18 戦士と病床コンファビュレーション
ああ、危うく投稿を忘れるところでした。
シンとかメカとかが付くゴリラ型クジラに夢中になってた訳ではありません。
筆者が好きなのは声が可愛い蛾の巨獣ですので。
頭を押さえてうずくまる。
血流が頭蓋骨を爆発させそうなほど、轟々と細胞の間を駆け巡る。
理解不能、そして混乱。
この循環が、処理能力を容易く超えていった。
結果、俺は床にバタリと倒れることとなった。
「大丈夫か!?」
「ええ、なんで突然っ!?」」
駆け寄ってくる仲間の声にも、俺は応答できない。
クラクラとする頭では、呼吸をするだけで精一杯だ。
そうした浅い意識の中で、俺は彼女を想像していた。
虹色の髪、華奢で小柄な身体、いつか見たはずのあの笑顔……
……そうだ。
まだ俺は、彼女の名前を知らなかったな。
□□□
自分で分からないのは仕方ないが、俺は随分と寝込んでいたそうだ。
目を覚ますと、俺は長椅子で寝ていて、横には戦士が座っていた。
ぼんやりとした頭で、彼を眺める。
黒髪メガネの優男。けれど細身の身体な割に筋肉はガッチリと付いていて、服の隙間から見える肌は血管が浮き出ていた。
そんな彼は、突然倒れた俺を看病していたらしく、俺に毛布をかけ直そうとしていた。
「やっと目を覚ましましたか。気分はどうです?」
俺の視線に気付いた戦士は声をかけてきた。
質問に答えようと、俺は自分の頭に手を置いてみた。
先ほどまでの目が回るような感覚はなく、熱っぽさも消えかかっていた。
「……まあ、落ち着いたかな」
寝ぼけ眼をこすりつつ、素直な感想を述べる。
戦士はその答えに満足したのか、席を立ち、しばらくして水を持ってきてくれた。
そういえばと、教会に来るまで喉が渇いてことを思い出した。
口に冷えた水を流し込むほど、俺の頭も回るようになってきた。
ちらりと窓の外を見ると、夕闇の広がる庭園がみえる。
射手の姿は既にない。自分の仕事に戻ったのだろうか。
病人の看病をずっとしていられるほど、彼女も暇ではないはずだからな。
「……射手から、一応の事情は訊きました。ですが今は、随分と疲労困憊しているようですから、ゆっくりと休養していて下さい。焦りは禁物、ですから」
俺が水を飲み干すのを待ってから、戦士は俺の目を真っ直ぐに見つめた。
久し振りに再会したけれど、相変わらずメガネの奥は鋭い眼光が輝いている。
勿論、俺を殺そうなどとは思っていないだろう。
けれど彼の温和な表情の裏には、様々な悲劇と戦場により歪められた過去が影を落としていることを、俺は知っていた。
さて、ここで彼の言葉に従い、再び眠りにつくのもアリだろう。
だがしかし、それではいけない。
混乱していたせいで色々と忘れていたが、俺の置かれている状況は、かなり不可思議かつ危険なものだ。
俺は死に戻りをしている。
殺されたのは深夜。そしてさっき俺が教会の庭園にいて、かつ射手とまだ再開していなかったことから、巻き戻った先は俺が王都に到着ついたばかりの時間だ。
なぜ俺が死に戻りをしたのかを考えることは、とりあえず置いておこう。
今、整理すべきはもう一つの問題だ。
巻き戻った後の現実で、元の現実とズレがあった。
一つ、何故か遠くに旅をしていたはずの戦士が王都にいること。
一つ、賢者の存在を、俺以外の人が覚えていないこと。
一つ、賢者を覚えていない人の中では、俺の保護者が戦士となっていること。
俺が出会ったのは戦士と射手の二人のみだから、もしかすると彼らが俺を騙そうとしているか、二人が偶然頭を打って同じように記憶が改ざんされた……と屁理屈を捏ねれば理屈が考えられる。
けれどもその場合には、どうして死に戻る前と後で行動が違うのか、という問題が現れてしまう。
でも彼らの記憶を確かめる価値はあるだろうと、俺は言葉を投げかけた。
「戦士、俺は少し記憶が混濁しているから確認していいか?……勇者パーティーが魔王を倒したあと、俺たちは今まで何をしていたんだっけ」
「……どうやら、随分と重傷みたいですね。死に戻りとは、そこまで精神を疲弊させるのでしょうか。いえ、一度死を味わったのだから、そうなのでしょうけれど」
困った顔を浮かべつつ、戦士は俺の近くへ椅子を引っ張った。
そして今まで起きた勇者パーティーの出来事を丁寧に話してくれた。
魔王討伐により、勇者が英雄と賞賛されたこと、射手が聖女として教会に帰したこと、王都では毎日お祝いムードなこと。
なるほど、途中までは俺の記憶と寸分違わない。
本題は、俺と戦士の関係だ。
「……そして僕は、かつて勇者パーティーだった仲間の、或いは彼らの家族に、魔王討伐の報告をする旅にでることにしました。共に命を投げ打った者として、彼らには僕たちの物語を知る権利がありますから。さて、そこで問題となったのは君の立ち位置です。君を勇者と共に王都へ送るには時期尚早。魔王級の魔力量でありながら、この世界について余りに無知な君を、人々は不審がってしまうでしょう。だから僕と共に各地を訪れつつ、世界の常識を身につけさせることにしたのです」
一応、筋は通っているな。
要するに、この世界の俺は戦士のお供だったというわけだ。
遠くからの旅行者といえば、例えその土地で常識が通じなくても、ある程度まで誤魔化せる。
「……君は理解力もありましたから、随分と早く世界になじんでいきました。そして君が一人前となり、僕らの旅も終盤に差し掛かったところ、王都に『魔王の息子』を名乗る輩が出没すると噂を聞きつけました。そこで、旅の身支度を整え直すがてら、君と一緒に此の地へとやって来たのです。ですが……」
教会に来てから、俺とはぐれ、教会野中で姿を見つけたときにはこの有様、だったと。
戦士はそう告げると、長く溜め息を漏らした。
そんな様子を見せられて、俺も一緒に溜め息をつきたくなった。
(これは……困ったな)
戦士が嘘を吐いている様子はない。
といって彼の話を鵜呑みにするには、俺の記憶と違いすぎている。
(ということは……あれか、パラレルワールドってやつだ。俺が、賢者のいる世界から、賢者がいない世界に飛ばされたってことか?)
