最終話 魔王は死んでも俺を止められない
気づけば宣言した一月から、24時間が経過していました、
最後までこの様か……と落胆しつつ、最後のお話です。
静かな森の奥深くに、ガラスの棺が一つある。
そこには見る者を魅了する、1人の神秘的な姫が眠っていた。
かの有名な白雪姫である。
死んでいるかのように眠っている。
その童話の一節が、思い起こされる。
腹には大きな傷跡と、致死量の血が染みこんだ服。
けれど顔つきは安らかで、身体を楽に伸ばしきっている。
両手を胸に当て、眠るように横たわるそれは……魔王の人形だった。
とは言っても、魔王は魔王。
見たことのない穏やかな顔も、それは普段の恐い表情と比べてだ。
火炎のように逆立った濃緑の髪。
ゴツゴツと歪に捻れ曲がった大角。
眉間に寄った色濃いシワをなぞる。
笑う姿を想像させない、固く閉ざされた口元。
今にもカッと見開きそうな両の眼は、深く閉じている。
鼻息すら聞こえてきそうなほど、近くで見ても本物としか思えない。
落ち着いて耳を澄まし、呼吸の音を確認して、やっと「……死体かな?」と思うくらいだ。
いや違う、人形だ。魔王の身体は俺のだ。
一瞬だが間違えた。
ともかく今の魔法陣が発動する光景を見ていなければ、誰もがこれを本物の魔王と勘違いするだろう。俺だってそうなる。
肌を通る青筋や衣装の重み、そして全身から溢れる厳かな覇気は魔王以外ありえない。
普通の人が見たら、人形と知っていても触れられない。
子供は泣き出し、女性は腰を抜かし、残りは思わず跪いているだろう。
……いや、勇者なら切り掛かるか。
「……凄い、触った感じだと内臓や血管も再現してるかしら。お腹の傷を見ても、細胞一個に至るまで模倣してあるわ」
賢者は興味津々に魔王の腹を触り、魔王の肌を切って血が流れるのを観察している。
嬉々とした様子だが、そんなに魔王の人形が気に入ったのだろうか。
俺としては、彼女に殺されたときを思い出すので止めて欲しい。
「……完璧よ。これは魔王の肉体を完璧に再現しているかしら。逆に、これを魔王の死体ではないと証明する方が難しいぐらいよ」
そして、死因は腹部の刺し傷。
形状からして勇者の剣が凶器だろう。
つまり俺が最初に死んだ時の肉体を、魔王は復元したわけだ。
そうなるとこれは、魔王の死体の人形と言った方が正しいのだが……これを自分の死に顔と考えたくないので、単純に人形と呼ぼうか。
「それにしても、こんなに立派な人体模型を製造できるなら、俺たちの身体を乗っ取る必要はないはずだか」
「……いいえ、それは違うかしら。例え髪の毛一本に至るまで精巧に作られた人形でも、本質は贋作よ。やっぱり劣悪な部分もあるの」
「どこがだ?俺にはさっぱり分からないぞ」
「例えば魔力の回路。これは目に見えないけど、かなり簡略化されてるわ。本物の半分以下よ」
「……僕にも分かります。この人形の魔力は『魔封じの手枷』一つで封印できるほど脆弱ですよ」
戦士も納得して頷いた。
なるほど。見た目だけを似せるなら、魔王の魔力を半分使って作れるのか。
自分が憑依するための身体ではないから、性能を気にせずに済むし。
「こんなのは肖像画と同じ、表面だけ模像した肉塊にすぎません」
「肉塊って……もうちょっといい表現があるでしょ」
射手が溜め息をつきながら、魔王の人形に寄ってきた。
そして人形の腕を持ち上げて、少し冷たく感触を確かめる。
「でも、魔王はこれをどうしろって言うの?魔王のお人形さんなんて、誰も欲しくないと思うんだけど」
「「いや、いるだろ」」
声を出したのは2人。
俺と先ほどまでポンコツだった勇者だ。
その彼が声を上げたことに俺は驚いた。
さっきまで口癖が「分からんッ!!」だったのに。
本当に理解しているの?
