表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/182

24 射手と迷宮インビジブル

自信満々に予定を守りきったと思ったら、一日遅れていると気付きました。

毎度ながら宣言を守れず、すいません。

 

 鋼線こうせんという()()がある。

 糸を使った戦法は、足下に仕掛けて相手を転ばす単純なものから、相手を吊し上げ、縛り上げ、首を締め上げて絶命させるものまで多彩だ。

 更に金属製の糸ともなれば、蜘蛛のように繊細な糸が装甲車を走行不能にさせ、結んで鉄条網にすることで脱出困難な柵になる。

 金属糸は古くから開発されており、ピアノ線や金属ロープを例にとっても、人々の身近な場所で活用されている。

 触れただけで肉を断つ極細の糸。とまではいかないにしろ、悪用しようと思えば、鋼線は入手が簡単な武器であるに違いない。

 それが、どこまで厄介な武器となるかは、使い手によるが。


 例えばそう、元々罠を仕掛けることに長けた兵士ならば。

 或いは……



 □□□




 夜が暗い。

 田舎で見る灯り一つない闇夜では当たり前のことだ。

 しかし建物の建ち並ぶ王都が先も見えないほど暗いというのは、随分と異質だ。

 民家も商店も裏路地も黒で塗りたくられ、空と地面の境目も分からず、点々と見える黄色い街灯のみが此処に道があるのだと示している。

 加えて今夜は曇天だ。同じ夜を二度経験している俺でさえ、心細さで縮み上がってしまう。


 俺が教会の入り口で街を眺めていると、射手が用意を済ませてやってきた。

 手袋や革靴を身につけた彼女は、ほんの少しだけ初めて会ったときの弓兵姿に似ていた。

 厚手の藍色コートを着込み、錆びたランタンを手にしている。

 光を灯せば辺りを目映く照らしそうだが、今は消灯したままだ。

 なんでも、明るいと魔王の息子に居場所がバレやすく、また多少は夜目を利かせておくべきだという。


「これから先、敵がどこから飛び出すか分からないでしょ? ワタシたちは散歩しにいくわけじゃないんだから、用心を重ねるに超したことはないわ」


 確かに、と俺は前回の夜を思い起こす。

 一度バルコニーから王都を眺めたことがあるが、闇の中を光が街路に沿って動くために、どこに憲兵がいるか丸分かりだった。

 逆に自分たちが無灯でコッソリ街を歩けば、敵が憲兵の光に注意を向けているすきに用事を済ませるかもしれない。


 勇者の家に侵入する。

 それが俺たちの作戦であり、勇者を救うかもしれない重要な任務だ。

 彼の家に残された聖剣を確認しにいき、場合によってはそれを送り届ける。

 そして任務は、家の鍵を持つ射手だけが成し遂げられる。

 だから彼女は目立つ金髪をフードでぎゅっと覆い隠し、目標地点の方向を見据えている。

 久し振りに彼の助けになれると、張り切っているのだ。


 ……じゃあ、いくわよ。


 そう彼女が合図すると共に、俺たちは教会の庭園を進み抜けていく。

 音を立てぬよう靴底を地面にゆっくりとつけ、けれど勇者を救おうとする気持ちは熱く保ったままで。

 教会から勇者の家までは徒歩数分の距離。

 だが今は星なき闇夜のため、遠近感が全くつかめない。

 目が暗さに順応するのを待つため、しばらく教会の正門付近で足を止める。

 そうすると建物や道の輪郭が、薄れた黒としてぼんやりと浮かんでくる。

 本当なら漫然な視野になるまでで待ちたいが、生憎と今は時間が惜しい。

 その点、射手は夜目を作るコツを知っているそうで、俺の手を取ってドンドンと暗闇の奥に進んでいく。

 勇者パーティーの一員にふさわしい、闇も危険も恐れない勇敢さである。


(……いい? 憲兵の気配がしたら物陰に隠れて。彼等に事情を話すのは手間だし、相手も真夜中の不審者と一々話そうとする気はないわ。互いの仕事を邪魔せずに、互いの仕事が全うさせるのが一番なの)


 賢者はヒソヒソと小声で指示する。

 見えているかは知らないが、俺は何度も頷いた。

 二人の足音が小さく街に響く。

 風は吹かず、住人は沈黙し、本当に憲兵が巡回しているのかと思うほど、声は一つも聞こえない。


(……本当に、この王都のどこかに勇者がいるのか?)


