16 Treachery Of The World
……夢を見ていた。
……遙か遠くの見知らぬ場所で、幾度も戦いを繰り返す。
仲間と共に武器を振るい、歩み続けるは地平線の果て。
……気付くと、世界は焼け焦げた大地が広がっていた。
上空では黒雲が日差しを隠し、遠くからは獣の吠える声。
……一体、これ以上進み続けて何になるというのか。
地獄の道を歩めども、先に見えるは更なる地獄。
一人、また一人、仲間がパーティーから離れるたび、夜に孤独が襲ってくる。
……本当は、自分だって弱い人間なのだと、何千回と思い知らされた。
誇るべき名誉も、芯となる志も存在せず、ただ流されるがままに戦地を彷徨う。
何故彼らと共に戦わねばならぬのか、その理由すらもとうに忘れてしまった。
……ああ、全てを捨てて逃げてしまえれば。
……自分を偽り続けるのに疲れたのだ。
……どうか、この揺らぐ心を休ませてくれ。
……なあ、勇者よ。
……俺を、終わらせてくれないか。
「そのためには君だ、魔王。いや魔王を討ち果たした青年よ」
……君のすべきことはただ一つ。
……世界を裏切れ。
□□□
「あれ……?」
草木のさざめく音。
まぶたを閉じていてもわかる、太陽の明るさ。
鼻先に暖かな風が触れて、俺は目を開けた。
ぼんやりとする頭を左右に振り、俺は芝生に寝ころんでいたのだと知る。
橙色に染まりかけた空、刈り整えられた広い草原。
黄色や白の花が隙間なく植えられた畑から、甘い香りが漂ってくる。
しかし周囲に人の気配もなく、代わりにピピっと鳥がさえずっているのみだった。
どこを眺めても平和で穏やかな風景だ。
……心が和む。
……けれど、なぜ俺は寝ころんでいたのだろうか。
シワの寄った服を直しつつ、ここがどこなのかを思い出そうとした。
「……確か、俺は王都にきて……」
寝起きのせいか、思考がまとまらない。
立ち上がってみると、病み上がりの患者みたいに、なんとも足元がフラフラとおぼつかない。
よろけてしまい、思わず横にあった壁に寄り掛かる。
いや、違うな。
「……車?」
四輪のついた箱型の物体。
だが窓やミラーのない変哲なもので、後部に機会がゴチャゴチャと剥き出しのまま詰め込まれている。
座席も二人分しかないし、乗り心地もよさそうではない。
泥の跳ねた跡があるけれど、奇妙なことに排気ガスのにおいも、石油のにおいもしない。
まるで、素人が独力で作った試作品、といった印象だ。
それにしても、なんでこんなものが俺の横にあるのだろう。
「……思い出せない」
……う~ん、よくわからない。
一度水でも飲んで頭を冷やそう。
そう思って自分の荷物を探したが、財布の一つも見当たらなかった。
あれ、どこかに置いてきたっけ?
というか、俺の荷物って一体、何だったっけ?
「……?」
何だか頭が冴えない。
俺はまだ寝ぼけているのかな。
だったら、身体を動かせば微睡みから抜け出せるはず。
「……とりあえず、歩くか」
ここで呆けていても時間は過ぎるし、だったら動き回ったほうが有意義だろう。
それに、再び芝生に伏せてしまえば、夜まで眠りこけてしまうかもしれない
身体を適度に伸ばしつつ、俺は当てもなく散策することにした。
……いや、訂正しよう。
少し遠くにある林の影に、真っ白な建物がみえるな。
まずは彼処に向かってみるのがよさそうだ。
俺は、そこを目印に庭園を歩き進めていった。
……5分も歩いただろうか。
目標の建物に苦労せず辿り着いた俺は、改めて立派な装飾に息を呑む。
何者をも拒むかのような真っ白い壁面。
そこに彫られたのは、天使や様々な動物が楽しげに動き回る姿。
美術室で埃を被っている石膏像と違い、日光を受けて一層煌びやかに輝く姿は、芸術家でなくとも感嘆する出来映えだ。
しかし貴族の宮殿みたいに豪勢な感じかというと、建物の形自体は三角屋根が三つほどあるのみで、こぢんまりとした印象をうける。
けれどこの自然と溶け合う建築としては程よい大きさで、まさに簡潔性と技巧が調和している光景だった。
俺はその建物に見ほれつつ周囲を歩いてみると、入り口らしき扉を見つける。
……そうだ、俺の目的は、ここがどこだか確かめることだ。
一応、人の物音がしないか壁に耳をそばだてるが、無人なのか何も聞こえてこない。
ならば取っ手を握り、まずは開くかどうかを確かめる。
「あれ……」
俺は扉を押したとき、妙な感覚を覚えた。
いや、少し語弊がある。
俺は……この扉を押す感覚に、覚えがあったのだ。
「……!!」
突然、頭の中で何かが弾けた。
朦朧としていた意識に、稲妻のような衝撃が走る。
心臓が一際強く跳ね上がったかと思うと、全身の筋肉が一気に固くなる。
そしてツバを飲み込む時間もないうちに、俺は流れるように扉を大きく開けていたのだ。
目の前で何が起きているか。
その全てを承知したうえで。
ここは教会。
七色のステンドグラスが、その影を床や壁に映り込ませる。
壁際の柱は太く長くそびえ立ち、中央には一直線に赤絨毯が敷かれている。
左右に並べられた長椅子の列、奥には祭壇、女神を祀った巨大な像。
そして……祈りを捧げる少女が一人。
様々な感情が押し寄せて、何度も頭が真っ白になる。
ここはどこか? 俺はどうしてここに?
……答えは、当にどうでもよくなっている。
問題は、どうして俺が『これから起こること』を知っているか、だった。
頼むから予想が外れていてくれ、と思う自分がいる。
やはりそうなのかと、既に納得している自分がいる。
だから俺は声を出す。
震えながらも、確信を持って声に出す。
「射手……」
俺に呼びかけられた少女は振り向き、あのときと同じ言葉を紡いだ。
「……え、何でアンタがいるの!?」
――その台詞は紛れもなく、聞き覚えのある聖女のものだった。
どうやら、俺は再び『死に戻り』をしてしまったらしい。
先週投稿するはずが忘れていましたので、一時間後に次話投稿させていただきます。




