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04 賢者の追随ペシミズム

やった、今回は間に合った!

と思ったら、脳内と現実日付が違いました。ショックです。

またもや予定を過ぎてしまい、すいません。



どこか遠くで爆音が聞こえる。

エンジンを唸らせたような、身体を揺らす響き。


ああ、もしかして心臓の鼓動か?


部屋に吹き渡る夜風、混乱する脳内、深夜の侵入者、そして彼女の口にした「魔王」という言葉。

ただでさえ冷や汗が止まらないのに、更に追い討ちをかけられた気分になる。

目の前の侵入者、彼女は確かに口にした。



魔王が勇者に負けるフリをした、と。



待て、聞き間違いか?

俺が勇者に負けるフリをした……って、一体どうしてそんな結論に至ったのだ。

現在、俺が生きているのは、確かに勇者たちの協力があってこそだ。

そして魔王の遺体を偽造したという点で見れば、魔王の死を偽ったとも見れる。


けれど……彼女から漂う雰囲気は、どこかおかしい。

こんなに目を輝かせて、興奮した様子になるは不自然だ。


理由はハッキリしている。もしあの白い部屋で起こった一部始終を見ていたなら、俺がもはや魔王とは別人だと理解しているはずだなのだ。

それなのに、この少女は俺のことを何度も「魔王様」と呼んでいた。

どう考えても、彼女が誤解をしてる可能性が高い。


「なあ、俺が勇者に負けるフリをしたって、どうしてそう思ったんだ?勇者パーティー以外、俺は誰にも秘密を話してはいないつもりだったんだけど……」


会話の内容が噛み合わないなら、直接相手に聞くしかないと、俺は彼女に質問を投げかけた。

たった一言を話すだけなのに、喉は随分と疲労する。

なにしろ相手が魔王の協力者ならば、勇者パーティーの敵。

つまり本来なら、勇者の仲間である俺と敵対関係にあるからだ。緊迫するのはしょうがない。

今できるのは会話で相手の情報を引き出しつつ、賢者の助けを待つことだけだ。


「もしかして、俺の存在は外部に漏れ出しているのか?」


「えっと、大丈夫です!魔王様の秘密を嗅ぎつけられたのは、この世界で私だけですから!」


これ以上なく元気な声で、彼女は微笑んだ。



「だって私は……貴方のことを一番知っているのですよ?」



ドクンッ


身体が大きく跳ね上がる錯覚にみまわれる。

一体……彼女は俺の何を知っているのだろうか。

疑問符ばかりの浮かぶ俺に対して、彼女は自慢げに話を進める。


「本当なら私のこれまでの軌跡を述べるのが正しいと思うのですが、少々長くなるので……先に要件を済ませてからでいいですか?」


「……」


俺は恐怖と困惑のあまり、固まっていた。

思考の整理が追いついてこないのだ。


要件って、王都に来るなってことだけじゃないのか?

