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太陽のオトシゴ  作者: 南多 鏡
第一部 バースデーエッグ
1/22

第一章 電子タマゴ

   タマゴ/1


 陽光高等学校。戦前より続く伝統深い学校だ。新しい技術を常に受け入れていくことが、学校を長く続かせるコツだと入学式の時に校長が言っていた気がする。

 新しいものを受け入れる柔軟性からだろう。校則は適度に厳しく、適度に緩い。 そこが、僕……天広てんひろ 太陽たいようが通っている学校だ。

 そんな僕は今、とても憂鬱だ。

 その原因は二年生になると始まる、とある授業にある。


 バースデーエッグプログラム。


 国が学力格差を防ぐために用意した最高の学習AIを扱う為の授業。その授業で配布されるAIは、個々人の性格、学力、特徴に合わせた容姿持ち、勉強からプライベートに至るまでフォローしてくれる。


「あぁ……憂鬱だ」


 既に始業式も終わり、新しく通うことになった二年三組。その中でも窓際、真ん中より少し後ろの席。そこに僕は腰かけた。


「よっ、太陽!」


 ばしんと背中を叩いてきたのは、幼馴染みの那須なす 遥香はるか


「なんだよ狂暴女」

「あぁん? 生意気言うのはこの口か~?」


 後ろから前に回って僕の両頬をぐいぐいと引っ張る遥香。

 甘栗色のショートヘアーはそれだけで彼女が活発な印象を表し、少しだけ乱暴な言葉遣いがそれを確たるものにし、粗雑な行動がそれを狂暴というものへと昇華する。


「ごひぇんなひゃい」

「わかれば良い」


 一応話せばわかる類なので御しやすいものの、なんやかんやと絡まれるのはいただけない。


「んで、何で憂鬱なのさ」


 遥香は僕の前の机へと座る。短めのスカートから見える健康的な両足を見て、僕は答える。


「今日はバースデーエッグの授業があるだろ? それが嫌なんだよ……」

「人の足見ながら普通に答えるって、あんたどうかしてるよ」

「……ぶひぃ、遥香たんの生足だぉ」

「キモい死ねカスクズキモい」


 遥香の期待に応える返答をしたのに、ひどいもんだ。


「というかさ、バースデーエッグなんてみんな楽しみにしてるもんじゃないの?」


 遥香はそう言って周囲を見る。確かに、クラスメイトが話している話題はそればっかりだ。中には『良いパートナーを孵化させるためには』という本を読んでいるものもいる。


「僕はなんも特徴がないからきっとナマコみたいな奴に決まってんだよ……」

「あんたねぇ……」


 そこまで話すと鐘が鳴る。

 ざわざわとした喧騒が一瞬で静まり、皆が席についた。そして、教室のドアが一つ開いた。僕らの担任だ。


「お、さすがに今日は休みのやつはいないか」


 担任はドアをくぐるときに、クラスを簡単に見渡す。その顔はどこか嬉しそうだった。


「さて、ホームルームを始めたら、お前たちお待ちかねのバースデーエッグを配付する」


 ひゅう! と誰かが口笛を鳴らすと、今まで潜んでいた喧騒がまた現れた。

 担任は出欠と連絡事項を伝えると、ごほんとわざとらしく咳払いをする。


「では、これよりバースデーエッグの授業を始める」


 その一言と同時に、また教室のドアが開いた。

 そこから現れたのは見慣れない白衣に身を包む、痩せた眼鏡の男だった。


「お願いします、柳原やなぎはらさん」


 担任は柳原という名前の男に一礼すると、教室の隅にあるパイプ椅子に座った。

 男は大きな鞄を持っており、それを教壇の上に置いた。


「陽光高校、二年三組の皆さんはじめまして。私は柳原やなぎはら 太一たいち。君たちにバースデーエッグを配付する公務員の一人だ」


 男はそこまで話して、大きな鞄を教団に置き一度咳払いする。


「この鞄の中には君たちに配付するウェアラブル端末一式が入っている。これらは君たちに正式に譲渡されるもので、私の手から君たちの手に渡った瞬間に、君たちの財産となる」


