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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第二部 相棒
10/22

第一章 思い出


   想い出/0


 ある喫茶店の角席で、四人の学生が暗い表情で紅茶を飲んでいた。

 四人は男女が隣り合うように座っており、片側には黒髪で精悍な顔つきの少年と、活発そうな短髪の少女。もう片側には、明るい茶髪で目付きが鋭い少年と、眼鏡をかけた長い黒髪の大人しそうな少女。

 机の上では、四人の人形のようなもの、相棒バディが彼らを見上げていた。

 相棒バディとは、国家が新たな教育として導入した特殊AI、超高性能教育情報端末――Super Highspec Teach Information Terminal――通称〝SHTITシュティット〟。一つとして同じ姿はなく、学生の友となり、教師となり、そして導き手となる。その理念からこの特殊AIは愛称を〝相棒バディ〟と呼ばれている。


「太陽の馬鹿と晴野先輩はどうなんだ、優等生」


 茶髪の少年、〝日代ひしろ れん〟が、精悍な顔の少年〝高遠たかとお 正詠まさよみ〟に話しかけた。


「晴野先輩はとりあえず山は越えたみたいで絶対安静の状態。太陽のやつは……相変わらずだ。テラスのことは思い出さないし、言ってることも滅茶苦茶。医者が言うには一時的な記憶の混乱だそうだが……」


 正詠は大きくため息をついた。


「どう滅茶苦茶なんだよ?」


 蓮の問いかけに、正詠は目頭を押さえながら答えた。


「……自分の相棒が電子遭難サイバーディストレスしたと言いなつつ、俺と遥香とバディタクティクスの決勝戦で一緒に戦っていたと言っている。矛盾を指摘しても同じことを繰り返すだけだ。自分の矛盾に気付いていないんだ」


 正詠は再びため息をついた。


「しかも蓮のことも透子のことも覚えてないの。二人の相棒の名前は覚えてるのに」


 正詠の隣に座る〝那須なす 遥香はるか〟は今にも泣きそうだ。


「そっか……やっぱりそうなんだ……」


 蓮の隣に座る〝平和島へいわじま 透子とうこ〟も遥香と同じような表情を浮かべていた。


「……ねぇ、正詠……」

「わかってる、やっぱり話さないと駄目だよな」


 ぴくりと蓮の片眉が動く。


「前話してた天草あまくさ ひかりって奴の話か?」

「あぁ。今の状況があまりにも光の時に似すぎているし、な」


 正詠は再三ため息をつく。すると、この喫茶店〝ホトホトラビット〟の店長で、蓮の父が新しいティーポットを持ってきた。


「ほらよ」

「ありがとうございます、てんちょー」


 しょんぼりとしたまま、遥香は紅茶のおかわりを注いだ。


「今日は客もいねぇし臨時休業にする。蓮、話が終わったら教えろよ。俺はカウンターで茶しばいてる」

「……わりぃな、親父」

「お前らに気を遣ったわけじゃねぇ。今日は愛想笑いする気にならねぇだけだ」


 ひらひらと背中越しに手を振りながら、蓮の父は彼らから離れカウンター席に座った。


「さて、まずどこから話したほうがいいかな……」


 頭を掻いた正詠は、彼の相棒、ロビンに目線を向けた。

 ロビンは辛そうに俯いた。


「……初めて会ったときから話したほうがいいかもな」



   想い出/光



 確かあれは、俺達が幼稚園で年長に上がったばかりだった。

 昔から太陽の奴は考えなしに動くようなやつで、俺達を色んなところに引っ張り回していた。


 そうそう、まだか弱かった私まで連れてね。


 遥香、変な茶茶を入れるな。


 むー……。


 そんで、まぁ……なんつーかな。結構公園とかの遊び場って取り合いになるんだよ。んで、光と会う前日に小学生といざこざがあってな。ぼこぼこにされて、公園の主導権を取られた。


 お前ら、あいつのせいで大分苦労してたんだな。


 まぁ今思えば楽しかったからいいんだが。その日は新しい遊び場を探すっていう名目で、家の近くの裏山に向かってたんだ。


 裏山って……?


 今は自然村とかいう名前になってたな。あの施設は昔、〝SHTIT研究所〟という名前で相棒の研究開発が行われていたんだ。


 そうなんだ。


 そこに太陽の奴が行こうって言い出してな。大人には近づくなって言われてたけど、まぁガキだったからな。怖いもの見たさで三人揃って行ったんだ。しばらく獣道が続いて、急に開けたと思ったら辺り一面に花畑が広がっていた。


 あれは綺麗だったよね。


 そうだな、今でもはっきりと思い出せる。花弁は白くて先が淡い桃色のユリだ。それが辺り一面に咲いてた。俺達は大喜びでその花畑に突っ込んだ。


 まぁガキだしな。


 まぁな。太陽はいち早く花畑に突っ込んで、そこで女の子と出会った。それが天草 光。俺達の大切な……もう一人の幼馴染だ。


 花畑に佇む少女かぁ……なんか童話みたいだね。


 そうだな。童話みたいな出会いだった。当の天草は珍しい……っていうと少し違うな。髪は黒で長かった。絹のように、という表現がよく似合っていた。でも目が青かった。今思うとハーフだったんだろう。それにしては日本語も上手かったけど。


 この辺りでハーフってのも珍しいな。


 確かにそうかもな。まぁ……何て言うか、その……俺も遥香もその目を見てビビっちまってな。何せ世間を知らないガキだったし。青い目なんてしてるもんだから。

 でも太陽は違ってな。


 太陽くんらしいね。


 はは、確かにあいつらしい。開口一番なんて言ったと思う?


 かっけぇとかそんなんだろ、あいつのことだし。


 大体当たってる。あいつは「うぉーめっちゃ綺麗な目だなぁ! 青空みてぇ!」と言って、天草に笑いかけたんだ。天草はどうしていいかわからないのか、辺りをキョロキョロ見てな、はは……「ありがとう」って小さい声で言ったんだ。


 驚いたんだろうね、天草ちゃん。


 だろうな。年を聞いてみたら俺達と同じ年齢らしくてな。それから晴れた日にはその花畑で遊ぶことが多くなったんだ。天草は時々いなかったりもしたが、基本的にいつも花畑で俺達を待ってくれていた。


 待て。その裏山に民家なんてあったのか?


 いや、ない。


 ……ってことは、その天草ってのはSHTIT研究所で働く誰かの子供なのか?


 ……わからない。ただ、光はいつも花畑にいたし、俺達よりも遅れて来ることはなかった。既にいるか、いないかの二通りだけだ。


 正詠くんたちの家の近くに住んでた、とか?


 それはない。あんな美人で目が青い奴が近くにいるなんて絶対噂になる。そもそも家の近くだったら同じ幼稚園に通っているはずだ。


 そっか……そうだよね。


 へー美人、ねぇ……。


 何だよ、遥香。


 光ちゃんのこと、そんな風に見てたんだ?


 美人だったろ? 俺達と同い年になってたら、絶対に人気者になってた。


 ふーん……。


 だから何だよ……。


 べっつにー。


 おいメンヘラのことは放っておいて早く話を進めろ。


 ふんっ!


 ぐっ……!


 遥香。わき腹にそれなりに力を込めたパンチを入れるな。いくら蓮でももしものことがあるかもしれない。


 とりあえず……話を……進めろ。


 あーっと……どこまで話したっけか?


 天草ちゃんが美人で、正詠くんたちの家の近くには住んでいなかったってとこまでだよ。


 おぉ、さんきゅな。

 それで……その関係は小学校に上がってからも続いたんだ。さすがに学校でも見かけないのはおかしかったから、太陽が理由を聞いたんだ。


 昔からあいつは聞きにくいことを聞いちまうんだな。


 それがあいつの良いところで悪いところだな。

 天草が言うには病気で学校に通えないらしい。世界でも例のない病気だそうだ。あいつ自身も詳しくは知らないようだった。そこで、花畑にいたりいなかったりした理由もわかってな。具合が悪いときは花畑に来れないと言ってた。


 ……その話を聞いてから、光ちゃんには気を遣うようになったんだよね。


 そうだったな。あんまり激しい遊びをしなくなったんだ。軽いかけっことか昆虫図鑑や恐竜図鑑を読み合ったりな。あぁ、そういやあいつは手鞠が好きでよくやってたな。


 私はおままごとが楽しかったなぁ。


 最終的に痴話喧嘩に発展して殺人事件が起こるままごとが楽しいと言われてもな……。


 あれは五回に二回ぐらいじゃん!


 まぁその話はいい。

 小学二年ぐらいになってな、天草が花畑に来なくなることが多くなったんだ。


 病気で……?


 詳しく話してたのは太陽だけだったみたいだ。俺達には「ごめんね」としか言わなかったからな。


 きっと天草ちゃん、太陽くんのこと好きだったんだね。


 だろうな。俺も遥香もそれは知ってた。

 それで夏の前だったな。梅雨が来る少し前。


 そう……だったね。


 太陽が入院した。


 は?


 すまん。本当に唐突なんだ。太陽が入院して、その見舞いに行ったとき太陽はもう……天草のことは覚えていなかった。


 待て。大事なとこが完全に抜けてるぞ。


 ……病院には医者っぽくないスーツの男たちがいてな。俺達に言ったんだ。「光ちゃんは遠くに行った。君たちにはもう会えないんだ」ってな。


 なんだよ、それ。


 俺達は太陽が入院する前日、家の都合であの花畑には行けなかった。太陽一人で天草に会いに行ってた……はずだ。


 詳しく聞こうとしても、太陽は首を傾げるだけだったの。花畑で遊んだことは覚えているのに……。


 太陽は光のことだけ……いや、違うな。光とSHTITのことを忘れてた。よく家で遊んでるときはテレビでバディゲームの試合を観て、大人になったら絶対一緒に遊ぼうって言ってたんだがな。


 確かに……今と同じだね。


 だから、俺達もわからないことが多いんだ。すまない……あまり役に立たないかもしれない。



   想い出/0/2



 正詠はもう冷めてしまった紅茶に口を付けた。


「天草って奴のことはわかった」


 蓮も紅茶を一口飲む。


「問題はなんであいつはああなったか、だ」

「それがわからん。今までも天草にちなんだ記憶は少しはあったんだ……手鞠歌を口ずさんだりするのはその例だな」

「あっ」


 透子が不意に言葉を漏らす。


「ゴールデンウィーク前……決起会のとき……」


 透子は慎重に記憶を辿り話し出した。太陽が透子に対し「蓮に忘れられたらどうするか?」と問いかけたことを。


「なに、それ……」


 遥香の瞳から涙が流れた。


「そうか……あいつはきっと思い出そうとしてたんだ」


 正詠の声が震える。


「どういうことだ?」

「太陽は天草光って名前が聞こえないんだ。決起会の前、遥香が天草の名前を出した。それから……いやもしかしたらテラスが来てからかもしれない。リベリオンはテラスが天草に〝似ている〟と言っていた」


 正詠の瞳からも涙が流れた。

 それを乱暴に拭い、彼は大きくため息をついた。


「そうだ……あいつは思い出そうとしてたんだ。だから試合のとき頭痛がするって……あぁくそっ、もっと早く気付いていれば」

「おい優等生、俺達にもわかるように説明しろ。全然付いていけねぇ」


 正詠は逡巡し、大きく息を吸い込み、細く吐き出す。


「天草はよく手鞠で遊んでたし、手鞠歌も歌えた。天草はSHTIT研究所……相棒に関係する施設の近くにいた。透子に子供の頃の記憶の話をした。王城先輩の相棒が相手を嬲ることに嫌悪感を抱いた」


 ぐしゃりと正詠は髪を掴む。


「少しずつ少しずつ、あいつは記憶を取り戻していたんだ。でもリベリオンが……はっきりと天草の名前を口にしたことであいつは……」


 正詠は言葉を切って、紅茶を一気に飲み干す。


「全部思い出したんだ」


 全員が正詠を見た。


「だったら何でまた忘れてんだ! 思い出そうとして、やっと思い出したんだろうが!?」

「リベリオンが言ってただろ……太陽が天草を殺したって。それを思い出して、またあいつは忘れたんだ。前と同じく、前以上に記憶を削いで」


 だん、と蓮が机を強く叩いて立ち上がる。


「ふざけんな! 殺したとかそんなのリベリオンが適当なこと言ったに決まっ……!」


 しかし蓮は口ごもる。断言ができないと気付いたのだ。

 ここにいる誰もが、天草光の最後を知らないのだから。その最後を知っている唯一の人間が、この場にはいないのだから。


「忘れたいほどに、太陽にとっては嫌な思い出なんだろ。天草の最後は……」


 目尻をぴくつかせながら、蓮はまた座った。


「記憶がなくなったのは、天草の最後を思い出したからだ。だから前と同じく記憶を消した。それなら辻褄が合う」


 正詠は額に手をやり、もう何度目かもわからないため息をついた。


「じゃあ太陽くんはこれからずっと思い出せないの? 天草ちゃんみたく私たちのことも、テラスのことも……」

「思い出したらきっとまた忘れる。更に多い記憶を伴って、な」


 全員が俯いた。


「何か……何かあるはずだ」


 低いがはっきりと聞こえるように、蓮は口にする。


「俺はこんなの気に入らねぇ。辛いから忘れます、周りは自分に気を遣え、なんてくっそくだらねぇ」


 机の上にいる蓮の相棒ノクトは、胸に手を当て頷いた。


「俺は諦めねぇぞ。こっ恥ずかしい同志宣誓コムレイド・オースまで俺にさせて、勝手にダチを名乗って、勝手に忘れるなんて……納得いかねぇ」


 蓮の体は震えている。

 それは怒りからか、はたまた悲しみからか。それともその両方か。


「あれからまだ二日だ。記憶が混乱してるなら、きっちり元に戻してやる」

「蓮ちゃん……うん、私も手伝う」


 固い意思を語る蓮を見て、透子は頷いた。透子の相棒セレナは、そんな透子を見ながら、誇らしく微笑む。


「まったく……お前、太陽に感化されすぎ」


 正詠は肩を竦める。


「んだよ、テメーは反対かよ」

「いいや。今回だけはお前の意見に大賛成だ」


 ロビンはノクトに握手を求めるように手を差し出した。それを照れ臭そうに受け入れ、二人の相棒はがっちりと手を握り合う。


「うん……そうだね。ぐだぐだ悩んでても仕方ないね! まずは動こう!」


 遥香の相棒リリィはガッツポーズを取った。


「まずは記憶のメカニズムから勉強しないとな」

「……マジかよ」

「えぇ……」


 正詠の一言に、蓮と遥香は顔をしかめる。


「当たり前だろ。古いテレビじゃないんだ。叩けば治ると思うな」


 正詠が突っ込みを入れると、四人はようやく顔に笑顔を浮かべた。



   想い出/ガラスノパズル



 病院の個室のベッドで、天広てんひろ 太陽たいようは本を読んでいた。本のタイトルは〝理不尽な話〟というもので、黒い装丁にタイトルが白く印刷された、厚くはない本だった。

