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06 射手と聖女ホープレス

何も言いません。言えません。

予定がズレすぎて、大変だったのです。


夕暮れに霞む王都。

街並みがオレンジ色に輝き、人々が帰路に着くころだろう。

しかし俺は迂闊に王都を観光できない。

そもそも俺は賢者の監視下で、徹底的に人と関わりを排除されている。

せっかく王都まで来たとしても、それは変わらなかった。

門を抜けてから目的地へと向かうまで、俺は車の隅で身を潜めさせられた。

当然正体を隠すということで、顔も上げずに、布を被せられて視界もシャットダウン。

これただの密入国では?と思ったが、一体賢者が門番とどんな交渉をしたのかは知る由もない。

ようやく俺が顔を上げたときには、目的地である教会の敷地内。

敷き詰められた芝生に、三本の塔がシンボルの建物。

足元は背丈以上の鉄柵に覆われ、周囲も木々に囲われている。

つまるところ、無人の庭園しか見られなかった。

一般人は立ち入り禁止、といったところか。

それにしても……


「背骨が痛い……」


妙な姿勢で車に揺られたせいで、壮観な景色より凝り固まった筋肉にしか意識がいかない。

その上、車の原動力として魔力を吸われ続けたからか、脱力感に苛まれている。


「だったら好都合よ。私は関係者と話をつけているから、その間に身体をほぐしてなさい」


「ああ、少し庭を眺めてるよ」






うーん、と背伸びをすること10分ほど。

賢者が出掛けたはいいが、することもなくて暇だ。

まさかずっとストレッチというわけにもいかないので、ブラブラと散策してみる。

王都に来たというのだから、少しは観光してみても良いだろう。

人がいないのも確認したし、この教会を覗いてみようか。

グルリと一周したあと、正面の扉が空いてるのを見つける。

花の模様が鮮やかに彫られた両開きだ。

ソッと両手で押し開けると、意外にも扉は簡単に開かれた。



「……おお、これは」


広い聖堂。

扉の中には、まさに祈りの場として相応しい空間だった。

白い壁に木造の装飾に凝った柱や枠組み。

天井には一面に青空が彫られ、それは今が夕方ということさえ錯覚させてしまう。

並べられた長椅子や照明も、ひとつひとつが精巧な彫刻が施されており、けれど決して派手ではなく、清純な空間に溶け込んでいる。

正面の壁にはめ込まれたステンドグラスには、微笑む女性と天使が描かれる。

そんな神秘に満ちた空間は今、ガランとした静寂にある。


そして、祭壇の前で祈りを捧げる少女が一人。


金髪をそのまま腰まで垂らし、静かに目を閉じている。

無地の薄い修道服のみが、神々しく光に包まれた。

聖女とは、まさに彼女のためにある称号だ。

やがて彼女は振り返り、こう告げた。




「……え、何でアンタがいるの!?」



その声は紛れもなく、聞き覚えのある射手の声だった。


□□□


数十分後、俺と射手は賢者と合流する。

話しやすいようにと聖堂から、隣にある客間に場所を移した。


「コホン……改めて、ようこそ王都へ。けどねえ、来るなら先に連絡よこしなさい!びっくりしたじゃないの!」


見た目は随分と変わったが、間違いなくあの射手だ。

少し荒々しい口調も、相手を射抜くようツリ目もそのままである。


「はあ、全く……アナタたちは本当に、予想の斜め上を行くわね。もちろん顔を合わせられたのは嬉しいけど、私にだって予定や準備だってあるんだからね!」


「大丈夫よ、神官に射手の予定を変更させたわ。1時間ほどは暇なはずかしら」


「なんで私の予定を勝手に変えてるのよ、もう!貴女ったら、前にも……」


随分と怒っているような言葉遣いだが、口調は楽しげだ。

やはり久し振りの再会は嬉しいのだろう。

しばらくの間、賢者と射手は昔話に花を咲かせた。


「……それで?急に王都へ来たってことは、何か用事があるのよね。話は聞くわよ」


話がひと段落したところで、射手が切り出す。

そうだ、忘れるところだったが、俺たちには目的があったのだ。

賢者も頷き、本題を伝え始める。


「……そうね、まず要件の前に、昨晩私たちの屋敷で起きたことを話すのだけれど……」


賢者は出来事をかいつまんで説明する。

