25 射手と攻略ウオーニング
久々の更新なので、簡単に一行あらすじ。
【勇者の家に向かう主人公と射手は、無数の罠が仕掛けられた闇夜の王都を進んでいく……】
一人目。
細身、赤髭の憲兵。
勇者の家より西三つ目の十字路で捕捉。
奇襲に成功し、捕縛。
二人目。
中性的な若い憲兵。
教会より北東四つ目の住宅手前で罠にかかる。
意識を奪い、捕縛。
三人目。
筋肉質、片腕の憲兵。
二人目付近を徘徊する姿を視認。
既に捕縛済みであった二人目を餌に、罠を仕掛け、成功。
捕縛。
四人目。
隻眼、赤髪の憲兵。
五人目と共に徘徊する姿を確認。
こちらの姿を見せて追跡させることで誘動、二手に別れさせ、各々を順次撃破。
五人目。
迷路を進み、王都の端まで進み続けている。放置。
六人目。七人目。八、九、十……
闇夜駆けずり回り、邪魔な憲兵を排除していく。
敵の音は聞こえない。
仲間の声も聞こえない。
当然だ。何百もの憲兵が互いに連携を取って追跡しようものなら、まず相手にする間もなく敗北する。
戦力の分散、情報の遮断、精神の動揺。
不安を与えて理性を乱せば、訓練を積んだ兵士すらも赤子のように非力となる。
それらを捕縛して仲間の元へ曝け出せば、憲兵は思考が混乱し、中には救助しようとして罠に飛び込むネズミとなる者もいる。
しかし、会う者全てを捕縛するには些か数が多い。
一々殺すつもりはない。それは己が倫理に反する。
我が敵は王都の民でも、憲兵らでも、まして勇者どもでもない。
この身に宿る願望を叶えるために、無駄な犠牲があってはならない。
……いや、そう唸るにしては、既に遅すぎるな。
鋼線で縫った傷口を撫で、勇者との死闘を思い出す。
奴は我が前に立ち塞がり、厳然たる敵対者として武器を振るった。
ならば、倒すしかないだろう。我が望みは、叶えられなければならないのだから。
そう、勇者のためにも、だ。
……何かが、おかしいな。
正しい行いをしていると自負できるはずなのだが、違和感を感じる。
だが計画は進められている以上、引き下がることができようか。
あともう少しなのだ。この因縁に塗れた身体が報われるのは。
余計な考えを払い除けて再び闇夜を駆け抜けると、また標的を発見した。
街灯にまんまと照らされた姿が、いかにも愚かしい。
おや……ガスが切れかけたのか、明かりが点滅し出しているな。
映し出された憲兵の人影が現れては消えて、消えては現れる。
まるで王都で襲撃と逃走を繰り返す自分を見ているようだ。
……いいや、それも今日で終焉だ。
敵の位置を見定め、気配を消して接近する。そして狂ったように同じ言葉を投げ掛けるのだ。
「魔王の居場所を知っているか」と。
□□□
目が慣れてくるうちに、俺にも鋼線の張られた場所が判断できるようになった。
なるほど、確かに鋼線は細く黒っぽいものの、やはり多少の太さはある。5mm程だろうか。
恐らくこれ以上細くした場合、逆に刃物で簡単に罠を切り裂かれてしまうのだろう。
街中を歩く憲兵たちの剣に耐えられなければ、この鉄条網は障壁として機能しない。
しかし、試しに俺たちは手持ちの道具で罠を壊そうとしてみたところ、線の一本たりとも外れなかった。中々に強靭な金属糸のようだ。
よって、俺たちはひたすら街を歩き回るしかない。
だが、それは問題の解決に何一つとして繋がっていない。
先ほどから進めば進むほどに、目的地である勇者の家からは明らかに遠ざかっている。
どうやら罠は、迷い込んだ者を勇者の家から遠ざけるように意図して組まれているみたいだ。
想像の域を出ないが、他にも王城や憲兵団の駐屯場付近にも迷宮を作り上げ、魔王の息子にとって邪魔な者を遠くへ押しやっているのではないか。
それならば、未だに街中に居るはずの警備兵が確認できないのも頷ける。
彼らもまた、向かうべき場所の反対方向に追いやられてしまって居るのだろう。
そんなことを、王都の地理に詳しくない俺ですら察することができるのだ。射手も口元に手を当てて、考え事をしているようだった。
そうね、と射手は言う。
彼女もまた、何か解決策を考えていたらしい。
そして歩く向きを変えて、一番近い家の扉をコンコンノックした。
所狭しと建てられた住宅街のうち、小窓が屋根に飛び出している、3階建ての一軒家だ。
「住人には夜分遅くに悪いけど、事情を言って屋根に上がらせて貰いましょう。
なるほど、悪くはないアイデアだと思い、俺は射手と一緒に入口でしばらく応答を待った。
しかし住人が寝ているのか、ノックに対しての返事はない。
試しに射手がノブを引くと、扉が開かれた。
彼女は中をキョロキョロと見渡し、小さく「……おじゃまします」と言ってから中へと入る。
俺も彼女に引き続き玄関に足を踏み入れる。
『倒ささねば……』
耳元で囁く声。
冷たい手で心臓を掴まれるような感覚。
床を踏んだはずの右足が空を踏み抜いて、身体がぐらりと崩れそうになる。
奥にいるはずの賢者が見えない。扉の先には壁も床も無く、暗黒の何もない空間が、まるで宇宙に放り出されたような、ここは、ここは何処だ!?
鼓動が大きく脈を打ち、寒気が背筋を走って,思わず身体が跳ね上がった。
「うわあああああああっ!!!!?」
「え、ちょっとどうしたの!?」
あ、射手の声?