 傍らには彼の妹の愛華まなかが、椅子に座ってファッション誌に目を通している。


「はぁ……」


 太陽はため息をついて本を閉じる。


「どったの、にぃ?」

「お前さ、入院中の兄にこんな本差し入れすんなよ。気が滅入るわ」

「あ、やっぱり? ちなみにどこで気が滅入った?」


 ファッション誌を開きながら、愛華は可愛らしい笑みを太陽に向けた。


「あーあれだ、あれ。子供が泉の神様にーってやつ」

「最初の話じゃん」

「またあとで読む」


 太陽は本をサイドテーブルに置いて、ベッドの上で大きく体を伸ばす。


「暇すぎる……どうせならゲーム持ってこいよ」

「学生なんだから勉強したらぁ?」


 ぴこん。


「ん?」


 太陽の目の前に、和服を着た相棒が姿を現し、〝寝ながら出来るヒアルング!〟というサイトのトップページを表示させた。


「あ、えーっと、なんだっけ……お前の名前」


 ぴこん。

 テラスです!


「えーっと、テラス……ちゃん? 悪いけど今愛華と話してるんだ、少し静かにしといてくれな?」


 テラスと言われた相棒は瞳に涙を浮かべ、太陽を見つめた。


「あ、またいじめてるの?」

「いじめてるって人聞きがわりぃなぁ」


 愛華がテラスを援護するように言うが、テラスは悔しそうに歯を食い縛った。


「いじめてるじゃーん」

「勝手に泣くんだからしゃあねぇだろ……あぁもう」


 太陽は頭を振った。


「可哀相だよねぇ……こんなに可愛いのに」

「だったらお前が持ってけよ。どうせ僕の相棒は行方不明なんだし」


 テラスは俯き、着物の裾を両手でぎゅっと握りながら、涙を流した。


「えー、だって私もこの子のこと知らないもん」


 一見無邪気な笑みを浮かべる愛華を、テラスは強く睨み付けた。


「ホント……可哀相な子」


 愛華はテラスを知らないと言い切り、哀れむ。何もかも知っているはずだというのに。


「マナーモードとかにするにはどうするんだ?」


 太陽は左腕に付けているSHTITを見ながら首を傾げた。そして適当なボタンを何か押そうとすると、その右手をテラスが必死に引っ張る仕草を見せた。


「うわ、うぜぇ……」


 冷たい言葉を吐かれながらも、テラスは必死にやめさせようとした。


「あ、にぃ。そういえば退院は今週の金曜だってさ」

「お、マジで!? やりぃ平日一杯休めるじゃーん」


 愛華の一言でテラスのことなどどうでも良くなったのか、太陽は目を輝かせて彼女を見た。


「だからゲームなんて持ってきませーん」

「お前、羨ましいんだろ?」

「さてどうでしょう?」


 兄と妹の歓談はしばらく続き、いつの間にか日は沈んでいた。


「あ、そろそろ行かなきゃ」


 時計を見た愛華は鞄に雑誌を詰めて立ち上がる。


「じゃあね、にぃ。また明日も来るよー」

「いいってそんなに来なくても。来週から嫌でも毎日顔合わせるんだし」

「やだぷー! また来ますー!」


 明るく言いながら愛華は戸を開く。


「またね、にぃ。それと……可哀相なテラスちゃん?」


 そして愛華は戸を閉めた。

 部屋は急に静かになり、太陽はまたベッドの上で背伸びをする。


「スマホも使えねぇし本はつまらねぇし……どうすっかなぁ」


 太陽は時計を見た。そろそろ夕食時だ。テレビを観るには半端で、特に面白いものがやってる時間でもない。


「明日愛華何か持ってきてくれるかなぁ……暇すぎて死ぬわ」


 ぴこん。

 テラスの呼び出し音がなるが、太陽は反応を見せない。


「しゃーない。雑誌でも読みに行くかぁ」


 太陽はベッドから降りてナースステーションに向かった。ナースステーションでは帰りの見舞い客で賑わっており、そこには見知った顔もいた。


「王城先輩、風音先輩」


 太陽に名前を呼ばれた二人は驚いたように振り向いた。


「天広……?」


 その反応が太陽にとっては不思議だった。


「何でそんなに驚いてるんすか?」

「お前……確か忘れ……」


 王城がまだ言葉を続けようとしている途中。


「あら天広くん、相変わらず愛想が良いのね。先輩として嬉しいわ」


 風音に褒められたとわかった太陽は、照れ臭そうに頬を掻く。


「いやーそりゃあイケメンと美女の二人を見たら挨拶ぐらいしますよ」


 太陽は王城と風音の顔を見て、ちらりと風音の胸を見た。


「天広くん、次は私だけの顔を見て挨拶できれば百点ね」

「えーっと、その、ごめんなさい」


 しょんぼりと肩を落とした太陽に、風音は笑みを浮かべる。

 ぴこん。


「晴野先輩のお見舞いですか?」

「あぁ……まだ意識は戻ってないようだがな」


 ぴこん。


「心配っすね……」

「太陽くんは元気そうで何よりね」


 ぴこん。

 ぴこん。


「元気だけは誰にも負けませんよ」

「そう、か……ところで天広」

「はい?」

「先程からお前の相棒が呼んでるぞ?」


 ぴこん。

 太陽は大きくため息をついた。


「僕のじゃないですよ。迷子の相棒です」


 太陽はテラスを見ずに王城に答える。その言葉に二人は目を伏せた。


「話を聞いてやれ。もしかしたら面白い話を聞けるかもしれんぞ」

「あはは、所詮プログラムっすよ。面白いことなんて言えませんって」


 王城は何かを言おうと口を開いたが、すぐに閉じる。


「どうしたんですか、王城先輩?」

「相棒には……感情がある。知っているな、天広」

「あーはい」

「相棒は悲しみもする。そして、痛みも感じる。マスターのために手足が動かずとも戦おうともする。マスターを侮辱され怒るやつもいる。仲間を助けるために、勝てない戦いに挑むやつもいる」

「はぁ……」


 王城が何を言いたいのか、太陽は理解できない。


「……迷子の相棒は、今はお前だけが頼りだ。助けてやれ」

「いや、そんなことな……」

「頼む……天広。そうでなければ、晴野も、他の奴らもあまりにも救われない……」


 あまりにも辛そうな頼みに、「は、はい」と太陽は戸惑いながらも頷いた。


「そうか……では、またな」

「お大事にね、天広くん」


 そして二人は去っていった。


「迷子の相棒のために、か……」


 太陽は独り言を漏らし、SHTITを見た。


「とりあえず飯の時間かな」


 太陽は部屋に戻る。夕食は準備が始まっていた。

 夕食をぺろりと平らげると、太陽はまたSHTITを見た。


「えーっと、テラスだっけ? 姿を見せろー」


 ふわりと、テラスは現れる。テラスの目元は赤く腫れていた。


「お前のマスター、見つかったか?」


 テラスの瞳からは再び涙が流れ出した。


「泣くなよ、めんどくせぇなぁ……」


 辟易しながら太陽は言った。

 ぴこん。

 私のマスターはあなただけです。


「だぁかぁらぁ、僕はお前のことなんて知らないっての」


 ぴこん。

 ナマコ。


「……僕の相棒を馬鹿にしてんのか?」


 ぴこん。

 覚えて、いるのですか?


「覚えてるもなにも、僕が最初に言って、僕の相棒が怒ったんだよ」


 ぴこん。

 それは私です。


「ちげぇっての」


 ぴこん。

 あなたは私に、最初ナマコと名付けようとした!


「それはお前じゃない!」


 苛立ちから声を張り上げた太陽に驚き、テラスは体を丸めた。


「勝手に僕と相棒の思い出を語るな!」


 ぴこん。

 勝手に私とあなたの思い出を忘れないでください!


「あぁもう!」


 ぴこん。

 私は、私は……あなたの相棒です! 私はテラスです! あなたのテラスです!

 怒りの表情を向ける太陽に、体を震わせながら、それでもテラスは彼を見た。


「お前じゃないって言って……!」


 ぴこん。

 どうしてですか? どうして忘れてしまったのですか?


「は?」


 悲しげにテラスは太陽を見つめた。


「やめろよ……」


 ぴこん。

 マスター……。


「知らない……お前なん、か」


 儚げな、弱々しい瞳。

 その瞳から流れる涙。


「僕を、そんな目で見るな……」


――きっと、会えるから。


「うるさぁぁぁぁぁい!」


 病院内全てに響くような絶叫を太陽は上げた。


「知らない知らない知らない知らない知らない知らない!!」


 頭をぐしゃぐしゃと太陽は掻き毟る。


「僕じゃない! 僕は殺してない! 僕は……僕は!」


 太陽の個室に看護師が駆け足で現れる。


「天広さん、どうしました!?」

「落ち着いて!」

「やめろぉぉぉぉぉ! 知らない知らない! 僕をそんな目で見るな! 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない!」


 ぴこん。

 あなたは……やっぱり……。


「僕は光を……殺してなんかなぁぁぁぁい!」


 この場で、テラスのみが確信する。


「あぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 太陽は忘れていないのだと。



   想い出/1



 火曜日。太陽が入院してから三日目の放課後。正詠と遥香は太陽の見舞いのため市内病院に向かっていた。


「透子たちが来れないのは残念だね」

「仕方ないだろ。二人のこと覚えてねぇんだから」


 二人は自宅近くのバス停から歩いて病院に向かっていた。


「そうだけどさ……」


 遥香は頬を膨らませた。


「ほら、もう病院だ。気を引き締めろ。愛華に会って何言われてもいいようにな」

「あぁ……そうだよねぇ。絶対愛華ちゃんいるよね。そんで、絶対何か言ってくると思うわぁ」


 遥香の言葉を否定せず、正詠は苦笑いを浮かべた。

 病院に着くと二人はすぐに太陽の病室のある三階に向かう。本来は受付をするべきなのだが、正詠と遥香の顔を見知っている者も多いせいか特に咎められなかった。


「何号室だっけ?」

「三二一号室」


 正詠はつかつかと進んでいく。


「あー気が滅入るわぁ」

「俺だってめんど……う……だ」

「わっぷ」


 急に正詠は立ち止まりその背中に遥香はぶつかった。


「もう急に止まんないでよ」

「面会……謝絶?」

「誰が?」

「太陽が」

「はぁ? あいつ元気だったじゃーん」


 遥香は正詠を茶化しながら病室の戸を見た。取っ手の部分には〝面会謝絶〟という札がかかっている。遥香は次にネームプレートを見る。そこには間違うことなく〝天広太陽〟というプレートが付けられていた。


