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15 End


目の前に立つのは魔王の部下。

ほんの数秒前まで、彼女は俺を魔王と錯覚していた。

俺が軽く一言を発した、その時まで。



『魔王の息子は、いったい誰なのか』



敬愛を振り撒いていた少女の姿はない。

あるのは冷徹な殺気の篭った、輝あの夜の襲撃者。

彼女の金色の目は、俺を焼き殺すようにハッキリと開かれている。

空気は一変して凍てつき、瞬きもできず、息が止まるような恐怖が押し寄せる。


「……ッ」



 身体は、蛇に睨まれて銅像にでもなったように動かせない。

 しかし、生きようとする本能が、俺の頭を無理やり回転させる。

 焦燥が胸を締め付けてくるが、思考をたどたどしくも動かし続ける。


 ここで、立ちすくんではいけない。

 相手の迫力に負けた途端、この命が潰えると、直感で分かる。

 俺の頭は真っ白になる寸前だが、生きるためになんとか意識をつなぎとめる。


 まず、声を発しなければ。

 閉め切った喉をこじ開けて、口を動かしてなんとか言葉にする。



「……貴様……それは、どういう意味だ?」


 精一杯のハッタリを咬ますも、彼女の目は全てを見透かしたかのように冷たいままだ。

 その殺気から逃れようにも、ベランダは身動きできないほど狭く、背後には星も見えない闇夜が広がっている。


「だって貴方は……彼の姿を見たのでしょう?」


「彼……だと?」


「あの小汚い、あの御方の息子を名乗る愚か者ですよ」


 魔王の息子のことか。

 確かに遠目から見たけれど、特徴的な赤い目以外、彼が何者かを知る手掛かりはなかった。

 そもそも暗闇の中で、ましてやフードを被っていては、相手が誰だろうと判別できないだろう。


 だというのに、そのことを分かっているはずなのに、彼女は俺をなおも疑い続ける。


 魔王の息子を一目見たならば、その正体が分かって当然だとでも言うように。


(どうやって? 俺がどうやってアイツの正体を知ることができた?)


 まさかあいつは本当に魔王の息子だったから、声を聞けば分かるはずだとでも?

 いや、それなら彼女は主人の息子を罵倒するはずがない。

 ならば不義の子? 兄弟? だめだ、憶測の域を出ない。


 俺の思考が限界の近いたとき、彼女は溜め息をついた。


「……どうやら、本当に彼の正体が分からないみたいですね、残念です」


「……何だと」


 俺が凄んでみせるも、それを無視して彼女は一人考え込む。

 もう既に、俺が魔王ではないと決めつけてしまっている。

 ならばこの先、俺がどうやって弁明しようとも、彼女が聞く耳を持たないのは明確だ。


「けれど、なぜ貴方はそんなにも魔王様の魔力をお持ちなのでしょうか? まさか魔王様から直接奪った……なんてことはないでしょうから、私は不思議でたまりません」


 彼女は独り言を淡々と、それでいて俺に言い聞かせるように呟いていく。

 自分の考えを、俺にむけて確かめていくように。


「全く魔王様とは別人なのに、貴方の存在を私は間違えた? いいえ、違いますよね? 勇者パーティーとやらに接点を持つ以上、貴方には何か秘密があるはずです。例えば……」


 そう口に出したとき、彼女はハッと目を見張る。

 何かを、いや答えを閃いたらしい。

 一本の筋道が通ったらしく、視線は空を見続けつつも、口元を抑えて黙ってしまう。


 しまった。

 俺は一刻も早く、ここから逃げ出すべきだった。

 飛び降りても一か八かの勝負にでても良かった。

 彼女が俺の秘密に近づくたびに、俺だけはなく、世界を欺いた嘘がバレてしまう。

 魔王討伐の真相が、漏れ出してしまう。


 そうなれば勇者パーティーの評価は裏返り、王都の人気は虚構として消え去り、人々はまた魔王に怯える日々に逆戻りだ。


「クッ!!」


 俺は手すりを強く握りしめ、心臓の鼓動を確かめる。

 どうにか下の階のバルコニーへ飛び降りてやろう、そう決意する。

 たとえ地面に落下したとしても、それでいい。

 彼女から逃れられれば、大声を出すことができるからだ。

 チラリと王都の闇夜を見渡せば、街の通りに続々と灯りが増えていく。


 さっきから続く魔王の息子と賢者の戦いが騒がしいせいだろう。

 建物の窓からランプの光が漏れ、点々と王都に光が戻る。

 憲兵らしき集団も街灯の影にゆらめき、賢者たちの現場へと向かっている。

 ここで叫んだとしたら、誰かが俺のことに気付くだろうか。

 さっきまで無人だった王都とは違い、人の気配が段々と増えている。

 確証はないけれど、俺のことを助けようと人が来るのを期待できる。

 なにもやらないよりは、俺の生存率は高くなる。


 覚悟を決めて、息を吸い込む。

 そして身体を大きく飛び上げようとした。



(……いけるか!?)



