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02 賢者に夜分アンノウン

約1週間振りの投稿です。

あれ、外伝でも予定遅れてる?




平原の広がる丘陵地帯。

都市から離れたこの場所に人が寄ることもなく、動物の駆け巡る荒れ野原となっている。

かつて小規模な村もあったらしいが、廃墟と化したのは時代の流れだろう。

元領主の住んでいた館も、廃墟同然の外観となっていた。

その建物を改築し移住したのが、我らが賢者である。

魔術研究をするには、邪魔する人もおらず、広々とした土地で実験ができるという点で気に入ったらしい。

館の維持管理が大変そうだが、そもそも見栄を張る客も来ない。

俺と賢者が住むには十分適した土地だったというわけだ。



で、その立地が今の俺を煩わせていたりする。


賢者と俺の間で始まったゲーム。

それは賢者の名前を当てるという、とんでもない問題。

だって彼女の持ち物を見るか、知り合いに聞けば一発で分かる。


そうだろうと、思い込んでいた。



「……ない!これにも、これにも!」


家中を漁り、文章という文章を探し出す。

だが賢者の名前は微塵も記載されていなかった。


そもそも、この館は辺境に立地する。

つまり外部との繋がりが薄いのだ。

名前を書く機会となれば、極端に少ない。

俺の正体を隠すのに都合が良いと住んでいるが、今回はそれが仇となった。

周囲は無人の荒れ野原、来る手紙は勇者のみ。

週に一度の配達人のみが、賢者以外の話し相手だ。

その彼の来訪も来週の予定となっている。

つまり誰かに尋ねるという方法すら封じられたわけだ。


書斎、寝室、居間に食堂。

道具の溢れかえる研究室に、不気味な品々を置いた倉庫。

一通り調査したが、流石にすぐ賢者の名前が見つかることはなかった。

だから一日かけて思い当たる箇所をチェックしたのだが、痕跡すら無い。

床が剥き出しの廊下に、幅広い階段を何度駆け上ったことか。

そのとき初めて、俺は賢者の策略にはまっていたと気付いた。

おそらく普通の探し方をしても、手掛かりは全て隠されているのだろう。




「……くそ、だったらどうすれば」


俺が調査を尽くしたこの館に、最後に一つだけ見ていない部屋がある。

というか道徳的に考えて、入り込めない部屋があった。


賢者の寝室だ。


「確か賢者の私室に、大切な書類はしまってあるはず……」


だがそれは、禁忌に触れること。

賢者のあれこれが秘められた場所に、俺が踏み入ることはできるのか?

探し物があるからと、戸棚や本を書類を片っ端から漁っても許されるのか?

その様子を見た賢者が、果たして俺を生かして帰すのか?


……やめよう。


そうして俺の捜索は、2日目にして早々行き詰まりをみせたのだ。



□□□


作戦を練るべきだ。


居間でくつろぐ賢者を見つつ、俺は椅子に座って考え込む。

むやみやたらな捜索は無駄なことが、数日かけて証明された。

このままでは一週間、いや一生かけても賢者の名前が分からない。

では何をすべきかと考えるも、閃くことはなかった。


くそ、また賢者が不敵な笑みを浮かべている。

必死に手がかりを探す俺を横目に、新たな魔法陣を開発しているのだ。

ちなみに今日の服は小麦色のセーター。

俺しか見る人がいないのに、オシャレな服装が多いのは何故だろうか。

もちろん俺は、可愛いなと褒めるけど。


「……あら、もう諦めてしまうのかしら」


俺が賢者を眺めていたからか、声をかけられた。

打つ手なしの今では、違うと断言することもできない。

そうだ、少しだけ訊いてみよう。


「……なあ、賢者。お前の部屋に入れて貰っていいか?」


「遺言は唱えたの?」


さらりと俺の死を暗示された。

ハハハ、賢者は殺伐とした御方だなあ。

……全身全霊で土下座しないと。


「と、言うのは冗談かしら」


賢者はフフフ、彼女は微笑んだ。

危ない、地面に手をつけるところだったぞ。


「ええ、貴方の考えは知っているわよ。私の名前を知る手掛かりがないから、乙女の部屋を荒らそうとしているのでしょう?」


誤解を招く言い方だが、その通りだ。

どうやらこの状況までもが、彼女の策略らしい。


「けれど……もし私が部屋の捜索を許したとして、貴方はどうするのかしら?デートに誘うの?例え貴方が賭けに勝ったとしても、私からの軽蔑は避けられないわよ」


「ぐうッ!?」


胸をえぐる一撃。

そうだ。俺がデートに誘えたとしても、嫌われてしまえば本末転倒だ。

捜査のためと弁解したところで、彼女の禁忌に触れることは変わりない。

そもそも俺が賢者と顔を合わせづらくなる。

この方法は最悪の一手にしかならないのだ。


ならば次の作戦だ。


「だ、だったら!たまには王都の勇者にでも会わないか?」


賢者の名前を知る人に、直接聞いてみる。

確か王都までは移動に4日。賭けの期間にギリギリ間に合う。

というか他の方法が思いつかない。


「この辺境で話し相手が俺だけだと、いくら賢者でも不満もたまるだろ?買い物や観光でもして、気分転換もできるしさ!」


「あら、私は貴方と一緒に居て退屈したことはないのだけど」


何て嬉しいことを言ってくれるんだ。

思わず感極まって号泣してしまいそうだぞ。

だが、ここで引いては試合終了だ。


「それに俺はまだ王都を見たことがないんだ!一回でいいから訪れてみたいんだよ!」


「まあ、そうだったの……じゃあ1週間後に予定を組んでみようかしら」


賭けが終わってるじゃないか!!

