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63 魔王は最後に思い出す

お待たせしました。

三週間ふりですが、投稿させて頂きます。


 




 ああ、この時間が永遠に続けば良いのに。



 現代ではクサすぎて、誰も使うことのない一言だ。

 けれどそのロマンチックな表現だが、今の気持ちにピッタリだ。


 青海のように潤んだ瞳。

 絹よりも滑らかで、虹よりも色彩を帯びた髪。

 牡丹雪に似た柔らかな肌。


 そんな愛しくなる美少女と、再開を喜び合う時間。

 俺の苦闘も遂に報われたのだと、心から思えた。

 立ち上がった俺は賢者に近づき、そして……



「ねえ、大丈夫なの?その人、本当に魔王なの?」


「……いえ、どうやら魔王の抜け殻、と言った感じですね。今も間抜けな表情を浮かべていますし」


 俺はその声に驚き、慌てて静止する。

 不審な俺の動作に、キョトンとする賢者。


 ああ、くそ可愛いなあ。

 そのチョコンと首を傾げる姿。


 しかし俺は、彼女を抱き締めたくなる衝動を何とか抑え、周囲を見渡した。

 そこには、勇者パーティーの残った二人、戦士と射手の姿。

 武器を手に持っているものの、俺と勇者たちのやり取りを見て安心したらしい。

 肩の力を抜いて、こちらに歩み寄ってきた。


「全くもう!急に姿が変わるから別人だと思ったじゃない!」


「……少しばかり魔王の面影はありますが、それでも随分と穏やかな雰囲気になった。成功したようですね」


 二人ともそう言うが、そんなに俺と魔王は別人だったのだろうか。

 自分では鏡もないので確かめられない。

 魔王を思い出そうにも、霧がかかったように曖昧な記憶だけ。

 精神世界であったせいなのか、本当の姿を見ていないからか。

 ともかく俺は、アイツの姿を認知できなくなっていた。


「そうね……眉間をギュッとよせて、口元を固くして、思いっきり不機嫌な顔をしてみて。それの10倍は無愛想な顔だから」


 どんだけ酷い顔なんだ、魔王。

 俺は苦笑しつつ、将来爽やかな笑顔の似合う大人になろうと決意した。



「それじゃあ全員集まったことだし……勇者たちが戦っている間に、俺がどうなっていたかについて、話すとしようか」




 □□□



 10分程度だろう。

 勇者たちと互いの情報を交換し合った。

 俺の方からは、魔力の暴走やら、消滅させた経緯、そして本当の魔王に会えたことを伝えた。

 一方で、勇者たちからは、俺が精神世界にいる間のことを聞き出せた。


 魔王の魔力は暴走後、俺の宣言通り数分で沈静化したらしい。

 攻撃が止んだかと思うと、キュルキュルと塊が縮こまり、最後は微塵に。勇者たちが吸収した魔力も、その勢いに乗って流れ出し、魔王の全魔力が消え去った。


 それはきっと、俺が精神世界で勝利したせいだろうな。

 勇者たちもそう思ったらしく、後は俺の無事を祈っていたそうだ。


「……ですが、万が一もありまして、貴方の身体から距離を置かせてもらいました。何しろこんな理解不能な状況は我々も初めてですので、どう対応していいか分からずに」


「でも大変だったのよ。遠くから見てると、アナタの顔色がコロコロ変わるんだもの。その度に賢者が駆け寄ろうとして、慌てて私たちが止めて……」


 射手の説明に、ピクリと賢者が肩を震わす。

 思わず俺は彼女の目を見た。


「……何かしら」


 賢者は相変わらず無表情。

 だが彼女はプイと横を向き、俺と目を合わせようとしない。


「……賢者?」


「……」


 頑なに俺を視界から外す賢者。

 何だか可哀想なので、俺は勇者の方に目線をズラした。


「ま、まあともかく、特に何事もなく済んだってことだよな?全員無事なんだよな?」


「おうっ!!」


 元気に返事をする勇者に、俺は癒された。

 誰にも目立った外傷はないし、正気を失っている感じもない。

 これはもう、完全勝利だ。


「そうか……やったな、勇者」


「ああ、魔王……いや違うな、これはお前のことじゃない」


 そういえば、俺はまだ自分の名前を教えていなかったな。

 ずっと魔王だの勇者だの呼び合ってはいたが、本名を知る機会はなかった。


「よし、元魔王よ。貴様の名前を教えてくれないか?」




「良いぜ、俺の名前は……「駄目です」だ………え?」



 俺の言葉が遮られた。

 それは、戦士の発した台詞だった。


「……駄目ですよ、勇者。これ以上彼と関係を深めては」


 数秒前とは一変し、戦士は冷たく良い放つ。

 思いもかけない彼の声に、俺は息が止まった。勇者も不審に思い、彼を問いただす。



「戦士、どうした?俺たち勇者パーティーの戦いは終わった。魔王の根元も消滅させた。なのに、何を心配している?」


「……忘れていませんか、勇者。私たちの目的を」


「魔王を倒す、それ以外に何がある?」



「……違います。僕たちの任務は『魔王の首を持ち帰る』こと……つまり、彼を殺してこそ、本当に全てが終わるのです」



 非情な戦士の口振りが、胸の奥に鈍く突き刺さる。

 忘れていた勇者パーティーの目的。

 そうだ、確かにそうは言っていたが……まさか。

 俺が声を出せなくなっていると、勇者が戦士を睨んだ。


「おい!!その件はコイツが寝ている間に、散々討論したはずだ!!俺たちは魔王を倒した。これ以上の犠牲は必要ない!!」


「ですが、僕らの想いがどうであれ、親元の王国は納得しません。彼らの目的は『我が国の力で最恐の魔王を倒した」という事実です」


「そう宣伝することで他国に己が権威を見せつける、その為に俺たちは派遣された、そう言いたいんだろ?けどな!!例えどんな理由があろうと、俺たちと共闘したコイツを殺してはいけない!!」


