注いでくれた。もちろん、相棒達の分も一緒に。


「あざっーす」


 一息ついて、僕らはその紅茶を一口飲む。


「疲れました」


 率直な遥香の一言に、僕らは皆頷いた。


「さすがに疲れたな……」


 正詠もなんとか物理の問題を乗り越えられたらしく、安堵のため息を漏らした。


「そういやさ、バディタクティクスてどうなるんだ?」


 僕は兼ねてからの疑問をようやく聞くことができた。答えたのは我らが参謀、正詠だ。


「トライデントが棄権したから、俺達が地区大会進出だ。トライデントから借りるのは王城先輩と風音先輩だな」

「そう、だよな。やっぱ晴野先輩は……」

「晴野部長は来週退院だ。見舞いに行ったら『負けたら殺す、マジで』って言われたぞ」


 正詠が笑みを浮かべながら言ったことで、僕の気掛かりは一つ解消した。


「そっか……そりゃあ負けらんねぇな」


 ぴこん。


 同時に僕らの相棒がメッセージを表示させた。


「お、なんだお前ら。また応援して……」


 いつもの応援かと思い、テラスが表示したメッセージを見たが、予想外の相手からで言葉を失った。


――チーム太陽諸君。久しぶりだね。私は〝高天ヶ原の守護者〟の一人、ジャスティスだ。


 みんなを見ると、全員が緊張の面持ちを浮かべていた。


――君達を明日の放課後、陽光高校の地下演習場へ招待したい。そこで神を……いや、天広太陽君の相棒テラスを狙う者達の正体を伝えるつもりだ。それと学校への確認は不要だ。安心して来たまえ。


