60 魔王に答えは寄り添った
久しぶりです。
9月に執筆したはずが、何故か投稿すると10月になっていました。
不思議なこともあるものですね。
……不思議に感じていたことがある。
勇者パーティー全員が魔王の魔力に乗っ取られたときのことだ。
俺は魔力の演技に騙され、危うく扉を開けそうになった。
しかし……
ゾクリ
俺は違和感を覚え、背後を振り向いた。
結果的に、その直感は俺たちを救うことになった。
けれどあれは、果たして本当に俺の感覚なのだろうか。
あの時の俺は相当焦っていたし、神経も悲鳴を上げていた。
それがどうして、急に直感が働き、冷静な考えを持てたのだろうか。
その答えは、俺の直感で済ませて良かったのだろうか。
□□□
「全く以って情けない」
目の前には角を生やした物々しい魔人。
周囲には生物的な動きをする煙の塊。
まさに地獄絵図。
ただしその全ては、未来の俺という枠組みで覆い隠せてしまう。
こんなのが俺の末路とは悲しいことだ。
特に目の前の豪壮な出で立ちの男。
コイツが俺の味方であるなど……
……何とも頼もしい限りじゃないか。
「私の記憶を持ちながら、精神結界を張ることすらできんとは」
久し振りの再会だというのに、何とも憎たらしいことを言ってくれる。
憎さ余って可愛さが百倍だ。
あれ、逆か。
そもそもコイツは可愛いのか。
まあ細かいことはどうでも良い。
九死に一生を授けた彼に、俺は感激することしかできないぞ。
なんたって久し振りの……久し振り……
何でコイツがここにいる?
「魔王、どういうことだよ。お前はさっき完全に消滅したんじゃないのか?」
「そうだ」
「俺の魂からも、完全に消え去ったよな?」
「そうだ」
「だったら何で俺の前に現れるんだよ!?」
まさかの再会に心躍っていた俺だが、考えてみればおかしい。
元々、俺と魔王の精神は同じ魂に宿っていた。
つまりどちらかが消える運命にあったのだ。
そうして最後には俺が残り、魔王は身を引いて消滅したはず……なのだが。
魔王と再び会えたのは嬉しいが、奴の生きている理由が気になる。
そんな俺の心を感じ取ったらしい。
魔王は一拍間を置き、簡潔に答えた。
「貴様が原因だ」
「……え、俺が?」
記憶を辿ってみるも、思い当たる節はないぞ。
魔王を倒した後にしたことといえば、一度時間を戻したぐらい。
復活の呪文を唱えてもいない。
もしかして俺が火事場の馬鹿力で、無意識に彼を召喚したとか?
おお!ついに世界最高峰の魔術師の力を呼び覚ましてしまったのか!!
「阿呆め。ならば死人を呼ぶより防御魔法を唱えてみせろ。望むなら、この結界の外に放り出しすこと吝かではないが」
「いや、そのあれだ、冗談だ。少し本気の冗談だって」
「……幾ら無知で愚かな頃といえど、私がここまで馬鹿げた答えを返すほどではないと信じていたのだが」
俺も未来の自分がこんな高飛車な毒舌家とは思わなかった。
もちろん声には出さないが。
「貴様には失望させられてばかりだが、愚者を導くのも王たる者の務めだ。享受してやろう」
「ああ、ぜひお願いしますよ魔王様」
「減らず口を叩くか……まあいい。貴様は私が消滅した後、タイムループを行ったな」
お前の消滅後、一件落着で終わるかと思っていた。
けど、魔王の魔力が自我を持って現れたんだ。
ソイツに勇者たちの身体を乗っ取られ、敗北寸前まで追い込まれたんだ。
「ふん、予想通りだな。それで貴様は時を戻した。魔力が不完全に覚醒した頃に戻り、倒しきるために」
「そうだけどさ……時を戻しても、お前の消滅はなくならないだろ?」
確かに時を戻したが、俺の記憶や魂の状態すらも戻ったわけではない。
俺が全てのタイムループについて記憶していることが、その証明だ。
