19 勇者に沈黙驚愕ペテン
年末までに話を進めるため、少しだけ投稿速度を上げさせて頂きます。
すぐにブレーキが掛かりそうだとかは、作者自信で思っても考えないことにします。
戦士の去った部屋で、俺は独り溜め息を吐く。
精神的な影響から来る不調で、身体も満足に動かせない自分がやるせないからだ。
戦士が教会を出てから数十分、射手が一度具合を見に来た以外、この部屋には誰も訪れていない。
下手に人と出会って俺の素性を怪しまれないよう、射手が取り計らってくれたのだろう。何人かの足音はするけれど、随分と遠くを行ったり来たりしているだけだ。
外で星がちらほらと輝き始めているのを見えてきたので、時間的に外出ができないと悟る。迂闊に道を歩けば、街を巡回する憲兵に取り押さえられるからだ。
しかし、魔王の息子の襲来、そしてこの世界の異常を気に掛けてしまい、ただ寝転んでいるだけではいけないような気もする。
今更たった一人の病人が無理をしたところで何になる、という話だけれど。
魔王の息子は戦士が対応してくれている。
そして俺を殺したこともある魔王の部下は、神出鬼没だから見当は付かないものの、少なくとも射手のいる教会には簡単に襲ってこないだろう。
つまり、これ以上打つべき手は、俺にはないということだ。
……あのときとは、同じ死に戻りを経験しながらも、状況が随分と違うな。
この王都で死に戻りでは、俺は自由に行動できない分、仲間に頼るしか他ない。
それは別段仕方ないけれど、こうやって何もできずに時間が流れてくのを感じると、むずかゆい思いを抱えてしまう。
(俺が無力でなかったら……何かできることでもあったのかな)
気付くと、感傷に浸ってしまう自分がいた。
慌てて首を振り、落胆しようとする心を落ち着けた。
駄目だな。独りで部屋に閉じこもっていては、ネガティブになってしまう。
俺は立ち上がると、夜の窓に映り込んだ自分に近づいた。
改めてひどい顔色をしているので、顔をほぐそうと、顔の両端を引っ張り、縮こめて、最後に両の頬を思いっきり叩いて気合いを入れた。
少しやりすぎて肌が真っ赤だけれど、窓の向こう側には晴れた笑顔が映っていた。
バタン
扉が壁に強くぶつかる音。
思わず背筋が伸び、そして慌てて振り返る。
そこに立っていたのは射手でも戦士でもない、息を荒げている誰かだった。
背後の壁に身体を寄せて警戒しつつ、俺は相手を確認する。
まさか魔王の息子か? いや魔王の部下?
そんな混乱した頭だったが、やがて眼を見開く。
なぜ、彼がここにいる。
「……勇者」
部屋の入り口に立った青年は、少しやつれた姿だ。
彼の装備であった鎧もバンダナもなく、肌身離さず持つといっていた聖剣もない。
銀の髪は走ってきたのかボサボサとなり、かつての勇猛さの欠片もない。
俺の言葉に、彼はクマの入った眼で俺をにらみつけた。
「夜分にすまないな。でも、戦士と逢って、君がここに居ると聞いて」
響いた声からは吹き抜けるような心地よさも、あふれ出る熱血さもない。
弱り切った子犬のように、震えた声だった。
「それと……どうか今の俺を勇者と呼ばないでくれ。俺は……」
そう言って口をつぐんだ彼の姿は、今にも消えそうなほど儚く思えた。
□□□
気まずい雰囲気のなか、俺と勇者……もとい元・勇者の青年は改めて対峙して座り込んだ。
俺と別れた戦士は、勇者の家に訪れて、魔王の息子が今夜現れること、そして俺の死に戻りについて簡潔に伝えたそうだ。
そこで一度、俺と顔を合わせようと教会に来てみた、と話してくれた。
だが、そこから先は黙りこくってしまい、お互いに言葉を発せずにいる。
俺は先ほどまで寝ていた長椅子で縮こまり、元・勇者は先ほど戦士が座っていた椅子でうつむいていた。
俺は目線を天井で泳がせつつ、彼へなんと言葉をかえるべきか悩み続ける。
いや、そもそも彼の本名を知らないので、第一声すら発せないことに困り果てていた。
まさか随分と暗い表情の彼に向かって、ワットイズヨアネーム? などとは言えそうにない。
こんなことなら賢者に尋ねておくべきだった……いや、逆に「名前を当ててみなさい」と面白い玩具を見つけたような笑みで言われそうだな。
「……」
「……」
ああ、話が進まない。というか生まれない。
俺が下らない妄想をしているうちに、彼が話を切り出してくれるもののと思ったのに。
もしや彼も俺の名前を知らないのか?
