05 賢者の旅道オーバーラン
今回の話で気分を悪くする人がいますが、ご了承下さい。
王都。
それは万世に名高い理想の都市。
千年続く王族の血筋の下、人々の行き交うレンガの街。
百花繚乱の賑わいが、その栄華を象徴する。
住宅は環状に整備されており、衛生管理も行き届いている。
その街の中央に一際高くそびえる建物こそ、この国における王城だそうだ。
他にも大きな聖堂や学問所など、誰しもが憧れる名所が沢山あるらしい。
ちなみに、俺はその入口にすら立ち寄っていない。
この情報は全て賢者の受け売りだ。
「……で、その都にはいつ着くんだ?」
俺と賢者が屋敷を離れて半日。
彼女が開発した自走式馬車が野を駆け抜けていく。
そんな高度な技術を持っていたのかと初めは驚いたが、何も不思議なことはなかった。
どうやらこの自動車、仕組みは殆ど自転車だ。
補足すると、ペダルの部分にピストンがくっ付いており、エネルギーを込めるとグルグル回り出す、というわけだ。
現代車にある精巧なエンジンとは比べ物にならない効率の悪さである。
ただしこちらには……俺がいる。
つまり、ほぼ無尽蔵の魔力というエネルギーがある点で優っているのだ。
現に俺の足元に描かれた魔法陣がバンバン体内の魔力を奪っていく。
これを原動力として、荒れ馬以上に騒がしい音と揺れる車体は、風切る速さで大地を走っていた。
その暴れっぷりは、隣に座る賢者から読み取れる。
顔を真っ青にして項垂れる様子は、どう見ても車酔いだ。
「おい、大丈夫か?気持ち悪いなら一旦車を止めるべきだけど」
「……」
それでも車の操縦者は返答しない。
変なプライドがあるのか、はたまた言葉にする気力もないのか。
こんなにげんなりとした賢者を見るのは初めてだ。
さすがに運転を止めさせないと、俺は彼女の
「け、賢者?」
「……もう…………無理かしら」
眩暈を起こしたかと思うと、賢者は背もたれに倒れこんだ。
アクセルをかけっぱなしにしたまま、だ。
当然車は爆走を極め、ボコボコとした荒れ道をどんどん加速していく。
「いや、おい、待ってくれよ!?」
慌てて賢者に声をかけるも、「きゅう……」とか細い声しか帰ってこない。
なぜ限界まで運転し続けたのか。やはり無免許運転は恐ろしい。
と、そんな悠長なことを考えてはいれらないようだ。
何しろ……車体がミシミシと嫌な音を立てて歪み始めている。
速度は上がり続け、目の前の草木が一瞬で遥か後方に過ぎ去っていく。
いくら魔法で補強された車といえど、やはり限界があるのだろう。
対してこちらは緊急停止システムもエアバックも、そもそもシートベルトすらない最悪の安全設備だ。
賢者を起こすかマシンを減速しなければ、事故は免れない。
けれど、どうすればいい?
彼女の意識は遠のいてるし、俺はこの車の操作方法なんて知らないぞ。
ふら付く車体で何とか立ち上がるのが精一杯だ。
せめて、彼女と席を代わらなければ。
いや、待てよ……
この自動車のエネルギー供給は、俺から足元の魔方陣を通して行われる。
だったら俺が少し脇に逸れれば止まるのでは?
そしてひょいと席から離れた結果、自動車は段々と減速していく。
ほどなくして車体の振動は収まり、車輪は回転をやめた。
車は呆気なく停止したのだ。
□□□
俺が道脇に車を止めて三十分ほどだろうか。
南に昇った太陽を眺めつつ、木陰で休んでいる賢者の体調が回復するのを待った。
しかし驚いたことに、彼女は寝ている間も怨恨を呻く。
「……あのツノ女……許さない……かしら……」
まだそんなことを言えるとは、とんでもない執念だ。
顔を合わせた時間は僅かにも関わらず、随分とプライドを汚されたようである。
おかげで感情的になり、賢者らしからぬ暴走運転をしてしまったのだろう。
次の運転からは、俺がしっかりと見張らなければ。
それにしても……本当にそのツノ女は何者なのだろうか。
魔王の部下なのは確実なのだが、彼女の真意が分からない。
わざわざ俺に忠告をしにきたことも、賢者へ怒りを焚きつけたことも。
仮にも俺を保護してくれる賢者を散々に罵倒して逃走すれば、むしろ俺と会いにくくなるに決まっている。
しかも魔法陣なんて手掛かりを残すなんて、追跡されるとは思わなかったのだろうか。
……いや、むしろ俺たちを王都へ向かうよう仕向けた?