「あれ……え?」

「付いてこい、遥香」


 正詠は踵を返しナースステーションに向かった。そこで一人の看護師を捕まえる。


「三二一号室の天広太陽、何で面会謝絶なんですか?」

「え……あ、その……」


 看護師は戸惑い、誰かに助けるように周りを見た。


「天広太陽の幼馴染なんです! 教えてください!」


 遥香も詰め寄るが、看護師は口籠るだけだ。


「正詠、やめなさい」


 そんな二人の背後から、正詠の母、美千代みちよが声をかけた。


高遠医師せんせい

「ごめんなさいね、私の息子と友達が。正詠、遥香ちゃん、付いてきなさい」


 そう言って美千代は階段へと向かった。


「母さん、どこに……」

「一階の喫茶店よ。階段で行くのはなんとなく」


 喫茶店に到着するまで、三人は一言も話すことはなかった。


「オレンジジュースでいい?」


 美千代の質問に二人は首肯する。


「正詠、奥の席取っておいて」

「わかったよ」


 正詠と遥香は奥まった席に移動し、美千代を待った。

 少しして美千代はアイスコーヒーとオレンジジュースを持って席に着く。


「バートン。スケジュール共有をお願い。十五分休憩でね?」


 テーブルにバートンが現れ、可愛らしく頷いた。すると、ロビン、リリィも姿を見せた。


「母さん、太陽は……」

「……まずは落ち着きなさい、正詠」


 ジュースを飲むように促すと、二人はそれに口を付けた。一息ついたのを見計らうと、美千代は太陽について説明を始めた。


「太陽くんね、昨日発作を起こしたの」

「え!?」


 正詠が驚きから声を上げた。


「落ち着いて聞きなさい、正詠。大きい声出しちゃダメ」

「ごめん……」


 美千代はコーヒーを一口飲み、細く息を吐く。


「発作と言っても、命に別状はないの。そうね……フラッシュバック、というのが正しいわね」


 美千代は二人の顔を見て、一瞬戸惑いを見せたが、頷いて言葉を続ける。


「〝僕は光を殺してない〟って、叫んでたわ」

「「……っ!」」


 正詠と遥香は息を飲む。


「その原因となったのが、彼の相棒のテラスちゃんみたいね。だから今太陽くんからSHTITを預かってるの」


 そう言って美千代は机の上にSHTITを置いた。


「どうしてかわからないけれど、テラスちゃんには強制外部指令が適用されないの。だから私たちの呼び掛けにも応えてくれなくて。あなた達の相棒に頼んでもらえるかしら?」


 ロビンとリリィがだからSHTITをコンコンと叩いた。すると、テラスがしょんぼりと肩を落とした姿で現れる。


「テラス……太陽に何があった?」


 正詠が固い声で語りかける。

 ぴこん。

 マスターは忘れていませんマスターは覚えています。


「テラス……」


 ぴこん。

 マスターを……私のマスターを、助けてください。

 ぽろりとテラスは涙を溢す。それを見て、ロビンとリリィはテラスの背中を擦り、力強く頷くと自分のマスターに目を向けた。


――今度は我々が。


 二人の相棒は瞳で語る。


――彼女たちを助ける番です。


 メッセージを出したわけではない。それでも正詠と遥香にはしっかりと伝わった。


「当たり前だ。俺達があの馬鹿を助ける」

「うん。大丈夫……大丈夫だよ。リリィ。今度は私達が助ける番だもの」


 二人の相棒に語りかけた美千代は首を傾げた。


「あなた達、相棒と何か話したの?」

「話さなくてもわかるよ。こいつらは、俺達の相棒あいぼうなんだから」


 そう言って正詠は太陽のSHTITを掴み立ち上がった。


「ありがとう、母さん! テラスは少し借りるから!」

「ありがとうございます! おばさん! あとジュースごちそうさまです!」

「ちょっと待ちなさい二人とも!  テラスちゃんは置いて……!」


 美千代が言い終わるよりも早く、二人は喫茶店から出ていった。


「あぁもう、どうしましょう……」


 ため息をつきながら、美千代は頭を振った。

 ぴこん。

 もう少しで十五分になります。延長する、相棒ママ


「いいえ、戻るわ。まぁ一日ぐらい何とかしてあげないとね。あの子達の大切な友達のために……」


 しかし美千代は、やはり大きくため息をついた。



   想い出/2



 正詠と遥香二人が向かったのは、いつもの喫茶店ホトホトラビットだ。

 扉を開くと店長は少し驚いたような表情を浮かべたが、顎でいつもの席に行くように促した。

 正詠と遥香は「いつもすみません」とでも言うように、苦笑を浮かべながらいつもの角席に向かう。


「おう」

「おかえり、二人とも。太陽くんはどうだった?」


 正詠は机の上に太陽のSHTITを置いた。


「これは……?」


 透子は首を傾げた。

 机の上にいたセレナはSHTITを二度叩く。するとテラスが現れ、セレナは驚いて尻餅をついた。


「テラスちゃん!?」


 透子の声に蓮も驚き、それを見やった。


「なんで……だ?」

「俺達も詳しくは知らない。だが、聞いたことは今から話す」


 正詠はなるべく丁寧に、漏れがないようにしっかりと話した。

 太陽が発作を起こしたこと。

 発作の原因となったのがテラスだということ。

 太陽は〝光を殺してない〟と言ったこと。

 テラスが、〝助けを求めた〟こと。

 太陽はきっと、忘れていないこと。


「忘れていない、か」


 安堵にも似たため息を蓮は漏らす。


「でもこのままじゃ……」


 蓮とは対照的に透子のため息は重い。


「覚えていて忘れたふりしてるなら、やることは一つだと思わないか、二人とも?」


 そんな蓮と透子に、正詠は少し困ったような笑みを向けた。


「えっと……?」


 正詠の意図を読み取れない透子。しかし蓮はにやりと笑った。


「ぶん殴るのか」

「え!?」


 蓮の発言に、透子は二人を交互に見る。


「殴りはしない。ただショック療法というのは正しい」


 正詠はロビンを見た。


「ロビン、太陽を連れ出せる日はあるか?」


 ロビンは頷いて情報を探し始める。


「今週の金曜退院するんだろ、その日でいいじゃねぇか」

「駄目だ。このままだと退院は延びる」

「何でそう言いきれる?」

「太陽の体に異常はなくとも、精神的に不安定すぎるからだ。このままじゃああいつは精神病棟行きだ」


 ぴこん。


「良くやったぞ、ロビン。情報を全員に共有だ。勿論、テラスにも」


 ロビンは頷いて情報を展開する。


「お昼が終わって、すぐ?」


 透子は表示されたホログラムを指でスワイプしながら確認していた。

 ホログラムには病院の見取り図、昼食や回診などのスケジュール、その他必要であろう情報が記載されている。


「っていうかお前……こんな情報どこで手に入れたんだ?」

「バートンにお願いして、な」


 言いながら正詠は別の情報を探し、それを再度共有する。


「言っとくが平日だ。全員午後の授業をサボることになるぞ」

「俺はいいぜ。勉強するより大切なことだからな」

「私も……太陽くんやテラスちゃんのためなら」

「もちのろん!」


 皆が賛成し、正詠はにっこりと微笑む。


「よし。じゃあ軽く打ち合せして、明日の予習をするぞ」


 透子は頷いたが、遥香と蓮は正詠を睨んだ。


「いや、え、なんでなの?」

「それには反対だ」

「何言ってんだ。学生の本分は勉強だ。そうだろ、相棒?」


 相棒に声をかけると、全員が面白そうに頷く。


「六対ニで勉強派多数。遥香と蓮の意見は却下」

「テメェ……」


 恨みがましく蓮は口にしたものの、さすがに文句はこれ以上出ないらしい。


「決行は明後日の木曜だ。午後の授業も国語と社会だけだし、比較的暗記科目だから予習も楽だしな」

「けっ。勉強の前に打ち合わせだ。それだけは譲れねぇ」

「私も私も! それだけは譲れねぇ!」

「はいはい」


 笑って正詠は作戦の詳細を説明した。

 当日は全員私服を用意すること。

 太陽の私服は正詠が用意すること。

 病院から連れ出すときの注意項目と要注意人物。

 SHTITの情報共有を絶やさないこと。

 イレギュラーな事態が起きたら強硬をしないこと。


「連れ出してどこに行くの?」


 透子の質問に、正詠は僅かに表情を曇らせ、「あの花畑に連れて行く」と答えた。

 正詠の雰囲気の変化に、全員が口を噤むが、正詠は言葉を続けた。


「あそこが始まりの場所だ。そして俺と太陽と遥香と……天草の終わりの場所でもある。だから、あそこで終わらせる」


 ロビンは花畑を表示させた。


「違うよ、正詠くん」


 その花畑を見ながら、透子は優しく頷いた。


「始まりの場所だよ。私達と天草ちゃんの」


 そして透子はテラスを見て、撫でる仕草をした。


「えっと、その……し、親友として、ここから始まるの! みんなのその、辛い記憶とか、忘れたくない記憶とか、楽しい記憶とか。全部ここで、みんなで一緒に、思い出にして、それで、その、私達は親友になれるの!」


 自分で言って恥ずかしくなったのか、透子は頬を真っ赤に染めて俯いた。


「た、太陽くんなら、こういうこと言うかなって……」


 そして透子は、言い訳のように呟いた。

 ぴこん。

 急なメッセージ音に、全員の視線がテラスに集まった。

 ありがとうございます、平和島透子。

 テラスは涙をぽろぽろと溢しながら、何度も頷いた。それを見た彼らの相棒達はテラスの元に集い、互いにまた頷き合う。

 ばーんというSEと共に。

 我ら、チーム・太陽!

 と、あのポーズを取った。


「ははは、透子もやる気は充分。相棒達もやる気は充分。透子の言う通り、ここからまた始めるか。チーム・太陽を」


 正詠が言うと、全員が笑みを浮かべた。



   想い出/3



 太陽連れ出し作戦、当日。

 打ち合わせ通り、彼らは病院前に集合した。


「俺と遥香は二人で太陽を連れ出す。お前達はここで待っていてくれ。特に愛華には気を付けろ」

「何でそこまで妹に注意すんだよ。話せば協力するだろ」


 やれやれと蓮は肩を竦めるが。


「絶対協力しない」

「絶対邪魔するよ」


 正詠と遥香の即答に「そ、そうか」と蓮はたじろいだ。


「愛華ちゃんはちょっとブラコン気味というか……」

「大分ブラコンというか……」


 二人は顔を見合わせ、ため息をついた。


「まぁその話はいい。行くぞ、遥香」

「うん!」


 二人は病院に向かった。

 姿をなるべく見られないよう、階段を使って三階に向かい、危なげなく彼らは太陽の病室前に到着した。


「時間、大丈夫だよね?」

「この時間なら昼食の片付けも終わって看護師もほとんどいない。行くぞ」

「よっしゃ」


 面会謝絶の札に、二人は顔をしかめながら、戸を静かに開くと素早く部屋に侵入した。


「おー正詠と遥香じゃーん。おひさー」


 ベッドの上で、太陽はひらひらと手を振っていた。


「見舞い?」

「太陽、何も言わず脱げ」

「え、あ、その……僕ノンケですし」

「コントはまた今度な。早く着替えろ」

「コントだけに、またコンドってか?」


 中々言うことを聞かない太陽に、正詠はちっ、と舌打ちした。


「何だよ……久しぶりなんだしいいじゃんか……とりあえず着替えればいいんだろ?」


 ベッドから降りて、太陽はさくっと着替えをを済ませた。


「いやぁ大脱走、楽しみだな!」


 その言葉に遥香は眉間に皺を寄せた。


「あんた、何でここを抜け出すってわかったの?」

「何となくだけど?」


 楽しそうに太陽は笑った。

 その笑顔に正詠は何かを察したが、敢えて口にはしなかった。


「正詠、どうすんの?」

「好都合だ。行くぞ、太陽」

「おうよー」


 三人は慎重に部屋から抜け出し、小走りで病院から出る。

 病院を出てバス停に向かう途中、彼らは蓮と透子と合流する。


「いい感じだな。スムーズだ」

「お、日代と平和島も一緒に遊ぶのか?」


 楽しそうに笑う太陽を見て、蓮は彼の胸ぐらを掴んだ。


「へらへらしてんじゃねぇ、天広」


 それだけ言って、蓮は手を離して背を向けた。唐突すぎる行動に、太陽は助けを求めるように三人を見た。三人は辛そうに目を伏せるだけだった。


「えぇ……何それ……」


 納得いかないように呟くが、バスが来たため、彼らは乗り込む。

 車内では誰も一言も話さず、すぐに目的地に到着した。


「なぁ、これじゃつまらないぜ。もっと楽しく行こうよ」


 太陽はなるだけ明るく四人に言った。


「そうだろ、正詠、遥香?」


 正詠と遥香がよく知っている笑みだ。偽の笑顔ではない。きっと太陽は、本当に楽しく遊ぼうとしており、ならばとこう言ったのだろう。


「まぁそうだな。どうせなら楽しく行こう。いいだろ、蓮?」

「けっ」


 正詠は蓮に笑顔を向けたが、それは「我慢しろ馬鹿野郎」という意図を含んだ笑顔だ。


「何苛々してんだよ、日代ー」


 ぽんと背中を叩く太陽。それに蓮はまた苛立ちを感じる。それは〝違和感〟から来るものだ。いつも通りの太陽の態度。出会ってから、バディタクティクスで共に戦ったその時までと全く同じ。お節介で、屈託のない笑顔。

 怒鳴りそうになったのを、蓮は大きく呼吸することで押さえつける。


――こいつは、何で変わらない?

――何で前と同じ笑顔を浮かべられる?

