01 賢者と魔王サスペクション
お久しぶりです。
本編中に少しずつ書いていた、魔王の後日談。
楽しんでくれると嬉しいです。
麗らかな春の日。暖かな真昼の頃。
広大な草原、生い茂る森との間に聳える小さな洋館。
築数十年はあるだろう重厚なレンガ造りだ。
若草が茂り始めたその庭で、郵便箱の横に立つ二人。
一人は白いワンピースを着た、虹色の髪の少女。
髪を青いリボンで結び、日除けに麦わら帽子を被る。
純朴そうな服装と幼い顔つきの上に影が映り込み、どこか大人びた雰囲気だ。
その彼女……もとい賢者は、折角の美貌を崩してまで俺を睨みつけていた。
俺は蛇に睨まれたように立ち竦むことしかできない。
さっき投函された一枚の羊皮紙を読みながら、冷や汗をダラダラと流すばかりだ。
プレッシャーを感じつつ、俺は辿々(たどたど)しく言葉を紡いだ。
「その、あれだ。俺は関係ないからな。デ、デタラメに決まってる」
「……だったら何で狼狽するのかしら。堂々と潔白を主張してみなさいよ」
「よ、よし。俺は誓ってこの手紙に書かれたことを、してない!!」
「……絶対にそう言えるの?」
「ただちょっと、昔の俺がしたことに関しては、記憶にないから……」
だってしょうがないだろ!?
魔王の頃に何があったかなんて、俺は知らない!!
確かにアイツの身体を受け継いだけど、こんなことは想像してなかった!!
思えば、あの白い部屋を抜け出して一ヶ月。
勇者たちと共に、俺は魔王とその元凶を倒した。
しばらくは落ち着いた生活ができると、そう考えていたのに。
「何だよ、『魔王の息子が王都に現れる』って!?」
魔王との戦いは終わったと思ってた。
なのに、まさかアイツの所業が今になって俺を苦しめるとは。
「最低かしら。散々私をデートに誘っておいて、隠し事をするなんて。しかも隠し子?……今すぐ家から出て行きなさい」
「俺のせいじゃないんだああああ!!!!!」
俺の誠意は賢者に届くことなく、虚しく春の空に消えていった。
□□□
一ヶ月前。
俺は白い部屋に召喚された。
いつも通りに家で寝ていたはずなのに、気付けば勇者パーティーが俺に武器を構えていたのだ。
無防備な俺は抵抗することもできず、逃げる間もなく殺された。
まあその後は、何やかんやで生き返ったり、また死んだりを繰り返したのだが、それは遠い過去のこと。
大切な事実はただ一つで、俺と勇者パーティーが協力魔王を倒した、ってことだ。
彼らは王国の王都へ魔王の遺体を持ち帰り、世界の英雄となった。
何せ世界史上最悪の絶望と恐れられた化け物に対して、見事な活躍をしてみせたのだ。
当然ながら国中の人々は沸き上がり、眠れぬ夜を過ごす人はいなくなった。
それで一週間以上経つ今も、救世主として持て囃されているのである。
一方、賢者と俺は王都へ向かわなかった。
得体の知れない男が勇者パーティーに同行してる、と考えてみろ。
絶対に民衆から疑いの目は避けられない。
魔王の正体がバレてしまえば、勇者パーティーが非難を浴びるのは確実である。
そこで賢者が、俺を匿う役を買って出た。
魔王との戦闘で呪いを負ったと偽り、しばらく王国の辺境で暮らすことにしたのだ。
療養中の面会遮断と言えば、外部の人間が近づくこともない。
賢者としたデートの約束が果たせないことを除けば、こうして俺と賢者で二人で平和な生活を送っていた。
……はずだったのだが。
ついさっき届いた勇者の手紙。
賢者と俺へ向けて週一回届くので、毎回楽しみにさせて貰っている。
近況報告や俺たちへの気遣いが書かれている、実に気持ちのこもった内容だ。
問題なのは、最後の文章だ。
『……長々と書き綴ってしまったな。
けれど俺の一番伝えたかったのは、お前たちに元気でいてほしい。ということだ。
また賢者からも手紙を送ってくれると嬉しいな。
それじゃあ、また来週。
追伸:最近王都で、警備兵が次々と襲撃されている。
噂によれば『魔王の息子』が王都に現れ、犯行を実行しているそうだが
……女性関係で身に覚えはあるか?
