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10 勇者の胎動サウダージ

三週間ぶりでしょうか。

随分と大法螺を吹きましたね。

今回は少し長めです。



「おい、勇者。今の言葉は……どういうことだ?」


「そのままの意味だ」


 彼は今、確かに勇者をやめると口にした。

 思わずその目を見つめたが、どうやら単なる冗談でないらしい。

 瞳の奥まで透かしてみても、あるのは一点の曇りもなく。ただ真っ直ぐな意志のみであった。



「俺はてっきり自分を正義の代表者だと思っていた。だが、どうやら勘違いだった。だから称号を返還することにした」


 勇者は淡々と言葉を並べる。

 これこそが全て正しく、全くもって明快な論理というように。

 そして、説明を終える。



「――それだけの話だ」


「ちょっと待てよ、さっぱり理解できない!」


 これは、どういうことだ?

 

 勇者の顔はいつも通り爽やかな笑みを浮かべている。

 けれどその言葉は、今までの彼を否定するようなものだ。

 彼の生き様、それは人々を絶望から救うために剣を抜き、強大な的へ立ち向かうという、まさに理想の英 雄像そのものだった。


 現に今でも、王都では彼の武勇を祝賀するパレードが行われており、その功績を誰しもが認めている。

 俺だって僅か数週間前に会ったばかりなのに、彼のおかげで機器から救われたばかりだ。

 それなのに……彼の正義が勘違いだとは、一体何があったのか。


 俺たちが勇者の不自然さに立ち尽くしていると、彼は戸口を大きく開いた。


 「せっかく来てくれただから、中に入ってくれ。立ち話をするには物騒な時間だからな」




□□□


 勇者の家というのだから、伝説の武器や装飾品が飾ってあるとか、戸棚に勲章や症状が所狭しに並んでいるものかと思っていたが、実際は真逆。

 古びた家具と、僅かに開かれた四角い窓。小さくともった蝋燭がテーブルで揺れ、その表面についた傷を照らし出す。

 小麦色の絨毯が赤黒い床に敷かれ、カーテンには縫い直した跡が残っている。

 ただ、それだけの素朴な家だった。

 先ほどまで射手の教会にいたせいで、余計に部屋がこぢんまりとして見える。

 勇者はその奥へと歩いて行き、天井の照明に手を伸ばした。

 

「家が暗いのは許してくれ。いつもは日が暮れると眠るから、灯りは最小限しかないんだ」


 蝋燭のみでは暗かった部屋も、ようやく温かな光で見やすくなる。

 だが部屋が明るくなったとしても、やはりみすぼらしい雰囲気は変わらない。

 家と言うよりは、安値の貸し宿といったほうがお似合いだ。


「おいおい、これじゃ幾ら何でも殺風景だろ。魔王討伐の報酬とかで、家具の一つでも買ったらどうだ?」


「ハハハ! そう言われると困るが、俺にはこれ以上のものは必要ない。服と眠る場所があれば十分だ」


「じゃあ魔王討伐の報酬はどうした?」


「ああ、だから全部あちこちに寄付してしまった。だから今、俺の財産はこの家と自分の装備ぐらいだ。枕の一つでも新調すべきだったか」


 ……まさか、ここまで私欲を考えない人がいるとは。

 驚き半分、呆れ半分といったところだ。

 不安なのは、こんな無防備な家だと勇者が簡単に襲えることと、聖剣が盗まれそうなことだが、果たして対策はしてあるのか。

 

「ああ、それなら射手や王様も心配してくれた。そのせいか、夜になると警備兵がこの家の周囲を監視して来るようになってな。俺は平気だと追い返すのだが、毎日侵入者を見張ってくれるのだ」

 