――お前にとって、俺たちの思い出ってのはそんなもんなのか。


「絶対に……取り戻してやる」


 ぐしゃりと蓮は太陽の頭を撫でた。


「なんだよ、日代」

「何でもねぇ」


 蓮は正詠と遥香を見た。


「おら優等生、メンヘラ。早く案内しろよ」

「……あぁ、行くか」


 蓮の気持ちをちゃんと察し、正詠は先頭に立った。


「なぁ遥香、どこ行くんだ?」

「んー? 最近秘密の場所を見つけたから透子と蓮、それとあんたにも教えておきたいの」

「お、何それ。懐かしいな、そういうの!」

「……うん。懐かしいの」

「遥香?」

「……馬鹿」

「え?」

「ほら、歩け歩け病人! リハビリ!」

「押すなって!」


 遥香に背中を押されながら、太陽は歩いた。

 昔の懐かしい道を。

 今は見覚えのない道を。

 子供のころ、何度も歩いた道だというのに。彼は今、何もわからず子供の頃のように心躍らせながら、歩いていた。


「あと、少しだ」


 先頭を進む正詠が言うと、一度振り返った。


「驚くぜ、太陽」

「へへ、期待してる」


 獣道を抜けたその先は、一面百合の花畑だった。

 白一色の百合がほとんどだったが、ちらほらと花弁の先が淡い桃色のものが見られた。

 全員が横並びに立つと、風が吹いた。

 梅雨を前にした風は生温く、甘い百合の香りをより濃く彼らに感じさせる。

 空は僅かに雲を残すが、それでも明るい。


「おー……」


 太陽が感嘆の声を上げた。


「どうだ、太陽?」

「すげーいい場所じゃん」


 太陽に変化はない。


「何か、思い出さないか?」

「へ?」

「何でもいい。何か、思い出せないか?」

「んん?」


 同じことを二度、正詠は確認した。しかしそれでも、太陽に何も変化はない。


「えーっと何を言いたいかわからないけど」

「ここは昔……」


 ざぁっと風が強く吹いた。


「にぃ、来れたんだ」


 正詠たちが歩んでいた道とはまた違うところから、彼女は現れた。


「おー愛華。遅いぞー」


 天広 愛華。太陽の妹で、太陽と血が繋がっているのかと疑うほどの可愛らしい少女。


「ごっめーん。学校サボるのに手間取ってさ」


 正詠、遥香、蓮、透子の体が固まる。


「あ、正詠さん、遥香ちゃん。ありがとう、予定通りにぃを連れ出してくれて」


 百合の花弁が風と共に舞う。

 可愛らしい笑みを浮かべる少女を、愛でるように。


「太陽、愛華から聞いたんだな?」


 確信めいた質問に、太陽は「おう」と短く答えた。

 それが彼らにとって、どれだけのことかを全く知りもせずに。


「この先に行くんでしょ、みんな?」


 愛華の笑みは崩れない。花々を踏みながら彼女は進んだ。


「行こうぜ、みんな。探検探検!」


 愛華に続き太陽は進む。


「おい、優等生。俺は有り得ないと思うが、お前はどうなんだ」」


 正詠と距離を詰め、蓮はぼそりと呟いた。


「当たり前だ。有り得ない」


 そもそも、彼らがこの計画を相談したのは一昨日だ。その時はホトホトラビットのいつもの角席。正詠と遥香は入口が見える位置に座っており、彼らは愛華を確認していない。


「愛華ちゃんに……話した?」


 透子は遥香に問いかける。


「話すわけないよ。絶対……邪魔されるもん」


 細かい打ち合わせは全て相棒を通して相談し合っていた。

 ハッキングという方法を取れば、それも可能だろう。しかし相棒を持たない愛華が相棒同士の会話をハッキングしたというのは、少々現実味が欠ける。


「じゃあ……何で……?」


 それが全員の驚愕だ。

 何も知らないはずの愛華が、何もかもを知っている。


「おーい、早く来いよー」


 遠くで何も知らない太陽は手を振りみんなを呼んだ。


「あいつは能天気な奴だな」


 蓮がため息をついた。


「な、言ったろ。愛華には注意しろって」

「ブラコン、ねぇ……」


 四人は太陽と愛華を追いかけた。

 愛華は迷うことなく進んだ。道らしいものはないというのに、迷うことなく。まるで何度も行ったことがあるように。


「愛華、どこまで行くんだ」


 さすがに正詠が愛華に問う。


「もう少し先だよ。あ、そういえば……にぃの相棒見つかったんだよ」


 どくん、と正詠の心臓が強く鳴る。


「お、そうなのか?」

「うん! 今私がにぃの相棒と新しSHTITを預かってるの。この先にフルダイブできる施設があるから、そこで久々の出会いってやつを演出してあげる!」

「さっすが出来る妹!」

「待て、愛華。太陽の相棒は……」


 にっこりと微笑みながら、愛華は正詠に言葉を乱暴に投げつけた。


「見つけたでしょ、みんなでさ」


 有無を言わせぬ雰囲気。


「正詠さん達が、一生懸命探してくれたじゃない」



 黙っててよ。どうせあんたらは何もできないでしょ?



 正詠はポケットに手を入れ、本当の太陽のSHTITを握った。

 ぴこん。

 正詠マスター。どうするのですか?

 ロビンのメッセージに、正詠は答えずに愛華の背中に付いていく。

 やがて辿り着いたのは、静かな建物だった。


「自然村……」


 昔、SHTIT研究所と呼ばれ、今は小さな子供たちが課外活動をする場所となっている。


「自然村にフルダイブできる施設なんてあんのか、愛華?」

「ふっふーん! あるんだよぉ、しかもちゃんと許可も取ってます!」


 愛華は鞄から施設使用許可証を取り出し、それを彼らに見せた。


「愛華、良く見せてくれ」

「いいよ」


 愛華は正詠にその許可証を手渡した。それを四人が覗き込む。


「一週間前、か」


 使用申請を行った日付が記載されており、そこには確かに一週間前の日付が記載されていた。


「さんきゅな」


 正詠は愛華に申請書を返した。

 愛華の余裕の笑みは変わらない。


「ほらほら、行くよ」


 また愛華は先頭を歩きだした。


「おい、優等生。ガムやるよ」

「お前、こんな時に……」

「やるよ」

「……あぁ」


 突拍子もないやりとりだったが、正詠は蓮からガムをもらい口に含んだ。

 そして六人は自然村の中にある建物の中でも一番大きなものの中に入った。電気は点いておらず、薄暗かった。


「こっちこっち」


 愛華はどんどん奥へと進んでいく。


「何か、怖い……」


 透子は蓮の服の裾を掴む。


「……けっ」

「こっちこっち」


 暗い中でも愛華の笑顔ははっきりと見える。


「ねぇ正詠……いくら何でもおかしくない?」

「今更かよ。最初からおかしいだろ」

「そうだけどさ……」

「この階段降りたらすぐだよ」


 広い階段を、全員で進んでいく。さすがに地下に向かうせいか、光がなくなり真っ暗闇だ。


「ロビン」

「リリィ」

「ノクト」

「セレナ」


 四人は自分の相棒を呼んだ。

 ホログラムのおかげか、少し明るくなる。


「便利だよね、相棒ってさぁ」


 愛華の顔は見えない。しかし、きっと笑みを浮かべているのだろう。


「よいしょっと」


 愛華が重い扉を開こうとすると、正詠と蓮が手伝った。


「ありがと、二人とも」


 明らかに社交辞令な言い方だったが、二人は気にしなかった。

 学校でも見慣れたフルダイブの筐体が見えた。


「ここは電気点いてるのか」


 部屋の中は仄かにライトが点灯していた。

 学校とは違いフルダイブの筐体と他に、中央には円状の盤面があった。


「おー……なんか……地味だなぁ」


 頬を掻きながら、太陽は言った。


「もう、いいじゃん細かいことは! はい、にぃのSHTIT!」


 愛華は太陽にSHTITを渡した。テラスではない、謎のSHTITだ。


「久々に会うなぁ……えーっと、名前は……」

「太陽、お前の相棒は……!」


 正詠がテラスを取り出そうとするが。


「もうにぃったら! ファブリケイトでしょ!」

「ちがっ!」

「ほらにぃ! 早く名前を呼んであげなよ!」

「まなっ……」

「早く、にぃ!」


 愛華は何度も正詠の発言の邪魔をする。


「妹、お前いい加減に……!」


 さすがに蓮が止めようとするが。


「おーそうだったな。ファブリケイト、出ておいで」


 太陽は愛華から渡された、記憶の欠片にもない相棒の名前を呼んだ。

 ぴこん、といういつもの呼び出し音と共に現れたのは。


「ひさし……ぶ……り?」


 漆黒の甲冑に身を包み、至極色のマントをはためかせる相棒。

 ぴこん。

 ご無沙汰しておりました、マスター。


「えっと……あぁっと……久しぶり、ファブリケイト」


 それは、正詠、遥香、蓮、透子たちにとっては、あまりにも見慣れた色合いだ。


「太陽、そいつから離れろ! そいつは、パーフィディの……!」

「あははっははっははははははっははははっ!」


 腹を抱え、愛華は笑い出した。


「ねぇ、思い出した!?」


 太陽は顔をしかめ、ファブリケイトを見つめた。


「お前は……僕の相棒、なんだよな?」


 ぴこん。

 勿論ですよ、マスター。あなたは最初、私にナマコと名付けようとした。あなたと初めて出掛けたのは、母の買い物の時だ。


「あぁ、確かに……」


 ファブリケイトは鬼神のような面の下で、にやりと笑う。

 ぴこん。

 初めてのバディタクティクスで化け物と戦った。次のバタクティクスはチェックメイト、柔よく剛を制す、一騎当千、トライデント……全て覚えています。チェックメイトの大将の紅雷は強力でした。柔よく剛を制すは意外と簡単に勝てましたね。一騎当千、時間ギリギリでした。トライデント、まだ決着はついていません。

 ファブリケイトが太陽に語ることは全て正しい。しかし、それは正しいだけだ。事実をそのまま述べているだけにすぎない。


「そう、だ。僕達は……一緒に……」


 それだというのに、太陽はファブリケイトを肯定しようとした。それも仕方ない。ファブリケイトは否定することを言っていないのだから。


「太陽!?」


 太陽とファブリケイトの会話は他の者たちにはわからない。


「そいつの言うことを信じるな! お前の相棒は……お前の相棒は!」


 正しいというのに、信じるなという言葉に、太陽は違和感と共に混乱する。

 そんな太陽に駆け寄ろうとする正詠を、愛華は突き飛ばした。


「ってぇ……!」

「感動の再開を邪魔しちゃ駄目だよ、正詠くん?」


 今までとは違う卑しい笑顔。


「にぃ、こっちこっち!」


 愛華は太陽の手を引き、中央の盤面へと向かった。


「テメェ妹!」

「それ以上近付いたら、にぃを殺しちゃうよ?」


 愛華は太陽の背に回った。そして剃刀を取り出し、太陽の首もとにその刃をあてがう。


「愛華……?」

「にぃの相棒だよね!? ファブリケイトは!」

「僕の相棒……?」


 太陽が正詠を見た。

 ぴこん。

 正詠のポケットから、呼び出し音がする。

 マスター! マスター! マスター!

 テラスが太陽へと呼び掛けた。


「お前の相棒は〝テラス〟だ! そんな奴じゃない!」

「テラ……」

「あの相棒、天草ちゃんにそっくりだねぇ!?」


 禁句とも言える名を、愛華は迷うことなく口にした。


「あ……まく……さ?」


 太陽は愛華を見た。その時に首の薄皮が切れ、血が僅かに流れる。そんなことなど気にもせず、愛華は太陽に向け再び彼女の名を口にした。


「ほら、にぃ! ここでにぃが天草光ちゃんを殺したんだよね!? にぃが大好きだって言ってた、天草光ちゃんを! 天草光ちゃんをさぁ! その天草光ちゃんに、あの相棒ってそっくりだよね!」