 メッセージはそこで終わっていた。


「罠だな」


 蓮が言ったのに対し、透子は頷いた。


「だよ、ね。ベタというか何というか……」


 遥香もそれに同意する。


「俺は……行くぞ」


 しかし、一番反対しそうな正詠はそう言った。


「どうしてだ、正詠。っていうかジャスティスって、僕が気を失っていたときに出てきたって奴か?」

「ジャスティスは一応、俺達を助けてくれた奴だ。行きたい理由は……すまん、個人的な理由だ」


 理由に関しては歯切れが悪かった。


「いいから話せよ、優等生」


 蓮の目が鋭くなる。


「……本当に個人的な理由だぞ?」


 正詠は確認するように言うと、僕ら全員を見た。僕らは首を縦に振り、それでも構わないことを伝える。


「……リベリオンについて聞きたい、それだけだ。もしもこれがリベリオンの罠ならそれでもいい。俺はあいつを倒す」


 正詠は〝黄泉の一団〟ではなく、〝リベリオン〟と言った。はっきりと、怒りを込めて。


「俺は絶対に、あいつを許さない」


 僕は正詠にどのような言葉をかけるか少し悩んだが、悩んでも仕方ないと思い率直な気持ちを伝えた。


「それなら明日僕と行こう、な?」

「……何言ってんだ、お前。お前だけは駄目だろ」


 うんうん、と頷いていた僕に正詠から予想外の解答が送られた。

 ここはほら、何というかさ。弓道の大会のときみたく感動するところじゃないの。


「あいつらはお前のテラスが狙いなんだろ? それに被害は少ない方が良い。だから俺一人で……」

「やだ」


 正詠が話しているのを遮り、僕はやっぱり素直に口にする。


「僕だって聞きたいことがある」


 光のこと……あいつらが全部聞いていない。


 あの後、どうなったのか。一体あいつらは何を実験していたのか。光は、何に巻き込まれたのか。全部知らないといけない。


「約束があるんだ。僕はその約束を果たす。そのために、あいつらに会う必要がある」


 机の上にいるテラスと目が合うと、テラスは真剣な表情で頷いた。


「だから、僕は行く」


 正詠は大きくため息をついた。


「わかった。なら俺とお前だけで……」

「ふざけんな」

「ふざけないで」

「ふざけるのはやめて」


 正詠に総ツッコミが入る。

 正詠の人生でここまでストレートなツッコミが入れられることもなかったのか、何とも言えない表情で三人を見た。


「太陽も正詠も行くなら、私も行くに決まってるでしょ」


 遥香は少しだけ拗ねたように。


「けっ。ここまで来て放っておけるか」


 蓮は不貞腐れながら。


「今更仲間外れは私もヤダよ」


 透子は確かな意思を込めて。

 一緒に、この罠にはまることを決意してくれた。


 翌日の金曜日。

 学校生活に大きな変化はなく、僕らは授業を終えると地下演習場へと向かった。


「……はは」


 そんなとき、僕は前のことを思い出して笑ってしまった。


「何笑ってんだ、太陽」


 怪訝そうに蓮が言った。


「いや、ごめん。この緊張感、夜に学校忍び込んだときに似ててさ」


 あのときはセレナが電子遭難(サイバーディストレス)していた。それに相棒のことなんて何も知らない状態だった。


「何かさ、懐かしくて」

「あんたが不謹慎に笑ったのも前と同じだね、太陽?」

「遥香がうるせぇのも前と同じだな」

「何よ」

「何だよ」


 正詠と蓮の二人が同時にため息をついた。


「そろそろ着くぞ」

「テメェらはあの時からあんま成長してねぇな」


 地下演習場の重い扉を開けると、中央のホログラムには一人の相棒が表示されていた。

 それに驚いて少し後退りするが、その分多目に一歩を踏み出した。すると筐体の近くで影が二つ動いた。


「遅かったな、お前達」

「久しぶりね、チーム太陽の皆さん」

「王城先輩と風音先輩?」


 動いた影は、王城先輩と風音先輩の二人だった。


「お前達も呼ばれたのだろう?」

「私と翼もジャスティスにね」


 そう言うと、二人はホログラムに目を向けた。ホログラムに表示されている相棒、これがジャスティスなのだろう。


 僕は初めて見るが、ジャスティスの姿はパーフィディやリベリオンと非常に似ていた。全身を包む白銀の甲冑、そして赤い外套。そして人間と機械の中間にあるような不気味な存在感。


「とは言え、先程から黙ったままだがな」


 王城先輩は肩を竦めた。


「全員揃うまで待ってたんだと思いますよ」


 正詠がそう返すと、ホログラムのジャスティスが動き出した。


――全員揃ったようだね。


 地下演習場全体に、声が響く。


――では、講義を始めよう。早速フルダイブをお願いしたい。


 すぐに緊張が走る。

 フルダイブするということは、いよいよこれが罠だという可能性が高い。


「まずは俺から行く」


 正詠が筐体に座り、機器を取り付け始めた。


「僕も行く」

「太陽、お前は……」


 正詠が僕を止めようとしたが、蓮が切り返す。


「うるせぇ優等生。俺達全員で行くっつーの」


 僕と正詠以外も、全員が筐体に座り出した。


「私達全員でチーム太陽だもん」

「うん! 透子の言う通り!」


 やれやれと正詠は頭を振ったが、その顔は嬉しそうだった。


「行くぜ、チーム太陽!」


 ゴーグルを最後に付けて、僕らは再び電脳空間へと向かった。


――フィールドは永遠の平原。これより転送いたします。


 ぬめりと世界が溶けると、何もない平原へと送られた。

 そして僕の隣には、懐かしの人間サイズになったテラスがいた。


「おー相変わらず可愛いなぁお前は」


 照れながらもテラスは可愛らしく満面の笑みを浮かべた。すると周りにみんなが現れる。そこには王城先輩のフリードリヒ、風音先輩のイリーナもいた。


「先輩達まで……」

「俺達も今はチーム太陽だ。忘れるな」

「そういうことですよ、天広くん」

「へへ、あざーっす」


――役者は揃ったようだね。


 どこからか声がした。


「上です!」


 透子の声に全員が上を向き、武器を構えた。

 ジャスティスはゆっくりと空から降下してきた。


「武器は構えなくて良い。私に戦う気はない」


 白銀の騎士ジャスティスは、地面に両足を付けると、僕ら全員の顔を一人ずつ確認しながら頷いた。


「時間も限られている。いきなり本題に入らせてもらう」


 ジャスティスは自分の目の前にディスプレイを表示させた。


「待てよ、テメェがあいつらの味方じゃねぇってのをまずは証明しろ」


 蓮の言葉と共に、ノクトは大剣の切っ先をジャスティスに向ける。


「話を聞いてから判断すれば良い。話を聞いて、私を敵だと判断したなら斬り付けろ」

「……けっ」


 ノクトは一度武器を納めた。


「ではまず……君達の敵である〝黄泉の一団〟のメンバーを説明しようか」


――背信のパーフィディ。黄泉の一団のリーダー的な存在。前線に立つことは少ないが、強力なスキル、アビリティを複数所有しており、その戦闘能力は正直計り知れない。


――反逆のリベリオン。攻撃に特化した黄泉の一団の特攻隊長。直情的でスキルとアビリティも攻撃に特化している。


――拒絶のリジェクト。最も若い黄泉の一団の一人。強力なスキルである拒絶を有しており、彼女が使用するスキル拒絶は、通常の相棒の攻撃を完全に防ぐ効果がある。


――偽造のファブリケイト。一時的に相棒の構造を偽造することで、潜入工作を行うことを主な役割にしている。またステータス、スキル、アビリティ、装備も偽造でき、看破されない限りはそれは能力を維持し続ける。


