52 魔王と涙の最善策
……ギリギリ、一週間以内ですね。
俺は目を見開いた。
白く染まった部屋。
武器を手に取った彼らは、中央の俺を見つめる。
勇者、射手、戦士……そして賢者。
彼らには、俺との記憶がない。
二度と思い出すことができない。
魔法で時間を巻き戻す。
そして前の記憶を保ち続けることができるのは、自分の魔力が魔法陣に注入された者のみ。
今までのループでは、賢者と俺、そして魔王が記憶を忘れずに引き継げた。
だが今回は……俺一人だ。
魔王は消滅した。
賢者も最初まで巻き戻したことで、一切の思い出がなくなっていることだろう。
……彼女が俺を救い出そうとしたことも。
「心が折れちまうよな。普通はさ」
現に今だって、胸の奥が痛くなる。
世界で俺の存在を知っているのは、誰もいないのだから。
しかも憶えていたはずの人でさえ、全て忘れてしまったのだ。
最初のループとは比べ物にならないくらいの、孤独という状態。
「でも、勇者が忘れたとしても、俺は誓ったんだよ。決して諦めないって」
どんなに辛くとも、最後にを涙を流すことになろうとも。
自分の信じた道を、振り返らずに歩き続けると。
(だから俺は、一人で戦わなければならない)
このまま何もしなければ、魔王の魔力が纏まり始め、意思を持つ。
そうして前回と同じように、勇者たちの身体を奪いにくるのだ。
だから今この瞬間に、勝負をつけるしかない。
「……奴を撃退するのは魔力自体をどうにかして封印する必要がある」
ただし、異空間へ飛ばすなどでは駄目だ。
二度と奴が復活しないよう、決定的な作戦を考えなければならない。
ほんの僅かな残り香すら妥協せずに。
そして誰も失わず、魔王の力を葬り去ることができるとすれば……
……その方法を俺は知っている。
「奴の魔力は、元々俺の中にはあったモノだ。そして今の俺には、その魔力を吸い取る方法を知っている」
だが今は、この方法を実行するよりも先に、勇者を説得する必要がある。
事情を知らない彼は、毎回剣を構えて飛び掛り、俺を殺そうとするからだ。
取り敢えず俺は、いつもの勇者の台詞を待った。
「魔王、貴様を倒すッ!!」という、決まり文句を。
「……」
……あれ?
どうしたんだ。
いつものように、勇者は剣を剣を握りしめていた。
けれどその場で立ち尽くし、俺を黙って見つめている。
まさか……俺は魔法をしくじったのか!?
勇者に魔王の魔力が取り憑いたままなのか?
けど目は赤く染まっていないし……一体どうなっている。
動揺した俺は、勇者と目が合った。
その瞳には光が篭り、俺の姿をハッキリと映していた。
もしかして……
「俺を……俺を覚えているのか?」
勇者は呆れ顔を見せた。
「……何言ってるんだお前」
眉間にシワをよせながらも、勇者は確かに彼自身の口調で語り出す。
「お前と俺たちは、散々殴り合って、殺し合って、一緒に戦い合った仲間なんだ。……忘れる訳ないだろ?」
そして彼は気持ちの良い笑顔を輝かせた。
一人で全てを背負う気持ちでいた俺を、助けてくれる人がいた。
憶えてくれた仲間が、俺の前に居てくれた。
たったそれだけのことなのに、喉に熱いものが溢れてくる。
思わず涙が込み上げ、歪んだ顔を手で覆い隠す。
「俺をッ……憶えていて……ッ!!」
「おいおい、そんな顔してる場合じゃないだろ?それに俺だけじゃない。射手も戦士も、賢者だって憶えているさ。だったらお前も魔王らしく、少しはキリッとしてみせろ!!」
その言葉に俺は驚き、急いで彼の両脇を見た。
「はぁ、もしかして私たちに気づかなかったの?」
「……よく影が薄いと言われますが、ここまでとは」
溜め息をつく金髪ツインテールの少女に、眼鏡を曇らせる槍持ちの青年。
二人とも呆れた風を装っているが、その口元には笑顔が溢れている。
そしてもう一人、勇者パーティーにいるべき人物。
俺は前回、胸に穴を開けて倒れる姿を見ていた。
胸の中で意識を失い、死んだように眠る姿を思い出す。
彼女も、賢者も……?