「ちが……僕は……!」

「にぃが殺したんだよね!? 天草光ちゃんを!」

「ぼく……じゃ、ない……」

「にぃが殺したんだよ!」


 がくりと、太陽は意識を失った。


「あはは! パーフィディの言った通りだね! これだけで忘れてくれるんでしょ、便利ぃ!」


 倒れた太陽を見下ろしながら無邪気に笑う愛華。蓮が何も言わずに殴りかかろうとするが半透明の隔壁が現れ、四人と愛華達を隔てた。


「テメェ妹ぉぉぉぉぉ!」

「あはは! あなた達の相棒もここでぐっちゃぐちゃにしてあげる!」


 愛華を右腕をこちらに見せびらかす。その腕にはSHTITがある。


「SHTIT!?」

「平和島さん、さっすがぁ! あははははっはははっ! おいで! 私のリジェクトぉぉぉぉぉ!」


 リジェクトが隔壁の外に現れた。その姿は、バタクティクスと同じく人間に近しい頭身だった。


「ここで私のリジェクトとにぃのファブリケイトが、あんたらをズタボロにしてあげる! ばいばぁい! あはは!」


 中央の盤面は重い音を立てながら沈んでいく。


「くそっ、なにがどうなってやがる!?」


 頭を掻きながら蓮は叫ぶ。


「そんなの私達だってわかんないっての! 何で愛華ちゃんがSHTIT持ってて、しかも何で相棒がリジェクトなのさ!」


 遥香も戸惑いから叫ぶ。


「落ち着け、理由はあとだ。まずはあいつらを……」

「正詠くん、遥香ちゃん、愛華ちゃんを追い掛けて!」


 透子の言葉で、三人の思考が一瞬止まる。


「何、言ってんの……透子?」

「蓮ちゃん、大丈夫だよね!?」

「……はは。よく言ったぜ、透子!」


 ぱん、と蓮は自分の頬を叩いた。


「俺とノクトの気合いは充分だ!」

「お前ら……」


 正詠は二人を見て頷いた。


「ロビン……少しだけ、馬鹿を任せた」


 そして自分のSHTITを蓮に渡す。


「俺のロビンを預ける。絶対に返せよ」

「けっ……」


 それを見て、遥香も覚悟を決め、透子にSHTITを預けた。


「リリィは、その……生意気だけど、きっと透子を助けてくれるから……」

「……うん!」


 そして正詠と遥香は互いを見た。


「行くぞ、遥香」

「うん……って、あれ、扉は大丈夫?」

「俺と蓮でガムを挟んでる。多分大丈夫だ」


 そして二人はこの場から去っていった。


「ノクト、ロビン!」

「セレナ、リリィ!」


 蓮と透子は自分の右腕に、預けられたSHTITを嵌め相棒の名を呼ぶ。

 四体の相棒が現れ、リジェクトとファブリケイトを睨み付けた。


――バディブレイクモード、開始シマス。


 アナウンスが響く。


「こんな狭い空間でバディタクティクス、か……」


 蓮が呟いた言葉に、リジェクトとファブリケイトは笑う。


「残念ですな。これはバディブレイク。戦闘不能は相棒の消失を意味します」

「先週の仕返し、いっぱいしてあげる! キャハハハハハハ!」

「あなた達も逃げるべきでしたね」


 二人は語りかける。


「どうせ逃げようとしてもなんかしてたろ、テメェらはよ」

「それなら、私達が残って戦います!」


 ひゅう、とファブリケイトは口笛を吹いた。


「いやはや素晴らしい覚悟ですね。よろしい、木っ端微塵に壊してあげましょう」

「私は女の子がいい、ファブリケイト!」

「良いでしょう。ならば私は男二人の相手を」


 紫炎と共に、リジェクトは杖を、ファブリケイトは太刀を手にした。


「どうやらここに女神はいない模様。さて、女神の加護無しで、どこまでやれますかな?」


 ファブリケイトは不吉な言葉を吐き、地を蹴った。



   想い出/駆け抜けろ、親友の元に



 重い扉を開けると、がちゃりと遅れてロックがかかった。


「あっぶねぇ……」


 正詠は呟いて近くにあった消化器を扉に挟んだ。


「ガムって意外と便利だね」

「蓮の機転だな。あいつ、ホントに勿体ねぇ」


 正詠と遥香は廊下を駆け抜けていく。


「道はわかるの?」

「テラス、頼む」


 ぴこん。

 呼び出し音と共に、テラスは見取り図を表示した。


「この階段を上り切ったら、右。突き当りを左、すぐの扉を開けて階段を下る。鍵が開いてなけりゃあ鍵を取りにいく」

「それどこのバイオさ」

「俺的にはシックスだな」


 さすが運動部。息を切らすこともなく二人は階段を上り切り、すぐに扉を開け二人は右に進んだ。


「すっごいレトロじゃん。じゃあ私はエイダかな?」

「いいやお前はヘレナだ」

「となると正詠はレオン?」

「そんな気分だ」


 突き当りをすぐに左に曲がり、扉のノブを捻る。


「運が良い!」


 扉は難なく開く。


「テラス!」


 テラスは次のマップを表示した。さらに、細かい指示や見逃しやすい情報なども表示している。


「次は?」

「……この先、だ」


 一枚の薄い扉。今までのものとは比べ物にならないほどの、薄い扉だ。


「見取り図じゃあ、愛華が降りて行ったのは舞台仕掛けの〝奈落〟だ。ここを通ればあの舞台の下に出る」

「あそこって……舞台なの?」

「相棒と一緒にやる、な」


 正詠はその扉を開く。


「これからだ。ここまで来るのに愛華には会わなかった。となると……」


 テラスが表示している見取り図を正詠は確認する。奈落から空に出る道は二本。正詠たちが通ってきた道を行くか、それとも反対の道を行くか。


「愛華なら、太陽は置いていかない」


 女子が男子を運びながら進むのは、かなりの力がいる。最速で進んだ正詠と遥香よりも早く進めるわけがない。


「背中を追うだけ」

「その通りだ。行くぞ、遥香。いい加減愛華とも決着をつけたい」

「うん!」


 二人はその一本の道を走り出した。何度か扉はあるが全て鍵は閉まっておらず、問題なく彼らは進んでいく。

 それでも中々愛華の背中には出会わない。十分、いや二十分。もしかしたら三十分。彼らにはそれぐらい長く感じられた。


「長いね、正詠」


 さすがに二人は息を切らし始めていた。


「そろそろ……だ」


 階段を上る。

 そこで二人は壁に手をやり、一つ大きく息を吸った。


「ようやっと……追いついたぞ」


 太陽の頭を抱えている愛華の背中を、二人はようやっと見つけた。


「愛華!」


 愛華は振り向く。

 瞳から、血が混じった涙を流しながら。


「にぃは……私の、だもん」


 辛そうに。

 苦しそうに。

 痛々しく。


「私だって……にぃを、助けるんだから」


 より強く、愛華は倒れている太陽の頭を抱いた。


「あなた達なんて、だいっきらい!」


 口を大きく開け、愛華は泣き叫んだ。



   想い出/守り抜け、親友のために



 ファブリケイトは宣言通りノクトとロビンに向かう。


「ノクト、受け止めろ! ロビンは援護!」


 大剣の腹でファブリケイトの一太刀を受け、その瞬間にロビンが矢を放つ。矢は甲冑に弾かれ、回転しながらノクトの右頬に当たる。

 ノクトは苛立ちをロビンに向けた。


「ノクト! こんなときにそんな面すんな!」


 思わぬ言葉に、ノクトはまた僅かに苛立ちを募らせた。


「ロビン、地雷矢!」


 複数の矢をファブリケイトに射つが、全てが甲冑に弾かれた。


「爆ぜろ!」


 ノクトはその場から急いで距離を取るが、爆風に煽られ転んでしまった。


「しまった……無事か、ノクト!?」


 ノクトはロビンを睨む。睨まれたロビンは、バツが悪いのか目を逸らした。


「おやおや、仲間割れですか。粗末ですなぁ」


 ノクトとロビンを一瞥すると、ファブリケイトはノクトへと斬りかかった。


「ち、ノクト! 受け止めろ!」


 ノクトは再び大剣の腹を見せるが、前方で太刀を振りかぶったファブリケイトは陽炎のように消え、ノクトの背後から斬りつけた。


「なんっ!?」


 ぐらりと体が傾く前にノクトは大剣を振るうが、そんな攻撃が当たるはずもなく躱される。


「いやはや、無様ですねぇ」

「この……!」

「蓮ちゃん、避けて!」


 薄緑の箱がいくつか現れ、それは瞬時に爆発した。


「キャハハハハハハ!」


 バディタクティクスとは違う狭い空間での戦いに、蓮も透子も慣れないでいた。


「あぁくそっ! ロビン、ノクトを支援! リジェクトに攻撃しろ!」


 その指示にロビンは蓮を見た。


「何してやがる! 早くしろ!」


 ノクトを支援しろという命令であるのに、リジェクトへの攻撃という矛盾にロビンは戸惑う。


「落ち着きなさい、少年。それでは隙を作るだけですよ?」


 戸惑うロビンに紫炎の剣撃が走る。


「飛んで避けろ、ロビン!」


 ロビンは前に飛び避けようとするが、その紫炎を直撃してしまう。


「何やって……!」

「蓮ちゃん!」


 透子の呼び掛けに、蓮は彼女を見た。

 きっ、と強く睨み付ける透子に、蓮は「なんだよ!?」と乱暴に返した。


「下手っ!」


 きっぱりと一言で斬り伏せられる。


「は?」

「ロビン!」


 透子は息を吸う。


「後退してリリィとノクトの支援を! 判断はあなたに任せます!」


 ロビンは後退し、弓を引く。


「セレナ! あなたはノクトの支援を!」


 セレナは頷く。


「リリィ! 思いっきりをお願い!」


 リリィは拳を鳴らし、リジェクトへと攻撃を仕掛けた。それはひらりと躱されるが、ロビンの矢がその隙を補う。


「蓮ちゃん。私達は正詠くんや遥香ちゃんじゃないの。彼らは彼らのやり方がある、それを殺しちゃダメ!」

「けっ、偉そうに!」


 言いながらも、蓮は楽しそうだった。


「ノクト!」


 ノクトと蓮の視線がかち合う。


「バスター!」


 大剣を振りかぶり、ファブリケイトへと降り下ろした。ホログラムの土煙が起き、蓮は顔を僅かに逸らす。


「セレナ、アクアランス!」


 土煙を払うように水の槍がファブリケイトへと走った。


「おやおや、良い指示を出しますね」


 その槍を太刀で払うと、ファブリケイトは一歩踏み込む。


「いいでしょう。ようやく楽しくなりましたし、サービスです」


 太刀を頭上で一度回す。


「スキル発動、剣山刀樹けんざんとうじゅ


 ファブリケイトの影が揺らいだ。


「我が影から生まれ出るは地獄の刀樹、刮目せよ」


 走り抜けるファブリケイトの影を追うように幾つもの刀が伸びる。


「避けろ、ノクト!」


 ファブリケイトの突進を真横に躱し、ノクトは反撃しようとするが。


「もう一つスキル、行きますよ。百花繚乱ひゃっかりょうらん


 影から伸びた刀が花を咲かすように無数に生え、ノクトを傷付ける。


「ノクト!?」


 ファブリケイトは追撃しようとノクトへと足を踏み込む。それをロビンの矢が防ぐように放たれるが、リジェクトの障壁が防ぐ。


「セレナ、ファイアウォール!」


 炎の壁が現れ、ようやくファブリケイトは攻撃を中断し後退した。


「リジェクト、平和島透子の情報を頂けますか? いやはやどうして、彼女は楽しいですねぇ」

「えー。そういうのはアルターに聞いてよー。私そういうの苦手ー」

「やれやれ。あなたもリベリオンも、情報を疎かにしすぎです。だから負けたのですよ」

「むっきー! あれはゴッドタイプのせいだもん!」


 ファブリケイトが頭を振ると、武器が紫炎に包まれ消滅した。


「今日はここまでにしますか」

「ちぇ、仕方ないね。あーあつまんないのぉー。結構気に入ってんだけどなぁ……ま、いっか」

「仕方ありません。所詮は子供、感情に素直ですから」


 ノクトがじりと足を僅かに進める。


「ご安心を。今日はここまでにします。中々楽しかったですよ、平和島嬢」


 恭しくファブリケイトは頭を下げた。


「次は女神がいるときに。あぁそうだ、最後に自己紹介を」


 ファブリケイトの足元がゆらゆらと燃え始めた。


「私は偽造のファブリケイト。背信のパーフィディ、反逆のリベリオン、拒絶のリジェクト、そしてここにはいない改竄のアルターと共に、黄泉の一団を名乗っております」


 炎は徐々にファブリケイトを包んでいく。


「情報が大事って言ってるのに何で教えるのさー」


 リジェクトはファブリケイトとは違い、足元からノイズが上がってきていた。


「サービスです。知ったところで彼らは何もできませんがね」

「それもそっか!」


 そして二人は蓮と透子を見た。


「それではごきげんよう、愚かなマスター諸君」


 ノイズを残し、二人は消えた。

 そのノイズが完全に消えたのを確認すると、透子はその場に腰を下ろした。


「怖かった……」


 そんな透子の頭を、日代は優しく撫でる。


「……かっこよかったぜ」

「無我夢中だっただけだよ……」

「ほら、休ませたいのは山々だが、追いかけるぞ」

「うん」


 透子は蓮の手を握り、立ち上がった。



   想い出/コワレタパズル



――君は天広愛華ちゃんだね?


 にぃがバディタクティクスにのめり込んでいる時、彼に出会った。


――君のお兄さん、太陽くんを取り戻したくないかい?


 私の気持ちを知っている、見ず知らずの人の言葉に。


――私が君に力をあげよう。


 そのとき、私は確信したの。


――もう彼を傷付けさせたくないだろう?


 ようやっと神様は、私にチャンスをくれたんだって。


――君に相棒を貸してあげよう。とっても強い相棒だ。君のお兄さんを守れるほどに。


 私は、にぃを助けられるんだ。


――とっても似合うよ、愛華ちゃん。


 そのとき、ちくりと頭が痛んだ。


――さぁ愛華ちゃん。まずは邪魔な相棒を取り除く作戦から始めよう?