 柳原は僕たちへと背中を向け、チョークを手に持った。


「ではまずバースデーエッグについて簡単に説明していこう」


 カッカッカッ。

 小気味良い音を立てながら、黒板に神経質な文字が刻まれていく。


「バースデーエッグとは君たち若人の教育格差をなくすもの。これはわかっているかね? 金持ちの家に生まれたものは有能な家庭教師、効率的な塾に通えるが、金のない家のものはそうはいかない。それでは不平等になる。努力による差はあれど、環境によって格差が生まれてはならない。更に、今は超情報社会。この情報格差もなくさないといけない。一昔前の俗に言うガラパゴス携帯、スマートフォン……これを扱えることが出来るもの、出来ないもの。使いこなしソフトを開発できるものは情報強者と呼ばれ、逆はもちろん情報弱者と言われる」


 柳原は文字以外にも図などを細かく書いていった。


「さて、十八歳未満が所持して良い通信端末は現在制限されている。出席番号二四番、学生が所有可能な情報端末、それは何か答えなさい」


 急な指名に慌てたのは指名されたやつだけではない。みんなが思ったろう。


――え、指名されんの?


 と。


「えーっと、スマートフォンまでです」

「そう、その通り。十八歳未満で高等学校、もしくはそれと同系統の教育機関に在学しているものは、一部を除きスマートフォンに分類される通信端末以外を所持してはいけない。しかも情報閲覧はかなり限られており、デリケートな情報を入手するのは至難の技だ」


 柳原は板書を終えてこちらに向き直る。


「何故か答えなさい。出席番号十四番」


 げっ、僕か。


「あー、えー……情報の真偽判断力がまだ弱いから、ですか?」


 少しの間。


「うむ、及第点だ。しかし、情報端末の所持や情報閲覧を制限しては、君たち若人と我々成人との間には大きな情報格差が生まれてしまう。そこで……」


 柳原は左手の甲を僕らに見せた。白衣の裾はするりと落ちて、そこから黒いブレスレットのようなものが見える。


「超高性能教育情報端末……通称は〝SHTITシュティット〟、愛称〝相棒バディ〟を与え、そしてその扱いを教えるバースデーエッグ・プログラムを高等学校から必修教育とすることで、君たち若人の才能をより効率よく、より最適に育ててあげよう」


 柳原は得意気に笑ってそう言った。



   タマゴ/2



 バースデーエッグ・プログラム。国から提供される超高性能教育情報端末“相棒バディ”の使い方、“育て方”を教える授業。

 新しい情報社会に殻を破り産声を上げた情報初心者ルーキーたちよ。

 というくっさい口上から、バースデーエッグと名付けられたらしい。

 厨二病、乙。


「みんな、相棒は受け取ってくれたかね?」


 柳原の言葉に皆が静かに頷く。


「まずはそれを腕に付けておくれ」


 言われた通りに皆が腕に付けた。

 するとキュインという電子音と共に、それぞれの目の前に“タマゴ”が浮かび上がった。


「空間ディスプレイに支障はないかね?」


 柳原は一人ずつ顔を見ていく。


「なさそうだ。今、君たちの目の前にあるのが、今後君たちの相棒だ。まだタマゴだが、明日の今日と同じ時刻にそれは孵化する」


 おー、と感嘆の声が方々から上がる。


「一つ一つの端末には君たちの今までの成績、簡単な性格分析などがインプットされている。今日一日はそれを肌身離さず持っているように。勿論、完全防水だ。ついでに防塵、防熱、防寒、対衝撃でもあるから安心してお風呂に入っておくれ」


 柳原の話には熱が籠っている。しかしそれとは対照的に僕は冷めていた。

 あぁ、なんて可哀想な相棒。僕みたいななんの特徴もない男にもらわれるなんて。いつかこの子は言うだろう。「あなたのところになんか生まれなければ」と。思春期を迎えた娘を持つお父さんの気分だ。僕はまだ十七歳だし彼女もいないし童貞だけど。

 何となくつついてみた。ぷるぷるとタマゴが震える。


「あっはっはっ。早速コミュニケーションを図るのは良いことだ、十四番くん」


 ぽんと僕の肩に柳原の手が置かれる。

 びくりと体を動かすと、能面のような笑みを張り付けながら、柳原は続ける。


「では君から始めよう。タマゴに向かって自己紹介してみなさい」

「はい……」


 くっそ恥ずかしいけども。


「えーっと、僕は……」

「ノー。いけないよ、十四番くん。これからその子は君の相棒になるんだ。もっと親しみを込めなさい」


 お前キャラ違くね!?