う~ん、疑えば疑うほど混乱するな。
などと考えているうちに、賢者は目を覚ましたようだ。
「……気持ち悪いかしら」
不機嫌を込めに込めた言葉を呟いた。
俺は安堵したあと、荷物から水筒を取り出して彼女に差し出す。
そして賢者の小さな口が水を含む様子を眺める。
顔色も晴れてきたみたいだし、あと少しで全快しそうだ。
「……ここは、王都までもう少しね。丁度良かったわ」
賢者は水筒を抱きつつ、周囲を見渡した。
俺には殺風景な風景にしか見えないのだが、よく位置が分かるものだ。
そんな俺の感心をよそに、賢者は車の荷台を指差す。
「車の中にフードコートがあるはずよ。取り出してくれるかしら」
言われた通りに荷物を探ると、確かに二着見つかった。
どちらも白に染まってはいるが、サイズが違う。どうやら俺と賢者用みたいだ。
「王都は人が多いから、私たちは顔を隠した方が良いかしら。虹色の髪と魔王では目立ってしまうもの」
「なるほどな。でもさ、これはその……」
「問題があるのかしら?」
「ペアルックにならないか?」
一瞬、賢者は戸惑いを見せる。
だがすぐに立ち直ったかと思うと、俺に対して上目遣いで
「……嫌なの?」
と返してきた。
弱った少女の愛らしい視線に耐えられる者はいない。
すぐにコートの袖に手を通して、フードのスッと被ってみせる。
「どうだい、似合ってるだろう?」
袖が少し短いようだが、気にはするまい。
俺の早着替えに圧倒されたのか、溜め息をつく賢者。
そして木陰から立ち上がり、呆れた声で言った。
「……そっちは私の分よ」
□□□
それから数時間、俺たちは車を走らせた。
賢者が、今度はしっかりと酔い止め対策したおかげで、進みは順調だ。
電車と同等か、それ以上の速度で王都へ向かっているのは変わりない。
途中で数度、馬車とすれ違う機会があったが、その全てを軽々と追い越していった。
しばらくすれば、宿場町や民家に目が止まってくる。
段々と人や立派な建物も増えてきた。
そして遂に、夕暮れも近づいた頃。
俺たちの前に一際大きな外壁が姿を現した。
灰色の要塞にも見えるそれは、都の内部を完璧に隠している。
周囲の木々より遥かに高く、その全貌は視界に入りきらない。
あれこそが、王都だろう。
何だか現実離れしたような世界だ。
日本では絶対に見られない光景に、俺の胸はどうしようもなくトキめいた。
「おお!これが王都だよな!?」
まだ王都の街すら見てもいないというのに、興奮が収まらない。
一秒でも早く辿り着きたい気持ちが溢れてくる。
店は何があるのか、活気はどうなのか、人々の様子はどうなのか。
魔王ではないけれど、こんな未知の風景を見せられれば、誰だって期待して待ちきれなくなる。
「賢者!まず、街に入ったらどこに行くんだ!?」
「危ないから落ち着きなさい……そうね、まずは射手のところよ」
射手……金髪ツインテのツンデレか。
テンプレな見た目に反して、射撃技術の高さは身を以て体感している。
その上、女神の加護のおかげで、強力な一発を放つこともできた。
何よりも、勇者が大好きで本人以外にはバレバレだったことを思い出した。
そういえば彼女も王都に住んでいたか。
勇者は絶賛パレード中らしいし、無難な選択だな。
あ、忘れていたけれど、戦士も……いま何処にいるのだろう。
最近手紙のやり取りがないため、全く足取りが分からないな。
「射手に頼めば、王都への滞在準備も手伝ってくれるでしょう。家も大きいから、迷うこともないかしら」
「貴族の屋敷か何かってことか?」
「それより格上の身分で、城に続いて目立つ場所よ」
「……もしかして、射手は王族?」
「フフ、残念だけど違うわ」
夕日に照らされ、赤くなった王都が近付いてくる。
外壁の影が俺たちの車にかかり、視界は殆ど真っ暗だ。
そして前には、壁の一部が凹んだ場所、即ち門が近付いてくる。
開かれた先に小さく見えるのは、パリのように整備された街並み。
大きな道に沿って店や住宅が建ち、人々が楽しそうに行き交う王都。
だがそれよりも、俺の意識は、賢者の言葉に持って行かれたのだ。
「射手は……聖女なのよ。女神に愛され、王都で崇められる存在かしら」
今回は!今回は!既に次話を書き溜めていますとも!
ですので、1週間以内の投稿です。
最終チェックが終わり次第、投稿できそうです。