と、俺が戸惑っているうちに、勇者が口を開いた。
「そもそも、俺たちの目的は魔王討伐。けれど真の目的は、王国の武力が敵国の大将を倒したという証拠を持って帰り、諸国に誇示することだ」
俺は勇者の理解力に感心しながら、彼の横で相づちを打つ。
今更になってだが、彼の行動原理が分かってきた。
普段は人の話を聞かない熱血漢。
だが、仲間を助けることとなれば、途端に知能が覚醒する。
今の彼も、俺を殺さずに済む方法を、たった数分の会話で閃いたのだろう。
既に答えを知っている俺と賢者を除けば、彼の発想力には驚嘆させられる。
俺が脳内で勇者を褒める間にも、彼は流暢に話を進めた。
元来の凛々しい顔つきもあってか、堂々と言葉を紡ぐその姿はまさに理想の勇者像。
そんな彼の話を聞かず、覚醒した勇者をウットリと見つめている射手がいたが、俺は目を瞑った。
「つまり俺たちは『魔王を倒した証拠』を持って帰れば良い。他国を騙せるアイテムなら何でも良い。例えば本物と疑いようのない、この場にいる者以外は見抜けない……魔王の死体をな!!」
おお!!
素晴らしいぞ、勇者!!
さあ、結論を言ってみせろ!!
「つまりこの人形に……」
そうだ、人形を……
「『本物』と書いて献上すれば良いのだああッッ!!!!」
「蛇足だああああああああッッッッッッッッッッ!!!!」
思わず叫んでしまった。
最後の最後で俺の期待を裏切るとは。
やはり勇者は斜め上を行く……
振り出しに戻り数分後。
改めて賢者が作戦について説明する事で、全員が納得した。
要するに、この人形を俺の身代わりにするわけだ。
ここで射手が疑問を投げかける。
「でも……本当に誤魔化せるの?賢者や戦士みたいに、見る人には偽物って分かるんでしょ?」
「それなら大丈夫かしら。私たちに区別できたのは、本物を知っているからよ。いくら魔力回路の半分といっても、それは元が巨大だから気付けただけ。この人形自身も、相当な量の魔力を貯蔵できるわ」
「でも『魔封じの手枷』で封印できるって……」
「それは元々の魔王が凄すぎたってだけよ。アレには本来、私でも力が抜けて動けなくなる封印力があるのに」
そうなの!?
じゃあ今考えると、あの手枷をつけて動けてた俺は凄いってことだったのか。
さっきから魔王には驚かされるばかりだ。
すると彼女の言葉は、勇者の琴線にも触れたらしい。
自分の懐をガサゴソとあさりだした。
「もし本当なら、俺にも魔力量が分かるように試してみたいな。今ここに手枷が……ってあれ?あの手枷がないぞ!?誰か持ってないか?」
「 え、ないの?私持ってないわよ」
「僕もないですよ」
「……後で探しましょう」
横を向きつつ話題を逸らした賢者。
そして俺の方を睨んで、目配せをしてきた。
そういえば、あの手枷を破壊してたっけな。
勇者たちの焦りから察するに、意外と珍しいアイテムだったらしい。
俺を助けるためとはいえ、そりゃ後ろめたくもなるよな。
まあ彼らに記憶はないし、賢者の誤魔化しに加担してやろう。
俺は賢者に目線を送りつつ、声を出した。
「そうそう、それにもしかしたら、魔王との戦いで壊れたかもしれない。どちらにせよ、今はここから出ることが先決だろ?どうせ王国に帰ってからだ」
「ふむ、確かに今絶対に必要なわけではない。万事解決してから、ゆっくりと探すとしよう」
そう言って、勇者は人形の足を掴み、懐から小さな袋を取り出す。
見た目はボロ切れでしかないが、何やら魔法の道具らしい。
袋口に足が入ったと思えば、あっという間に人形が吸い込まれてしまった。
これがRPGによくある、四次元道具袋なのだろうか。
「ところで……」
戦士が口を挟んだ。
「君はこれからどうするんです?元魔王さん」
「うん?……」
ああ、そういえば。
すっかり考えていなかった。
「俺の目標は、この部屋から抜け出すことだったから……その先は考えてなかったな」
よくよく考えると、俺の状況はまずい。
身元不明に前世が魔王。
しかも中々魔力が詰まっているらしいから、一般人では済まされない。
上手く詐称しても、この世界のルールや知識は皆無のままだ。
文字や言葉は理解できるのか?
