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22 勇者の粛然ラビリンス

 

 夜も更けた無音の街。

 明かりの消えた家々が複雑に建ち並ぶせいか、闇夜の王都は未知の迷宮にでも入り込んだようで気味が悪い。

 昼間の賑わいが幻だったと錯覚してしまうほどに。

 聖剣があれば光の加護で辺りを照らすことができそうだが、生憎と俺はその聖剣を取りに家へと向かう最中だ。

 その無機質な建築物の間を走り、僅かに光る電灯を幾つか越え、路地を進んだ先の曲がり角で、俺は立ち止まった。


 今宵は曇天のせいか星が輝かず、世界は自分の足元まで真っ暗だ。

 だというのに、俺は前に佇む人物を、この目で明確に捉えられた。


 それは奴の目が……星よりも真紅にギラついているせいだ。


 奴は……魔王の息子は、その両目で俺を睨み付けている。


「……勇者、お前は何故ここに居るんだ。お前は自宅に閉じ篭っていると聞いたが……予想外だ」


 魔王の息子はそう言うと歯ぎしりした。

 確かに俺は、奴と出会ってから数日間は勇者としての仕事も投げ捨てて、外に一歩も出なかった。

 それもこれも、全ては眼前の彼何者かを知ってしまったせいだ。

 だから彼は、俺がそのまま憂鬱な状態から脱せずにいると思っていたのだろう。

 しかし、俺は彼から目を逸らさずに向かい合う。


 魔王の息子は、先ほどがら潡々と眉間に皺を寄せて憎悪の表情を浮かべる。

 俺の顔つきが以前と違うことが、気に入らないらしい。


「何故だ!? ……今のお前は、何故俺を真っ直ぐに見つめられる!? よもや俺の正体をよもや忘れたとは言うまい。否、忘れたとほざけばお前を今殺す。であれば……お前にとって、俺は取るに足らん存在だったとでも言うのか!?」


「ハハハ、違うなッ!! 俺たちが3日前に出会った時のことを、お前の方こそ忘れてはいないか? 俺は確かに心折れたし、随分と悩み苦しんだぞ」


「……では尚更、理解ができぬ。お前が俺を乗り越えることなど、会ってはならないというのに! 」



「ハハハ、貴様に理解して貰う必要はないッ!! 俺はただ、王都を脅かす悪を倒すまでだッ!!」


 そう言い切ると、俺は地面を勢いよく蹴り、敵の懐に飛び込んだ。

 手を腰に引きつけ、目は相手を捉えたまま、右足を軸に身体を前に突き出す。

 端から見れば、俺が抜刀の動作をしているように見えるはずだ。


「ヌゥッ!!」


 敵も思わず剣撃を避けるべく、身を小さくする。

 だが俺はそのまま相手の横を抜けきり、家の方向目指して文字通り駆け抜けた。

 俺の外套が翻り、敵は俺の腰に何も装備がないことを見て目を丸くする。

 常に肌身離さず身に付けていた聖剣を、今も持ち合わせてるものだと錯覚したのだろう。

 しかし、その武器となる聖剣は家に置き去りのままである。

 奴との戦闘は、聖剣を手にするまで後回しだ。



「……ッ!! 畜生があああッ!!」



 後方から怒号が響くのが聞こえたが、俺は速度を緩めなかった。




 □□□



 ……息を吐き出し、記憶を辿って街灯を次々と通り過ぎていく。

 よし、この角を曲がれば、直ぐそこに目的地が見えるはずだ。


(一時は突然の遭遇の内心焦ったが、どうやら何とかなったみたいだ)


 そう思うと、自然と肩の力が抜けた。

 勿論まだ敵を倒したわけではないと気を引き締めながらも、俺はタンッと足を踏み出そうとした。

 そして右足で次の一歩を進めかけた。



(……いや、ダメだッ!!)



 宙に浮いた足を急いで引き戻す。

 前傾だった体勢を無理矢理後ろに引き下げ、脱兎の如くその場から飛び退いた。


 刹那、視界の上から下へ赤い一筋の線が見えたかと思うと、地面を強く打ち付ける音がした。


 、1秒前に俺の頭があった位置の真下を、短刀で深く地面に突き刺しす魔王の息子がいた。

 ザクッと武器を道から抜き出し、クルクルと回して刃こぼれを確認する。


「……惜しかったか。いや、お前なら必ず回避するとも、思っていたがな」


 ボソボソと呟きながらも、その目は俺を捉えて逃さない。

 真っ暗なせいでその表情は読み取れないが、俺への殺意だけはヒシヒシと感じられる。

 どうやら、俺の行き先を予測して、この数分にも満たぬうちに先回りしていたようだ。この街での戦闘に手慣れていると見える。

 王都という地の利は、敵に傾いていた。


(だったら俺も全力で逃げるのみだッ!!)