もしそんなSFチックな魔法があったとすれば、俺はどう対処すれば良いのだろう。
死に戻りを繰り返して、数多の世界線を駆け抜けろ、とでも言うのだろうか。
けれど、そんな世界はあり得ないことも俺は知っている。
賢者がいなければ、あの魔王の部屋から脱出することは不可能だった。
魔法に関する造形の深く、それでいて優しさも併せ持った賢者だからこそ、俺はあの部屋で助けられ、俺のままで居られた。
そもそも、あの部屋の中で、誰一人欠けても脱出は不可能だったことは、俺自身がしっかりと理解している。
(だから、戦士から魔王討伐の記憶について聞き出せば、彼の記憶が誤っていると気づけそうだが……)
ここで、俺は賢者のことを言及すべきだろうか?
問題となるのは、俺に対する射手と戦士の信用だ。
ただでさえタイムリープをしたという説明が時間を要したというのに、更には今此処に存在しない人物の話をしたところで、どれだけ納得してくれるだろうか。
彼らの記憶の矛盾点を突いたとしても、だからといって了解するというわけではないはずだ。
目の前の射手たちから得られた情報から察するに、賢者……つまり俺と共に行動していた少女のことを、誰も覚えていない。
代わりに、旅に出ていたはずの戦士が、俺の同行者として傍にいる。
いっそのことパラレルワールドの話を持ち出してもいいが、きっと俺の説明の不明瞭さが増すだけだろう。
ここは一度、沈黙するべきだろうな。
けれど、言うべきことは言うべきだろう。
「戦士、射手から話を聞いたのなら、俺が死に戻りをしたことを信じてくれたということで良いのか?」
「……君の周りは不可思議なことばかり起きると知っていますから、大抵のことは信じますよ」
聞き捨てならぬ言葉があったが、今は話の骨を折るべきではない。
彼に、これから起こることの対策をお願いするのが先だ。
「だったら改めて伝えるべきではないけど、俺は魔王の息子が今夜出没する場所を知っている」
知っている……はずだ。
賢者や射手の存在がタイムリープ前とは違うけれど、魔王の息子の行動に影響を与えているとは考えにくい。
だったら彼を捕まえるべく、出現場所付近に憲兵を忍ばせて貰うべきだろう。
……もしかすると、彼も俺が死に戻りをした原因について、関連があるかもしれないし。
「憲兵たちが信じないなら、せめて勇者に魔王の息子が出没する場所を伝えるだけでもいい。ともかく、彼を捕まえるために力を貸して欲しいんだ」
俺は今の今まで寝込んでいたせいで、王都を走り回ることはできない。
けれど既に夕日は暮れ、魔王の息子が出没する時間は着々と迫ってきている。
「……お安い御用です。となれば、すぐにでも行動したほうが良いみたいですね」
戦士は立ち上がると、脇に置いてあった荷物の幾つかを持ち出す準備をする。
そして最も大きな荷物、身長の二倍ほどの細長い袋に手を触れ、少し考え込み、やがて背中に担いだ。
ガシャンっと音がしたから……中身は彼の愛用する長槍か。
戦闘準備も万端にするつもりらしい。
「……ところで、最後に確認したいのですが」
「なんだ? 俺の話に変なところがあったか?」
「いえ、君のことは信じていますよ。ただ……魔王の息子と名乗る男が、鉄線を武器にしていたというのは本当なのですか。それに手技や短刀使いを得意としたのも」
「え? ……ああ、多分。遠くから見ていたから詳しくは分からないけれど、街灯の光に糸状のモノが何本も煌めいていたし、憲兵の一人が縛られたように動けなくなっていたから……」
「そうですか」
彼は部屋の扉を無言で開けると、顔を伏せつつ出て行こうとした。
その雰囲気が異様に見えて、俺は思わず声をかける。
「戦士、それが一体どうしたんだ? 何か不味いことでも……」
「……いいえ。ただ敵の武器を知りたかっただけです。それ以上は、特には」
平静を装うかのように、淡々とした口調で返答する。
そして戦士は最後にぼそりと呟き、扉をバタンと強く音を立てて閉めていった。
「……ただ、昔の知り合いに似ていただけです」
次の投稿は早めにできるよう努力します。
そろそろ追い込まないと、完結が年末を過ぎる予感がしますね。




