08 勇者の後編ゲシュタルト
例え期日が迫っても、時間ギリギリまで変更を加え続ける我が悪癖。
困ってしまいますよね。
「よし、俺がその息子とやらを退治してやろうッ!!」
「「え!?」」
少年と射手が同時に驚きを口にする。
「ちょ、ちょっと待って勇者!アナタ自分の状態分かってる!?」
「大丈夫、剣の腕は鈍ってないさ」
「そうじゃなくて、明日からまた忙しい日々が戻って来るのよ!?今日だって満身創痍の身体なのに、わざわざ仕事を増やすなんて……この件は衛兵たちに任せましょ?」
「ああ、でも目の前に困ってる子供がいたら、助けるのが普通だろ?しかも助けるための力が俺にあるんだから、尚更だ」
「でも……アナタの身体が」
「人々に代わって悪を討つのが、俺の役目だ」
難しいことは考えない。
人々が安心して寝付けるのなら、それに越したことはないはずだ。
例えそれで俺が傷ついたとしても、人々に平和を届けられればそれでいい。
「でも……」
「まあ俺一人では難しいかもな。だから射手、夜だけ良いんだが協力してくれるか?」
魔王の息子は夜に出没するそうだが、いかんせんその範囲は王都全てと広い。
情報を集めればある程度は絞れるだろうが、やはり人出は多い方がいい。
そう思って射手の顔を見たのだ。
だが、予想に反して彼女は……
「……え?」
「あれ、ダメか?」
「……ごめん、しばらく夜は用事があって。協会の重要な会議が続いちゃうから」
射手はそう言うと、気まずそうに顔を逸らした。
てっきりすぐ了承してくれると思っていた俺は、肩透かしを食らった。
そうか、今は魔王討伐のころとは違うんだ。
一つの大きな目標を成し遂げた今、それぞれにやるべきことが増え、互いが簡単に会うことすらできなくなっていた。
今日彼女と街を歩けたのだって、奇跡のようなものなのだ。
しかも彼女だって疲弊しているにも関わらず、俺と1日付き合ってくれた。
俺の横に、いつまでも寄り添う時間なんてなくなっているのに。
そのことを、俺はすっかり忘れていた。
「俺の方こそ、無理に誘ってすまないな。射手の用事も考えずに」
「いえ、いいのよ。気にしないで……」
「なら、今日はここで解散にするか。これから俺は魔王の息子への準備をするし、射手も夜までに少し休みたいだろ?」
「……ごめんね。でも本当は、本当は勇者と一緒に行けたらって……!」
「いや、良いんだ。今日はありがとうな」
お礼を言うも、射手の顔は浮かないままだ。
別に彼女は何も悪くないのだが、なぜか罪悪感を覚えているらしい。
そうなると、俺の方もなぜか胸に詰まるものがある。
こんな俺たちの様子を見て、彼は不安を覚えたようだ。
「ね、ねえお兄ちゃんたち……ホントにマオーのムスコを倒してくれるの?」
心配そうにこちらを見つめる少年に、俺は笑顔で答えた。
「大丈夫、魔王の息子なんて俺が討伐してやるさッ!!」
「何しろ……俺は勇者だからなッ!!」
□□□
闇夜に揺れる街灯が、固いレンガの道を微かに照らす。
凍えるような静寂が身を包む。
自分の吐く息だけが、闇夜に聞こえる唯一の気配だった。
……そうか。
久々に、一人きりの闘いなのだな。
勇者パーティーを組んでからは、常に仲間と協力して動いていた。
けれど、今夜は俺だけしかいない。
傷ついたとしても、助けを求めることはできない。
鈍っていた身体の中で、心臓が胸を打つ。
途端に握っていた剣が重く感じた。
「……なるほど。射手も言っていたが、やはり俺はどこかおかしいな」
少年のためと思い、魔王の息子を討伐に出たが、今になってようやく気づく。
普通なら、これは恐ろしいことなのだ。
得体の知れない相手に、誰もいない世闇に潜む敵に、独りで飛び込んで行くということは。