「さぁもう一度だ」


 くそ……なんか納得いかないけど、みんなの期待に応えなければなるまい。


「よっ、おら、天広 太陽! おめー丸いなぁ!」


 沈黙。

 しかも長い沈黙。


「……ふむ」


 なんか柳原は急にトーンダウンしてるし、クラスメイトからは微妙な視線を向けられている。


「……」


 じっとタマゴを見ていると、タマゴが横に倒れた。


「何で横に倒れたし! やめろし! なんで産まれてもないお前がこけるし! お前僕をフォローして倒れるならせめてもっと早くこけろし!」


 クラスが笑いに包まれた。


「さっすが天広! 馬鹿にされることに関しては天才だなぁ!」

「うるせーうるせー!! おいこのタマゴ野郎! てめぇ産まれてもないくせに僕のこと馬鹿にすんなよ!」


 タマゴはころりと転がった。それは寝転がっている奴がこちらをチラ見して、「うわっ」と言いながら背中を向けるように見えた。


「うがぁーー! 柳原さん! こいつ交換してください! 生意気だし既に可愛くない!」

「……」


 ぎろりとした視線が自分に向けられた。


「あ、えっと、はい。最高の相棒です、交換なんてあり得ませんよね、はい」

「君の相棒は異性タイプか。異性タイプはコミュニケーションが大変だ。しっかりと信頼関係を築きなさい。AIとはいえ感情があるのだから」

「え、マジすか」

「そうだよ。だから、気を付けなさい。〝家出〟なんかしないようにね」


 背筋がぞわりと震える。


「どういう、意味ですか」

「感情があるんだよ、相棒にはね。だから勿論、家出もするさ」


 柳原の目は、獲物を狩る猛獣のようだった。それを誤魔化すように笑うと、柳原は教壇に戻った。


「さて、時間もそこそこですので、バースデーエッグの授業はここまでだ。各々、タマゴには自己紹介をしておくように。明日以降は私ではなく、この学校の教師の方が受け持ってくれます。では皆さん、またどこかで会おう。近々ね……」


 さらりと柳原が言うと、ちょうど鐘が鳴った。号令と共に柳原に一礼すると、早速さっきのことで遥香が突っかかってきた。


「あらータマゴに馬鹿にされた太陽くんじゃなぁーい?」

「……黙れゴリラ」

「んーあんたの頭を割って目玉焼きにしてやろうかぁ?」


 オーマイガッ!

 遥香の手しか見えない! 痛い! これ見たことある、プロレスで見たことある!


「そこまでにしとけ、遥香」


 遥香は頭をぺしりと叩かれる。


「助か……ったよ」


 ゴリラ、もとい遥香の手から開放してくれたのは、高遠たかとお 正詠まさよみ。もう一人の幼馴染みだ。ちなみにイケメン。勉強もできる。スポーツは上々。


「あー正詠はいいよなぁ。きっとすげぇ格好いいのが産まれるぜ。けっ」


 正詠が嘆息して遥香を見た。


「なんだこいつ?」

「朝から、『きっと僕のバースデーエッグからはナマコが産まれるんだぶひぃ』って言って勝手に凹んでんの」


「馬鹿かこいつ」


 二人が近くの椅子に座る。


「おっ、見ろよ」


 正詠が自分の近くにいるタマゴを見た。


「あははっ! なんか話してるみたい!」


 僕と遥香と正詠のタマゴが向かい合って(と言っていいのかわからないが)、何やら左右に揺れている。


「タマゴのときから仲良しってのは、なんかいいな。僕のはナマコだけど」


 こてんと僕のタマゴが倒れた。


「ぷっ」

「くっそ、不覚だ」

「ちょっと、もうやめてよ……」


 僕たち三人はこれから産まれるであろう相棒を見て、心が温かくなるのを感じていた。



   タマゴ/3



 授業が終わり自宅に戻る。自宅からはバスで三十分ほどで到着する。そこから大体に十分ぐらい歩くと平凡な我が家が見えてくる。

 平凡とはいえ、決して悪くはない。ちゃんと自分の部屋もあるし、母は優しいし、父は尊敬できるし、妹も可愛い。

 ただ……。


「はぁ、憂鬱だ」

「にぃ、何してんのさ」


 背後から声をかけられる。


愛華まなか……」


 何て可愛らしい妹だ。

 目は大きくてぱっちりしているし、肌も綺麗。身長は適当な高さだ。まさにDNAの奇跡。何故少し後に来るのだ、DNAの奇跡よ。最初に来いよ。なんだよこの理不尽なガチャ。


「早く入ってよ、もう」


 なんて可愛らしい笑み。くそ、どうして! どうして僕にそのDNAの片鱗はないんだよ!