「それにお前は、俺と勝負したことを憶えている。決闘の後で消滅したはずなのに、だ。今ここに存在するはずがないんだよ」
「ほう、馬鹿なり考えてみたか。浅知恵には違いないが、褒めて遣わそう」
「いちいち気に障る言葉を使ってないで、早く理由を説明して下さいよ」
「急かすな。慌てふためく必要もなかろうに……常に優雅たれ、だ」
「いやいや、何言ってるんだ!?俺たち敵陣の真っ只中なんだぞ!?」
やれやれ、と魔王は首を横に振る。
「ここでは強靭な精神を持つ者が勝者であるのだ。なれば堂々と構えて居るべきではないのか?」
言葉に詰まる。
確かに魔王の言い分は正しい。
正しいのだが、なぜか釈然としない。
「納得したか。では大人しく私に縋り付いているが良い」
「いやでもさ、落ち着いたところでピンチな状況は変わらないぞ?この逆境を覆せる技でもあるのか?」
結界を張って攻撃を跳ね除けているとはいえ、未だ決着がついたわけではない。
むしろ敵の神経でも逆撫でしたか、竜巻が次々とぶつかっては轟音を立ている。
火事となったマンションの最上階はきっとこんな光景なんだろう。
一回でも息を吸えば喉が焼け切るような、黒々とした煙が充満しているのだから。
他にも嵐に濃霧、竜巻旋風。
今や台風なんて生温いほどに、結界の外では風が俺たちを潰そうと吹き荒れていた。
魔王がいなければ、俺は七花八裂の塵芥になっていただろう。
けれども、魔王の防御は完璧とは言い難かった。
ペキペキッ
結界の壁の軋む音。
そして外には、先程から増え続ける欲望の塊。
このままだと押し負けるのは必然である。
しかし魔王はうっすらと笑いを浮かべた。
「貴様は私が、この魔王が敗北を期すと思うのか?」
そして一呼吸。
魔王は呪文を発した。
「……拒絶聖域」
俺たちを包む結界に白光が宿りだす。
周囲に纏わりついていた煙が、その輝きを嫌うかのごとく結界から離れていく。
魔王の記憶を持つ俺には、この魔法が百万の軍勢を以てしても傷1つ負うことがなかったと知っている。
続け様に、魔王は更なる魔法を唱えた。
俺はこの魔法も知っている。
どんな攻撃も、千倍にして跳ね返す反射魔法の最上クラス。
「神性反射」
パアンッ
竜巻きが、途端に天上に吹っ飛ぶ。
結界の周りをうねっていた煙も、まるで強く弾かれたように遠方へ星となり、消えていった。
「浄化結界、絶対生還……」
呟かれるのはたった数単語の魔法。
されどその効果は絶大にして、次々と魔王の魔力を消滅させていった。
「グ、グオオオオオオオオッッッッ!!!!」
「クガアアア、アアア…………ッ」
「カ……………ッ!!」
煙が結界に触れる度、悲鳴を上げて霧散していく。
地平線の向こうへ飛んでいき、または白い煙へと浄化される。
爆発が起こったかと思えば、渦巻が逆回転を始めて散り散りになる。
その間も結界に宿る光は輝きを増し、いつしか周囲の景色までもを照らし出していた。
まさに圧倒的な逆転劇である。
「全く嘆かわしいな。私を支配していたとはいえ、仮にも魔王の一部がこの程度とは」
「 お前の魔法が強すぎるんだよ。魔力もないのに魔法を詠唱するとか、おかしいだろ」
何しろここは精神世界。
魔法を発動しようにも、魂しか存在しないこの場所で魔法は発動できない。
だが俺の言葉に、魔王は溜め息を吐いた。
「やはり勘違いしているな」
どういう意味だ?
そう尋ねるようにも、魔王は再び呪文を唱え始めた。
……自力で答えを探してみろ、とでも言いたいのか?
ならばと俺は自分の、更には魔王の記憶を辿ってみる。
しかし幾ら考えたところで謎は一向に解けない。
もしや記憶の欠落?
魔王が忘れてしまった魔法でもあるのか?
