62 魔王は此方に帰り着く
お待たせしましたッ!!
……
……すいません、予定より遅れました。
勝利した。
魔王にも、心に巣食う悪の根源からも。
長い時をかけ精神世界をさまよい、戦いが終焉を迎えた。
精神世界は淡い光に染まっていき、俺の意識はそこから遠のいていく。
俺はソッと眠りにつき、現実の部屋での目覚めを待つ。
ふと、どこからか蝉の声が聞こえた。
自分の家の見慣れた窓。
何度も包まれたベットの感触。
柔らかなシーツに、枕元の目覚まし時計。
……少しだけ、懐かしく思えた。
□□□
そこにいつもの部屋があった。
寝っ転がった俺の目線に入ったのは純白の壁。
次いで、傷まみれの赤い絨毯や爆発跡の残る床。
(……最初は厳かな雰囲気をただ寄せていたココにも随分と馴染んだな)
ついさっきまで世界の危機が迫ってたとは思えない居心地良さだ。
最後に見たのはドス黒い魔力の塊だが、今は全て消え去っている。
あるのは相変わらずの空虚さ。
そしてシンとした空気のみが残っていた。
俺は倦怠感に包まれながら身を起こす。
そして大きく背伸びをし、周囲を確信しようとした。
だが俺が手を下すよりも早く、大声が飛んできた。
久し振りに会う勇者である。
しかしその声には、再開の喜びが一切感じられなかった。
「貴様、何者だッ!?」
……驚愕的な反応。
何者って一体どういう意味だ?
勇者は既に俺を魔王だと知っているはず。
まさか、俺のことを覚えていない?
不安が頭をよぎり、慌てて返答しようとする。
しかし、更に困ったことに気付いた。
(そういえば、勇者に俺の名前を教えていなかったな)
「お、俺だ。俺だよ!!」
何者かと問われても、詐欺の常套句しか出てこない。
(どうする?元・魔王だと言うべきか?けど勇者に記憶がなかった場合、不用意に魔王だと言えば敵対されるし……)
俺が焦りに焦っていると、段々と勇者が近づいてくる。
気づけば、彼から逃げることもできない距離。
俺はその腰から剣が抜かれないことを祈るしかできなかった。
そして再び、勇者が口を開く。
「貴様のその声、まさか魔王なのか?」
「……え? 」
……勇者は懐疑の眼差しを向け続ける。
呆然と座っていた俺は立ち上がることもできない。
彼はまずジッと俺の目を睨み、次に頭に触れる。
肩、胸、腕……と順々に俺の身体を触るも、何か納得できないらしい。
「……お前、魔王だよな?」
勇者が不審な態度で尋ねてきた。
俺は首をかしげつつ、その意図を読み取ろうとする。
(ああ、もしかして……)
「俺から大量の魔力が抜けたからか?魔力の威圧がなくなったせいで、だいぶ雰囲気が違って見える。そう言うことなら……」
「そうじゃないッ!!」
激しく首を振る勇者。
残像が見えるくらいに全力否定する。
「違う……違うんだ……」
「だったら、一体何なんだよ」
言葉を濁す勇者の対応に困り、俺は疑問を投げかけた。
俺の声に勇者はピクリと耳を震わせ、複雑な表情を浮かべた。
されど再び目線を合わせると、今度はハッキリと声を出す。
「貴様、角と髪はどうしたんだ?」
……角?
「それだけではない……俺の記憶では、貴様の目付きは針より鋭く、口元はピクリとも動かなかった。世界一の悪顏と言っても良い……だが!!」
グイと肩を掴まれ、俺は勇者に揺さぶられる。
「この黒髪とッ!!威厳が微塵もない顔付きは何だッ!!幾ら激闘を繰り広げたとしても、この短期間でここまで……人の顔は緩んでしまうものなのかッ!?」
「……あの、ええと」
「雰囲気が変わったから〜だけではないッ!!もっと恐ろしい物の片鱗を味わった気分だッ!!」
俺の言葉も聞かずに、勇者は一人興奮し続けている。
ガクンガクンと何度も頭が揺さぶられ、目まいを起こしそうだ。
「……勇者……頼むから……落ち着いてくれ……」
「……ハッ!!」
俺の青白くなった顔にようやく気付き、勇者は慌てて手を放した。
ふう……また意識を失うかと思ったぞ。
一般人ならともかく、勇者の筋力は洒落にならないからな。
けれど勇者は冷静になったようだ。
「勇者、今の俺に角は……」
「ない」
「禍々しいオーラとかは……」
「ない」
「もしや……俺が黒髪の学生に見えている?」
「学生かどうかは知らんが、随分と若くなっている」
「それってつまり、俺の元の姿が見えているってことじゃないか!?」
なんで急に!?
今までは説明しても、ふざけるなと一蹴されていたのに。
幻覚でも見ているのかというぐらい、俺を絶望の象徴と危険視していたくせに。
カツン
「……落ち着きなさい、勇者」
小さく響いた足音。
勇者の背後から聞こえた声。
その方向には、扉の前に立つ人影。
カツン
「……彼の姿が変わったのではないかしら。魔法が解けて、貴方の目にも真実が映るようになったのでしょう」
幻想魔法。
それが俺の身体に掛けられていた魔法。
犯人はもちろん、魔王だ。
魔王が魔王らしく振舞うために、それ相応の姿に成りすましてたってオチだだろう。
カツン
「……きっと全てが終わりを遂げたことで……貴方が魔王でいる意味もなくなったことで、その魔法も解けたの思うだけど」
カツン
……ピタリ
「どうなのかしら……魔王さん?」
七彩の髪が光を宿して揺れる。
大きな飾りを付けた杖が、カシャッと音を立てる。
相変わらずの無表情が、俺を見下す。
俺は答えなかった。
それでも彼女は知っていた。
言葉なんてなくても、その目が全てを物語っていた。
だったら、余計な会話はいらない。
「ただいま」
「……おかえりなさい、かしら」
俺は今、やっと帰ってきた。
そう実感したのだった。
ハロウィンでお菓子にイタズラされました。
ケーキを食べようとする作者の前で、クシャミをした風邪気味の友人。
その直後から自分が一週間発熱したことに、因果関係を感じ得ない。
次回からは通常ペースで投稿できそうです。




