09 勇者と訪問エスカピズム
13日振りです。
約1週間というには無理がありますね。すいません。
無音の街を歩く二人。
コンコンと靴音が響くレンガ道には、すでに夕日が落ちている。
周囲を見渡せども誰の影も見受けられず、俺は奇妙な空気を感じていた。
今日の朝、王都で夜間の外出が大々的に警告されたためだ。
あと数時間後には街の至るところに警備兵が配置されるともあり、本当なら俺たちも閉じこもるべきである。
俺や賢者にとっては、正体を隠す必要がなくなったので都合が良いが、これが連日続くとなれば話は別だろう。
原因は分かっている。
一般には正式発表されていないが、俺たちは知っている。
魔王の息子に、勇者が倒された。
だからこそ、俺たちは星が輝く前に辿りつかなければならない。
彼の元へ、話を聞かなければならない。
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数時間前の教会において。
俺と賢者は射手から、勇者が魔王の息子と戦った経緯を確認していた。
といっても彼女は戦闘に参加しなかったため、ことの一部始終は知らない。
ただ、夜中に見回りの憲兵が道端でふさぎ込む勇者を発見し、それ以降勇者はひどく落ち込んだ様子であったそうだ。
一応の顛末を語り終えた射手は、やはり浮かない顔をする。
彼女も今朝、勇者に会いに行ったそうだが、彼は多くを語らずに立ち去ってしまったそうだ。
そんな態度をとられては、心配が止まらないに違いない。
けれど聖女という役職では、私情より仕事に時間を費やさねばならない。
だからこそ、彼女は感情を喉元で押さえ、冷静を装っているのだ。
「そうね……魔王の息子についてなら、私が色々と言うより、勇者に直接会った方が早いわ」
「確かに勇者とはキチンと顔を合わせたいけど、それは難しいだろ?」
勇者という大英雄。
今や王国の人気者な彼は、毎日予定がギッシリだと聞いている。
射手の場合と同じく、賢者がズカズカと仕事場に乗り込むことはできなくもないが、それでも迷惑は避けるべきだ。
「ああ、それなら平気よ。いえ本当は平気でないけれど……ともかく、今日勇者は彼の家にいるから、訪問すれば出迎えてくれるはずよ」
なにやら不穏な物言いをされたのだが、俺たちは勇者に会えるらしい。
という訳で、教会を去った俺たちは、勇者の家へと行くことにした。
射手の哀しそうな顔を、後にして。
□□□
「勇者の家、か。一体どんなお屋敷なんだろうな」
聖堂を出て数分。
やたらと広い教会の庭を抜け、通りへと向かう。
幸い勇者の家はここから近い距離にあるらしく、賢者の暴走車は教会に残し、徒歩で向かうことにした。
射手はというと、協会の仕事で多忙ならしく、勇者の居場所を伝えると聖堂の奥へと戻ってしまった。
やはり辺境の地で余暇を過ごしていた賢者とは、同じ勇者パーティーでもえらく違うな。根が真面目な分、責任やら人との関係に縛られてそうだ。
勇者を誰よりも心配しているのは彼女のはずなのに、彼の側を離れ、無理をして聖女の役割を果たそうとする姿は、見ているだけでひどく胸が苦しくなる。
俺が射手へ手伝えることはないが、せめて勇者を励ますことで、彼女の精神から負担を減らしてやろう。
(やっぱり仲間だからな。困り事があるなら、助けてやらないと)
「あら、随分とお節介なことを考えている気がするのだけれど、大丈夫かしら?」
「察しが良いな、賢者。でも安心してくれ。あの仲間想いの勇者のことだ。賢者や俺の顔を見たら、すぐに元気を取り戻すに決まっているさ。そうすれば、射手の調子も戻って万事解決、一件落着だな」
「意外と勇者は深く傷ついているかもしれないわ。敵に敗北するなんて、久し振りのことだから」
どちらにせよ、俺たちは彼に顔を合わせるべきだろう。
俺たちとの再会が励ましになるかは分からないが、勇者の沈んだ気持ちも少しは和らぐはずだ。
それに、魔王の息子について聞きたいこともあるしな。
……などと考えているうちに、あっという間に目的地へ辿り着いた。
距離にして僅か1kmといったところか。
というか教会の隣だったな。想わぬ近距離だ。
目の前には古びた木造の家がぽつりと佇んでいる。
周囲には射手のいた教会関連の派手な建造物が多いせいか、素朴な茶色い壁がむしろ違和感を覚えさせた。
てっきり魔王退治の報酬にお城でも貰ったものかと想っていたが、どう見ても普通の住宅よりも窮屈そうなボロ家だ。
最初は住所を間違えたのかと考えたが、賢者は「ここで会っているわ」と言う。
どうやら既に一度訪問したことがあるらしい。
賢者が勇者の家を眺めつつ、呟いた。
「……久々に訪れて見たけれど、何も変わってないかしら。確かに見た目は古廃れ小屋だけれども、ここは勇者の生家なのよ」
なるほど、それなら少し古びた外装も納得できる。
きっと勇者なら新築を建てる財力もあるはずだが……そうしないのも思い入れあってのことか。
しかし待てよ。ということはつまり、射手と勇者は幼馴染みということになるな。
金髪ツインテ聖女でパーティー仲間の幼馴染みとは、射手のヒロイン力は底が知れないな。
「さて、じゃあノックさせてもらうか」
コンコンとドアを叩き、しばらく待ってみる。
けれど中から応答がないので、今度は内部に響くよう声を出した。
「おーい、勇者いるかー?」
けれど返事はない。
中からは物音一つしないし、もしや留守なのかな。
などと想っていると賢者もノックをした。
コンコン
「勇者、魔王が来たかしら」
「何だとッ!?何処にいるッ!!」
バンッと勢いよく扉は開かれ、直後に剣先が玄関から飛び出してきた。
俺の身体の数センチ横を通り過ぎ、見事な突きは繰り出され、そしてスーッと引き戻される。
ひやりとした感覚とともに、俺の寿命が縮まったのは言うまでもない。
「うん?貴様は確か……」
殺気を放っていた相手は、剣を構え直そうとして俺に気付く。
さらに賢者の顔も確認したあと、ゆっくりと刃を鞘へ戻した。
そしてカッと目を見開くと
「賢者と元魔王じゃないかッ!!!!久し振りだなッ!!!」
馬鹿でかい声で挨拶をした。
ああ、何度聞いただろうこの声は、未だにやかましくもう嬉しい響きだ。
俺も歓喜の表情を浮かべる彼へ、挨拶を返した。
「ああ、久々だな。勇者」
「……再会の度に耳をキーンとさせるの、どうにかならないかしら」
「ハハハッ!!一ヶ月前に会って以来か、懐かしいなッ!」
声を弾ませる勇者は、まるで子供のように笑顔を浮かべる。
輝く銀髪に、腰につけた聖剣。そして何時もの熱血漢。
一つ一つ確認して、俺はようやく勇者と再会したのだと実感した。
何も変わらない彼と、再会を果たしたのだ、と。
ただ一つ、異常な点を除いては。
俺たちの再開を祝いつつ、勇者は家の中へ案内する。
そして何気ない雰囲気のまま、さらりとそのことを口にした。
「ああそれと、これからは俺を勇者と呼ばないでくれ」
「……へ?」
「俺は、勇者をやめることにしたから」
もうじき六月になりますので、五月病を切り抜けた作者は早筆になれるかもしれません。
それを信じて、次の投稿は約1週間です。