そうだ、もしかして、いやでも、まさか、それでも、しかし、だけど、きっと、多分、恐らく、絶対に……本当に?
俺は前を向く。
視線は部屋の奥、何度も見つめたその場所を捉える。
賢者が立っていた。
最初に見た姿で、あの時と同じように、彼女は立っていた。
そしていつもの無愛想な顔で、俺を見ていた。
「……ダメよ」
彼女は不意に言葉を発した。
その懐かしい声に、込み上げる想いが止まらなくなる。
「賢者ッ!!お前は俺を……」
「まだダメよ」
「……え?」
「貴方はまだ……一人で戦い続けようとしているかしら」
賢者は俺を睨み、カツカツと足音を鳴らして近づいてくる。
彼女の歩き姿に、再会の喜びに浸ろうとする様子は全くない。
涙を流して固まっていた俺は、予想外な賢者の行動に慌てふためく。
「その役目はもう、既に終わっているのよ。貴方は一人で頑張ってきたのだけれど、それは道を見つけるため、そうでしょ?」
「だって……お前たちがッ……記憶をなくすってッ……思って……」
「まずはその考えがダメかしら。貴方は私のことを甘く見過ぎなのよ」
彼女は俺の前まで迫ると、俺の右手を掴む。
そこには、あの時使った刻印が薄く残っていた。
「ここにある刻印……貴方はただの魔法陣だと思っていたようだけれど……私は魔力を使って刻み込んだのよ?貴方の身体に、私たちの魔力が混ざるように」
そして俺が魔法を使ったとき、自然と賢者たちの魔力も消費される事になる。
結果として、勇者パーティー全員が記憶を維持したまま復活したわけだ。
「そ、そうか。でも賢者以外の魔力は、一体いつ?」
「同時に、かしら。私は元々全員の魔力を持っていたのよ」
賢者いわく、俺が精神の中にいる魔王と戦うために眠っていたときのことらしい。
俺が失敗したときのことも考え、もう一度時間を巻き戻す準備はしてあった。
そして魔王との戦いで不利になったとき、勇者たちの魔力も込めて魔法陣を起動することで、優勢を取り戻すという策も練っていた。
そのため、手元に三人の魔力を少し受け取り、貯蔵していたらしい。
「けれど私は動けなくなったから、貴方に刻印と一緒に託したの。結果として貴方は、私の予想通り動いてくれたかしら」
「な、なんだよ。だったら最初からそう言ってくれれば……」
「死にかけの少女に、随分と難題を押し付けようとするのね」
「ああ、自分のことで手一杯だったわけか。ごめん」
「別に良いかしら。……それで?」
彼女は俺に尋ねた。
「魔王を完全に滅する方法とやらは、思いついたのかしら?」
「……ああ」
本当は、俺一人でやるはずだった。
しかも賭けとしては、半々と言った具合であった。
けれど今は、世界で一番頼りになる仲間がいる。
俺は赤くなった目から涙を拭き取り、勇者たちを順々に見回す。
「多分これが成功すれば、俺たちは完全に勝利する」
「……随分な自信ですね。良いことです」
「そう?私は逆に不安なんだけど」
「ハハハ、だったら言ってみろよ。お前の考えた作戦を!!」
三者三様の反応を示す勇者たち。
俺は自分の胸を叩き、ニヤリと笑ってみせた。
「俺の身体に、魔王の魔力を全て戻し込む」
ことの始まりは、この魔王の身体にある。
そしてここから溢れ出た魔力が暴走を始めた。
だったらまた全てを注ぎ直し、蓋をするのが一番だ。
けれども、賢者は笑わなかった。
「貴方……分かっているのかしら」
「ああ、そうだな」
「その方法は……貴方の身体にアレを戻すってことよ。
……貴方がいつか魔王になる、その可能性を高めてるってことになるのよ」
彼女の問い。
それはもちろん、覚悟していた。
ならばその決意を見せれば良いだけなのだ。
なのに……
「ああ……………………………………そうだな」
怖気付いてしまったのは、俺の心が弱いからなのか。
夏も真っ盛りになってきました。
遠くから聞こえる祭囃子の賑やかさに、作者もフラリと誘われて……ギリギリの時間帯で投稿に。
焼きそばが美味しかったです。
次回も一週間以内で、なるべく早めに投稿しようと思います。