 でも、気にならなかった。

 だって、私はこれからにぃを取り戻すのだから。

 これぐらいの痛み、どうってことないもの。


――……


「ねぇにぃ。ここから出たら買い物行こうね! あはっ! 私、首輪が欲しいな! にぃに付けてあげるからね!」


 ずるりずるりと、愛華は太陽を引きずっていた。

 愛華の額には大粒の汗が浮かんでおり、呼吸は荒かった。それでも彼女は笑みを浮かべながら、太陽を運んでいた。


「あははっ! あと少し、あと少しだね、にぃ!」


 愛華の瞳から急に血が流れ始めた。


「痛……」


 愛華は頭を抱え座り込む。


「痛、い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 ずきりずきりと、彼女の頭は割れるほどに痛み出していた。


「なんで、今まで、こんな!」

「やぁ、愛華ちゃん」


 その痛みの合間を縫うように、男の声とかつんという靴の音が愛華に届く。


「パーフィ……ディ?」

「久しぶりだね。どうだい、調子は?」

「頭がぁ……痛い!」

「あっはっはっ」


 パーフィディと呼ばれた男は朗らかに笑い、手を叩いた。


「それは望みのものを手に入れたからだよ、愛華ちゃん。知らなかったのかい?」

「いた……い……の」

「それは君が望んだ痛みだ」


 パーフィディは愛華を見下ろせるまで位置まで来ると、その場に屈み彼女の顎をくいっと引き、じっくりと顔を見る。


「良い顔だ……お兄さんを手に入れた顔をしている」

「あはっ……あははっ!」


 痛みは消えないが、愛華は笑った。


「愛華ちゃん、何を手に入れたんだい?」

「にぃを助けたの! あははっはははっははははは! やっと助けたの! 私がにぃを助けんだよ、パーフィディ!」


 愛華は太陽の頭を抱いた。


「そうかいそうかい」


 パーフィディは慈しむように愛華の頭を撫でた。


「もう誰にも邪魔させない! あぁ私だけのにぃだもん! ようやっと手に入れた!」

「そうだね、君の言う通りだ」

「ねぇパーフィディ! 私よくやったよね! あんな、あんな奴らよりも役に立ったよね! 私のリジェクトを見てあいつらびびって、あははっ!」

「うんうん」

「これからリジェクトを使って、にぃを守るの! 私とリジェクトって、きっともっと仲良くなれるよね!」


 愛華はSHTITとパーフィディを交互に見た。


「君は間違っていないよ」

「もう何にもいらない! あはっ! 私とリジェクトがいれば何でもできるもん!」

「そうだね、愛華ちゃん。じゃあ、お兄さんの相棒はもういらないね。君にはリジェクトが、お兄さんにはファブリケイトがいるのだし。さぁ私に渡しなさい、テラスを」

「テラスなんていないよ! あんなのいらないじゃない! にぃは私とリジェクトがいればそれで!」


 壊れかけた愛華に、パーフィディは笑みを向けるのを止めた。


「……役立たずめ」


 瞬時に冷たい言葉を吐き、太陽へと視線を向けた。


「くだらん……」


 その太陽の服を調べるが、彼が望むものはなかったらしく舌打ちをし、愛華を睨み付けた。


「所詮はガキ。感情を優先するか。まぁ良い、〝マリオネット〟のサンプルも取れた……次はもう少し年齢を上げて男性サンプルにするか」


 一人で呟きながら、パーフィディは愛華を見た。


「あぁそうだ愛華ちゃん」


 愛華は首を傾げた。


「君の大好きなお兄さんをね、誰よりも傷付けたのは君だよ。君のせいだ。君のせいで、お兄さんは二度と戻らないかもね?」

「へ……?」

「君がお兄さんを傷付けたんだよ。私の言う通りにしなかったからね」


 にっこりと仮面の笑みを浮かべ、パーフィディは愛華の頭を撫でた。そして笑いながら愛華の元を去っていた。


「私、悪く、ないよ……」


 かつん、かつん。

 足音は遠ざかる。


「私は、上手くやったじゃない……」


 やがて足音は聞こえなくなった。

 ずきりと一際頭が痛む。


「違う、もん!」


 頭の血管が焼けるような錯覚。しかし、それは決して錯覚ではなかった。


「私悪くないもん!」


 愛華は左手に付けられているSHTITを自分の腕ごと叩き付けた。ぱきりと音を立て、それは腕から外れる。


「私は、にぃを、守りたかっただけで!」


 今の彼女は気付きもしないだろう。

 このSHTITこそが彼女の頭痛の原因で、それを外したことで奇跡的に彼女は一命を取り留めたのだと。


「ねぇにぃ! 私、悪くない、悪くないよね!」


 ぽろりと、ようやく普通の涙が流れた。


「私は、悪くない、よね!?」


 涙が太陽の頬に落ちたとき、僅かに太陽は瞼を開いた。


「にぃ?」

「また……いじめられたのか、愛華?」


 小さな、小さな声だった。


「どこの奴だ? また、砂の山を崩されたか? ボールを取られたのか? 兄ちゃんに言ってみろ……絶対、助けてやるから」

「にぃ……にぃ!」


 太陽はゆっくりと右腕を伸ばして、愛華の頬に手をやった。


「お前は……僕の妹だろ? 兄ちゃんが、絶対お前を守ってやるから……な? 兄ちゃんに、任せろ……」


 その手を愛華は握り。慟哭をあげる。


「あぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「泣くな……よ、愛華。兄ちゃんに、任せろ……」


 弱々しくだが、太陽は微笑んだ。

 大切な妹を泣き止ませるため、昔からずっと変わらない微笑みを浮かべ。


「お前は、僕の妹、だから……」

「あ……あぁ……」


 太陽はゆっくりと瞼を閉じ始めた。それとほぼ同時に。


「ようやっと……追いついたぞ」


 太陽の頭を抱えている愛華の背中に、正詠が声をかけた。


「愛華!」


 愛華は振り向く。

 瞳から、血が混じった涙を流しながら。


「にぃは……私の、だもん」


 辛そうに。

 苦しそうに。

 痛々しく。


「私だって……にぃを、助けるんだから」


 より強く、愛華は倒れている太陽の頭を抱いた。


「あなた達なんて、だいっきらい!」


 口を大きく開け、愛華は泣き叫んだ。


「いっつも、いっつもにぃをあなた達は助けてくれないじゃない! 約束したのに! 約束……してたのに!」


 息を切らしながら、正詠と遥香は愛華と太陽に歩み寄った。



   想い出/4



 口を大きく開け、愛華は泣き叫んだ。


「いっつも、いっつもにぃをあなた達は助けてくれないじゃない! 約束したのに! 約束……してたのに!」


 息を切らしながら、正詠と遥香は愛華と太陽に歩み寄った。


「正詠、太陽大丈夫だよね?」

「わからん……前と同じなら大丈夫だと思うが」

「来ないでよ!」


 愛華の拒絶を二人は無視した。そして正詠は、太陽の頭を抱える愛華を乱暴に押しのけ、太陽の様子を見た。


「にぃに触らな……」


 ぱしんと、乾いた音がした。


「うるさい、あんた」


 愛華は叩かれた自分の頬を抑えながら遥香を睨み付けた。しかしそんな遥香の表情は固く、愛華よりも強い怒りに満ちている。


「太陽、太陽。無事か、太陽」


 軽く頬を叩きながら、正詠は太陽の名を呼んだ。太陽は顔を歪ませながら、ゆっくりと瞼を開けた。


「正詠、か」

「よか……」


 ぴこん。

 マスター!?

 テラスが太陽の眼前に現れた。


「……テラ、ス」


 太陽はテラスの名を呼んだ。

 前は忘れていたはずの、自分の相棒の名を。


「ここ、どこ、だ?」


 頭を押さえながら、太陽はゆっくりと自分の力で体を起こす。


「にぃ! にぃ! 遥香ちゃんが、遥香ちゃんが私をぶったの!」


 起き上がった太陽に愛華は助けを求めるようにすがるが、そんな愛華の頬を太陽は遥香がしたように引っ叩いた。


「なん、でぇ……?」


 顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら、愛華は太陽を見つめた。


「何かしたんだろ、お前。遥香は絶対にお前を傷付けない」

「違うもん! 私、悪くない……」

「話はあとで、聞くから……あぁくそ、頭痛するわ……」

「立てるか、太陽?」

「おう」


 正詠に支えられながら、太陽は立ち上がった。


「すまないな、こんなところに連れてきて」


 正詠の謝罪に、太陽は苦笑を浮かべて何事もないと伝えた。

 すると奥から蓮と透子が駆けてきた。その二人は太陽たちを見ると安心したように胸を撫で下ろし、走るのを止めて歩き始めた。


「よう、天広」


 息は乱れているが、なるだけ平然を装って蓮は太陽に話しかけた。


「よっ、日代。悪いな、なんか迷惑かけて」

「けっ、テメェはいつも……」

「へへ」


 無理矢理に笑顔を作った太陽だが、それを察せない蓮ではない。

 太陽の頭をぐしゃぐしゃと撫で、蓮は大きくため息をついて愛華を見た。


「おい妹、テメェには聞きたいことが山程あるんだ」


 へたりと座っている愛華は、唇を小刻みに震わせながら、壊れたSHTITを手にした。


「リジェクト! こいつらをやっちゃってよ! リジェクト!」


 既に壊れていると言うのに、何度もリジェクトを呼び、そして叩きつける。


「リジェクト……?」

「リジェクトはもういねぇよ。俺達がぶっ倒したからな」


 その言葉を聞くと、愛華はSHTITを蓮に投げつけ逃げるように這おうとするが、蓮がそれを足で小突いて防いだ。


「逃げんな、妹」

「にぃ! にぃ助けて! 殺される!」

「殺さねぇよ……どんだけ取り乱してんだ、こいつ」


 蓮はしゃがんで、愛華を抱きながら立ち上がった。


「離せ、離せ離せ離せ離せ!」

「暴れんなクソガキ! 血が出てんだろ、テメェも病院に連れていくだけだ馬鹿!」

「離せ!」


 蓮は助けを求めるように太陽と正詠に視線を向ける。


「愛華、大丈夫だ。日代は悪いやつじゃないからさ、たぶん」

「いや、いやぁぁぁ!」

「愛華、頼むから兄ちゃんの言うこと聞いてくれよ」

「あ……」


 兄らしい包容力のある声を聞き、愛華は叫ぶのをやめた。


「良い子だ、愛華」


 叫ぶのをやめた、というよりは愛華は意識を失っていた。


「何なんだ、こいつ……」


 ため息をついた蓮。そんな蓮を横目に、透子は愛華の頭を撫でた。


「太陽くんのこと、ホントに好きなんだね」

「けっ。おい遥香。壊れたオモチャはお前が持ってけよ」

「はいはい。太陽のはどうする?」


 それには正詠が答えた。


「外しておこう。何されるかわかったもんじゃない。ちゃんと……こいつの相棒がいるんだからな」


 正詠に支えられている太陽の左腕から、遥香はSHTITを外した。そして正詠はズボンのポケットからテラスのSHTITを遥香に渡し、着けさせた。

 ぴこん。

 マスター?


「だから僕はお前のマスターじゃ……」

「……お前の相棒だ、太陽」

「……わかんねぇ、わり」

「あとでちゃんと、教えてやる。今は病院に戻るぞ」


 そして全員はゆっくり歩き始めた。



 病院に着いてすぐ、全員がこっぴどく叱られた。

 特に太陽の両親からはひどかった。それも仕方ないことだろう。


「うちの愛華まで入院させて、殺す気なの!?」


 太陽の母は泣きながら叫び散らし、それを太陽の父は肩を抱きながら何とか落ち着かせようとしていた。

 結膜下出血をはじめとした頭部の毛細血管からの出血。それが愛華の血涙の原因だったと、彼らは聞いた。あと少し……あと少し血管が切れていれば、それは脳へ重大な障害を残した可能性があったということも。


「すみま……せん」


 正詠が謝罪の言葉を述べると、遥香、透子が続いて頭を下げた。そんな中で、ぎりと蓮は奥歯を強く噛んだ。彼の体は小刻みに震え、「すみません、でした」と何とか振り絞るようにその言葉を吐き出した。


「母さん、僕が頼んだんだよ。愛華のことは、ごめん」


 ぱしん、と母は太陽の頬を叩いた。


「あんたは……あんたはいっつも愛華を連れ回して! 子供の頃から何にも変わってない!」


 じんと痛むその頬に、太陽は手を当てた。


「ごめん……」

「あなた達も出てって! もうこれ以上、うちの子供を変なことに巻き込まないで!」


 太陽の母の瞳には涙が浮かんでいた。自分の子供を愛し、そして愛した子供が傷付いたことに苦しむ涙だ。〝子供〟ならきっと……一度は見たことがあるその涙に、彼らは胸を締め上げられた。しかし、そんな親の言葉を遮ったのは他でもない、実の子供だった。


「母さん。少しだけ話したいんだ。みんなと、愛華も一緒に」

「あなた、こんな時に何を……!?」

「お願いだよ、母さん。もう抜け出したり愛華を引っ張り回さないからさ」

「駄目にきまっ……!」


 ぴこん。

 ねぇ、いいじゃない。

 太陽の母の相棒、〝シシリー〟は温かい微笑みを浮かべながら、語る。

 あなたの息子って感じ。私、信じても良いと思う。


「シシリー、あんたまで……」


 ぴこん。

 お願い、私たちの息子じゃない。


「母さん。君の相棒もこう言ってる。こいつらにとって大切なことなんだろ。愛華も命に別状はないし、な?」


 父もまた、相棒と同じように優しい笑みを浮かべ母に語り掛けた。


「あなたまで……もう、少しだけだからね。あと私達も話を聞かせてもらうからね」

「ありがとう、母さん」


 太陽は笑みを浮かべると、母は太陽の病室から出ると少しして愛華を連れて来た。

 愛華は頭に包帯を巻いており、その包帯は両目にまで巻かれていた。


「おかあ、さん?」

「太陽たちが話があるんだって。私達も近くにいるから」


 場に緊張の糸が張り詰める。


「えっと、そうだな。正詠」


 太陽は困ったように正詠に笑みを向けた。


「……そうだ、な。順序的にまずは」


 正詠はテラスを見た。


「お前の相棒の話からするぞ」

「……頼む、正詠」


 重い雰囲気は変わらず、正詠は話し出した。

 言葉を選びつつ、天草光の話には触れずに。新しい思い出を少しずつ紡ぐように、ゆっくりと。


「えーっと、ホントにこいつが僕の相棒なのか? あのファブリケイトじゃなくて?」

「あぁ。お前の相棒はこいつだ」


 ベッドに横たわる太陽の上で、テラスはじっと彼を見つめる。


「んー……」


 太陽は首を傾げた。


「……おい、優等生」

「わかってる、蓮。でも今は両親がいる。変なことを言っちゃあ……」

「でもよぉ……」


 普段ならば面倒くさがって声を荒げるのだが、さすがに気を遣っていた。


「あなた達、何を隠してるの?」


 さすがに母が口を挟む。


「言っちゃえばいいじゃん」


 愛華が自嘲気味に笑い、冷たい言葉を吐く。


「またにぃをダメにしたいんでしょ! あはっ!」

「……正詠、私、もう言う」


 愛華の態度に腹を立てた遥香は立ち上がり、太陽の胸倉を掴んだ。太陽の両親が何事かと驚いたが、相手が遥香ということで戸惑っている。


「テラスさ、誰かに似てるよね?」

「誰に……」

「天草光ちゃんに!」


 その言葉を発した途端、太陽は愛華を突き飛ばした。


「わっ」


 倒れそうになった遥香を正詠が支えつつ、太陽をじっと見る。


「知らない」


 太陽は短く言い切る、


「僕じゃ……ない」


 太陽は頭を両手で押さえようとすると、それを蓮が制止する。


「思い出せよ……テメェの大事な幼馴染なんだろうが!」


 頭痛がするのだろう。太陽は目元をぴくつかせながら、眉間に皺を寄せている。


「僕は殺して……ない」


 太陽の瞳から、涙が流れる。


「殺して、ないんだ」

「当たり前だ、お前が天草を殺すわけでねぇだろ」


 正詠は蓮の肩をぽんと叩き、そして大きく息を吐いた。


「俺たちに聞かせてくれよ。もういいんだよ、お前一人で抱え込まなくても」


 正詠は悔しそうに口にした。

 ずっと……十年近くも言葉にしなかったことを、ようやく正詠は太陽に伝えた。何度か彼も言おうとした。〝天草〟のことを話してくれないか、と。しかし結局言えずにいたのだ。それを聞くことで、真実を知るのが怖かったから。


