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20 勇者の告解サルヴァトーレ

作中の季節は初春を想定してますので、日暮れ後の時間はそこそこ長いようです。



 勇者という人間を説明するとき、俺は必ず「単純」を使わなければならない。


 正義を信じて、ひたすら前へ突っ走る。

 嬉しければ笑い、ひどく悲しければずっと落ち込む。

 けれど一度大きなきっかけを与えさえすれば、再び前を向いて歩き出す。

 そんな明快だからこそ、誰からも好かれる人気者であり続けられるのだろう。


 だから、俺は彼を騙す方法も知っていた。



 既に日は暮れて、外には街灯がポツポツと灯り出す。

 けれど相変わらず、この部屋は静まりかえったままだ。

 部屋の入り口前に、足音が近づく。

 その音がやむのを待ってから、俺は口を開いた。


「話をする前に確認したいんだけど……賢者っていう女の子を知っているか?」


「……それが魔王の息子とどう関係ある」


 もしやと思い期待したが、この返の様子だと、勇者もまた賢者を覚えていないようだ。

 少し胸が痛むのを感じつつ、俺は話を戻した・


「……ちょっと人捜しをしていたから聞いただけだよ、気にしないでくれ。それよりも、俺がお前から聞いた話を教えて欲しいんだろ?」


「違うッ!! 俺は貴様が何故ウソを吐くのかを問い詰めているのだッ!!」


「だから死に戻りをしたっていったろ? つまり俺はお前と一度会っているわけだ。その時に尋ねてみたんだよ」


「……俺が、お前に話すはずがないッ!!」


 その通り、俺は何も聞いてはいない。

 勇者の家を訪れたはいいが、会話も碌にできず、飾ってあった絵について質問したら、怒られて追い出されてしまった。

 だが、聞いていないからと言って、何も分からないわけではない。

 勇者は感情がすぐ表にでやすく、そこに数々の手がかりを照らし合わせれば、彼の秘密も容易に浮かび上がる。

 ならば大切なのは、彼の気持ちを揺らし続けてボロを出すことだ。

 俺は不敵に笑いながら、彼をたしなめた。


「いいや、話したんだ。俺が必死に説得して、更には重要な手がかりを見せつけたら、小間も遂に口を割ってくれたよ」


「手がかり? どこにそんなものが……」


「まあ、俺の話を聞いてくれ。まず、お前が魔王の息子について話すきっかけとなったのは、お前の家にあった絵だ。勇者パーティーが揃って描かれた、アレだよ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、勇者は顔をしかめた。

 やはり彼の感情は顔に出やすい。お陰で、少し怪しかった可能性にも確信が持てた。

 あの絵に描かれた人物と、魔王の息子の関係だ。


「確かにお前は最初、魔王の息子についても、何故自分がそんなに落ち込んでいるのかも話してくれなかった。だから俺は話題を変えようと、その絵について尋ねてみたんだよ」


 あそこに描かれていた勇者パーティーは、俺の知る4人意外にも多かった。

 20人ほどが個性的な格好をしながら正面を向いていたが、顔をみてもピンとこない。

 それもそのはずで、彼らは冒険の途中でパーティーを脱退したのだと、その場にいた賢者が教えてくれた。

 その中で、とある一人の立ち絵だけが真っ黒に塗り潰されていた。


「他の人物が綺麗に色づけされているのに、たった一人だけが後からグチャグチャに塗られている。そんな絵を見て、変に思わないのはおかしいだろ? だから俺は、お前に尋ねてみた。すると、お前は驚愕した表情をみせたんだ。それがきっかけだった」