――改竄のアルター。詳細は一切不明。


「さて続いてたが……」

「待て」


 正詠がジャスティスに制止をかける。


「いくらなんでもアルターの情報がないのはおかしい。隠しているんじゃないのか?」


 その言葉に全員が警戒心を抱き、また武器を手にしようとした。


「こいつは一度も表舞台に立ったことがないんだ。名前だけは彼らも時折漏らすのだが。質問は終わりでいいか?」

「……とりあえずそれでいい。続けてくれ」

「続いてたが、彼らと君達の違いについて話そう」


 ディスプレイが切り替わる。


「通常の相棒はAIだ」


 思わずがくりとこけてしまう説明だった(こけようとしたがみんなの雰囲気がそれを許さなかった)。


「そして彼らもそれの類だ。しかし明確に違うものがある」


 ジャスティスは一拍溜めて。


「彼らは人間としての意思を持っている」


 沈黙。

 僕には全く意味がわからない。AIの類で、人間としての意志、とは。


「つまり彼らは生きているのさ。比喩ではなく、本当にね」


 ますます意味がわからない。


「勿論、これだけではわからないだろう。だから分けて考えれば良い。彼らの体……君たちと戦ったリベリオンの体は間違いなくプログラムで作られたものだ」


 ディスプレイに人間の簡単なイラストが表示され、〝プログラム〟と注意書されている。


「そして感情、つまり心だね。これは今もなお生きている人間のものだ」


 イラストにハートマークが現れ、〝心〟と注意書されている。


「ま、待ってください! そんなのあり得ません!」

「あぁやはりここで止めにきたね」

「生きている人間の〝心〟を相棒が持つなんて不可能です!」

「なぜそう思うのかな、平和島くん」


 驚いたのはきっと僕だけではないはず。ジャスティスは確かに透子の名前を呼んだのだ。


「何で……私の名前を……?」

「パーフィディ達の説明をすればわかるさ」

「あ、えっと……その……」


 ジャスティスは呆れるようにため息をついた。


「続けるよ、平和島くん?」

「で、でも、〝心〟は……」

「大丈夫、それもすぐに理解できる」


 そしてまたジャスティスはディスプレイの表示を変えた。


「彼ら黄泉の一団は、常に生きている人間と同期しているからこそ、心を得ることができる」


 さらりと彼は、〝心〟の答えを口にした。


「君達の大切な相棒は心に近い〝感情〟を持っている。これは多くの研究者が成し遂げた努力の結晶だ。しかし相棒は人間以上の〝感情〟を得られない」


 悲しいことだが、とジャスティスは付け加え、僕らの相棒の顔を見た。


「だから彼らはそれを超える術を考え、実行した。自らを作り上げた神に等しい〝人間〟と常に同期し続け、限りなく人間に近く、しかし相棒としての特徴を得た」


 テラスをちらと見ると、不愉快そうに目を細めていた。

 全くくだらない、とジャスティスはまた付け加える。


「……そうか、あいつらは……」


 ここで正詠は何かに気付いた。


「〝神〟になろうとしているのか」

「その通り」


 ジャスティスは頷き正詠を見た。


「彼らは〝人間〟という〝神〟になることを願った。しかしそれは我々人間が願うこととは性質が違う。人間は不完全故に完全な神を求めるが……」


 ディスプレイが変わる。

 そこには人間のイラストが二つ表示され、一つには人間、一つには神と書かれていた。


「相棒は完全故に、自らを作り上げた不完全な人間を崇める」


 またディスプレイが変わる。先程と似たようなイラストで、一つに人間、一つには相棒と書かれている。


「我々人間は神になれない。この世に存在しているかどうかもわからないものにはなれないからね。しかし、パーフィディ達は神になれる可能性がある。不老不死の体、人間の心……彼らは神になり自分たちの世界であるネットワークを支配しようとしている。これが黄泉の一団の目的だ」


