65 勇者と戦士と射手と賢者と……が驚く最終魔術
お久しぶりです。
新年明けて初投稿ですね。
そしてこれが初謝罪となるわけです。
……遅れてすいませんでした。
思えば、俺はそんな奴だった。
退屈が嫌いで、そのくせ動くことも嫌いで。
頑張り方も不器用だし、他人との関わりはもっと苦手だった。
そんな自分も、今なら受け入れる。
だってそれはまさしく俺の、置いてきた未来の姿なんだから。
偏屈で頑固で狡猾で、けれど最期まで非常に成りきれなかった。
そんな魔王を好きになってしまったのだから。
……それに俺だけでも魔王を受け入れてやらなくちゃ、可哀想だろ?
□□□
俺と賢者は天井を見つめる。
ビル2階分の高さだろうか、随分と遠くに感じる。
その表面は傷も埃もなく、真っ白な表面を保っていた。
真下からでもわかるぐらいに潔癖を保ち、一瞬天井がないとすら錯覚するほどだ。
だからだろう。
例えそこに彫られた絵が小さくとも、俺の目にハッキリ見えるのは。
「顔」
金色の角。
緑の髪に赤い瞳。
天井にあったのは、魔王の顔だった。
正確に言えば、魔王の姿の描かれた「絵」である。
シンプルな描写ありながら、中々に特徴を捉えている。
しかも視野を広げれば、魔王の全身が描かれ、勇者がその身体を突き刺している。
天井画ともいうのだろうか、それは俺の記憶にある一場面を再現していた。
俺が初めて死んだ瞬間の構図である。
そんな物騒なシーンはひっそりと、それでいて頭上の中心に堂々と存在していた。
俺たちの視線を追ったのだろう。
勇者たちもこの異変に気付いたらしく、顔を上げて、次に口を開けた。
だがこの絵は、まだ描き終わっていなかった。
一つ、小さな黒いマルが浮かび上がる。
その上にスッと線が描かれた。
白い天井や壁をキャンパスにするように、筆は動き絵が出来上がっていく。
遠くでは踊るように大きく波線がうねり、その横では小刻みに点が打たれ、全てが中心から放射線状に広がっていく。
図形が作られ、純色で染め上げられ、ステンドグラスのごとくクッキリと抽象される。
太さも長さもバラバラのまま、線は止まることなく、人が、武器が、そして世界が、描かれていく。
繋がって、結びついては、巨大な絵画となっていく。
この瞬間にも、目の前で作品が形を成しているのだ。
誰かの斬り殺される絵。
杖を持った人と語り合う絵。
四人と1人が順に戦い合う絵もあれば、彼らが協力して戦う絵もある。
絵は貝殻のような螺旋の配置で描かれていき、外側に寄れば寄るほど最近の光景になっていく。
自我を持った魔力に5人が立ち向かう場面や、魔王が暴走した魔力の渦から逃げる場面。
そのどれもに見覚えがあり、間違いなく俺たちと勇者パーティーの苦闘が記された天井画であった。
ただし俺の姿はなく、代わりに豪華な武装をした男の姿があった。
目つきは悪く、頭部に巨角が生え、ついでに俺の面影がある。
何回も見たこの顔は、まぎれもなく魔王その人だ。
写実的というより、ローマやエジプトの神殿に彫られたシンプルな壁画が近い。
いや、仏教の掛け軸でみる曼荼羅とも似通っている。
まさに神話の英雄譚を記録し、その物語を伝えるために描かれた、巨大な、まるで……
「……星座みたいだ」
宙を覆う星々によって作られる神話の一場面。
それは魔王の記憶に残る、あの満天の星々を思い出させた。
確かに、黒い夜空と白い天井という正反対のもの。
全く状況が違うと言ってもいい。
ましてやここは柔らかな草丘でなく、硬く冷たい床の上。
開放的な満天と、閉鎖的な部屋の絵画。
けれども視界に広がる感動を、比べることなんてできない。
赤い絨毯に白い天井。
そんな退屈に満ちた部屋に差し込んだ未知なる風景。
俺は覚えていないはずなのに、体験したことないはずなのに。
何故か、どうしようもなく懐かしく思えた。
気づくと、絵の線は四方の壁の隅まで達していた。
段々と線の動く速さは遅くなり、本数は減っていく。
部屋の四隅の魔法陣まで、最後の一筆が動いていく。
それは重なり合い、また模様に一部として取り込み、役目を終えて天の中心に還っていった。
こうして絵は完成した。
「……」
何と言えば良いのか。
いや、何も言うべきではないだろう。
この感動を語れるほどに、俺の口は上手くない。
それは賢者も同じなのか、唖然とした表情で上を向いていた。
「賢者、この絵ってさ」
「……違うわよ」
俺が質問し終わる前に、賢者は即答した。
「……どういう意味だ?」
賢者の言葉を、俺はすぐには理解できなかった。
それを察したらしく、彼女はコホンと咳を立てた。
「……これ、絵画ではないかしら。確かに壮麗ではあるけれど」
横にいた勇者は、彼女の言葉に呆気に取られる。
射手や戦士も彼女の言葉に驚き、こちらを向いた。