それじゃ意味ないんだよ。王都はそこまで行きたくないんだよ。

魔王の息子が出現してるみたいだし、元魔王の俺にとっては危険地帯だ。

だけど、賢者の本名を知るにはこれしかないんだよ!!


俺は必死になって説得を続ける。

それを賢者が軽くあしらう。

こんなやり取りを繰り返し、気付けば日も沈み始めていた。

だが賢者を論破することはできず、これ以上の論争は無駄と判断する。

俺がしぶしぶ引き下がると、賢者は最後にこう告げたのだった。


「フフ、やっぱり貴方と居ると退屈しないかしら」



やはり賢者は悪女に違いなかった。



□□□



「はぁ……」


木々も寝静まった深夜、嘆息のみが屋敷に響く。

俺は寝室の窓辺に腰掛け、外をぼうっと眺める。


はぁ、まさか人の名前を知ることが、ここまで大変とは知らなかった。

俺に残された方法は二つ。


賢者を説得して勇者たちに会うか。

賢者に黙って密かに部屋を捜索するか。


どちらも混迷を究めること間違いなし。

おそらくだが、二つとも賢者は既に対策をとっている。

ああ、最初の時点賢者を疑うべきだったと再三思ってしまう。


「待てよ。いっそのこと、賢者を口説き落としてしまえば!」


……冷静になろう。

考えすぎて脳がショートしているぞ。

一度夜風に当たって頭を冷やすべきだ。


ガラリと窓を開けると、ヒンヤリとした空気が部屋に流れてくる。

外には星が輝く平原が彼方まで広がっていた。


……そういえば、こんな景色を見るのは何度目だろうか。

俺が白い部屋に召喚され、勇者と戦ってから随分と経つ。

あそこには窓もなく、景色が変わることもなかった。


きっとあそこの主は、移り行く風景から身を遠ざけていたのだろう。

新たな景色を拒み、欲望が騒ぐのを抑えつけていた。

その強欲でこれ以上精神が疲弊しないように。

心が壊れてしまわないように。



「だったらその分、俺がこの世界を楽しんでやらないとな」



フッと笑い、俺は背伸びをした。

随分と遅くまで起きてしまったな。


今日はもう寝よう。

そう思い、窓に手を伸ばしたときだった。





俺の視線は、庭に動く影を捉える。





「……え?」




見間違いかと思った。

だから瞬きをして、もう一度確認する。

けれども俺の目は正しかった。

暗くてよく見えないが、確かに何かがいる。

野生動物が迷い込んだのか?


「いや違う」


目が暗闇に段々となれ、その姿をはっきりと捉える。

やがて黄色く光る二つの目が、俺の部屋へ向けられた。

そのときしっかりと俺はそれを見た。



奴がニヤリと笑ったのを。



「アイツは……人だ!!」



わざわざこの屋敷に、しかも深夜に忍び込む奴が普通の人間であるわけがない。

俺が危機感を持つと同時に、奴は一直線に走り出す。

その視線が俺から途切れることはない。

俺は鍵を閉め、バッと窓から身を遠ざける。


(どうする!?武器を持つか?いや、まず賢者を起こすのが先決だ!)


冷や汗を流しつつも、思考を回転させる。

だが奴から目を離したのがまずかった。



ドンッ


地面を大きく叩く音。屋敷に振動が響く。

俺は思わず床へと視線を落とした。

すると長細い影が伸びてくる。

一瞬にして部屋に大きな影が広がった。


「なっ!?」


ハッと前を向くと、窓の外には笑う人影。

黄色の目がギラリと光った。


(今の揺れは、跳躍の振動!?)


もう遅い。


全てを理解するには、俺の把握力では遅すぎた。

走って飛んで侵入した、ただそれだけのことなのに。

平和に浸りすぎた俺には、反応することができなかったのだ。



今、窓が音を立てて崩れ落ちていく。



ガシャンッ!!!



ブワリと巻き上がるカーテン。

放射状に飛び散るガラス。

月光が乱反射し、俺は受け身を取りつつ目を瞑った。



「ッ……!!」



逃げなければ。

そう理解はするも、身体が反応しない。

驚愕の感情に支配され、足が動かないのだ。

ならばせめて。

侵入者の姿を見なければ。


俺は目を見開く。



夜風が部屋に差し込んだ。

長髪が揺れ、ローブが大きくはためく。

リボンがたなびき、影が揺れる。

一番の特徴的は、猫のように爛々と光るその目。


月が部屋を照らす中、侵入者は微笑んだ。





何という……ことなのか。



同時に俺の脳裏では、あの戦いの日々が蘇ってくる。

理不尽な苦痛と死に巻き込まれた、あの記憶が。




(……ああ、また始まるのか)



俺はそう悟ったのだ。


この距離ならば相手の顔がハッキリ見える。

見えてしまったのだ。


何しろコイツは、コイツは、コイツは……






「夜分遅く失礼致します。魔王様」




少女だった。




まるで魔王のように、捻れた大角の生やした


少女だったのだ。

久々の執筆で文章量が安定しませんが、徐々に直していくつもりです。

次話は約1週間後も投稿となります。

少しの遅れは許して下さい。

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