 本当にくだらない、と付け加えた。さっきからジャスティスは自分が話したことにツッコミをよく入れる。


「けっ。ネットワークを支配してどうするってんだ。それならそのネットワークごと潰せばいいだろうが」


 蓮が言う通りだった。ネットワークは作ったもので、それを壊すことは可能なはず。壊してしまえば支配だなんだとは言えないはずだ。


「日代くん。世界最強の武器は何かね」

「そんなの核兵器に決まって……」

「それはどうやって発射されるかわかるかい?」

「ボタンか何かを押すんだろ」


 ジャスティスは「はは」と笑った。


「なに笑ってやがる、テメェ……!」


 馬鹿にされたと思ったのか、ノクトは大剣に手を掛ける。


「そこで相棒が重要になる。相棒はとあるネットワークを中心に全世界に繋がっている。そのネットワークはどのような手段を持ってもデリートできない。この時点で彼らを消すのは不可能だ。また相棒はその人物本人と認識される身分証明書のようなものだ。そして今の核兵器というものは旧時代のものとは違ってね。全てが相棒と同期しているのさ。勿論、特殊条件下でなければ核兵器の使用の許可は出されない」


 ディスプレイには最初に表示された黄泉の一団メンバーの詳細が表示された。


「相棒単独で核兵器の発射指示はできない。必ず実在する複数人の〝人間〟の許可が必要であり、それを承認する形でようやく相棒から核兵器の発射許可が通される。しかし、もしも彼らがネットワークを支配したら……」


 ジャスティスは首を振った。


「まず承認者と最終承諾者を偽造し、次にネットワークの改竄、最後に他の介入を拒絶するだろう」


 有り得なくない話だ。そのための三者。そしてきっと、残り二者は倫理に背信し、邪魔するものへ反逆するのだろう。


「だったら逆探知でも何でもして、あいつら個人を潰せよ。そんなことも出来ねぇってのか、あんたらは」

「そのための偽造のファブリケイトだろうね。何度やっても彼らの本拠地はわからない。だからこそ我々は、アルターの能力がネットワークなどのインフラに影響を及ぼす能力を持っていると推測しているファブリケイトとアルター、この二人で自分達の素性を隠しているのだろう、とね」


 ディスプレイが消えると、ジャスティスは肩を竦めた。


「人間と相棒は互いに抑止力として働いている。核兵器の件然り、ね。それだというのに、彼らはそれを根本から脅かそうとしている」


 ジャスティスはため息を漏らし、まだ続ける。


「つまり彼らは相棒ができない支配を人間として行ない、人間が行えない操作を相棒で行おうとしている。これが彼らの最終到着地点。その礎となるのが……」


 そしてジャスティスはテラスと僕を見た。


「僕のテラスだって言うのか……?」

「その通り。詳細は我々にもわからない。しかし彼らはテラスを〝神〟と呼び欲している。これらのことから、きっとテラスには彼らにはない何かを持っているのだろう」


 テラスは歯を食い縛りながらジャスティスを睨んでいた。


「テラス、落ち着け、な?」


 そんな僕の言葉は、テラスには届いていないようだった。


「説明は以上だ」


 一瞬の間のあと。


「で、あんたが欲しいのはなんだ?」


 ロビンは弓を引き、狙いをジャスティスに定めた。


「おい、正詠。どうしたんだよ? ジャスティスは僕らにめっちゃ情報くれたじゃん」


 ロビンを見て、相棒は全員が武器を構えていた。


「呑気なこと言ってんじゃねぇ、馬鹿太陽。こんな情報無料で教えるわけねぇだろ!」


 そんな僕らを見て、ジャスティスは頷いた。


「その通り。時間も良い頃合いだ。私がいるとわかると中々現れなくてね」


 ずしんと、世界が何度も大きく揺れ始めた。


「地震!?」


 遥香は辺りを見回した。


「全力でバックアップはする。危ないとわかったら強制ログアウトを行う準備もある。だからすまない。囮になってくれ。それともしよければ……」


 硝子が割れる音が空間に響く。


「あいつを倒してくれるのなら、大いに助かる」


 そう言い残してジャスティスは消え去った。

 空ががらがらと崩れ、その奥から暗雲と共に雷が鳴り響いた。


――やっと、出てきやがったなぁぁぁぁぁぁ!


 雷と共に、凶暴な声。


――ぶち殺してやるからなぁぁぁぁぁ! クソガキ共がぁぁぁぁぁ!


 一際巨大な雷が落ち、そこから現れたのは。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺すぶっ殺す!」


 反逆のリベリオンだった。

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