17 賢者と不可逆ミスキャスト
「はぁ? 死に戻りをしたですって?」
教会の客室。
俺は修道女の姿をした射手に、事のあらましを伝えた。
賢者は見当たらなかったが、今は彼女を探すより、俺の話をだれかに伝えることが必要だ。
彼女は疑わし気な眼差しを向けながらも、黙って耳を傾けてくれる。
……俺は、魔王の息子の噂を聞きつけて、この王都を訪れた。
まず初めにこうやって射手と、次に勇者と再会して言葉を交わした。
だが、勇者は情緒不安定で、俺たちは彼の家から追いだされてしまう。
しかも、その様子を見ていた憲兵に、怪しい輩だと連行されてしまった。
そんな夜も更けていたときに、魔王の息子と遭遇。
間一髪で逃走に成功し、俺は射手に助けを求めようとした。
すると今度は魔王の部下がどこからともなく登場して、俺を誘拐。
紆余曲折あったが、最後にはナイフで切り裂かれ、高所から転落した。
そして……
「というわけだが」
「ジョークでは、ないのよね? 久しぶりに会って早々、そんな事件に巻き込まれるなんて信じられないわ」
一通り話を終えたのだが、射手は完全に信用していないようだ。
まあ、理由は何となく察しがつく。
俺が再び死に戻りできるということが、不自然なのだ。
確かに俺は魔王の部屋において、何度も死んでは蘇り、勇者たちと向き合った。
けれど、それは特殊な状況下で発動された魔法が原因であり、普通の街中でそんな芸当ができるわけもない。
では、なんと説明するのがよいか?
深夜に街中で重症を負った自分が、気付くと正午過ぎに教会の庭園で寝っ転がっていた。
そこは俺が王都に到着して初めて降り立った場所だった。
しかも一度再開したはずの射手が、会ったのは今が初めてだという。
魔王の息子に負わされた怪我を探してみたが、俺の体には傷一つない。
「だから、寝ぼけて夢と現実を混同してしまったのよ。その、車とかいうのも乗り心地が悪かったようだし、悪夢を見たってしょうがないわ」
「……そうだけど」
「そうでしょ、だからアナタの夢に出てきた人も事件も、現実にはなかったのよ。ここで休ませてあげるから、一旦は肩の力を抜きましょうよ」
冷静になってみれば、確かに一連の出来事が夢オチならば、事はそれで終わる。
俺が死に戻りに成功した理由も思いつかないし、魔王の息子や部下という災難が一気に押し寄せたのも、現実にしては出来すぎる。
俺だって、何度も死に戻りを経験したことのない身であれば、ちょっと奇妙な体験だったで切り上げるのみだ。
では、教会の扉を開いたときに感じた、あの衝撃は何だったのか。
俺がすでに教会の中身を知っていたのも、聖女の恰好をした射手に既視感があるもの、全てデジャブで済ませてしまっていいのか。
だから、俺は彼女に色々と質問をすることにした。
もしこの頭に残った記憶が正しければ、俺は王都に来たばかりで知るはずのない知識を持っていることになる。
それを一つ一つ検証することで、俺の記憶が妄想か事実かを決定づけられるはずだ。
「まず、数日前にお前と勇者とデートに行った話についてだけど」
「キャアーーーー!!? な、ななんで!?なんで知っているの!!? い、いやあれはデートとかじゃなくて、そういうのじゃなくて……じゃなくてえっ!!」
ボフンッ
蒸気が目の前で上がった。
おっと、一瞬で彼女の顔が茹でダコになった。
彼女は目をグルグルさせながら、誰に対してかわからないが必死に弁明する。
「だ、誰からそのことを聴いたの? 答えなさい、答えなさいよ!! さもないと聖女の名に懸けて、アナタのアレをあんなことにするわよ!?」
「落ち着け、射手。アレがなんなのかは知らないが、俺にこのことを教えたのは、お前自身だよ」
俺は射手の元を訪れたとき、彼女から勇者の様子を聞き出した。
魔王の息子と会う前までは元気だった勇者は、現在茫然として日々を過ごしているのだと。
ああ、そうか。
あの時は凹んだ勇者を真に心配しながら話していたせいで、射手は照れる気持ちもなく真実を話してくれた。
多分本人も、自分が単なる惚気話を語っているとは思っていなかったのだろう。
俺たちだって、その時は勇者の現状が気になって、茶々の一つも入れずに聞いていたからな。
だが、場面も変われば、彼女が伝えたのは「皆には内緒にして街を二人散策した」という事実。
しかも久々に会った知人に、突然そのことを口に出されたとなれば、彼女の羞恥心が爆発するのも仕方ない。
そして暫くの間、俺は彼女の熱が冷えるよう宥めることとなった。
……死に戻り、か。
だが今回は俺が死ぬことを避けるのは簡単だ。
迂闊に出歩かなければいい、ただそれだけのことだ。
むしろ問題は、なぜ再び俺がタイムリープをしているか。
恐らくは、また魔法か何かに掛かってしまったノだと思うが……誰が、どうやって?