「そもそも俺って、この世界で生きれるのか?食べ物は俺に合うのか?大気が俺にとって毒だったりするのか?分からない、問題だらけじゃないか!」
「……落ち着きなさい」
賢者に肩を叩かれる。
「大丈夫よ、その辺りは私たちが何とかしてあげる」
「そうだ!!不安なら俺たちを頼れッ!!信じろッ!!助けてやる!!」
「ええ、勇者の言うとおりよ。ほら、私たちって……貴方の仲間じゃない?」
……そうだ。
また1人で勝手に考え込むところだった。
できないことを、知らないことで足掻いてもしょうがない。
人は誰かと協力して、前に進めるんだ。
「落ち着きましたか?ではもう一度、同じ質問を繰り返しましょう。元魔王、貴方は……
これからどうしたいですか?」
俺はできないことで悩む必要はない。
大事なのは『どう生きていくか』だ。
ここに残るのか、再び魔王として生きるのか。
或いは平穏な日常を過ごすのか。元の世界に戻るのか。
でももう、答えは決まっている。
「俺は、勇者たちと共に行きたい」
信じれる仲間と共に居て、彼らを助けられる人間になりたい。
俺をこの地獄から救い出した仲間に、恩返しがしたい。
「この先に何があろうと、勇者と笑って、射手と怒って、戦士と泣いて、賢者と共に楽しんでいきたい。俺はお前たちの側にいたいんだ」
「ハハハ!!随分と辛い道を選んだな!!俺たちの歩く道は険しいぞ?」
「分かってるさ。それも引っ括めて、共に闘いたいんだ」
「よくぞ言ったッ!!良いだろう!!」
戦士は俺の肩を強く掴んだ。
そして今までで一番の大きな笑顔を見せた。
「お前が望むなら、そうしてやる。それがお前と出会った俺たちの責任だからな!!」
他の三人も頷く。
俺が見渡すと、どの顔にも笑みが零れていた。
「……ありがとう」
……いろんなことがあった。
人の一生では語りきれないような長い話だ。
ある日の朝に始まった冒険は、随分と遠くまでやって来た。
それも全て、自分の意思を信じたからだ。
様々な風景に感嘆した記憶もあるし、ずっと白い壁と天井しか見えなかった思い出もある。
そこで得た経験は、ときに最高で最悪なものばかり。
希望に満ち溢れたこともあり、絶望に埋め尽くされたこともあった。
けれど唯一言えるのは、どれもが俺が諦めなかった結果、ということである。
未来も過去も、俺の中にある。
何時の自分にも負けない、確かな誇りがある。
歩み出した足は力強く、明日へ向かって進み続ける。
止められない、止められない、ゆえに止まらない。
俺たちは今、巨大な扉の前に立つ。
この取っ手を掴むことが俺の役割だ。
指先に伝わる冷たさが、この胸を高鳴らせる。
そして俺が力を込めようと瞬間、背後で高笑いが聞こえた。
「フハハハハハハッッッッ!!!」
あの嫌味で強情で、聞き飽きたアイツの声。
空耳なのか、本当に後ろに居るのかは分からない。
それでも俺は振り返らない。
ここで止まってしまえば、今度こそ腹の底から笑われてしまうからだ。
「……それでこそ、私の認めた君なのだよ」
どこからともなく聞こえた声に、俺は笑って返してやる。
「ハハハハハハッッ!!!……さあ、まだ見ぬ先へ!!」
この足は向こう側へ踏み出した
俺たちは今、扉の先へ
これにて、物語は完結です。
随分と長く感じた一年と一ヶ月と2日間。
初投稿の長編ながら、様々な経験を積ませて頂きました。
ここかで続けられたのも、読者の皆様のお陰です。
暫くはアフターストーリーを書くつもりですが一応は一区切り。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。




