11 賢者と心音ビバーチェ
2週間後と高らかに宣言したわりに、ぎりぎりの時間で投稿となってしまいました。
どうやらこの作者は、学習能力が著しく欠如しているようです。
夜風が空虚に吹くなかを、俺と賢者は歩いていく。
既に勇者の家から離れたはずなのに、胸に抱いだ形容しがたい感情がずっと付きまとってくる。
俺たちは勇者と再会し、彼の口から「魔王の息子」について聞き出そうとした。
しかし彼には何か隠したい秘密があるらしく、勇者の家から追い出されてしまった。
随分と取り乱した様子だったので、もう一度押し入るような真似はよすべきだろう。
それにしても、彼が隠そうとすることとは、何なのだろう。
あの絵画に描かれていた謎の人物にも反応していたけど、もしやあれが魔王の息子の正体だったりして…………そんな単純なわけないか。
仮にそうだったとしても、それなら賢者が覚えているはずだし、勇者があそこまで動揺することも分からない。
もし魔王の息子が元・勇者パーティーの一員だったなら、それこそ勇者は仲間の過ちを止めようと躍起になるはずだ。
となれば、最近姿を見ていない戦士あたりが犯人とか? 流石にないよな。
とまあ、考え込んではみたが、情報も少なければ答えもでない。
夜も更けてきたし、挙はひとまず撤収しようか。
そう思いつつ、勇者の家を後にしようとしたときだった。
――暗くなった路地から、無数のランタンの眩しい光が現れる。
「そこの二人、立ち止まりなさい」
右から左から正面から。
幾つもの足音と共に、屈強な男たちが一斉に現れ、俺たちを包囲してきた。
「うわっ、何だ!?」
見渡せば、既に退路は封じられ、強面の男と目線が合う。
彼らはそれぞれ銃を携え、白いベルトを腰に巻き、勲章が刺繍された黒服を着ている。
そして鉄製のヘルムから赤い羽根が飛び出している姿は、どこか見覚えがあった。
(そうか……彼らは衛兵だ。道中で何度か見かけた記憶があるぞ)
改めて彼らを確認すれば、警察のように揃った装備と、軍隊のように完璧な直立のポーズ。
間違いない、王都の警備兵であろう。
そのうちの一人が俺たちの方へ歩み寄り、いぶかしげに質問を投げかけてきた。
「君たちは勇者様と知り合いのようだが、何者だ?」
ああ、そういうことか。と俺は一人で納得する。
陰鬱な勇者の態度に驚いて忘れていたが、外は既に真っ暗だ。
魔王の息子の襲撃が繰り返されているせいで、夜の外出は控えるよう言われている。
だが俺たちは、日暮れに勇者の家に入りこんだうえ、争ったような態度を見せていた。
見知らぬ男が怪しい時間に、勇者に対して奇妙な行動をしていれば、そりゃあ話を伺いたくなる。
疑わしきは引っ捕らえよ、というわけだ。
けれど、兵士はすぐに態度を改めるはずだ。
なぜか? ここにおはするのは勇者パーティーの一人、賢者だからである。
勇者を様付けで呼ぶのなら、当然彼女も敬うべきだ。
噂に名高い虹色の髪を持つ珍しい少女。
確かこの世界でも虹色の髪は珍しいはずだから、勘の良い人ならすぐ気付ける。
むしろ俺たちが魔王の息子を探していると告げれば、協力してくれるかもしれない。
そう思って彼女の方を向くと…………あれ、黒髪になってるぞ?