「証拠がない限り、世間は勇者が魔王討伐に成功したと認めない。大衆を真に安心させるには、やはり彼の首が必要なんです」


「そんなもの、首でなくとも証明できる!!」


「しかし彼を生かしておけば、新たな火種となります。魔王の力を失ったとしても、魔王であった彼を殺さなければ怨讐は消えない。これは彼のためでもあるんです」


「ふざけるな!!死に利益などあるものか!!」


「ですが魔王に恨みを抱く大半が、彼の極刑を望むでしょう。そうして残忍に痛めつけられる前に、一瞬で楽にしてあげるべきではないでしょうか」


「……戦士!!」



 二人の言い合いに、俺は一人取り残される。

 そっか。俺が生きていればそうなるのか。

 いくら魔王が改心しましたー、文字通り心を入れ替えましたー、とか言っても信用されるわけない。

 何しろ絶望の塊とか呼ばれた魔王だ。徹底的に消滅させようとするだろう。

 だったら一人遠くへ逃げるか?

 それとも身代わりを作って誤魔化すか?


「魔王の魔力は貴方特有のものなのよ……量が減ったとはいえ、分かる人には一発かしら」


 俺の考えを読んだらしく、賢者は横で呟く。

 その一言で視界は眩み出し、冷や汗が滲んできた。



 ここまで来て、俺は死ぬのか?


 慣れることのない、絶望の渇いた感覚。

 緊張で痺れていく手足と強張る筋肉。

 吐き出しそうな嗚咽に、何とか喉元をゴクリと鳴らす。

 表情は恐怖で張り付き動かせず、ぎこちなく首を回して賢者を見た。


「そもそも、魔王を倒そうとするのは私たちだけではないの……ノコノコ外に出れば討伐されて終わりよ」


「だったら……だったら俺はどうすりゃ良い?」


「お得意の策でも練れば良いと思うけど」


 冗談言うなよッ!!


 そう伝えようとするも、彼女の零した汗に息を呑む。

 彼女だって必死に救出策を模索しているのだ。

 だというのに俺は、怯えてばかりで思考停止だ。

 何か閃かなければ……いつもみたいに。


 そうだ!!

 魔王の記憶を手繰れば、この状況を打破する魔法があるんじゃないか?


 俺は目を閉じて、意識を張り巡らせる。

 けれど、魔王の記憶は既に失われつつあるようだ。

 アイツの精神の取り憑いた魔力が浄化されたせいだろう、その大半が曖昧な記憶となってしまっていた。

 おかげで、今の俺は魔法を使うことができない。

 知恵も技術も、すべてはアイツの記憶だったからだ。

 魔法を発動する感覚すら、肉体から失われている。

 切り札であった時間逆転の魔法も、もう起こせない。


 外に出る。


 それが俺の目的だった。

 だからこそ、その後に何が起きるかなんて考えもしなかった。

 逆に脱出する作戦にのみ集中したからこそ、今こうしてここにいられるのだ。


「……僕だって、彼を殺したいわけではない。共に魔王と闘った仲間だと思っていますからね。けど、この先にあるのは残酷な未来だ」


「だからどうした!!コイツは未来を受け止めると決めただろ!!どんな結果になろうとも、それを受け入れると!!まだ死ぬべき運命じゃない、活路はあるはずだ!!」


 ヒートアップする二人の言い争い。

 それを宥めようとするも、ソワソワとしかできない射手。

 うつむき黙ったままの賢者。

 俺は凍りついたように固まった。




「……待てよ。魔王は確か……」




 ボソリと声が漏れる。

 小さく呟いただけだが、賢者は反応し俺を見た。


「何か……思いついたのかしら?」


 思いつく?

 俺は今、何を言った?そうだ、魔王が……どうだって?

 おかしい、自然と出た声なのに、その意味が分からない。

 肝心なことがポッカリと抜けたみたいだ。


「魔王……魔王……」


 繰り返し唱えると、どうも引っかかりを感じる。

 薄れかかった記憶の中に、重要なことが隠されているような……


 魔王……から、受け継いだもの……





 そして顔を上げたとき、浮かんでいたのは魔王の顔だった。




「……なあ、賢者。俺の体内の魔力ってさ、今はどうなっている?」


「貴方の魔力?……特に変化のない、正常な状態よ」


「だったら、魔力の量はどうなっている?」


「量は……随分と減ってるけれど、それでもかなり溜め込んだままよ」


「減った魔力量はどれくらいだ?」


 賢者は不思議そうに顔を上げた。

 そして俺の視線を辿り、ようやく気付く。



 そう、これが魔王の贈り物だ。



「俺、思い出したよ。魔王の気にくわない顔つきをさ」


 同時にアイツを尊敬もする。

 流石は、世界最高峰の魔術師を名乗るだけはある。

 ここまで読んでいたとは、流石魔王だな。



 勇者と戦士が論争する中、俺はニヤリと笑った。



長かった戦いも……じき終わると思うと、名残惜しいものです。

というわけで、次回で(予定では)この物語の締め括りとなります。

その前に、改めて1話を見直すと良いかもしれません。


今度は素早い更新を目指しますので、よろしくお願いします。

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