俺といえば……
……まあ、これが何なのか、すぐに察した訳だが。
賢者にしたかった質問は別にあるのだ。
「そうじゃなくて、この魔法の効果で……また戦うようなことはないんだよな?」
「あら、訊きたかったのはそっちなの?答えは勿論『いいえ』だけれど」
「やっぱりか。それだけが心配だったんだ」
「私はてっきり、貴方がこの模様を落書きと勘違いしたのかと思ったわ」
「流石に俺でも、唯のイラストじゃあないことは分かるさ。けど一応、芸術には含まれるだろ?」
「その言い草だと、コレが何なのかも理解してるみたいね」
「直感に近いけどな」
「おいおい待て待て!!2人で話を進めるな!!」
勇者は慌てて俺たちの間に割って入る。
「これが絵じゃないとしたら何なんだ?まさか魔法でも……」
と言いかけて、勇者は口を止める。
何か感づいたようだ。
まあ、見る人が見れば一発で分かるだろう。
簡略化されたイラスト、やけに直線や模様の多い構図。
人物を中心に見れば一枚絵だが、模様を見ると幾何学的で規則性が見受けられる。
中央を囲むように広がる何重もの円。文字や記号が放射線状に並んでいる。
しかも、魔王の魔力が何故か半分ほど消費されたという事実を踏まえれば……答えは出る。
賢者は勇者に答えを教えた。
「これは魔王の……かなり手の込んだ魔法陣よ」
彼女が言い切るほぼ同時に、天井の中央が輝いた。
全ては、巨大な魔法を発動する準備のため。
魔王は部屋中に模様を敷き詰めたのだ。
俺が初めて勇者と対峙した場面を中心として、模様がグルリと回転する。
幾重もの歯車みたいに、万華鏡みたいに。
夜空の星座が動き出すかのように。
壁も床も縦も横も関係ない。
時計の針がグルグル回転するようで、その速度は加速していく。
徐々に一周の感覚が短くなり、目で追えないほど早回しされる。
まるで世界ではなく、俺たちが動いてると錯覚を起こしそうだ。
慌ただしく壁画の魔王や勇者が、見えては遠ざかり、近付いては回転の中に消えていく。
やがて、その全ては部屋の模様は巻き上げられていく。
天の中心へ向かって、螺旋状に収縮していくのだ。
そこは魔王に勇者が剣を突き刺すシーン。
魔王の顔の上で、集まった魔法陣が吸い取られ、発光する球状の物体が生成される。
そんなプラネタリウムチックな世界の中、最初に目が覚めたのは射手だった。
出し忘れていた悲鳴が、今頃になって戻ってくる。
「…………キャアアッ!!ね、ねえ、コレ、何なのよ!?」
「……ハッ!?い、一体魔王は何をしようとしている!?」
「分かりませんが、これはかなりの魔力量です!!」
慌てる三人に、落ち着いた賢者と俺。
当然、彼らは俺たちの様子を見て、事情を問いただす。
「お前ら、あの物体の正体を知っているのか!!?」
「予想はつくかな。危険はないから、大丈夫だよ」
「何だと!?ならば今から何が起きる、予測できるのか!?」
「……この絵画を見れば、魔法の効果をキチンと示しているかしら」
「これが、だと?ふむ……」
5秒後。
「分からん!!ただの落書きではないか!!」
もう少し考えろ。
即決しろとは一度も言っていない。
「ちなみに俺と賢者は意味が理解できる。あと多分……よく考えればお前たちにも」
「ならば結論を言え!!もしや貴様、俺の頭を爆発させる気か!?」
「別に良いけど……このまま簡単に答えを教えても、お前は納得できないぞ?」
ヒントは部屋の中心に描かれた絵。
つまり光球の上にある、魔王が勇者に殺される場面だ。
周囲には時系列に沿った場面の絵が、渦巻き状に描かれている。
それらが中央に向けて回転し、集まっていくとなれば。
魔王のやりたいことは分かるはず。
……などと伝えるも、勇者は首を大きく傾げるだけだった。
今までずっと俺の中に潜み、全ての状況を把握していた魔王。
だったら俺が最後に行き着く問題も、それに必要な鍵も気付いてたはずだ。
『まあ、冥土の土産に少し魔法を掛けておいた』
奴が回りくどく言った台詞を思い出す。
ハハハ、これのどこが「少しばかり」だよ、皮肉屋め。
この期に及んでまで、お前に助けられるとはな。
そう、贈られた土産とは……
「また、俺たちの時間を巻き戻すだけだ」
その瞬間。
部屋の四隅が輝いたかと思うと。
世界が反転し……
勇者たちは呆気にとられた。
さっきまで誰もいなかった部屋の中央に
---もう1人の、魔王が現れたから。
……正確に言えば、魔王ソックリな人形が現れたのだから。
長すぎるので編集した最終話、中編です。
前から読者の皆様が読みやすいように文字数を調節しているので、今回も区切らせて貰いました。
次が本当の本当に最終話となります。
……散々やらかしてアレですが、嘘ではありません。
次回更新は……今月中のいつかです。