俺が頭を抱えていたところ、射手はようやく会話できる程度には落ち着いたらしい。
「……ハァ、ハァ、わ、分かったわよ。納得いかないこともあるけど、アナタのことを信じてあげる」
「ありがとう、射手」
「ただし!! そのことを他人に教えたら、今度は承知しないからね!! アナタのアレがああなるまでああするからね!!」
さっきから何がどうなるかが全然分からないが、素直に従ってあげよう。
これ以上彼女の顔が赤くなっては、教会が燃えてしまうかもしれない。
しかし、慌てる射手に笑ったお陰で、張り詰めた心が楽になった。
不可解なことが多いときに焦って空回りするより、ゆとりを持って行動したほうが良いに決まっているからな。
そしてやはり……俺の見たものは夢でなく、現実のことだったのだと実感もできた。
他にも色々と確認はしてみたが、射手の方も俺の死に戻りを受け入れてくれたようだ。
だが時折、首を傾げる動作もみせており、どこか引っかかるところがあるらしい。
「射手、さっきからどうした? 俺がなにか、変なことを言ったか?」
「ええと……いえ、大丈夫よ。ちょっと気になった部分があっただけだから」
もしや、彼女は何かに気付いたのだろうか。
俺の死に戻りかについてか、魔王の息子についてか。
「あのね。私は知らなかっただけで、アナタは彼をそう呼ぶのね」
うん? 彼って……誰のことだ。
魔王の息子のことか? でも他の呼び名は知らないし、王都の連続暴行事件の犯人とかよりも伝わりやすいだろ。
「だから、貴方と一緒に王都へ来た人のことよ。さっきから賢者って呼んでいるじゃない」
それはしょうがないだろ、賢者の本名を知らないのだから。
というか、彼女は正真正銘の女性だから、男性名詞はおかしいだろう。
「何言っているのよ? 彼はどうみたって男性じゃない。あの槍を振るう雄姿を、アナタだってみたことあるでしょう」
「……どういう意味だ」
「確かに彼は戦前を退いたから、昔の通称で呼ぶのはおかしいかもね。私だって偶に射手と呼ばれるけれど、今は聖女と呼ばれることが多いから」
「違う違う!! だからその彼っていうのは……お前の言う賢者っていうのは、誰の事をさしているんだ!!」
「だからそれは、彼のことでしょう? 魔王討伐の後、アナタを匿うために王都から一緒に離れ、一緒に隠れて生活をした。そして今日は、魔王の息子について確認するため一緒に王都に来た」
「ああ、その通りだ。だが彼女は……!!」
「眼鏡を掛けていて知的にみえるから、賢者というあだ名が付けられても変じゃないけど……あれ、もしかして他に賢者なんて呼ばれている人はいたの?」
そのとき、教会の扉がバタンと大きく開かれる音がした。
次いで誰かが小走りでこちらへと向かう足音が聞こえてくる。
そして客間の扉が開かれたかと思うと、一人の男性が飛び込んできた。
「ああ、丁度良かったわ。今ね、彼がアナタの話をしていたの」
俺は呆気にとられる。
おかしい。
最近はおかしなことの連続だが、今回ばかりは驚くしかない。
お前は今、旅へ出ているのではなかったのか。
「それと聞いてちょうだい。詳しくは後で話すけど……彼、また死に戻りを繰り返しているそうよ」
男は眼鏡を光らせて、俺をみた。
大分走ってきたのか、少しばかり黒髪が乱れたものの、その目には疲れた様子はみえない。
彼は俺の肩を叩き、落ち着いた声で訊ねてきた。
俺にとっては久しぶりの再会なのに、嬉しいという感情が微塵も湧いてこない。
何故、彼が彼女と入れ替わって此処に居る!?
「……突然居なくなったと思ったら、既に教会にいるとは驚きました。ですが……それより死に戻りとは、一体どういうことでしょう……僕に説明して下さい」
「戦士……」
助けてくれ、賢者。
俺の知る君は、どこにいってしまったんだ。
次回更新も未定ですが2~3週間後になりそうです。
年末前には完結させたいので、早めの投稿ができるよう頑張ります。




