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61 魔王は別れを知っていた

13日ぶりです。

この数字に深い意味はありません。

もしかしたらあるかもしれませんが、ありません。

全く面倒な話もあったものだ。


何度死んでも、生き返る。

そのくせ当の本人は記憶喪失ときた。


はた迷惑な奴だよ、魔王ってのは。


だからこそ、絶望やら最強やらもてはやされるわけだ。


そんなことを思っていると、ふと寂しそうな横顔が見えた気がする。

それも、瞬きすれば元の仏頂面に戻っていた。


「貴様は間抜けに思案を巡らせるようだが、目の前のことに集中しろ」


「この魔力の塊のことか?別に俺のやれることなんてないだろ」


先ほどまでは猛然と攻撃し続けていた煙やら竜巻やら。

それが今では日本晴れよろしく殆ど掻き消えてしまっている。

僅かに残る煙も弱々しくゆらめくばかり。

もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな。


「馬鹿者が。私が手を貸すのもここまでだ。残りは貴様自身が何とかしろ」


「え、でも決着はついているし」


「愚か者め。この程度で私を縛り苦しめた欲望の塊を倒しきれるはずもあるまい。見ろ、すぐに蛆虫の如く這い出すぞ」


魔王の言う通り、その変化は起こった。

ムズムズ……と蠢きながら、欲望の残り香が膨らんでいる。


「貴様も言っていたはずだ。欲望は無理難題だと知ればこそ、一層湧き立つものだ、と。完璧なる勝利を求めるのなら、徹底的に消滅させる必要があろう」


魔王の欲望が自我を持ったことでこの精神世界が作られた。

それが閉じようする今、完全に消し去らなければ強欲の鎖が残ってしまう。

このままでは真魔王を消滅させることができても、いつか俺が強欲に溺れることとなる。

逆に言えば、欲望に精神世界のあるこの瞬間こそが、最初で最後の呪縛を解くチャンスなのだ。


「だったら尚更、お前がケリをつけた方が良いさ。あれぐらい、お前の魔法で何とかなるだろ?」


「それでは足りん。元々ここが魔力の精神内部がゆえ、欲望の煙はこの世界に満ちている。私が大半を打ち滅ぼしたのかかもしれんが、この広大な世界の敵を倒した訳ではない。今からしらみ潰しをしたところで間に合わん」