「ほらほらぁ」


 愛華が背中を押してくる。DNAという世界の理不尽と闘いながら、僕は家に入る。


「おかえりー」


 部屋から母の声がする。のんびりと居間へと向かうと、母は既に本日の夕食を作り始めている。

 母は専業主婦。ちなみに一日で十万ぐらいを稼いだりするFXのデイトレーダーだったりもするのだ。

 今はいないが父は公務員で、一般企業からの転職組だ。堅実、誠実を背負う男。ちなみに僕から見ても渋くてかっこいい外見をしている。


「ふぐぅ!」


 居間でそのまま両膝を付いた。


「なーにその歳で人生の不遇を表現してんのよ、太陽」

「だって、僕だけ何にも才能ない」

「才能ってのは〝あんたを見てわかるもの〟だけじゃないでしょ」

「意味わかんね!」

「あんた今日タマゴもらったんでしょ、今後はその子があんたを支えてくれるんだもん。変われるって」


 ぽんと僕の肩に母は手を置いた。

 母の肩には小さな妖精が乗っていた。絵本で見たような姿をしているが、目がなんかガチだ。

 その妖精は紙を持っている。買い物リストと書かれた紙を。


「母さん」

「まずは買い物の才能よ」

「クソババァ」

「米十キロ追加してやろうかクソガキ」

「ごめんなさい、ちょっぱやで行きます」

「よろしい」


 鞄を置いて出ようとしたが、実物の紙をもらっていないことを思い出した。


「母さん、メモくれよ」

「大丈夫よ、ほら。あんたのタマゴ」


 タマゴに視線をずらすと、タマゴの殻には先程のメモが映されていた。


「……きもっ。お前、本当にナマコじゃね」


 タマゴは左右に小刻みに揺れた。怒っているのかもしれない。


「大切にしなさいよ」

「わかってるっての」


 母のお節介に適当に返して、僕はまた家を出た。


 というわけで買い物を終えて帰ってくると、僕の父は既に帰宅していた。

 そんな父の肩には立派な着物を来た相棒が乗っていた。


「おかえり、父さん」


 父と父の相棒がこちらをちらりと見た。


「あぁ、ただいま」


 春とはいえまだ暑かった。手で顔を扇ぎながら冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「太陽、ついでにみんなのもよろしくね。ご飯にするから」