 そもそもあの絵を見たのならば、誰も同じように疑問を投げかけるはずだ。

 どうして折角の美しい絵に不自然な点があるのだ、と。

 にも関わらず、彼がその絵の質問に驚いたということは、最近までその絵について質問する人がいなかったこと。

 逆に考えれば、その勇者パーティーの絵に修正がなされたのは最近で、それを最初にみたのが今日王都に来たばかりの俺ということになる。


「だから俺は、お前に尋ねたんだ。魔王の息子と勇者が対峙したのは数日前らしいけれど、この絵の人物と関係があるんじゃないか、ってな」


 つまり、勇者は魔王の息子と対峙した後、この絵に描かれた人物を塗りつぶして家に引き籠もり、数日後に初めて家に上がった俺がこの絵を見た、というわけだ。

 勿論、こんな推測が完全に正しいかというと、自信がなかった。

 だから話のいきさつを語るという形で勇者の反応を見てみたところ、どうやらあたりらしい。

 もしあの絵が魔王の息子の件に関係ないならば、黙って聞き流していたはずだ。


「まあ、こんな絵を一つ指摘しただけじゃ、お前は頑固な奴だから、口を閉ざしたままだったよ。今のお前みたいにな」


「……」


 勇者は沈黙したまま、俺の眼をジッと見ている。

 彼の脳内では、俺の話が真実か、真実だとしてもどこまで知っているかを、考えあぐねているに違いない。

 つまるところ、互いに相手の様子を窺って牽制しているのだ。

 俺も自分の考えを曖昧なまま断言することはできないし、勇者も下手に口出しして、自分の秘密が漏れることは避けたい。

 ただ一つ誤りなのは、こうやって俺の話を聞き入っている時点で、勇者は俺の考えを肯定してしまっているということなのだが。


「ここまでで、絵の中の真っ黒な人物と魔王の息子には何か関係があると、俺はふんだ。でも、それ以上は分からなかった」


「……それのどこが、手がかりだ? 結局は、ただ奇妙な絵があった。それだけだッ!! それだけのことで、俺が口を割るはずがないッ!!」


 当たり前だ。

 絵を一つ見せられただけで納得するならば、俺が今こうやって勇者と議論する必要はない。

 だから、俺はほんの少しだけウソを混ぜた。


「勿論、お前は何も言わなかったさ。でも他に、この絵の謎について説明できる人がいるだろ?」


「……誰だ?」



「俺と一緒に行動していた……()()さ」



 本当は、横にいたのは賢者である。

 彼女と共に王都を訪れ、俺たちは彼方此方を歩き回った。

 けれども今の世界では。賢者の立場が戦士にすり替わっている。

 ということは、もし俺が死に戻る前と同じように行動したとすれば、戦士も賢者と同様に、俺と一緒に射手や勇者の元を訪ねるはずだ。

 そして賢者の存在を知らない勇者なら、このウソを信じ込むしかない。


「戦士があの絵について説明してくれてな、真っ黒く塗られた人物も推測から言い当てたんだ」


「戦士が……貴様にアイツのことを!?」


 勇者は先ほどよりも眼を見開いて、驚きの表情を浮かべた。

 随分と予想外のことだったらしく、唖然としたあとで首を何度も横に振った。


「あり得ない……戦士だけは、アイツのことを話すことなど……!!」


 口ではそう言いつつも、彼は俺の話を信じ込みつつある。

 自分が魔王の息子について話すことなど、余程のことがない限りありえない。

 しかし、そこで余程のことがあったのなら、話してしまうかもしれない。

 一度芽吹いた疑いは自分の中で膨らみ、冷静な思考は追いやられてしまう。

 俺は、ここぞとばかりに言葉を並び立てていく。


「そうだよな、俺もお前から話を聞いて驚いたよ。これは戦士にとっても思い話だったのに、頑張って打ち明けてくれた。だから勇者も話をせざるを得なかった。自分だけが魔王の息子について黙っているわけにはいかない、てな」


「俺は信じない、信じないぞ……」


 こうなると、彼は意地でも認めようとはしないだろう。

 けれど、彼に話をして貰わなければ、この王都での事件は解決しないのだ。


「勇者、お前の話を聞くことで、魔王の息子の襲撃を防げるかもしれない。つまり、街の人々が夜を怯えずに済むんだ。俺の死に戻りについても、奴は何か知っているかもしれないし」


