50 魔王は最初を繰り返す
喉が張り付き、血の気が抜けていく。
口が開いたままふさがらず、身体はピクリとも動かない。
「………ッハァ、ハァッ!!」
ただ、俺を見ているだけなのに。
それだけなのに、何で俺は怯えている?
だが、そんな恐怖は幾度となく体験してきたのだ。
今更怖気付いてたまるか。
身体を震え立たそうと、止まっていた呼吸を無理やり動かす。
息を吐くのが辛くて、顔を歪ませながら口を開く。
「お、お前ら……いつから……魔王だったんだ?」
「「「「「「「いつから、魔王」」」」」」
6つの声が重なり、ただ響く。
それが、絶望を照明していた。
「「「「「「その質問は正確でない」」」」」」
ついさっきまでは全く違った声質のはずだった。
息にこもる感情が、想いが、それぞれの信念を表していた。
だが今は……無個性で、決められた音を出すだけの機械みたいだ。
かつて勇者であった何か。
今は二度と、自らが信じる正義を語ることはない。
そんな脱力した姿に、胸が痛みを覚えていく。
そして、今、勇者の身体だけが俺に語りかける。
「魔力というのは、呼吸をするように自然と吸い込むものだ。そして身体に馴染んでいく」
彼の口は、魔王によって書かれたプログラムを淡々と読んでいく。
瞬き一つなく、その赤黒濁っていく眼に俺を映しながら。
「唇に触れ舌の上を流れ喉を伝い腹部へと落ちていく。そこに毒があるとも知らず、勇者は呼吸をし続けた。指先の感覚が鈍った時点で違和感に気づいていたようだが、既に身体が麻痺していくことを止められはしなかった。我が魔力に浸りきった身体は、ゆっくりと支配されていく。故に貴様の質問への返答は、『彼が息を吸ったときから、魔王になりかけていた』とするのが適当である」
おどけた口調ではなく、無機質な声で魔王は語る。
先程の振る舞いが演技だったかのようだ。
いや、きっと全て演技だったのだろう。
彼の言っていること、それはつまり段々と身体を乗っ取っていく憑依魔法。
ゆっくりと時間をかけて魔力を勇者たちに注ぎ込む事で、完璧に肉体を乗っ取ったということになる。
身体を奪うという目的は同じでも、先の魔王とは仕組みが正反対だ。
彼の憑依魔法魔法を急性型の激毒とするなら、こちらは慢性型といったところか。
魔王に取り憑かれると、一瞬にして狂気に陥り暴れ出す。
真魔王の場合、徐々に身体を蝕まれる。
これは、真魔王が純粋な魔力の身体で生きているからこそできる魔法だろう。
そして、そのための布石は多く置かれていた。
戦闘前の無駄に長い世間話は、魔力が浸透する時間を稼ぐため。
黒炎を放ったのだって、よく考えればそうだ。
元々勇者たちの身体が欲しいのだから、相手を消し炭にするはずもない。
恐らくは気流を作り自分の魔力を拡散、更には息苦しさからより多くの呼吸をさせるといったところだろう。
だめ押しにと、人型で魔王と戦わせて、接近したところで毒を吸わせていった。
いや、勇者たちの意識を奪ったのはもっと前からだろう。
勇者の台詞、思い返せば不自然な点があった。
『変に思い悩むなよ。賢者はお前に悟らねまいとを平気を装っていた。お前だって、賢者の完璧な無表情振りを何度も見てきたはずだ。だからお前が気付かなかったとしても仕方ないさ……』
賢者のことで後悔していた俺を、勇者は励まそうとした。
もちろん、その言葉は俺の立ち上がる原動力になったのだが… …
何故、俺が賢者を何度も見てきたことを知っていた?
俺と勇者パーティーは初対面である。
ただし……俺がタイムループしていたという事実をかんがえなければ、である。
このことを知っていたのは俺と賢者、そして魔王だけのはずだ。勇者たちが知る由もない。
いや、仮に賢者が俺の正体について詳細に話していたとしよう。
だが……ならば彼は何故、ああ言ったんだ?