「おい、黙ってないで何か言ったらどうだ。何者かと訊いているんだ」
「それに答える義務はないわ」
相手の言葉をばっさりと切り捨てた賢者。
おかげで彼らの眉間には一層しわが寄ったのだが、彼女は態度を改めようともしない。
慌てた俺が代わりに答えようとすると、彼女はそれを手で制す。
ここは自分に任せろ、ということらしい。
「相手に名乗らせたければ、自分から名乗るのが礼儀なのだけれど、貴方たちはそんなこともしらないのかしら」
賢者、それ以上言葉を吐くな。
どうやら俺たちの招待を隠そうとしているのは分かった。
けれど、代わりに相手のこめかみがピクピクと動かいているじゃないか。
それでも兵士は紳士的に振る舞おうしたらしく、コホンと咳払いをすると、言葉遣いを変えて対応してきた。
「お嬢さん、私たちは王都の警備を行っている衛兵です」
「そうね、見ればわかるわ」
「コホン!!……では我々は治安維持のために、貴方の名前と身分をお聞かせ下さい」
「いやよ。こんな深夜に近寄ってくる男に、これ以上は乙女の秘密を明かしたくないもの。勇者と知り合いということだけで、十分だわ」
「昨今の襲撃事件により、不審物には声をかけるよう仰せつかっております。質問に答えないのなら、我々と同行することになりますが」
「あら、私をその犯人だと思っているのかしら」
「滅相もない。ですが、念には念を重ねるものでして」
「でも束縛は嫌いなの。後で勇者にでも事情を聞きなさい。そこの教会にいる聖女でもかまわないわよ」
聖女と聞いた途端に、衛兵たちはザワッとどよめく。
そういえば、今の射手は王都一の魅力的な女性なんだっけ。
彼女の名前ひとつでここまで動揺させるとは、随分と慕われているみたいだ。
「貴方たちは、かの聖女とも知り合いなのですか?」
「そうよ……ああ、思いついたわ。私たちはこれから教会に戻るところだったから、貴方たちも付いてきなさい。そうすれば、聖女が話を済ませてくれるはずよ」
「いや、しかし……」
「それとも、こんな少女を一人だけで夜道を歩かせるつもりかしら? 治安の維持が衛兵の務めなら、市民を護衛するのも仕事のはずでしょう。貴方たちも、巷で噂の聖女にもあえて一石二鳥だと思うのだけれど」
“少女を一人だけで“……と、俺の存在を度外視しつつ、賢者は衛兵たちを丸め込んでいく。
大の男にもひるまないその迫力に押されてか、彼らは一歩たじろいだ。
口論の勝敗は、ハッキリと分かった。
「それで? どの騎士が私を守ってくるのかしら」
□□□
小気味よい足取りで道を歩く黒髪の賢者。
可憐な大和撫子にみえなくもないが、普段の七色を見慣れている俺には違和感が付きまとう。
そしてその背後に引き連れられているのは、渋々顔の衛兵5人だ。
俺も賢者の隣に並んで歩いているのだが、彼らが哀れにみえて仕方ない。
勇者と知り合いであることや高飛車な態度から、賢者を高貴な重要人物であると考えた兵士たち。
もしこの直後に彼女が事件に巻き込まれた場合、責任はこの場に居ながら守らなかった自分たちに降りかかる。
そういうわけで護衛を多く割き、俺たちの安全を確保してくれたわけだ。
けれど、と俺は彼女にヒソヒソと囁く。
「なあ、どうしてこんな回りくどいことをするんだ?」
「どういうことかしら?」
「お前が賢者だって正体を明かせば、あいつらはすぐさま従順になるだろ? ツンとした態度で対立する意味はないだろ」
すると賢者はフフッと意味ありげに笑い、後方をちらりと見た。
「そうね、彼らが頭を地に着けてひれ伏す姿も見てみたかったわ」
どうしてそうなる。
せめて相手を見下す視点から離れてほしい。
「あら、その目は何かしら。冗談に決まっているじゃない……けれども、彼らに正体を明かすのは反対よ。想像してご覧なさい、私が王都に来たと知れ渡ったときのことを」
言われたとおり頭を捻って、賢者が王都に居るという噂が広まったとする。
きっと勇者や射手のごとく、勇者パーティーの一員だと盛大に持て囃されるだろう。
その騒ぎは多くの人の耳に入り、当然……この街にいるはずのアイツにも届く。
あの襲撃者、魔王の部下を自称する少女にも、だ。
「私がここに居れば、当然貴方も付いてくる。あの女はそう考えるはずよ。それがとても面倒なことになるのは、理解できるでしょう」
「そうか……アイツもここにいる可能性が高いんだよな」
そもそもこうやって出歩くくにしても、偶然あの部下と遭遇することもありえる。
王都にいる限り、賢者が傍にいるからといって気を抜くことは許されないのだ。
俺は危険な行動をしているのだと、改めて自覚させられた。
……そういえば、思い出したことがもう一つ。
俺は彼女の言葉を考え込むふりをしつつ、そーっと歩く速度を遅め、後ろの兵士に近づく。
幸い、彼女が振り向こうとする様子はない。
千載一遇のチャンスだと踊る心を抑えつつ、半身になりながら、賢者に聞こえないないよう小声で質問 してみた。
「あの~、すいません」
「何だ? お前たちが教会に着くまで、警護に手は抜かんぞ」
「いえそうじゃなくて……勇者パーティーの一人に魔法使いの少女がいるのを知っていますか?」
「賢者様のことか? 無論、かの魔王を倒した英雄だからな。承知している」
「それは良かった。じゃあ尋ねたいんですけど……彼女の名前って何でしたっけ」
「突然おかしなことを聞くものだな。まあ構わないが」
フハハハッ!!