ハッと目を見開いたとき、そこに射手の顔が見えた。
「……ねえ、大丈夫なの? 返事しなさいよ」
俺はそう言われて、身体が固まって動かせないことに気づく。
呼吸もままならなず、冷や汗が額に溢れては垂れていた。
しばらく言葉も発せなかったが、やがて身体の強張りが溶けてきた。
(あ……足の裏に床の感覚がある)
それを認識して、ようやく俺は身体の力を抜き、深呼吸をすることができた。
心臓の動悸が落ち着いてから、改めて家の中を見回す。
中には、オンボロながらも床や壁があり、質素な家具があり、灯がなく薄暗いものの、の平凡な家の玄関が確認できた。どうやら、俺は何か幻覚を見てしまったようだ。
心配そうに俺を見る射手に、何とか返答をする。
「あ、ああ大丈夫だよ……少し目眩がしただけだ。暗闇を探索する経験なんてなかったから、気を張り詰めすぎたみたいだな」
瞬きをして、もう一度家を見渡す。
しかしやはり、玄関と奥の部屋、そして射手の姿が確かにあった。
「先へ進もう……」
俺の様子を不安そうにチラリと見たが、射手はすぐに顔を前に戻し、階段へと向かっていく。
彼女の後を追いながら住人の姿を探すが、どうやら一階にはいないらしい。
俺たちは次に二階に進むも、住人は見えず、そもそも生活の様子が見受けられない。
大きな家具こそ残っているが、小物や高級そうな家具は見受けられず、開けっ放しのクローゼットや棚は伽藍堂だ。
やがて階段を上りきって三階へ着くと、その原因が分かった。
そこには外から見えた小ぶりな窓と、3つの無人のベッドが埃を被っていた。
「この家の住人は、出払ったってことか……」
「襲撃者の騒動が怖くなって、ほとぼりが冷めるまで王都を出ている、って感じでしょうね。結構多いのよ、そういった人たち。他にも、魔王を討伐した勇者を恨んで、魔王の部下が復讐として王都を火の海にしようとしている、みたいな噂を真に受けちゃった人もいるそうよ」
その噂を流した人も、まさか実際はより複雑なことになっているとは思うまい。
けど、どんな噂であれ、王都の住人に影響を与えていることには違いない。
しかもこの魔法が使える世界なら、例え荒唐無稽な内容だろうと、人々はより信じ込み、不安を掻き立てられるのだろう。
「ともかく、今はこの家が住人不在で助かったわ。早く、外に出ましょう」
射手は窓を開け、屋根の上へと降り立った。
俺も窓枠から身を乗り出し、そおっと足で足元の屋根瓦を踏む。
ここは三階だから地面からそこそこ距離があるはずなのだが、真っ暗で何も分からない。
いや、街灯の方を見ればいいのだが、高さを実感すると足がすくみそうなので気にしないこととする。
俺は腰を落として、手で屋根を伝いながら、なるべく音を立てずに屋根の上で歩こうと頑張った。
(落ち着け……ここまで来たら、あとはそっと歩いていくだけだ)
射手が意図したのかは知れないが、俺の記憶をから察するに、此処から勇者の自宅までは家が連続した住宅地である。
アクション映画のように向かいの屋根へ大ジャンプする必要はなく、淡々と屋根に沿って歩けば良い。
ようやくハッキリとした道筋がみえて、俺はほんの少しだが安堵した。
後は先を歩く射手の姿について行くだけの、簡単な話だ。
敵も、街の中では壁の間に鋼線を張って道を封じることができただろうが、左右の開けた屋上では使用することができないはずだ。
「気をつけなさいよ。夜に足下の悪い場所を歩くなんて、ホントは危険なんだから」
射手の忠告を聞き入れて、一歩一歩を慎重に踏み出す。
今夜は風が吹かない曇り空。雨風に邪魔されないおかげで、意外に屋根の上をすんなりと歩けている。
まずは一軒目の屋根を順調に越え、眼下にある鋼線の壁を通り過ぎた。続く二軒目も難なく歩き、十字路に立つまで来た。直進できるのはここまでで、次は右隣の屋根へと方向転換する。
ここの屋根は三角形ではなく、斜角のついた一枚屋根だ。そして近くに街灯が立っている。
三角屋根ならば片側の影となる部分に隠れられるのだが、この屋根ではは俺たちの姿が灯りに照らし出してしまう。素早く移動しなくては。
まず先に射手が屋根を素早く渡り抜ける。次は俺の番だ。
(落ち着け……音は立てないよう忍び足で、軽やかに這っていけばいい)
軽やかに這う、とは何なのか俺自身も分からないが、ともかく細心の注意を払って進めば良い。
そう思って身体を低くし、一息に通り抜けようとしたときだった。
チカリ……チカリ……
突然、街灯が点滅を始めた。
ガス灯が切れたのだろうか。不規則に灯りが消えて周囲が闇となり、またついては消えていく。
(まずい……この点滅は、今の王都だと目立ちすぎる)
民家の一つも光の灯っていない街で、警報灯のように光を煌めかせては、格好の目印となる。
魔王の息子と憲兵のどちらでも、この光に気付けば寄ってくるだろう。
前方の射手もそれを察して、何度も手招きをしては俺を急かしている。
冷や汗が流れる。今すぐに手を、足を動かさねば。そう思った。行動しようとした。
しかし、もう遅かった。
赤い目が、闇夜に輝き、俺を見ていた。
お久し振りです。
突然投稿しなくなってしまい、すいませんでした。待って頂けた読者様には感謝を申したいと思います。
長らく更新が停滞していましたが、本日より再会していきます。
次回投稿は一週間後の予定ですが、遅れそうでしたら活動報告で連絡していこうと思います。