気づけば自分の正義を信じて動いていた俺だが、どうやら闘いの感覚を忘れていたらしい。
「ハハハ、俺も疲れているな」
普段は考えもしなかった恐怖が、今更身体を襲うとは。
魔王討伐に燃えていた心も、そのための勇気も、今夜の自分には上手く馴染んで来ない。
だからといって、このまま撤退すれば、次に休みが取れるまでチャンスはなくなる。
少年を恐怖から助け出すことは叶わなくなる。
彼だけでなく、この街の人々が恐怖に囚われたまま明日を過ごすことになる。
「否、そんなことはさせない!!」
彼らの恐怖は今、俺が背負っていくのだ。
そして彼らの平和を、俺が守る。
「それが……勇者だ!!」
「ほう、まだ夜半に出歩く者がいたのか」
くぐもった声が、すぐ背後から聞こえた。
耳を撫で回すかのような、ネットリとした口調。
俺の全身に緊張が走る。
「……」
そしてすぐ息を吐き、筋肉から力を抜く。
冷静に、決して焦らないように、心を無に近づける。
ただし手を剣の柄に添たまま、奇襲を対処する準備をする。
そして殺気を抑えつつ、俺はゆっくりと後ろを振り返った。
前方30メートル。
街灯より映し出された人影が、ユラユラと揺れるのを確認する。
そしてボロボロのローブとフードを着込んだ男が一人、こちらを見ていた。
顔や体格は隠れて分からないが、腰に巻いたベルトには小柄なナイフがチラリと煌めいた。
俺の直感が囁いている。
間違いなくコイツが例の……
「わざわざ無人の暗夜に佇むとは、お前……俺の噂を知っているだろ」
「ああ、俺は貴様を倒すために来たんだからな」
ジャリと音を立て、相手は俺に近づいてくる。
一見無用心なようで隙のない足運びから、ただのチンピラではなさそうだ。
こちらも同様にゆっくりと前進し、相手との距離を測っていく。
「そうか、なら要件は早い。どうせ俺が次に尋ねる言葉も、既に解りきっているはずだ」
「勿論だ。貴様の下らない質問も、今日で最後にさせてやる……ッ!!」
「では改めて」
「お前は、魔王の居場所を知っているか?」
「知りたければ、俺を倒してみろッ!!」
流れるように剣を抜き、刃の先で弧を描く。
敵もナイフを取り出し、力強く振り下ろす。
その速度は互いに互角。
闇と静寂に染まった街に、閃光に似た金属音が鳴り響いた。
「ウオオオオオオオオッッ!!」
「……ふん、なるほどな」
近距離となった今、先に引いた方が不利。
刃を押し付け競り合い、白い吐息が夜に溶ける。
「ハアッ!!」
剣で短刀を下に抑えつけ、姿勢を崩した相手へ体当たりをかます。
相手はよろめき、俺は身体を捻って斜めに斬り込んだ。
大丈夫、やり過ぎはしない。
聖剣と力の繋がった俺は、敵をあくまで戦闘不能にするよう魔力を込めている。
殺してしまっては、彼の正体が未明のままになるからだ。
だが、敵の装備が十全だった。
その衝撃の瞬間、彼の周囲に透明な膜が張られる。
バキンッと音を立て、聖剣は弾かれた。
なるほど、魔法の防御壁か。
「おっと、危ねえな」
「クッ!!」
敵が体勢を立て直すより早く、俺は後方へ下り距離を置く。
今の風圧のせいか、敵のフードが外れ、その顔が露わになった。
だが、その正体を詮索する余裕はない。
敵は再び短刀を構えたかと思うと、俺の胸目掛けて投擲してきた。
すんでのところで、右にかわすことに成功するも、敵の攻撃は終わらない。
懐から数本のナイフを取り出し、その全てを同時に飛ばしてきた。
「だが、遅いぞッ!!」
この程度の投擲速度では、俺を捉えきれないはず。
だが、妙な違和感が脳裏によぎる。
ここは聖剣で弾くべきか。
ヒュッ
「こんなものッ!!」
俺の手は剣を強く握りしめ、その猛攻に対して剣を捌き切った。
その瞬間、違和感の正体に気づく。
