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30 勇者と三度ハングオーバー

ギリギリ日曜日に間に合いませんでした...すいません。

 

 どこか遠くで煙が上がる。

 大群の足音、金属のぶつかり合う響き。

 此処はどこだ。周囲は曖昧にぼやけている。

 空だけが、群青に染まって見えた。


「何故なんだ!!」


 声の方に顔を向ける。

 その背格好に見覚えがある。

 銀の髪。こちらを睨む目。たなびくマントと装備は、独特の装飾。

 そして腰に輝く聖剣こそ、彼が勇者である証だった。

 彼は涙を流した。


「どうして、お前は……」


 勇者は肩を掴み、揺さぶる。

 とめどない涙を流しながら、何度も俺に向かって叫んだ。


「俺は、お前を仲間だと思っている!! 例えお前が何者だろうとだ!!」


 俺は動くこともできず、ただ彼の顔を見つめるだけだ。

 けれども、自分の心に大きな穴が開いていく感覚が広がっていく。

 彼の言葉一つ一つが、胸の奥を締め付けていく。


「俺は、お前を……殺したくはないんだ!!」


 そう言われたとき、頭を銃弾で貫かれたような衝撃が走る。

 感情がぐちゃぐちゃになり、思考が眩み、目の前が真っ白に染まっていく。

 空の色も、勇者の顔も見えなくなる。

 けれど、最後まで、地面に落ちていく涙は輪郭を保っていた。


 ……勇者の涙の意味を、君は理解できないだろう。

 だからこそ、勇者と話さなければならない。

 確かに魔王の息子の正体を、君は勇者から聞いたはずだ。

 だが、それだけでは不十分だ。

 この輪廻を抜け出すには、僅か一つの謎を知ったぐらいでは全く足りない。

 勇者の苦悩全てを、王都に潜む獣を、魔王の息子の目的を、その手で掴み取らなければならない。

 だから、何度でも繰り返そう。



「世界を裏切れ」




 □□□



 温かな風が頬を掠める。

 白い日差しに目を開けると、青い空が広がっていた。

 手足には芝生のチクチクとした感触。大の字で倒れ伏した自分。

 どうしてか、深い眠りについていたようだ。

 微睡みから抜け出そうと、おれは上半身を起こした。

 そして……


 そして……


 ……この現実に気づき、目を醒ました。


 俺は死んだ。

 だが今は、芝生の上で寝転がっている。

 太陽は空に輝き、遠くには教会の建物が見える。

 所持品は何もない。けれど、知っていることがある。

 俺は死んだ後、再び時間を遡り、この教会の庭園で目を醒ましたのだ。

 今度は記憶も完全で、首を絞められ意識を失う瞬間まで鮮明に思い出せる。


「そうか……俺は、死んだのか」


 身体が軽い。

 散々王都を駆け回ったのに、あの夜に感じていた疲労は殆どない。

 それでも、随分とひどい気分が残っている。

 首をさする。魔王の息子が俺の首を掴んでいた感覚を思い出す。

 十本の指が首を覆いつくし、爪を立てて気管を押し潰された苦痛の時間。

 しかし今は、指でなぞっても締め付けられた跡は確認できない。

 息もきちんとはき出せる。俺は何度も深呼吸をして、生きている実感をかみしめた。


 ……魔王の息子。

 あの夜、俺は憂鬱になっていた勇者を回復させ、彼から話を聞くことができた。

 奴の正体は、かつて勇者パーティーの一員であった「狩人」という男。

 そして何故勇者が魔王の息子の姿に怯えてしまっていたのか、その理由も聞き出せたのだが……最後にみたあの姿は何だ?


 赤い目はより深紅に輝き、理性を失ったように叫び、筋肉をでたらめに動かしていたあの姿。

 あの化け物じみた変異について、俺は一つ心当たりがある。


(魔王の魔力による暴走……俺は一度、勇者が同じように暴走した姿を見たことがある。だが何故だ?)