「俺は……もう天草からもお前からも逃げない。受け止めるから」

「私も、正詠と同じだよ、太陽」 


 幼馴染二人の言葉に太陽は震えながら言葉を繋ぐ。


「僕は、ただ……ひかりを……助けたかっただけなんだ」


 自分が見てしまった、もう一人の幼馴染の最後を。



   想い出/太陽



 顔に絆創膏を貼っている少年二人と、少女一人が歩いていた。

 道で拾った立派な枝を振り回しながら先頭を行くのは天広太陽。

 続くのは本を抱える高遠正詠と、女の子らしい可愛らしいワンピースを着た那須遥香。

 三人は秘密の遊び場に向かっていた。


「ずんずん、ずんたっかたーん」


 適当な鼻唄を口ずさみながら、太陽は歩く。


「なぁ太陽。今日はいるかな?」


 正詠は腕の中に恐竜図鑑を持っていた。


「んー……わかんね!」


 笑いながら太陽は答えた。


「光ちゃん、病気だったんだね……」


 遥香は暗く言うが、それすらも太陽は笑い飛ばした。


「だいじょーぶだって! 僕達と遊んでるときはあいつも元気じゃん! 今日いたら手鞠やろうぜ、手鞠! あれ僕好きだ!」


 ずーんずーん、ずんたっかたーん。

 太陽の鼻唄と底抜けに明るい声に、正詠も遥香も少しずつ表徐を明るくしていた。

 裏山の獣道に入り、太陽は邪魔な草葉を手に持つ枝でどかしながら前に進む。やがて道は開けると、そこには花畑が広がっていた。


「あ、いるいる。おーい、光ちゃーん」


 太陽が枝を高く掲げて手を振ると、花畑の真ん中にいる少女も手を振った。


「ダッシュー!」


 三人は少女の元に駆ける。


「久しぶりー光ちゃん!」

「久しぶり……」

「おひさー!」


 それぞれの挨拶が少女に……天草光にかけられた。


「久しぶりだね、みんな」


 光が笑うと、僅かに髪がさらりと靡いた。それは絹のように美しかった。


「ごめんね、最近来れなくて……」

「いいっていいって! なぁ光ちゃん! 今日は手鞠やろうぜ、手鞠!」

「恐竜図鑑読もうよ」

「おままごとやろ、おままごと!」


 困ったように笑う光の瞳は、澄んだ青空のような色をしていた。


「じゃあ恐竜図鑑から読もう? 私、初めて見るから楽しみ」


 光がそう言うと全員は頷き、円になるように座った。

 いつもの光景だった。

 天草光という少女は、彼らと同じ年齢だというのにどこか大人びており、頭も良かった。学校に通っていないはずなのに、彼らの宿題をわかりやすく彼らに教えたこともあった。また一度見聞きしたことは忘れず、一年前に何が起きたかすらも、彼女は鮮明に説明できた。