『お前は自分のやるべきことに集中するんだ。賢者との約束を果たすためにもな!!』
賢者との約束。
それは脱出に成功したらデートしよう、なんていうキザな物である。
けれど、だからこそ、賢者は勇者に言うはずがない。
自分のデートの予定を伝えるなんて、全く不必要なことだ。
しかも相手は俺という魔王だか何だか曖昧な野郎なのだから、下手に話して疑念を抱かれることは望まないだろう。
そんな賢者の性格からもまとめて、勇者が知ることはなかったはずだ。
つまりこの台詞を吐いた時点で、既に魔王が乗っ取りかけていたということになる。
そこで彼の勝利は決まっていたのだ。
三人の身体を奪い、後は自然な戦闘に見せかけた茶番を繰り広げる。
俺を騙すためだけに。
目的は何か?
考えると、悪寒が走る。
「……俺にしか、この扉は開けられない。そして俺が扉を開けるのは、魔王が身体を手に入れてないことが前提条件だ」
もし真魔王が身体を奪っていたとすれば、部屋の外に魔力が拡散することもなく、ただ悪魔を外に放り出すことになる。
つまり憑依されたと勘付かれると、真魔王としてはやりにくい。
「……だから、嘘の決戦を繰り広げた。俺が何も知らず、安易に扉に手をかけるように」
「正解だ」
「だったら……何で俺にヒントを与えた!?俺がお前の言葉に気付かなけりゃ、もっと上手く騙されていたはずだろ!?」
「私とて知恵を身につけたばかりだ。過ちが生じることは仕方ない。それに……気づいたとして、お前に何ができる」
「……!!」
俺は衝撃を受ける。
何ができるかだって?そんなのやってみなきゃ……
「魔王や賢者なら魔法が、勇者、戦士及び射手ならば技が、彼らの道を切り開くだろう。しかしお前には何もない」
ビュッ
風邪を切る音が耳を掠める。
ビインと振動音がしていたので振り返ると、矢が壁に突き刺さっていた。
そして頰から首筋に何かがヌルリと伝う感覚。
手で拭うと、指の筋に沿って血が流れた。
「これがその証明だ。貴様は何もできずに死ぬ。ただし私は貴様に言うのだ。
『助かりたくば、扉を開けよ。されば命は見逃そう』と」
「……それに、俺が同意するとでもッ!!」
「これは命令だ。意思による主張は認められない」
駄目だ!!
このままでは勇者パーティーが全滅し、この絶望的な存在が世界を蹂躙し始めるだろう。
そんな世界に生きていたところで、俺は後悔の念に押し潰されるだけだ。
今この瞬間に全力で抗い、諦めなかったら、アイツを倒せたのでは、みたいに。
無論、それは絵空事だ。
今の俺にアイツを倒せる訳がない。
時間稼ぎにもならないだろう。
俺に勝機はない。
……いや違う、今の俺に勝機はない。
正直、この状況ではお手上げしかない。
だったら成すべきことは一つだけだ。
というか簡単なことをするだけで、この状況は大きく変化する。
俺はこの部屋全体を見渡した。
勇者たちは囚われ、賢者は倒れ、俺は脅されている。
魔法は使えず、死に戻りもできず、頼れる仲間は皆無だ。
何だ、これだけの修羅場なら……
……なんども経験したじゃないか。
何回も死んで、起きてまた死んで。
少しずつ前に進んで。
そうしてたどり着いたのが、
最初のループの俺と、全く一緒な状況。
敵は四人、戦う術はなし。
だからこそ……俺は負けないと確信した。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
俺は思いっきり高笑いをした。
まるで魔王が戻ってきたかのような感覚で、俺は一層気持ちよく声を上げる。
張り上げた嘲笑は部屋中にエコーして、世界中の誰よりも歓喜に包まれる。
突然のことで今まで顔色一つ変えなかった奴も、眉を潜めた。
今からその目で、全てがひっくり返るのを見ていると良い。
さあ、大逆転といこうじゃないか。
登校時間、遅れましたね。すいません。
遂に50話に近付きますが、少しは文章力も上がっているでしょうか?
次の投稿は、諸事情により1週間以内とさせて下さい。