「しかし……俺は、アイツのことを……」


 震えた声で、再びふさぎ込みかける勇者。

 このまま彼の正義感を攻め続けても、意味がない。

 勇者の証である聖剣を放り出すような状態では、むしろ彼の心が折れてしまう。

 そこで、俺がどう対処しようかと考えこんでいると、彼は何かを呟き始めた。


「…………そうだ、そうだそうだ、正体だッ!! もし貴様がアイツの正体を知ってるなら、今その口から言えるはずだッ!!」


 鬼の首を取ったがごとく、勇者は途端に元気になる。

 いや自棄になっていると言った方が正しいか。

 ともかく、彼はこの議論に決着を付ける気になったみたいだ。

 俺の話を疑い抜くより、思い切って結論を付けた方が楽だと考えたのだろう。

 心理戦を苦手とする勇者にしてみれば、単純明快な方法だ。

 勇者のトラウマを暴かれるか、俺の話がウソであるとバレるか。

 彼の問いの答え次第で、天秤は大きく傾く。


「ああ、言えるさ。でもお前は良いのか? アイツのことを聞くと、またふさぎ込んでしまいそうだけど」


「……構わない、それで貴様の詭弁が暴けるというのなら」


「そうだな、でも約束してくれよ? 俺が正体を言ったのなら、全てを話すと」


「……良いだろう。二言はない」


 勇者は覚悟を決めた。

 普通なら辿り着くはずのない答えを、俺が知り得るのかを知ろうとしている。

 なら、俺も最後の一押しをするだけだ。


 

 ……考えてみれば、それは単純なことだった。

 勇者は魔王の息子と何かしらの関係がある。これは間違いない。


 戦士はどうか?

 彼は、魔王の息子について俺に尋ね、奴の戦い方についても念押しした。

 奴の鉄線を使った罠、そして柔道家のように人を投げ飛ばす技は特徴的で、世界に何人いるとも思われない。

 それを再度確認したということは、その戦い方をする人物が一人しか思い当たらないこと。

 その人物が戦士と深い関係を持っていたことは、彼の苛立った態度がからみて一目瞭然だ。


 つまり魔王の息子は、戦士と勇者の二人に共通点がある。

 そうなると、自然と勇者パーティーの一員であるということが、思い起こされる。

 であれば、あの勇者パーティーの絵に描かれた黒い人物と、魔王の息子が同一人物であってもおかしくない。


 けれど、賢者はその絵の人物が思い当たらないといった。

 ということは、彼女がパーティーに加盟するよりも早く、絵の人物は途中脱退したということだろう。

 戦士が旅をしていたのも、そういった仲間たちへ魔王討伐の報告をするためだったのだから。


 ……けれど、それだけだろうか?

 途中脱退しただけならば、わざわざ黒く塗りつぶす必要も、その正体を隠す必要もない。

 また、今や勇者パーティーは魔王討伐で一躍有名なわけだから、例え顔が分からなくとも、分かる人には誰なのかがすぐにバレるはずだろう。

 それにも関わらず勇者が黒く塗りつぶしたのは……そうすることで、少しでも彼の存在が消せると信じていたからだ。


 勇者パーティーでありながら、勇者パーティーから消したい存在。


 そう考えてしまえば、答えは一つに絞られる。

 それと同時に、ようやくあのときの意味が分かった。

 彼が最後に口にしたのは、そういうことだったのだ。

 思考は魔王の部屋にいたときまで遡り、そこでもまた確証を得る。

 証言は出尽くして、導き出すのは正解だけとなった。


 部屋の外に、もう足音は響いてこない。

 勇者は俺の答えを待ち望み、全神経を俺の言葉に集中させている。

 だったら言ってやろう。

 息を吸い込み、俺は目の前の勇者に答えを告げた。

 ただ淡々と、自分の聞いたことをそのまま伝えるかのように



()()()()……だろ?魔王の息子の正体は、かつて勇者パーティーの一員でありながら、お前たちを裏切った」



「………………………」




 沈黙が包み込む。

 俺は一瞬、冷や汗がわき出るのを感じる。

 だが、流れ出た言葉は変わらない。

 後は勇者がどう反応をするのか、それだけだ。



「………………俺は勇者だ」


「……?」


「……だから、俺は間違ったことなどは……」




 勇者は放心していた。

 眼は既に俺を捉えておらず、頭が真っ白になっているようだった。

 俺は慌てて彼の肩を掴んで揺さぶり、飛んでいってしまった意識を呼び戻す。

 勇者はハッとした顔を浮かべ、そしてまたうつむく。


「……すまない……」


「大丈夫か? 俺の言い方が悪かったんなら謝るけど」


「……本当は、話さないといけないことは、分かっている……けれど……けれど……怖いんだ……何かが俺を、引き留めてしまうんだ……」


 つまり、感情が胸一杯に広がったせいで、何も話せない状態なのだ。

 先ほどまでの憂鬱状態からは少し進展したようだが、やはり彼から魔王の息子について聞き出すのは無理なのか?