 敵が体勢を整えるより前に、俺は横の路地へ駆け込んだ。

 幾つもの角を曲がり、とにかく真正面から敵と向かい合うことを避ける。

  何度も立ち止まり、敵の影や頭上に注意する。

 その間にも世闇に目が慣れて、随分と夜の街が見やすくなった。

 しかし、だからといって勝機も見えてきたわけではない。

 先ほどの奇襲でも、俺は終始攻撃を避けることに必死だった。

 それに……



(……ここもか。いつの間に)



 視線の先には狭い路地裏。

 朽ちた木箱やゴミが積まれており、上手く使えば身を隠せるかもしれない。

 けれども、街灯の火が揺らめいた途端、無数の銀の光がそこで輝く。

 鉄線が壁と壁の間に張られているのだ。

 細かく見ている余裕はないが、恐らく一度絡まれば抜け出すことはできまい。

 他にも幾つかの道で、同じように罠が仕掛けられているのを見た。

  体感時間では随分と逃げ続けている気もするが、それにしても敵の行動は早いようだ。


(これは面倒だ。しかし……)


 今のこの身体が無傷なのから分かる通り、俺はすべての罠を避けることに成功している。

 だからといって、油断もできない。敢えて俺に罠の位置を分かりやすいよう示すことで、俺の移動を誘導している可能性もある。

 それに、今日は何時も以上に憲兵が王都を徘徊しているはずなのだが……未だ遭遇しない。


 それどころか、こんなに長い間走り続けているというのに、街に人の気配が感じられない。


(奇妙だ……それに、この罠もいつの間に張られていた? 魔王の息子は俺が絶望から抜け出したことを予想外だと苛立っていた。ならば事前に罠を施すことも不可能ではないか?)


 今夜の戦闘は何かがおかしい。

 この魔王の息子との追いかけっこも、走り続けるほどに敵の術中に嵌る予感がする。

 自分の家からも遠ざかっており、聖剣を取りに行くことがどんどん困難となっていく。

 魔王の本拠地も随分と入り組んだ施設となっていたが、見慣れた王都が脱出困難の迷路に変わるとは思わなかった。



 何より、魔王の息子の行動速度が異常すぎる。



 このままではまずい。

 いっそ、何処かの建物を上り、住宅の屋根を飛び渡ってやろうかと考えたときだった。



「……う、うぅ」



 不意に人の呻き声が聞こえ、俺は走る速度を緩める。

 声は一つではなく、どうやら数人が同じ場所から出しているようだった。

 只のの酔っ払いの嗚咽にしては、随分と賑やかだ。


「……く、くそ」

「……誰か、誰かいないか」

「……他の班に、連絡を……」


(二つ先にある家の奥だな……)


 突然の攻撃に備えて周囲を警戒しつつ、声のする場所を覗いてみる。

 そこには、三人の憲兵らしき男たちが、荒縄でひとまとまりに縛られて転がっていた。

 手足も縛られており、芋虫のように倒れこんだまま、起き上がることもできないらしい。

 身体中に青痣ができ、口には血を吐いた跡がある。

 どう考えても魔王の息子の仕業だ。

 俺が近寄ると、転がった三人のうち二人の真上で仰向けになった男と目が合った。


「あ、良かった人がいた!! 頼む、助けてくれ!!」



(……しまった、そういうことか!!)



 彼らを助けようとしゃがみこんで手を伸ばし、そして気付く。


 これは()だ。


 この瞬間、相手の一手は決まった。

 逃げるには間に合わない。

 しかし、彼らは憲兵の格好をしており、腰には警備用の剣が見える。


「すまん、借りるぞ!!」


 縄をほどく余裕はない。

 こちらに向いた柄を両手で掴み、一人の鞘から剣を引っ張り出す。

 そして引き抜いた力をそのままに、踵を返し、剣を振りかぶり、


「うおおおおおッッ!!」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()に斬り込んだ。



「グアアアアアアアッ!!?」



 ザクリと胸を斬り裂いた感覚。

 だが愛用する聖剣と比べて刀身が短かったせいか、絶命させるには浅すぎた。

 手首を返して再び斬りこもうとするも、敵は先に大きく飛び跳ねて、後ろに逃げた。


「……グゥ!!……チッ、何故分かった畜生が……今度こそはナイフで心臓突き刺せるはずだったのによお……」


 胸から血をボタボタと垂らしながら、俺への憎悪を剥き出しにする。

 そして鉄線を取り出したかと思うと、傷口を縫い付けてく。

 それで応急処置になるのかは不明だが、ギュッと縛り付けた傷口は確かに小さくなった。


「想定外だ……計画に支障あり……聖剣がなければと思ったが、やはり早々に仕留めなければならない……」


 俺は剣を構える。

 後ろの憲兵たちを縄から即刻に解放してやりたいが、敵から注意を逸らす余裕はない。


(今の奇襲を防げたのも、アイツの策略を何度か見たことがあったお陰だ)


 無人の街で人に会えた安心感、困ってる人を助けようとする俺の性格………様々な要因を絡ませて、相手が一番隙を生む場所に狙いをつける。

 何とも狡猾な策ではないか。

 しかし言うには容易いが、その状況を作り出すのは難しい。

 俺を追いながらも、街の地理を確認し、先回りして罠を仕掛け、憲兵たちを捕らえる。

 果たしてそんな早業を、どうやって行えたのか。


(もしや……)


 しかし、俺が他の考えに至ろうとしたとき、魔王の息子は行動にでた。

 ゆらりと後ろに下がり、壁に手をつく。


「……賭けに出てやる。ここでお前が死ぬのなら、此処で起きる全ては、誰の目にも留まらない」


「何を言っている? 俺は死ぬつもりなどない!!」


 そういって、俺が足を動かしたときだった。




「……()()



 魔王の息子が触れた壁に、紫色の光が灯る。

 それは瞬く間に壁へ模様を描きながら広がり、一層強く輝く。

 俺は暗闇での急な発光に思わず目を瞑ってしまった。

 そして目蓋を開いたとき、魔王の息子の姿は消え失せ、代わりに耳元で声が聞こえた。





「これでお前は死んだ」





 闇夜に舞い散った血飛沫が、街灯に照らされて真っ赤に光った。







遅くなりましたが、投稿させて貰いました。

次回更新は……時間を開けないうちに出来るよう善処します。


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