 ガキ大将とも言える太陽も、天草光には素直になり頼りにしていた。


「へぇ……凄いね。こんな骨格してるんだ……」

「こっかく?」

「えっとね、骨の形のことだよ」


 正詠の質問に簡単に答え、にっこりと笑みを返す。

 四人はしばらく恐竜図鑑を読むと、最近のことについて話し始めた。


「また愛華ちゃんがいじめられたの?」

「そうなんだよ! あいつら愛華が可愛いからってちょっかいかけやがるんだ! 僕そういうの大っ嫌いだ!」

「そうだね、太陽くんはそういう人嫌いだもんね」

「一緒に遊ぼうって素直に言えばいいのに! 光ちゃんもそう思うだろ?」

「うん。私もそう思う」


 朗らかな太陽の笑顔に、光は少し頬を紅く染めた。


「でもいくらなんでも六年生が出てくるのはずるかったよね」


 遥香は頬を膨らませながら、そのときのことを思い出した。


「何で俺まで太陽の喧嘩に巻き込まれないとダメなんだよ……」

「愛華はチーム太陽の仲間だろ! だから助けるに決まってるじゃんか!」

「チーム、太陽?」


 ふふ、と光は笑った。


「あ、光ちゃんも勿論チーム太陽の一人だからな! 色はピンク、ピンクな!」

「ふふふ、ありがと」

「僕はレッドで、正詠はブルー、遥香はイエローで、愛華はホワイト!」

「えー私イエロー?」

「イエローはカレー好きなんだぜ!」

「カレーよりもシチューがいい」


 太陽と遥香の掛け合いに、更に光は笑いだした。


「もう……ふふ、面白いね」


 光と太陽が楽しそうに話しているのを見ながら、遥香は正詠の手を引いて奥の桃色の百合が咲いてる場所まで歩いていった。


「あ、光ちゃん! 手鞠やろうぜ、手鞠! 俺が歌う!」

「うん」


 太陽が手鞠歌を口ずさむと、それに合わせて光が手鞠を打つ。


「ねぇ太陽くん。やっぱり遥香ちゃんが好きなの?」


 太陽は手鞠歌を止め、光へと優しく声をかける。


「遥香は、結婚したい〝好き〟じゃないよ。僕が好きなのは……光ちゃんだよ」


 あまりにも素直に太陽は口にした。

 光は僅かに戸惑うが、はにかむように幸せな笑みを太陽に向けた。次に太陽が驚くが、彼もまた似たように笑みを返した。


「だから何があっても光ちゃんは僕が守ってあげるから!」

「本当に?」

「うん、本当に!」


 根拠などない約束だ。しかしそれは太陽の胸に、そして光の胸にしっかりと刻み込まれた約束だった。

 二人だけの約束が契られると、より二人は親密になった。よく一緒に行動しようとしたし、目が合うと互いに頬を紅く染めたりもした。

 それをからかいもせず、正詠と遥香はにこやかに見守っていた。

 彼らはそんな日々がずっと続くと思っていたのだ。ずっと、このような穏やかな日々が続くと思っていたのだ。



 そのときが、来るまでは。



 太陽たちの学年が上がると、全員揃うことは少なくなった。正詠と遥香は習い事を始め、太陽は遊び盛りの愛華の面倒を見ることが多くなってしまった。

 勿論、愛華を連れて光に会うこともあったが、幼い愛華にとって山道は辛く、連れていった翌日にはよく体調を崩していた。

 そんなある学校帰り、太陽は一人で花畑に向かった。

 子供なりにストレスを感じ、何がなんでも光に会いたかった日だった。


「何だよ、正詠も遥香も習い事って。正詠の塾は何となくわかるけど、遥香がピアノって似合わねぇっての。ちぇっ」


 ぶつくさと文句を言いながら、太陽は裏山の道を進んだ。

 梅雨前のこの日、空は珍しく晴れていた。時折湿っぽい風は吹いたが、それを除けば穏やかで気持ちの良い天気だった。

 だからかもしれない。だからこそ太陽は、光に会いたかったのだろう。この青空のような瞳の彼女に。


「今日はいるかな、光ちゃん……」


 花畑の中央には、いつもの彼女がいた。


「光ちゃーん」


 太陽が名前を呼びながら手を振ると、光は優しく微笑んだ。それを見た太陽は、彼女の元に駆け寄った。


「久しぶりだね、太陽くん」

「久しぶり、最近来れなくてごめんね?」

「ううん、いいの。今日は愛華ちゃんいないの?」

「うん。あ、呼んだほうが良かった?」

「えっと、その……」


 困ったように光は笑みを浮かべた。その真意を太陽は汲むことが出来ずに、首を傾げた。

 複雑な問いかけだったろう。彼女としては太陽が来るだけで嬉しいのだが、ここでそう答えては愛華が邪魔だと言っているようなものだから。


「あれ、今日は髪、いつもと違うね」


 深く考えない太陽はすぐに次の話題へと移る。


「うん。今日結い方教えてもらったの」


 いつも髪を結わない光は、照れ臭そうに言った。


「すっげぇ可愛いよ、似合ってる!」


 朗らかな太陽の笑みを見て、光は顔を真っ赤に染めた。


「ありがと……」

「あ、遥香も最近髪がオダンゴになったりしてるし、今度教えてもらおうよ」

「うん」


 物悲しそうに、光は頷いた。

 そこで太陽はようやく彼女の変化に気付いた。


「元気……ないね」

「そんなことな……」


 言いかけて、光は首を振った。


「ねぇ太陽くん。私ね、長く生きられないの」

「え」


 さぁっと、生温い風が吹く。


「私ね、もうすぐ死んじゃうの」

「嘘……だよね?」

「ううん、ホント」


 それでも彼女は微笑んで、太陽を見た。青い瞳からは涙がぽろりと零れ始める。


「あと、どれくらい会えるの?」

「わかんない。でもね、あと少し」

「嫌だよ……僕」

「私も嫌だな、太陽くんに会えないの」


 泣いているのに、彼女は微笑みを崩さない。

 まるで天気雨のような涙だ。

 太陽はそう思った。青い空から、はらりはらりと切なく落ちる雨粒。それを彼は止める術を知らない。胸が締め付けられるような感覚に耐えきれず、彼は彼女を抱き締めた。


「太陽くん?」

「僕が、助けるよ。守るって約束したから」

「うん」

「だから、死なないで。僕に君を守らせてよ……」

「太陽くん……私はね、あなたの中で生きられるの」

「どういうこと?」


 太陽の涙腺に熱いものが溜まり、零れそうになった。


「本にね、書いてあったの。私が死んでも、私はみんなの記憶の、心の中で生きられるって」

「そんなの、嫌だよ……だってそれじゃあずっと、光ちゃんと新しい思い出作れないよ」


 太陽の涙が零れ、光の頬を伝った。


「私、太陽くんの笑う顔好きなの。お空の太陽みたいにね、ぱぁっと気持ちが明るくなるの」

「僕は光ちゃんの目が好きだよ。青空みたいに綺麗で、嬉しくなるんだ」


 光は太陽の体をぎゅっとより強く抱き締めた。


「みんなと一緒に学校、行きたかったなぁ」


 光の体の震えが、太陽に伝わる。


「一緒に宿題やったり、かけっこしたり、かくれんぼもしたかったな……あとね、あと……」


 一度嗚咽が漏れそうになったが、光はそれを飲み込んで。


「太陽くんとね、結婚したかったなぁ……真っ白なドレス、とっても綺麗なんだよ。写真で見たことあるの」

「うん、うん……」


 二人は必死に嗚咽を噛み殺していた。

 どうしてかはわからないが、ここで嗚咽を漏らしてしまうと、もう二度と会えない気がしたのだ。


「太陽くんの顔、見せて」


 二人はゆっくりと体を離す。

 光は微笑んでいた。しかし、太陽は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「太陽くん、笑って」

「うん……」


 太陽は無理矢理に笑顔を作った。


「太陽くん、大好きだよ」

「ひか……」


 太陽の返事を覆うように、光は自分の唇を太陽の唇へと重ねた。


「私の大好きな太陽くんに、ファーストキスあげる」


 太陽は涙を拭った。


「今日夜にまた会おう。一緒に学校に行こうよ。そこで結婚式をしよう」

「太陽くん……」

「迎えに来るよ、ここに」

「うん、待ってる」

「指切り、しよう」

「うん」


 二人は互いに小指を絡める。


「約束だよ、光ちゃん」

「約束だね、太陽くん」


 そして二人は笑顔を浮かべた。



 その日の夜、十一時の少し前。太陽は頃合いを見計らって外に出た。この時間、母は愛華と共に休んでおり、父は書斎で読書をしている。抜け出すのは容易だった。

 いつもより少ししっかりした服装で、太陽はあの花畑へ駆けていった。


――十一時に待ち合わせしよう。


 自分の呼吸が町中に響いているのではと錯覚するほどに、夜の町は静かだった。

 間もなくして裏山に辿り着くと、太陽は速度を緩めることなく獣道を進む。

 そして花畑に到着すると、太陽は光を探した。


「光ちゃん! 光ちゃん!」


 返事はない。


「僕だよ、太陽!」


 がさりと、太陽の背後から音がすると、彼はすぐに振り返った。


「ひか……!」


 太陽が期待と共に名前を呼ぼうとするが、現れたのは違う人物だった。


「天広太陽くんだね?」


 大人だった。顔は暗がりでよくわからないが、声は父よりも若く、お兄さんという印象を太陽は抱いた。


「光ちゃんと約束していたのだろう? 光ちゃんは今体調を崩していてね、ここには来れない。でも君に会いたがっている」


 男は抑揚のない声で話していた。


「私と一緒に来れば会える。どうするかね?」


 どうするかなど、太陽にとっては聞かれるまでもないことだった。


「会いたい!」

「では……一緒に行こうか、神の父よ」


 この時の太陽には、男が何を言っているかなどわからなかった。ただ光に会いたい。彼にはそれしかなかった。

 男に手を引かれ、太陽はSHTIT研究所へと入る。


「ここは子供は入っちゃダメなんじゃ……」

「今の君は入っていいことになっている」


 研究所の中は薄暗く、どこか不気味だった。知らず太陽は男の手を強く握り、しきりにきょろきょろと辺りを見回した。

 男はゆっくりと階段を下っていき、やがて大きな扉の前で立ち止まった。


「さぁ、ここだよ」


 ゆっくりと男は扉を開けると、そこは広い部屋だった。

 中央にはベッドが置かれ、そこだけにライトが当たっている。


「あそこに光ちゃんがいる」


 男は手を太陽の手を離す。


「光……ちゃん?」


 太陽はゆっくりとそのベッドへと向かった。

 ベッドの回りには何に使うかわからない機械が規則正しい電子音を立てており、地面にはベッドを取り囲むような丸い溝があった。


「光ちゃん……」


 光はベッドで苦しそうに呼吸していた。

 頭からはいくつもの色とりどりなコードが機械に向けて伸ばされており、彼女の顔は苦痛に歪んでいる。


「たいよう、くん?」

「迎えに、来たよ……」

「うれ、しい……」


 光は左手を僅かに伸ばす。


「でも、ごめんな、さい。学校、行けそうに、ないの」

「光ちゃん……」


 かつん。


「光ちゃん、君の王子様が来てくれたんだ。もっと気の利いた言葉をかけてあげるべきだよ」


 男の言葉に、光は僅かに微笑みを浮かべる。


「私、太陽くんのこと、大好きだよ」

「僕だって、僕だって大好きだよ!」

「私、これからも生きていたいの。あなたと一緒に……」

「僕だって!」


 ピピピ、と電子音が連続して鳴り始める。


「もう少し……」


 男は呟く。


「離れたく、ない、よぉ……」

「光ちゃん、光ちゃん!」

「ねぇ、おじさん……本当に私、また太陽くんに会える?」


 光は太陽の後ろにいる男に話しかけた。


「勿論だよ、光ちゃん」


 男の声は、興奮を無理矢理圧し殺したようなものだった。


「ねぇ太陽くん。私ね、またあなたに会える、の」

「え……?」

「私はね、ここじゃない、遠いところに、これから行くの。でも、ね。私が……」


 ひゅっ、と光は短く息を吐くと、それ以上に多く息を吸い込んだ。


「私が忘れなかったら、また太陽くんに、会えるの」


 ぽろりと、光は涙を零す。


「私、太陽くんのこと、絶対忘れない。だから、ね。約束、しよ?」

「やく、そく?」

「次に会うときまで、今日のことを秘密にするの。そしてまた、二人で会った……ら」


 機械が明らかな異音を鳴らす。


「また、思い出してくれると、嬉しいな……」

「光ちゃん!」

「それまでは、私にそうしてくれたみたいに……他の人を笑顔にしてね?」


 ゆっくりと、光の呼吸は弱くなっていく。


「きっと、会えるから」


 機械から音が消えると、すぐに機械音声が流れた。


――リバースプログラム、プロセスコンプリート。


 それと同時に、光は動かなくなった。


「くく……」


 言葉を失う太陽の背後で、男は笑った。


「やっとだ! 最高のAIが! 望んだSHTITシュティットが! 世界を変える相棒バディが! あはははっははははははははっははははははっ! 神が、神がようやっと誕生するんだ!」


 ばちりと音がすると同時に、部屋中のライトが点いた。


「成功だよ、諸君! これで神は生まれる! 時が来れば、我々は……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 光ちゃん光ちゃん光ちゃん!」

「あはははっははは! さぁすぐにコピーを取れ! データはいい、いくら取っても腐らんしなぁ! あははっはははははっ!」


 太陽の肩をがっしりと男は掴んだ。


「君のおかげだ、えーっと何て言ったかな……随分と能天気な名前だったと思うんだがね。まぁいい、君のおかげだよ」


 太陽には男が何を言っているのか、全く理解できない。


「彼女を運べ」


 光はベッドと共に運ばれる。


「光ちゃん……光ちゃんは!?」


 太陽が追い掛けようとしたが、それを男は許さなかった。


「君が知っている彼女はもういない。君のおかげでいなくなった。今運ばれた方はね、神なんだ」

「ひか……」

「聞き分けのない子だね」


 男の声にはっきりと苛立ちが現れると、ぐいっと太陽の肩を引いて来た道を戻ろうとした。


「光ちゃんと、光ちゃんと約束したんだ! 助けるって! 守るって!」

「五月蠅いガキだ……君のせいで死んだっていうのに」

「え?」


 男の言葉に、初めて太陽は男に顔を向けた。涙のせいではっきりは見えなかったが、おそらく笑っていると太陽は感じた。


「まさか気付かなかったのかい? 彼女を殺したのは君なんだよ? あんなに無理をさせて、まさか自覚していないなんて……君は、根っからの人殺しなんだね」

「ちが……」


 男は太陽の髪を掴み、乱暴に投げ飛ばした。


「この人殺しを運べ。あぁけれど、罪人の烙印は押さなくていい。神の誕生を促した人物でもあるからね」

「僕は悪くない!」

「人殺しだよ、君は」

「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁう!」


 慟哭を上げ、太陽は意識を失った。

 光との記憶を全て封じ込め、忘れるために。

 光との想い出をまた、思い出すために。

 再び光と、出会うまで。



   想い出/5



 太陽は全てを話し終えると、涙を流した。


「僕は光を助けたかったんだ……それなのに……」


 太陽は言葉を紡ごうとするが、それ以上できなかった。

 その事実を自分が否定していたはずなのに、その事実を自分で肯定してしまいそうで。

 四人の胸に、あの悲しげな微笑みと、口にされた言葉が浮かんだ。


――でも、この事は太陽くんには言わないであげて。約束破っちゃうのは、嫌だから……


「僕は助けられなかったんだ……」


 太陽は自分の両手を見つめながら、体を震わせた。

 ぴこん。

 この場に似合わぬ呼び出し音をあげたのは、セレナだ。


 あなたは、何もわからぬ状況で私を助けてくれたではないですか。あの化け物から、あなたの〝テラス〟と共に。


 太陽の手に、その小さな手を添えセレナは太陽の目をじっと見つめた。


「テラスと……一緒に?」


 透子の相棒を助けたことは、太陽も覚えている。しかしその記憶にテラスの姿はない。

 ぴこん。

 次に呼び出し音をあげたのはリリィ。


 私たちがツルギと戦っていたとき、あなたと〝テラス〟は私と遥香マスターを助けに来てくれた。その姿にどれだけ勇気をもらえたことか。


 それも太陽は覚えている。テラスの姿は彼の記憶にないが、確かに遥香たちのもとに駆けつけた。

 リリィもまた、セレナのように手を添える。

 ぴこん。

 続いて、ノクトが。


 あんたは俺とマスターを見捨てなかった。見捨てても良かったのに、それなのにあんたと〝テラス〟は、俺たちを助けた。


 覚えている。あのとき助ける術をすぐに思い付かず、相棒と共に何も考えずに向かおうとしたことを。

 ノクトは手を添え、彼の顔を見て頷いた。

 ぴこん。

 最後にロビンが。


 思い出してほしい。痛みを恐れず、私のマスターを助けてくれたことを。あなたは恐怖を勇気に変えて、〝テラス〟と共に私たちを助けたことを。


 ロビンは手を添え、涙を浮かべる。

 忘れていない。忘れるわけがない。リベリオンに捕らえられたロビンを、自分の相棒と共に助けたことを。


「僕は……」


 あなたの勇気が。

 あなたの強さが。

 あなたの優しさが。

 あなたの決意が。

 いつだって私達を、助けてくれた。


「僕は……!」


 テラスはぽろぽろと涙を零しながら、太陽の手に頬を添える。


 マスター。大好きなマスター。泣かないで。あなたが大好きだった人もきっと、あなたが来てくれたことで、あなたが約束をしてくれたことで、救われたはずです。あなたが今なお覚えていることで、救われているはずです。だから、自分を責めないで。傷付けないで。


 光と似た姿をした相棒は、優しい涙を流し続ける。

 彼女が発した言葉は、まるで〝彼女〟が発したように錯覚するほどに温かい。きっと〝彼女〟ならそう言うだろう。きっと〝彼女〟なら、こんな自分を見て彼女のように涙を流すだろう。だからだろう、太陽の心からわだかまりが解れていった。

 その時、かちりと太陽の記憶は音を立てるように繋がれ始める。


「あぁ……そうだ。お前はサイダーが好きなんだ。お前は泣き虫で、よく笑って、僕と一緒に怒って、戦った……」


 タマゴの時、サイダーを見て物欲しそうにしていた。

 僕が馬鹿にされたとき、誰よりも泣いてくれた。

 仲間を助けようとしたとき、一緒に戦ってくれた。

 みんなと一緒に、笑い合った。


「テラス……そうだ、テラスだ。僕の相棒は……テラスだ」


 太陽は笑みを浮かべ、テラスを見た。


「おいで、テラス」


 テラスも笑みを返し、太陽の肩に乗り頬擦りする。


「ふざけないでよ……」


 しかしそんな中で、愛華は毒を吐く。


「それでもあなた達がにぃを傷付けたのは変わらないじゃない!」


 愛華は包帯の下から涙を流し、訴える。


「相棒なんていなければ……テラスなんていなければ、にぃはこんな悲しいことを思い出さずに済んだ! バディタクティクスなんかに参加しなければ、にぃがまた傷付くことなんかなかった! 全部あんた達が……全部あんた達が悪いんじゃない!」

「愛華……」

「だって光ちゃんは死んじゃったんだよ? 結局死んじゃったじゃん! それなら何で思い出す必要があったのさ! 思い出さなかったら。にぃだって幸せに生活できたもん!」


 愛華が言っていることはもっともだろう。

 〝結果〟は変わらない。それだけはどうしても変えられないのだから。


「いや、生きてるよ、きっと」


 しかしそれを否定したのは、太陽自身だ。


「だって、にぃが死んだの見たって……!」


 胸に手を当て、太陽はゆっくりと深呼吸をする。


「たぶん、生きてる」


 その言葉に、全員が息を飲んだ。


「確かに光はもうすぐ死ぬと言ったけど、それはきっと僕らが幼稚園のときから知っていたはずだ。でも、小学二年まで生きていられた。だったらきっと、まだ生きているんじゃないかなって、今なら思う。あの時、殺したと言ったのはあの男だ。今の僕は、もうそれを信じない」


 そんな言葉を聞いて、「ははっ!」と蓮は短く笑った。


「俺はお前の言う通りだと思うぜ! きっと天草ってやつは生きている!」


 そんな蓮を見て、正詠は頭を振りながらため息をつく。


「俺には正直わからん。だが、太陽。お前のこういうときの勘はよく当たることを知ってるからな。だから俺はお前を信じる」


 遥香と透子は一度顔を見合わせ、互いに頷いた。


「私も太陽が言うならそうだと思う!」

「私も、そう思うな……」


 四人には確信がある。

 あのときのテラスは、確かに自分を〝光〟と認めていた。ならば、天草が〝死んで〟いるわけがない。

 だから太陽が光の生存を口にしたことで、彼らは心の底から嬉しくなったのだ。光が言っていた約束はきっと、いつか果たされるのだと。


「何よ、それ……バッカじゃないの!」


 何も知らない愛華は、これ以上反論できなかった。


「お母さん、病室に連れてって! こんな人たちと一秒でも一緒にいたくない!」

「愛華……」


 太陽の母は話に一切付いていけず、何が正しいのかとおろおろとし始めた。


「母さん、私もさっぱりわからない。だから、太陽と愛華が退院したら、もっとゆっくりと話を聞こう。最初から、今までの話を」


 太陽の父は母の肩に手を置き、優しく語り掛けた。それに安心したように母は胸を撫で下ろし、「あとでちゃんと聞くからね」と太陽たち全員に釘を刺し、愛華を連れて出て行った。


「さて……」


 父は椅子から立ち上がった。


「家まで送っていくよ、四人とも。もう遅いからね」


 穏やかな笑みで父はそう言った。

 各々が礼を言いながら立ち上がる。


「みんな」


 そんな彼らを、太陽は一度呼び止め。


「また学校でな」


 にかっと笑って、太陽はテラスと共に手を振った。

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