勝ったぞ、賢者との賭けに勝ったぞ!!
さあ、その名前をびた一文字残さずさらけ出すがいい!!
「あの御方の名前はだな………………」
「名前は?」
「…………ええとだな、あれ、思い出せない」
何だと!? と思い、そして気付く。
俺の前方を歩いていたはずの賢者が、いつの間にか横に並んでいたことに。
彼女は左手の人差し指を宙でクルクルと回し、微笑を浮かべる。
その指先から、小さな魔力の光が輝き、すぐに消えていった。
「駄目じゃない、私を放っておくなんて」
……やられた!!
ほんの僅かな間に、兵士は彼女に忘却の魔法をかけられたらしい。というか、それしか考えられない。
どうやら俺の行動はすべて筒抜けだったようだ。
それをわざとらしく誤魔化すかのように、賢者は俺の手を握りしめ、なんとも嬉しそうにほほ笑んだ。
「こうしておけば、私たちはずっと離れないでいれるわね。素敵なことだわ」
ああ、本当だな。
この繋がれた手が、互いに純粋な気持ちで握っていられてなら、どんなに嬉しかったことか。
その言葉の裏に、俺の永久に監視し続けるという意味が隠されてなければ、だが。
ここで別の兵士に賢者の本名を尋ねても、同様に記憶を消されるのは目に見えている。
作戦は失敗、いや彼女と手を繋げたので成功ともとれるけど、無念だ。
仕方ないのでせめて恋人のふりに乗ってやろうと、繋いだ手の指を、彼女の指と絡ませるように握りなおす。
掌がより相手と触れ合って、互いの体温が混ざり合う。
これでデート気分を少しは味わえるだろう。
そう思い賢者をちらっと見ると、結ばれた手を凝視しながら驚いた顔になっている。
やがて顔を伏せて沈黙してしまい、プルプルと手を震わせるだけになってしまった。
てっきり罵るか褒めるように罵るかを想定した俺は、彼女の態度み少し驚く。
こんなことをしても彼女を動揺させられないとは、俺もまだまだだな。
心なしか賢者の脈拍も上がっているように感じたが、まあ気のせいだろう。
そんなふうにして彼女と恋人繋ぎをしたまま、教会の門が見える位置まで歩いたときだ。
賢者の名前を聞き出せずに不貞腐れていた俺だったが、顔を上げたときギョッとして身をこわばらせた。
誰かが、立っている。
家十軒分ほど先に、街灯の下に佇む人影が見えた。
ボロ雑巾のように黄ばんでくたびれた布を羽織り、闇夜に潜む幽霊のごとく、じっと立ち尽している。
顔もフードですっぽりと隠してしまい、ここからでは性別も年齢も推測できない。
ただの酔っ払いというには、あまりにも不気味な光景だった。
衛兵たちも、その人影に気付き始めたのだろう。
いったん全員が足を止めた後、互いに視線で合図を送ると、一人があちらの方へ歩き出した。
人影は逃げ出そうともせず、憲兵が近寄るのを待つ。
「君、こんな時間に出歩くとはどういった用件だ。少し話を伺いたいのだが……」
「……話を伺いたい、か……」
相手は一つ瞬きをして、兵士をじろりと見据えた。
ああ何故だろう。
何故だかわからないが、非常に嫌な予感がする。
疲れ切った心が、鞭を打たれたかのように引き締まる。
俺は賢者とつないだ手を、もう一度ギュッと握りなおし、その不審者に意識を集中する。
「……どうしたの?」
彼女に尋ねられたため声を出そうとして、そして同時に、この恐怖の理由がわかった。
心臓が跳ね上がり、狂ったようにドクドクと血流を速めていく。
喉から出かけた台詞は引き、代わりに息が止まる。
ついには頭がその速度に耐え切れず、クラリと眩暈を起こした。
…………これは一体、どういうことだ?
ヤツの眼は、闇夜でも浮かび上がるほどに、真っ赤に染まっていた。
問題なのは、俺がその目を見た記憶があることだ。
そう、その狂気を含んだ煮えたぎるような瞳は
……かつて見た、魔王のそれだった。
月光も差さない闇夜に、夜風は速度を上げて街に吹き込んでいく。
衛兵が身構えるなか、黄色い街灯に照らされた奴は、低い声でその言葉を語った。
「おまえ、魔王の居場所を知っているか?」
最近、読みやすいよう書き方を変えてみているのですが、代わりにミスが増えてますね。
気付いたところからドンドン手直ししていきますので、ご了承ください。
次回の更新も、二週間後となります。