あまり多く会話してしまえば、俺のボロが出やすくなるから避けたい。けれど言葉を発しなければ逆に不自然で……

そもそも彼女が何者かを知らないで、これ以上話を続けるのは困難じゃないか。


こうして俺が黙っていると、彼女は沈黙を肯定と受け取ったらしい。胸元から巻物を取り出した。

ちょうど陸上で使うバトンと同じサイズだ。


「余計なお世話かもしれませんが、私はこれを献上しにきたのです」


彼女は頭を下げ、その巻物を差し出した。

立派な羊皮紙で作られており、ZARARITOした触感だ。

俺は受け取り、少しだけ紙を広げてみる。


「見たところ、魔王様の魔力量は随分と減っているようですから、せめてもの助けになれば、なんて……」


中身には複雑な模様が墨で描かれている。

紙の隅から隅まで意味不明な記号や文字が刻まれ、普通なら意味が分からないだろう。

だが、俺はこれを何度も見たことがある。

あるときは白い部屋の四隅に、賢者の作った書類に、そして魔王が偽物の人形を作り上げたときに。


……これは魔法陣だ。


「もし魔王様が、また世界への野心を持たれた際には、是非こちらを発動して下さい。私はいつまでも、貴方様の帰還を心待ちにしておりますから」


「あ……ああ、分かった」


俺はそうっと紙を丸めて元に戻した。

うかつにいじって魔法が発動すれば、知識のない俺には何が起きるか分からない。

一体どんな魔法が発動するかは知らないが、賢者に見せればわかるだろうか。

そしてしばらくの間、俺たちは無言で見つめ合う。

正確にいえば、彼女が俺を見つめ続け、俺は蛇に睨まれた蛙のように動けないだけだ。



「……」


「……」


「魔王様、その」


長い沈黙を破り、彼女が言葉を発した。

その瞬間だった。



侵入者の彼女に向かって、光弾が放たれたのは。



ビュンと音を立て、その弾は彼女にぶつかる。

だがそれをローブでいなし、彼女は攻撃を横に弾いた。

部屋の壁がバキンッと音を立て、大きな穴を作る。

そして彼女は俺の背後を睨みつける。

俺も急いで振り返り、そして揺れる虹色の髪が視界に入った。



「……夜分遅くに何のようかしら。ドタバタとうるさいのだけれど」


「賢者ッ!!」


半開きになった扉の向こうに、杖を構えた賢者がいた。

寝巻き姿でなく、ローブや杖を携えた、魔王と戦ったときと同じ正装である。

だが、今回はかつて漂わせていた不思議なオーラはない。

かわりに湧きだしているのは、黒い感情である。

眉間にシワを寄せ、この上なく不機嫌そうな顔つきを見せる。

そして今も侵入者に射殺すような視線を送っている。


賢者、やっと助けに来てくれたのか!

俺は素直に喜びを口に出そうとしていた。

時間はかかったが、賢者がいというだけで、俺の心は随分と安らいだのだ。

しかし、賢者の様子は、俺の想像とは違っていた。


「……魔王、彼女は何なのかしら」


「え?何って、そりゃ……」


と、言いかけて気付く。

彼女の殺気が、俺に向けても飛んできているということに。






「深夜に愛人を連れてくるなんて、良い度胸だと思うのだけれど」




「……え?」


うん?

何を寝ぼけているのだ、賢者は。

どう考えても、相手は敵か不審者だろ?

愛人なんて洒落たもの、俺にできる隙はないし。

というか、俺が勇者パーティー以外と合ったことがないのは、賢者だって百も承知のはずだ。

しかしこの目は……相当にご機嫌斜めな様子である。


「朝の手紙で私に嫌疑をかけたと思ったら、次は夜中の密会?流石の私でも、許せる限度があるのよ」


「あら、魔王様。この方は何でしょうか?感動の再会を邪魔するとは、随分と無粋なお人ですけれど」


侵入者は賢者を見て、軽く嘲笑した。

というか、何だその台詞。魔王との関係は知らないが、少なくとも俺はお前に合ったことはないぞ。

だが二人の迫力に呑まれたせいか、俺は口を挟むことができない。

賢者の声も、いつも以上にイラつきが篭っていた。


「……屋敷の主人に断りもなく侵入する(やから)に、無粋と言われても困るかしら」


「いいえ、まさか私もこんなボロ小屋を屋敷だと思う人が居るとは思いませんでしたから」


「そんなボロ屋に迷い込んだ貴女は、ノラ猫かドブネズミのどちらかしらね」


「全く、それは動物に失礼ですよ。防御結界も碌に張ってない場所に、わざわざ入り込むなんて愚か極まりませんよ」


「その通りよ……愚か者の貴女だから、侵入も簡単にバレたのでしょう。なんて自惚れたツノ女なのかしら」


「虹色ド派手頭の貴女には負けますよ。チカチカして目に悪いの、気付きませんか?」



賢者の毒舌が炸裂する。

侵入者の女もギラリと目を輝かせ、反発する。

おいおい、何で口喧嘩してるんだよ。火花散らしてんだよ。

賢者は俺を蔑んだ目で見てくるんだよ。

まさか本気で、コイツを俺の愛人だとでも思っているのか?


