31 魔王は賢者を上に見る
予定通りに投稿だと思った?………すいません。予想通りに遅れました。
狂気に満ちた勇者がいた。
喉を削り取るような咆哮が、再び響き渡る。
そして、彼は賢者を見た。
視界が大きくブレる。
これは唯の怯えて出た震えじゃない。
賢者が感情に流されて記憶が歪んだせいだろう。
仲間が次々と魔王に操られ、怪物のように変貌していく光景。
誰かを倒したとしても、また誰かが壊されていく。
それを防ぐ方法も、そもそも魔法が発動する条件も、今の状況から理解することはできない。
今この瞬間に、自分の身体が乗っ取られるかもしれないのだ。
だがそれも、一瞬のことであった。
流石は勇者パーティーというべきか、賢者と射手はすぐさま武器を構えた。
そうして、異形となった勇者の、次の行動に備える。
弓のギリリとしなる音が聞こえる。
賢者の荒い呼吸が口元に伝わってくる。
一方、戦士は腕をダラリと下げ、コチラを睨んでいる。
彼の瞳は深紅に染まり、不気味に輝いた。
圧迫感、あるいは焦燥感。
張り詰めた空気の中、流れるはずのない汗が俺の頬を伝うのを感じた。
息を吸うのが苦しい。
目を開けていることが怖い。
耳に届く音に緊張する。
もし心臓の鼓動に限度がなければ、俺の血液はとうに爆発していただろう。
勿論、これは過去に起こったこと。
その未来は既に確定しているが、賢者たちの精神力に感服した。
予知の術がない彼女たちは、俺以上に緊迫した気持ちになっているのだろう。
何たって、恐怖と絶望の体現者が目の前にいるのだから。
それでも、彼女たちは立ち向かおうとする、勝利しようとする。
だからこそ、彼らは勇者パーティーと呼ばれるのだろう。
俺は1人納得した。
そして、遂に、勇者が動き出した。
「………………………魔王ッ!!……グッッッ!!………貴様アアアアアッッ!!!」
……様子がおかしい。
彼は両耳を手でを塞ぎ、首を大きく振り回す。
「オレは…………ッ!!……絶対ニイイイッ!!………負ける訳にハ………!!イカナイイイイッ!!」
そう叫びながら、床に頭を擦り付け、苦悶の相を浮かべながらうずくまる。
そして勇者の口から次に出てきた声は、魔王のものだった。
「……流石は勇者といったところか、精神が幾分頑丈なようだ」
「グウウウウウウッッッッ!!!!」
「だが時間の問題だ。諦めることを勧める」
「アアアアアッッッッッッッッ!!!!」
「潔く死を受け入れろ」
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
「黙れ」
「オレハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッ!!!!!!」
一つの身体から二つの声が交互に漏れ出す。
悶え続ける姿でありながら、魔王の声は冷徹に響く。
そして、それを抑えつけるかのうように、勇者の心は叫び続けた。
同じ身体でありながら、一つは雄弁に語り、一つはボロボロな言葉を辿々(たどたど)しく紡ぐので精一杯である。それはつまり、勇者に残された時間が僅かであることを示していた。
その姿に、射手は思わず悲痛な声を上げる。
「勇者……ッ!!」
「ッッッッッッッッッッッッッッ!!!…………射手ッ!!」
勇者は必死の形相でコチラを向いた。
既に喉は枯れ果て、しわがれた声にしかならない。
それでも尚、勇者は口を動かした。
「射手………!!!オレを………封印シロッッッッッッッッッッ!!」
「何言ってんの!?そんなこと、私にできる訳……」
「ヤルンダッッッ!!……イマ……スグニイイイイッッッッッッ!!!」
「不可能だ。君たちは固い絆で結ばれた仲間なのだろう?人間は友を嬲ることに最大の抵抗を覚えるものだ。それは立場が逆であったとしても変わらない。お前が一番理解しているはずだ」
「ウルサイッッッッッ!!!オレハ………セカイノタメニ……シヌ覚悟がアルッッッ!!!!」
「例え社会的に正しくとも、道徳観や倫理を持つ君たちにとってすれば、それは悪なのだよ。悲しいことにな。これだから人間というものは愚かで哀れで、実に嘆かわしい。せめて安らかに眠る快楽を授けてやろう」
「フザケルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!!」
「茶化してはいない。私なりの心優しい提案だと思ったのだがな。まあいい、それなら今際の際まで、仲間が浮かべる絶望の表情を見ながら、独り哀哭するといい」
「ッッッッッッッッッッ!!!!」
「私は………」
射手は涙を流す。
そして……覚悟を決められなかった。
正しい選択を知っている。
望まれる答えを分かっている。
けれど、その矢を放つことはできなかった。
彼女にとって……勇者が全てだったから。
彼の為に行動し、常に彼を想い、そしていつまでも一緒に生きようとしてきた。
いつしか彼女の心に映る勇者は、恋愛感情を超え、信仰に近いモノにまで上り詰めていた。
彼女にとっての希望。
その光に手をかけることは、絶望でしかない。
希望の為に、希望を犠牲にする。
それは多くの人間が乗り越えることのできなかった難問であった。
彼女とて例外ではない。
今そこに、武芸に秀でた射手はなく、1人の少女が泣いているだけである。
彼女は、悪に立ち向かうには、あまりにも弱かった。
そして勇者の叫び声が、段々と少なくなり、細くなり、消えていった。
もう、全てが終わる。
だからこそ、賢者は動いた。
部屋の四隅にある魔法陣の一つ。
視界の主は、そこに焦点を合わせ、その中心へと歩み寄る。
それに魔王は気付いたようだ。
片耳から、不気味で滑らかな声が聞こえた。
「ほう?君はその魔法陣が気になるのか。そう言えば、君は魔法使いだったな。先程の魔法の数々は素晴らしかった。君は一流だ」
「貴方に言われると、嫌味にしか聞こえないのだけれど」
彼女は魔王に見向きもせずに返答した。
彼はその態度を気にもしないようで、淡々と語り続ける。
「私は真実を言っている。君の才能が私のモノに勝っていることは確実だ。私の100年かけた研究も、君は1年で辿り着くだろう。誇ると良い。かつて最高峰の魔術師と謳われた魔王より天才であるという事実を」
「お褒めに預かり光栄かしら」
「私という逆境を前にしてその態度とは、益々褒め称えるしかないな。私と敵対する意思が無いというのなら戦わずに済むのだが、残念だ。その魔法陣の意味さえ知らないまま、君という才能が失われるのは実に惜しい。命乞いを求める訳ではないが、君とは別の形で会いたかった」
「ねえ」
少女が魔王の言葉を遮った。
魔法陣の中央に立った彼女はクルリと回り、魔王を見る。
そして、彼女は微笑んだ。
「世界最高峰の魔術師さん、貴方は私を賞賛しているようなのだけれども」
「そうだ、私は君を素晴らしい魔法使いだと認めよう」
「これくらいの魔法、すぐに理解できるとは思わなかったのかしら」
途端、足元の魔法陣から天に向け、光の柱が浮かび上がる。
輝きは強くなりながら、部屋全体を白く覆っていく。
魔王は、赤くなった目を更に見開く。
「馬鹿な………発動するだと?………有り得ないッッッッッッッ!!!!!」
「残念ね、有り得るのよ」
「有り得ないッッ!!」
魔王の口調は冷静さを失い、乱暴に怒鳴り散らすだけのものになる。
そこにかつての余裕は汲み取れない。
「構造全てを理解しなければ、魔法は発動できないッッッ!!」
「この程度の仕組みなら幾つも見てきたし、作ってきたわ」
「この程度だとッッッッ!?私のッ!!!傑作をッッ!!!!!!!!」
「いくら貴方でも、魔法陣の根本を覆すような発想は思いつかなかったのかしら。奥の手として難解な手順を踏んで作成したみたいだけれども」
「私がッ!!!私がコレにッッ!!何年を費やしたと思っているッッ!!!」
「昼食後の30分ぐらいかしら」
「巫山戯るなああああああああッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!」
「茶化してはいないのだけれど」
「貴様は知っているのか!?この魔法に必要な魔力の量を!!発動は不可能なはずだッ!!」
「ええ、私はあくまで魔法を読み上げただけ。この不完全なままだと未発動で終わるみたいね」
「なら何故!!発動したッッッ!!」
「貴方がいるからよ」