「そりゃ王都中の泥棒が、勇者の家に侵入したいと思っているからな。狙いとなる宝物がないとも知らずに」


「何を言うッ!! この聖剣は俺の相棒であり、数々の敵を倒した名剣だぞッ!!」


「だったら尚更、しっかり管理しておけよ。まさか一日中持ち歩いているわけじゃないだろ?」


「いや、寝ても覚めても持ち歩き、風呂も一緒につかる仲だ」


「そんな物騒な客は風呂屋に出入り禁止になるぞ、というかサビるだろ!?」


「それが聖剣の凄いところだ! 海水に浸かろうともマグマの仲に落ちようとも、刃は汚れ一つつかないッ!!」


「ということは、大切な聖剣をマグマや海水に落としたことがあるのか……」


 ……とまあ、雑談をしてはいるが、どうにも落ち着かない。

 やはり、さっきの勇者が言った言葉がどうにも忘れられないのだ。

 彼の心情を考えれば触れないべきだろうが、それでは俺のモヤモヤとした気分は晴れぬままだ。

 ここは思い切って、尋ねてみるべきだろう。

 と、俺が喉の調子を整えようと咳払いしたときだった。



「……勇者、貴方に昨晩何があったのかしら」



 煮えを切らした賢者が、ズバリと核心を突いていった。

 遅れをとった俺も、自らの言葉を飲み込んで、勇者の返答を待つ。

 彼は俺と賢者を交互に見つめたが、やがて溜め息をはき出した。


「――何処でそれを知った?」

「射手が貴方のことを心配して、私たちに伝えたわ」


「なるほど……全てお見通しだったということか」


「むしろバレていないと思ったのかしら? 貴方以上に感情が表に出る人は、そうそういないのだけれど」


 彼女の指摘に、勇者は苦笑した。

 けれど何か言いづらいことでもあるのか、すぐに答えを返さず、沈黙してしまう。

 俺は彼から次の言葉が出るのを待った。

 賢者も勇者をにらんだままで、部屋に重苦しい空気が漂っていく。

 

 時折、家の中で風にきしむ壁の音が響く。

 蝋燭の先端で燃える炎は小さく揺らめき、溶け落ちたろうがゆっくりと落ちる。

 けれど、俺たちは誰も声を出さない。

 そんな気の詰まってしまう空間がいやなので、俺は視線を泳がせて、改めて部屋を見回す。

 とはいっても、本当に飾り気のない部屋なので見るものもない。

 だから視線を戻そうとしたとき、勇者の背後にあるものを発見した。

 どうやらさっきは部屋が暗かったせいで見逃していたようだ。


 そこには様々な背格好の人たちを描いたキャンパスが、額に入れて飾ってある。

 両手を広げたほどの長さに、20人ほどの老若男女がズラリと並ぶ。

 それぞれが斧や剣などの武器を構え、または杖や本を手にして、こちらに向かって笑顔を見せている。

 よく見るとその中央には勇者らしき銀髪の青年。横には金髪の少女や、槍を持ったメガネ、虹色の髪が特徴的な少女も描かれている。


「な、なあ、話は変わるけど、そこの絵に描かれた人たちは誰なんだ?」


 どうせこの空気のままでは、夜が明けても話は進まないだろう。

 ならば話題を転換しようと、俺はその絵画を利指さした。


「あら、懐かしいものがあるわね」


 勇者を蛇のような目で見つめていた賢者だが、その絵を見て言葉を漏らした。

 おかげで緊迫した空気に、少し安らぎが訪れる。

 勇者も固まった身体を起こして、絵の方へ振り向いた。


「ああ、この絵か? これはな、勇者パーティーのメンバーを描いたものだ。ちょうど魔王討伐へ向かう前だな」


「へえ、じゃあ中央にいるのはやっぱり勇者か。けれど、こんなに人数がいたんだな」


 自分で呟いてから、しまったと思う。

 勇者パーティーということは、本来なら魔王と戦うために集まった人たちだ。

 けれど俺が対面したのは、つまり魔王と対面したのは、勇者を含め4人のみ。

 残りの人は……


「失言したような顔をしているけれど、それは外れかしら」


「え? じゃあ俺が知っているメンバー以外の人は、どうなったんだ?」


「脱退したのよ。もちろん戦死した人もいるけれど、多くは旅の途中で別れたってところね」


「元々魔王討伐に積極的でなかった者や、一年だけ参加が条件だった者。人の数だけの理由があって戦線から脱退していったな。だが全員とは悔いることなく別れることができた。だからこの絵は、今も大切な思い出の一場面だ」


 ああ、良かった。この場に一層の悲壮感を生んでしまったと焦ったところだ。

 ここで戦死してしまった仲間との思い出だされてしまったら、勇者の口は益々閉ざされていたことだろう。

 だが彼の目には光が戻りつつあり、沈んだ気分を脱したようだ。


 俺は絵の方に近づいて、一人一人の様子をじっくりと見る。

 この男は騎士、彼女は医者、この人はもしや忍者だろうか。

 