「……面倒な女ね。貴女は一体何者かしら?」


「フフフ、教えても良いけれど、貴女はショックを受けますよ?なにしろ私……」


そう言うと、纏っていたローブをバッと開く。

今ここに、彼女は名乗りを上げる。


「私は、魔王様にとって一番の部下!!一番の理解者!!そして一番の……」


そして彼女は、俺を見てウインクする。

爛々と光る目で、俺を真っ直ぐに見つめながら。



「……それ以上は、貴女様が伝えて下さいませんか?愛しい魔王様」


そう言うと、彼女は窓に向かって跳躍した。

すかさず賢者は魔法による光弾を打ち出すも、全て俺の部屋の壁に激突する。

侵入者は笑いながら外へ飛び出し、闇夜の奥へと消え去った。


「逃さないわよ」


賢者もまた、窓から身を乗り出す。

し相手は黒いローブだったせいか、しっかりと暗い世界に溶け込んでいる。

だが賢者には関係のないことだ。

賢者は足音らしきさざめ目掛けていくつか魔法を飛ばす。

あちらこちらにバアンッと爆音が響き、庭は何度も激しい閃光に包まれた。


しかしどうやら……その全てが不発に終わってしまった。

夜は深く、これ以上の探査は危険である。

後に残るは、風一つ吹かない夜の風景のみ。

俺たちは悟ったのだ。


奴は既に立ち去った、と。



□□□



「……何でかしら」



賢者はブツブツと呟きつつ、草花の茂る庭を歩く。

俺はその後ろを追っていく。二人の距離は縮まることがない。


昨晩の一件から一夜明け、俺たちは侵入者の手掛かりを探していた。

屋敷を隈なく探したが、やはりあのツノ女は逃走したとみて間違いない。

そして俺たちは、逃げた彼女の足跡を辿る。

相当強い力で地面を蹴ったらしく、クッキリと跡が残っていた。

どうやら庭の隅へと逃げ込んだらしい。


「賢者、真っ直ぐ前を見ないと転ぶぞ?」


「……」


そして、賢者の方にも昨晩の記憶がしっかりと残っていたらしい。

朝起きてから今まで、俺をゴミのような目で見てくる。

どうやら彼女は本当に、ツノ女と俺に色恋沙汰があったと思い込んでいるらしい。

普段のムスッとした表情が、さらに不機嫌そうになる。

誤解を解こうにも、「……分かっているかしら」としか反応を示さない。

こう維持を張られては、土下座をしても無意味だろう。


「……ほんと、貴方には絶望させられたかしら」


「えん罪だ!!俺はあんな奴しらない!!」


良く考えれば分かるだろうが、今の賢者は興奮状態。

気持ちの整理がついてからでないと、説得すら受け入れない。


「困ったな……あのツノ女の正体も分からないのに」


頭を抱えつつ地面を見て歩き回ると、やがて一つの証拠を見つけた。

それは丁度、俺が今日の午前中に居たところ。

勇者からの手紙を読んだ場所、郵便箱のところだ。というか郵便箱が消し飛んでいた。

その部分だけ地面がえぐれ、一つの大きな模様が描かれていたのだ。


侵入者に使用した魔法陣に違いなかった。


賢者はしゃがみ込み、模様の線をなぞる。

真似して魔法陣を調べるも、魔法にはサッパリな俺は賢者に尋ねた。


「なあ、賢者。この魔法陣ってさ」


「……分かったかしら、フフフ」


彼女はスッと立ち上がり、なぜか薄気味悪く笑い始めた。

まるで狂った機械のように淡々と、それでいて段々と怒りの感情が篭っていく。


「……外部の結果に異常はなかったわ。つまり奴はこの魔法陣を使って……それにしても……私の魔術結界をコケにするなんて、良い度胸かしら……」


「け、賢者?」


俺は彼女の肩をソッと叩く。

すると呟き声は止み、賢者はこちらを向いた。


「ねえ、貴方は昨日……王都に行きたいとか、話してたわよね」


「確かに言ったけど、それがどうした?」


「この魔法陣、空間跳躍の魔法なの。簡単に言えば、ワープかしら」


え!?

そんな凄いことが魔法で出来るの!?

ひみつ道具の不思議なドアが要らなくなっちゃうじゃん。


しかしそれで納得がいった。

賢者の魔術結界に引っかからなかった理由だ。

要するに、結界の中にワープしてきたのだ。

郵便箱の近くにあるのを見ると、おそらくツノ女はあらかじめ手紙をポストに入れておいたのだろう。

いやもしかしたら郵便配達員に頼んだのかもしれないが……ともかく手紙は屋敷の敷地内に入った。

後は頃合いを見計らって、魔法を発動させるだけ。

ワープ、つまり遠いところから一瞬で屋敷の内部に潜入したわけだな。


どうりで昨日、夕方に人影が見えたわけだ。

俺は晩飯後に見えた、

おそらくあれは、本当に郵便配達員だったのだろう。

遅い時間に速達を出され、急いで仕事を終えようと慌てて帰ったに違いない。



「ただし使用は行き帰りの一往復分のみ。場所も指定されたところだけで、あまり魔力の効率は良くないわ」


「へえ〜、場所が指定ねえ……」


そんなことまで分かるのか。

きっと賢者なら、転送先すら解読できてしまうのだろうな。




−–あれ、もしかして。




「ええ、行きましょう。今度こそ、あの女の角をへし折ってやろうかしら」


いやいやいや!!