いや、この死に戻りをしたあとでは初の再会だから、戸惑っているのか?
それにしたって、本当なら引き籠もっていた勇し……いや、もう勇者でいいや。
その勇者が、こうやって俺に会いに来たのだ。
確か彼は、魔王の息子と対峙してから調子がおかしくなり、しおれた花のようになっていたはず。
だから俺に会いに来たと言うことは、重要な用があるはずなのだ。
そう思って沈黙に耐えていたところ、彼はようやく口を動かし始めた。
「……お前は」
「ん、俺がどうした?」
「お前は、本当に死に戻りをしたのか?……戦士からそう伝えられたが」
「ああ、理屈は分からないけれどな。何なら一応、俺が体験したこれまでの事を話そうか?」
「……死に戻る前に、今日の俺と会ったというのは、事実か?」
「たいした話はしなかったけれど、再会はしたよ。家に上がらせて貰ってさ」
「……魔王の息子と、遭遇した」
「そうだ、その通りなんだけど……」
彼の淡々とした言葉に俺が相づちを打つという、会話にならないような会話。
俺は明るく振る舞っているけれど、勇者は一向にふさぎ込んだままだ。
鏡の前で笑ってみろと言っても、無気力に自分の瞳を見つめて、一日中突っ立っていそうだな。
「アイツは……魔王の息子はどんな様子だった?」
「遠目で見ただけだから詳しくは分からないな。フードも被っていたし。ただ、笑い声が何度か聞こえたよ」
「そうか……」
そうポツリと呟くと、勇者がまた口を閉ざしてしまいそうになる。
俺は慌てて、今度はこちらから質問を投げかけてみた。
「なあ、勇者……いや元・勇者。魔王の息子とは一体どんな関係なんだ? お前が奴と逢って、そこまで落ち込む理由が分からないんだ。奴と、特別な仲だったことは、察しがつくけどさ」
「俺は……」
このとき、俺は閃いた。
多分、俺がいくら勇者に情報を求めても、彼は曖昧な態度しかとらないだろう。
現に死に戻る前、俺と賢者が彼の傷口に触れないような会話をしていても、彼の機嫌を損ねて追い返されてしまった。
よほど魔王の息子との関係について、知られたくないに違いない。
だったら、俺が知っている事にしてしまえばいい。
「とまあ尋ねてみたんだけどさ。実はだな……俺はもうお前と奴の関係を知っているんだ」
「……!?」
勇者は身を乗り出して、俺を見る。
その表情からは、驚愕の二文字がハッキリと読み取れた。
ようやく凝り固まった表情を崩せたみたいだな。
勿論、俺の言葉はハッタリだ。
けれども、彼に魔王の息子について話して貰わなければ、この事件が真に解決することはない。
だったら、落ち込んでいる勇者には悪いが、少しばかり傷をえぐらせて貰おうか。
それに彼だって、このまま引き籠もっていては駄目だと、気付いているはずだからな。
だからこそ、勇者はわざわざ俺に会いにきたのだから。
俺は勇者に向かって、あの窓に映ったように微笑んでみせる。
きっと今の俺は、さっき想像していた賢者のように悪い笑顔をみせているに違いない。
さあて、勇者の心を揺り動かしてみようじゃないか。
できるだけ早めに投稿しようと執筆していますので、ミスや読みにくい場所が出てくるかもしれません。
そういう場合には指摘してくれると助かります。
次回も一週間後、遅くても二週間後までには投稿できるよう頑張らせて頂きます。




