30 戦士よ勇者を許すな
国語力のなさで、文章を纏めるのに時間がかかりました、すいません。
確かそれは、勇者の言葉だった。
「魔王について? ………それは聞いているさ!! とにかく、強いってな!」
そして戦士が補足をしてくれた。
「……世界最恐最悪の魔人にして最高峰の魔法使い。姿を変えながら、何百年も生き、世界征服を目指す絶望の象徴。彼の怒りに触れた国は数秒後に吹き飛び、彼に刃向かった者は、忠誠を誓って帰ってくる。女に興味はないくせに、強欲で、この世界全てを手中に収めようとする悪逆者。他にも挙げればキリがないが、最悪な野郎という噂だけは間違いない……」
絶対悪の象徴、魔王。
それでいて世界最高峰の魔法使いという、名誉な称号も与えられている。
彼は姿を変えて何百年も行きた存在。
ならば当然、身体に来る老いを解決するため、新たな身体に魂を入れ替える技を知っていてもおかしくない。
姿を変えるということならば、若返りよりもメリットが大きいだろう。
何しろ文字通り別人になれるのだから。
ある意味、人類の夢を叶えた成功者とも言えるだろう。
「ッッッッッッッッッッッッ!!」
だが、その魔王が憑依した戦士の姿は獣そのものだ。
勇者に向かい乱れた呼吸で、唸りを上げている。
そして身体を無理矢理動かすかのように、もう一度吠えると走り出した。
勇者は剣を構えるも、刃の部分を避けて攻撃する。
「戦士!!目を覚ませッ!!」
必死に叫ぶも、その声が彼に届く事はない。
血まみれになった拳を大きく振り上げ、戦士は勇者の腹を抉るように殴る。
対する勇者はその手を受け流し、蹴りを繰り出し、戦士を吹き飛ばす。
「グウウウウウッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
戦士は低く呻き、勇者を睨みつける。
そこにかつての姿は見る影もない。
哀れな獣と成り果てた彼に、それでも尚勇者たちは声をかける。
「戦士!! お前は魔王を倒すんじゃなかったのか!? 思い出せ!!」
「アンタ、魔王なんかに負けてんじゃないわよ、意地見せなさいよ!!」
「戦士、魔王の憑依魔法は聞いていた通りのことでしょ!? 踏ん張りなさい!!」
最後の声は、この記憶の持ち主である賢者の声だ。
彼女は先程から呪文を唱えているのだが、おそらく戦士に対する回復魔法だろう。
残念なことに、効果が出ているとは言い難いが、それでも必死に視界を動かし、自分に出来ることを探している。
射手も弓を弱く引き、戦士の関節に向けて放つことで戦士の動きを封じようとしていた。
だが、いくら矢がかすっても戦士の動きが止まることはない。
「どうして!?」
その声に反応したのか、戦士は射手の方を向いた。
「……どうして、か。それは俺がいるからだよ」
それは戦士の声、けれども別人の声。
同じ声質でありながら、口調はより気味の悪いものに変わっている。
穏やかな表の顔とも、殺意をむき出した本性とも違うもの。
それは、常時無表情の賢者ですら、不気味と思う光景であった。
彼女は二、三歩後退りをした。
「残念ながら、彼の精神は既に死んでいる。この身体は、私が中に入り込んでいるだけの抜け殻にすぎない」
坦々と語り続ける、戦士の中の魔王。
背中を丸め、虎のように地面を這い蹲る姿からは想像もできないほど、滑らかに言葉を紡ぐ。 爛々と光る目であたりを見渡すその姿は、異様としか言い表せない。
そして彼の声は、俺の声と少し似ていた。
「魔王が憑いた人間だ、多少は強化してある。精神との波長が悪いせいか、このの通り野獣のような姿になってしまったがな。実に操りづらい」
魔人と人間、確かに種族の壁はある。
それ故に魔王の憑依も完全に成功したとは言い難いものだった。
「だが」
彼は地面を掴んでいる手に力を込める。
「君たちが、この身体を傷つけることを躊躇する限り、私には、勝てない」
勇者たちは憎々しげに魔王を睨んだ。
「……ッ、魔王!!」
「全くもって哀れだな、息を止めると良い」
そう言うと丁寧な言葉とは逆に、歪んだ身体を荒ぶらせ射手に突進してきた。
「……ッ!!」
間一髪の反応を見せ、彼女は攻撃を躱す。
けれども魔王は動じない。
「な……!!」
声を出したのは勇者だ。
彼の目に飛び込んできたのは、魔王の爪により顔に傷を受けた射手だった。
幸いにしてか、浅く切られただけのようである。
だがそれが勇者の逆鱗に触れたようだ。
「女性の顔に傷をつけるとは……この外道がッ!!」
彼の中で何かが吹っ切れたらしい。
勇者は魔王に飛び掛かり、剣を振るう。
「勇者!!」
魔王と距離をとった射手は、彼の殺気に気付く。
それを見て、魔王は背後を振り返り、唸り声を上げる。
そして火花が散った。
魔王との戦いはまたもや互角に思われた。
けれども、今度の勇者に迷いはなく、すぐ様に鋭い太刀筋が戦士の腹を通った。
激痛が走ったのだろう、魔王は呻く。
「グガアアアアアアアッ!!!!」
口と下半身から大量の血が漏れ出す。
バランスを崩して、彼は自らの血溜まりに倒れこんだ。
勇者は容赦せず、即座に二撃目、三撃目を魔王に繰り出す。
赤い飛沫が何度も上がり、最初は絶叫していた魔王も、次第に動かなくなっていった。
そして……
「……戦士……」
そこには無残に切り裂かれた屍体があるのみであった。
確かに魔王を倒せという命令を達成する条件は、十分に揃っている姿だ。
魔王が全力で暴れ出す前に倒すという最善の策としては、勇者の行動は正しい。
けれども、そんな綺麗事では洗い落とせない後悔もある。それが今だ。
戦士は目を瞑り、声を出した。
「許せとは言わない……だが、すまない……」
「……」
射手は思わず顔を背けた。
そうして、賢者は真っ直ぐと戦士を見ていた。
「今まで、ありがとう」
誰かが呟いた。
そして、剣は振り下ろされた。
これで全てが終わった。
そう感じた。
……勇者が、叫び声を上げるまでは。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
その咆哮を聞くのは、二度目であった。
久々の投稿となりました。
……今日で30プラス1話、およそ一ヶ月分です。
当初の予定と大きく食い違ったことを再確認し、計画を守れる大人になりたいと思いました。頑張ります。