今から追ったって間に合わないだろ!?

侵入者の彼女はワープで一瞬だが、俺たちにはそんな便利魔法はない。しかもここは辺境の土地。

賢者自らが、王都へ向かうには数日かかると言っていた。


「安心しなさい。貴方、自分が一昨日した話を憶えてるかしら?」


そう問いかけながら、賢者は屋敷の裏口へと向かっていく。

俺も賢者に続いて歩きつつ、記憶を探ってみた。

確か昨日の夕方にも、俺は今と同じように回想していたな。あのとき思い出したのは、そう自動車のこと……


「貴方の話を聞いて、昨日一杯頑張ったのよ。私にも真似できる技術かも、と思ってね」


そういえば、昨日の夕方にも何やら魔法陣を書いていたな。

なにかを作ろうと試行錯誤しているふうに見えた。

けど、それがどうしたのだ。

なんて思いつつ、屋敷の角を曲がったときだった。



けたたましい爆音が、庭中に響き渡ったのは。



恐竜の雄叫びのような大音量に、俺は思わず耳を塞ぐ。

それは昨夜、俺が心臓の鼓動だと思っていた音だった。

屋敷を震わすような響きは、俺が自分の錯覚だと思いこんでいた、エンジンを唸らせるような音だった。


これで納得がいった。

昨晩、賢者が俺を助けるにくるのが随分と遅かったこと。

俺の寝室へ助けに来たとき、なぜか寝巻き姿ではなく戦闘服だったこと。

そして妙に響いていた爆音の正体。

おそらくあの正体は、これの試運転だったのだろう。


これが、その答えだ。




「これが貴方の言う、自動車というものかしら?」



一見してそれは、黒い馬車のように見えた。

木造の土台に金属の枠組み。そして四つの車輪。

ただし前部に馬がいる車とは違い、こちらは後部に重厚な金属装置が搭載されている。

至る所に魔法陣が彫られて光り輝く。

背後の複雑な金属管からは蒸気が立ち込め、ピストンやモーターが音を立てて作動している。




「凄い……これを2日で作ったのか!?」


「さすがの私でも、それは難しいわ。ただ、貴方の話から着想を得て、貴方の記憶を覗き見したこともあるから、今朝ようやく作り終われたのよ」


「記憶を覗かれてたのは初耳だな。どうせ魔法なんだろうけど、いつの間に……」


「一昨日に貴方が眠る寝室へ、コッソリと忍び込んだだけかしら」


おい賢者、お前も侵入者だったのか。

少し呆れてしまった俺だが、今は好都合だ。


侵入者の少女は、俺に王都へ来るなと言った。

確かに今は、魔王の息子を名乗る犯罪者がいて危険な状態なのは間違いない。

けれども俺は、あの少女の正体を知る必要がある。

何より、これは賢者の本名を知れるかもしれない絶好の機会なのだ。

そうすれば……賢者の俺に対する辛辣な態度も改善され、しかも彼女と交わした賭けに勝つことができる。

その報酬がデートであるなら、リスクを冒しても攻めるべきだ。


「それで……私は王都へ向かうのだけれど、貴方は留守番でもするかしら?」


「冗談はやめろよ。こんな辺境で一人ぼっちは寂しいすぎるだろ?」


「フフッ、なら仕方ないわね。一緒に行きましょう」



平凡な日々を過ごしてきたが、それも早々に終わってしまったようだ。

けれどそれで良い。

闘いのない人生なんて、俺は求めてはいないのだ。

こうして俺と賢者は屋敷を離れ、王都へ向かって進むのだった。




これは、俺が魔王アイツの過去を知る戦いである。



次回は、大体1週間で投稿にします。

4月という多忙な時期ですが、今こそ作者が約束を守れる人だと証明するときなのです。

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