「……だったら、俺に何をしろって言うんだ」


「ここは真魔王の精神であり……貴様の心象世界でもある」


もう必要ないと思ったのだろう。

魔王は結界を解き、俺に近づいた。

薄い膜のような防御壁がスウーッと光の粉となって消えていく。



「世界を支配しろ、魔王よ。この魂は貴様だけのものなのだから」



「……魔王って、お前の方が魔王じゃないのか?」


俺は奴の言葉に苦笑する。

だがその顔はいたって真剣で、俺の目を見据えたままだ。


「私はもう魔王ではないさ。死に損ないって偶々生き返っただけの亡霊だ」


「それでも生きている」


「いや違う。元々私はバックアップだ。敵に体を憑依されたとき用の対抗策としてのな」


魔王の体には常に無限の魔力が貯蔵されている。

そして記憶には世界最高といわれる魔法の技術と知識が詰まっている。

故に勇者以外にも、多くの魔術師が魔王を狙いに来るのだ。

特に憑依、洗脳などの精神支配により、生かしたまま捕らえようとする者もいる。


「そして私は体と精神が分離されたときに備え、体に魔力と精神の一部を縫い付けた。勿論私が倒されることはないのだが、備えは万全にするべきであるからな」


また自身の記憶を通して、この奥の手がバレても意味がない。

そのため精神分離に関する記憶を、魔法の知識も含めて本体から消し去った。


「まあ、魔王らしいといえばそうだが……他にも何か仕組んでいるのか?」


「奥の手は幾つもないからこそ、奥の手と言うのだ」


記憶操作もあったから、本人も忘れた仕掛けなんてまだありそう……と、思ったが、黙っとこう。

ここで口を挟めば、言い争いが繰り広げられるだろうから。


「ともかくだ。貴様がその気になれば、弱り切った欲望の塊なぞ何時でも灰燼に帰せよう。それができないのは、精神魔法の記憶を私が焼却したからだが」


「だったらすぐに教えてくれよ。魔王、お前は覚えているんだろ?」


「然らば……賢者の刻印のない手を差し出せ。私が魔法を授けてやる」


言われた通りに俺はスッと手を伸ばし、魔王はその手を掴んだ。

何気にこれが魔王と俺が触れ合う初めての機会だったりする。

魔王にとってみれば、現在の自分が過去の自分にアドバイスするという、妙な瞬間。

だからか、俺の掌に彼の人差し指が触れたとき、その顔つきは少しだけ優しくなった。


「この精神世界は保って3分だ。そこで貴様には、私の支援が必要となる」


魔王がスラスラと俺の手をなぞると、その軌跡が赤く浮かび上がった。

賢者につけられたものとは違い、刺々しいデザインの刻印だ。

随分と複雑な模様だが、魔王はそれを一筆で書いていく。

しかも手を動かしつつ、淡々と要点を掻い摘んで説明していくのだから流石だ。

ただし言い方がいちいち回りくどいのが面倒くさい。

内容を一行にするなら、ほとんどの処理を魔王がしてくれる、という単純な解説だ。

やがて禍々しい刻印が完成すると共に、彼の話もまとめられた。


「……貴様がすべきことは二つ。呪文を唱えること。そして精神を強く保つことだ。理解したか?」


「ああ、ここで理解しなきゃ本当の愚か者になっちまうからな」



フッ、と魔王は笑った。


「言うようになったな、貴様。よもや私に似てきてはいないか?」


「さあて、どうだろうな」


否定も肯定もできない。

俺は確かに今までの自分とは変わってきている。

けれど、例えそれが未来の姿だろうと、魔王のようになるつもりはない。

俺は俺だけの生き方を掴んでいるからだ。



諦めない。



そう闘い続ける限り、俺と魔王は別の人間のままだろう。



「じゃあそろそろ




———全てを終らせようか、魔王」


俺は彼から受けた指示を実行する。


呪印を受けた手を前に、体を半身にする。

そして魔王は背中合わせに立ち、反対の手を俺の右手に添えた。

彼のゴツゴツとした鎧とローブの感触が伝わる。

そして装備の向こう側にある、彼の肉体に刻まれた幾千もの傷と苦しみも、俺は知っていた。


発動する魔法はすでに知っている。

さっき発動していた結界の一つを、今度は俺自身が発動すればいいだけだ。

ただし忘れてはならないことがある。


それは世界の果てまで魔法を生き渡せるという意志。

絶対に可能だと思い込む強靭さ。

負けるはずはないという、まるで魔王のような傲慢さ。


息を吸い、前を見る。

横に寄り添う人は一体どんな表情をしているのか。

気になるけれど、俺は地平線から目を逸らさない。

信じているからこそ、彼に全てを委ね、俺の背中で語って見せる。


それが俺なりの、奴への敬意だった。



……きっと、魔王も同じことを考えているんだろうな。






「———「拒絶領域アガタ」」






白く色褪せた世界。

黒煙の蔓延る世界。

その有象無象を、自分の光で塗り替える。

夜空の星々よりも輝き、草原の彼方を超えて広がる結界。

手に届かないものはなく、世界の中心がこそ俺であるという虚妄。

それが確信へと変わっていくのは、難しいことではなかった。

世界が徐々に、見たことのある風景に姿を変えていったからだ。

しかも、そこは確かに俺が支配していた空間。

何度も死んでは生き返り、俺が最も強く生きようとした場所。



あの白い密室だった。





「フハハハハハハッッ!!どうやら上手くいきそうだな。褒めてやろう」


耳元で笑う声が聞こえた。

自分の方が大変な作業をしているくせに、それを声に出さない魔王。



「この魔法のせいか、貴様の体内魔力は大方吹き飛ぶがな漏れ出した分も含めれば、ザッと百年分か」



「悪いな、また一から集めるからさ」



「無用だ。何しろ私もまた魔力が本体。この魔法が発動し終われば消滅するだろうよ」



「……そうか」



「まあ、冥土の土産に少し魔法を掛けておいた。目覚めを楽しみにせよ」



「やっぱり、本当にお前は消えてしまうのか?」



「……」


魔王は、息を吸い込んだ。




「……フハハハハハハハハハッッ!!!!何を言うかと思えば、下らんことを。私は魔王だ。死んでは生き返り、自分すらも騙した大魔術師だ。そう簡単に死ぬはずがなかろう」


「……ああ、そうだ、よな……」


俺には、それが見栄を張っているのか、それとも真実なのか分からない。

けれども別れというのは、寂しがっていてはつまらない。

目が熱くなったとしても、それ以上何も零してはいけない。

魔王はそれを知っていた。




「では、暫しサラバといこうか、前世の私よ!!いつか、またふ再び巡り会おうぞ!!何しろ俺は、お前なのだからな!!」




俺は横にハッとして顔を向けた。

けれど、涙のせいでなくとも魔王の姿は見えなかった。

されど魔王の高笑いは響く。

俺の精神の中に延々と木霊していく。

残響がなくなっても、俺の耳から遠ざかることはなかった。



「はぁ……これで、これで終わりか……」



世界が自分で満たされるのを感じつつ、意識が遠くなる。

しかし心は満足感で満たされていた。

欲望の塊が完全に消滅した証拠だ。




俺は目を瞑り、彼に別れの言葉を伝えた。






「……またな、魔王(オレ)




最終回は目前ですが、話数は調整中です。

魔王の一人称独り語り(同一人物が三人)が長く続きました。

さて、あと伏線はいくつあったかな……

更新は10月以内を目指します。


10/31 追記

遅筆により、予定より少し投稿が遅れます。

申し訳ありません。


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