「え、今日の夕飯の買い物じゃないの?」

「お醤油と塩が心細かっただけ。ほら、ちゃちゃっと動きなさい」

「はいはーい」


 四人分をコップに注いで、テーブルに置く。


「太陽」

「なに、父さん?」

「お前の相棒だが……」

「あぁまだ産まれてないよ」

「いや、転がってるぞ」

「はい?」


 気付けば僕の相棒はテーブルの上をご機嫌そうにころころと転がっていた。


「あら可愛いじゃない」

「産まれてくるのはナマコなんだよ、きっと……」

「安心なさい、どうせ人型よ」


 すぱっと言い切って、母は夕食をテーブルに並べていった。




 夕食を終えたあとは至福の時間だ。

 まずは録画した深夜アニメを観ながらスマフォゲームをする。アニメを観終わったら漫画を読む。んで、時折遥香や正詠、クラスメイト達とチャットをする。

 それに飽きる頃には風呂は空くので漫画を持って風呂に入る。

 最高だ。最高すぎるぜ。あとは風呂上がりに五ツ矢サイダーをかっくらって寝よう。


「あーさっぱりしたー」


 ふらふらと冷蔵庫から五ツ矢サイダーを取って部屋に戻った。


「至福じゃあ」


 そしてベッドに寝転ぶ。


「んぁ?」


 タマゴが羨ましそうにこちらを見ている(ように感じる)。


「飲みたいのか?」


 タマゴが前後に揺れた。


「うーん……そうだな、明日孵化するんだろ? そんときの記念にやるよ。飲めるかわからねぇけど」


 タマゴが左右にご機嫌そうに転がった。



   タマゴ/目覚め



 ふわりと何かが目の前で舞っている。

 それは小さいが、眩いほどに輝いている。そして……楽しそうに笑っている。


「おや主様」


 軽やかに笑いながらその光はくるくる回った。


「楽しみ楽しみ。ふふふ」


 う、うるせぇ。


「あらら。これは失礼。しかし、私は楽しみで仕方ないのです」


 わかった。わかったから今は眠らせてくれ、頼むよ。


「えぇえぇ、良いですとも。それでは、また明日お会いしましょう……」


 光はゆっくりと消えていった。

 それは、スズムシの羽音が急に聞こえなくなったような感覚に似ていた。



   タマゴ/4



 変な夢を見たせいで体が凄いだるい。しかしその夢のおかげというか、せいというか、目覚ましがなる前に起きることができた。

 はぁ、と大きくため息をついて朝の準備を整えていく。まずは朝食、次にシャワーだ。そのあとは時間との勝負だ。髪をささっと整えて、今日の占いをチェックする。みずがめ座は一位だった。意外な出会いがあるかも! らしい。そりゃああるだろう。ナマコとの衝撃的な出会いだ。


「いってきまーす」


 家を出て、そういえばと思い出した。

 左腕に着けている端末をちらりと見た。昨日から鬱陶しいくらいに出てきたタマゴは出ていない。


「なんだ、空気読めるんだ」


 AIのくせに。それは口にはしないで、くすりと笑みを零した。

 朝の通学ではバスが一番の難題だが、今日は奇跡的に座ることができた。何人かのクラスメイトと話したが、話題はバースデーエッグのことばかりだった。

 同じ話題が繰り返されることに辟易しながら校舎に到着すると、正詠と遥香を見つけた。


「よっ、朝練お疲れ」

「おうナマコ帰宅部、お前は楽でいいな」

「全くだよナマコ帰宅部」

「お前らなぁ……」


 正詠は弓道部に、遥香はバレー部に所属している。互いに実力は折り紙付きで、今年はレギュラー入りらしい。絶対に口にはしないが、自慢の幼馴染だ。


「今日も一限目からバースデーエッグだな、ナマコ」

「それを言うなって、正詠」


 肩を落として教室に入ると、わっと盛り上がる。


「来たぞ来たぞ、太陽だ!」


 わいわいと皆が僕を取り囲んだ。


「お前のタマゴから何が産まれるかをみんなで考えてたんだよ!」

「お前の予想ではナマコなんだよな?」

「どうだ、ぬめぬめしてるか?」


 うわーこいつら最低やでー。


「うるせーうるせー!」


 クラスメイトの囲いを抜けて、自分の席に座る。しばらくはからかわれたが、それも鐘が鳴るまでだった。鐘が鳴ると、みんな期待に目を輝かせながら椅子に座った。そして担任が教室に入ってくると、こそこそと秘密話を始めた。


「あーまぁお前たちの期待はわかるが、とりあえず朝のホームルームを始めるぞ」


 とは言っても特に何もないのか、本日の教室掃除の件と今週にある全校集会の件についての話だった。


「えーでは、そのまま授業を始める。みんな相棒の様子はどうかな?」


 左腕を見る。昨日は教室でもタマゴでありながら表情豊かだったのに。


「そう、そろそろ孵化が始まるからね。彼らも少し緊張しているようだが、親となる君たちはどっしりと構えていなさい」


 担任は自分の相棒を見た。彼の相棒は現れないが、その表情は我が子を見るように穏やかで優しかった。

 それから少しして、クラス全員の目の前に、相棒のタマゴが現れた。様子は全員違うが、小刻みに揺れている。


「うむ、みんな同じぐらいだな」


 遂に産まれるのか……僕の相棒が。人型のナマコが。

 ぴきりと、タマゴにひびが入った。


「まぁとりあえず……」


 頬杖を付いて、そのタマゴに語りかける。


「家に帰ったらサイダーやるからな」


 ナマコだろうとなんだろうと、産まれてくるのは僕の相棒なんだから。



   タマゴ/5



 ぱきりぱきりと殻は零れていく。いくらかまで殻がなくなると、一気に弾け飛んだ。その瞬間教室中を光が包んだ。余りの眩さに瞼を閉じたが、その光はすぐに消えた。次に目を開けたときに見えたのは、思ったよりも最高の結果だった。


「……ちゃっちいなぁ」


 姿は僕が心配しているようなナマコではなかった。むしろ可愛らしい女の子だった。髪は黒くて長い。白と桃の着物を着ていた。こちらを見て、ふふふと笑みを浮かべていた。ね●どろいどのようで、胸がきゅんとする。