 ……いや、最後に一つだけ手を打とう。


「勇者……言い忘れていたんだが、俺はあと一つだけ、魔王の息子について手がかりを持っている」


「……悪いが、今の俺は何を言われても……」


「いいや、俺自身は何も言わないさ。その手がかりは、扉の向こう側にあるからな」



 そう言いながら俺は立ち上がり、入り口の前に立つ。

 勇者が教会に来てから随分と立つが、中々現れないと思った。

 この部屋に向かう足音が全くしないのは、おかしいと感じていた。

 けれど、それは勘違いだったと気付く。


 彼女はずっと部屋の前で、俺たちの話を聞いていたのだ。


 俺が扉を開けたとき、外には一人の修道女がいた。

 白い教会の服を身に纏いながら、目の下を赤く腫らして立っている。

 未だ黙りこくっている勇者はこちらをゆっくりと向き、やがて彼女に気付く。

 そして、ポツリと言葉を漏らした。


「……射手」


「勇者、アナタが教会に来てくれたっていうから、遂に元気になったって思ったんだよ? でも、部屋に入ろうとしたら怒鳴ってばかりで、かと思えばふさぎ込んじゃったり……」


「……心配かけて、すまないな」


 そう言いながら頭を下げようとする勇者。

 と、思った瞬間。


 射手は彼に近づくと、その頬を思いっきり引っぱたいた。

 勇者は予想外のことに、口をぽかんと開けた。

 俺も扉の脇に立ったまま、息を呑むことしかできない。


「私が聞きたいのは、謝罪じゃない!! 私は、アナタの悩みを聞いて、一緒に悩んであげたいのよ!! だって私たち……」


 彼女の涙が一滴、頬の上で光った。

 勇者は彼女を見つめる。




「――私たち……パーティーの仲間でしょ?」




 その言葉が、彼の心に突き刺さったらしい。

 沈んでいた目の色に、大きな輝きが灯る。

 そして気付けば、勇者は射手を抱きしめていた。


「……ああ、そうだ。俺は、大切なことを忘れていたな。気に掛けてくれる存在がいることを忘れて、一人で壁を作っていたみたいだ」


 ようやく、最後のピースがはまったようだ。

 彼が求めていたのは、否定と同情。

 引き籠もっていた勇者には、それを間違っていると自覚していた。

 けれど自分一人だけでは、立ち直る支えもなく、自分でも何をどうすればいいのか分からなかったに違いない。

 普段は芯の通った熱血漢だったからこそ、折れたときの立ち直り方が分からなかったのだ。

 そんな自分を「否定」して、同時に手を差し伸べてくれる「仲間」。

 例え自分がそれを拒んだとしても、何度も引き上げようとしてくれる人こそが、彼に必要だったのだ。


 そんな勇者の救い主は、勇者に抱きしめられながら、顔を真っ赤にて泣いていた。

 俺のいる位置からは勇者の身体に隠れてしまい、どんな表情をしているかは分からない。

 けれども、勇者に会えた喜びや恥ずかしさや諸々の感情で、しばらくは泣き続けていた。

 そんな射手に勇者は微笑む。


「俺もまだ、完全に立ち直れたわけじゃない。だがしかし、やれることから始めてみるよ」


「グスッ、グスッ……やれることって……グスッ……なに?」


「まずは、俺が話せるだけ話してみようと思う」




「かつて魔王の息子を、俺が殺した件についてだ」





少し長いので、文脈をわかりやすくするように後から修正するかもしれません。

次回も一週間後を目指して頑張ります。


追記:投稿が遅くなりすいません。近日中に投稿させて頂きます。

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