「何をしているのでしょう」


 バッと彼女の顔が目の前に現れる。

 手すりを掴んだ手を、更に上から握られた。


「ダメですよ、私から逃げようなんて。散々私をたぶらかした偽物様を、私が許すと思っているのですか?」


 黄金に光る瞳が、グワリと大きく見開かれた。

 これはネコの目なんてものではない……禍々しい竜の目だ。


「大丈夫ですよ、偽物様。私の隙をついて飛び降りるなんて愚策、無駄ですから。私は既に結論を得ましたし、貴方の正体も察しがいきました」


『逃れられない』


 僅かにあったはずの意識が、今ハッキリと全身に行き渡る。

 重なった手は異常に冷たく、夜の不気味さすらも彼女の迫力に掻き消えていく。

 声も出ず、呼吸すら辛く、視界は金色しか捉えられない。

 彼女の微笑んだ口から漏れる吐息が、青白くなる俺の頬にかかった。


「フフ、ねえ貴方様。私が貴方の元へ訪れたときのことを思い出せますか? 私は今でも脳裏に浮かびますよ……だって!!」



 彼女の身体が、フワリと俺へとのしかかる。

 肌が触れ合うほどに近くなり、そして身体中が痺れる。

 俺の手に重ねられた手が強く握られる。

 そしてもう一つの空いた手が、俺の胸へと添えられた。


 

赤い雫が、その指先を伝う。



「私の魔王様への愛をッ!!! 侮辱された日なのですからッ!!!」



ズルリリ


 俺の胸から引き抜かれたソレは、銀色に輝くナイフだった。

 薔薇の棘を模した模様の柄に、花弁の刻印がある刃から血が滴り落ちる。

 胸の奥から燃えるように熱い血流が溢れ、ドクンと心臓が高鳴る。

 体温はドンドン冷えていき、そして頭は熱く弾けとびそうだ。

 いや、待てよ? 今の感覚は正しいのか?

 あれ、いや違う、これは、そういうことなのか?

 混乱している、分かっている、落ち着け。

 いや、落ち着いたところでどうなる?



 俺は、もう詰んでいるというのに。



 フラリと身体はよろけ、手すりにもたれかかる。

 顔はうなだれ、眼は勝手にキョロキョロと動き出す。

 神経毒でも刃に塗ってあったのか、暴れ出すこともできず、手足は脱力していく。

 もはや俺に残った生命は、小さく震える呼吸だけとなった。

 黄金の瞳の女性は、そんな様子を嬉しそうにみている。


「ああ、これでスッキリしました! 私は大満足ですよ。けれど、偽物とはいえ貴方も魔王様に憧れてたのですよね? 私と話す貴方の言葉は、魔王様のものとソックリでしたもの。尊敬がゆえに、為せる技ですよ」


 耳の奥で響く声。

 反応しようにも身体の感覚はない。

 眠りに落ちるときと同じく、意識は朦朧としていく。


「ですから、同じく魔王様を敬愛する者として、最期に貴方の願いを叶えてあげましょう。ええと、おそらくですけど……」


 動けない俺の身体を軽く持ち上げ、彼女は手すりの外に乗り出させた。

 ダラリとなった首は、王都の空に広がる夜を眺める。

 あんなに輝いてみえた星々も、俺の眼には映らない。

 それが眼を瞑っているせいなのかは、眠りに落ちる俺には分からない。


「貴方は今、飛び降りようとしたのでしたっけ」


 彼女が手を離す。

 ビュンと耳を割く空気の音とともに、俺は夜の空中に放り出される。

 身体はどこを向いているのか。

 上下も分からず宙を漂い、体はグルグル回転する。

 身体も意識も鈍くなり、暗闇に飲み込まれていく。



(……眠いなあ)



 脳裏に記憶が蘇る。


 銀髪の青年の叫ぶ顔。


 自分に似た誰かとの話し声。


 虹色にたなびく、見慣れた淡い髪。


 浮かんでは消える思い出たち。


 俺は何も感じることができない。


 昨日のこと、何年の前のこと。


 刺されたのは、何時のことだっけ?


 俺は何時からこの闇の中にいる?


 俺は







 アア、シヌノカ





 次回更新は未定ですが、あまり時間を空けない予定です。

 遅筆で迷惑かけますが、長らくここまで付き合ってくれた読者様、ありがとうございました。

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