「うぉー! 天広のやつナマコじゃねーぞ!」


 そんな声に、僕の相棒がびくりと体を震わせると、僕を見て頬を膨らませた。


「悪かったって。本当にナマコが産まれると思ったんだよ。僕みたいな……才能のない奴のところに産まれるやつはさ」


 自分で言ってて悲しくなってきた。

 あぁしかし、我が天広家のDNAの奇跡がこのようなところで現れるとは。しかも全く関係のない、AIという人間性のかけらもないところで。


「さて、まずは名前を付けてみなさい。あーっと、そうだ。お前たち、席を立っても良いぞ。友達と相談しながらでもいいから、決めなさい」


 その担任の一言で、一部の生徒たちは席を立ち始めた。僕の周りには、正詠と遥香が来た。


「うわ、あんた女の子の相棒って、どうなの」


 遥香の肩には短い白髪、鼻の頭に絆創膏を貼っている女の子の相棒。服装は体のラインが出るシャツと短パンだ。遥香の相棒と呼ぶに相応しい。


「らしくないな、太陽」


 正詠の肩にはオールバックの黒髪、褐色の肌の男の相棒。アジアの民族衣装のようなものを羽織っており、顔にはニヒルな笑みを浮かべている。うむ、正詠の相棒だ。

 正詠と遥香が椅子に座ると、二人の相棒は僕の机に降り立った。僕の相棒と三人で手を繋いだ。


「か、可愛い」


 遥香が声を漏らした。確かに、この様は可愛らしい。


「お前たちは名前を決めたのか、太陽、遥香」


 ごほんと咳払いしながら正詠はそう聞いた。


「いや、まだだけど、どうしよっかな。ナマコナマコ言ってたし、ナマコにしようかな」


 口を開けながら僕の相棒が絶望の表情を浮かべていた。そして、正詠と遥香の相棒は何とも形容しがたい表情で僕を睨み付けてきた。


「冗談だ、冗談。うーん……」


 ぱちんと、遥香が指を鳴らした。


「リリィ!」


 遥香の相棒、リリィはぱあっと笑顔を〝花が咲いた〟ような笑顔を浮かべ彼女を見た。


「んー何となくロビンだな」


 肩を竦める正詠の相棒、ロビン。どうやらロビンという名前を気に入っているようだ。


「んー……あー……」


 二人が名前を決める中、決めあぐねる。


「この子、可愛いし女神みたいじゃん」

「太陽の相棒で女神。ならアマテラスってのはどうだ?」

「そんな仰々しい名前はこいつには似合わないよ。よし、テラス。お前はテラスだ!」


 僕の相棒、テラスは嬉しそうにその場をくるくると回り出した。それにリリィとロビンが拍手を送っている。


「よーし、次に相棒のステータスを表示しろー。彼らに表示するように言えばいいからな」


 ステータス?


「お前、少しは予習しとけよ。こいつらは〝学習〟を促すだけじゃないんだからな。ロビン、ステータスオープン」

「リリィ、ステータス見せて」


 二人とも手慣れている。


「えーっと、テラス。ステータス、開示」


 しかしテラスは首を傾げた。おっと、これは予想外ですよ。オープン、見せて、と来たら開示でもオーケーじゃないのですか、超高性能教育情報端末さん。


「テラスさん。ステータスを見せてくれると嬉しいんだけど、どうでしょうか?」


 あぁ! と頷いて彼女を両手を前に出す。すると、そこから彼女のステータスが表示された。


 ・体力 C

 ・技力 C

 ・攻撃 D

 ・防御 D

 ・魔力 D

 ・機動 D


 ……全く勉強と関係ないものが羅列してるんだけど。


「これ、勉強と関係なくね?」

「そりゃあな。これは〝相棒バディゲーム〟で使うためのステータスだ」

「あぁ、そっか。そういやそんなのあったね」

「お前ゲームとか漫画とかアニメとか好きなのに、なんだその反応」


 相棒ゲーム。

 自分の相棒を使って行う、シミュレーションゲーム。そのシュミレーションゲームでは三人以上でチームを組み、バーチャルリアリティを用いて多様なフィールドで闘う模擬戦争ゲーム。

 無限に近いバリエーションから作られる相棒のステータス。それと……


「次はスキルの確認をしろよ」


 担任の声。

 あぁ、そうだスキルだ。


「テラスさん、次はスキルを見せてくれますか?」


 テラスは嬉しそうに微笑むと、先程と同じように両手をこちらに出した。


 ・招集

 ・他力本願



 ……あんだこれ。招集と他力本願って。なんか、あんまりにも他力本願じゃね。


「基礎の確認は終わったな。ではこれからは……」


 それから担任は、相棒の扱い方の説明を始めた。

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