「へえ、分かったのか?」
ナイフの柄に見えたのは、うっすらと光るピアノ線。
もしこれが壁に突き刺さりでもすれば、闇夜では不可視の鉄線が張られるところだった。
投げた本人しか分からぬ、まさに蜘蛛の糸である。
「そういう姑息な手段には慣れているからな!!」
「ほう?……やはりお前は中々の戦士だとお見受けする。ぜひ名前を聞かせて欲しいものだが」
会話に乗るが、互いに警戒を抜かない。
だがようやく、相手の顔をじっくりと観察できる。
……噂通りに赤い目を輝かせているな。
しかし、その顔はどこかで見覚えが……
「ふむ、というかもしやお前の持つ武器は……聖剣、か?」
「な…!!」
なぜバレた。
確かこれは聖剣ではるが、まだ聖剣の能力一つ使っていないはず。
戦いの最中に、初対面の相手の武器を見極めしかも当てられるなどあり得ない。
しかもこの闇夜で判別するともなれば、それはもう初めてのモノではない。
だが、俺の反応を察したらしく、敵は高笑いを始めた。
「ハ、ハハハ……アッハハハハハハッッッ!!!!」
不気味に、不敵に、不愉快に、彼は何度も笑いはしゃいだ。
俺は敵を睨み、その真意をつかもうとする。
だがその笑いは依然として、けたたましく街に響いていく。
「そうか、そうか!!お前か、お前なのか!!ハハハハ!!アハハハハ!!お前は……勇者だったのか!!」
悪戯じみた、ふざけた馬鹿笑いを繰り返すその姿。
まるでどこかの魔王のごとく、彼は笑いに笑って狂っていく。
その態度に圧倒させてはならない。
俺は声高らかに返答した。
「そうだ、俺は勇者だッ!!まさか、今さら怖気付いたのか!?」
「アハハッ違うよ違うんだよ……お前が、ハハハ、勇者だとは、アハハハッ!!」
「……?」
「そうだなあ……そうだよな。ならば俺も名乗る必要があるな。ではこの顔を、よく見ると良い」
彼は街灯の下へと歩みより、その顔をハッキリと俺に見せつける。
そして数秒後、俺は彼の正体に気付くこととなる。
「なあ勇者……俺だよ。これで分かるだろう?この裏切り者の名を」
俺がそれに気づいた時、気付けば聖剣は手からこぼれ落ちていた。
心の奥で、何かが壊れる音がした。
いやだ、違う。そんなはずはない。
「……!!」
「ふん、現実を受け入れろ。お前は俺の正体を知りたかったのだろ?ならこれで解決したじゃないか」
「こんな、こんなはずは……」
「そうだな。お前が常に正義の道を突き進んだなら、俺はここにいなかっただろう」
「嘘だ、俺は間違ったことをしてなんか……!!」
ありえない、どうして?
これは夢なのか?何もかもが間違っているぞ。
お前がここにいるはずはないし、俺がお前と戦うはずもない。
狂っている。どうしてだ。嘘だ。なんでだよ。だってどうしてここにお前が、いやだありえない、だって俺は常にただしくあるようにしてたのに。俺は正しい。正しい。正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい……はずなのに。
…………………………………………どうして。
「ち、ちがう……」
「違うのか?まあ、どちらでも構わない。……俺の正義が成せるなら。それが邪道でも、悪だとしても」
「正義……?お前は一体何をしようと」
「だから言ったはずだ。魔王の居場所を知りたい、と」
ああ、ダメだ。
これ以上彼と話してはいけない。
俺の中で、俺を支えてた芯が折れてしまう。
俺の信じた正義が、信念が否定されてしまう。
正義の意味すら分からなくなってしまう。
けれど俺は……その言葉を聞いてしまったのだ。
「魔王の息子の正体は……お前のせいで生まれた化け物だ」
次からは再び、主人公たちへ話が戻ります。
次回更新は約1週間後です。