 そうやって絵を鑑賞していると、右の隅にひっそりと佇む人物が見える。

 他のメンバーとは距離をおき、一人だけそっぽを向いた男だ。

 身体は真っ黒に塗られ、その顔つきもハッキリとは分からない。


 何だか気になる人物だったので、俺は勇者に訊いてみることにした。

 その絵の部分をぐるぐると指で回して示しながら、背後の彼に呼びかける。


「なあ、この隅にいる人物は誰だ?一人だけ仲間外れにされているけど」


「……私も思い出せないわ。こんな人物、勇者パーティーにいたかしら」


 賢者も知らないのか? なら本当に彼は何者なのだろう。

 その答えを聞くために、俺たちは勇者に目を向けた。




「――裏切り者だ」



 小さく一言。


 そして次の瞬間、勇者の顔は険しくなった。

 彼はスッと立ち上がったかと思うと、壁をドンッと強打する。

 歯を食いしばり、泣き出しそうなほど顔を歪ませ、そしてだらりと手を下ろす。


「……すまない。疲れが溜まっているらしく、感情が不安定なんだ」


 そういうと俺の背中押して、玄関まで連れて行く。

 突然態度が豹変した勇者に、俺は唖然となり、されるがままに外へ出される。

 遅れて賢者も俺を追って玄関に歩みよってくる。


「お、おい勇者?」


「どうやら、俺はまだ人に会える状態じゃないみたいだ。今日はもう帰ってくれないか」


 勇者は強い口調で、それでもなんとか感情を押し殺したような声を出す。

 賢者もその様子を察してか、無言で扉の外に出て、俺の横に立つ。

 勇者は再度俺たちを見て、また顔を背ける。


「……本当にすまないな」


「……勇者」


「次は俺の方から会いに行くから、今日は帰ってほしい。それと――」



 彼は重い扉に手をかける。

 そして静かに、けれどハッキリとこう言ったのだった。



「――俺を、勇者と呼ぶな」





□□□


 彼らが勇者と再会する数時間前、遙か遠くの地にて。

 もう一人の勇者パーティーのメンバーも、同じく嘗て共に戦った仲間の元を訪ねていた。


「……しかしまあ、お前さん!! よくこんな田舎に来てくれたもんだ!!」


「いえ、これも勇者パーティーとしての務めですから」


 昼間ではあるが多少混み合った酒場の中で、黒髪の青年はバーテンダーと話す。

 カウンターに愛用の槍を立て掛け、この青年――戦士はメガネを布で拭き直した。


「それでお客さん、うちに何の用だい!? ここは若い人が昼間っから来るところじゃねえが、まさか一杯やりに来たのか!? 失恋でもしちまったか!!」


「人を探しています」


 店主のジョークを無視して、彼は小さな腰袋を漁る。

 これは、かつて勇者が魔封じの手枷などをを収納していた袋であったりする。

 そして店主が驚くのを横目にみつつ、外側からみた袋の容積以上に巨大な絵画を取り出してみせた。

 この両手を広げたほどの大きさの絵には、勇者パーティーが一同に集合した様子が描かれている。

 彼はカウンターの上に絵を置くと、その隅の方に描かれた黒い影のような人物を指さす。


「えーとな、お客さん、幾ら上手くデッサンしてあっても、こんなに真っ黒じゃあ顔つきも分からねえぜ? 顔もそっぽ向いてるし、せめてもう少し情報がねえと」


「もちろん、他にも情報はありますよ。彼がこの村出身であることや、1年前に帰郷したことなど」


「へえ、それなら俺もお前さんの助けになれるかもな」


 それはありがたい、と戦士はほほえむ。

 彼の脳裏に蘇るのは、探している相手との記憶の数々。

 特に思い出すのは彼の戦い振り。

 槍を用いた決闘が主流の彼にとって、その特徴的な戦闘方法は印象深く残っている。

 では改めて話を伺おうと、戦士は絵画を腰袋の中へとしまいつつ、ふとこんなことを思ったりしたのだ。




(彼との別れから随分と立ちましたが……あの夜襲の技も、未だに健在なのでしょうか……)



 