屋敷への侵入者。彼女の発言。そしてその痕跡を辿って、この王都まで来たこと。


「……以上が昨晩の事件かしら」


「ちょっと!?それってかなり大変な事態じゃない!!」


その通りだ。

魔王の部下が俺の元まで辿り着き、しかも王都で何かをしようとしている。

あの侵入者の性格や言動の奇妙さに惑わされがちだが、改めてその危険性を意識した。


「全くこんな時期に……勇者はパレードで満身創痍だし、私も教会の務めで忙しいのに。戦士にいたっては、どこにいるか分かんないし!」


「え、射手も戦士の居場所を知らないのか?」


「そうよ、何でも『勇者パーティーの元メンバーや遺族に、魔王討伐を報告しにいく』とか言ってね……下手すれば訪問する場所にいくだけで数ヶ月かかるのに」


なるほど、彼はそんなことをしていたのか。

変に真面目なところが戦士らしいな。


「それに『魔王の息子』の襲撃事件は知ってる?」


言葉だけなら、勇者の手紙で教えて貰ったな。

王都で噂になっていることも。

詳細は知らないけれど。



「じゃあ、折角だから説明するとね……彼の存在が噂され始めたのは2週間前。その時はただ、夜に不審な人物が街を彷徨いてるぐらいの、ボンヤリとした話だったのよ」


けれど、数日後の夜半。

街中で都民が襲われた。

幸い擦り傷で済んだらしいが、何でも仲間と魔王の話をしていたところ、見知らぬ男性に声をかけられたそうだ。



お前、魔王について何か知っているのか?



彼が頷くと、突然ナイフを押し付けられた。

その目は赤く染まっており、僅かに見えた肌はボロボロに傷ついている。

誰しもが、尋常ではない事態だと理解し、息を呑んだ。

周囲が沈黙する中、彼は構わず脅迫し続ける。


「そしてこう言われたそうよ。『魔王の居場所を教えろ』ってね」


もちろん魔王は討伐された筈なのだから、居場所なんて教えることもできない。

そう必死に説得したところ、彼は拘束を解き、暗がりへと隠れ去っていった。


その後も幾度となく襲撃が続く。

夜中に現れ、魔王の居場所について強引に聞き出そうとする。

単純な手段で魔王を探し続けるその噂を、ある日誰かが子供のようだと言った。

だから6度目の襲撃のとき、被害者は相手にこう言ったのだ。


お前は餓鬼みたいな脅迫をして、何がしたい?

せめて名前を教えろ、と。


そのとき、彼は小さく呟いた。



「俺か?俺は……魔王の息子、だろうな」



ある者は言った。

王国の革命家が反乱を起こそうとしていると。

大酒飲みが毎晩酔っ払っているだけなのだと。

若者たちの間で流行っている悪戯の一つだと。


襲撃は事実であり、然してウワサは尾ひれをつけて広がり続けていく。

今では深夜に街を出歩く者は、警備兵だけだ。

しかしその民衆の中で、まさか本当に魔王を探している輩がいるとは思わなかったのだ。

魔王は勇者によって倒されたと、そう信じているのだから……


「……といった話よ」


沈黙。

俺はただ、口を噤むことしかできなかった。


デタラメならよかった。

ホラ話でも、戯言でも、嘘でも偽満でも詐欺でも何でもよかった。

しかし射手の目は、残酷なほど真っ直ぐと俺を見つめていた。


……俺の存在が、バレている?



まさか、あの侵入者以外にも俺を探そうとする奴がいたとは。

しかし一体、何が目的なんだ。

探し方にしたって、もう少し知恵を聞かせるべきだろうに。

……俺の方から会いに来るよう、誘っているならば話は別だが。


俺が口を聞けなくなっていると、代わりに賢者が話を進めた。


「それで、貴方たちは何をしていたのかしら?魔王と来れば、勇者や貴方は行動を起こしたのでしょう?」


「……」


その問いかけに、射手は顔をそむける。


「え、ええとその……たしかに勇者は噂をしって真っ先に動いたわ。けどね」


賢者はもどかしく、何度も視線を彷徨わせた。

そして一つ深呼吸をしてから、ようやく声を出したのだ。

信じられない事実を、だ。






「勇者はね……魔王の息子と戦って、敗北したのよ」





次回更新は約1週間です。

……書きだめができるような執筆力が、欲しいとつくづく思います。

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