君たちの戦友、勇者より』
この手紙を読み終えたとき、賢者の目は酷く冷え切っていた。
俺は不自然に感じながらも手紙を受け取り……内容に驚愕した。
ぎこちなく賢者の方を向けば、心臓を射抜くような殺気。
平穏は唐突に終わりを告げた瞬間であった。
「……分かっているかしら。貴方に子供を作る相手がいないことも、愛人を作る度胸がないことも、そもそも襲撃者が『魔王の息子』である証拠のないことも。もちろん理解してるのよ」
言葉と態度が全く噛み合わない賢者。
俺の背中に悪寒が走りっぱなしだ。
「だ、だったら別に悩むことはないだろ?」
「そうよ、そのはずなのよ……」
と、ここで彼女の言葉は尻すぼみになる。
そこには怒りというより、悲壮感が溢れていた。
「……ただ、貴方がソレをハッキリと否定しなかった」
……あ。
「例え嘘だとしても、私の目を見て、そう信じさせる言葉を告げてほしかった。けれど貴方は動揺して、すぐに弁明しなかった。それって……」
そして、賢者は口を閉ざして俯く。
俺は何も言うことができず、彼女をズッと見つめるばかり。
……そうだよな。
自分に愛の告白した人が実は子連れなどと言われば、真実でなくとも混乱する。
しかも曖昧な発言をされれば、尚更不安が積もるだけだ。
今回悪いのは、オブラートに包むことなく手紙を書いた勇者だ。
けれど手紙に過剰な反応をして、彼女を怖がらせた俺にも非はある。
「……私にも、分からないの。自分がこんなに感情的になるのって、初めてなのよ」
「賢者、その……」
そうだな。
俺がするべきことは決まってた。
誤解を解くことでも、この手紙に文句を言うことでもない。
「心配かけて、ごめんな」
素直に謝罪することだ。
俺は地面に膝を着いて、ゆっくりと頭を下げた。
数秒後、彼女も少し頭が冷えてきたのだろう。
賢者の立ち上がる音と共に、俺の正面に回りこむ気配がする。
そして俺の頬に包み込む感覚。
彼女が両手で触れたのだ。
彼女は俺の前でしゃがみ、抱き込むように俺の顔を持ち上げた。
そして謝罪前とは反対の、申し訳無さそうな表情を見せた。
おいおい、何て顔をしてるんだ。涙の跡が残ってるぞ。
そう思って賢者を慰めようとすると、俺の頭は彼女の方へ近づけられた。
「……こんな面倒な態度を取ってしまって、私も謝らなきゃいけないかしら」
「必要ない。賢者の言った通り、すぐ否定しきれなかった俺が悪い」
「そう、かしら……」
そう言って、考え込む賢者。
おそらく彼女自身、なぜ怒っていたのか理解不能なのだ。
女心は複雑だというが、ここまで拗らせる人は滅多にいないだろう。
乙女の純情さに魔術士の捻くれが絡まって成長した結果だ。
「やっぱり、何か納得できないかしら……」
「だから気にするなって。元はと言えば、変な噂を教えた勇者が悪いんだ」
「駄目よ。私の気持ちが収まりつかないの。けれども、ただ謝るのは何か違うように感じるし……そうだわ」
急に目を輝かせた賢者。
俺から手を放し、バッと立ち上がった。
同時に周囲の木々がザワザワと揺れ始めた。
何だか良からぬ気がしなくもないが、一応尋ねてみよう。
「ええと、賢者。嬉しそうな顔をしてるけど、一体何を閃めいたんだ?」
「それよ」
賢者は俺を指差した。
え?どれだ?
「……気付けば、貴方と出会って一ヶ月。けれども呼び方はいつも『賢者』だけよ」
「あ、ああ。そうだな」
一度呼び慣れてしまったから、俺はいつも彼女のことをそう呼んでる。
というかこの世界で俺を知る人間は勇者パーティーの四人だけだから、パーティー内の愛称だけで誰が誰だか十分伝わるのだ。
「ねえ、もしかして貴方」
賢者は子供も泣くような、悪意に満ちた微笑を浮かべる。
「私の本名を……知らないと思うのだけど、どうかしら?」
その瞬間、俺の頭に電撃が走る。
今の今まで忘れていたが、俺は彼女の名前を知らない!!
どこかで見かけるはずと思ったが、記憶を駆け巡っても思い浮かばない。
(ヤバい!!デートに誘った相手の名前を知らないとか、愛想がないにも程がある!!)
「……図星のようね」
「そ、そのすまないというか」
「謝る必要はないわ。私が教えてないのだもの。でも、女性に名前を尋ねなかった貴方も罪深いかしら。だから……賭けをしましょう?私の気が晴れて、貴方にも利益となるような」
そうだ!!
勇者の手紙に書かれた宛先!!
そして封筒の裏に彼女の名前があるはずだ!!
「期間は一週間、貴方はどんな手を使っても良いけれど……」
俺はさっきまで手元にあった手紙を探す。
だが懐にも地面にも落ちていない。
ならば封筒は、と見渡すもやはりない。
まさか……と、俺は賢者を見た。
「私の名前を当ててみなさい……貴方が負ければ何もないけれど」
ピラリ
賢者の右手に、その二つはあった。
人差し指と中指で挟まれており、俺の方から宛先は見えなかった。
慌てて取り戻そうとするも、もう遅い。
賢者が不適に微笑んで、魔法は発動した。
「貴方が勝てば…………デートの約束を果たしてあげても、いいわよ」
ボウッ
音を立て、紙は一瞬にして消し炭になる。
黒く焦げた燃えカスは春風に舞い踊り、天まで吹き飛んで行った。
今ここに、新たな戦いの火蓋が切られた。
俺の戦いが、再び始まった。
しばらくは連続したストーリーになります。
次の投稿は一週間後にでも。
……大丈夫!きっと間に合うはずです!