□□□


 賢者たちが勇者との再会から数時間前。

 戦士が酒場を訪ねる数十分前。

 王都を訪れる数分前の、とある路地裏にて。



「……」


 太陽が東から西へ傾き始める中、彼は廃れた建物に潜む。

 普段は人家の物置や軒下に隠れて人の目をかいくぐってはいるが、情報収集のため、出歩く必要もある。

 そして今も、魔王の息子は、赤い目を光らせて周囲を警戒しつつ、今夜の逃走経路を練り、こうして確認しているのだった。


 彼が王都で人々を襲ってから、警備がより厳重となっていく。

 日に日に増える衛兵の数は、もはや最初の夜では20人だったものから、今では2000人を超える有様だ。

 それは彼の捕獲をより確実にしていく一方、彼がへと前進している証拠でもあった。


「さて、もう時期動きがあるはずだが……ウッ!?」



 時折、彼の身体に痛みが走る。

 そっと服をめくったところ、赤く腫れた鋭い傷跡が残っていた。

 昨晩の勇者との戦いによるものである。

 彼自身は相手の攻撃をすべて躱したと思っていたが、その剣筋を見誤っていた。

 昔の勇者とはひと味違うことを見せつけられたな、などと彼はせせら笑う。


「ふん、奴もまた成長している、ということだな」


 だが、昨晩は俺をみて随分と心に傷を負ったことも知っている。

 目的の遂行を邪魔するならば、精々引きこもっていろ。

 既に、この王都で、計画は完成へと向かっているのだから。


「……む」


 ふと、周囲に違和感を覚える。

 もしや警備兵かと思うも、こちらに向かう足音はしない。

 だが確かに、一瞬だが大気の流れが乱れた。

 


 それは、まるで何者かが強大な魔法を使ったように。



「……まさか!!」


 彼は横にある、塗装のはがれかけた壁を凝視する。

 そこには壁の汚れに混ざって、ある模様が刻まれていた。

 一見は無意味な落書きのようでいて、その実規則性の組み込まれた複雑な線と記号の集合体。

 彼がそこから飛び退いたとき、この模様――魔方陣は紫色に光り始めた。



「……あれ? あの方の息子を名乗る輩がいるから探ってみたのですが、随分と小汚い悪党でしたか」



 囁くような少女の声。

 魔方陣の光から現れる、小さな身体とそれを覆うローブ。

 そして大きな角が生えた頭を横にかしげ、残念そうな顔をしてみせた。


「全く、確かに魔王様の雄大なる姿に惹かれるのは悪くありませんが、だからといって息子などと自称するなんて、おこがましいにも程がありますよ?」


「何者だ、貴様」


 急に目の前で魔方が発動したと思った途端、喋る口の止まらない魔族が現れた。

 どうやら憲兵の類ではないようだが、戦闘態勢を崩すべきではない。

 腰につけた短刀をいつでも抜けるよう準備をしておく。


 そんな彼の思考に反するように、彼女は小首をかしげて考え込むポーズをとる。

 

「私ですか? 貴方みたいな横行跋扈おうこうばっこのドブ鼠に名乗る必要はないと思うのですが……けど」


 そして、仕方ないですねー、とわざと勿体ぶったように溜めをつくり、その目をカッと見開いた。


 「強いて言うならば!! 魔王様により選ばれ、魔王様のために尽くす、魔王様の部下の中で最も有能で、最も寵愛を受け、最も信頼を置かれ、最も共感を持ち最も従順と評され最も協力を惜しまず最も忠誠を誓い最も共に時間を過ごし最も好意を持たれ最も魅了され最も活躍を期待され最も心を奪われて最も声をかけられ最も視線が合い最も手を触れられて最も名前で呼ばれて最も挨拶をされて最も朝一番に会いに行き最も夜遅くまで顔を合わせ最も食事を共にして最も会議で隣に座り最も旅に同行して最も夢の中に出てきて最も相性占いが良い結果で最も同じ本を読んで最も微笑まれて最も影を踏まれて最も似た筆跡で最も髪を撫でられて最も魔力の波長が合っていて、何より最も最も最も……」


 唖然とする魔王の息子。

 これは油断を誘うための策略なのか、それとも単なる狂信者なのか。

 混乱していく彼を尻目に、彼女は決め台詞を放ったのだった。



「……最もファンタスティック・エクセレントな魔王様の部下が、私なのです!! あ、皆に言いふらしても良いですよ?」




え、もう約一週間後に投稿といっても信じれない?

では約二週間後に更新と言っておきましょう。


こう言っておいて一週間後に投稿してしまうのが、できる作家というものらしいですから。

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