いやでも、それなら目の前の魔王も憶えているわけないか。
「俺の記憶に手掛かりはないし……魔王の知る魔法にも該当しそうな効果はないし……後はもう、何も思いつかないぞ?」
「それは貴様が無能である故だ」
俺が唸っている間に、魔王は全ての魔法を発動させたらしい。
腕を組みながら振り返り、俺を睨んだ。
「 本当は有能であるべきなのだが、しかしまあ当然ではあるか……何しろ、私自身の手で記憶を封印していたからな」
……卑怯だろ、その答え。
よっぽどひねくれた頭でないと、解答できないぞ。
「其れは、貴様の事では無いか」
「残念だが、俺にはこんな魔法を使えない、平凡な構造の脳みそしかないんだよ」
「何を自虐する必要がある。この魔法の才能は貴様の持つべきものだ。それを私が借りているにすぎん」
「借りている……?」
確かに俺は魔王の身体と記憶を持っている。
けれど借りているとは、どういうことだ?
「いや、この力は元々お前のモノだろう?借りるって表現は変じゃないか?」
「……貴様の身体、それは我が魔力の溜め込まれたタンクだ。蛇口を捻れば無際限に力が湧き出す」
俺の疑問に答えず、魔王は急に語り始めた。
とりあえず俺は相づちを返す。
「その栓を回す作業は精神の役割。すなわち貴様の意思によるものだ」
ギクリとする。
だってその言い方だと、この魔力が暴走を始めたのは俺のせいになってしまうではないか。
魔王がタイムループをしようとした事故で、俺がここに呼ばれた。
ただの高校生だった俺に魔力操作なんてできるはずもなく、栓が半開きになってしまった。
おかげで魔力が漏れて、独立した意志を持つようになったのだ。
「だがな、幾ら強固なタンクであろうとも、何時か穴は開く。気に病むな」
あ、そう言ってくれるとありがたい。
少しだけど自信をなくしそうになったから。
こんなやり取りが原因で、俺が敗北しては意味がない。
「まあ中身が溢れたとはいえ、未だ大半が貴様の身体にある。私は内側から其れを操っているだけだ」
今、何か引っかかる表現をしなかったか?
ちょっと変に思い、俺は疑問を声に出してみた。
「内側って……それじゃあまるで、お前の精神が身体に残っていたみたいじゃないか」
「その通りだ」
事も無げに肯定される。
余りにも淡々とした口調で、逆に俺は呆気にとられた。
「魂の分離。それが私の魔法であり、私が存在する理由だ」
……不思議に感じていたことがある。
勇者パーティー全員が魔王の魔力に乗っ取られたときのことだ。
俺は魔力の演技に騙され、危うく扉を開けそうになった。
しかし……
誰かが俺の肩を叩いたような気がした。
ソイツはきっと、その魔法を知っていたのだ。
だからこそ俺より敏感に、背後の危険を察知し、伝えようとした。
それはきっと、消滅した後にも残っていた誰かの意志。
俺を、死んだ後にも助けようとしたアイツの想い。
あの絶望的な状況においても、笑みを浮かべられた不適さ。
賢者の言葉に隠された意味を理解する聡明さ。
それは、コイツがいたからこそ感じ取れたのだ。
「元は、私の魂が憑依に失敗し消滅した際の予備策だったのだが、上手くいったようだな。何しろ、貴様のタイムループより以前から分離された私は、記憶を貰うことで全てを思い出せたのだから」
「……ハハハ、流石は魔王だな」
そう言ってみるも、涙声にしかならなかった。
なんだ、俺は一人じゃなかったんだ。
いつもお前が支えていたんだな。
「覚えておくと良い。魔王は何度も蘇る。
魔王は死んでも止められない、ということを」
魔王の口調を思い出せず、書いてみれば無駄に長くなりました。
ならば削りに削れば……とすると、一話分のはずが3話相当の長さに。
それを編集し続けて、今の形になりました。
尺の都合上、なぜ魔王が記憶を消していたのかは次回記します。
次回更新……うーん断言できない、困ったぞ。
10日以内を目処に頑張りたいと思います。