彼女はそう言うと、杖を振りかざす。
「密室空間における完全世界。外部に一切を通さないことで作られるのは、物質の移動がないという条件。そこで大規模な魔法陣を描いているのなら、何が起きるのかはある程度予想できるの」
杖の先端に嵌め込まれた石が青く変化する。
そして、彼女が左手を振ると同時に、魔王の……勇者の身体に変化が起きる。
魔王が自らの身体を抑え始めたかと思うと、呻き始めた。
その瞳からドロリとした赤色が引いていき、元の輝きが戻っていく。
「憑依が…………!!!」
射手が思わず呟き、賢者の方を向く。
「憑依魔法に時間逆転魔法、流石にどちらも大規模な魔力を消費するから貴方にしか使えないようだけれど……もし、貴方の魔力が漏れ出したらどうなるのかしらね」
「何故だッッッ!!!!何故貴様がッッ!!!!」
「憑依とは即ち、自らの精神を魔力に変換し他者に吸収させることで、擬似的に他の身体の所有権を手に入れること。だったら貴方を勇者から剥脱させれば、この巨大な魔法が発動する間、貴方は自らの魔法陣に吸い込まれて、魔法発動と同時に消滅する。そのくらい、貴方にも分かるでしょう?」
勇者の身体からドロドロと、黒い物質が溢れ出す。黒い煙が流れ出す。
それらは竜巻のように荒々しく渦巻き、勇者から離れていく。
漆黒と呼ぶに相応しい魔力の塊は、蠢きながら賢者から離れた所で人の形を作り始める。
見るだけでおぞましいと思えるほどの、闇に染まった魔力だ。
「何故だッッッ!!!!何処で…………私の魔法原理が、何処で分かったッッッ!!!!」
「最初の切っ掛けは、貴方の持ち過ぎな魔力量と、揺るがない自信から……かしらね。大方、代えになる丁度良い身体を選別する気だったのでしょうけど、そんな変な態度とられたら、警戒するに決まっているわ」
「だが、私の憑依はッッッ!!!!!」
「憑依の仕組み?………それなら戦士のお陰かしら。彼の体内魔力の変化、私が掛けていた付与魔法の打ち消し、それに異常な筋肉の膨張……まるで身体の中に入り込んだ魔力が、自分が外に漏れないように足掻いてるみたいだったわ」
「たったそれだけでッッッッッッッッッッッ!!!!!」
「ええ、勿論他にも色々と考えたことはあったかしら。けれどね……」
俺は、別勇者たちが俺から流れる魔力だけで、俺を魔王扱いしていたことを思い出す。
確かにこの光景を見れば、俺の中にあるという魔力がおぞましいというのも頷ける。
むしろ、今この瞬間にもアレが俺の身体にあると思うと寒気がする。
けれども、煙の多くは魔法陣が溢れる光に吸い込まれ、次々と消えていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!」
辛うじて残っている煙の頭部には、二つの赤い瞳が見えた。
敗北を知った魔王の憎悪の感情が籠った目。
だが、激情するには遅すぎた。
その影は薄くなりながら光の柱へ溶け込んでいく。
「………………………………………………………………………!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは届く事のない憤怒の声。
魔王は最後に薄く靄になる。
それでも必死に魔力の流れに逆らっているのだろう、ユラユラと残っている。
最悪と言われた魔王の最期、それが魔法による自滅であって良い筈がない。
チリチリと削り取られながらも、魔王は自分の死を認めようとはしなかった。
最早、そこにあるのはプライドだけだろう。
それでも、終焉はやってくる。
射手が魔王の影に向け、矢を放ったのだ。
「貴方に理解できないと思うかしら。だって」
矢は微かに残った闇に鋭く突き刺さる。
「私は、貴方を超えた才能、なのでしょうから」
賢者の声と同時であった。
魔王は霧散した。
魔王は消滅し、部屋には三人が生き残った。
多くの犠牲があったものの、勇者たちは勝利した。
これで終わりなはずだった。
だが、記憶はまだ続いていく。
投稿前日「よし完璧だ!!」
投稿日 「……もう少し、書き足したほうが」
これが死亡フラグでした。
次の投稿日は……口にするとまたやらかしそうで言えません。