 かつて、俺が勇者と戦ったときの記憶。

 強力無比で無限にあるかのごとく存在し、しかし一度入り込んでしまうと狂気に取り憑かれて暴れ出す、それが魔王の魔力。

 一時的に力を得るものの、その代償は自我の喪失と身体の崩壊。

 かつて俺の中にも存在していたが、勇者たちの協力により、その狂気的な魔力は消滅したはずだった。

 だが、魔王の息子が見せたあの姿は、確かに魔王の魔力が取り憑いていた。

 勿論、他にも似たような効果の現れる魔法や病気がある可能性だってあるだろう。

 だが俺が奴を最初に見たときから、あの目は魔王と同じく真っ赤に輝いていた。

 更に言えば奴が魔王の息子と名乗る意味。これらが偶然重なったとは思えない。

 そして突然暴走をした理由は、一体何なのか。


 ……俺は、どうするべきだったのか。


 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。

 静かな庭園。向こう側には賑やかな人通りがあるのだろう。

 商店街や住宅地で、今夜起こることも知らずに、人は日常を送っていく。

 俺もいっそ、なにもせずに彼等と同じような平和な日々を目指すべきだろうか。

 魔王の息子の衝撃や、勇者の苦悩を無視して。

 居なくなってしまった賢者を探し求めることもせずに。


「それは……できないな」


 俺の身体が動き続けられるうちは、彼女のことを追い求めてやる。

 勇者だって、今度は俺が彼を助けてやれなくては。

 魔王の息子の謎を放って置いては、こんな風に不安な気分でしか眠ることしかできない。

 俺は気合いを入れ直し、身体をほぐし終える。

 今はただ我武者羅であっても、行動あるのみだ。


(さて、俺は何をすべきだろうか)


 今回の夜を迎えたことにより、魔王の息子の謎が更に増えてしまった。

 まずはそれについて、手がかりを得なければならないはずだ。

 とりあえず、射手のいる教会まで向かってみようか。

 そう思い一歩踏み出したが、立ち止まる。

 よく考えなくては。


 確か、前回のタイムリープでは、記憶が曖昧なまま教会へと向かった。

 そして中に居た射手と再開し共に死に戻りをしたのだと気付く。

 また、戦士とも再会して、俺たちは情報交換をしたのだが……



 ああ、そうだ。

 このまま教会へ行ってしまうと、射手と戦士に再会することはできるものの、二人から王都は危険だと外出を禁止されてしまう可能性がある。

 現に、俺も深夜遅くになるまで、二人からなるべく教会にいるよう言いつけられていた。

 しかし、今閉じこもってしまえば、何の情報も得られずに、再び夜が来てしまう。

 協力者がいなくては初めて来た王都を歩き回れない。

 けれど二人共忙しいのは知っているし、説得にも時間がかかるだろう。

 どうすれば最善の策がとれるのか……頭が痛いな。



(いや、待てよ。一か八かだが、行ってみようか)


 もう一人。

 今は家に引き籠もっているだろうが、上手くいけば協力してくれる味方がいる。

 彼の心に火を付けるのが大変に難しい。

 それでも、本気となった彼以上の強者は、この王都にはいないはずだ。

 大丈夫、二回ほど家を訪れたことはあるから、道に迷う心配もない。


「行くか、勇者の家に!!」


 今までは必ず向かっていた射手の教会。

 その訪問を後回しにするのが、果たして正しいのか。

 分からない、分かるはずもない。

 けれども俺は、確信を持って教会に背を向けて歩いて行く。



 今度こそ勇者を救うため、勇者の手を借りるのだ。

 彼を家から思いっきり引っ張り出してやろうじゃないか。




猛暑の中、ようやく余裕が生まれてきたはずだったのに...投稿遅れてすいません。

次回は土曜日更新を目標に。......流石に日曜の夜までには更新しているでしょう。

遅筆で申し訳ないですが、夏こそ頑張らせていただこうと思います。


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