 あの赤い目をした魔王の息子も、一度俺を殺した魔王の部下を名乗る少女もいるはずだ。

 俺らは勇者を探し、彼等は俺らを探す。互いに暗中模索のかくれんぼだ。

 残念ながら俺はジッとしていられない性分なので、勝負としては負が悪い。

 いや、探す側としては正しい性格なのか。


(それにしても、俺は何も知らなすぎる)


 魔王の息子が王都を襲撃する理由も、勇者が消えた理由も。

 賢者がいなくなり戦士がいる理由も……俺が死んで、蘇った理由も。

 この夜が明ければ、全ては解決するだろうか。

 疑問が浮かんでは消え、不安となり、恐怖となり、俺の心に積もっていく。



「……止まって」



 射手の声に、意識が現実へ引き戻された。

 突然止まった彼女とぶつかりそうになり、なんとか横によろけることで避けた。

 目の前には十字路。直進すれば勇者の家が見えるはずの場所である。

 左右から憲兵が来る気配もなく、何も問題はない道のりだと思うのだが。

 しかし射手には何かが見えているようだ。

 彼女は手に持っていた空のランタンを前に差し出し、軽く前後に揺らす。

 そして徐々に前進しつつ、振り子の揺れ幅を気にしている。

 手にしがみついたままの俺は、意味を理解できずただ眺めるままだ。

 やがて



 ……カチャリ




 振り子の揺れるタイミングとは異なる、小さな音。

 ランタンを下ろし、手袋を付けた手を空中で広げ、何かを掴もうとしている。

 指の感覚は段々狭くなり、小さくなり、やがて彼女は親指と人差し指で『それ』をつまんだ。

 この暗闇において僅かに一瞬、光の筋が走る。

 彼女は呟いた。



「……魔王の息子の罠よ」



 彼女の指の隙間から分かるのは、細く長い糸。

  まだ暗さに慣れないせいで見えないが、金属状の糸がそこに伸びているらしい。

 俺は自分でも手探りで探そうとして、少しだけ手を伸ばした。


「……ッ!!」


 手の平に糸が触れる感覚。

 しかし、予想と違う。

 たった一本、多くて四、五本だと思っていた。

 何だよこれは。

 どうして、なにもないはずの空間から、()()()()()()()がするんだよ!?



「……まるで蜘蛛の巣ね」



 彼女はそう言うと、横を向いてまた歩み始める。

 ランタンを前に突きだして、前を警戒することをやめないまま。

  魔王の息子の罠について、彼女はその手口さえも知っていたようだ。

 しかし、その理由も説明も決して口にしない。

 俺も決して、何か言うことはしない。

 この暗闇では、驚きを口にすることすら命取りとなるからだ。


 でも、予想はできてしまう。だから歩いて確かめた。

 十字路から一区間離れた、もう一つの十字路まで進む。

 そこでランタンを揺らしたところ、やはり揺れは壁にぶつかったかのように跳ね返る場所がある。

 もう一度軽く触れて、俺は感触を確かめた。

 鋼線はある程度緩く張られており、この壁には弾力がある。

 何も知らずに此処を通り抜けようとした場合、ほんの少しだけは前に進めるだろう。

 けれども鋼線は複雑に編まれ、編み目の大きさもバラバラだ。

 下手に抜け出そうとすれば絡まり、押し切ろうとすれば肉に食い込む。

 ……魔王の息子による罠だと、一度みたことのあるこの身が伝えてくる。


(これは果たして、勇者の家の周りにのみ張られているのだろうか)

 自分でそう疑問を浮かべながらも、そうではないと確信できる。



 なにしろ、俺たちはまだ一度も憲兵と会っていない。



 運が良いなどで片付けられない。

 厳重警戒の中で多数配置されているはずなのに、彼等の気配も感じないのはおかしすぎる。

 それに、巡回が正常に行われているなら、憲兵たちもこの壁を見つけて取り外そうとしているはずだ。

 戦士にしたって、このような罠について俺たちに何も言わず立ち去ったとは考えにくい。


……つまりこの王都には無数の鋼線による障壁が作られており、憲兵たちは撹乱されている可能性が高い、ということだ。


 確か全憲兵の何割かは、俺が戦士に伝えた『魔王の息子の出現場所』にいるはずだ。

 そこに警戒を置かせているうちに、こちらの壁を作り上げていた、と考えれる。

 いや、どうだろう。そもそも罠の数によって作成にかかる時間は変動する。

ではいつ、どうやって、何を目的に鋼線を張ったというのか。


(……推測したところで事態は変わらない)


 考えなくてはならないのは、これからのことだ。

 俺たちは今、人で賑わうはずの王都において、闇と鋼線の迷宮に立たされている。

 元々王都は住民が多い分、その街の造りは複雑だ。

 そこに無数の障害を設けられたともなれば、昼間だって道を見失う。

 さらに居場所不明の敵に注意しながら、勇者の家へと向かわなければならない。

 これは……予想以上に大変な目に巻き込まれたな。


 ……良いさ、訳の分からない場所からの脱出は得意なんだ。

 この挑戦、受けて立とうじゃないか!!


 

  今宵は曇天、それでも希望はなくしてはいない。

  俺と射手は今、暗黒のラビリンスへと繰り出したのだった。



今度こそ、普通に予定を守れるよう頑張りたいと思います。

次は絶対に3日後までに投稿できるよう頑張らせて頂きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