37 導士を担ぐは往生際
遅くなりましたが、投稿致します。
行かないでくれと私は泣いた。
行くわけないさと彼は笑った。
大事な人たちがいなくなって。
大事な歌声すら掠れていって。
最後に君まで失いたくないから。
行った君は、どこにも行けない。
私は、君の側に縋る。
終わりのない君を、私だけは知り続けるのだ。
(崩れた壁に彫られていた落書き)
□□□
魔導士は俺に抱き着いてきた。
水槽の中にいたというのに、なぜか甘い花のようなにおいがする。
「魔王くん、1つ良いかな」
「……なんだ」
耳元で、コホンと咳をして、魔導士は勿体ぶって言った。
「まるで僕が真打登場のように現れたみたけどね……残念なことに、身体を再生するのに魔力を使っちゃって、今の僕は魔術が使えないんだ……」
「……は?」
「さらに言うと、出来立てほやほやの美脚では筋力がなくてね、歩くことさえ稚児のようにできないんだ~……」
抱きついてきたのは、親愛の印でも何でもなく、単に立てないから倒れてきただけだったらしい。
ダン、ダン、ダンッ!!
しかしそんなことを言っても、敵は扉の向こうに迫っている。
どうすればいい? こちらの戦力は、眠る子供に、貧弱で魔力切れの魔導士、そしてもう疲れてクタクタになって俺だぞ?
「魔王くん、冷や汗がすごいよ? 僕ってそんなに怖いかな~」
「違う! お前じゃなくて……これからどうすれば勝てるか分かんないから焦ってるんだ、分かるだろ?」
「そうかい……? でも、今の君なら大丈夫だと思うよ~!」
「いや、なんでだ……戦う力もないのに、敵が扉一枚挟んだ向こうにいるんだぞ?」
魔導士は俺の右腕を握る。
「ほら、この手には、ちゃんと迷宮の管理権が移行されているじゃないか。全部とはいかなかったけどさ」
ドンッ!!
扉が強く開け放たれると、そこにいたのは女騎士だった。
きっと聖剣の火力で、土砂を吹き飛ばしたのだろう。
まるで水面を2等分したかのように、彼女の背後には左右綺麗に分かれた瓦礫と、焦げた匂いと共に煙が上がっていた。
「……聖剣ってすごいな」
「恐縮したか。では、迷宮を破壊せし者よ。私に降参するか?」
土埃を被っているが、女騎士の体には大きな傷がない。
回復力は健在のようだ。
「冗談だろ。それにお前も、ここに入って来るなよ。その線から一歩でもこっちに来たら……」
俺は周囲に残る水槽を顎で示す。
戦う力がない、ならば脅しを使うしかない。
「この装置がどうなるか分からないぞ?」
「認識変更、魔王の詐称者……捕獲対象から殺害対象へと変更する」
あれ〜……?
敬遠したら、もっと酷い認識にされた?
(いやいや、落ち着け。今の俺は魔王だ。魔王は物怖じしない。決して怯むな)
女騎士が剣を振えば、たちまち背中の魔導師ごと死んでしまうが、敵はどうやら警戒しているようだ。
そりゃ迷宮を散々破壊してきた俺たちに、まだ何か奥の手があると判断してもおかしくない。
現に、彼女は部屋の中に一歩も入ってこない。
(よし、深呼吸……そして堂々とした態度で!)
「おいおい物騒だな、俺の魔力が迷宮維持に必要なんじゃないのか?」
「生け捕りによる半永久的魔力供給が理想だが、死んでいても魔力は抽出できる。損害の埋め合わせが最優先だ。そしてこれから最後の警告をする」
もし女騎士が部屋に入れば、壁際で寝かされた部下に気付き、人質としただろう。
しかし女騎士は、そこから一歩も動かず、部屋の中へ入らなかった。
代わりに、剣をゆっくりと納め、ヘルムを外すとゆっくり片膝をついた。
「最終交渉……ここで戦闘を行えば供給装置の破壊は不可避。従って、生存を求めるならば投降を願う。貴様以外の2名は迷宮から脱出を保証する」
「俺の脱出は?」
「条件によっては、一時的にこの迷宮より出ることも認めよう。お前はただ、この迷宮維持に必要な魔力を定期的に供給してくれればいい」
随分と条件を緩めてくれているのは分かる。
ここまで追い詰められているのは初めてなのか、その顔もどこか涙をこらえているようにも見える。
「だったら聞くが、俺は何年その魔力供給をすればいい?」
「代わりの生贄が来るまで最低1年」
「となると、俺の代わりにまた別の魔力がここに閉じ込められるってことだな。それも許せって言うのか」
「……この状況において、まだ見ぬ生贄を思いやる、その異常な感性が交渉の障壁か。しかし、ならば相互理解を深める必要がある」
女騎士は一つ息を吐いた。
冷徹な声色が、穏やかでゆったりとしたものに変わった。
「お前は私が何者だと思う」
女騎士は顔を上げた。
土砂崩れの傷はまだ完璧には治っておらず、額には血の跡がある。
その隙間からは、皮膚に大量の魔法陣が小さく輝いており、人間の皮を被った機械にすら見える。
「私の事をどれだけ知っているか不明だが、冷徹で狂った機械だと思っているだろう」
「……そうだけど。でも、アナタには優しいところだってあるのは知っている」
「昔、私が迷宮の維持機構として身体を組み込む前だった頃、そう言ってくれた友人がいた」
「お前たちの目にした理性なき重騎士、あれは私の友人だった」
次話も、今日明日に投稿致します。




